第191話 予期せぬトラブル

 ダンジョン内で行われる実技試験はパーティ行動で、メンバーはランダムに分けられた。


 そんな中、私は偶然一緒になったバカップル二人の後を歩きながら、同じく即席のパーティメンバーである与良さんと雑談していた。



「へぇ。与良さんは会社の方々と一緒に転移してきたんですか」

「ええ。私は元々、オフィス務めのサラリーマンとして生活しておりました」


 私的にはあり得ない選択だが、一斉転移の際は勤務先の関係者と共に転移してきた者も一定数いるそうだ。



 与良さんは30代後半で矢野君よりも若干年上だ。既婚者で幼い息子さんもいるらしい。この世界“リストア”には家族を連れて、会社関係者と共に集団転移してきたのだとか。


 当時の与良さんはファンタジー界隈に疎く、いきなり異世界に転移されると言われても、あまりピンとこなかったらしい。だから、今までの生活が異世界でも続くのだろうと思い、そのまま会社の人たちと共に転移してきた。


 最初はやはり大分苦労したらしい。


 住む場所は疎か、店も街灯も道すらもない平地に飛ばされたのだ。当初は生きていくだけで苦労の連続だ。


 しかも、少し遠出をすれば低ランクながらも人を襲う魔物や野生の獣たちが生息している。数日くらい我慢すれば安全な異世界の街に辿り着けるものだと思っていた与良さんや会社の人たちは、それが甘い考えであった事を知ると愕然とした。


 それでもなんとか皆と協力して生き抜き、数週間後に新日本政府の自衛隊員によって保護された。それからは新東京で同じ会社を立ち上げ、一刻も早く元の生活に戻ろうと、社長や役員たちは今でも必死に働いているらしい。



「あの時は本当に参りましたよ。自衛隊の方々に救助され、温かいご飯と安心して眠れる寝床…………あの日の夜は感動で涙が止まりませんでした…………」


 恥ずかしそうに語る与良さんの話を私は真剣に聞いていた。


(私たち鹿江大学コミュも結構きつかったけれど……私は念願のファンタジー世界に夢中だったからなぁ)


 親友の彩花も当初は慣れない生活に四苦八苦していたが、彼女は魔法の訓練や戦う事に関しては真面目に取り組んでいた。今思えばあれは、自らの命を賭して通り魔から助けてくれた矢野君の死に報いる為にも、強くあろうとしたのだろう。


(矢野君、生きていたけれど……。しかも、彩花は命の恩人と知らずに強く当たっていたけれど……)


 まさか、あんな形での再開になるとは本人たちも予想していなかったのだろう。


 ファンタジーに全く馴染みの無かった親友が、今では“雷帝”なんて二つ名で呼ばれる魔女になっているのだから、人生とは分からないものだ。



 この与良という男も前の生活ではファンタジーに関して全く興味が湧かなかったようだが、今では脱サラし、ファンタジー関連の小説や漫画を熟読して知識を得たそうだ。探索者についても熱心に情報を集めて勉強してきたらしい。


 更に毎日運動し、魔法やスキルを磨いて、ついに探索者へ挑むのだと語っていた。



「探索者志望の為に、政府は定期的に講習会を開いているんですよ。私もそこで指導してもらい、槍の扱い方を学びました」

「そんなものがあるんですか!?」


 政府がそこまで動くとは……どうやら探索者需要は私が考えているより高いらしい。


 今の新日本は生活水準もだいぶ戻ってきたが、それでも前世界と比べるとまだまだ足りない部分が多い。


 特に一次産業の労力が不足しがちで常に求人募集がされている状況だ。


 逆に前の生活で第三次、第四次産業に務めていた者たちが大量に職を失い、転職を迫られている。最低限、生きるのには不要……とまでは言わないが、どれも緊急を要する職ではないからだ。


(それを言ったら政治家も数を減らした方がいいと思うけれどね)


