生意気
どっちも二十代ぐらいに見える。一人は金棒を背負った典型的な鬼の妖で、もう一人の方は輪入道……かな?
「……何の用?それと、僕は男だ」
杏樹は淡々と告げたが男の
「実は俺達、月鬼隊なんだよ〜。お嬢ちゃん達もでしょ?ほら」
「だから僕はお嬢ちゃんじゃな……はあ」
杏樹は諦めたようにため息をつく。そう言う二人が着る衣服は確かに左肩が見える月鬼隊の隊服特有の作りで、その地肌にはしっかりと紅い紋様が浮かんでいるのが確認できた。
「へ〜!じゃあ仲間……」
「確かに僕達は月鬼隊だよ。それで?」
杏樹は私に口を挟む隙を与えずに問う。ひ、酷い……!
衝撃を受ける私を他所に、杏樹は体温を感じさせない目で二人を見ていた。そのまなざしは呆れているようにも、軽蔑しているようにも見えて、自分に向けられている訳でもないのに私はちょっとひやっとした。
鬼の方の
「その魂晶。全部お嬢ちゃん達が退治したの?凄いなぁ、見た感じまだ十五かそこらでしょ二人とも。才能あるね〜。お陰で俺達が入った時にはもう一匹も見当たらなくてさぁ。俺らの方からわざわざモノノケが沸いてる場所見つけて来たのに、ほんと運が悪かったなぁ〜。まさかこんなお嬢ちゃん達に先越されて手柄全部奪られちゃうなんて思ってもなかったわ〜」
「あ、ありがとうございます……?」
な、なんだろう。褒められてるみたいなのになんか嫌味っぽく感じるような……?
「僕達は本部からここのモノノケを掃討するよう任務が来たからその通りにしただけだよ。正式に任務を受けたわけじゃない君達にどうこう言われる筋合いはないな。帰ろう、かがり様」
杏樹は淡泊にそう言い切るとくるりと踵を返そうとする。
男の
「そうだよ杏樹、
「かがり様まで何言って……」
「お、おい」
不意に輪入道の方の
「確かここのモノノケって、二等とかも居てすげぇ強いんじゃなかったか?本当にこんなガキ二人に任務がいくか……?つーかマジでこいつらが倒したのかよ……?」
「あ?知らねーよ。どーせ噂だけでたいして強くなかったか、前来た強い奴にやられて弱ってたとこにとどめ刺しただけとかそんなんだろ。こんなガキども逆立ちしても二等なんか倒せねぇよ」
「?」
輪入道の
「俺達から一つ提案があるんだよねぇ〜」
「提案?」
首を傾げる私に、鬼の
「その魂晶、全部俺達にくれない?」
「……ん、んん?」
どういうこと?理解が追いつかない私の隣で、杏樹が「どうせそんなところだと思った」と呆れたように呟く。
「俺達今上の階級に昇級しようと思って頑張ってるんだけどさぁ、なかなか実力を示せるような任務が回ってこないんだよ。その魂魄渡してくれたらすっごく助かるんだけどなぁ」
鬼の男の
「杏樹、この
「さっきも言った通り、魂晶はモノノケを討伐した証になる。そして月鬼隊で上の階級に昇級するには、どれだけの数、どれだけの強さのモノノケを倒したかが重要になってくる。あいつらはこの魂晶を奪って自分達の功績だって報告して昇級しようとしてるんだ」
杏樹が噛み砕いて説明してくれる。ふむふむ、なるほど〜……って、
「ええっ、それは駄目だよ!初めての任務なのに私達が失敗したみたいになっちゃうじゃん!?」
折角頑張って人生初の妖術使ってくるモノノケ倒したのに、この
「でもさあ、お嬢ちゃん達は俺達より早く着いたってだけでしょ?俺達が早く着いてたら俺達が倒してた。つまり実質俺達が倒したみたいなものでしょ?それで手柄横取りするのはずるいんじゃないかなぁ」
……んん?な、なんか大分暴論じゃない?
鬼の
「だいたいお嬢ちゃん達、まだ
「つごもり……?いまちづき……?」
頭上に大量の疑問符を浮かべる私に、杏樹は「月鬼隊の階級だよ。下から晦、下弦ノ月、更待月、寝待月、居待月、立待月、十六夜、月読。最初は全員晦から始まって、功績を上げていくとどんどん昇級していく仕組みになってる。こいつらは上から四番目ってこと」
「はえ〜、そうなんだ……ってあれ?じゃあ私は死ぬ程飛び級したってこと?」
「そういうことだね」
もしかして私、頑張って一番下から地道に階級上げてってる
男の
「実は俺には故郷の村に置いてきた病弱な妹が居てさぁ。普通の仕事の給料じゃ薬は高くてとても買えなくて、仕方なく月鬼隊に入ったんだ。でもまだ金が足りないんだよ。知ってるかな?月鬼隊じゃあ昇級するとその分給料が上がるんだ。妹にもっといいもの食わしてやりたいんだ、頼む。譲ってくれよ、な?」
私は話を聞く内に段々男の
「だって。杏樹、ちょっとぐらいならいいんじゃない?」
「量の問題じゃないです」
「だって妹さんが」
「同情を買うための嘘ですよ」
「嘘なの!?」
「とにかく、この魂晶は渡せないよ。功績を上げたいのなら自分達でモノノケを倒せばいい。そうやって他の隊士から功績を奪おうとしてるあたり、たいした実力はないんだろうけど」
杏樹は二人に向き直って相変わらずの無表情でそう告げる。な、なんか結構煽ってない……?と男の
「――チッ。さっきから下手に出てりゃ調子に乗りやがって、生意気なんだよ……!言っとくけどなぁ、俺達は他の隊士と
急に声が低くなり、話し方が乱暴になる。さっきまでの態度は全部演技だったってことか。役者になれそう。
鬼の方の
「渡さねぇなら力づくで奪うしかねぇよなぁ!?」
えええ、今から戦うってこと!?杏樹、ここは上手く宥めて……
「生意気なのはそっちだと思うけど。三下」
駄目だこの猫又完全に煽ってるーーーっ!!
怒りに血走った目で杏樹を睨む二人と何故か普段通り落ち着いている杏樹と一人慌てふためく私。どうやら初任務はまだ終わりそうになかった。
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