柊乃巫女止銀之聖者 （ひいらぎのみことぎんのせいじゃ）〜追放聖女のぼっち暮らし〜

第二十四話 永遠の呪い

　荒野は日が傾いて空は赤みを帯びつつあった。

「ここまで来れば魔獣の領域。人間どもの邪魔は入るまい」

　フュリスはバーソロミューと共に丘陵地帯から離れ、地峡を進み荒野の奥に来ていた。

「其奴はどうするつもりだ？」

　バーソロミューに尋ねられ、フュリスは両手で抱えていた布を、布で包んだルークの身体を手頃な岩の上に置く。そっと手を置いて、動かない相棒を撫でた。

フュリスの始原の力をもってしても、失われた命は戻せなかった。

「どこかで埋めてあげます。でも、こんな場所ではかわいそうだから」

「その布には肉体を保存する魔法陣を描いてある。一ヶ月ほどは保つだろう」

　フュリスの持ち物は過酷な戦いの中で、丈夫なブーツの他は全て失われていた。今着ている貫頭衣もルークを包む白い布も、バーソロミューが魔法陣から取り出したものだ。

「魔獣どもはお前と私の戦いを恐れて逃げたようだが、血の匂いで寄って来るかもしれんな。話をする準備を整えるとしよう」

　王国から遠くないとはいえ魔獣が跋扈する領域だ。魔獣如きは今の力でも容易く倒せるが落ち着いて話せる場所ではない。

　またバーソロミューに戦意はないことは明らかだったし、仮に罠にかけようとしているなら彼との力の差は明白。逆立ちしても勝ち目はない。

　だから、彼が荒野の真ん中で魔法陣を描き天蓋を作り出すのを、フュリスは黙って眺めていた。

　天蓋が2人を覆って夕暮れの風と冷たさが追い払われた。ルークはご丁寧に専用の小さな天蓋の中だ。

　それらを作り終えたバーソロミューは天蓋の中の地面をまっさらに平らにしてから、魔法陣から重厚な赤紫のテーブルと椅子を取り出し真ん中に置いて、今はティーセットをテーブルの上に並べている。

「700年ほど前から気に入って使っている、ケランジィのテーブルと椅子のセットだ。

　飾り気はないが丈夫で木目が美しく、赤紫の色合いも時と共に深みを増しており他には代え難い。

　それとこれは400年前に滅んだ国の茶器でな。

　この薄く硬く焼き上げられた白い磁器に金砂を用いて繊細に紋様を描く技術は、今は残っていない。

　傍流の血筋が似たようなものを作ってはいるが、同じ品が現れることはないだろう」

　お気に入りの道具の説明をしながら優雅な動作で魔法陣を描き、魔術で沸かした湯をティーポットへ注ぐ。

「どうした？　かけたまえ」

　呆れた様子で立ち尽くすフュリスに、黒と銀の髪を持つ男は椅子を勧めた。

（まさかこんな場所でお茶会なんて）

　数時間前との温度差が激しすぎる。

　毒気を抜かれて言葉も無く、フュリスは自分で椅子を引いて腰かけた。

「北方大陸東方の、ヂォハァンと言う国の茶だ。茶の葉を発酵させたものでな。

　ふくよかな香味と渋みが素晴らしい。

　渋みが苦手なら、このサッカルムの蜜を入れるといい」

　目の前に出された湯気を立てている茶色い液体。

　香りは良いが、フュリスは手を付けずにじっとしている。

「む、どうした？　ああ、茶を出して菓子の一つもないのは不作法だったな。

　こうして茶をふるまうのは、そうだな、人間相手には120年ぶりなのだ。許せ」

　フュリスの様子を訝しく思ったバーソロミューは、一人で納得すると「確か、あ奴がこの辺に」と魔法陣を描いて缶を取り出し、皿にクッキーを並べてテーブルに置いた。

「混ぜ込んである茶色いものはセカレットと言って、セオロマの実を粉にして牛の乳のクリームや糖蜜などを混ぜて煮た後に冷まし固めたものだ。甘みのあるものだから、お前の口にも合うだろう……どうした？」