 転職先は農産業を選択する者も多いが、一番人気はやはり探索者だそうだ。



「貴重なドロップアイテムを収集できるような一流プロ探索者になれば稼ぎは良いですしね。探索の様子を配信して稼いでいる人も一定数おりますし」

「でも、命懸けですよね? ご家族は反対されなかったんですか?」


 私が尋ねると与良さんは苦笑いを浮かべた。


「最初は妻に猛反対されましたが、息子はトップ探索者の配信をよく見ているので大賛成でして……最終的には、二人とも応援してくれていますよ」

「そうなんですか」


 高ランクの魔物を討伐したり、新たな魔法やアイテムを発見したりするようなトップ探索者たちはネット上でも人気者だ。


 中には探索活動を小まめに動画サイトに投稿し、まるでアイドルのような人気を得ているクランも存在する。



 一番人気のクランは、やはり“一刀入魂”だろう。


“一刀入魂”は実力主義で弱い探索者はクランに入る事すら拒否されるらしい。動画配信やメディアへの露出は少ないが、国内ダンジョンの攻略階層記録保持、Aランクの魔物を討伐といった類を見ない功績を得ていることから、国民や同業者からも大変人気が高い。



 女性メンバー限定の”月花”は華があり、特に男性ファンが多いクランだ。クランリーダーである藤堂ミツキは女性の私から見ても美人で、男性だけでなく女性ファンも多いそうだ。



 私を勧誘してきた”和洋シチュー”も古参クランの一つで実力も折り紙付きだ。当然、それなりに人気もある。メディアの露出も多く、動画投稿も積極的に行っている。



 一方、変わった方向で人気なクランは”モフモフ動物園”と”勇者連合”だ。



 ”モフモフ動物園”はテイマー関連スキルを持つ探索者が多く所属している集団だ。別に【テイム】スキルを持っていなくても、モフモフを愛している者ならば入団できるとか……。探索活動よりもモフモフな魔物の発見や飼育に注力していて、やはり動画投稿も非常に多い。



 ”勇者連合”は……まぁ、ネタ枠? な謎クランだ。


 このクランの入団条件はただ一つ、【勇者】関連スキルを所持している事だ。


 転移特典時の選択スキル一覧に【勇者の卵】という怪しいスキルが存在していた。正直、私も取ろうか一瞬だけ迷ったが、すぐに選択肢から除外したスキルだ。


 だが、そのスキルを選択した者は結構多い。


 そのスキルの全容は未だ解明されていないが、今ある情報だと、どうも【勇者の卵】スキルを所持していると他のスキル習得が難しくなるという地雷スキルである。


 ただし、ステータス上昇や魔法の習得がし易いという噂だが……ハッキリとした効果が見られないらしい。


 それと最近では、一部の【勇者の卵】スキル持ちが【勇者見習い】に昇格し、それ以降の成長スピードが上がった……らしいのだ。


 そちらに関しては不確かな情報だが、どうも【勇者見習い】になれるのは定員数でも決まっているのか、いくらステータスを上げてもなかなか進化しないスキルのようだ。


 スキルが進化していけば”真の勇者”になれると噂されているが……真偽の程は定かではない。


 ”勇者連合”に所属している探索者たちの殆どが「自分こそ真なる勇者だ!」と豪語し、それぞれ”剣の勇者”とか”火の勇者”など、自称勇者を名乗る者が多く、なかなか痛い集団になっているとか……


(矢野君のお父さんも加入資格あるんだよね)


 矢野パパが勇者を名乗っている姿を想像して思わず吹き出してしまった。



 あとはクラン“江戸川ファイブ”が有名どころのクランだろうか。


 ”江戸川ファイブ”は始まりのダンジョンを最初に発見したクランであり、メンバー数や実力も決して低くはない。最近は“一刀入魂”にトップの座を明け渡してしまったが、当時のクラン別ランキングではトップであった。


 このランキングは探索者としての実力や貢献度を参考にポイントが与えられ、順位に比例して政府から僅かながら支援金が贈られる制度でもある。


 ランキングはクラン別、パーティ別、個人別とあり、更には今までの累計と年度別でのランキングも公表されている。クラン毎ならばトップ10、パーティ単位ならトップ20、個人ならトップ100位以内に入れば一流というのが世間での評価だ。



(勿論、私は全てのトップを目指す!)


 別にすぐトップを狙うつもりはない。ゆっくり楽しみながら実力を発揮していく所存だ。他所から来たぽっと出が急に頭角を現しては角が立つからだ。


(クランやパーティでトップを狙うなら、優秀な仲間を揃えたいところだけど……)


 私はチラリと横を歩いている与良さんに視線を向けた。


 実力は足りていないが、そんなものは後からいくらでも付いてくる。それよりも私が重視しているのは、その人となりとスキルの方だ。


(性格は問題無し。それに【鑑定】持ちか……)


