11 騒がしい妹と大人しい兄
「よーっ、ただいまだぞー」
「お、お邪魔します…」
シェルリアの兄が経営する店、雑貨屋へと来たエルザ。一歩踏み込んでみると、品揃えの良い店内が、目の前に広がった。商品棚にはぎっしりと、手頃な価格で菓子類や飲み物、ちょっとしたアクセサリや日用品が置かれている。
「こんなにあるんだ……。えっ、こんなものまで…?」
そんな品々の数々に、エルザは興味津々。気になる商品を手に取っては商品の意外性に驚きの声を漏らし、また別の気になるものがあればそれを手に取り笑顔になる。
シェルリアは、そんなエルザを微笑ましい気持ちで見つつも、店の奥で商品の補充をしている薄青色の髪の男性に声を掛けに、一人楽しく品々を見るエルザをおいて店内を歩いていく。
エルザはその事に気付かずに、ずっと楽しそうに品々を見て、手に取り、はしゃいでいる。はしゃいでいるといっても、客の目があるので、節度をわきまえて。
シェルリアは薄青髪の男性に近づくと、手のひらで背中を叩いた。…結構、強めに。
「はいなんでしょうか…ってなんだ、お前か。何か用か?」
シェルリアとしては結構強めに叩いたのだが……男性はなんとも思っていないようだ。普通にシェルリアを見るなり、そう言った。
「いや反応つまらんぞアニキー。それよりほら、エルザが挨拶しに来たんだぞ!」
「反応がつまらなくて悪かったな。それより何だ、挨拶……?エルザって誰だ?」
兄貴と呼ばれた男性は、シェルリアがなんのことを言っているのか分からないまま、シェルリアの指さす先を見た。
男性が見た先には、一人異様に楽しんでいるエルザの姿が。客たちに紛れていても十分目立っていた。
「アイツは……病院の前にいた─」
「エルザって言うんだぞっ!」
男性がエルザの姿を確認するなりシェルリアは男性の腕を掴み、グイッと引っ張る。無理やり立たせようとしているのだ。
「ちょ、おい俺まだ補充終わってないんだけど…。あと、引っ張んなよ。服が伸びるだろっ」
と、シェルリアの手を払おうとするが…がっしり掴まれた手は男性の腕を離さない。男の力でも払えないなんて…と少し男性は落ち込んだのだが、シェルリアは無視。変わらず立たせようと、引っ張ってくる。
「そんな事よりエルザは挨拶に来ているんだっ。接客の方が大事だぞっ、馬鹿アニキっ」
「あー…それもそうだ…、けどな…」
シェルリアの言うことは確かだが……あぁも楽しそうに商品を見ている中、自分が入っていって邪魔していいのだろうか。せめて、見終わってからの方がいいと思うのだが。
「何遠慮してるんだっ。アニキもエルザに遠慮するなって言ってたくせに、自分がするなよな!」
「シェルリア……これは遠慮というかタイミングを見計らっているというかだな…」
「いーから立つんだアニキ!」
「……はぁ」
……シェルリアのことをよく知っているであろう男性も、その勢いと強引さに根負けして渋々腰を上げた。
そしてそのまま、シェルリアに引っ張られエルザの下に。
「よーよ、エルザ!随分と楽しそうだなっ!」
そうシェルリアに声を掛けられたエルザは、ハッとして手に持っていた商品を元の棚に戻し、緩みきった顔を隠しきらずに、シェルリアの方を見た。
「シェルリア…と、あっ、改めまして、エルザと言います。あの…病院前での後押しの言葉、ありがとうございました」
そうかしこまって挨拶するエルザに、男性は感心した。…自分の妹とは違いすぎて。
「俺はヴァレスで、ここ、雑貨屋の店主であってシェルリアの兄です。貴女……、エルザさんがここに住んでくれる決断をする後押しになれば、と思い勝手ながらに言わせてもらいました。住んでくれる決断をしてくれた時には、俺ら皆喜んでましたからね。お礼を言いたいのはこっちのほうです」