　菓子の説明をしている間もじっと見つめてくるフュリスに、バーソロミューは首を傾げた。

「あの、こういうものは一緒に楽しむものだと、思います」

　おずおずと思っていたことを伝えると、男ははっとした表情になってから咳払い一つ。

　バーソロミューは自分の分を用意して、フュリスの茶を淹れ直してから席に着いた。

「さて、それでは何から話そうかね」

　優雅にティーカップの持ち手を摘んで口元に運ぶバーソロミュー。

　その姿を見ながらフュリスは心の中で呟く。

（この方、こういうところはダメな人なのかしら）

　返ってこない返事に、バーソロミューが眉を寄せた。

　お互いに茶を飲みクッキーを一枚食べ終えたが、会話は一向に進まなかった。

「黙っていては時間の無駄だ。

　フュリス、お前は何を聞きたい？」

　痺れを切らしたのか、バーソロミューが口火を切った。

　フュリスは持て余していたカップを置いて、両手で持ったまま黙り込む。

（聞きたいことがありすぎるし、こんな雰囲気では聞きにくいわ）

　しばらく悩んでから当たり障りのない話題を選ぼうとするのが間違いだと気付いて、その直後に出てきた疑問を聞くことに決めた。

「あの、本当に伝説の大魔王なんですか？」

「いかにも。メルゼアデス本人だ」

　フュリスは言葉に窮した。会話を繋げるきっかけが一つもない答えに心の中で頭を抱えた。

（何か、何か話さないと……）

「伝説では、千年前の大魔王戦争で勇者に倒されたとありまし、た、け……」

（待って待って。倒された本人に倒されたことを聞くってどうなの？　元から話は苦手なのに、どうしたらいいのよ）

「その伝説は、私が広めた偽物の歴史だ。

　そこから話すべきか」

「お願いします」

　バーソロミューの方から話題を出されて、フュリスは速攻で飛びついた。

「まず、正しい歴史を話そう。

　大魔王戦争などというものは無かった。

　あったのは、魔獣討伐遠征と、その後の勇者による反乱だ。

　魔獣討伐遠征にて勇者の一行が発見した秘密の露見を人間どもが恐れ、勇者を反逆者に仕立て上げ抹殺を企てたのだ。

　しかし逃げられ、その後罪人として追い続け南方大陸にて討ち取った。

　それを後世において私が改変し、大魔王戦争という架空の伝説で上書きしたのだ」

「そうですか」

　フュリスはひとまず口を挟むことは避けた。

　自分の知識と違いすぎる話は真実なのかも疑わしいが、しかし千年を生きてきたという人物の言葉だ。まずは話を聞いてからだと考えた。

「うむ。

　そして、当時の私は大魔術師メルゼアデスと呼ばれていた。

　仮の名ではあったが、こちらの方が知られていたな。

　勇者を追い詰めようとした軍勢を３つばかり吹き飛ばしてやってからは、大魔王だの悪魔だのと呼ばれるように……こんなことはどうでもいい話か。

　要点のみとはするが、話は長くなるぞ」

「構いません。眠らなくても大丈夫です」

「そうであろうな。私は眠気覚ましを使わせてもらうとしよう」

　バーソロミューは魔法陣から見慣れない道具を取り出して、淡緑色の豆を煎り始める。

　長い長い話が始まった。

　フュリスは目の前の男の話を聞き終え、天蓋の向こうに登る朝日を見上げた。

　そして深く息を吸ってから肩を落とし、長く長く吐き尽くしつつ顔を伏せた。

（なんてことなの……）

　自分の行いの無意味さが、彼女の背中に重くのしかかっていた。

「フュリスよ、気にするな。

　お前はできることを行うために全てを尽くしたのだ」

「でも、あなたの言うことが事実なら……」

「それは自分で確かめるがいい。事が起きるまでそれほどはかからぬ。

　遅くとも50年。早ければ20年。始原の力があれば寿命も足りよう」

「瘴気の氾濫……起きたら世界の危機とおっしゃいました。

　具体的には、どうなるんですか？」

「瘴気核が臨界を超えると変質して形を保てなくなり崩壊する。

　そして解放された濃密な瘴気が津波の如く広がり、他の核に達すればそれも臨界を超えて連鎖的に崩壊していく。

　厄介なのは、変質した瘴気は他の様々なもの、生命や法力を容易く瘴気へと変質させてしまうことにある。

　浴びれば草木も獣も人も侵され、耐えられる者はほとんどおるまい。

　死ぬか闇堕ちするかのどちらかだ。

　北方大陸も南方大陸も、その他の大陸も島々も、人間は滅びるだろうな」

「バーソロミューさんは千年前に、勇者と共にそれを発見したんですね。

　そして、今までの年月をかけて、瘴気の氾濫を止める方法を実行してきた」

「そうだ。北方大陸の人間を恐怖に突き落とし殲滅し、その生命が壊れて生じた瘴気に魔術を施し核の中に送り込み、臨界を妨げる結界を核内部に構築する。

　それを成せば、少なくとも一万年は猶予ができるはずであった」

「私がそれを、台無しにしてしまった……」

「もう一度言うが、気にするな」

「でも……他に方法は、無いんですか？

　例えば瘴気核を壊すことは？」

「壊されて解放された瘴気が他の核に吸われるだけだな。

　核はこの世界の魔力の流れが淀む場所全てで生じる可能性がある。

　そして人間がいる限り瘴気は尽きぬ」

　バーソロミューの話によれば、瘴気は人間から生じたものだった。

　かつて北方大陸に生まれ育った勇者は魔獣が生じる原因を探るべく南方大陸へと渡り、その奥地にあった瘴気核を発見。氾濫直前となっていた核に結界を施したのがかつての彼、大魔術師メルゼアデスだった。

　その後、瘴気核が臨界を越えようとしていた原因を調べた勇者たちは、それが北方大陸で急速に発達していた魔術に端を発していること、そして人間の活動自体が瘴気を生み出すことを突き止めたのだ。

