盈月城
猫又超絶美少女・杏樹の説明によれば、私は(なぜか)紅宵郷最強の妖・月読とかいうものの一人に(なぜか)この国の一番偉い
それはさておき、杏樹が買い直してくれた林檎飴を食べ終えた私は今、ひたすら石段を上っっていた。ちなみにあのモノノケは動かなくなったからあのまま置いてきた。
「なんかこの階段長くない? もう結構な時間上ってる気がするんだけど。何段あるんだろ」
「城が山頂にあるので、一五〇〇段程ですかね。あと五分程で着くかと」
「へー、毎回こんな階段上らなきゃいけないんだ。大変だね」
「いえ、一度上ったらもう上る必要はありません。初めて城を訪れる妖にこの鳥居をくぐらせることが目的なので」
そう言って杏樹は視線で頭上を軽く示す。
「え、この鳥居? 綺麗だな〜って思ってたんだけど。くぐるとなにかあるの?」
この石段では段の脇から赤い柱を伸ばした鳥居がずらりと連なっていて、見上げてみると鳥居と鳥居の隙間から夜空が覗けた。数えてないけど全部で千本はありそう。
「この鳥居一つ一つが結界のような役割を果たしているんです。一度通ることで月鬼隊隊士として結界に認識されれば、次からは一つ目の鳥居をくぐるだけで最後の鳥居まで自動的に転移します。逆に侵入者は一つ目で弾かれます」
「すごっ!? 良くできてるね」
「用心深かった初代国主様の作です」
初代国主様……そういえば私を任命した三代目国主様ってどんな
酒呑童子という妖怪は血気盛んなで戦いを好む鬼種族の王にして頂点らしい。即ちその妖というと滅茶苦茶血気盛んで三度のご飯より戦闘が好きな
「ね、ねぇ……三代目国主様ってどんな
私が恐る恐る尋ねると杏樹は不思議そうな顔をする。
「かがり様と面識があるようでしたよ。名前もかがり様ご本人から聞いたと仰っていましたが……お会いされていないんですか?」
「ええ……? 全然心当たりないんだけど……」
筋骨隆々おじさん(おじいさん)に名前を訊かれた記憶なんてない。まあ会えばわかるよね。っていうかそれより……
「うーん……なーんか慣れないんだよね」
「?」
「ほら、敬語とその『かがり様』っていうの。私達多分だけど同い年くらいだよね?」
私は今十四歳だ。なんで記憶喪失なのにわかるのかって言うと、ある日突然自分の年齢が気になって道行く
「はあ、今年で十五、になりますね」
「ほらー! だから普通に喋ろーよ! あと呼び方もかがりにしよう、私も杏樹って呼ぶから! あ、杏樹ちゃんの方がいい?」
なんだか同い年の友達ができたみたいで嬉しい。今まではそもそも話しかけてくれる
「ちゃ、ちゃん……?」なに言ってんだコイツとでも言いたげな顔をした後、「……杏樹でいいです。それと敬語は外せません」と無表情に戻って言われた。
「ええ〜、いいじゃん別に〜」
「立場上そういうものなので。月読ともあろうお方に敬語を使わないなどという無礼は働けません」
「無礼でも私が許可するから〜」
「しつこっ……あ、もう山頂ですよ」
「ちぇー……あ、ほんとだ!」
なんか上手くはぐらかされた気がしないでもないけど、延々と続いていた石段の終わりが見えたことで気分が高まり、私はるんるんで残りの十数段を一気に駆け上がって最後の鳥居をくぐった。
「一五〇〇段踏破〜っ! よーし、お城おし、ろ……」
ようやく開けた視界に厳かにそびえ立つ城郭を目にして、私は思わず唖然とする。
立派な門の奥に屹立するお城は高さ
国で一番高く険しい
「うわぁぁぁぁ……近くで見るとすごい……流石国主様、こんなとこに住んでるんだ……」
遠くから見たことはあったけど、この距離からだとやっぱり迫力が全然違う。ここから『いってきまーす』って出かけて『ただいまー』って言って帰ってくるとか想像つかない。そもそも私どっちも言ったことないけど。
「月鬼隊の本拠地も兼ねているので。最上階が国主様のお住まいで以下は月鬼隊本部です」
「へ〜、そうなんだ〜! ねぇねぇ、あの天守閣の角かっこよくない? あそこに座ったら絶対かっこいいよ座ってみていい?」
「いやいい訳ないでしょ!?……ないですそもそもどうやって登る気ですか」
「え、まずあの屋根に足かけて〜、そこからは気合いでなんとかする」
「思いっ切り不法侵入だし外壁よじ登るとかヤモリみたいな真似はやめてください。それと片側に座ったら均衡が崩れて城の要の天守閣が傾きます」
「そっかぁ……そうだ、杏樹がもう片方に座ればいいんじゃない!? あでも体重が釣り合わないかも……杏樹って体重どのくらい? 私は身長が
「いいから行きましょう」
杏樹は私の天才的な提案をずばっと切り捨てて先に門を通って歩いていく。
うっ、も、もしかして体重ずけずけ訊いたのがよくなかった……?そういえば女の子に体重は訊いちゃ駄目って聞いたことあるかも。
「待ってよ杏樹〜! ごめんもう体重訊いたりしないから〜っ!!」
「……なんの話ですか?」
「中はこんな感じなんだ。へ〜、綺麗〜!」
城の内部は吹き抜けになっていて、外から見た時よりさらに広く感じられる。鬼の角や月、杯やをあしらった調度品がところどころに置かれているのが酒呑童子様のお城らしい。
