第二章 葬儀屋たるもの
美弥乃からの合格宣言を受けた海月。姉を探すため、〝ドール〟として生きることを決めた海月だったが、彼にはまだ無数の課題があった。
第八夜 荼毘に付す
人気のない廃ビル。
「うっえぇ、べたべたする……もお、最悪」
『墓守』所属導師、
「ほんと、何が楽しくてこんな
眠気を
彼の発する心地よい気だるげに
合格宣言の後、美弥乃の
確かに体格は、良いか悪いかで言えば最高だ。だが。副作用も禁止され、護身具のひとつもないこの現実は少し
ふと、前方に激しい破壊の跡。
「……襲われた跡だ。かわいそうに」
冷酷に、真実はそう吐き捨てる。自業自得だとでも言うような、
海月の視界に、折れた鉄パイプが映る。そこそこの重量感のあるそれを軽々と持ち上げて。
「見てぇ、いい感じの棒はっけーん」
「いい感じのハードルたけー」
真実は年相応に、あるいはそれより幼く目を輝かせて笑った。緊張感の欠片もなく
「どーよ、
「それ、棒じゃなくない?」
「あ、欲しい?」
「いらないけど」
*
閉鎖されたトラロープの奥。
「うっわ、あれ全部?」
「【戦士】の群れだね。大丈夫です、全員雑魚だ」
顔を
「
「勘弁してよ。好きなわけじゃないって」
「ゆーい。――葬儀はおれがします。海月くんはサポート、ゆいは【王】が居ないか確認して」
了解の意味を持った、真面目を装った返事が重なって。まるでそれを引き金に死屍守が襲い来る。死者の行進。海月の反応より早く、散らされた蜘蛛の子のような、その
「我慢してよね……ちょっと熱いよ」
「――ははっ、すげぇ、派手な火葬」
「豪華でしょ?
赤々とした炎が湿った空気を焼き払って。火葬炉と化した
やがて。
火が、消えた。
「――シン、不破くん、おつかれさま」
そうひょこりと顔を出し、暑い暑いと
「おつかれ。どうだった?【王】はいなそう?」
「うん。
そう鼻を鳴らした唯葉に首を傾げる。
「さっきから気になってたんだけどさ、その【王】とか【戦士】とか、どういう意味?」
海月の問いに、知らなかったの?と真実は問い返して。
「簡単に言うと、死屍守のランクのこと。死屍守は大きく分けて二種類いてね。今おれたちが倒したのは【戦士】。ゲンガーが死屍毒に感染した場合の死屍守のことです。宿主ってだけで、おれたちからすればまあ雑魚だ。そして――問題が【王】。ドールが死んで乗っ取られるか、暴走によって化ける死屍守のことです。奴らはおれたちが持ってる副作用みたいな異能持ちで、
「……す?」
「【王】と【戦士】で構成される家庭みたいなもんだよ。死屍守、って呼ばれる
唯葉の説明に頬が引き
「
「【女王】?【王】と何か違うの?」
聞いたままでは雄か雌かの違いしか見い出せない。能天気な返しに、強められた語気で返される。
「基本的には【王】と変わらない。せいぜい女型ってとこだよ。
静かに思考する。雌雄だからこそ、その間にできる事象は。
ひとつピンと来て、まさかと確かめるようにおずおずと口を開いた。
「……………子供?」
「その通り」
言ったあとで、その想像した気色悪さに
「――【王】クラスの死屍守には、生殖機能が残ってるんだ。まあ
いいね?と念を押すように。海月はただ首を縦に振ることしか出来なかった。その反応に満足したように、真実はパッと笑う。
「まあ、そもそも女性のドールすら少ないから、滅多にないんだけどね。……帰ろうか。あんまり遅いとオーナーが心配します」
「ちょっと真実君、あんまビビらせないでよ」
「アイス〜」
*
「──当主様、『墓守』の新人ですが」
きっちりとスーツを着込んだ男は、ひとり重厚な机につく人物にそう告げる。当主と呼ばれた彼──
「もう手続きは済んでいます。明日にでも、
は、と男は深く頭を下げてから部屋を出て行って。またすぐに、外から二回ノック。
「──いいよ、お入り」
言葉を合図に、再び扉が開かれる。
「……お疲れ様です、当主」
入ってきた男は、来客用の広いローテーブルへ小さな盆を置く。まだ湯気の立つ二つの湯呑みと微量の茶菓子が盛られていた。
「ありがとう。後でいただくよ」
微かに、彼がムッとする気配。
「いえ。茶が冷めます。それに、また寝てないでしょう。休息を取るのも、俺は立派な公務だと思いますよ、
絶妙に崩れた口調でそう呼ばれ、逸世は冷たく笑った。
大人しく机を離れ、来客用のソファへ沈む。淡い緑茶と和菓子の香が鼻を掠めた。
身に染み付いた上品な動作で湯呑みの茶を呷って。向かいへ、どっかりと無遠慮に腰掛けた男──
「睡眠薬でも混ぜてやろうと思ったんだぜ」
「睡眠は取ってるさ」
「俺からすれば、仮眠は睡眠とは言えないね」
茶菓子の封を切り、志織は真剣な目で逸世を覗き込む。
「──で?決まったのか、裏切り者の処分は」
その問いに、逸世は薄く笑む。
「ああ。副作用の暴走とそれを後押しした掟違反。これは重罪だ。よって――『墓守』所属の不破海月、
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