男性─ヴァレスはエルザと同様、かしこまってそう言った。その様子を見ていたシェルリアは何故かニヤニヤとしていた。
「ヴァレスさん、ですね。シェルリアさんの兄と聞いて想像と違っていましたから…少し意外、と言ってはあれなんですけど…」
眉尻を下げて苦笑しそう言うエルザ。別に言わなくてもいい事だとは思うが、本当に意外だったから…つい。
「ですよね。俺も意外ですよ。でもほらよく言うじゃないですか、いや、よく言うかは分からないですけど…、兄妹どっちかは大人しくて、もう一方は騒がしいとか」
「なるほど、そうなんですか。でも確かに、そうかもしれないですね」
と、エルザは病院のベットにいた頃を思い出す。勢いよくドアを開け、シェルリアは入ってきた。そして騒がしくエルザに近寄ってきては、ヒョゼルに注意されたが何も意味がなく、エルザの記憶について無神経に聞いてしまいヒョゼルから説明されては嵐のように去っていった……。
これはもう騒がしいと言うより……いや、何なのだろうか。騒がしい以外特に無いようにも思えてきた。いいように言えば、人懐っこい、だろうか。
「失礼だなー。ワタシは騒がしいじゃなくて友好的なだけだぞっ!」
「その前に距離感を考えろ……」
色々な意味で天然なシェルリアに半ば呆れさせられ額に手を当てるヴァレス。エルザもエルザで、そんなシェルリアにすぐ対応出来るのもヴァレスからしてみれば信じられない。普通の人は、シェルリアのその圧倒的な距離感の無さと無神経なのか、そうでないのか分からない事にまず対応出来ない。早くて3ヶ月……いや、もっと掛かるだろう。だからたった一日でここまでシェルリアに対応出来るエルザをもう凄いやつだとしか例えようがなかった。
「エルザさん。こんな妹ですが、宜しくお願いしますね」
そんなヴァレスの頼みに、エルザは「勿論です!」と、返した。
そんな訳で、二人目の挨拶は終わった。
「じゃ、またなだぞアニキー」
「日が暮れる前に帰ってこいよー。エルザさん、頼みますね」
「あ、はい!」
エルザとしてはもう少し雑貨屋内を見て回りたかったが……挨拶回りが先だ。ヴァレスに見送られながら、シェルリアと共に雑貨屋を出た。
「んー、二時ってとこだな。なぁエルザ、何人に挨拶したんだ?」
「えっと、エテリーネさんとヴァレスさんの二人かな…」
「あとワタシとラービスさんと氷刃龍様だよなっ」
「あ、うん。だから……今の所五人だね」
この街に何人住んでいるのか分からないので、この数が多い方なのか少ない方なのか分からない。
「ちなみにあとこの街にはだな、えーとヴォルゲンさんだろ、ラファレスくんだろ、オフェニアさん、ソルヴァレートさん、アーチェくん、ゼンさん、イリスさん、ティアナさんにフューゴくん、ヒョゼルさんにリリアさんの十一人だなー。それと、挨拶をした五人」
「という事は、この街には十六人住んでいるんだね」
「そうだなっ」
十六人。結構居ると思えば少ない様にも思える。
てっきりエルザは五十人くらい住んでいるのかと思っていたが……まさかの十六人だったので、少し驚いた。
「だからあと十一人、挨拶しに行くぞっ」
シェルリアにそう言われ、エルザはうん、と頷く。
次は、どこへ挨拶回りに行こうか。結構建物が並んでいる、とは言ってもよくよく見れば空き家もある。店は一人か二人、程度の少人数がやっている程だった。多くの観光客が訪れる街、とは反対に住民が多くないことには何か理由でもあるのだろうか。
そんな事を頭の隅で考えながら、エルザは挨拶回りをしようと街中を歩き始めた。
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