第4話 魔術って言えば、全男子の憧れだよな?

 俺の専属メイドとなったヘカーテから謎の忠誠――ほんとに謎の忠誠をもらった後も、俺たちは中庭にいた。


「ヘカーテは魔術を使えるのか?」


 本題はそれだった。

 俺がゲーム本編の舞台『カドニック魔術学院』にいつ入学するかは知らないが、今の内に出来ることはしておきたい。

 

 出来ればまだドロイアスとそこまで接点のないヘカーテに教わりたいと思い発した言葉だったのだが……。


「はい、使えます」


 どうやらビンゴのようだった。


「なら話が早い。俺に魔術を教えてくれないか?」


 フリードリヒという人間の転換点は、卒業試験で主人公に負けること。

 それを回避するためには、今の内から努力をしておかなければならない。


「は、はい。それはもちろん構いませんが……」


「……?」


 しかし、ヘカーテは少し困惑する素振りを見せた。


「なにか問題があったか?」


「いえ、そういう訳ではございません。しかし、フリードリヒ様は魔術がお嫌いだと聞いていたので……」


「あぁ……」


 そう言えば、ゲーム本編のフリードリヒはカドニック魔術・・学院の生徒のくせに魔術の授業をサボりまくっていた。

 卒業試験で戦う際も魔術を一切使わず物理一辺倒で戦ってくるからな。

 だからと言って苦戦しない訳ではなく、あいつの物理攻撃はまぁまぁ痛いんだが……。


 まぁ、そういう訳にはいかない。

 魔術の方が役に立ちそうだし。

 てか魔術使いたいし。


「昔魔術を嫌っていたのは確かだが、そうは言ってられないからな」


 魔術を使わずに主人公に勝てないと言うのはゲーム本編のフリードリヒが教えてくれている。

 彼の二の舞を踏まないように気を付けなければな。


「分かりました。そういうことでしたらこのヘカーテ。僭越ながら魔術を教えさせて頂きます」


「あぁ、頼む」


▼▼▼▼


「まず基本的な事ですが、魔術は七つの属性に分かれています」


「確か、火炎、氷結、雷撃、疾風、神聖、邪悪、治癒……だったか?」


「はい、よくご存じでしたね」


 まぁ『アリナシアの使徒』と同じだからな。

 俺が何回クリアしたと思っているんだ。


「そして更に、それぞれの魔術が五つの位階に分けられています。最下級、下級、中級、上級、最上級です」


「ふむ。それも知ってるな」


「流石です」


 ……なんだかあれだな。

 ゲームの知識を真顔で褒められると言うのは若干恥ずかしいな。


「ヘカーテはどの魔術を使えるんだ?」


「私は下級の疾風魔術と治癒魔術ですね」


「へぇ……」


 俺のリアクションが淡泊だという声もあるが、仕方がない。

 だってゲーム終盤になれば基本的にどのキャラも上級魔術は使えるようになるし、一部のキャラは最上級魔術だって使えるんだ。

 

「一般的に、魔術師が使える魔術は中級までと言われています」


「へぇ……はい!?」


 俺はつい素っ頓狂な声を出してしまう。

 だってそんなわけないじゃん。ゲームだと皆上級まで使えたよ??


「『一人の魔術師が全ての人生を費やしようやく習得できるのが上級魔術』、と言われています。しかしそれは一つの魔術に絞った場合の話です。普通の魔術師は複数の属性の魔術を使いますから、ほとんどの魔術師が中級の魔術までしか使えないと言われています」


「ほぉ~……」


 じゃああれか、ゲーム本編の主人公パーティーの奴らって皆天才だったってことか。

 まぁそりゃそうかぁ。じゃないと主人公パーティーなんてやってられないよなぁ。


「しかし、ドロイアス様は二つの属性の上級魔術を操れるとか。素晴らしいお方なのですね……」


 げ、ドロイアスってそんな強いのかよ。

 最初っから喧嘩売る方針にしなくてよかったぜ。


「それでは、試しに私が魔術をお見せします」


「おぉ!」


 その言葉に、俺は思わず興奮してしまう。

 だってお前ら、あれだぞ?

 今からリアルで魔術見れんだぞ?

