10 怠け者店主と働き者
「し、失礼しますー……」
エルザはそう言ってレストランの扉を開ける。扉を開けた瞬間、客たちの笑い声や話し声がエルザの耳に飛び込んできた。賑やかというか、騒がしいというか、とにかく楽しそうな声が。
そんな声によって、エルザの挨拶はかき消されてしまった訳だが……。
とりあえずエルザは店内へ入っていくことにした。ある程度入ってみて、この店の店員の住民に軽く挨拶をするくらいで済まそうとおもったからだ。こんな忙しそうな中、ダラダラと挨拶をしてしまっては申し訳ない。
それにしても……この盛況っぷりなのにも関わらず、どうこの後潰れてしまうのだというのか。
店内を歩きながら、その疑問について考えていると一人の女性に声を掛けられた。
「も~しかして、と思ったけど……やっぱりあなただったのね~。遠慮はしなかったようね~」
深い空色の長く美しい髪と、人魚の様な姿がひどく特徴的な女性が、呑気な声で、そうエルザに。
「えっと……それは、なんの事ですか?」
少し言っている意味が分からないエルザは、なんの事かと女性に聞く。女性は半開きの目でエルザをじーっと見ながら、首の後ろをポリポリと掻く。そして自身の長い髪に目線を移して言った。
「ん~、だってあなた病院の前にいたじゃな~い。わたしは無理やり連れてこられた後あなたに遠慮は要らないのよ~って言った気がするのだけど。夢だったのかしら~……ってあれ、あなた誰?記憶喪失ちゃんでいいかしらね~名前覚えるのも面倒だし」
「病院の前にいた時……?あっ、この街に住むか私が決断に悩んでいた時…ですね」
確かにあの時そんな言葉を聞いた。色々な人が自分に声をかけてくれていたその一人がこの女性だったのか。
「私はエルザといいます。仮の名前として氷刃龍様に付けてもらいました。あの、遠慮は要らないと言って下さり、ありがとうございました。お陰様で……」
エルザは、この人魚の姿をした女性にお礼の言葉を述べようとした。が。
「お礼なんて要らないわよ~。どうしてもっていうなら堅苦しいお礼なんかよりも別な…うーんと、そうね~、わたしの名前、エテリーネっていうのだけれど、記憶喪失ちゃんが私の名前を覚えてくれたらそれで十分よ~」
堅苦しいお礼より、自分の名前を覚えてくれればそれで十分だ、そう言われた。
「は、はい。エテリーネさんですね、覚えました」
だから、エルザは笑顔でそう言った。実際覚えないといけないし、本人がそれでいいというのなら。
「うんうん良い子ね~。わたしは好きよ~あなたみたいな子~」
エテリーネの方も笑顔になり、まずは一人目の挨拶が終わった……と思い一息つけば、エテリーネの脳天に、重々しい音と共に何かが降った。
「!?」
エルザは少しビクッと驚き、エテリーネの脳天に降ってきたものを確かめようとすると……。
「エテリーネさんっ、いや、エテリーネ。いつまでも怠けてないで料理作んなさいよ!ガオも私ももう色々と限界がきてるのよっ!」
赤髪の女性が、エテリーネに対してそう怒って叫んだ。この店の従業員だろうか、料理の盛られた皿を片手にエテリーネを睨んでいる。
「今日こそは……今日こそは働いてもらうんだからっ!」
そう言いながら、各テーブルへ料理を運んで行った。いつの間にか店内はシーンとしていた……がまたすぐに、客たちは慣れたように事態を捉えて店内は賑やかになった。……この店ではこれが日常なのだろうか。
「あらら~怒られちゃいました~。でも働きたくないし……記憶喪失ちゃん、代わりにこの店で働くっていうのは……」
「エテリーネさん!!」
脳天を擦りながらエテリーネはエルザにそんな提案をもちかけたが、見事に赤髪の女性に怒鳴られた。そして、「さっさと働きなさいっ!」と。
エルザは、今ここにいても邪魔になるだけなのではないかと思い、赤髪の女性と、その女性の言っていたガオという人への挨拶は後にして、この店を出ようとエテリーネに