「滅茶苦茶広い……! 迷子になりそう」
「万が一侵入者やモノノケが入ってきた場合に備えての造りだそうです」
廊下を歩く私達二人の横を、いろんな妖が忙しなくすれ違っていく。
「
「
「なんかみんな忙しそうだね。この
「実動部隊ではない本部の妖達です。モノノケの位置や強さの把握、隊士への伝達などが主な仕事ですね。最近はモノノケの発生件数も未討伐数も多いので本部も実動部隊も忙しいです。……この襖の先の部屋で、三代目国主様がお待ちです」
杏樹は最上階の一つの部屋の前で足を止める。
「いざとなると緊張してきた……! 失礼がないようにしなきゃだよね、どうしよう敬語とか上手く使えないかも……!?」
「作法とか立場とか気にしない方なのでその点は大丈夫だと思いますが……問題はもっと別というかなんというか……」杏樹は微妙な表情で言葉尻を濁した後、「まあ会えばわかります」と開き直るように言って襖の奥に声をかけた。
「失礼します。〈十六夜〉の杏樹です。かがり様をお連れしました」
すると、いきなり襖がするすると開いた。え、そんないきなり国主様が出てきちゃうの?やばばばばまだ心の準備ががががが……。
「お待ちしておりました杏樹隊士。それと……かがり様、でよろしいでしょうか」
出てきたのは口元をぴったりとくの一のように黒い布で覆った若い女の
「はい、そうですっ!」
女の
「……とにかく、お初お目にかかります。私は
覚って確か心を読める妖だよね。すごーい、初めて見た。もしかして今も私の考えてることとか分かるのかな。
「はい、よろしくお願いします!」
「それで……お目見え、ですよね……それが、国主様、なのですが……」
郡さんはなにやら気まずそうにしながらも襖を大きく開き、「どうぞ……」と私達に中に入るよう促す。
「しっ、失礼しますっ……!」
うわぁとうとう国主様と向かいあって話すのかぁ。今間違いなく人生(二年間)で最高に緊張してる。やっぱり筋骨隆々おじいさんなのかな。筋骨隆々おばあさんもあり得るよね。
はたしておじいさんかおばあさんか。私はギクシャクとした動きで部屋に足を踏み入れ――思わず「え?」と声が零れた。
見覚えのある小さな女の子が、部屋の奥ですやすやと寝こけていた。白髪に麻呂眉、赤く大きな角。二日前に仕事を紹介してくれるって言ってたあの子だ。
女の子は部屋の一段高くなった、いかにも『偉い人が座る場所でーす』みたいなところで、堂々と規則正しい寝息を立てていた。顔全体がほんのりと赤くなっているのが可愛い。じゃなくて。
「え、ちょっ、こっ、これってどういう……」
「酔様。起きてください。かがり様と杏樹隊士がお見えになりましたよ」
「むにゃ……あと五分……」
「それで何時間寝てるかご自分で分かっていますよね」
「……郡はせっかちじゃのぉ……たかが一時間や二時間仮眠をとってるくらいで大袈裟な……」
「五時間です」
「む、むむ……」
女の子は反論できなくなったのか渋々といった感じでのろのろと起き上がり、「ん〜っ」と大きな伸びをする。
あ。もしかしてこの子、国主様の娘さんなんじゃない?私は自分で閃いて一人その天才的な考察に納得する。
そうだ、この子が言ってた『仕事』は多分、月鬼隊のことだったんだ。あの後帰ってお父さんかお母さん(つまり国主様)に『かがりっていう面白い奴がいるから月読にしてー』とか言ったのかもしれない。それで私が突然会ったこともない国主様直々に月読に任命された。筋が通ってる、っていうか最早これしか考えられない。
喋り方に貫禄があったのも国主様の子供だって分かると頷けるし、郡さんとの会話にもちょっと親子味があったし。今は多分お母さんかお父さんの部屋で寝ちゃってたのかな。
……え、私もしかして頭いいかも……?
「杏樹、この子って国主様の娘さんなんだよね――って杏樹っ!?」
私は後ろにいるはずの杏樹に振り向きざまに声をかけて、杏樹が正座して恭しく頭を垂れて畳に手をついているのがわかり仰天する。
「杏樹、なにして――」
「面をあげよ。儂に堅苦しい挨拶はいらんと言っておるじゃろ」
唐突に前方から響いたよく通る声に、杏樹は「……あくまで作法です」と緩慢に顔を上げる。
ん???
郡さんが呆れの滲む青い瞳を女の子に向けて小さく呟く。
「だから呑み過ぎは控えるように言っているのに」
あ、あれ???
杏樹を真似して座ろうとしかけて両膝をついた中途半端な格好で頭に大量の疑問符を浮かべる私に、さっきまで寝てたとは思えない程の清々しさで女の子が満面の笑みを浮かべた。
「よく来たなかがり! 杏樹もご苦労じゃった」
そこで私は気づく。女の子の周りに大量のお酒の空き瓶が散乱していることに。
女の子は扇子をばっと開いて私に向けた。“酒”の一文字を私に翳し、女の子は高らかに言った。
「紅宵郷国主として歓迎する。儂の城へようこそ!!」
いやそっち!?!?!?
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