第九夜 逮夜 ①
葬儀屋、その自衛隊『
任務を終えた導師三名が帰還を告げれば、子どもの姿のバーテンダーが穏やかに迎えて。簡単な報告の後で
「
「ないけど。なんで?」
「お前はもううちの子だからね。お前にも部屋をやらないとだ」
バーの端に位置する少し年季の入ったエレベーター。その空白の行き先ボタンを押した先に
「……いえ?どこ、ここ」
「ああ、地下だよ。ぼくの副作用が作用してるから、ここに死屍守は来ない。この〝家〟はぼくら『墓守』の拠点だ」
「……なんつーか、何でもありだね、副作用」
「まあ。言ってしまえば結局は異能力だしな。ともかく、安全はぼくが保証するよ」
ここだ、と通された部屋には
「今日から使え。同居人には話は通してある。お前と同い年だよ」
「男?」
「ああ、残念だったな。その子は今、
「りんって……僕のこと
「そうだな。さ、行くぞ。お前もやる事が山ほどあるんだから」
どこに、という問いに答えは返らなかった。
*
『
キン、と寒いほど冷房の効いた室内。出迎えたのは黒の礼服に身体を詰め込んだ屈強な男二人。彼らは美弥乃に頭を下げると海月の両脇に立った。海月の無言の疑問を美弥乃は知らないフリをして。ただ海月は視線で何かを訴えられているのを
男二人と並べば背丈はそこまで大差ないが言いようのない圧があった。囚人のように誘導された先、海月は思わず声を上げた。
「
「――やぁ海月君、遅かったじゃないか」
「お待ちしておりました、
そう声がかかって目を向ける。また飽きず高級感の溢れる岩のような机。そこからこちらを見据える目つきが悪めの切れ長の目。
「……だれ?」
「
低くなった小声で話し合うのを、彼は微笑んで見守っていた。
「初めまして。私は
「不破海月……です」
「えぇ、知ってます。では不破君、なぜここへ呼ばれたか分かりますか」
「…………お叱り?」
「――まあ、ニュアンスは合っていますね。本日呼んだのは貴方の抗体、並びに燈莉の裏切りの処分についてです」
ちら、と燈莉を見て、彼は真っ直ぐに逸世を見ていた。その顔に不安は無く、自信に満ち溢れていて。顎は引けている。見栄を張っている訳ではない、心の底から湧き出るような自信だ。逸世は静かに、
「美弥乃からも聞いていると思いますが、貴方たちのやったことは『墓守』だけでなく、葬儀屋全体に関わる違反行為です」
「だからお怒り?」
「――そうですね。簡潔に言いましょう。貴方たちに死刑の判決が出ています」
「判決?裁判なんていつ――」
「そのことですが」
海月の次の言葉を遮るように、美弥乃が声を張った。低くともよく通る大人びた声だ。
「当主殿。私は今日、その交渉に参りました」
「……なんです?」
逸世と、海月らの間に入るように。美弥乃は演説のように手を広げる。
「おっしゃる通り、二人のやった行為は
「……何を言い出すかと思ったら。ついに脳まで劣化を始めましたか?美弥乃」
逸世の声は平坦ながら微かな呆れを帯びていた。美弥乃は顎を引き不敵に笑む。燈莉と同じ顔だ、と海月はぼんやり眺めた。
「十年です。もう十年の付き合いだ。私は燈莉を信用している」
「信用しているから、燈莉が裏切るわけが無い、燈莉を見逃せ、と言うのですか」
「いいえ。燈莉がなんの意味もなく海月を拾うわけがないと言っているのです」
ビリ、と緊張が走った。耳がおかしくなったように錯覚する沈黙。それを破ったのは燈莉だった。
「当主様、私に発言権をいただけますか」
「――どうぞ」
ニヤ、と、口の端だけをあげた
「⋯⋯海月君を拾った一番の理由は私情です。ですが、彼の副作用は使い方次第でゲンガーとの共生を叶えられると感じています」
「ほう?──なぜ、そう言い切れるのです」
「死屍守は本来ドールの体内でしか作用できない抗体を副作用により体外へ放出することで崩壊、殺すことが出来ます。その際、稀に崩壊が遅れ、乗っ取りによる面倒な死に
ちら、と燈莉と目が合った。言いようのない安心感。
「──確かに、海月君の副作用は未知数で不安も多いでしょう。ですが一度暴走を経験した海月君だからこそ、彼が私たちと同じ葬儀屋として死屍守を
逸世は目を伏せて黙りこくって。燈莉は捲し立てるように続けた。
「これは
再び静寂が降りて。少し唸り、逸世は浅く顔を上げた。
「……不破君、貴方はどうお考えですか?貴方の行動に二人の人間の命がかかっている」
不意に投げられた問い。その逸世の視線に含まれた真の疑問を、なぜかはっきり理解することが出来た。「お前はいつ死にたい」と。今すぐ処刑されるか、戦場で死ぬか。お前で
「助けて貰った恩はある。ちゃんと返すつもりもあるよ。けどまだ燈莉さんとは他人だ。……他人の命とか、考えれるほど僕は器用じゃない。その上で僕の自己中な正直を聞いてくれんなら言ってやる。――僕は姉さんを探すために生きるって決めた。そのためなら何だってする。ここで死ぬなんてやだね」
なぜ姉を探したいのか、この未練の、まだ正体ははっきりとしない。けれど、何かが己の心につっかえていて。
隣で吹き出すのが聞こえた。くつくつと止まらない燈莉の
「いいんですね。私が言うことではないですが、死ぬよりも過酷な地獄を味わうことになりますよ」
「ハッ、なんだよ、そんなこと?僕の人生はとっくに終わってんだ。今更地獄が怖いわけないね」
逸世は、今度はついに高笑った。
「そうですか。──仕方ないですね、猶予を認めましょう。ただし、一つ条件があります」
「なに」
その目つきの悪い目が、優しく細められる。
「必ず、お姉様と再会してください。葬儀屋たるもの、たとえそれがどんなに最悪な再会だったとしても、逃げてはなりません。いいですね」
予想になかった条件に海月は固まって。そしてすぐにその言葉の持つ意味を飲み込んだ。
「任せてよ」
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