「どうして人間が瘴気を生むのでしょうか？」

「簡単なことだ。

　人間だけが自然のあらゆるものを2つに分けて意味付ける。他の生き物は嫌って遠ざけることはあっても、それを意味付けはしない。

　益と害、法術と魔導、生と死、善と悪。数え出せばキリはないが、このように物事全てに白黒をつけるのは人間の性だ。

　そして人間は良きものだけを有り難がり大切にしてその手の内に収め、悪きものは遠ざけ捨てて除けていく。あの頃の魔術がまさにそうだった。

　そうした悪しきものを拒む意識が一人一人の始原の力に働いて変質させ、瘴気を生む。そうやって、世界を傷つけ滅ぼしてゆくのだ」

「だったら、瘴気を止めることもできないですね」

「そうだ。それこそ全ての人間を滅ぼさねばならない。

　我が友は、真実を認めまいとする人間どもに捕らえられ首を斬られる直前にあっても、人間を救ってくれと願っていた。小を見捨てて大を救うことすら嫌う奴だった。

　私には他に方法は無かったのだ」

（この人は、私と同じなのね）

　男の独白に、フュリスは共感を覚えた。

　彼女も、魔族に狙われていると知り、自分の力の性質を知り、これしかやりようがないからと戦うことを選んだのだから。

「それで、戦争を……」

「いかにも。

　だが、私の魔力は失われ、瘴気の氾濫を止める手段は無くなった。

　銀之聖者は裏切り者となってしまったのだから、あとは生き残れる者が1人でも増えるよう、影ながら真実を広めるしかないな。

　100人救えるかも怪しいが、どれほど地道であろうとやらぬよりはマシだ」

　お互いに口を閉ざし、沈黙が天蓋を満たした。

　外からの風の音と、時々お茶を口に運ぶ動作の音だけが続いて、やがて高く登った太陽が雲に隠れた。

「食事にしよう」

　バーソロミューが立ち上がる。

「バーソロミューさん、一つ考えがあります」

　魔法陣を描こうとした彼を、フュリスが呼び止めた。

　その目には戦いの最中にも見せていた、決意の光。

「私が、瘴気核を“片付け”ます」

「なんだと？」

　描こうとした魔法陣をかき消して、大魔術師は驚きの声を上げた。

「私の力は、瘴気でも何でも“それ”が“それ”でなくなるくらいに切り刻めます。

　瘴気核も他に散ってしまう前に、多少は“片付け”られるはずです」

「不可能だ。

　お前は瘴気核を作る魔力の澱みがどれほどあるのか、どれほどの数の核ができているのか知らないから、そのようなことを言えるのだ」

「教えてください。できるかできないかは、それを聞いて私が決めます」

「ならばこれを見るがいい」

　バーソロミューは魔法陣を描く。天蓋の全てに地図が描かれ、回転を始めた。

「これがこの大地の真の姿だ。我々がいるのはあの大陸と大陸の繋ぎ目になる」

　その地図は惑星を内側から透かし見る形になっていて、バーソロミューが指差しながらフュリスも知っている地名を光の点で示すと、その広大さが彼女にも理解できた。

「現在把握している瘴気核はこれだけある。

　人間が増えたことで同時期に数を増し始め、ざっと千箇所。そして、魔力の澱みはさらに多い」

　千を超える数の赤い点と万に迫る数の黄色い点が描かれた。

　フュリスは回転する地図が３回まわる間それを見上げ続け、それから、バーソロミューに微笑みかけた。

