生意気

 どっちも二十代ぐらいに見える。一人は金棒を背負った典型的な鬼の妖で、もう一人の方は輪入道……かな?


「……何の用?それと、僕は男だ」

 杏樹は淡々と告げたが男のひとは後半は聞き取れなかったのか、お嬢ちゃん呼びを訂正することなく続ける。


「実は俺達、月鬼隊なんだよ〜。お嬢ちゃん達もでしょ?ほら」

「だから僕はお嬢ちゃんじゃな……はあ」

 杏樹は諦めたようにため息をつく。そう言う二人が着る衣服は確かに左肩が見える月鬼隊の隊服特有の作りで、その地肌にはしっかりと紅い紋様が浮かんでいるのが確認できた。


「へ〜!じゃあ仲間……」

「確かに僕達は月鬼隊だよ。それで?」

 杏樹は私に口を挟む隙を与えずに問う。ひ、酷い……!ひとの話は最後まで聞こうってよく言うじゃん……!

 衝撃を受ける私を他所に、杏樹は体温を感じさせない目で二人を見ていた。そのまなざしは呆れているようにも、軽蔑しているようにも見えて、自分に向けられている訳でもないのに私はちょっとひやっとした。


 鬼の方のひとがへらへらと笑いながら私達の手元を指差す。私達二人の掌の上では、いくつもの魂晶が月光にちらちらと煌めいていた。


「その魂晶。全部お嬢ちゃん達が退治したの?凄いなぁ、見た感じまだ十五かそこらでしょ二人とも。才能あるね〜。お陰で俺達が入った時にはもう一匹も見当たらなくてさぁ。俺らの方からわざわざモノノケが沸いてる場所見つけて来たのに、ほんと運が悪かったなぁ〜。まさかこんなお嬢ちゃん達に先越されて手柄全部奪られちゃうなんて思ってもなかったわ〜」

「あ、ありがとうございます……?」

 な、なんだろう。褒められてるみたいなのになんか嫌味っぽく感じるような……?


「僕達は本部からここのモノノケを掃討するよう任務が来たからその通りにしただけだよ。正式に任務を受けたわけじゃない君達にどうこう言われる筋合いはないな。帰ろう、かがり様」

 杏樹は淡泊にそう言い切るとくるりと踵を返そうとする。


 男のひとは一瞬苛立ったような表情を見せたが、すぐに取り繕って「ちょっと待ってよ〜、まだ話は終わってないだろ〜?」と引き止めた。

「そうだよ杏樹、ひとの話はちゃんと最後まで聞かなきゃ!」

「かがり様まで何言って……」


「お、おい」

 不意に輪入道の方のひとが疑わしげに鬼のひとに声をかけた。


「確かここのモノノケって、二等とかも居てすげぇ強いんじゃなかったか?本当にこんなガキ二人に任務がいくか……?つーかマジでこいつらが倒したのかよ……?」

「あ?知らねーよ。どーせ噂だけでたいして強くなかったか、前来た強い奴にやられて弱ってたとこにとどめ刺しただけとかそんなんだろ。こんなガキども逆立ちしても二等なんか倒せねぇよ」

「?」

 輪入道のひとを振り向いて何か言うと、鬼のひとは「それでさぁ」と何事もなかったみたいな笑顔で私達の方に向き直った。


「俺達から一つ提案があるんだよねぇ〜」

「提案?」

 首を傾げる私に、鬼のひとはなんてことないことのように笑って言った。


「その魂晶、全部俺達にくれない?」

「……ん、んん?」

 どういうこと?理解が追いつかない私の隣で、杏樹が「どうせそんなところだと思った」と呆れたように呟く。


「俺達今上の階級に昇級しようと思って頑張ってるんだけどさぁ、なかなか実力を示せるような任務が回ってこないんだよ。その魂魄渡してくれたらすっごく助かるんだけどなぁ」

