第3話 専属メイドは何度も看取った気になるあの娘
タイトルの展開は次話くらいからになります
――――――
その後。俺は前世でも味わったことのないフルコースに舌鼓を打った後、泣きながら握手を求めるコックたちをいなし、自室に戻っていた。
「さて、それではこれからフリードリヒ様に専属メイドを選んでいただきます」
「それは分かったけど、どうやって選ぶんだ?」
「今から候補者を室内に案内しますので、フリードリヒ様がお一人お選び下さい」
「え!? 全員いるの!? ここに、わざわざ!?」
「えぇ。それがなにか……?」
恐るべし。上級貴族。
貴族の令嬢だって暇じゃないだろうに……。
それも一人しか選べないってことは、俺に選ばれなかった子は地元にとんぼ返りってことだよな?責任重大だな……。
「それでは、どうぞ」
おばさんメイドが合図をすると、五人の見目麗しい女性が入ってくる。
全員がメイド服に身を包んでおり、上品な佇まいをしていた。
ただ、全員が俺と目を合わせようとしない。
こりゃあれだな。俺の性格の悪さは国全体に知れ渡っているらしい。
こんなに嫌われるとは、一体何をしたのフリードリヒ様は。
「ん……?」
しかし、俺はある女性に釘付きになってしまう。
彼女だけは、俺を真正面から見つめていた。
それだけではない、どこか、どこかで見たことがあるような……。
「あ」
思い出した。
『アリナシアの使徒』では、ゲーム中盤でドロイアスに唆された魔王が人族の国に戦争を仕掛けるのだが、その最前線となった街へ主人公一行は訪れる。
その街は魔族の街で、主人公たちが着いた時には既に廃墟となっているのだが、唯一生き残りがいたのだ。
それが、目の前の彼女だ。
彼女が名前を明かすシーンはない。ただ、死に際に代わりに魔王を討って欲しいと主人公に伝え、毎ターンHPが20%回復する『救世の指輪』という装備品をくれるのだ。そして、その場で息を引き取る。
記憶の彼女より幾分かは幼いが、間違いない。俺は『アリナシアの使徒』を10周以上プレイしているからな。見間違えるはずが無い。
「お初にお目にかかります。私の名前は――」
彼女の反対側に立つご令嬢が自己紹介を始めるが、俺にそれを聞いている余裕は無い。
俺は記憶に強く残っている彼女に釘付けだった。
……このままだと、彼女はきっと近い将来死んでしまうだろう。
確かに、俺というイレギュラーが生まれた結果、ゲーム本編とは違う未来が待っているかもしれない。
しかし、もし俺がしくじれば、彼女はゲームのシナリオ同様、数年後に死ぬだろう。
……正直、彼女がくれる『救世のリング』は滅茶苦茶役に立ったし、毎回悲壮な顔で死んでしまう彼女を見るのはゲームのキャラながらも同情していた。
戦争に巻き込まれ死んでしまう哀れな女の子。貴族というのは意外だったが、彼女は傷だらけの状態で見つかるのだ。
それは戦争の悲惨さを伝える描写なのだろうが、あんな末路、可哀そうに過ぎる。
なら、ここで俺が取る行動は一つ。
「決めた」
「は?」
俺がご令嬢たちの自己紹介をぶった切りそう言うと、全員が唖然とした表情になる。
しかし俺は、それに構わず宣言した。
「俺の専属メイドは、君だ」
俺と目が合う彼女は、その言葉にどこか嬉しそうな表情を見せたのだった。
不思議なもんだな。悪役貴族の俺のご指名だというのに。
▼▼▼▼
「……私を専属メイドに選んでいただき、ありがとうございます」
それから数分後、俺は専属メイドとなった名も知らぬ少女と屋敷にある中庭で二人きりになっていた。
少女とはいっても、多分今のフリードリヒよりは年上だが。
多分JKくらいの年かな……。
「名前はなんて言うんだ?」
「はい。ヘカーテ・フォン・ヘルライアと申します」
ヘカーテは恭しく礼をした。
貴族令嬢らしく、上品な動作だ。
身長は……170を少し越えるくらいか。
真っ黒の髪は後頭部で結びポニーテールにしている。瞳は黄色。
前髪が長く少し地味な印象を受けるが、磨けば光る原石と言ったところか。
