恋の病

鈴音

恋の病

 私は恋をした。してしまった。

 少し前に、医師から宣告された奇病の名前は恋愛アレルギー。恋した時に出る脳内麻薬に過剰に反応し、息が詰まって、酷い時には倒れてしまう。

 つまり私は、恋愛漫画を読むことも、甘い青春を過ごすことも、いつかの日に結婚することも許されない、生きながらに死んでるような女の子になってしまった。

 しかも、困ったことに広告とかで好みの男子がちらっと見えるだけで、ときめいてしまうだけでひゅっと息が詰まってしまう。恋へのどきどきは、死への恐怖になってしまった。

 自惚れる訳じゃないけど、私はとてもモテていた。おしゃれに気を使って、好きな服を着ていただけだけど、私のことを好きだと言ってくれる人が沢山いた。

 だから、学校では眼鏡をかけて、髪で顔を隠して、虐められてもいいからとにかく人が寄り付かないようにした。

 幸いにも、この病の事を吹聴するアホはいなくて、私は友達とひっそり、残り少ない学校生活を楽しんでいた。

 そんな私の、実らない恋の始まりはとても単純で、口にするのも恥ずかしいくらいだった。

 趣味で始めたダンスの練習をしていた時のこと、学校の別棟には誰も来ないって言われて、素直に信じて行ってしまったらあら不思議。そこにあの人がやってきた。

 この別棟の鏡がある場所は階段の踊り場だけ。振り返った時に、踊っているところを見られて、私は驚きのあまりに階段から足を踏み外してしまった。

 そのまま階段下まで落ちそうになった私を彼は素早くキャッチして、助けてくれた。

 それから、どくんどくんと早鐘のような心臓を抑えて、息も絶え絶えに話をしているうちに、気付かされた。

 彼、私の好みすぎる。

 正直顔を見るだけで死ねる自信があったから、そっと俯いて話を聞いていたのに、どうしたの? とか体調悪いのか? なんてイケメン風なセリフを言ってくるもんだから、私はどうしたものかとあたふたしているうちに、彼は用事があるからって、別棟を離れていってしまった。

 それから数日。友人を頼ったりして、彼の情報を集めて、その度に偽りなく死にかけたけど、これは荒療治。私のアレルギーを治すため……! と気合を入れて彼を調べつくした。

 でも、告白する勇気も、デートをする体力も無い。そんな時に、ふと彼の素敵な噂を聞いた。

「彼、目の前で可愛い女の子が告白しながら倒れるのが好きななんだって。ほら、この漫画みたいに!」

 ……そういうことなら。

 私は慌てて髪を整えて、服を買って、彼に少しずつ接触していった。

 今まで灰色だった世界が、少しずつ明るくなっていったようで、私は凄く楽しい日々だった。

 でも、その日々が続く程に、私の体はどんどん重くなっていった。

 もう、時間が無い。

 だから、私は直球で聞いてみた。本当に、女の子に目の前で倒れて欲しいの? と。

 彼は驚きながら、少し苦しげにうなづいた。それから、私のことを好きだけど、そんなことさせたくない。と言ってくれた。

 私はそれが嬉しくて、涙がぼろぼろ零れるほど嬉しかった。

 耳鳴りがして、涙で視界がぶれぶれで、もう何もわからないくらいぐちゃぐちゃな感情のまま、私は彼の顔を始めて真っ直ぐ見つめた。

 ちぎれそうなほど痛い心臓と、喉に何かが詰まって、息を吐くことも、吸うことも出来ないのに、たった一言だけ、彼に伝える事が出来た。

 ――――。

 真っ暗になる視界の中で、驚きながら、私の手を取ろうとする彼の手を振りほどいて、そこで、意識は途絶えた。

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恋の病 鈴音 @mesolem

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