第192話 転移陣
俺は佐瀬とケイヤの三人でブルターク街の西にある例の人気の無い鍛錬場所へと訪れていた。
「えい!」
佐瀬は軽い掛け声と共に槍で手頃な岩を突いた。
すると軽い衝撃を受けた槍から小さなスパークを伴った爆発が引き起こされた。爆発と言っても極小規模で、岩の端を軽く削っただけの威力であった。
俺たち三人は槍の穂先をまじまじと見つめていた。
「やっぱり、この程度じゃあ槍は壊れないようね」
その槍は俺がオークションで落札した
この槍に魔力を込めると穂先に衝撃が加わった瞬間に爆発を巻き起こす効果があった。ただし、込めた魔力量に比例して爆発の威力も高まる為、俺たちレベルの魔力を全力で注いでしまうと、使い手自身も巻き込んだ大爆発を引き起こし、槍が大破するどころかこちらの命が危ない。
故にこの槍を全力使用する際は一発限定で、しかも遠くから投擲しなければ大変危険なのだ。
検証の際も最初から全力使用するのではなく、まずは試しにと魔力操作の得意な佐瀬にお任せし、少量ずつ魔力を込めて槍を突いて威力を確かめてもらっていた。魔力操作の下手な俺では加減が難しいからだ。
検証を重ねて魔力量や属性を変えて試している内に、大体この槍の性能が分かってきた。
「どんな属性を込めても結果は爆発になるわね」
「ああ。だが発動する爆発魔法の属性は込めた魔力の属性に依存するようだな」
先ほど佐瀬は槍に雷魔法を使う要領で魔力を込めたのだ。すると爆発と共にスパークも観測された。
ちなみに火の魔力を込めると爆発の熱量も上がり、標的の岩に焦げ目も多く見られた。
水や土に風なども試したが、やはり各属性の特徴らしき効果を伴って爆発するのだ。
では光属性……回復魔法を行使する要領で魔力を注ぐと一体どうなるのだろうか?
結果は光属性の攻撃魔法と同じ、眩しい白光と共に爆発するのみであった。
「これ、最終的にはイッシンの全魔力を注いで使用するのよね?」
「ああ。それが可能なら一番効果的な使い方だと思うんだが…………これなら大丈夫そうだな」
回復魔法の魔力を込めたら爆発と共に相手も回復しました……では武器として話にならない。相手を回復させてどうするよ?
だが、どうやらそれは杞憂な心配だったようで、どの属性でも必ずダメージを伴う爆発へと変える効果がこの槍にはあるらしい。
つまり名波が所有する【精霊の矢筒】と【撃砕のジャベリン】は本質的に全く同じマジックアイテムであった。
実験結果に満足した俺は佐瀬からジャベリンを受け取ると、回復魔法を扱う要領で俺の膨大な魔力を全て槍に注ぎ込んだ。
「…………出来たな」
「これ……急に爆発しないわよね?」
「イッシンの全魔力を込めた爆発……想像したくないな」
佐瀬とケイヤは冷や汗を流しながら槍を凝視していた。
「一定以上の衝撃を与えないと爆発しないみたいだし、暴発の危険性は少ないだろう」
そうは言ってもこの場で爆発したら俺たち三人ともお陀仏だ。俺はさっさと槍をマジックバッグに収納した。
「うし! これで一つ必殺兵器を得られたな!」
「やっぱりアンデッド相手に一番効くのかしら?」
「だろうな。出来れば難敵のアンデッド相手にぶっ放したいところだが……」
本音を言えば、この武器は対“氷糸界”カルバンチュラにと考えている。
(この槍なら……あの“八災厄”相手でも致命傷くらい負わせられるんじゃないか?)
