幼女と酒瓶

 ちょ、ちょっと待って、今この子なんて言った?私に仕事を与えてやるとか言ってたよね?


 私は状況がよく理解できず、とりあえず目の前の女の子を上から下まで眺めてみる。


 雪のように白い髪と肌。愛らしい麻呂眉の下の淡い水縹の瞳は全てを見透かせそうに澄んでいて、頭からは幼い身体に不釣り合いな大きな赤い角が生えている。鬼の妖かな。なぜか身長の半分以上ある大きな硝子瓶を引き摺っているのが特徴的だった。


 あたりを見回してみたけど、通りには家族っぽいひとどころか、猫の子一匹いない。もしかして迷子とかかな。


 私はしゃがみ込んで女の子に目線を合わせ、


「えーっと、このあたりの子かな?お家どこかわかる? お母さんとかお父さんとか――」

「あの村のモノノケ、お主が倒したんじゃろう。儂も気配を感知してすぐに駆けつけたんだが、まさか先を越されるとは思いもしなかったぞ。なかなかやるなお主。なんの妖なのかよくわからんが」


 駄目だこの子全然聞いてない。悲しい。

 それにしてもこの子、喋り方とか立ち居振る舞いとか、妙に貫禄があるっていうかなんていうか。今時の子って意外とみんなこんな感じだったりするのかな。最近のちっちゃい子すごい。


「去年あたりから“任務を受けて現地に向かったら既にモノノケが倒されていた”……といった内容の報告がしばしば見られてのう。実際は黙って自分の功績にしている輩もおるだろうからもっと多いとは思うがな。今その謎が解けた」

「ほあ……な、なるほど……?」

 

 どうしよう、何言ってるのか全然わからない。任務とか報告とか一体なんの話なんだろう。いい仕事くれるって話してくれるんじゃなかったの?

 

「その類の報告で奇妙だったのは、発生したモノノケが全て素手で再起不能にされていたことでな。しかも、妖力での身体強化をせずに、じゃ」

「へー」


 そんなすごいひともいるんだなぁと私が素直に感嘆していると、女の子は怪訝そうに私に視線を向けた。


「何他人事のような顔をしておる。全てお主がやっていたことじゃろう」

「え、いやまさかそんな〜………………私かもしれない」


 よく考えてみたら確かに私だ。私すごい。「やはりな」と女の子は満足気に頷く。


「身一つでモノノケを伸してしまうとは凄まじい身体能力じゃな。それに妖力が全くないとは……面白い。最高に面白いぞお主」

「お、おおう。ありがとうございます……?」


 私が妖力零なのもわかるんだ。最近のちっちゃい子すごい。っていうか妖力ないのってそんなに面白いものだっけ。よくわかんないけど褒められてるみたいだからいっか、と私が一人で納得している間、女の子は「ふむ」とか「なるほど」とか「それもいいかもしれんな」とか呟いて何やら考え込んでいるみたいだった。可愛い。


 ややあって結論が出たのか、女の子は「よし!」と柏手を打ち、私に唐突に質問を投げかけてきた。


「時にお主。お主は何故妖ひとを助ける?」

「え、な、何故……?」


 展開が急過ぎて理解が追いつかない。


ひとは理解できないもの、己とは異なるものを恐れ、忌み嫌う傾向にあるからな。お主はまさにそれじゃ。相当忌避されているであろう」


 確かにそうだ。心当たりしかない。化け物化け物って言われるし、石投げられるし、あることないこと言われるし、誰も近寄ってきてくれないし。って言うか忌避とか難しい言葉よく知ってるなぁ。最近のちっちゃい子すごい。


「それなのにお主はモノノケを倒し、ひとを救おうとする。自分を化け物扱いする者達を。何も得などせぬのに、なぜ自分の身体を張ってまでひとを助ける?」


「それはー、……」

 答えようとしたけど、その後に続ける言葉が見つからなかった。


 あれ?そういえば私、なんでひと助けなんてしてるんだろう。


 物心ついた二年前から(使い方違う気がするけど)、私はモノノケが出たって聞くと、いつもすぐに駆けつけていた。


 お礼のためって言っても、別にそれが目当てなわけじゃないし、なんなら貰えたことなんてないからあんまり期待してないし。


 身体を動かすのが好きだからって言っても、運動したいならわざわざモノノケ退治なんかじゃなくてもいいし。


 誰かに助けてもらってその姿に憧れて、とか、昔助けられたはずのひとを助けられなくて悔しくて、とか、そんな感動的な理由とかがあるわけでもないしなぁ。


 うーん……。


「なんとなく、かな」

「?」


 色々考えてみたけど、それらしい理由が見つからなかったから正直に言うことにした。


「なんとなく助けたいって思ったから助けただけ、だと思う。うーん、改めて訊かれると難しいかも……って大丈夫っ!?」


 私が悩みながらそう言って女の子の方を見ると、なんと女の子は俯いて肩をぷるぷると震わせていた。


 も、もしかして私が「なんとなく〜」とかいうテキトーな返事したから怒ってます!?「そんなの理由になってない!万死に値する!!」とか言われちゃったらどうしようとあわあわしていたら、不意に「ぷっ、」と女の子が吹き出した。