 鑑定士は是非とも欲しい人材だ。


 鑑定士ならシグネちゃんを誘えば良いだけなのだが、あの子と組めばあっという間にトップクランになってしまい、それでは面白くない。


 それに恐らくシグネちゃんも自分のパーティを持つと思う。私とシグネちゃんは考え方が非常に似ている。私の方が大人なので、自重していたが…………


 あの子は私がやりたい事をブレーキ無しで遠慮なく行動してしまうので偶にハラハラさせられてしまう。でも、根っこは同類なので、パーティ内では一番趣味があった仲良しさんだ。



(うーん……そうなると一番のライバルはシグネちゃんなんだよねぇ)


 あの子がプロ探索者になるまで時間を要するだろう。それまでには探索者としての地盤をしっかり固め、先輩探索者として上から目線で振る舞って見せるとしよう。








 試験自体は順調だ。


 時折バカップルが方向感覚を見失い、同じ順路を行ったり戻ったりする場面もあったが……


(あー、戦う前にどっちから来たかくらい、頭に入れておかなきゃ……)


 思っている傍から、さっそく道を外れてしまった。事前に配布された地図を見る限り、この先は下に向かうルートから外れている。奥は完全に行き止まりのようだが…………


(…………あれ?)


 その行き止まりだと表記されている壁の奥から魔物の反応を感じた。だいぶ先に反応があるが……間違いない。地図上に存在しない位置にその反応はあった。


 しかも、この階層ではあり得ない強さの魔物が潜伏しているようだ。


(もしかして……隠し部屋!?)


 これは珍しい。


【感知】スキルを持つ私自身、隠し部屋を見つけた事があるのはこれで三度目だ。魔物の反応はかなり遠いが、恐らく隠し扉から離れた場所にボス部屋が存在し、そこに強敵が待ち受けているのだろう。


 これでは下位スキルの【察知】では範囲外だろうし、そもそも意図的に正規のルートから外れないと私でも気付かなかったかもしれない。


 バカップル……グッジョブ!


(んー、どうしよう…………)


 ここで私が隠し部屋の存在を明かせば、一体どうなるか……


 恐らく、高確率で先に進むことを止められる。私たちの後ろを歩いている試験官にとってもこれはイレギュラーな事態だろう。試験中に受験生に危険な真似はさせないと思われる。


 では、このまま黙ってやり過ごし、後でこっそり隠し部屋に行く?


 それはそれで、その間に隠し部屋が発見されないかが不安だ。


 今回私が試験に合格したとしても、探索者の資格を有するのに一週間掛かると聞かされている。それまでダンジョン探索は出来ない。その間に誰かが発見する可能性も否めなかった。



「あのぉ……そっちは行き止まりですよ?」


 私が迷っていると、外れの道を突き進むバカップルに与良さんが忠告した。


「あん? そうなのか?」

「……あ。コウ君、行き止まりみたいよ?」


 レンという名の少女は小走りで角を曲がり、その先の通路が壁しかないことを視認した。


「ちっ! もっと早く教えろよ! 使えねえな……!」

「ホントよねぇ……」


「「「…………」」」


 与良さんはだいぶ大人な性格のようで、彼らの暴言を聞き流していた。その背後では試験官がサラサラとメモを取っている。きっと今の暴言も減点対象なのだろう。


「さっさと戻るぞ!」

「行こ、行こ!」


 自分たちが道を間違えたというのに、私たちを急かすように二人は正規ルートに戻っていった。


(……今の内にこっそり報告だけしちゃおうか)


「あの、試験官さん。ここだけのお話なんですが……その先、奥に隠し部屋があるようです」


 私がこっそり指をさして教えると、試験官は怪訝な表情を浮かべた。


「隠し部屋……? そんな事は初耳ですが……」


 試験官は不思議そうに首を傾げながら地図を見返した。


「ええ。ですから、恐らく未発見の部屋かと」

「えっと……そう言われましても…………」


 見た目は完全に行き止まりの壁だ。すぐに信じられないのも無理はないだろう。


 だが、ここで私が指摘した事で、少なくとも第一発見者は私だという証拠が残る。隠し部屋を独り占め出来ない可能性も出てくるが、誰にも伝えず、後日やって来て先に誰かに発見されでもしていたら……全てが台無しだ。それよりかは幾分マシであろう。