「バーソロミューさん、さっきの話では瘴気の氾濫まで、早ければ20年でしたよね」

「ああ。それは間違いがない」

「5日に1つずつ片付ければ、5000日。

　多少トラブルがあっても15年で終わります」

　自信たっぷりな笑顔のフュリス。その不敵さにさしもの大魔術師も呆れ返った。

「お前は15年の月日をこんなことに使うつもりか？」

「あなたは千年を使ったんですよね？」

「机上の空論だぞ。そんな計算通りにはゆかぬ」

「計算よりも早く進めるかもしれません。私の力、計算できましたか？」

「……フュリスよ、言っている意味がわかっているのか？

　お前のその力、もはや先のような威力にはなるまい？」

「はい。

　わかっていらっしゃったんですね。

　でも、この力を使えるのは私だけ。

　そして氾濫を防ぐ方法はこれだけ。

　人間が傷つけた世界を癒して救う方法はたった一つで、それは私だけができる。

　私がやらなければ誰もできない。だったら」

　フュリスは椅子から立つとテーブルに左手をついて身を乗り出し、右手を胸元に当てて訴える。

「例え何があっても、私がやります。

　あなたを止めたように」

　バーソロミューは黙って立ち上がり、魔法陣を描いた。

　フュリスの周りに燐光が舞い、彼女から何本かの光の線が放たれる。

　ほとんどの線が薄くぼやけて大半は見えないくらいだったが、2本だけはっきりと強く輝いていて1本は北に向かい、もう1本は目の前のバーソロミューに繋がっていた。

「これは？」

「お前を人間たらしめる縁の糸を、目に映るようにする魔術だ。

　その1本の行方は星を見て確かめた。

　アニタ・ガルトルードだ。

　あの時、お前の力を封じてお前を、そして私を救ったのは、あの娘だ。

　お前の始原の力は、人の縁にて封じられるものなのだろうな。

　あの時お前はただ1人の人となっていた。その上で自分の命に対する縁まで捨てて、始原の力を無制限に解放したのだ。

　そうであろう？」

　男の説明にフュリスはさっぱりとした表情で頷いてから、北を見た。

「やっぱりアニタさんだったんですね。

　あのときはどうしてって思いました。

　だけど、止めてもらって良かった。

　私はとんでもない間違いをするところでした」

「わかっているのか？

　お前は人の縁を得れば、その力を失うのだ。

　それはつまり、瘴気がある限りお前は人との縁を持てぬということだぞ」

「はい。覚悟の上です」

　あっさりと答えられ、バーソロミューはとうとう黙り込んだ。

「バーソロミューさん、私は故郷でずっと野良仕事や雑用をしてました。

　神学校でも同じで、ずっと地味で手間のかかる仕事を任されていました。

　何日も延々と手で草をむしっていたこともありました。

　小麦とシサー豆と小石を一緒に撒かれて、全部をより分けて片付けたこともありました。

　瘴気核なんて、畑に生えてくる雑草みたいなものじゃないですか。

　それをむしって片付けるなんて、慣れっこなんです」

（なんという強さだ）

　朗らかな笑みにつられ、バーソロミューは堪えきれずに笑い出す。

「そうか。そうか、雑草退治か！　生えた草をむしって抜くだけのことか！

　まさにその通りだ。

　フュリスよ、お前はこの私より正しく本質を語ったぞ」

　それから姿勢を正し顎を引き、表情を改めてフュリスを見つめた。