しかし、その瞳は濁っており、訳アリ風の雰囲気を醸し出していた。
俺がヘカーテをまじまじと観察していると、ヘカーテはその瞳を不安そうに揺らした。
あ、そうだ。俺ってば悪役貴族だった。
こんな乱暴者の噂がある人間と二人きりなんて、緊張するに決まっている。
しまったな、何か気の利いた話題を……。
「あの、フリードリヒ様は何故私を専属メイドに選んでくださったのでしょうか」
「え?」
しかし、意外にもヘカーテの方から話しかけてくれた。
(なぜヘカーテを選んだからって……)
決まっている。
さっきまで名前も知らなかった彼女だが、俺は何度も彼女の死にざまを見ているのだ。
崩れた建物の中から見つかった彼女は、右腕を欠損しており、頭から血を流し、破れた服の下には無事な肌がないほど火傷の跡があるという、とても悲惨な状態で見つかる。
それでも最後の気力を振り絞り、主人公に『こんな地獄を生み出した魔王を討って欲しい』と伝え、最強武器の一角『救世のリング』をくれるのである。
彼女が救われるシナリオなんて存在しない以上、『アリナシアの使徒』を何週もしている俺は、同じ回数彼女を看取った。
そんな彼女が救われるかもしれない選択肢があるならば、迷いなくそれに飛び込むってのが普通だろう。
だから、ヘカーテを救ったのは……
「前々から気になっていたから……」
「!?」
とはまたちょっと違うか?
まぁ、違わないか。
彼女が救われるルートもあればいいとは常々思っていたのだ。
『救世のリング』には何度もお世話になってるし、彼女の死にざまは美しいほど悲しいものだからな。
俺はもう一度ヘカーテを見る。
なんだか不思議そう、というか驚いた顔でこちらを見ているが、俺が今彼女を専属メイドに任命したお陰で、彼女はあんな悲惨な運命からは逃れることができただろう。
「やっと、救えたのか……」
「!!??」
いやぁ、悪役貴族に転生なんてふざけるななんて思っていたが、救えなかった命を救えるというなら、転生出来てよかったと思える余地はまだちょっとあるな。
ほんとにちょっとだけど。
「……ぁ……ぇ……?」
「……?」
少しおセンチな気分になっていると、ヘカーテが豆鉄砲を食らったハトのようにこちらを見つめていることに気付く。
その口は餌を求める金魚のようにパクパクと動いていた。
……なんかあったのか?
「って、もしかして俺口に出してた!?」
「は、はい……」
やばっ! めちゃくちゃ恥ずかしい!
そりゃ初めて会った奴、しかも悪い噂だらけの男に『やっと救えたのか』なんて言われたらビビっちまうよ!
「わ、忘れてくれ! 今のは、その、違うんだ……!」
俺は自分の頬が真っ赤になるのを感じる。
やべー! めちゃくちゃ恥ずかしいじゃんかよ!
「いえ、その……ありがとうございます」
「ありがとう……?」
しかし、返ってきたのは感謝の言葉だった。
何故感謝なのだろうか。
確かに俺はヘカーテを死の運命から救ったかもしれないが、それは彼女には与り知らぬことのはずだ。
「それは当然……。いえ、言うのは野暮、ということですか」
しかしヘカーテは俺の疑問に答えることはなく、何故か一人で納得したような顔を作っていた。
「フリードリヒ様」
「な、なんだ?」
改めて、ヘカーテは真正面に俺を見つめた。
その顔は真剣そのもので、尊敬のような感情がにじみ出ていた。
な、なぜだ?
「このヘカーテ・フォン・ヘルライア。貴方に誠心誠意仕えさせていただきます」
そう言うとヘカーテは片膝を地面につける、従者のポーズをとった。
その宣言自体はありがたいことはありがたいんだが……。
(なんでいきなりそんなことになってんだよ!)
先ほどまで濁った瞳はきらきらと輝いており、大好きな主人を見つめる大型犬のように俺を下から見上げるヘカーテ。
俺のどの言動がきっかけで彼女がそんなことをした理由が分からず、俺は内心で叫んだのだった。
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