第十二話 ルークの仕事

 ロディと一緒にレベッカの家に行くと、彼女と2人の子供だけでなくキムも一緒に薪運びをしていた。

 ロディが声をかけてからフュリスを交えて事情を話すとロディよりも少し背の高いキムはフュリスを見下ろしながら難しい顔をした。

 黒に近い焦茶の髪に広い額、痩せてはいても厳つさを感じさせる顎に濃い灰色の細い目と、険しい表情のキムは威圧的で、実際厳しい言葉を言われたこともあるフュリスは首を縮めた。

 だが、彼が口を開くよりも早くレベッカが手を叩き全員の注目を集める。

「フュリス、助かるわ。

 セシル、ベル、今日はご馳走よ」

 そして明るい声を上げてから子供たちに笑いかけた。

「やった! お肉だ!」

「おにくー!」

 はしゃぐ子どもたちの頭を撫でながら、レベッカさんは私たちに振り向いた。

「でも、村のみんなにも振る舞った方が良いわね。

 十分なくらいにあるんだもの。

 キム、ロディ、良いでしょう?」

 朗らかな微笑みに、隣にいるキムの頬が緩む。

 普段は怖い顔をしている彼のこういう姿はギャップがあって戸惑ってしまうが、フュリスとしては機嫌を損ねられるよりありがたい。

「そういう話なら黙って狩りをしたのは無しにしておく。

 だがな、今後は一言通してからやってくれよ」

 額に傷跡のある堅物そうな細い顔を頑張って怖い感じにしようと口を引き結ぶキム。

 にやけかけた口元と下がった目尻のせいで台無しだけど、フュリスは彼の言葉の方を尊重した。

「わかりました。

 今日はごめんなさい」

 頭を下げると足元で寝そべる相棒が目に入る。

「ルーク、お前のせいなんだから謝りなさいよ。

 みんなが言ってること、わかっているんでしょ」

 妖精猫ケット・シーの賢さはネリーからも教えてもらったし今までの付き合いでもよくわかっている。

「キムさん、今度からルークが狩りをする前にキムさんのところに行かせても良いですか?

 私には、何をどれだけ狩っても良いのかわからないので」

 にゃー

 フュリスが提案すると足元から抗議が上がったが、無視した。

「きちんとしなかったら言ってください。

 この子のご飯を無しにします。ひどかったら家から出られないようにします。

 でも、この子は役に立つから、教えてあげてください」

 にゃあっ!

 たしたしたし

 抗議の声は暴力の行使へとエスカレートしたが、そんなものは痛くも痒くも無い。

「ルーク、あなたが好き勝手に狩りをすると動物が減って狩りができなくなるのよ。

 そうなったら村のみんなも困るしあなただって狩りができなくなるんだからね。

 キムさんならその加減がわかるから、教えてもらうの。

 嫌なら今日から外出禁止にするからね」

 フュリスは相棒に指を突きつけ黙らせてから、キムに向き合った。

 ぐるるるるる

 不満げに喉を鳴らすルーク。

 それでもフュリスが言わんとすることは理解したようだ。猫パンチは止まった。

「いかがでしょうか?」

 もう一度頼み込むと、キムは腕を組んで考え込んでから頷いた。

「ルークがしっかりできるなら、俺もその方が助かる。

 俺だっていつでも都合良く狩りに出られるわけではないからな」

 それから眉間に皺を寄せて

「しっかりできるなら、な」

 と繰り返した。

 フュリスとしてはそこまで言われると苦しいものがある。ルークはその黒い子猫のような姿そのままに奔放で、仮に言い聞かせてもその通りにやってくれるかは怪しいところがある。

「だったらやってみてから考えたら良いじゃない。

 料理番としては、お肉が増えるとありがたいわ」

「そうだよ。ルークは賢いよ」

 レベッカとその息子のセシルがフュリスの側についてくれたので、キムも難しい顔をしながらも納得したらしい。

「だったら、そうするか。

 フュリス、俺はルークが来たら何を教えれば良いんだ?」

「今日は何をどれだけ獲って良いか言ってもらえばいいと思います。

 ルーク、いいわよね?」

 ふゃー

 不貞腐れた返事をしてルークはフュリスの足元から離れ、キムの周りを歩いて回る。

 それから、不意に尻尾を2度振った。

嫌な予感。ルークが狩りをしかけるときの動きだ。

「あ、だめ!」

 フュリスの制止よりも早く額の宝石から緑の光を発したルーク。とん、と軽い音と共に小さな体からは考えられないほど高々と跳躍すると軌道を捻じ曲げ急降下。キムに頭上から襲いかかる。

「うおっ!?」

 ふーっ!

