第189話 それぞれの転機

 競売品も残り僅かとなってしまった。


 大金を用意して挑んだ俺であったが、競り落とした物と言えば、今のところ金貨25枚の【相愛の鎖】だけである。



『ねえ、イッシン。【魔法の黒球】は落とさなくて良かったの?』


 念話で佐瀬が尋ねてきた。


『黒球かぁ……もう一つくらいは欲しいけど、あの値段は流石にな…………』


 空飛ぶ乗り物をもう一つ創りたかったが、白金貨を叩いてまで購入する気は無かった。


 そもそも高騰の原因は俺がエアロカーの作り方をばらした事が発端であり、暴露した理由は、俺たち以外のエアロカー所有者を増やし、煩わしい運送依頼を減らす事にあった。


 ここで俺たちが【魔法の黒球】を独占してしまっては意味が無いのだ。


(魔法の黒球シリーズなら、もう一つくらい多分自力入手できるだろう)


【魔法の黒球】自体はそこまでレアリティの高いマジックアイテムでは無いので、今後のダンジョン探索に期待するとしよう。



『じゃあ、イッシンが狙ってる品って何?』

『魔法の武器だな。それも【精霊の矢筒】のような魔力量に左右されるやつ』

『あー、なるほどね!』


 佐瀬は得心が行ったとばかりに頷いた。



 俺の長所はなんと言っても桁違いの魔力量と回復魔法にある。


 度重なる探索と死闘でステータスも上昇し、俺自身もかなりタフになってきた。どんな強敵相手でも、生き延びられる自信が俺にはあった。


 その半面、攻撃力の方はいまいちだ。


 対人戦闘ならば問題ないだろうが、SS級以上のタフな化け物相手となると火力が足らない。俺の膨大な魔力量は回復魔法以外では上手く扱いきれないクソ雑魚レベルだからだ。


 その短所を補える可能性を秘めたのが、魔力量に依存するマジックアイテムである。


 身近な例だと俺の【マジックバッグ】や名波の【精霊の矢筒】などが挙げられる。


 マジックバッグの中には、初起動時に籠める魔力量の多寡により性能が変化する代物も存在する。俺が初めて入手したマジックバッグはチート魔力を注入した事により、伝説レジェンド級のマジックバッグに化けてしまった。


【精霊の矢筒】は魔力を籠めると最大6本の矢が自動補充される仕組みだが、その矢自体にも魔力を籠めて強化出来る仕様だ。


 ただし、膨大な魔力を一気に送ってしまうと、俺の魔法が暴発するのと同じく、何故か矢の方も壊れてしまう。繊細な魔力操作を要求されるようなのだ。


 そこで俺は回復魔法時に魔力を籠める要領で矢に魔力を補充して名波に手渡していた。


 結果、光属性限定ではあるものの、俺の全魔力を矢に注入する事が叶ったのだ。その矢は通称“破魔矢”となり、俺たちパーティの切り札にもなっていた。


 特にアンデッドに対しては無類の強さを発揮し、当時はA級レベルにも苦戦していた俺たちがS級アンデッドを一撃で屠るというシーンもあった程だ。



(俺の魔力量を活かせる武器……そんな都合の良い品があればいいんだが……)



 そんな俺の願いが通じたのか、一つだけ面白そうなマジックアイテムが出品された。




『お次の品は【撃砕げきさいのジャベリン】! 槍のマジックアイテムで、その階級は秘宝トレジャー級でございます!』


 秘宝級の武器という事で会場がざわついた。


 ただし、司会が槍の効果を説明し始めると、参加者たちの反応は盛り下がっていった。


『まずこの槍は投擲専用武器となります。その理由と致しまして、一度槍に魔力を籠めますと、穂先に衝撃が加わった瞬間…………爆発してしまうからです! その爆発威力は魔力量によって比例しますが……過去に同じ槍を持ったA級冒険者が実戦使用したところ、爆発の威力に耐え切れず、槍と彼自身も大破して、両者使い物にならなくなったそうです』


 その説明を聞いた競売参加者たちは渋い表情を浮かべた。威力によっては一度きりの使い捨てアイテムで、至近距離でも扱いづらい武器だからだ。


『落札された方は使用の際、十分にご注意ください。それでは……スタート!!』


 司会の合図で参加者が金額を提示し始めたが、その額は秘宝級にしては控え目であった。


(これだ!!)


