異端少女の独り言

 よし、こんなもんかな。

 私は地面に倒れたモノノケの傍らにしゃがむと、つんつんと軽くつついてみた。うん、もう起き上がることはなさそうだ。あとは月鬼隊に任せよっと。


 私は気絶している鬼の女の子を背負うと、村の入り口に向かって歩き出す。瓦礫の山や燃え盛る炎を避けて進むうちに、村のひと達が入り口のあたりにかたまっているのが見えてきた。


「もう大丈夫ですよ〜!」

 結構大きめな声で言ったつもりだったんだけど、村のひと達はみんな一様に押し黙り、私のことをじっと睨むように見つめている。

 あれ、聞こえなかったかな。あそっか、モノノケが怖くて喋れないのかも。


「もう喋っても平気ですよ! モノノケならもう……」

「わ、私の娘を返してっ」

 一人の若い鬼の女のひとが、私の声に被せるようにしてそう叫んだ。

 言い終えるなりきっと口を結んで、怒りからか恐怖からかぶるぶると震えながら化け物でも見るような目で私を睨んでいる。


 うーん、私が奪った訳じゃないんだけどなぁ……。取って食べたりしないし。

 まあ今私がおんぶしてるのは確かだし、とりあえずお母さんのところに返してあげようと、私は女の子をお姫様抱っこにして一歩村のひと達の方に踏み出す。同時に村のひと達が一歩後ずさった。

 

 ……いやどうやって返せと。

 仕方ないので地面にそっと横たわらせておく。ちょっと着物に土ついちゃうかもだけどごめんねー。


「じゃあ私はこれで〜」

 消火とかできないし、私にできるのはここまでだ。私がまっすぐに歩いていくと、村のひと達は慌てて大袈裟なくらい道を開けてくれた。私が背中を向けた途端、村鬼むらびと達は今まで黙っていたのが嘘のようにひそひそと囁き始めた。


「この距離でも妖力が一切感じられなかった」

「妖力のない妖なんているのか」「そもそも妖なのかすら怪しい」「気持ち悪い」「恩でも売ってるつもりなのかしら」「化け物の癖に」「あまり見るんじゃない、落ちこぼれが感染るぞ」「妖力がないなんてとんでもない出来損ないだな」「二度と近寄るな、“角無し阿修羅”」


 こつん、と誰かが投げた小さな石が私の後頭部に当たった。

 私が足を止めて振り返ると、村のひと達は途端に口をつぐんだ。


 ――ああ、またあの目だ。私は思う。

 村のひと達は、みんな同じ目をして私のことを見ていた。化け物を見るような、それでいて地面を這う虫を見るような――そんな、少なくとも同じ妖に向けるものじゃない目で。


 こういうのは無視が一番!石投げられるのなんて慣れっこだ。生卵とかじゃないだけ全然ましな方。


 私はまた村に背を向けて歩き出す。村鬼むらおに達が再びざわめき出すのを背中に聞きながら、今度は振り返らずに。



「はーあ、またかぁ……」

 山を降りた私は、人通りのまばらな道端に座り込んで大きなため息をつく。


「おい、あれって……」「“角無し”の……」「あれ噂じゃなかったのか……」とか通りすがりのひと達が何かこそこそ言ってるけどそんなの全く耳に入ってこない。


「いちにいさんし……もう今月だけで四回目だよひと助けして化け物って言われるのーっ!」

 私は指折り数えて本日二度目のため息をつき、紅宵郷の明けない夜の空を見上げた。


 でも、確かに化け物呼ばわりされるのも仕方ないのかもしれない。


 この世界・彼岸はずっと昔から三つの国に分かれている。

 天狗の国・蒼天郷そうてんきょう

 妖獣の国・黄昏郷こうこんきょう

 鬼の国・紅宵郷こうしょうきょう


 もちろん、彼岸に存在するのはこの大まかな三種に分類できる妖だけじゃない。空や水との繋がりが深いものは蒼天郷、獣の特徴を持つものは黄昏郷、その他人型は大体紅宵郷。妖の分類の基準なんて結構テキトーなものだ。