 たんしたたん

 とっさに躱したキム。低く唸ったルークはさらに攻め立てる。

「ルーク、やめて。やめなさい!」

 フュリスが声を張り上げてもルークは止まらない。

 キムの周りを飛び回り旋風で跳躍の軌道を捻じ曲げる不意打ちまで使って、ついに彼の首筋に噛みついた。かに見えた。

 間一髪、キムは左腕を盾にしてルークの牙を受け止めて、小さな襲撃者を跳ね飛ばす。

 ふゃー

 とととと、と軽い足音。

 額の光を消したルークはキムの足元に頭を下げたまま近付くと、たしっとブーツの爪先を叩いた。

 にゃーん

 痩せてはいても筋肉質で背の高いキムを見上げて一声鳴いたルークは、フュリスの足元に戻ってくる。

「ルーク、あなた何してるのよ」

「フュリス、いいんだ。

 なんとなくだが言いたいことがわかったぞ」

 相棒を叱ろうとしたフュリスを止めたのは、襲われたキムだ。彼は首を傾げたフュリスの前で屈み込み、ルークの前に拳を出した。

「どうやらルークは俺が相棒として相応しいか試したらしい。

 こいつ、頭がいいだけじゃなく根性もあるじゃないか。

 よろしく頼むぞ」

 にゃ

 ルークは一声鳴くとくるりと回り、回りながら尻尾でキムの拳を撫でてからとんと跳びフュリスの肩へと駆け上がる。

「もう……びっくりさせないで。

 キムさん、よろしくお願いします」

 フュリスが頭を下げ、ルークはにゃーと欠伸をして、キムとロディは話がまとまって頷き合った。

 すると、レベッカが兎の耳を掴んで立ち上がる。

「フュリス、捌くのを手伝ってちょうだい。

 料理場のみんなにも話をしながらやりましょうよ」

「は、はい。よろしくお願いします」

 慌てて返事をしてからレベッカに引っ張られて共同の料理場へ向かうフュリス。後ろを子どもたちがついていく。

 彼らを見送ったロディが、キムに話しかける。

「ありがとうよ。フュリスも村に馴染むきっかけになりそうだ」

「悪い娘ではないが、口数が足りないからな。

 土産を持ってレベッカさんが口添えすれば、女衆にも悪く言われないだろうな」

 フュリスについては村人の間でも話題には上がっていたが、人見知りが強い上に噂のこともあり、なかなか村に馴染めずにいる。

「これでネリーにも文句を言われずに済む。

 今夜どうだ? 奢るぞ?」

 キムの肩を叩いて集会所を指差すロディに、キムはニヤリと笑って肘を肩に乗せ返した。

「この貸しとは別だったら付き合うが?」

「仕方ねぇな。

 これからは安く肉が手に入るんだから、ネリーも文句は言わないだろう」

「ネリーも、と言うことは、まだ話があるんだな」

「着いたら話すよ」

 そうして2人は料理場の方へと振り返り、すぐに集会所に向けて歩き始めた。


 ルークの仕事は好評だった。

 話が決まってから一週間、毎日獲物を狩ってくるルークのおかげで村の食糧事情は安定し、貴重な肉の供給源としてルークとフュリスは村人たちに受け入れられつつあった。

「フュリス、ここの手伝いはもう良いから、ルークにこれを持っていってあげて。

 大物を獲ってきてくれたから、ご馳走よ」

「はい。ありがとうございます」

 レベッカから生の猪肉を山盛りにした皿を渡され、フュリスは料理場の賑わいを見回した。

 本日の獲物は最近畑を荒らしていた厄介者の大猪だ。

 男衆が3人がかりで運ぶほどの大物の上で頭を高くヒゲをピンと広げていた得意げな姿は、解体と料理が進んで獲物から肉の塊になったあたりで見当たらなくなっていた。

「あの、まだ手伝えることがあるなら……」

 探せばすぐに見つかるだろうけど、料理の忙しさも気にかかる。

「解体の仕事で村人総動員でしょ?

