第185話 論功行賞

 正午過ぎ、ベック男爵領トレニエ街郊外では多くの見物人たちが訪れていた。


「あれが竜か! 赤いんだなぁ」

「火竜って言うらしい。空を飛んで火を吐くそうだぞ」

「うへぇ! あんな化け物に襲われたら、命が幾つあっても足りねえわな」



 オルクル川桟橋に停泊中の船に置かれていた火竜の亡骸は、大勢の兵士たちによってなんとか運び出され、今は即席で用意された巨大な板台車の上に設置されていた。


 その板台車を複数の馬車が牽引しながら王都までの道のりを凱旋する予定となっている。


 ここまで運搬を協力してくれた“ワイルドウォリアー”の面々たちも王都まで運ぶのを手伝ってくれるらしい。彼らは王都観光を目的としているので、そのついでに竜の亡骸の護衛役もしてくれるそうだ。


 更にトレニエの街からは全部で十二名の兵士たちが御者役や護衛として参加してくれる。ベック男爵の計らいだ。


 代わりにウミネコ団の海賊たちとはここでお別れである。


「陸路なら俺たちより街の兵士たちの方が適任だろうさ。あばよ!」


 そう言ってザスゥたち海賊団は船で去ってしまった。


 彼らの故郷である港町エメリブは、僅かながらも火竜信仰のあった町だ。その信仰対象が討たれた事により、今後どうなってしまうのだろうか。


 討伐した張本人である俺たちが関わるべき案件ではないのだろうが、行く末が気になってしまう。




 俺たち討伐隊メンバーは馬車の中へと案内された。ここからの俺たちは見世物パンダとしての役目が待っている。面倒だし気恥ずかしいのだが、リターンもあるのでが我慢だ。


 その恩恵の一つがドラゴンスレイヤーという名声を世に知らしめることだ。


 俺たち“白鹿の旅人”はこれまで多くの輩に絡まれたりもしたが、それも今回の一件でおさらばだ。まさか竜を狩れる者を相手にカツアゲやナンパをする事はあるまい。少なくとも王国内では竜殺しの偉業が俺たちを守ってくれるだろう。



「――――出立だ!!」


 ベック男爵領の兵士長が声を上げ、馬車は横並びでほぼ同時にゆっくりと動き出した。


 ここは王都から近い街道だ。比較的整備されてはいるが、それでも現代日本のように真っ平らな道路ではない。そんな道を大きな竜の亡骸を運びながら複数の馬車で牽引しているのだ。


