絶望
目も覚めるような金髪。爛々と輝く浅葱色の瞳。ぴんと立った茶色い耳と短めの尻尾が狗を思わせる、妖獣系の妖の女の子だ。見た目からして私達と同い年くらいかもしれない。
「流石ね、あんなにうじゃうじゃ居たモノノケを一匹残らず仕留めちゃうなんて!」
女の子は無邪気に笑って言う。
「……えっと。杏樹、知り合い?」
「いいえ、二人ともはじめましてよ! 私は
閃と名乗った女の子は楽しげに足を組み、宝石の電気石のような瞳をきらきらと煌めかせて私達二人を見下ろしている。
「半月以上の紋様の隊士は初めて見たわ!しかも一人は満月……紅宵郷最強って噂の月読様なんでしょう?お会いできて嬉しいわ!」
「……見て分かるだろうけど、この神社は今僕達月鬼隊が調査中だ。分かってるなら早く立ち去った方がいいと思うよ」
杏樹が冷ややかに告げると、閃はきょとんと首を傾げた。
「ふぅん、調査? 何かあったの? 例えば――ここに来た月鬼隊の隊士が一人も帰ってこないとか、モノノケがすごい早さで湧いてるとか?」
「――!?」
驚いて目を見開く私に、閃はくすりと口角を上げてみせる。
――この少女はただの妖じゃない。
気づけば私は無意識に刀の柄を握りしめていた。
「……月鬼隊の情報は一般国民には他言無用のはずだ。何で隊士じゃないお前が知っている」
冷えた怒りをたたえた琥珀色の瞳がにやにやと歪む浅葱色の瞳を睨む。
「へぇ、月鬼隊ではそんな情報が回ってるのね。その原因が何なのかは聞いてないの? 天下の月鬼隊も意外と頭は弱いみたいね」
「……あなたが。あなたが、ここに来た
私の問いに閃は「きゃはっ」と揶揄うように笑った。
「怖い顔〜。そんなに
「質問に答えろ。ここに来た隊士達をどうした」
「さあ? でももう全員死んじゃったと思うわ」
軽い調子で言葉を放る閃に杏樹が口を開きかけたところで、閃はその顔に「だって」と全く悪びれる様子のない、どこか困ったような笑みを浮かべて言った。
「だって――――――――
みんなあなた達が殺しちゃったでしょ?」
思考が硬直した。
閃は「ほら」と言うように目線で私の斜め後方を示している。
この少女は一体何を言っているんだろう。意味が分からなかった。
私達は
――そう、それだけのはずだ。
私は閃の視線を追ってぎこちなく首を動かし、背後を振り向く。
あの蛾のモノノケはもうとっくに消滅していて、その後には二つの物が残っていた。
一つは魂晶。
そしてもう一つは、黒焦げになった、白い、小ぶりな花の――――。
息が止まった。
閃はどこからか取り出した小さな硝子容器を月光に透かして見せた。先端には太い針がついていて、中では紫とも藍とも黒ともつかない濁った色をした液体がとぷんと揺れている。
閃はこれ以上ないくらいに邪悪な笑みを浮かべて、これ以上ないくらいに絶望的な種明かしをするのだった。
「――この液体が体内に入った妖は強制的にモノノケになるのよ! どうやって作ってるんだか知らないけど、この神社のモノノケは全部私が無理矢理モノノケ化させた月鬼隊の隊士だったってこと! 仲間同士だなんて知らないで必死に殺し合ってたんだから笑っちゃうわ!」
閃の耳障りな哄笑が境内に響き渡る。
そうして私は気づいてしまった。
途端に途方もない絶望の波が押し寄せてきた。
「――ぁ、」
足に力が入らず、私は膝から崩れ落ちる。
「――――茶々ちゃん……!」
『これは弟と妹がくれたもので――』
『私にはもったいないくらいいい子達なんです――』
『私も、月読様みたいに強くなれますか――』
最早炭の塊のようになってしまった白い
このモノノケは、茶々ちゃんだった。モノノケにされて、変わり果ててしまった茶々ちゃんだったのだ。
モノノケになる
でも、私が今日この神社で奪った命は違う。
仕方なくなんてなかった。
まだ
その覆しようのない事実で頭がいっぱいになる。それ以外何も考えることができない。
「まずその辺の妖数人をモノノケにしてこの神社に放ったの。そして送られて来た隊士を待ち構えておいてモノノケにする。そうするとまた新しい隊士が送られて来るでしょう? こういうの鼠算式って言うのよね。それとこれは私も予想外だったんだけど、やっぱり鬼って血気盛んな種族なのね、ここにモノノケが沢山居るって聞きつけて任務を受けてない隊士も来るようになったの! お陰で一ヶ月でこんなにモノノケを増やせたのよ」
閃がぺらぺらと何か喋っているけど、その声は分厚い壁越しみたいにぼんやりとしか聞き取れなかった。まるでどこか遠く、自分とは関係のないところから聞こえているように思えた。
「でもまさかちょっと目を離した隙に全滅させられるなんてね。私の努力の結晶だったのよ? 貴重な試作品を百本近く貰った結果がこれじゃ成果を認めてもらえないわ。代わりにどうすれば私の実力を示せるかしら」
閃は考え込むような素振りを見せる。
「そうね――」
電気石のように光る双眸が、私を捉えた。
「――紅宵郷の月読の首を持って帰ったら喜んでくれるかもしれないわ!」
そうして稲妻のような一筋の光が迫り、
「かがり様ッ!」
杏樹の鋭い声と同時に横から飛び出してきた人影が視界を覆った。
数秒後、何が何だか分からないまま地面にぺたんと座り込んでいる私の目の前の石畳に、ぼたぼたと赤色が滴る。
私は何気なく顔を上げて、
「――え」
思わず声が零れた。
杏樹のお腹を、閃が握る刀が貫通していた。
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