「わははははははっ!!ますます愉快な奴だな!気に入った!やはりお主は儂の見込んだ通りの器の持ち主じゃ。名を名乗れ」


 え、あんな答えで良かったの?まあとりあえず死ななくていいみたいでよかった。あ、名前だっけ。


「多分かがりだと思う!」

「多分ってお主の名じゃないのか!?」

「うーん、一応?」


 私の初期装備(?)の財布の中にそれだけ書かれた紙があったからもしかしなくても名前かなーって。


「ううむ……まあ良い。かがり、じゃな。初めに言った通り、儂がお主に最高の職を与えてやろう」

「え、ほんとに!?」


 やったー、この子のお家がお店とかやってるのかな。正直ちゃんとお給料もらえるならなんでもいいや。


「準備が整ったら使いの者を送る。家はどこだ」

「あ、私家ないんだよね〜、えへへ」

「……なっ、なかなか厳しい生活しているなお主……わかった、なるべく急いでやるからそれまで生き延びろ」

 女の子は引き攣った笑みを浮かべている。


「ではまたなかがり!次は城で会おう」

「うん、また……あれ?」


 私が手を振ろうとした瞬間、突然ひゅんと風を切るような音がして、女の子の姿が目の前から消えた。


「え、えええええ……?」


 なんだったんだろあの子。あとしろってなんだろ。白?色々よくわかんないけどとにかく最近のちっちゃい子すごい。


 とりあえずお腹空いた。どこかでご飯食べよっと。


「……そういえば」


 あの子が引き摺ってた硝子の瓶。実際に中身見たわけじゃないから確かじゃないけど、多分あれって……




「お酒の瓶、だよね?」

 ……最近のちっちゃい子、すごー……。


         ◇◆◇


「♪〜」

 一人の幼女が何やら機嫌良さげに夜道を歩いている。幼女が歩く度、椛のようなあどけない手に握られた酒瓶がずるずると引き摺られ、地面に長い線を描いている。


「やはり国を散歩するのは良いものじゃ。いい酒も手に入ったし、愉快な人材も見つかった――……この辺りにするか」


 少女は適当な所で歩みを止めると、右手をさっと前にかざした。


「【召門しょうもん】」


 すると少女の前で妖力が渦を巻き出し、やがて半透明の美しい鳥居が姿を現した。少女がそれをくぐると、そこはもうどこかの部屋の中だった。


 民家の一室とは一線を画した広く豪華な和室で、奥が一段高くなった造りになっている。この高くなったところは“一の間”と言う、城などで一番位の高い者が座す場所だ。少女はその一の間のふかふかの座布団に当然のようにぼふっと勢いよく座り、うーんと大きな伸びをする。完全にくつろぐ体勢だ。


 すると、不意にさっと部屋の襖が開いた。


「いえ、捜索は無意味かと。あのひとが自分から帰ってこようと思うまでは確実に見つからな、!?……すい様。お帰りになられていたなら帰ったと一言仰ってください。既に何人かが酔様を探しに行ってしまいました」


 部屋に入ってきた妖は悠々とくつろぐ少女の姿に僅かに目を見開き、じとっと湿度の高い視線を少女に送る。が、少女は気にも留めていないのかまるで緊張感のない声で返答する。


「ん〜、帰った〜」

「そういうことではなく……。とにかく、無断での外出はおやめください。ただでさえ布留夜様が前線を退かれて今すぐにでも新しい月読つくよみを選出しなければいけないというのに、酔様にまで居なくなられてしまっては困ります」


「ああ、それならもう決めたぞ」

「! ……本当ですか。やはり十六夜の隊士のどなたかでしょうか」

「いや、違う。階級は関係ない。そもそも隊士ですらないからのう」

「!? ……酔様。お気は確かで」

「無論、確かじゃ」


 少女はひょいっと軽く立ち上がり、ぺたぺたと歩いて部屋の障子を開け外廊下に出る。


 そこには夜明けを知らない鬼の国の、赤い灯りが煌めく街並みが眼下一面に広がっていた。


 少女は少し背伸びして手すりに両手をのせ、その紅い国土一帯を見下ろす。――少女の統治する国の国土を。


「儂の目に狂いはない」


 この世界は、歪んでいる。その歪みを正してくれる妖を、少女はずっと探し続けている。


「期待しておるぞ、かがり」


 少女は――紅宵郷三代目国主・鬼灯酔ほおずきすいは、どこかで一人明けない夜を過ごしているであろう少女に向けてそう呟いた。

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