 かなり神経をすり減らす作業で、当然馬車の速度もあまり出せていない。


「こりゃあ……一週間は掛かるかもなぁ」

「馬は生き物だし、途中で休めないとだしね」

「生き物か……」


 名波の言葉に俺は妙案が浮かんだ。


「……ゴーレム君ならいけるか?」


 俺は馬車と共に並走していた兵士長に声を掛けた。








「お、おい。あれ……!」

「噂の火竜が来たか!!」


 討伐された火竜の亡骸が王都に運ばれてくる。


 その衝撃的な噂は王都だけでなく、近郊の街や村にも広まっていた。


 伝説に聞く竜を一目見ようと、多くの野次馬たちが街道に押し寄せていた。



 やがて馬車の隊列が街道の奥からやってきた。噂によると、その馬車の中に今回竜を討伐したドラゴンスレイヤーたちが乗っているらしい。


 馬車には大きな窓が備わっており、その中には数名の冒険者らしき姿が見えた。


「なあ、見えたか!?」

「ああ、思ったより若かったな!」

「綺麗な姉ちゃんたちだ!!」

「え? そう? 婆さんの姿は見えたけれど……」



 ドラゴンスレイヤーを見た後は、いよいよお待ちかね、竜の登場だ。


 火竜は想像以上に巨大で、死しても尚、とてつもない威圧感を放っていた。


 そんな火竜に目を奪われる見物人たちであったが、その亡骸を乗せた大きな板台車を運ぶ異様な者の方にも注目が集まった。


「ありゃあ……なんだ!?」

「知らねえのか? あれはゴーレムだ!」

「ゴーレム!? 魔物なのか!?」

「王国の紋章を身に着けているぞ?」

「確か今回の討伐隊リーダーは“ゴーレム使い”の異名を持つ冒険者だった筈だ」

「ほぉ。あんな大きな物を軽々と運ぶゴーレムを自由自在に操るんだから……大したもんだ」


 途中からイッシンの案が採用され、火竜を運搬する役目はゴーレム君一人だけとなった。


 ゴーレムなら休む必要もなく、馬車数台分以上に匹敵するパワーで竜を牽引し続けられる。


 討伐した竜だけでなく、ゴーレム君のポテンシャルも見せつけられるので一石二鳥の案であった。



 お陰で一行は僅か三日間の道のりで王都まで辿り着けた。






 王都付近まで来ると火竜の護衛役は王都守備隊に一任された。ウルフたち“ワイルドウォリアー”の面々ともここでお別れだ。


「色々と勉強になった。また機会があれば共に!」

「ああ、こちらも助かったよ。ありがとな!」



 ベック男爵の私兵も任務を終えたが、実は男爵自身も俺たちと共に王都まで来ていたので、そのまま男爵の護衛任務へとシフトした。何やら王城に用事があるらしい。


「それでは後ほどな。レーフェン」

「はい。父上」


 ベック男爵は娘に一言告げると火竜を運搬する隊列から外れ、俺たちとは別行動となった。


 ここから先は王都内部となり、今まで以上に群衆の視線に晒される。


 巨大な正門前まで来ると、王都守備隊の兵士が騎乗したまま声を張り上げた。


「――――開門!!」


 現在は通行規制の掛かっている正門が、彼の号令でゆっくりと開かれた。


 すると、王城まで続くメインストリートの脇には、待ってましたとばかりに集まっていた群衆たちが騒ぎ始めた。


「「「わあああああああああっ!!」」」


 その異様な光景に俺たちは息を呑む。


「うわ!」

「すっご!」

「あはは!」

「わーお!!」


 まるで戦勝パレードのようなお祭り騒ぎに鳥肌が立った。


(ここまで大事にするとは聞いてねえぞ!?)


 あちこちに兵士たちが立哨しており、群衆が道に飛び出さないよう目を光らせていた。その道の中を俺たち一行はゆっくり進んでいく。


 普段は使われていない第二区、第一区へと続く巨大な門も開かれており、王城まで一直線で通行できる状態となっていた。


「竜を倒すと毎回こうなるんですか?」


 この場では唯一の経験者であるディオーナに俺は尋ねた。


「いや……前回の竜退治の凱旋はここまでじゃなかったねぇ。もっとも私ら討伐隊も半数以上が竜に殺されちまって……半分お通夜状態だったからねぇ」

「あ……すんません」

「いいさ」


 つい迂闊な事を聞いてしまったが、ディオーナ婆さんが竜を狩った時はかなりの被害を出してしまったらしい。本来、竜退治とはそれ程までに厳しい偉業なのだ。


 だが、それを差し引いても、群衆のこの熱狂ぶり……間違いなく王政府が情報を流布して国民たちを煽ったのだろう。




 火竜の亡骸は無事に王城前広場へと移送され、俺たちは第一区内にある迎賓館にて一泊することになった。


 なんでも明日、竜を討伐した者を称える式典が執り行われるようだ。その打ち合わせもかねて、俺たちは王政府の文官たちから色々と説明を受けた。



 火竜の亡骸に関しては、王都に待機中の聖騎士団が夜間の見張りを引き継いだ。


 更に俺たちのゴーレム君と王家専用のゴーレム――――通称ゴーレムちゃんも警護を手伝った。


 ゴーレムちゃんはフローリア王女が陣頭指揮を執って開発し、魔導工学研究所でバージョンアップを重ねた人造ゴーレムだ。俺もアドバイザーとしてゴーレムちゃん製作の手助けをしいていた。



