第十四夜 刺客と師
振り下ろされた刀を
体型は双方同じようなアスリート型、その上背丈もしっかり恵まれたまるで彫刻の。だが戦闘素人の
「あッ、ヅ――っ」
熱の
べったりと付着した海月の
「遺言あるか?言ってもええよ」
「……はは、ッ。意外と、あるんだ。
「ないなら黙っとけ。騒ぐと苦しいで」
押し当てられた刃の先、薄く皮膚に穴が空いて。細く
「……――あの、さぁ」
男を見上げ、海月は熱に浮かされたようにぼんやりと呟いた。静かな視線が返る。
「『飼い主』に呼ばれてんだ、僕。戻って来いって」
「……そうか」
「死んだらさ、殺されちゃうんだよね」
「そりゃあ、残念やったな」
無慈悲に刀が振り上げられ、迷いのない一太刀が海月の首へ。
――
「でも生きてたらご褒美だって約束したんだ……!死ねるわけないよなあ!」
そのまま刀を引き男の体勢を崩す。知能の低い野性的な反撃に
「な……」
胸ぐらを掴み口を開けて。男の喉元、ゴツゴツとあまり美味しくはなさそうなそこへ噛みつく。
「――ヅぁッ」
男の呻き声。次に身体に引き剥がすような蹴りが入る。体勢を立て直し彼を見ると、鎖骨の辺りを押さえこちらを睨んでいた。急所は外してしまったようだ。袖で乱暴に拭い口に残った小さな肉片は飲み込む。
「食っ……、」
その様子に、海月は挑発的に舌を突き出した。
「案外美味いんだね。ごちそーさん」
男は顔を引き
「へぇ……〝異食〟って、そうか。自分……イカれとるよ」
「そおかなァ。褒められるの大好きなんだよね。そのためならなんだってする」
男は刀を構え直した。更に濃くなった殺意に細く息を吐く。
その時、構え直した刀が妖しげな気を
「手加減せんからな。死んでも文句言うなよ」
「死ぬ気ないけど。せめて一発貰った分のお返しはさせてよ」
先に動いたのはどちらだったか。振り下ろされる刀を防ぎつつ、未完成の体術を叩き込む。
振り上げた脚が男の手に命中。重たく弾かれた刀が宙を舞った。からんと乾いた音をたてて落ちる。チャンス、と海月の接近と、男の二本目の刀が抜かれるのはほぼ同刻であった。
海月の身体に刀身が
ぎち、と張り巡らされた鎖によって両者の動きが封じられた。時間が止まったかのような拘束に、ひとつの足音が近寄る。
「こら君たち、なぁにやってんの」
身体の力が抜けて、海月は
「もう、海月君は後で説教だね。……んで?
その笑顔の挑発に表情を曇らせ、杜也と呼ばれた彼は刀を
「自分らと喧嘩は
「………あぁそうだね。確かに君の言う通りだ。でもね、彼は
その言葉に、はっと『飼い主』の顔を思い出した。
「ッねぇ燈莉さん、
「ああ。大丈夫。リンリンがついてるよ。今頃、
優しい声色のまま、
「誰の依頼か知らないけど、海月君は別に無罪になったわけじゃない。猶予付きの死刑が決まってる。
「…………もしそいつがまた暴走したらどうする気や」
「ははっ。……そんなこと、僕がさせない。まぁ……もしその時が来たら、僕が責任をもって葬儀するさ」
「………ッ…………裏切り者に変わりはねえ。ずっと狙われとると思うときや」
彼は顔に影を落とし、髪をなびかせながら部屋を出ていった。ふぅ、と息をつく燈莉に、海月は患部を抑えながら立ち上がる。
「……誰?あの人」
「
「相当やばいんだね、じゃあ」
「どういう意味で言ってるんだい」
演技じみた講義の声。燈莉は海月の顔を包み込むように両手で押さえて、はあ、とわざとらしい大きさのため息をついた。
「……正直、君がしっかり指令を守る気はしなかったよ。けどまさか、ここまでするとはね」
ここまで、の理由にピンと来ず間抜けな表情で首を傾げる海月に、とうとう燈莉は破顔する。
「【女王】とは思わなかったけど。死屍守を食べちゃうところまでは想定内だったってことさ」
「……正当防衛だし。あ、死屍守よりは美味かった」
「それは聞いてないけどね。……全く君って子は……悪食だなぁ」
海月はその言葉にわざとらしく鼻を鳴らした。
「だってあいつ、トナリ?……強かったんだもん。僕には食べることしか思い浮かばなかったの」
「正解ではあるんだよ。仲良くして欲しいけど、まぁ組織が分かれてるくらいだし。副作用ありの喧嘩はそんな珍しいことでもないからね。ただ、それを平気で出来ちゃう君に引いてるんだ」
そこまで言うと燈莉はそっと海月の身体を抱き寄せた。想定外の行動に体幹が容易く揺らぐ。
「──汚れるよ」
「構わないよ、そんなの」
それ以外、何も言えなかった。微かに、彼の手が震えていた気がして。
──よかった、生きてる。
多分、そう聞こえた。
しばらくして、燈莉は何も無かったようにけろりとした態度で海月から離れた。
視界が交わる。つぅ、と頬の傷を優しく撫で、燈莉は眉を下げて微笑んだ。
「──失礼。……まぁ、僕はこんなでも君の上司だ。部下が傷付くのは、あまり見たい光景じゃない。……が、今日は君のおかげで未遥君も無事だった。そもそも、
くしゃりと頭を撫でられて。酷く久しぶりの感覚に海月は少し
「さぁ、帰ろうか。
「えぇ……やっぱ怒られるんじゃん」
「指令無視したことに変わりはないだろ?それはそれ、これはこれだ」
「ちぇっ、じゃあせめて帰る前に飯奢ってよ、
「ふふ、……可愛い後輩の頼みなら仕方ないね。どこかで食べて行こうか、何が食べたい?」
熟考の末、「にく!」と元気な声が響き渡って。燈莉は楽しそうに笑った。
「君ってやつは……やっぱりぶっ飛んでるねぇ。この後で肉が食えるのか。――いいよ。未遥君とも相談しな。……けどその前に、蒼樹に治療してもらってよ。そんな血塗れじゃどこにも入れない」
湿った暗闇に平和的な空気が流れて。合流した新人二人の元気な喧嘩を大人たちは面白そうに見守って。
この後の食事が肉か寿司か。二人がそれで揉め始めるのは、また別の話。
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