第2話 悪役貴族は捨て猫を拾う不良に似ている

 『カドニック魔術学院』は魔術と名がついてはいるものの、教えられることは多岐に渡る。

 計算や歴史や地理といった一般常識に加え、剣術といったことも生徒たちは学ぶのだ。


 つまり、俺がやることは剣術、もしくは他の武術の習得。そして魔術を鍛えること。今からたくさん努力すればきっと主人公にも――


「魔術……!?」


 そこでふと気付いた。

 俺が魔術を使う!?


 ……いや、何を当たり前のことを、とは言わないで欲しい。


 だってさ、魔術だぜ?

 自分の掌から炎を生み出したり出来るんだぜ!?

 男だったら産まれてから一度は考えたことあるだろ?

 もし自分に魔術が使えたら……? とかさ。


「興奮してきたな……」


 しかし、ここは落ち着かなければ。

 実は、俺は自分の死の運命を回避するためにやっておきたいことがあったのだ。


 それは『絶対自分の味方をしてくれる人の確保』である。

 

 なにしろ、自分の父親がラスボスなのだ。フリードリヒの周囲にいる人物は、それすなわちラスボスの味方。

 例えばフリードリヒは貴族の子供だから、ファンタジー作品にはよく出てくるメイドさんなんかもいるのだが、彼女たちはフリードリヒに仕えている訳ではなく彼の父親、アスモダイ侯爵に仕えているのだ。

 したがって、何があってもフリードリヒの味方、とは言いづらく、最悪俺の敵になることもあるだろう。


「にしても、そんな人どうやって見つけるんだって話だが……」


 前世でよく見た作品だと、奴隷なんかが鉄板か。

 ただ、奴隷っていうのはちと微妙か。


 俺は出来れば魔術をその人間に教わりたいと思っている。

 もし俺が魔術に関して超優秀で、俺の優秀さが父親に知られれば秘密結社に勧誘されるなんてこともあるかもしれない。

 そんなの嫌だぞ。あの裏切者まみれの秘密結社に入れば最後。最終的には主人公たちに滅ぼされて終わりなんだからな。


 まぁともかく、俺の勝手な想像だが奴隷が俺に魔術を教えるなんて光景は浮かばない。

 だからこの線はナシなんだが……。


「…………なんも思いつかねぇ」


 俺はぽつりと情けない声で呟いた。

 しょうがねえじゃん。異世界に転生なんて初めての経験なんだからさ。


「ってか、ここどこだ……?」


 俺はここで初めて自分のいた部屋を見渡した。

 見るからに高価そうな家具や調度品で敷き詰められた豪奢な部屋だった。

 ベッドなんかがあることから、恐らくフリードリヒの自室なのだろう。


 ガキのくせしてこんな立派な部屋を持つなんてなんてけしからん。

 俺が子供の頃は兄弟と同じ部屋で寝てたっつーの!


 ――コンコン。


「失礼します」


 突然、部屋にノックの音と女性の声が響く。

 その直後、部屋の扉が開かれ、語弊を恐れずに言うならば、メイド服に身を包んだおばさんが入って来た。


「フリードリヒ様、そろそろ起きてくださいな……起きてる!?」


「え、う、うん」


 おばさんメイドは鏡の前に立つ俺を見ると、酷く驚いた表情を見せた。

 だが、驚くのは俺もだ。窓の外を見ると、太陽は空の真上で輝いている。

 つまり今は真昼だ。こんな時間、余程の怠け者でもない限り起きてるだろ。


「フリードリヒ様が、こんな時間に起きているなんて……。いつもは体を揺すっても起きないどころか、起こそうとすると物を投げてくるフリードリヒ様が……」


 前言撤回。

 どうやらフリードリヒは余程の怠け者だったらしい。

 ってか物を投げるって、怠け者どころか乱暴者じゃねえか。

 