「なんか、忙しそうなので私はこれで…」
と言った。エテリーネはエルザに対して、さようならと手を振って、眠たそうにあくびをした。……働く気は無いように見えた………。
そして、エルザは賑やかなレストランの出口へ向かって歩き出した。少しだけだが、なぜこの店がもうすぐ潰れる店と書いてあったのかが分かった気がする。
扉を開け、外へ出るとばったり、薄青色のくせっ毛の髪の女性─シェルリアと出くわした。
シェルリアはエルザを見るなり、笑顔で話しかけてきた。
「なぁなぁ、偶然だな!きみも食事をしにきたのか?いやもう済ませたのか?ここのレストランは美味しいよな!」
ただ挨拶をしに来ていただけなのだが……。エルザは無邪気にそう言ってきたシェルリアに
「まだ食べてはいません。挨拶回りに来ていただけです」
と。そういった途端、何故かシェルリアは「違ぁーう!!」と言い出した。
「な、何がです─」
「それだっ!」
「えっ」
エルザは何が何だか分からない。そもそも何が違うというのだろうか。
エルザはシェルリアに何が違うか聞こうとしたが、その前にシェルリアがエルザに言った。
「ワタシに敬語はやめろっ!なんか、その、こう……嫌なんだからなっ。歳の近い者同士、気軽にやっていこうじゃないか!」
「そんな…悪いですよ」
シェルリアが気軽にいこうと言うものの、エルザは遠慮がちに悪いと言うが、シェルリアは
「いいからいいから、キミは今日からワタシに対して敬語禁止な!」
エルザの鼻にビシッと指を突きつけてそう言った。……これはもう、遠慮が効かなそうだ。
「じゃ、じゃあもう敬語は使いませ……じゃない、使わないよ」
仕方なくエルザはシェルリアに対して敬語は使わない、と言った。じゃないと、永遠とシェルリアはエルザに同じ事を言ってくるだろうから…。
「よし!それでいいんだぞー。えーと…キミ名前はどうにかなったのか?」
「あ、名前は…氷刃龍様にエルザと付けてもらい─…ったんだよ」
「エルザか!いい名前じゃないか!」
シェルリアはエルザの名を何回か呼んで、「良し、覚えたぞ!」と嬉しそうに言った。
エルザはそんなシェルリアを見て、微笑ましく思っていると、シェルリアがエルザに聞いてきた。
「そういえばエルザは挨拶回りをしてるんだよな?」
「うん」
「ならワタシも手伝うぞ!」
「えっ!?」
そんなことを聞いてきて何を言うかと思えば、手伝う、と。当然エルザは
「悪い、悪いよ。私だけでも大丈夫だから…」
そう言うも、シェルリアには通じない。
「いいから!人の好意は黙って受け取るものだぞエルザ!それに見知らぬ街で一人挨拶回りとか寂しいだろっ」
「でも…」
「い・い・か・ら・っ!!」
駄目だ、何を言っても通じそうにない。ここは彼女の言う通り、黙ってその好意を受け取ってあげるべきか。
暫く悩んだ末、エルザはシェルリアに手伝ってもらうことにした。
「……じゃ、じゃあ手伝い、お願いしようかな…」
エルザがそう言うと、シェルリアはぱっと顔を輝かせて
「お願いされたぞっ!」
と体を揺らしてまた嬉しそうに言った。
「で、次は何処に行くつもりなんだ?」
「えっとそれはまだ考えてなくて……」
そもそもこの街には何人の住民が住んでいるのか。それすらも、まだ分からない。この街の構造も、分かる訳もなく迷うことになるだろうから、シェルリアに付いてもらって正解だったのかもしれない。
「そうなのか…なら、ワタシのアニキがやってる店に行かないか?」
「シェルリアのお兄さんがやっている店……?」
シェルリアに、兄がいるのか。
その事に少し意外な顔をしたエルザは、シェルリアの兄がやっている店と聞いて、興味が湧いたのでシェルリアの言う通りにその店へ行ってみることにした。
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