 私はベターな選択をした…………つもりであった。



「あ! ホントですね……ここ、押しボタンになっているようです」

「え!? 本当ですか!?」


 私たちの会話を聞いていた与良さんは【鑑定】スキルで隠し扉を開けるボタンを発見したのだろう。


 試験官も資料で与良さんの選択スキルを知っていたからなのか、鑑定士である与良さんの言葉を信じ……試験官は迷いなく壁面の一部を押してしまった。


「へ?」


 まさか試験官がその場ですぐにボタンを押すとは思わず、私はつい間抜けな声を出してしまった。


 ボタンを押された隠し扉は作動し、壁だと思われた一面は音を立てながら上部にスライドしていった。


 当然、その音は道を戻る途中であったバカップルにも届いてしまった。


「あ? なんだ……あれ?」

「コウ君! 道が開いたよ! 行き止まりじゃなかったんだ!」

「まさか……隠し部屋か!!」


 バタバタとバカップルたちが戻って来る。


(うわぁ……嫌な予感…………)


 戻って来たコウとレンは迷うことなくその先へと進もうとしていた。


 慌てて試験官が止めに入る。


「ま、待ちなさい!! その先は未確認地帯です! 試験中に通ることは許可できません!」


 その時点で、試験官も自分の迂闊な行動を察し、慌てて二人を制止する。


「ああん? ここは隠し部屋なんだろう? だったら……当然お宝もあるんだよな?」

「私、動画で見たよ! 隠し部屋の中には宝箱が出て、すっごいマジックアイテムが出てくるの!」


 それは間違いではない。


 ただし、その前に強力な魔物を打ち倒さねばならないのだが……


 どうやら日本人探索者が隠し部屋を見つけた時の動画がネット上にアップされていたようで、その成功報酬であるドロップ品や宝箱の存在も知られてしまっているようだ。


 試験官の静止は無意味で、二人は強引に通路の奥へと進んでしまった。


「あのバカップルがぁ……! ど、どうしよう……中には恐らく、強い魔物が……」


 自分のミスもあってか、試験官は慌てていた。どうやら彼は隠し部屋がそんなに甘いモノではないことを知っていたようだ。


「私が止めに行きますよ。多分倒せると思いますし……」


 私が手を上げて進言するも、試験官は首を横に振るった。


「い、いけない! 隠し部屋にいる魔物は少なくとも一段階以上強いボス相当……このエリアの5階層ボスはDランクです。そうなると……低く見積もっても相手はCランク以上! 君たち受験生には手が負えない相手だ!」


 試験官はスマートフォンを取り出すと、何処かに電話を掛けた。


「こちらJチーム担当の北川! トラブル発生! 4階層東地区の行き止まりに隠し部屋を発見! 受験生二人が先行してしまい、応援要請を求む! 私も至急、救助に向かいます!」


 北川と名乗った試験官は通話を終えると、すぐに二人の後を追った。


 私たちには何も告げずに…………


「ええ…………」

「これ……どうしましょう……?」


 私と与良さんは二人で互いに顔を見合わせた。


 せめて、ここで待機なのか、明確な指示が欲しかったが……彼も自分のミスで受験生二人を危険な目に合わせた事に対して、軽いパニック状態に陥っているのだろう。


「……仕方ない。私たちも行きますか」

「へ、平気なんですか? 確かCランクって話でしたが……?」

「大丈夫です!」


 私は自信満々に応えて先へと進んだ。その言葉を信じ、与良さんも覚悟を決めて私に続いていく。


(ま、Cランクでは済まないんだけどねぇ……)


 私の【感知】スキルの手応えから察するに、恐らくこの奥にいる魔物はB相当だ。


 あの試験官――北川の実力は良くてC級冒険者レベルだと推察している。このままでは彼も死んでしまうだろう。


 バカップルは完全に自業自得だが……いや、北川にも若干の責はあるが……このまま三人に死なれては目覚めが悪い。第一、再試験などは真っ平御免であった。


(ま、隠し通路の魔物は多分ボス仕様だから、室内に入らなければ大丈夫な筈……)


 相手の姿に臆して部屋に入りさえしなければ問題無いのだ。



 だが、そんな私の予測はまたしても裏切られた。




 隠し通路の奥へ行くと、やはりボス部屋のような空間が存在していた。だが、問題なのはその中に何故か三人とも入っていた。


「ええ!? どうして!?」

「ああ……大変な事に……!」


 中を除くと、真っ先に視界に写ったのは恐竜のような魔物の存在だ。


(あれは……デストラムのちっちゃい奴!?)