「そ、そうか。それはすまなかったな」


 俺は作中のフリードリヒの口調をなるべく真似て喋ってみた。

 あまり不思議に思われても面倒だからな。


「フリードリヒ様が、謝罪!?」


「……」


 だが、その努力はあまり意味がなかったらしい。

 どうやらフリードリヒは素直に謝罪すると驚かれるキャラのようだ。

 そんなキャラ大抵ロクでもないが……まぁフリードリヒはロクでもないキャラだからな。


「……それで、結局なんの用なんだ?」


 埒が明かないと思った俺はそう言った。


「は、はい。ご朝食……いえ、ご昼食の用意が出来ましたのでそれをお伝えに」


「……そうか。そう言う事なら頂こう」


 貴族の食事というのに少し緊張している俺がいる。

 大丈夫かな俺のテーブルマナー。


「本日はその後、フリードリヒ様の専属メイドを決めるのでしっかりとお食事は摂って頂かないと」


「……専属メイド?」


 なんだその異世界転生あるあるのワードは。

 少なくともフリードリヒにそんな人物はいなかった気がするが。


「ええ。アスモダイ家では15歳になると専属のメイドを他の貴族のご令嬢から抱える決まりになっているんですよ。……そもそも今日専属メイドを決めるというのは一か月前からお伝えしていたはずですが?」


 『アリナシアの使徒』の中ではそういった描写は無かったはずだが、どうやらそういうことらしい。


 しかしこれは好都合かもしれない。

 このおばさんメイドによると、俺の専属メイドとやらは他の貴族家から雇われるらしい。つまり、アスモダイ侯爵との関係は薄いってことだ。

 上手くやれば俺の味方に引き込めるだろう。


「分かった。それじゃあ案内してくれ」


▼▼▼▼


 おばさんメイドに案内されて分かったことがある。

 俺が住んでいるこのお屋敷――アスモダイ侯爵家の館はとんでもなく広い。

 まぁ貴族様だもんなぁ……。この先ここで暮らすというのは一般ピープルだった俺には少し荷が重いかもしれない。


「「おはようございます、フリードリヒ様」」


 俺が食堂に入ると、その場にいた執事やメイドたちが一斉に頭を下げる。

 ドラマでしか見たことの無いような圧巻の景色に思わず後退りそうになってしまった。

 

「ああ、おはよう」


 しかし、俺は努めて普段通りの挨拶を試みる。

 ここで変に疑われても嫌だしな。


「フリードリヒ様、こちらへどうぞ」

 

 一人の執事が、俺のであろう椅子を引いてくれる。

 なんという好待遇だろうか。こんな光景、取引先の社長さんが秘書にやらせてるのしか見たことが無いぞ。


「ありがとう」


 しかし、俺はフリードリヒだ。

 こんな待遇はとっくのとうに慣れているはず。

 俺は引きつりそうになる顔を無理矢理笑顔にして、引いてくれた椅子に座る。


「……あのフリードリヒ様が感謝を…………」

「……それに、朝はあんな不機嫌なフリードリヒ様が笑顔を…………」


 室内から、ちらほらと俺の嫌な噂話が聞こえてくる。

 なんというか、些細なことで驚かれると言うのは悪役貴族あるあるだが、感謝するだけでびっくりされるのは複雑な気持ちだ。


「相変わらず、朝が遅いなフリードリヒ」


 目の前に置かれた色々な料理に目を奪われていると、真正面から重苦しい音が響いた。


「……おはようございます、ドロイアスお父様」


 座っていても分かる高身長に、真っ白い髪の毛。その顔は皺だらけだが、瞳からは強い野望をギラギラと放っている。

 この体の父親にして、魔神の復活を企む秘密結社の長、そして『アリナシアの使徒』ラスボス、ドロイアス・リグル・アスモダイだ。


「今日は、お前の専属の侍女を決める日だったな」


「……はい」


 ドロイアスは上品な所作でステーキを切りながら、そう切り出した。

 ……別にかけたわけじゃないよ。


「侍女という存在は、我とお前、貴族を守るためのいわば盾のような存在にすぎん。せいぜい丈夫そうな奴を選ぶことだ」


 ドロイアスのその言葉で、食堂にいたメイドさんたちの顔がひきつる。

 まぁそりゃ無理はない。

 目の前でお前は俺の肉壁だぞと言われたようなもんだからな。

 だが、これはドロイアスが特別非情というわけではなく、この世界の貴族は大抵このような考えをしているのだ。

 代々領地を守って来た貴族は偉くて、毎日農作業をしているだけの農民はいくらでも代わりがいる労働力。

 貴族主義ってやつか? 知らんけど。


「……我は執務に戻る。サルザス」


「はっ」


 ドロイアスは口元を拭うと、一人の執事とともに食堂を去っていった。

 食堂に残ったのは俺とメイドと執事たちと、最低なまでに重苦しい雰囲気である。

 なんだあいつ。


(……まぁいい)