「フュリスよ、もう私はお前を止めぬ。やりたいようにやるがいい。

　だが、この世界のどこに何があるかがわからねば、この仕事は成し遂げられまい？

　故に、お前には私の知識と技を譲る。

　受け取るならば、私の全ての力を授かることになる。

　どうだ。譲られてくれるか？」

「全て？　全てということは、あなたは？」

「私は友の望みのために自らに魔力を生命とする術を施した。

　魔力を失った今、このまま生きてもせいぜい10年と言ったところか。

　お前ならば始原の力を用いて遥か未来まで、草むしりを続けてくれるであろう？」

　バーソロミューは言葉を区切り、あえて皮肉気な笑みを浮かべた。

「だが、千年を生きるのは、長いぞ。

　もはや呪いに等しいほどにな」

　そして、笑みは自然と穏やかな微笑みに変わる。

　その微笑みに、フュリスは両親の記憶を思い出した。

　思い出の中の父と母は目の前の男と同じように微笑んでいて、フュリスの迷いを消した。

「バーソロミュー・グレイズヴェルド様。

　私があなたの力を、千年をかけて積み上げた遺産を、受け継ぎます」

　バーソロミューは頷くと、ティーセットもテーブルも椅子も魔方陣の中に収納した。

「力が馴染むまでしばらくは眠ることになるはずだ。

　だが、そなたの安全は守る。

　安心して眠るがいい」

　天蓋の中に白い輝きと黒い瘴気が恐ろしく緻密な魔法陣を描いて満たす。

「柊乃巫女よ、フュリスよ、感謝する。

　ただ1人の苦難の道を大義のために自ら歩む。

　そなたこそ勇者と呼ぶに相応しい。

　後は任せた。

　さらばだ」

　バーソロミューから流れ出た輝きと瘴気が一点に集まって白黒に渦巻く球体と化した。

「あなたのご恩、決して忘れません。

　さようなら、銀之聖者様」

　球体がフュリスの胸元から身体の中に吸い込まれ、天蓋に閃光が走り、フュリスは意識を失った。

　フュリスを魔法陣から取り出したマットの上に寝かせると、バーソロミューは天蓋を見上げて確かめた。

　魔法陣を描き足して満足げに頷くと、ひび割れつつある己の手を見て笑みを浮かべる。

「私はここで終わるが、術は当分の間保つであろう。

　フュリスが目覚めたなら、内側から破ればいい。

　さて、あと一仕事だ。

　そなたを守ると約束したからな。

　少しばかり驚くかもしれんが、こちらは散々驚かされたのだ。

　これくらいは許せ」

　バーソロミューは新たな魔法陣を描いた。

「フュリスよ、お前の力は無尽蔵たる自然の猛威。敵うものは有り得ぬだろう。

　だがな、我が魔術は人の業よ。

　自然を学び理解して論じ先を目指し、自然のままには起こり得ぬことまでも実現する。

　それこそが人の力だと、お前もいずれは知るだろう」

　バーソロミューの指先に光の球が灯る。崩れゆく我が身を顧みず、彼は眠る少女に語りかけた。

「始原の力にできぬことでも、人の業ならば成せるのだ。

　さあ、我が千年の研鑽の証を見よ。

　姫君には騎士がいるように、巫女には守り手が必要だぞ。

　目を覚ませ！」

　かけ声と共に腕を振る。光球が放たれ振った腕が砕けて身体も顔も次々と砕けて、その全身が塵と化して消えた。

　大魔術師あるいは大魔王メルゼアデス。そして銀之聖者と呼ばれた男は、その命を終えた。