 でも、私はそんな三国のどこにも居場所って呼べるところがない。


 三国を片っ端から全部探し回っても、私みたいな妖は見つからないと思う。さっき村鬼むらびとの誰かが言ってた通り、そもそも妖なのかすら怪しい。


 だって――妖なんて、私だって自分以外見たことも聞いたこともないのだから。


 記念すべき本日三回目のため息をつく私を、夜空は無慈悲に見下ろしていた。



 私が化け物呼ばわりされてる理由は大体二つ。


 まず一つ目。私に妖力が全くないから。


 妖という生き物は普通、“妖力”という特殊な力を生まれつき持っている。それはどんなにちっちゃな赤ちゃんでもすっごいおばあちゃんでもみんなそうだ。


 妖はこの妖力を使って妖術という魔法みたいな術を使ったり、身体能力を強化したりとにかく色んなことができる。怪我の再生を早めることもできるらしいから、妖力があるひとにとっては文字通り『死ぬこと以外擦り傷』なんだと思う。羨ましい限りだ。

 

 そしてこの世界は妖力・妖術至上主義社会。妖力が多かったり、珍しい妖術が使えたりする妖が高い立場にある。

 

 つ・ま・り。(なぜか)妖力がゼロな私は、自動的にその底辺の底辺のそのまた底辺となってしまうのだ。その代わりってことで運動神経だけは磨いてるつもりだけど、妖術とかでえいっ!とかやられちゃったら勝ち目ないしね。世の中ってりふじん。


 なんで妖力がないのかは私にだって全然わからない。わからないけど、とにかく今わかるのは、妖力零なせいで他ののひと達みんなにとんでもなく気味悪がられてるってこと。


 普通のひと達からすると、妖力が全くない妖なんて不気味だし、落ちこぼれ過ぎて近寄りたくないんだと思う。酷い話だ。これが化け物呼ばわりされる理由一つ目。


 そしてとどめの二つ目。私がなんの妖なのかわからないから。


 普通、妖にはみんな何かしらその妖らしい身体的な特徴がある。

 河童の妖だったら頭にお皿があったり、狐の妖だったら狐の耳と尻尾があったりと結構わかりやすいから、ほとんどの妖は一目見れば何の妖なのかわかる。


 ところが私にはそういう妖らしい特徴が一切ないのだ。角もなければ翼もない、もふもふの耳も尻尾もない。まるで人間みたいな見た目をしているのだ。つまり、ぱっと見で何の妖なのか判断することができないという訳である。


 じゃあなんの妖なのかっていうと、私も知らないし分からない。家族とかに聞けばわかるのかもしれないけど、私にはお母さんお父さんその他血の繋がった家族がいないからそれもできない。


 いや、いないって言うより、いても覚えてないって言った方がいいかもしれない。


 私には生まれてからの十二年くらいの記憶がない。多分記憶喪失って言うんだと思う。


 私の一番古い記憶は二年前、この国、紅宵郷の雑踏の中に一人で立っているところから始まっている。持っていたのはある程度の知識と常識、それから結構な大金の入ったお財布だけ(もちろん服は着てた)。


 あの日から家なし・身寄りなし・妖力なしの三大なし生活を送ることはや二年。

 ひと助けとかしてみてるんだけど、手を差し伸べてくれるどころか余計に化け物化け物って避けられてなんか強そうなあだ名?通り名?までつけられる始末である。現実ってなかなか上手くいかない。

 そろそろお財布に入ってたどこから来たのかわかんない謎の大金も底をつき始めてる。道端での行き倒れも近い。


 よーし、どこかで働こう!って思ったのは一度や二度じゃないけど、どこも働かせてくれないんだよね。モノノケ倒したら助けたひとからお礼とかもらえるんじゃないかなーとかいつも期待てるんだけどびた一文貰えたことないし。


「あーあ、どこかに私でも働かせてくれるところないかなぁ……できれば頭使わなくていい系のやつ……」

 なんて言ってみてもそんないい仕事が歩いて来てくれるわけないしね。


「ほぉ、お主、金に困っておるのか」

「……え?」


 不意に響いた高く幼い声に、私は何気なく顔を上げる。正面に、五歳くらいに見える小さな女の子が立っていた。頭上に疑問符を浮かべる私に、女の子は愉しげに笑って言った。


「もし、儂がお主にいい仕事を与えてやると言ったら――どうする?」


 …………し、仕事が歩いて来た……!!

 

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