 使い捨てな点は実に惜しいが、俺の魔力量を最大限活かせる火力武器と成り得た。


「金貨40枚!」

「金貨45枚!」

「……金貨47枚!」

「……金貨48枚!」


 徐々に金額が落ち着いてきた辺りで俺も参戦した。


「金貨60枚!」

「「「おおおおっ……!」」」


 俺が一気に金額を吊り上げると、場内は僅かにどよめいた。


『他にはいらっしゃらないですか? …………では【撃砕のジャベリン】は金貨60枚にて落札でーす!!』


 司会の宣言で【撃砕のジャベリン】は無事、俺が落札した。


「おめでとうございます。矢野君」

「ありがとう」


 藤堂からの祝福に俺は控え目に応えた。彼女自身はお目当ての品を落札出来なかったからだ。



 品と金銭の交換は後で行われるらしいので、俺たちはそれ以降も競売を楽しんだ。






 競売終了後、俺たちは支払いを済ませ、落札した品を受け取った。佐瀬は【マジックイヤリング】、俺は【相愛の鎖】と【撃砕のジャベリン】の二点だ。


 内、【相愛の鎖】の代金はパーティ資産から支払われた。


 落札者は街に宿泊する者限定で護衛を付けてくれるサービスもあるそうだが、それを俺たちは丁重にお断りした。その護衛というのがマルムロース侯爵配下の領兵であったからだ。


(俺たちの方が遥かに強いしね……)


 ゴーレム君も居るので寝込みを襲われる心配もない。わざわざ領兵を付けてもらう必要はないだろう。




 藤堂は今夜、一緒に来た二人と同じ宿に泊まり、翌朝には新東京へと帰るようだ。


「はぁ……想定していた金額が甘過ぎました……」


 藤堂はかなり凹んでいるようだ。そんなに欲しかったのか。


「新日本の方では購入できないのか? マジックアイテム関連の入手は、あっちじゃあ難しいのか?」

「…………私たちだけでなく、他のクランも【魔法の黒球】を求めていますよ。政府も【魔法の黒球】の買取金額を急激に引き上げてしまったので……今は全探索者が狙っていると言っても過言ではありません」

「あー…………」


 藤堂は少しだけ恨めしそうにこちらを見つめながら、新日本の現状について教えてくれた。


(やっぱあの時、俺が暴露しちゃったからかぁ……)


 あの場には藤堂だけでなく、政府側である宇野事務次官たちもいたのだ。


 だが、あそこで暴露したからこそ、藤堂たちもいち早く情報を仕入れられた訳だし、それで俺を恨むのは筋違いだろう。


 それは先方も承知しているのか、彼女はすぐに態度を改めた。


「こうなったら……ダンジョンで自力入手してみせます! 私自身の為にも、必ず……!」

「私自身の為? ミツキ自身がエアロカーを欲しているのか?」


 ケイヤが不思議そうに尋ねると、藤堂は少し迷ってから返答した。


「……はい。実は【魔法の黒球】を最低二つは欲しいんです。一つはクラン用で、もう一つは私個人用です」

「個人用か……。しかし、ミツキの魔力量では動かすのは難しいのではないか?」


 ケイヤに鑑定スキルはないが、こうやって対面すれば、鋭い者ならある程度の実力は推し量れるものらしい。その鋭い者であるケイヤの勘では、ミツキにそこまでの魔力は無いと感じているようだ。


「はい。ですが【魔法の小黒球】という劣化版が存在するらしく、そちらでしたら私でも可能かなぁと……」

「【魔法の小黒球】か……」


 実はそちらも持っている。


 もう一つの乗り物、エアーバイクの動力源になっているからだ。


(確かにあちらなら、藤堂でもギリギリ……扱えるか?)