 このまますぐに宴会になるから、もういいわよ。

 フュリスはネリーのところで他の仕事があるんだから、そっちにいてちょうだい」

 気を使うとレベッカは、料理場の傍に並べられた不揃いな机を並べているネリーをオタマの頭で示した。

「ほら、さっさと行って」

「はい」

 急かされてその場を離れ、まずルークを探して声をかけてネリーのところに向かう。

 なるほど、探し終えた頃には料理はひと段落していた。

 そして宴会の用意が、見ている間に整っていく。

「ネリーさん、手伝うことはありますか?」

「無いよ。あんたらは今日の主役なんだから、そこに座って待ってな」

「え?」

 不意を打たれてフュリスは間抜けな声をあげ、仕事を探そうとするより早く止められた。

「あんたらはそこにいるのが仕事だよ。

 うろちょろされると邪魔だから、ルークが肉をつまみ食いしないように見張ってな」

 有無も言わさぬ口調で釘を刺されて黙り込み、皿の肉に手を伸ばすルークを押さえながら待つ。

「よーし、準備はできたな。全員席につけ。

 無駄な話は後にして、まずは始めるぞ。

 さほど待たずにロディの声掛けがあって、それぞれの机に集まった村人たちが歓声を上げる。

「勇敢なる狩人とその主人に感謝を込めて、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

 村人たちの唱和が辺りに響いた。


「ルークが頑張ってくれるからって、今日はお肉をたくさんもらえたのよ。

 だから、これはあなたの分ね」

 にゃー♪

 宴会が始まって皿を出すと、ルークは普段より山盛りな肉に早速かぶりつく。

 ものすごい早さでボウルの中身が減っていくのを眺めつつ、フュリスも周りに合わせて祈りを捧げ、自分の皿から粥を掬った。

 野菜と肉を煮込んで味の出たスープでシサー豆を煮込んだ粥は滋味に溢れていて、疲れた身体に温かさが心地よく染み入っていく。

「ルークの奴、良い食べっぷりだね。

 ほらフュリス、あんたももっとお食べ」

「え? あの、こんなには食べられません」

「食べないからそんな痩せているんだろ。ここで暮らすならもっと逞しくなりな。

 ほら、まだ育ち盛りなんだからさ」

 ネリーが有無も言わさず皿を押し付けてきて、断ろうとしても目の前に置かれて、フュリスは困って周りを見た。

「ねーちゃん食べないなら俺がもらっちゃうぞ」

 セシルが伸ばそうとした手をレベッカがぴしゃりと叩いて止める。

 すかさずセシルが

「かーちゃん、何すんだよ!」

 と抗議するがレベッカは慣れた様子で息子の頭を小突いた。

「セシル、私はあんたを人の分まで取るような子に育てた覚えはないよ」

「フュリスが食べないならあったかいうちに食べたほうがいいじゃんか」

 セシルはそれでも食い下がるが、レベッカは落ち着いて捌いている。側で見ているフュリスの方がおろおろとしているくらいだ。

「あんたが食べないからこんな事になるんだよ。

 ほらほら、みんなあんたの薬にもルークの獲物にも助けてもらっているんだから、素直にもらっておきな」

 そんなフュリスをネリーが急かし、半ば無理矢理スプーンを握らせる。

 仕方なく追加の皿から粥を掬って口に運んだ。

 フュリスの様子を周りの村人たちが笑いながらも窺っているのだが、神学校や故郷のハンプニー村で感じた息苦しさは感じない。

 それに、同じ粥のはずなのに一皿目よりも

「美味しいです」

「そうかい。好きなだけ食べて良いんだよ」

 ささやかな声を聞き取って、ネリーが破顔した。

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