第十三夜 悪食、それ異端故
巨体が動き、
その時、眼前に迫った異形の腕へ被弾。
「――海月、多分【女王】自体は
「あはっ、任せろって感じ」
内部にて、この巨体を操るなら考えられる隠れ場所は頭か胸。追撃は未遥に任せ
目を潰したのは好都合だった。視界を失い派手にバランスを崩した巨体が倒れる。無防備に
逃がすものか。
まだ戦闘を想定していない機械の腕は海月の
死をもたらすその暴力に既に抵抗はない。自分が生き残るために。自分の正義を、目的を貫くために。ただ死人を。死ぬことの出来ない死人を
ずるりと、食い剥がされた肉壁から【女王】が顔を出した。腐臭に覆われ、変わり果てたその姿。呆気なく戦意をなくした女の胸元、そこで淡くこぼれ出た核を力任せに引く。
ぶち、と太い管が千切れた。吐き気を催す腐臭がするそれに、海月は犬歯を突き立てる。心臓の真似事。その生あたたかい
――いただきます。
喉の
死屍守の、崩壊。あたりは異様に静かであった。見渡して、口の周りの不快感を舐めとる。海月は銃を手にしたまま固まっている
「……お、お前、……海、月」
「──未遥、銃上手くない?僕にも教えてよ」
未遥は分かりやすく怯えていた。他でもない、目の前のがらんの人形を見つめて。
「おま……、くった、……のか……?」
可哀想に、未遥の声は震えている。まるで凍えているように、カタカタと手の震えが伝って銃が音を立てていた。海月はその
「うん。僕の副作用」
自分で事実を確かめるように、ゆっくりと言う。何故だか、あれほど感じていた不快感はなく、海月の身体はこの事実を受け入れていた。その余裕さが、余計に未遥を不安に追いやった。
〝異食〟。海月の
まして、その喰らう対象が【王】であれば。【王】とは元ドールである死屍守の名称。故に、その抗体を持っている。ドールの体内に存在していい抗体は一種だけだ。故に。死屍守を。全てを無条件で喰らう〝異食〟は異端の症状。死屍守よりも、遥かに化け物じみた。
「……そ、う」
未遥の、その絞り出すような納得。表情は
「そう……か、……でも使うの……だめっ、て……」
「ルール違反、って言いたいんだろ優等生。……僕はお前まで殺したくなかった。それだけでまた騒がれんなら、そんな職場こっちから願い下げだね。未遥はなんも悪くない」
「俺じゃねぇ。……お前が、大丈夫なのか?お腹、壊さねぇの」
「……あぁ、んふふ、ま、腹減ってたし、満足」
視線は無視した。まだ
「──乗り心地は五十点ってとこだな」
「振り落とすぞマジで。……それにしても、【女王】ってあんなに大人しいもんなの」
「知らん。俺だって初めて見たんだよ。でも、そもそもアイツら食うなんて有り得ねぇからな、普通。ビビったんだろ」
「ちょろくね?」
「調子乗んな」
未遥を背負い
「今って【王】に閉じ込められてる感じか?」
「多分な。俺らこっから入ったし」
「だよな。じゃ、【王】倒したら出れるかな」
「……うん」
未遥は海月の意図を汲み取ったように見つめた。一瞬の沈黙の後で、どこか不貞腐れたように。
「出れるようになったら、すぐ
首元に、じわ、と支配の感覚が思い出された。犬としての性が刺激され高揚に浸る。
「ご褒美、ちゃんと考えといてよ」
廃墟の奥へ海月の背中が消えていくのを見届け、未遥は人知れず息をついた。待つしかできないもどかしさも、今はどうすることも出来ず。じくじくと足の痛みが主張を強めた。副作用の効果も、そろそろ切れる頃である。酷い眠気が、未遥を襲って。押し寄せた疲労と緊張。糸が切れたように意識がとんだ。
*
一つ靴音の反響。
「──は、あ……っ、」
口に残る不快感は消えず、未だ慣れない生臭さが身体に染み付いている。すん、と服を匂った。鼻がバカになっているのか無臭だが、帰ったら何より先に風呂へ行くべきだろう。
──ふと。クン、と首に突っ張る感覚。未遥。咄嗟に振り向いて、次に来る奇襲に反応が遅れた。
「──ッ、!?」
正体を捉えて、それはただの人であった。死屍守でも、【王】でもない。生きた人間。その証拠、首元にさげられた『
*
時を、少し
遠くの方で微かに電子音が鳴っていた。薄く目を開けて、流れ込んできた記憶に飛び起きる。頭に鈍痛。気を失っていたようだった。痛みを振り逃しながらけたたましく鳴り響くスマートフォンを見て。着信を受けた液晶画面、『
『……っ、ハル!無事か』
「せんせ……俺は平気、」
そこまで言って、未遥は思い出したように声を詰まらせた。外部と連絡が取れる。
「ごめん、先生。助けて欲しい。
『ああ。司令になかったやつだな?怪我は。
「い、ろいろあって、海月一人でまだ中にいるんだ。後で全部話すから、だから――」
『落ち着け。今、燈莉と
見えない画面越しで、未遥は頷いた。通話の切れた後で、臨からの着信が溜まっているのに初めて気がついた。足を引きずり、
「何してんだ、戻って来いよ。はやく……」
風に木々がざわめき、廃れた建物がごうんと鳴って。深く息を吸って。未遥は海月の名を叫んだ。
*
風を斬るような金属音。軽やかで、それでいて酷く重たい圧の一方的な攻撃に逃げることしか出来ない。
「なあ、!ちょっとさ、落ち着けよ。お兄さん、葬儀屋の人じゃないの?」
絶え絶えの呼吸で、その語りかけはなんの意味も成さない。その男はロボットのような冷静さで、正確に海月の急所を狙い続けて。ふと、彼から出た若い低音が理性的に言葉を並べた。
「……自分、『
「任務受けたんだよ。ちょっと話が違ってたけど、【女王】は倒せたはずだ。今【王】を探してる」
ふぅん、と男は興味無さそうにそれを聞き流す。海月から視線を外そうとはしない。戦闘慣れした態度。
「自分、鈍いな。そんなもん俺がとっくに倒しとる」
「……!じゃあ、
「………それより、自称葬儀屋のお前さんから死屍守の気配がすんのは、なんか理由があるんか」
冷たく鋭い言葉が刺さる。ぐ、と喉が鳴った。このやり方は本来有り得ないと、それは痛いほどわかっていた。ただ、向けられる本気の殺意。同じ
「……きっしょいな。まさか死屍守な訳ないやろうけど。だいたい、そのものってより―――」
近付かれ、筋張った太い指が腹に触れる。 心臓が跳ね上がった。
「こっからするんやわ」
身体中から冷たい汗が吹き出た。口内が
「―――美味かったか?」
「……ッ」
海月は動揺して男を突き飛ばした。彼は顔色を変えずに動かない。
「……やめてくれ。こうするしかなかったんだ」
「やっぱ食ったんか」
空気が冷えた。ふん、と鼻を鳴らして
「俺は別にどうだっていいけど、悪いな。仕事なんや」
音もなく抜刀。男は座った目で刀を振り上げた。
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