あれから俺も強くなった。
魔力量に関しては誰にも負けない自信がある。あの化け物相手にも一矢報いられると思うが、この武器だけで奴に挑むのは些か早計だろう。
槍の他にも俺たちは様々なアイテムや魔法、スキルの実験、練習をして、その日を費やした。
翌日、俺のスマートフォンにメッセージが届いていた。
相手はなんと、この国のお姫様だ。
「む。フローリア王女からメッセージだ」
「え? 王女様って日本語入力できるの?」
俺たちが彼女に献上したスマホは日本製だ。通話なら兎も角、地球の言語を習得していなければメッセージ入力は難しいだろうが、その点は心配要らないらしい。
「なんでも【自動翻訳】スキルのようなマジックアイテムを持っているらしいぞ?」
「さすがは王族ね」
「どんな内容が書いてあるのだ?」
佐瀬とケイヤが俺のスマホ画面を覗き込む。
(あのぉ……一応、俺のプライバシーが……まぁ、いいか)
「例の転移陣設置の件だな。どうやら貴族たちにも話を通して設置自体は問題無いようだ。王様、あとは全部王女様にぶん投げたらしい」
「思ったより早かったわね」
設置の許可を得るのにもっと時間が掛かると思っていたが、思っていた以上にスムーズに事が進んでしまった。
「出来れば早めに済ませたいらしく王城に来てくれ、だってさ」
「じゃあ、今日でいいんじゃない?」
「OK。返信しとく」
それにしても王女様とメッセージのやり取りをするとは……少し前の俺には想像もできない状況であった。
事前にアポを取り、俺たちはハイペリオン城へと訪れた。
「御機嫌よう。白鹿の皆様。ケイヤさんもお元気そうですね」
「はい。フローリア殿下。殿下もご壮健で何よりでございます」
ケイヤは臣下の礼をとって挨拶した。
「ケイヤさん。今の貴方は騎士ではなく冒険者の身分であり、私の数少ない友人の一人です。公式な場以外での仰々しい態度は不要ですよ」
「……はい。それではお言葉に甘えさせていただきます」
ケイヤは新日本国来訪時にフローリア王女の護衛も務めていた。そんな二人なので元々仲は良いのだろう。
「それでは早速お話を進めましょうか。まずは転移陣の設置場所ですが――――」
それから俺たちはフローリア王女直々に詳しい話を伺った。
まず転移陣の設置場所は鹿江エリア内になり、その管理責任者はフローリア王女となった。
これは今日知った話なのだが、どうも鹿江エリアは王族が治める王領となるらしく、その管理もフローリア王女に一任されたのだ。鹿江とも繋がりのある新日本国との関係を考えての人事であるらしい。
実際にあの地を統治するのは花木代表である。ただ、彼はまだまだ若く、政治の経験は皆無に等しい。そこで王政府から何名かの役人を派遣する事が既に決まっていた。
転移陣の存在は現時点では極秘扱いである。今この場に居る面子と花木代表、そして派遣される役人たちには説明がなされるらしく、段階を踏まえて情報を公開していくそうだ。
だが、これはあくまでエイルーン王国側の都合だ。
転移先であるヤノー国と話のすり合わせを行いたいらしい。
「こちらの設置場所はイッシン殿が任されていると聞きました。ですので、イッシン殿が転移陣の設置場所を指定し、私がそれを審査します。問題無ければすぐに転移陣を起動して、あちら側の管理者……えっとヤノー王家の方々とご挨拶したいと思うのですが……」
「あ、はい……」
不敬にも、実家に彼女を紹介するような感じだなと思ってしまった。そんな経験、俺には全く無いのだけれど…………
どの道、設置したら姉さんと会わない訳にはいかない。
俺はフローリア王女の説明に納得し、早速出発することになった。
「エアロカーは8人乗りです。王女殿下の他にあと4名は乗れますが……」
「いえ。それには及びませんよ」
「…………?」
最初は言葉の意味が分からなかったが、フローリア王女に案内されて、向かった先に置いてある物を見て俺たちは驚いた。
「あれはまさか……」
「「エアロカー!?」」
「はい。王家専用のエアロカー1号です。今日一日の使用許可を得ております」
まさかとは思っていたが、もう既に作られており、完成しているとは思いもしなかった。
材質を見るに俺が作ったエアロカーとは似て非なるものだが、動力源は恐らく同じ【魔法の黒球】だろう。
「あれには相当の魔力量が要りますが……操縦できるんですか?」
「心配には及びません。既に手配しております」
フローリア王女の言葉と共に姿を見せたのは一人の魔法使いっぽい装いの男であった。