 今夜は第一区に居住を持つ貴族たち限定で火竜の亡骸がお披露目された。


 火竜を見に来た貴族たちは巨大な亡骸のスケールに圧倒され、更にはそれを警護する二体のゴーレムにも関心を寄せていた。


「これが噂のゴーレムか……」

「現状、量産は難しいらしいが……ううむ、欲しい」

「その“ゴーレム使い”の冒険者とやらに造らせれば良いのでは?」

「止めておけ。“ゴーレム使い”に無理強いするような真似は王政府から禁じられている。今度の法案で個人が持つ場合にも王政府への裁可が必要になるらしいからな」

「ぐっ。そうなのか……」



 人造ゴーレムは優秀な軍事兵器としても運用できる。故にその製造法は一般公開されておらず、無理に聞き出したり許可無く所持したりする行為は王への反逆と見做される可能性があるのだ。


 俺たちのゴーレム君に関しては王国の紋章を付けてさえいれば国内での活動は自由にしていいと言われている。あくまで国内だけなので、他所に関しては関知しないらしい。








 翌日、第一区の王城前には大勢の王都民たちが集まっていた。


 この日は王の特別な計らいで、第一区の一部区画を第二区、第三区の居住者全員に開放していた。王都の民たちは竜とドラゴンスレイヤーを見ようとお城の前まで押し寄せていた。


 そんな中、俺たち討伐隊メンバーは王城三階にある式典用のバルコニーに居た。


 他にも王を筆頭に王族の方々や上級貴族、王政府の重鎮たちが勢揃いである。



「この度の火竜討伐、大儀である! それを成したのが我が国の民であるのだから実に喜ばしい!」


 王の言葉に俺たちは下げていた頭を更に深く下げた。


(勝手にこの国の民にされちゃってるけれど……)


 まぁ、主な滞在場所はエイルーン王国なので、あながち間違ってはいないのかもしれない。



「其方たちの勇気と武勲を称え、褒美を遣わす。何か望む物を申し入れよ」

「勿体なきお言葉…………我々には陛下のお言葉だけで十分過ぎる褒美となります」


 一団を代表して討伐隊リーダーの俺が返答した。


「うむ。無欲なものよ。しかし……これだけの偉業に加え、火竜の亡骸の無償譲渡……これを許せば余の器量が問われるというもの。後日、其方たちには相応の褒美を与える事を約束しよう!」

「寛大な御心、感謝致します」



 無償での譲渡なんてあり得ない。


 ここまでの会話は全て“やらせ”である。昨夜、王政府の文官から、式典時はこのような受け答えになると事前に説明を受けていたのだ。


 実際にはこの後、俺たちへの報酬と火竜の値段を相談する手筈となっていた。


『火竜を無料ただなんて……あり得ないわ!! 最低でも白金貨100枚以上は貰わないと!』

『あははぁ、流石に無償はケチだよねぇ?』

『マネー!! 王様、ギブミーマネー!!』


 先ほどから俺の仲間たちが念話で欲望丸出しの会話を行っていた。聞こえないと思って言いたい放題である。




 式典はつつがなく終了した。








 その後、俺たちは改めて王城へと招かれた。


 ここでも王と対面するのだが、今回は謁見ではなく、秘密裏に行われる報酬の相談事であった。


 場所は軍議などでも使われるという大きな会議室であった。


 その中にはアルバート・ロイ・エイルーン陛下と名前の知らないご老体の大臣、王太子であるジェイド・ロイ・エイルーン第一王子が居た。


 他にも多くの貴族が同席していた。


 俺が知っている面子だと、ケイヤの父――クロード・ランニス子爵、ブルタークの領主であるランド・マルムロース侯爵、レーフェンの父――ベック男爵……他にも偉そうな貴族のおっさんたちが居た。