 俺や佐瀬みたいに長距離を移動するのは難しいだろうが、短距離だけ飛んで魔力回復をして……という具合なら、実用は可能なのだろう。


 馬車だって馬を休ませる必要があるので似たような物だ。いや、餌代も要らないし空を飛べる分、エアーバイクの方が圧倒的に高性能だろう。


「なんで藤堂さんは個人で所有したいの? 一つだけ入手して、クランメンバーで乗り回せば良いんじゃない?」


 佐瀬が尋ねると藤堂は周囲の目を気にした後、声のトーンを落として教えてくれた。


「実は私……クランを抜けようと思っているんです」

「え?」

「クランを抜けるって……あなた、クランリーダーなんでしょう?」

「はい……」


 藤堂は少しだけ後ろめたい感情があるのか、申し訳なさそうな表情のまま、その理由を語り始めた。


「矢野君には以前、お話ししましたよね? 私、外の世界を旅して回りたいって……」

「ああ。言っていたな。でも、別にクランを抜ける必要はなくないか? クランメンバーと旅したって――――」

「――――クランメンバーのほぼ全員、外の世界に出たがらないんです」


 こちらの言葉を遮って藤堂が告げた。


「今回一緒に来た二人、明日香とケイも、ブルタークのオークションに参加するだけならばと、ようやく同行してくれました。それでも街で絡まれてしまって…………」

「うーん、確かに若い女性の旅は大変よねぇ」

「……? それが普通なのでは?」


 この世界の治安の悪さに佐瀬は同情し、逆にケイヤはそれが当たり前だろうと不思議そうに首を傾げていた。そこら辺は生まれの違いによる差異だろう。


 俺たちの住んでいた日本は夜遅くに女性が出歩いていても、余程の事がない限りは問題なかった。だが、この世界は日中でも油断ならない。そこが“月花”のメンバーにとっては些かハードルが高いのだろう。



「私が外に旅したいと言うと、メンバーは反対するんです。別に強く抗議する訳では無いのですが……外の世界は女性にとって危険だと、真剣に私の身を案じて説得するものでして……」

「なるほどなぁ」


 藤堂は未だ、旅の同行メンバーを見つけられていない様子だ。


「このままだと無為に時間だけが過ぎてしまいそうで……仕方なく一人旅をしようかと……。空を飛ぶ乗り物を使って、極力野宿を避けられれば、私一人でも、なんとか……」

「「…………」」


 藤堂の説明に佐瀬とケイヤは黙ったまま真剣に耳を傾けていた。


 藤堂の方もここまで話を聞いてくれる者が身近にいなかったのか、今までの鬱憤を晴らすかのように己の決意と問題点を話し続けた。



 ようやく一通りの話が終わると、まずは佐瀬が口を開いた。


「ねえ、藤堂さん。一時的に私たちのパーティに参加してみない?」

「え?」

「ふむ、私も賛成だ。ミツキの身のこなしは素晴らしい。場数を踏めば、かなりの戦力となる」

「ええ!?」


 急なお誘いに藤堂は戸惑っていた。


「イッシン、どう?」

「…………」


 佐瀬に矛先を振られ、俺は少しだけ考えた。


 というか、その案は俺も心の中で何度も考えていた。


 だが、年頃の女性を俺のパーティ……外野からはハーレムパーティと思われているらしいが……そんなチームに誘う事に対して、俺は若干気後れしていたのだ。


「一つだけ懸念はあるが、俺の方は問題ない。あとは藤堂さんの気持ち次第だろう」

「えっと……その、懸念というのは……?」

「実力のレベル差だ」

「――――っ!?」


 俺がハッキリ言うと藤堂は表情を強張らせた。


「詳細なステータスは教えられないが、単純な数値だけなら今の君と俺たちとでは、そもそも桁が違う」

「それは……私自身も薄々と感じておりました……」


 藤堂は悔しそうに声を漏らした。


 実際に俺と藤堂は模擬戦をした事があり、その際に実力差を見せつけていた。しかも今は火竜戦前の武者修行に加え、更には火竜討伐時に多少の経験値? 的なモノを得ていたのだ。


 今の俺は闘力8万後半だ。


 一方、藤堂は俺の目算で冒険者B級レベル……闘力も恐らく5千か6千以上といったところだろう。


 パーティメンバー内では一番近接戦闘が苦手な佐瀬ですら闘力2万を超えている。文字通り、藤堂と今の俺たちとでは桁が違うのだ。



「俺たちと一緒に行動するという事は、当分の間はお荷物になる。勿論、君に無茶をさせるつもりはないし、最初は君のレベルに合わせてダンジョン探索をする」

「わ、私は足手まといのままでいる気は毛頭ありません! 私に気遣わず、普段通りに高ランクのダンジョンに――――」

「――――いいや、駄目だ。パーティメンバーに無茶はさせたくない。これはうちの方針だから必ず従ってもらう」


 藤堂の言い分を俺はバッサリ切り捨てた。彼女なりの矜持と誠意からきた台詞なのだろうが、それでは非効率的だし、第一危なっかしい。


 パワーレベリングは問題ないが、無謀な探索に付き合わせるつもりはなかった。


「うーん、外から見たら、それでも十分無茶な探索になると思うが……」


 後ろでケイヤが何やら呟いているが俺はそれを聞き流した。


 どうも俺のパーティはチートヒールに蘇生魔法と福利厚生が効きすぎているようで、自然と無茶な探索になってしまうらしいのだ。


(俺たちにとっては無茶じゃないのだから良し!)