 どうせ、今の俺にドロイアスをどうこうできる訳ではないからな。せいぜいいい息子に映るように努めるとしよう。

 それよりも今は目の前の食事だ。


 なんだかんだ腹は空腹を訴えているし、テーブルに並ぶ食事はどれも美味そうだった。


「いただきます」


 俺は俺がメインですとでも言いたげにど真ん中に鎮座するステーキにナイフを切れ込み、口に運ぶ。


「おぉ……」


 ステーキは口に入った瞬間ほろほろと崩れ、旨味がこれでもかと詰まった肉汁がゆっくりと舌に沁み込んでいく。


 端的に言うと、


「美味い……」


 俺の人生で一番なんじゃないの? このステーキ。

 悪役貴族に転生するなんて散々だと思っていたが、この味を味わえるならちょびっとだけよかったと思えるかもしれない。

 本当にちょびっとだが。


「フリードリヒ様が……!?」

「美味しいと口に……!?」


 しかし、俺の感動は一瞬で消し飛んでしまう。

 執事やメイドたちがただ美味しいと呟いた俺を点になった目で見つめていたからだ。


「ど、どうした」


「それはこちらのセリフです! いつもは『不味い不味い』と一口ずつしか召し上がらなかったのに……!」


 なんだって。それは本当かい?

 こんな美味いステーキを一口だけ?

 おいおい。フリードリヒ様はめちゃくちゃ偉い大奥か?


 しかし、どうやら彼らの反応を見る限り事実らしい。

 

(ん……? この流れ、どこかで見たことがあるな)


 今、この風景に似たシーンが前世で見た悪役貴族モノにもあった気がする。


「すまないが、この料理を作った者を呼んできてくれ」


「た、ただいま!」


 一人のメイドが飛び出すように部屋を出ると、本当に一瞬で見るからにコックですと言った風貌の男性が入って来た。


「フ、フリードリヒ様! 本日もお口に合わない料理を作ってしまい申し訳ありませんでした!」


「……」


 俺は思わず閉口する。

 コックの流れるような謝罪を見る限り、フリードリヒは何回もこのコックに謝らせているのだろう。


 フリードリヒの性格の悪さがよくわかるな……。


 しかし、今となってはそれも俺にとって都合がいいかもしれないが。


「いや、こちらこそすまなかったな」


「え……?」


 顔を上げたコックの表情はまるで信じられないものを見たかのようだった。

 まぁ気持ちは分かる。

 昨日まで不味いとコックに謝罪を要求してた奴がいきなりの謝罪だからな。

 俺なら精神科を勧めるね。いや、それとも咽喉科か?


「毎日これほど美味しい料理を作っていたのにも関わらず、残してしまった挙句、暴言を吐いてしまった。申し訳ない」


 俺は立ち上がって頭を下げた。


「そ、そんな!? フリードリヒ様が謝罪!?」

「一体何があったんだ……!?」


 頭の上から、執事やメイドさんたちが騒めき出すのが聞こえる。

 思った通りの事態に、俺は頭を上げ口を開いた。


「皆も、昨日までの俺の乱暴に迷惑をしていたと思う。本当にすまなかった。俺は心を入れ替えた。簡単には信じられないとは思うが、今日から態度でそれを示すつもりだ。どうか、これからもよろしく頼みたい。お願いします」


 そう言って、もう一度頭を下げる。

 すると、今度は静寂が室内を支配した。


(ミスったか……?)


 展開が急すぎたかもしれない。

  

 俺はゆっくりと頭を上げる。

 しかし、メイドさんたちは涙を流し、執事の中には嗚咽を零す者さえいた。


(な、なんだこれ)


「おお、フリードリヒ様、ご立派になられて……!」


「信じて仕えていてよかったです……!」


 なんか知らんが皆歓喜に震えて涙を流しているようだった。


 まぁ、その、なんだ、うん。


 フリードリヒは、ただ感謝をしてこれまでの言動を謝罪するだけで株が上がってしまうほど印象が最悪だったらしい。


 悪役貴族がこれまでの行動を謝罪して皆の好感度を稼ぐと言うのは定石だが……まさかこれほどまでとは。


 ……まぁ、好都合と考えておこう。

 

 目の前の惨状を前に、俺はそう現実逃避したのだった。

 

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