 これで後悔しないって方が嘘だね。


「こほん……いきます」


 そう言って、ヘカーテは目を閉じ、集中するように両手を胸の前で組んだ。 


「『魔術の祖よ。その強大なる力を以って、我にかの者を切り裂く力を与えん――風刃ウィンドエッジ』」


 瞬間、寸前まで何もなかった場所に風の刃のようなものが現れたかと思うと、そいつはすごいスピードで中庭の端にあった薪に命中。

 かまたいたちのようにスパンとそれを両断すると、姿を消した。


「うぉぉぉ……すっげ……!」


 今俺を客観視することが出来るなら、俺の目は少年漫画の主人公のように輝いていたことだろう。


「ヘカーテ! それはどうすれば使えるんだ!? 教えてくれ!」


「お、落ち着いてください、フリードリヒ様」


「あ、ああ。すまなかった……」


 俺はいつの間にか立ち上がっていた体をもう一度椅子に落ち着かせる。


「ええとですね、魔術には詠唱が必要です」


「詠唱……」


 それは『アリナシアの使徒』でも同じことだ。

 『アリナシアの使徒』において魔術は最も効率よく敵を倒す手段ではあるが、詠唱をする必要があり、それはゲーム的に1ターン消費するという形で示されている。

 1ターン詠唱するだけで何もしない時間が必要なだけあって、ダメージはただの物理攻撃とは比べ程にならない程のものなのだ。


「それに、ただ詠唱をするだけではいけません。意識を集中し、体の魔力を正しく魔術として形作ることが大事です」


 ふむふむ。ただ言葉を並べればいい訳ではないと。

 『アリナシアの使徒』でも詠唱中に特定以上のダメージを受けると詠唱が中止されてしまうのだ。

 ゲームをプレイ中には煩わしいと思っていた仕様ではあったが、そう考えれば妥当な物とも思える。


「そ、それじゃあやってみるぞ」


「はい。頑張ってください、フリードリヒ様」


 俺は先ほどのヘカーテに倣い、目を閉じて集中する。

 左手で右手の手首を握り、右手を前に突き出す。

 

 なんというか、魔術を使うって聞いて浮かぶのこんなポーズじゃない?


「『魔術の祖よ』」


 ヘカーテの詠唱を思い出し、そう呟く。

 すると体の中にあるナニカがざわざわと蠢き出す奇妙な感覚に襲われた。

 もしかして、これが魔力ってやつなのだろうか。


「『その強大なる力を以って、我にかの者を切り裂く力を与えん――風刃ウィンドエッジ』――!」


 詠唱を唱え終ると、騒めいていた魔力が右手に集まる感覚を覚え、それは先ほどのヘカーテのそれと同じく、風の刃となって形を見せた。

 そしてその直後、それは目にも止まらぬ速さで放出され、庭の片隅の薪を一刀両断にした。


「おぉ……! 俺も魔術を使えたぞ、ヘカーテ!」


「はい。お見事にございます。流石フリードリヒ様、まさか最初の詠唱で魔術を成功させるとは……」


 まぁ、俺、昔から勉強は出来た方だし?

 これくらいは当然というか?


「ん……あれ……」


 魔術を使えたことで浮かれていると、突如目眩がする。

 な、なんだこれ。


「大丈夫ですか、フリードリヒ様?」


 ヘカーテの声もなんだかすごく遠くから聞こえているような気がする。

 視界が段々と黒ずんできて、なんだか眠い。


「い、や……これ大丈夫じゃないかも」


 俺は思わず地に膝を付けてしまう。

 あれ……? これ結構まずい……?


「人間が魔力を使い果たすと意識を失うとは聞きますが……」


 え、それなら俺も知ってるよ。よくあるしねそんな設定。

 

 でも待って、俺魔術一回しか使ってなくね?


「フリードリヒよ……お前そこまで魔力なかったのか……?」


 風刃ウィンドエッジの消費MPは4だぞ……。

 お前、レベル1の主人公の四分の一しかMPないの……?


「フリードリヒ様! お気を確かに!」


 段々と、ヘカーテの声も聞こえなくなっていく。

 落ちてくる瞼に抗えない。


「フリードリヒ様、脳筋キャラすぎんだろ……」


 俺は完全に、気を失ってしまった。

 


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