 他所は他所、うちはうちだ。



「当面は訳あってエイルーン近辺での活動になるけれど、お試しにどうかな?」


 俺の問いに藤堂はしばらく考えた後、こう告げた。


「私をメンバーに入れてください。どうか、宜しくお願い致します」


 彼女のお辞儀は相変わらず美しかった。








 藤堂は一度、月花のメンバーとしっかり話し合った後、クランを抜けて俺たちと合流するそうだ。


 その日は一度仲間たちと同じ宿で一泊し、翌朝新東京へ戻ることになったのだが、その際に俺たちのエアロカーで三人を送ることにした。



「ふわああああ!」

「本当に空を飛んでいる……! 凄い! 速い!」


 月花のメンバーである三枝ケイと千田明日香は噂のエアロカーの乗り心地に感動しながら、異世界の空からの風景を楽しんでいた。


 アグレッシブな三枝は景色に見惚れ、思わずエアロカーから身を乗り出しそうになり、相方である千田に危ないからと注意されていた。


「これなら新東京に戻るのもあっという間ね」

「ミツキが欲しがるわけだよ。旅するには便利だもん!」

「う、うん……」


 どうやら藤堂は早速この二人に、俺たちのパーティに一時加入する件を告白したみたいだ。



 最初は見ず知らずのパーティに入ると聞いて反対していたそうだが、“白鹿の旅人”には女性メンバーが多い事と、エアロカーの存在を実際に肌で感じた事で、二人も考えを改めたようだ。



「クランメンバーの説得は私たちも協力するよ!」

「ミツキが居なくなるのは寂しいけれど……今まで苦労を掛けちゃったからね」

「ケイ……明日香……!」



 聞けば、クランの実際の運営は、藤堂たちよりも年配者の裏方が主導で行っているようで、藤堂は名だけのリーダーに近いそうだ。それでもトップである事には変わらないので、クランの広告塔として仕事量も多かったそうだ。


 また、藤堂の腕前はクラン内でも一番であり、新日本探索者の中でも上から数えた方が早いくらいだ。そこに恵まれた容姿と誠実な性格も相まってか、彼女は男女問わず人気者なのだ。


 そんな藤堂がクランを抜けるとなると、探索者界隈では大ニュースになるだろうと三枝が指摘した。


 三枝の言葉を藤堂は弱々しく否定した。


「そ、そんな事ないわよ…………」

「あるよ! クラン内でも、絶対騒ぎになるから!」

「ミツキのファンクラブ会員メンバーは阿鼻叫喚になるでしょうね」

「「「ファ、ファンクラブぅ!?」」」


 やばい……俺が思っていた以上に藤堂を引き入れるのは大事らしい。


「イッシン……アンタ、新東京を出歩く際は背後に注意しなさい」

「…………予約魔法、掛けておくか」



 俺は近い将来の苦労を想像しながら藤堂たち三人を新東京まで送り届けた。








 長い間在籍していたパーティ“白鹿の旅人”を一時的に抜け、親友である佐瀬彩花と別れた私は、新東京に住んでいる両親の家――――新たな名波家に滞在していた。


 ソファーでゴロゴロしている私にお母さんが尋ねてきた。


「留美。折角帰ったのに……探索者になるって話、本当なの?」

「うん。もう申し込みも終わって試験通知も着てるよ。明日と明後日、試験会場に行って来るよ」

「明日!? 明後日!?」


 私の言葉に母は驚いていた。どうやらそんな急な話だとは思っていなかったようだ。




 現行の探索者制度だと、探索者としての資格を得るのに新日本の国籍を得る必要があった。その内、外国籍の者でも取得できるようにする予定らしいが、冒険者ギルドとの摩擦を懸念しているようで、まだまだ時間が掛かるようだ。


 まぁ、ともかく今は新日本人にならないと探索者にはなれないという事だ。シグネちゃんが探索者を目指す為には、まず国籍を入手する必要があった。


 これが以前の世界であれば、国籍を取得するのにかなりの時間と労力を費やした事だろうが、人類が異世界に一斉転移してしまった状況下では、そういった諸々の手続きに掛かる長い時間は害悪となってしまう場面が非常に多い。


