月読はじめました

「あっ、ああああ杏樹、ほ、ほほ、本当にこの子、このひとが……?」

「だからそうじゃと言っておるじゃろう。三代目国主にして三代目酒呑童子・鬼灯酔とは他でもないこの儂じゃ。崇め奉って良いぞ」

 女の子はふふんと得意げに胸を反らす。


「え、だってこんなにちっちゃいのに……!?」

「酔様は妖術で昔の姿を保っているんです。多分実年齢はななじゅ」

「聞ーこーえーてーおーるーぞー?」

 女の子……実は全然女の子じゃなかった酔様は小声で話す私達に凄むように言う。全然怖くない。むしろ可愛い。こんなにちっちゃくて可愛いのにあの三大悪妖怪と名高い酒呑童子様で(ついでに)七十路とか信じられない。ってちょっと待って……


「今思い出したら私すっごい失礼な振る舞いしかしてないんだけど!? ほんとごめんなさい許してくださいまだ死ねないし死にたくないいいいいい!!」

 終始タメ口きいちゃってたし『迷子かな?お家どこ?お母さんいる?』みたいな超馬鹿にしたこと言っちゃったしよく思い出してみたら

問.なぜ人を助けるのか

答.なんとなく

とかいう頭悪いの丸出しな返事しちゃったよ!?私の馬鹿!!いやだってこんな女の子が国主様とか普通思わないじゃん!?と頭の中で今日の私と一昨日の私の口論が始まる。ちなみに今は一昨日の私がちょっと優勢。


 土下座して懇願する私に、酔様は「わははは!相も変わらず愉快な奴じゃな。良い良い、面をあげよ」と楽しそうに笑う。


「儂は格式やら作法やら礼儀やら堅苦しいものは好かん。崇め奉れと言ったのも言葉の綾じゃよ。儂は偶然酒呑童子の魂を宿して生まれただけじゃ。敬語も使う必要はない」

「あ、ありがとうございますぅぅぅ!!」

 寛大過ぎる。寛大過ぎて心なしかその姿が神々しく光り輝いて見える。こういうひとを聖人君子って言うのかもしれない。


「酔様。演出のために発光の妖術を使うのはおやめください。眩しいです」

「……ちっ」

 郡さんが冷徹に指摘すると酔様の背後から差していた眩い後光がふっと消えた。えええええ……。


「それに」と酔様は何事もなかったかのようににっと不適に笑って続ける。

「紅宵郷の要である月読を死刑になんてするわけないじゃろ」

「あ」

 その言葉に私は自分がなぜここに来たのか思い出す。そうだ、月読に任命されたとかで連れてこられたんだった。


「杏樹から聞いたじゃろ。まあまだ確定したわけではないがな」

「?」

 え、もう決まってるんだと思ってた。何でだろう。


 酔様は閉じた扇子をビッと私に向けた。薄青い瞳にじっと覗き込まれて思わずどきっとする。


「まだお主の合意が得られておらんからじゃ」

「……え、私?」

 『いいよーっ☆』って言えばいいならいつでも言うけど。やっと手に入った私でもやらせてくれる仕事だもん。


「そうじゃ。お主には月読……というより月鬼隊について説明しておかなければならん。本人の合意なしに入隊させるにはあまりに危険過ぎるからの」

 酔様は扇子をぱち、ぱちと鳴らしながら話し出す。

 

「まず、知っておるとは思うが月鬼隊は紅宵郷の平和を守るための戦闘部隊じゃ。主な仕事はモノノケの討伐。時には国や民に害をなそうとするならず者の捕縛や抹消、稀に犯罪の取り締まり……まあ被害者やその周りが自分でとっちめることがほとんどじゃから本当に稀だがな。その中でも月読は一番上、つまり最も危険な任務を請け負うことになる」

 要するに、と酔様は言う。


「己や同胞の死、殺しが常に付き纏う仕事じゃ。入隊している間命の保証も五体満足でいられる保証もない。知っておるか?月鬼隊には一年ごとに入隊審査があるんじゃ。去年は百余人受けて合格者は十八人。その内今残っているのは何人だと思う?」

「うーん、十六人、とか?」

 それだけ危ない仕事なら二人ぐらい辞めちゃっててもおかしくないかなと思っての私の回答に、酔様は軽く手を挙げて答えた。


「五人、じゃ。十三人のうち二人は逃げ、二人は怪我を負って前線を退き、九人は死んだ」

「……!……」


 声が出なかった。当然かもしれないけど、私はこの二年でひとが死ぬのなんて見たことがない。そんなにも簡単に沢山のひと達が命を落としているなんて、まるで本の中の物語みたいに現実味が薄くて想像がつかなかった。


「それと、お主はモノノケの正体がなんなのか聞いたことはあるか」

「確か、妖の成れの果て、みたいな噂は聞くけど」

「その噂は本当じゃ」

「え、じゃあ」

 酔様の水縹色の瞳が、ふっと陰りを帯びた。


「負の感情に呑み込まれ、妖怪としての一面が強く引き出た妖はモノノケに転じ、自我を失ってひとを襲うようになる。多種多様なのもどこからともなく突然発生するのも、素が妖である故じゃ。……かがり。これを聞いた上で、お主は今までと同じように“ひと助け”ができるか?」

「……」

「すまんのう、儂から来るよう命じておいて散々脅すようなことを言ってしまった。じゃが、お主に全て理解してもらった上で、儂はお主に月読になってもらいたいと思っている」