「このお方は王宮魔導士のハリー・オーリーン様です」
「ハリーだ。こちらのエアロカーは私が操縦しよう」
王宮魔導士とは王政府直属のエリート魔法使いである。その仕事内容は多岐にわたるそうで戦闘が得意な者もいれば、研究職の魔法使いも多いらしい。全員が戦える訳では無い。
だが、どちらにしても王宮魔導士になる為には厳しい試験か審査が必要らしく、彼らの魔力量は総じて高い。
(王宮魔導士の魔力量なら鹿江エリアまでの飛行は問題ないか)
今回の人選に俺は納得していたがケイヤは別の事に対して驚いていた。
「オーリーン……? まさか……オーリーン公爵家の……!?」
「はい。このお方は現公爵家の次男であり、私の叔父にあたります」
「え!?」
「親戚だったの!?」
まさか王女様の叔父上が運転手を務めるとは……
公爵家という事は彼にも王族の血が流れているのだろう。
妙に畏まった俺たちに対してハリーが声を掛けてきた。
「気にする必要はないぞ。形骸化してはいるが、王宮魔導士に就く者たちは本来、身分は関係ない。ただの王宮勤めの役人とでも思ってくれ。それに君たちは竜を屠った英雄だ。そんな君たちに私の方こそ敬意を感じているのだぞ?」
「は、はぁ……宜しくお願いします」
そんなこんなでエアロカーの人数制限の問題は解決した。
王家専用車は俺たちのエアロカーを参考にして作られたのか、席の数も全く同じ8人分であった。つまり2台合わせて合計で16人まで乗ることが可能だ。
もしもの為にある程度の席を空け、俺たち“白鹿の旅人”メンバーとフローリア王女殿下、ハリーさんに王女の護衛と従者、ついでに鹿江エリアに追加派遣される役人たちも乗せた。
「では叔父様。出発してくださいな」
「うむ」
フローリアとハリーの二人は、公の場以外ではあくまで姪と叔父として接しているようだ。会話を聞く限りは至って普通の親戚といった間柄だ。
王家のエアロカーはどんな素材が使われているのか不明だが、こちらのエアロカーと同等の性能を有しているらしく、高度もスピードも申し分無さそうだ。
空の旅に慣れている俺たちの先導もあり、俺たちは僅か一時間弱で鹿江の港町に到着した。
最近ではすっかりエアロカーに見慣れていた住人たちであったが、それが2台も飛んでくるとなると話は別だ。
一体何事かと人々が集まって来る。
「あ、佐瀬さんだ!」
「他にも大勢乗っているぞ」
「青髪剣士の娘、可愛いなぁ……」
「あの綺麗なドレスを着た娘は……まさかフローリア王女様!?」
フローリア王女は新東京来訪の際、メディアに大きく取り上げられていた。魔導ネット越しに王女の姿を見た事がある鹿江エリアの住人たちが騒ぎ始めたのだ。
その騒動を聞きつけたのか、慌てて花木代表たちと……何故かシグネが一緒に駆けつけてきた。
「これは王女殿下! ご機嫌麗しゅう……」
「やっほー! 王女様!!」
……この落差である。
隣で跪いていた花木がギョッとしていた。しかし、シグネとすっかり仲良しさんであるフローリア殿下は全く気にしていなかった。
「急な来訪で申し訳ありません、花木殿。シグネちゃんもお久しぶりですね」
衆目に晒されながら会話するのもなんなので、俺たちは花木に港町の役所にある応接間へと案内された。
そこで転移陣に関しての説明を王女自らが行った。
「なるほど……そういう事情でしたか」
「王領とはいえ、今の統治責任者は花木殿です。転移陣設置の際には、私と花木殿が立ち会う形で宜しいでしょうか?」
「私の都合は問題ありませんが……今からでしょうか?」
「はい。叔父様のお時間もエアロカーの使用許可にも限りがありますので、出来れば本日中に場所だけでも定めてしまいたいのです」
「承知致しました」
実にスピーディーに話が進んでいく。やはり転移場所をエイルーン王国にしたのは正解だったようだ。
「それで……設置場所は既に決まっているのでしょうか?」
花木が俺に尋ねてきた。
「一応、候補はあるんだが、花木代表の許可が要るんだ」
「許可……ですか?」
「ああ。鹿江モーターズの跡地を利用したい」
「あの場所をですか!?」
思わず花木は表情を顰めた。
無理もない。彼は一度鹿江モーターズの一件で死にかけている。
現在、鹿江モーターズが秘密裏に銃を製造していた工場は全て封鎖されている。危険物は新日本国に依頼して全て回収してもらったそうだが、建物自体は残ったままであった。
「あの建物の中に秘密の地下室があるだろう? あそこに転移陣を設置したい」
