第十八夜 野蛮、天賦の才
「
「カレーはパン派なんだ」
平和な会話と食器が心地よく重なる音。夕食の、食欲を誘う香りが漂う〝家〟の共有スペースで。キッチンに立っていた
「……後天性のドールか。これまた珍しい」
口内のものを飲み込み、
「多分だけど。……てか、ありえるもんなの?」
「事例がないわけじゃない。だが俺が知ってるのは人為的なものだ。突然変異となると聞いたことがないな」
人為的。その
「――戦前からある教団で行われてた人体実験だよ。ゲンガーに死屍守の身体の一部分か、その
「うぇっ……ほとんどってことは、成功した例もあったの?」
「ああ。『
さすがとでも言おうか、その異端ぶりに
「
「五人だ。……いい機会だし、詳しく教えてあげるよ。まずは部隊そのものについてだな」
「……これ聞いて、まだ関わろって思うか?やばいんだよ。あのアウトサイダー共は」
吐き捨てるようにそう言って。ドン引く
「じゃあ隊員について。まずは戦隊長だな。
「……未遥」
「遠慮しとくわ」
「おいなんも言ってねぇ」
睨み合う
「次は副隊長。
軽い嫌悪を
「……リンリンの副作用って?」
「はっ倒すぞ。……俺は重力を操る。詳しく言えば軌道操作だ。動いている物体の軌道を変える」
「重力使いってやつ?かっけぇ!」
「……。ちなみに主作用は腕力」
「しってた」
初対面で投げ飛ばされた末の、あの押さえつけるゴリラのような力。筋力には自信のある海月ですらピクリとも動かせなかったのだ。むしろそれ以外だった場合が恐ろしい。
「……次は軍医の
グラスの水を
「あと二人だな。一人は海月も知ってるはずだ。
ドールに特化。その言葉にかつて
「最後、
以上だ、とでも言うように蒼樹は残ったパンの一切れを口へ放った。
「移植……
「ないだろうけどな。言い切れるわけじゃない。隔世遺伝で、ゲンガーからドールが産まれる場合も、その逆だってあるわけだし。ただ八重桜となると……。ま、本人から聞いた方が確実だろうな」
蒼樹は共有スペースの扉を見やる。タイミング良く、
「起きたぞ」
*
薬品の臭いが漂う真っ白な部屋。硬いベッドに横たわる紗世は怠そうに頭を動かした。
「おはよ、紗世ちゃん」
光のない
「…………ころして」
「しないよ。聞きたいこといっぱいあんだから」
目線で蒼樹に
「……悪いけど率直に聞くよ。君を拾ったの、誰?」
「………」
「答えないと痛いままだぞ。海月とミケを襲ったのは、紗世ちゃん自身の意思じゃないだろう」
「…………私の、意思」
紗世の目は蒼樹を真っ直ぐに射抜く。
「うっそだぁ。じゃ、言い方変えよっか。――海月が生きてちゃダメって、誰が言ったの」
沈黙。嫌な汗が背中を伝った。少女の薄い唇が、閉ざされ、そして震えるように小さく開かれる。
「……おなかすいた」
「…………」
小さな口に、カレーライスが運ばれていく。さすが名家の生まれか、食事の作法は上品に整えられ、育ちの良さが
「おいしい」
「そりゃーよかった。……そのにんじん、俺が切ったんだぜ」
未遥が得意げに鼻を鳴らして。幼い兄妹を見ているような
「みんな言ってる。最近はこの人の依頼ばっかりだから」
「……あのさ、異食のこと言ってんなら、君のお兄さん公認だってば」
「傭兵と葬儀屋は別物。……雨音は嘘つきが嫌い」
「――な、ッ!?」
雨音。蒼樹が声を上げる。聞くに新しいその名前に思考を巡らせる。綾那雨音。『浮浪兵』精鋭部隊の戦隊長。こちらの空気に構わず、紗世は続けた。
「雨音は私を助けてくれたんだ。私は……雨音の役に立ちたい」
「……それで僕を殺そうとしたの?じゃあそれソイツの意思じゃん。前も言ったけど、多分それ騙されてるから、やめときな」
海月の言葉に紗世は目を見開く。
「雨音は私に居場所をくれた。雨音を悪者扱いする人は、ぜったい許さない」
その整った顔を歪めて。狂信的な怒りにその場の人間は押し黙る。――ただ一人を除いて。
「だからぁ、それも前聞いたよ。具体的に何してもらったのか知らないけど、極端すぎない?君は僕自身になんの恨みもないんでしょ?」
呆れたように薄ら笑って。海月は鋭く睨みつけてくる紗世の小さな顎を掴み無理やりに目を合わせた。
「――ね、そうならもっと平和に行こうよ。まだお互いのことも全然知らないじゃん。僕を悪者にするの、もう少し後で良くない?」
「……」
紗世は言葉を詰まらせる。異論はないようだ。空の皿を手に突っ立っている未遥の名を呼ぶ。
「よし、じゃあ遊び行こ!未遥が奢ってくれるって」
「……――はあ!?」
「紗世ちゃん、好きな物ある?なんでもいいよ。食べ物とか」
「おいテメェ海月!!なに勝手に――」
「蒼樹さん、足、治したげてよ。話してくれたんだしさ」
ぽかんと呆気に取られて。次第に状況を飲み込み、蒼樹はニヤリと悪そうに微笑。
「……朝までには帰ってこいよ。それと、可愛いおなごだ。丁重に」
「はいはーい」
「あっ、ちょ、……もう!待て海月!!」
戸惑う紗世の手を引き、海月は医務室を飛び出て。追いかけていく未遥を見送り、蒼樹は一人笑う。
「……なんだ、あいつら。どこ行くんだ」
入れ替わるように、
「――すごいよ、海月は。アイツに似てイカれてる」
「……?」
「この依頼、あとはあいつらに任せよう。きっとあのワンツーが適任だ」
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