 あとは聖騎士団長ニコライ・シューゲルと彼の副官イザイラ・レイダースも参加していた。



「茶番に付き合わせたな。白鹿の」

「いえ、事前に文官の方に教えて頂きましたので」


 俺は深々と頭を下げた。



 先ほどの式典はあくまで表向きの演出だ。


 竜を倒した俺たちを称え、褒美を与えると王が提案。それを固辞して無償で竜を差し出すという謙虚な冒険者たち。それに感動し、やはり報酬は出すと確約する太っ腹な王様。


 そんな流れである。


 こちらは命を懸けて戦ったのだ。当然、貰える物は頂くし、それはあちら側も承知している。


 ここからが本当の論功行賞であった。


「おい、イッシン。ここは非公式の場で無礼講だ。そんなに畏まらなくていい」

「はい」


 この王は公の場以外での堅苦しい挨拶を嫌うらしい。俺は素直に王に返事をし、顔を上げた。


「まずは火竜の亡骸についてだが……あれは王政府が買い取る。悪いがこれは決定事項だ。その分の対価はキッチリ支払うつもりだから許せ」

「……あの熱狂ぶりですものね。了解です」


 火竜の亡骸の反響は凄まじかった。


 ほぼ無傷な状態で火竜の亡骸を丸ごと氷漬けにしているので、その迫力も満点だ。それが見物人たちにも大好評で、王城前の広場では未だに列が後を絶たない。その為、解放期間を予定よりも延期しているくらいだ。


 氷の維持は王宮魔導士たちが当番制で行うこととなった。仮に亡骸の維持が難しくて腐らせるようなら、鱗は剥ぎ取って骨だけで展示する計画らしい。


 そんな火竜を少しでも状態の良い内に一目見ようと見学者が殺到している。国内だけでなく、国外の要人からも沢山の来訪要請が届けられていた。あまりにも早い要請に、王政府側も困惑している状況だ。


 一体何処で火竜の情報を掴んだのやら…………



「火竜は白金貨500枚で買い取る。どうだ?」

「「「白金貨500枚!?」」」


 王から提示された金額は想像以上であった。


 秘宝トレジャー級のマジックアイテムでも白金貨数枚から数十枚の取引が相場だと聞いている。その十倍以上の額を提示されたので俺は驚いていた。


「ま、流石に一括の支払いは無理だ。白金貨100枚を三ヵ月毎に支払う。それで問題無ければ、その紙にサインしろ」


 王が横にいた大臣に目を遣ると、彼はテーブルの上に一枚の紙を置いた。


 どうやら契約書のようだ。一年で合計500枚の白金貨を支払う旨が記載されている。大金なので流石に口約束だけでは無いようだ。


 佐瀬たちの反応を見る限り、金額に関しては全く不満はなさそうだ。最低でも白金貨100枚以上で売ると事前に皆で決めていたからだ。


 俺は少し考えた後、一つだけ条件を付け足した。


「火竜の魔石だけは頂けませんか? あれはゴーレム君の素材として使いたいのです」


 ゴーレム君と火の魔石の相性は良いのだ。あの火竜の魔石ならば更なるパワーアップが期待できるだろう。


 王は大臣に目配せをした後に頷いた。


「ああ、問題ない。こちらが欲しいのは、あくまでガワの方だからな。それと……血は要らないのか?」

「あ。そうですね。火竜の血も是非に欲しいです!」

「分かった。ただ、竜の血はこちらも研究材料として欲しい。半分ずつで問題ないか?」

「はい。それで問題ございません」


 あれだけの巨体だ。半分ずつでもかなりの血の量が採れるだろう。


「それじゃあ改めて金額はお幾らに?」


 魔石や血を抜くと、どれくらい額を減らされるだろうか。


「そのままだ。500枚で構わんよ。本当はもっと出してやりたかったがな」


 どうやら王様個人としては白金貨500枚では少ないと感じているようだ。


 だが、王の言葉に大臣が横から口出ししてきた。


「陛下。これ以上の金額ですと財務が黙っていないでしょう」

「わーってるよ! たくっ……」


 先ほどは王の茶番に付き合わされたが、それがなくても実際にこの王は随分と気前が良いらしい。その為、大臣辺りがストッパー役で苦労しているのだろう。



「じゃ、火竜の亡骸についてはそれで依存ないな?」

「はい」

「それでは、改めて褒賞の件に移るぞ」


 王がそう宣言すると、一人の男が横から出てきた。


「陛下。お言葉ですが……それ以上は不要なのでは?」


 横から口を挟んできたのは名を知らない貴族の男であった。


「オーエン侯爵……どういう意味だ?」


 王はジロリとオーエン侯爵と呼ばれた男を睨みつけた。


(あのおっさん、侯爵なのか……)