「なるほど……確かに隠すには良さそうな場所ですね」
一から隠し場所を作るよりかは手っ取り早いからな。
俺たちは花木代表とその補佐役である浜岡大吾と会沢真木の同行を許可した。二人には転移陣の事を話しても問題ないだろう。
浜岡は元鹿江大学のサバ研副部長で、当時はよそ者である俺に対して色々配慮してくれた一人だ。
会沢は写真部部長で佐瀬や名波の先輩に当たる温和な人柄の子だ。
今はこの二人と料理研部長の中野柚葉が中心になって鹿江エリアを運営していた。
当然、元学生たちだけでは心許ないので、大人たちも手伝っている。
鹿江町の元町内会会長である野村さんや現会長のダリウスさん、北枝川町コミュの代表である大槻さんもサポートしてくれている。彼らは皆、代表選の候補者だった者たちばかりだ。
今は転移陣の存在を極力隠しておきたいので、花木、浜岡、会沢のみにだけ情報公開する事にした。
それと暇を持て余して港町に遊びに来ていたシグネもエアロカーに乗せ、全員で現地へと向かった。
無人となっていた鹿江モーターズの工場は寂れていた。
「久しぶりに来たけれど、少し荒れているなぁ」
「定期的に見回りをしていましたが、基本的には放置でしたので……」
工場内には雑草が生い茂っていた。今の季節は七月であり、植物の成長も早いのだろう。
「ニンニン!」
「……シグネ君は一体何をやっているんだ?」
忍者ポーズで隠密行動を取るシグネに浜岡は首を傾げていた。
「あー、前回来た時はスニークミッションしていたからなぁ」
「ええ。銃の生産元を探す為、夜中に忍び込んだのよね」
「そんな真似をしていたのか!?」
「無茶するわね……」
浜岡と会沢は呆れていた。
花木にはそれとなくバレていたのだろうが……もう時効だろうし暴露した。
「ここよ! この地下室で銃を製造していたの」
俺と佐瀬は実際に足を運んだ事があるので案内役を買って出た。
地下室の入り口は証拠保存の為、確か魔法で埋めた筈だが……入り口は元に戻っていた。どうやら宇野事務次官たち新日本の自衛隊員が掘り起こしたのだろう。
中の物も全て押収されているらしく、地下室内は綺麗に片付けられていた。
「ここに転移陣を設置するのですね? 私は問題無いと思います」
フローリア王女はチラリと横に居る花木に視線を向けた。
「ええ。私の方も依存ありません」
責任者である二人から許可を得たので、俺は【標の御砂】を取り出した。
その小瓶には青い砂が入っており、それを地面に振りかける事により、砂が自動で転移陣を作成してくれる。赤い方の砂で出来た転移陣と対になっており、その設置した二ヵ所を自由に行き来できる代物だそうだが……
俺は青い砂をゆっくり地面に落としていった。
「おお!?」
「砂が勝手に模様を……!」
「これは……非常に興味深い現象だな……!」
「ですね! 叔父様!」
王宮魔導士のハリーとフローリア王女の二人は食い入るようにその現象を見物していた。
ハリーは羽ペンでメモを取っており、フローリアに至ってはスマホで動画撮影まで行っていた。すっかりスマホを使いこなしているな。どうやら研究熱心なのはオーリーン公爵家の血筋らしい。
やがて砂の動きが完全に止まり、転移陣は完成した。
「これで……転移できますの?」
「試してみましょう」
王女の問いに俺は答えた。
俺はマジックバッグからゴーレム君を取り出すと、彼に命令した。
「悪いんだけど、ちょっと転移陣の先を確認して来てもらえるか?」
「――――!」
彼はしっかり頷いて転移陣の上に立った。
青い転移陣はダンジョンで見られるそれと全く同じように光り輝き、直後ゴーレム君の姿が消えた。
「「「おおおおっ!」」」
これには一同、感動していた。
僅か数秒でゴーレム君が戻って来て親指を立てて報告してくれた。どうやら転移は上手くいったようだ。
「よし。まずは俺たちで、あちらに事情を説明して来ます」
「お願いします」
早速、俺たちは転移陣を発動させた。
陣が光り輝いたと思ったら、すぐに景色が変わっていた。
「使用感は……ダンジョン産と変わらないようだな」
「みたいね」
「ふむ。ここはヤノ家の一室だったか?」
赤い砂の転移陣が置かれているのはミーシアナ大陸にあるヤノー国の仮王宮。その三階は矢野家の居住区であり、使われていない一室に転移陣が設けられていた。
(よくよく考えると、転移先が王家の居住区ってどうなんよ?)
大丈夫か、この王家のセキュリティ。ガバガバやぞ!?