 紅宵郷国主としての威厳が感じられる据わった目で私を見る酔様は、もう五歳くらいの女の子には到底見えなかった。


「月読は言うなれば紅宵郷最強の妖。国を支え護る欠けてはならぬ存在じゃ。そして今、その一人が前線を退いた。お主にその穴を埋めてもらいたい」

「もしかしてそのひとも……」

「いや生きておるしピンピンしとるんじゃが腰が痛いとか言って隠居しやがった。今では貯まってた給料使って絢爛豪華な隠居生活を満喫しておる。くっそ布留夜のやつ、儂より三つも年下のくせに年だとか言いやがって。不敬じゃ! 不敬で死罪じゃー!」


 いやその流れで生きてるんだ!?散々怖がらせられたからてっきり大怪我したのかなとかまさかお亡くなりになっちゃったのかなとか思っちゃったじゃん。まあ良かったけど。


 酔様は「とにかく」と咳払いをして続ける。

「お主は誰より月読に相応しい。儂の勘がそう言っている」

「でっ、でも私妖力ないし……あと勘……?」

 月鬼隊の頂点が私みたいな妖力0の落ちこぼれでいいの?それにそんな大事なこと決める理由が勘って……。戸惑う私に、酔様は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「そう、勘じゃ。妖力があろうがなかろうが関係ない。ただの直感だからな。もちろん、お主が断るなら儂は無理強いするつもりは一切ない。お主の人生じゃからな。かがり、お主が決めるが良い」


 う、う〜ん……。仕事が貰えるならなんでもいいからやるつもりで来たけど、そう言われるとちょっと不安かも……。でも……。


 しばらく考えた後、私は決めた。


「私、なろうかな。その、月読?だっけ」

「……後悔せんな?」

 確かめるように言う酔様に、私は頷く。


「うん。私、今やりたいことないし、生きる意味?みたいなのないんだよね。でもこのまま今みたいに空っぽで生きてくのはなんか嫌だから、月読になって、とりあえずやりたいこととか、やらなきゃいけないこととか探してみたい、的な……?」

 な、なんか自分で言っててよくわかんなくなってきた……。


「あ、あと一回妖ひとを助けて『ありがとう』って言ってもらいたいのと、自分の家でご飯食べたりお風呂に入ったり、布団で寝てみたりしたい!」

 慌てて付け足したらちょっと願望が溢れ出てしまった。酔様はくくっと押し殺した笑いを漏らした後で、


「なるほどな。ではそのために、月読としてモノノケを倒せるか?」

 あ、忘れてた。


「うーん、多分。今までもやって来たし、あと私、モノノケってなんか苦しそうに見えるんだよね」

 酔様は少々驚いたように目を瞬かせる。


「ほら、だってモノノケだって暴れたいと思って暴れてるんじゃないんでしょ?モノノケを倒してそのモノノケがもう苦しまないようにできるなら、私はそうしたいかな。うん、倒せるよ」

「結論は?」

「月読になる!」

 酔様の口元ににいっと笑みが浮かぶ。ぱちん、と扇子を閉じて、

「その言葉を待っていた! やはりお主は儂が見込んだ通りの器じゃ。お主を正式に月読に任命しよう。こっちに来い」

とちょいちょいと私に手招きをする。可愛い。


 私が歩み寄ると、「しゃがめ」と言うので酔様の前に座る。立っている酔様にちょっと上から見下ろされる形になった。

 酔様が私の左肩にぽん、と手を置く。

「?」

「まあまあ、じっとしておれ」


 不意に左肩に置かれた酔様の手から赤い妖力が渦巻いた。

「わ、!?」

 数秒して「もう良いぞ」と手が離される。

 立ち上がって肩をさすったり回したりしてみるけど、特に変わったところはない。


「肩に月鬼隊の月読の証の紋様を写した。痛くも痒くもないが洗っても取れん。消せるのは儂だけじゃ。これでお主はもう月読じゃ」

「おお……なんかかっこいい……」

 後で確認してみよっと。


「んんんん……なんかまだ実感湧かないなぁ……あと私全然月鬼隊のこと分からないんだけど大丈夫かな?」

 どうやって本部のひと達から命令?任務?みたいなの受け取ったりするのかすらわかんないし。


「ああ、それなら――」と酔様は私の斜め後ろに目を向けた。

「そこに居る杏樹をお主の側近として着かせるから問題ないじゃろ」

「え、ほんと!?」

 杏樹は「……不束者ですが」と軽く頭を下げる。

 やったあ、杏樹と一緒なら心強いかも!


「任命も済んだし、家に帰るが良い。いい屋敷を用意しておいたぞ。場所は杏樹に教えてある。使用人も手配した。あ、それと隊服ももう箪笥に入っているんじゃが、儂が適当な大きさを指定したから合っていないかもしれん。着てみて合わなければ伝えてくれ、すぐに取り替えるからな」

「……え?」

 ちょっと待って、情報量が多い。いい屋敷を用意?使用人も手配した?っていうかそれより気になるのは。


「……じゃあ返事する前から私が月読になるって決まってたってこと!?」

「……いやぁ、バレたか」

 酔様は誤魔化すようにえへっと笑う。

「まあまあ、いい話じゃろ?衣食住は完璧に保証するし月読なら給料は……」

 酔様の立てた指の本数に、私の思考が一瞬停止した。

「え、た、単位は」

「百万」

「ね、年で?」

「月で」

 ちゃりーんというお金の音が耳元で聞こえた気がした。

「……あ」

「あ?」


「ありがたくやらせて頂きますっっっ!!!」

 かくして私は紅宵郷最強の妖・月読の一人になった。

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