 鬼の男のひとは困っているような顔をして言う。


「杏樹、このひと達なんでこれが欲しいの?やっぱり綺麗だから?」

「さっきも言った通り、魂晶はモノノケを討伐した証になる。そして月鬼隊で上の階級に昇級するには、どれだけの数、どれだけの強さのモノノケを倒したかが重要になってくる。あいつらはこの魂晶を奪って自分達の功績だって報告して昇級しようとしてるんだ」

 杏樹が噛み砕いて説明してくれる。ふむふむ、なるほど〜……って、

「ええっ、それは駄目だよ!初めての任務なのに私達が失敗したみたいになっちゃうじゃん!?」

 折角頑張って人生初の妖術使ってくるモノノケ倒したのに、このひと達が倒したことにされたら困る。


「でもさあ、お嬢ちゃん達は俺達より早く着いたってだけでしょ?俺達が早く着いてたら俺達が倒してた。つまり実質俺達が倒したみたいなものでしょ?それで手柄横取りするのはずるいんじゃないかなぁ」

 ……んん?な、なんか大分暴論じゃない?

 鬼のひとは薄ら笑いを浮かべて続ける。

「だいたいお嬢ちゃん達、まだつごもりやそこらでしょ?俺達は二人とも居待月だ。お嬢ちゃん達よりもずっと格上だし、もっと功績が必要なんだよ」

「つごもり……?いまちづき……?」

 頭上に大量の疑問符を浮かべる私に、杏樹は「月鬼隊の階級だよ。下から晦、下弦ノ月、更待月、寝待月、居待月、立待月、十六夜、月読。最初は全員晦から始まって、功績を上げていくとどんどん昇級していく仕組みになってる。こいつらは上から四番目ってこと」

「はえ〜、そうなんだ……ってあれ?じゃあ私は死ぬ程飛び級したってこと?」

「そういうことだね」

 もしかして私、頑張って一番下から地道に階級上げてってるひと達全員に土下座しないといけないんじゃない!?帰り道は背中に気をつけよう。私は固く決意する。


 男のひとはまだぺらぺらと喋り続けていた。

「実は俺には故郷の村に置いてきた病弱な妹が居てさぁ。普通の仕事の給料じゃ薬は高くてとても買えなくて、仕方なく月鬼隊に入ったんだ。でもまだ金が足りないんだよ。知ってるかな?月鬼隊じゃあ昇級するとその分給料が上がるんだ。妹にもっといいもの食わしてやりたいんだ、頼む。譲ってくれよ、な?」

 私は話を聞く内に段々男のひとが可哀想になってきた。


「だって。杏樹、ちょっとぐらいならいいんじゃない?」

「量の問題じゃないです」

「だって妹さんが」

「同情を買うための嘘ですよ」

「嘘なの!?」


「とにかく、この魂晶は渡せないよ。功績を上げたいのなら自分達でモノノケを倒せばいい。そうやって他の隊士から功績を奪おうとしてるあたり、たいした実力はないんだろうけど」

 杏樹は二人に向き直って相変わらずの無表情でそう告げる。な、なんか結構煽ってない……?と男のひと達の方に目をやると、二人は案の定「あ?」と額に青筋を浮かべていた。


「――チッ。さっきから下手に出てりゃ調子に乗りやがって、生意気なんだよ……!言っとくけどなぁ、俺達は他の隊士とり合って負けたことがねぇんだぞ?ひひっ、大人しく渡してれば見逃してやったのに、残念だったなぁ……」

 急に声が低くなり、話し方が乱暴になる。さっきまでの態度は全部演技だったってことか。役者になれそう。


 鬼の方のひとは背負っていた金棒を前に構え、輪入道の方のひとはその手に小さな炎の輪を作り出す。

「渡さねぇなら力づくで奪うしかねぇよなぁ!?」

 えええ、今から戦うってこと!?杏樹、ここは上手く宥めて……


「生意気なのはそっちだと思うけど。三下」


 駄目だこの猫又完全に煽ってるーーーっ!!


 怒りに血走った目で杏樹を睨む二人と何故か普段通り落ち着いている杏樹と一人慌てふためく私。どうやら初任務はまだ終わりそうになかった。

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