 思った以上に地位の高い人物に俺は驚いていた。王家の血が濃い公爵の位を除くと侯爵は貴族の中では最高位となる。


 王に睨まれたオーエン侯爵だが、彼は肝が据わっているのか涼しい顔のまま返答した。


「火竜討伐は元々、我が国が出した依頼ではございません。それにも関わらず、王は称賛のお声を直接お掛けになっただけでなく、火竜の亡骸にも法外な値段で取引されたのです。彼らへの褒美はもうこれで十分ではないかと具申致します」


 確かに、本来であればオーエン侯爵の弁は正しいのかもしれない。


 だが、彼は一つだけ思い違いをしている。


「不十分だな。確かに貴様の言う通り、火竜討伐の依頼はエイルーン王国が出したモノではない。同時に、元々その依頼を受けたのも“竜槍”や“白鹿の旅人”たちであり、我々は無関係の立場であった。そうだな? ニコライ」


 王は参席していた聖騎士団長に問い質した。


「陛下のおっしゃる通りです。本来、無関係であった我々が無理を言って討伐に参加させて頂きました」

「……と、いう事だ。我が国の聖騎士団員から三名、新たなドラゴンスレイヤーが誕生した。その借りがこちらにはあるのだ」


 王や貴族は面子や体裁、貸し借りを重要視する。


 相手は卑賎な身の冒険者とはいえ、仮にもA級で竜を討つほどの強者だ。それ程の相手を、いくら王や貴族とはいえ、無碍にすることなどは出来ない。


 王の言葉を聞いたオーエン侯爵が口を開いた。


「……承知致しました。出過ぎた口を挟んだこと、どうかご容赦頂きたい」

「うむ」


 オーエン侯爵はそのまま大人しく引き下がった。


『何、あいつ? いちゃもん付けて……』

『でも、あっさり引いちゃったね?』

『王様、かっこいい!!』


 確かに、王に対して口を挟んだ割には、彼は随分あっさりと身を引いた。


 そんなオーエン侯爵自身は涼しい表情のままであったが、その背後にいる貴族たちの中には、未だに不満そうな表情を浮かべている者たちも若干名残っていた。


(……もしかして、今のも“やらせ”か?)


 俺たちが竜を討伐して派手に凱旋した為、それに嫉妬する者も少なからず居るだろうとは思っていた。当然、貴族の中にも不満を持つ者が居ても不思議ではない。白金貨500枚とは、それ程までに大金なのだ。そこらの貴族さえも羨む額である。


 そんな不満を抱えた貴族たちを代表してオーエン侯爵は王に問い質した。それに対して王は皆の前で、俺たちへの多額な報酬に対する正当性をしっかり説明する。


 代表者であるオーエンが納得して引き下がった以上、それ以下の身分である貴族たちは俺たちに対して表立って不満を述べることは一切出来なくなってしまった。


 もし俺の考えが正しければ、オーエン侯爵と王は事前にこのやり取りを計画していたのではないだろうか?


(うわぁ、王に貴族も色々と面倒そうだなぁ……)