 確かデストラムの下位種で、名は……なんと言ったか……


 私はすぐにスマホにある魔物図鑑アプリを開こうとしたが、鑑定士である与良さんが教えてくれた。


「フォ、フォレストイーター!? 確か……Bランクの中型恐竜種ですよ!?」


 猛勉強したと言っていただけあって、スラスラと魔物のランクと種類が出てきた。



 どうやらバカップルたちは重症みたいだ。フォレストイーターに噛みつかれたのか、手足を失っていた。あのままでは出血死で死んでしまうだろう。


 そんな二人を救おうと北川は止む無くボス部屋に入ったと思われる。かなり奮闘しているも、だいぶ旗色が悪い。あれはB級冒険者単独でも手に負えない魔物だ。


 そしてついに北川もフォレストイーターの尻尾に薙ぎ払われて壁面に叩きつけられてしまった。


「ぐはっ!?」


 肩をやられたのか、かなり苦しそうな表情だ。このままでは三人とも死んでしまう。


「……与良さんはそこに居てください。いや……もし良かったら一緒に行きます?」


 私のお誘いに与良さんはギョッとした。


「え? ええっ!? まさか……あれと戦う気ですか!? 止めておいた方が良い!! 貴方のステータスでは……絶対に勝ち目がない!」


 与良さんは鑑定士なので私のステータスを見る事が出来る。そんな彼だからこそ、私が勝てる筈はないと理解しているのだ。恐らくBランクの魔物相手にどの程度のステータスが必要なのか予習済みなのだろう。


 私はそんな与良さんの心配を吹き飛ばすかのように笑って見せた。


「与良さん。ここだけの秘密ですよ? 私のステータスをよーく見てください」

「な、なにを…………え!?」


 私はちょっとだけステータスの偽装数値を上げてみた。


(Bランク相手なら……闘力一万くらい見せれば安心するかな?)


 今の私の偽装ステータスを闘力一万ちょっとに書き換えた。


 ちなみに実際の闘力は6万オーバーなので本当の数値は6倍以上もある。


「うっ……まさか……【偽装】スキル……!?」

「本当に勉強熱心ですね。まぁ……正解です」


 本当は【偽装Ⅱ】スキルなので、【鑑定】スキルは疎か1ランク上の【解析】スキルでも見破れない。



(シグネちゃんの【看破】スキルなら貫通するけれどね……)


 あのスキルを他に有する者を私たちは未だ見た事がない……それ程のレアスキルなのだ。


 きっと好奇心旺盛で様々な人やアイテム、魔物を見続けてきたシグネちゃんだからこそ得たスキルなのだろう。


 スキルは種類によってレベル2、レベル3に進化する可能性があるそうだが、第三段階にまで至れる存在は稀有らしい。レベル3はほとんど情報が出回っていない幻のスキル扱いなのだ。


 私が初期選択して多用している察知系スキルですら、レベル2の【感知】止まりなのだ。私たち“白鹿の旅人”のメンバー内でレベル3に進化したのは今のところシグネちゃんの【鑑定】だけなのだ。



「な、名波さん……貴方は一体…………」

「与良さん。あいつは楽勝で倒せます。経験値的な力が存在するのは与良さんもご存じなんでしょう?」

「う!?」



 この世界では魔物を倒すと経験値的なパワーを得られる……らしい。


 科学的根拠は無いが、魔物を多く倒せば倒すほどステータスも確実に向上するのだ。勿論、鍛錬も欠かせないし、訓練だけでもステータスは微増する。だが、それと合わせて強い魔物を狩れば狩るほど人は強くなれるのだ。