 よって現在の行政における手続きなどは、旧世界のそれとは比べ物にならない程スピーディーに執り行われているそうだが、速度重視の反面、やはり問題なども度々起きている。



 例えば、治安維持における逮捕権などがそうだ。


 魔法やスキルが存在する社会では、どうあっても犯罪者の力も増してしまう。銃刀法違反だけで悪人の力を抑制するのは不可能だからだ。


 ましてや今の新日本は、銃は別として武器の所持が限定的に認められている。


 そこで、取り締まる側の警察は以前とは比べ物にならない程の武装や権限を持ち、令状を待たずとも実力行使が可能となっていた。


 また一般市民なども逮捕権を行使できる範囲が法的にも拡大していた。


 それによって新東京の治安維持は保たれているものの、誤認逮捕や過剰防衛などの問題がどうしても起こってしまう。そこをマスコミに叩かれ、政治家や公務員たちの心労は計り知れないものとなっていた。



 少し話は脱線したが、以前の私が知る日本とは、行政の面に置いてもだいぶ様変わりしていたのだ。



 私は運よく両親が新東京で暮らしていたお陰で、僅か一日という短い時間で新日本国籍を入手した。



「しかし……最近の探索者は死亡率が上がっているってニュースでも話題になっていたぞ。大丈夫なのか?」


 母だけでなく、父も心配そうに尋ねてきた。


「大丈夫だって! マスコミが大げさに言っているだけだよ。まぁ、調子に乗った新人探索者が痛い目を見る事は多いと思うけれど……」



 最近は家でテレビや動画を見て情報収集を行っていたが、探索者ブームはまだまだ続いているらしい。


 探索者たちや自衛隊によって周囲の調査や開拓も進んでいるが、異世界の土地はとにかく広い。まだまだ未調査な部分も多く、噂では新たなダンジョンが見つかり、今は国が管理して調査を行っているのだとか……


 これが一般開放されれば、国内で三つ目のダンジョン誕生である。


 企業も異世界の魔法や魔物の素材に着目し、新たな技術や商品の開発に余念がない。大手探索者クランなどは依頼が引っ切り無しで、新たなクランメンバーの募集も行っていた。


 また、企業も専用の探索者を抱え込もうとスカウト活動を精力的に行っていた。



 実は私の元にも勧誘の手紙が二件届いていた。



 一件は国からであり、送り人は長谷川さんであった。


 探索者ではなくてギルド側――――ギルド管理局の専属職員にならないかと誘われたのだ。


 どうやら宇野事務次官の意向ではなく長谷川さん自身が、私が帰化した事を知って誘ったらしい。


(あははぁ、当面はフリーで活動したいんだよね)


 というか、今後もお役所務めをしたいとは思わないので、この件はすぐに断った。



 もう一通のお誘いは大手クラン“和洋シチュー”からだ。


 しかも、クランリーダーである喜多野順平さん直々に勧誘のお手紙を差し出してきたのだ。私も名前だけなら知っている。探索者界隈でもかなり有名な人だ。


(喜多野さんって確か……矢野君と一緒に日本連合に遠征したんだよね?)


 私はその遠征に参加していないが、話だけは矢野君から聞いていた。新日本を代表するクランのトップ、喜多野さんも藤堂さんも人格者だと矢野君は話していた。


(実力はB級レベルって話だけど……きっと私が入ると大騒ぎになるだろうな)



 自惚れではないが、私の今の実力は日本探索者の中でもずば抜けていると思っている。


 噂に聞く新日本一の実力者、クラン”一刀入魂”のリーダー田中龍一郎ならば、或いは良い勝負になるかもしれないが……


 探索者の現トップとされている田中龍一郎は単独でワイバーンやA級の魔物を狩ったらしいが、SS級の魔物や野生の竜を討ったという類の話は聞いていない。恐らくA級冒険者レベルだろうと推察していた。



「試験は二日も行うのか?」

「うん。初日が筆記試験で、二日目が実地での実技試験だって」

「「実地!?」」


 実際に外に出て野外実技試験をすると聞いて両親が不安そうにしていたが、それに対して私は苦笑しながら答えた。


「だから大丈夫だって。私、今までずっと外に出てたんだからね? ドラゴンだって倒したんだから」

「うーん……」

「良く分からないけれど……無茶はしないでね?」


 どうやらうちの両親は私が思っていた以上にファンタジー音痴なようだ。

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