 やはり俺は冒険者が性に合っているようだ。






 一部貴族たちの不満も解消? し、話題は俺たちへの褒賞へとシフトしていた。


 ケイヤにロイ、レーフェンへの表向きの褒賞は既に決まっている。聖騎士団への志願だ。言わずもがな、これも茶番である。何故なら彼女らは元々聖騎士団員なのだから。


 表向きの発表だとこうなる。


”竜を退治した褒美にケイヤたちは聖騎士団へと志願し、王はそれを快諾。晴れてドラゴンスレイヤーの聖騎士が誕生”……というお話だ。


 だが、気前の良い王様はそれだけでは終わらなかった。



「他に望むモノはないか? 言うだけならタダだぜ?」


 王の言葉にケイヤたちは躊躇ってしまう。そんな三人に王太子であるジェイドが声を掛けた。


「無茶な要求でなければ極力配慮しよう。諸君らは我が国の新たな英雄だ。それくらいの権利は当然ある」


 ジェイド王太子の歳は二十代前半なので、ケイヤたちとは同年代の若者だ。そんな彼の説得が効いたのか、まずはロイから申し出た。



「恐れながら申し上げます。どうか、今回の旅で手に入れた剣を所持する許可を私にお与えください」


 そう告げたロイに王は首を傾げた。今のロイは王の御前である。近衛と聖騎士団長以外、この場の者たちは帯剣していなかったからだ。


 そこで兵士の一人がロイから預かっていた剣を急いで取りに走る。


 戻ってきた兵士がロイに彼の剣を手渡すと、改めてそれを王へと見せた。それはヤノー国の近くにあるダンジョン奥で入手したマジックアイテムの剣である。


「ふぅむ……これは魔剣か?」

「はい。銘は“不屈の魔剣”と申します。剣の使い手は常に【ヒール】の恩恵を受けられる秘宝トレジャー級の魔剣です」

「「「秘宝トレジャー級!?」」」


 ロイの言葉に一同は声を上げた。


 秘宝級マジックアイテムは滅多に出ず、国宝に指定されてもおかしくはない一品であったからだ。


「……成程。だが、確か討伐任務中に得た物は、全て貴様のモノとなる条件だった筈だ。そうだったな? ニコライ」

「はい。陛下」


 確かにそういう取り決めであった。だが、秘宝級ともなると報告もせず自分のモノにとはロイ自身も思わなかったのだろう。


「ならば問題無い。それは貴様の剣であって、今回の褒賞とはならんな。他の褒美を述べよ」

「ありがとうございます。ですが……今すぐには決められそうにはありません」


 そこでロイの褒美は後回しとなった。



 次はレーフェンの番だ。


「恐れながら申し上げます。どうか私を貴族の末席に加えさせて頂けないでしょうか」

「ふむ。叙爵を所望か。確かお前は……ベック男爵家の娘であったな?」

「はい、陛下。ベック男爵家の長女でございます」


 王は恭しく頭を下げるレーフェンを見た後、背後にいるベック男爵へと声を掛けた。


「お前の娘は独り立ちを希望しているが構わないのか?」

「はい、陛下。恐れ多い望みではございますが、もし叶うのであれば私の方には何ら異存はございません」


 どうやらレーフェンは事前に父親へと話を通しているようだ。王の性格上、褒賞の件が出ることを読んで、二人で事前に相談していたのだろう。


「分かった。レーフェン! 貴様を本日から領地持ちの女男爵家当主として任命する! 尚、貴様の死後、子を残さぬ場合は男爵家を一代限りのものとするので留意せよ。家名に領地、従者等に関しては、追って文官を通して通達させる。以上だ!」

「は、はい! ありがとうございます!」


 王の勅命にレーフェンだけでなく、他の貴族たちも驚いていた。


 昨今、領地を持たぬ宮廷貴族も多い中、異例の領地持ち女男爵が誕生したからだ。女性が当主を務める例は無い訳では無いらしいが、初代当主が女性なのは初めての快挙らしい。


(これでレーフェンも晴れて貴族家の当主という事か)


 望まぬ婚約者から逃れる為に男爵家を飛び出して聖騎士団へと入隊したレーフェンだ。随分と遠回りになってしまったが、これで望まぬ結婚を強いられる心配も無くなり、貴族へと復帰出来たのだ。


 これには事情を知っているケイヤにロイ、そして父親であるベック男爵も笑みを浮かべていた。



 そして、お次はケイヤの番となる。


 彼女は一体何を望むのか……


「恐れながら申し上げます、陛下」


 ケイヤは少し緊張した面持ちで口を開いた。


「――――どうか、聖騎士団を除隊する事をお許し頂きたい」


 ケイヤの口から爆弾発言が飛び出された。

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