 力を望む者はより強い魔物を狩ろうとするのだが……実はこれは人を殺しても適応されるようなのだ。


 故に、その詳細に関しては伏せられている。力を求める狂信者が人殺しに成り下がるのを阻止するのが目的だ。そこは異世界国家も新日本政府も同じ対応であった。


 だが……新日本にはインターネットが存在する。いくら政府が口を閉ざしても、その曖昧な情報は国民に知られてしまっているのだ。



「じゃ、私は行きますので、横やりOKですからご自由に!」

「あ!」


 与良さんが静止する間もなく私は飛び出した。


 いい加減助力しないと北川さんが危なそうだ。彼は右肩を負傷したのか、片腕だけで必死に応戦していたが、このままでは確実に噛み殺されるだろう。


「てい!」


 私はフォレストイーターの横っ面に軽く掌底を当てた。だが、私の闘力による軽い攻撃は相手にとっては強い衝撃となり、フォレストイーターは真横にすっ飛んでいった。


「なあっ!?」


 それを間近で見ていた北川は驚きで口を大きく開けていた。


「大丈夫ですか? これ、使います?」


 私は手持ちの二等コモン級ポーションを彼に手渡した。


「わ、私は大丈夫だが……彼らは……っ!」

「あー、じゃあもう二本追加で渡しておきますね」


 更に二等級ポーションを二本取り出すと北川は驚いていた。


「じゅ、受験生にしては用意がいいな……。いや、そもそも、どうやってあの化け物を吹き飛ばして…………」

「質問は後で。それより……早くしないとあの二人、死んじゃいますよ?」

「――――っ!? わ、分かった! 決して無理をするなよ!!」


 私がある程度戦えると判断したのか、北川は慌てて重傷者二名の元へと向かった。


(二等級ポーションじゃあ、止血止まりだろうけれど……)


 一等アンコモン級ポーションもあるにはある。


 一等級なら欠損した腕も元に戻るのだが……矢野君が傍に居ない今、ポーションは私の生命線だ。あんな馬鹿たちに貴重なポーションを減らすような真似は出来ないし、したくもない。



 グルォアアアッ!!


 先ほどの一撃で彼我の差を感じたのだろか。フォレストイーターは自身を奮い立たされるかのように猛々しく吠えた。


 ダンジョン産の宿命か、例え勝てない相手だとしてもフォレストイーターは戦い続けるだろう。


「あんまり苦しめるのも悪いからね。早めに決着つけよっか」


 私は愛用しているアダマンタイト製の包丁と降魔の短剣を抜いた。


 フォレストイーターがこちらに突進してくる。私という一番の脅威を排除しようと一目散に駆けてきた。


 それ故に、フォレストイーターは横から迫りくる弱者に気付かなかった。


「うわああああっ!」


 与良さんである。


 彼はなけなしの勇気を振り絞ってフォレストイーターの横っ面に槍を突き立てた。だが、悲しいかな、圧倒的な闘力差によって彼の槍はフォレストイーターの顔に傷一つ付けられなかった。


「ナイスファイト!」


 そんな与良さんだが、私は心の底から称賛した。


 彼の実力は恐らくE級レベルだろう。そんな彼が勝ち戦とはいえ、Bランクモンスターに立ち向かったのだ。


 私はただおこぼれに与るだけの人に助力するつもりはない。彼は合格だ。


「よっと!」


 フォレストイーターが与良さんに気を取られた一瞬に、私は包丁で首を跳ね飛ばした。


 頭部を失い絶命したフォレストイーターは消滅し、残されたのはドロップ品と三つの宝箱である。


「よし!」


 私は思わずガッツポーズした。








 その後は色々と大変であった。


 北川が要請していた応援が駆けつけ、馬鹿二人を急いで病院に搬送した。


 試験官である北川さんも負傷していたが、彼は二等級ポーションでほぼ全治していたので、事情聴取に立ち会った。


 当然、当事者である私たちも付き合わされ、試験どころではなくなった。


 このままでは再試験もあり得るかもと危惧していたが、そこは顔見知りである長谷川さんが取り計らってくれた。


「名波さんの実力は問題ありません。聞けば、与良さんも良識ある行動をしていたと……。寧ろ、今回の問題はあの二人と試験官側にあるでしょうから……」


 北川さんの行動にも迂闊な点があり、そこを長谷川は指摘した。彼は始末書と試験官の研修を再び課せられる処分となった。


 本来なら受験生を大怪我させたことは大事であり、場合によっては降格処分や懲戒免職も免れなかったが、あの二人の行動に過失がある事は私たちが証言し、なにより彼は命懸けで受験生を守っていた。


 その点が評価され、ギルド管理局は北川を擁護する方針にしたようだ。



 そして気になる宝箱やドロップ品、そして隠し部屋を見つけた功績についてだが……


「状況的に見ても、アイテムは名波さんの総取りでしょう。隠し部屋の第一発見者も名波さんの名で登録しておきます。ただし、貢献ポイントに関してはあげられません。あれは探索者のポイント制度であって、貴方はまだ受験生の身ですから」

「うぅ、そうですかぁ……」


 なんとなく、そんな予感はしていた……


「まぁ、名波さんの合格は確実でしょうし、貴方ならすぐに頭角を現すでしょう。ですから、せめて探索者になるまで……これ以上の騒動はお控えください……本当に……」


 長谷川さんはとても切実そうに懇願した。

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