猫又
とうとう尽きた。お金が。
「ううう……この林檎飴で残り全部使い切っちゃった……」
いや確かにちょっと前から底は見え始めてたけど、二年前はあんなにぱんぱんに膨らむぐらいお札が詰まってたんだよ?本当になくなるとか思わないじゃん。
「くっ、やっぱり昨日でお風呂屋さんで飲んだお風呂上がりの果物牛乳我慢してればよかった……! “垢舐め銭湯”の策略か……!」
とかお風呂屋さんに文句言ってみてもお金は返ってこない。明日からどうしよ。とりあえず林檎飴美味しそう。所持金を全部使い切って買ったと思うとその価値も相まってさらに美味しそう。大事にちょっとずつ食べよ〜。よーし記念すべき一口目、いただきま〜……
「――……やっと見つけた」
背後から聞こえた声に、林檎飴に齧りつこうとしていた私は何気なく振り返る。別に私に話しかけてるって思った訳じゃなくて、本当にただなんとなく。
でも今思うと、私がそうしたのは偶然じゃなくて必然だったのかもしれない。
「お探ししておりました――新たなる月読様」
「……へ?」
びっくりした。あまりにもびっくりしたので大事に持っていた林檎飴を落としてしまった。
高い位置で二つ結びにされた、白い肌によく映える黒い髪。猫を彷彿させる琥珀みたいな色の瞳。そして何より、つやっつやの黒い毛並みをした猫耳と二又の尻尾。
私と同い年ぐらいに見える猫又の女の子が、私に恭しく膝をついていた。大事なことだからもう一度言う。わ・た・し・に。
「え、ええええ……? あのー、もしかしてそれ、私に言ってたり……?」
あたりを見渡してみるけど、それらしい
「かがり様に申し上げておりますが」
「かがり様、って……え、私?」
「左様です」
様付けされるのとか初めてで一瞬誰のことだか分からなかったよ。
「って、それよりなんか目立っちゃってるよ私達!? ほら立と立と!」
「失礼しました。仰せのままに」
お店が密集したこの通りはかなり人通りが多く、そんな中で跪くこの子と私はかなり異様な雰囲気を放っていて、道行く
「見ろ、“角なし阿修羅”だぞ」
「よく堂々と月の
「おい、もう一人は月鬼隊か? ほら、肩に紋様が」
「猫又か? 妖獣系の妖なんて珍しいな」
「何で猫又の妖が月鬼隊に?」「さあ?」
「角なしが月鬼隊を跪かせてるぞ……!」
いや別に私が跪かせてたんじゃなくて……って、え?
「月鬼隊? 月鬼隊って、あの?」
私が立ち上がって相変わらず仏頂面をしている女の子に視線を戻すと、女の子は「申し遅れました」と自己紹介を始めた。
「僕は紅宵郷戦闘部隊・月鬼隊、十六夜の
そう言う女の子の左肩には、確かに月鬼隊の証である紅い紋様が浮かんでいた。
へー、ほんとにあの月鬼隊なんだ!私と多分同い年くらいなのにすごいなぁ。
――紅宵郷戦闘部隊、通称月鬼隊。国主様お抱えのこの国を守るための戦闘部隊で、主な仕事はモノノケをやっつけて
私も前に『いつも通りモノノケ倒してお金貰えるとか最高じゃん!』って思って入隊審査受けようとしたんだけど、妖力がない落ちこぼれに受ける資格はないって門前払いされちゃったんだよね〜。
そうそう、私はよく知らないんだけど、月鬼隊には階級っていう格付け?みたいなのがあるらしい。この子だと十六夜っていうのがそうなのかもしれないけど、上から何番目なのかとか詳しいことは全く知らない。
あ、でも一番上の階級、つまりは紅宵郷最強の妖達は、確か“月読”とか呼ばれてるらし……ん?そういえば月読ってついさっき聞いたような……。
なんとなーく嫌な予感を覚える私に、杏樹と名乗った女の子は淡々とした口調で告げた。
「この度、かがり様は三代目国主様直々に月鬼隊〈月読〉に任命されました。早速ですが城へ参りましょう。国主様がお待ちです」
「う、うわあああああああ!!」
途轍もない絶望感に私は膝から崩れ落ち、痛切な叫び声を上げる。杏樹は一瞬びくっと身を強張らせたけど、すぐに無表情に戻って言う。
「確かに急な話で驚かれるのも無理はな」
「林檎飴落としてた……うううう、まだ一口も食べてなかったのにぃぃ……!」
「いやそっち!?」
「あ、ごめん。なにか言った?」
「……本当にこの
杏樹が引き攣った笑みを浮かべ、私に聞こえないくらいの声で何か呟いたその時。
どがああああああああん!!という遠くからの衝撃音が私の鼓膜を震わせた。
悲鳴や怒号、ざわめく空気、逃げ惑う
「……モノノケが出たみたいですね。すぐに討伐してくるのでかがり様は少々ここでお待ちくださ……って……!?」
「ごめーん、すぐ戻ってくるね!」
私は地面を蹴って跳躍、その辺のお店の屋根の上に着地すると、杏樹の返事を聞く前に喧騒の中心へと走り出した。
◇◆◇
「……は?」
屋根屋根を軽々と飛び移って駆けていくかがりの姿が一瞬にして見えなくなり、杏樹は唐突に一人取り残された。
それより今、垂直に跳んで二階建ての屋根の上に乗っていた気がする。妖力が全くないと聞いていたのだが、妖力での身体強化なしの素であれなのか。だとしたらそれはもう妖じゃない。そもそも月鬼隊の自分よりも行動が速いってどういうことだ。行動力の塊か。
「……何なんだあの
とりあえずかがりを追おうと、杏樹は走り出した。
◇◆◇
屋根の上を走っていくと、すぐにその化け物の巨躯が見えてきた。
私が今上を走ってる二階建てのお店よりもちょっと大きい。真っ黒な身体は溶けたかのように形を保っておらず、至る所に無数の目玉がついていて、赤い虹彩がぎょろぎょろとめぐるましく動いている。全身にいくつもの巨大な口があって、これまたいくつも生えた巨大な腕でばたばたと抵抗する男の
「だ、誰か、助け、助けてくれッ!!し、しし、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ……!!」
ぐばぁと開いた鋭い牙の並ぶ真っ赤な口に男の
私も一緒に建物に突っ込みそうになったところでモノノケを軽く蹴って空中で距離を置き、そのまますたんっと無事に地面に着地した。
「ふおおお、我ながらかっこいい……!って、なにか忘れてる気がすると思ったらあの男の
あの食べられそうになってた
「目立った外傷は見受けられませんね。気絶しているだけです」
男の
「あ、ありがとぉぉ〜〜〜!」
「それ程でも」
安心感からぶわっと涙が溢れる。お陰で怪我させなくて済んだ。
杏樹は整った顔に微かな困惑を滲ませて尋ねる。
「あの……かがり様って本当に妖力がないんですよね?」
「? うん!」
「……なるほど。酔様が抜擢するわけだ」
杏樹は小さく呟く。
その口元に、呆気にとられたような、それでいて納得したような微笑を浮かべて。
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