これは四半世紀も持たずに王家断絶かな。いや、案外あの最強引きこもり猫のタマ一郎のチートスキルでしぶとく生き残るかもしれない。
部屋には鍵も掛かっていなかった。
「全く……ただいまー! 姉さん、居るー?」
俺が声を上げると小走りで近づいて来る者の気配を感じた。
「あら!? 一心じゃない! それに佐瀬さんにシグネちゃん、ケイヤさんも……帰って来てたの!?」
「例の転移陣を利用して帰って来たんだよ。別の大陸からね」
「あら……まぁ……そうなの……?」
俺の言葉に母さんは首を傾げていた。
転移陣については一度説明している筈だが……どうやらあまり理解していないらしい。姉さんとは違い、母はファンタジー関連には疎いのだ。地球時代の常識が長距離の瞬間移動という非常識な現象への理解を拒むのだろう。
「まぁ、いいや。姉さんか父さんは居る?」
「春香なら、もうじき街の視察から帰ると思うわよ。お父さんはお付き合いで飲んでから帰るから今夜は夕飯要らないって言っていたわね」
…………この国、本当に大丈夫か?
もうノリが完全に町内会のそれである。姉さんが居なかったら今頃この街も魔物か賊の襲撃で崩壊していた事だろう。
「じゃあ、待たせてもらうかな。ちなみにこの建物の中に大人数を招き入れられる部屋ってある?」
「一階に大きな来賓室があるわよ。春香が『必要だから!』って作らせていたわね」
「さすが姉さん!」
本当に仕事が出来るな。我が姉ながら二次元の世界にさえ拗らせていなければ完璧な人なのだ。
俺たちは早速転移陣で鹿江に戻り、王女たちを招き入れた。
「初めまして。エイルーン王国第三王女、フローリアと申します」
「あらまぁ! 私は矢野小春って言います。うちの一心がお世話になっております」
これ……一応、初の国家間の王族同士による挨拶なのである。
転移先が王家の居住だと聞いてエイルーン側の者たちは驚き、転移した先での対応に更に驚いていた。
母さんはいそいそと来客たちと出迎えた。
「はい。冷たい麦茶よ。暑い中、わざわざどうもね」
「そ、そんな! 王妃様自らにお茶を頂くなど……!」
うん。矢野家のプライベートルームに従者なんて存在しないからね。
「あー、王女殿下。うちの家族に畏まった態度は不要です。とりあえず下の階に移動しましょう」
「え? あ、はい……」
困惑する王女様を引き連れて一階にあるという大きな来賓室へと向かった。
二階は玉座の間があり、政務などを行う場所となっている。そこにはヤノー王家の騎士や従者などが働いていた。
三階から二階に続く階段を降りると、入り口を警備していた騎士たちが驚いていた。
「なっ!?」
「何時の間に、こんな大人数が上階に……!?」
「あー……」
しまった。
姉さんの事だから、きっと転移陣に関しては一部の者にしか知らせていないのだろう。
騎士たちが慌てて謎の侵入者である俺たちを捕縛しようとするも、一人の男がそれを制した。
「待った! そのお方はヤノー王家の第一王子であらせられるイッシン様だ!」
「え!?」
「このお方が、噂の……?」
「確かに……白髪だ! 特徴も一致する!」
どうやら俺の情報は事前に知らされていたらしい。助かった。
「イッシン様! お久しぶりです!」
助け舟を出してくれたのは、姉さんの奴隷の一人である褐色青年のモローだ。
「助かったよ。姉さんと一緒じゃないのか?」
「ハルカ様はスティグソンとサイスを連れて街の視察に出向かれております。私は王宮の留守番を命じられました」
王宮と呼べる程、ここは立派な建物ではない。
仮にも一国の王である我が父だが、元はサラリーマンに過ぎない矢野真二は、街の人々を差し置いて自分だけ豪華絢爛な居住を持つことを拒んだのだ。
玉座の間だけは多少の装飾も施しているが、それも必要最低限である。
ちなみに現在、玉座にはペットの猫であるタマ一郎が独占していた。彼のお気に入りお昼寝ポイントの一つが玉座らしい。ふてぶてしい猫様だ。
モローは俺に近づき、小声で話しかけてきた。
「例の転移陣で来られたのですよね? 後ろの方々は?」
モローはその辺りの事情を知っている数少ない者の一人だ。
「そうだ。後ろのドレスを着た女性はエイルーン王国第三王女のフローリア殿下だ。至急、姉さんと父さん……は別にいいか。とにかく、姉さんと話がしたい」
「――――っ!? すぐに伝令を向かわせます。王女殿下は一階の来賓室にご案内します」
流石に姉さんの奴隷なだけあって行動が早い。
俺たちは来賓室で姉さんの帰りを待つことになった。
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