第184話 ベック男爵
火竜をどうやってエイルーンまで運ぶか……
結局、俺たちは船でそのまま運び入れることにした。
「それって鹿江の港に行くってこと?」
「ああ、そのつもりだ」
「でも、あそこから王都までだと、結構な距離があるよ?」
「…………だよなぁ」
マジックバッグで収納して運べば一瞬で済む事だ。だが、竜の亡骸を見せびらかしながら、という条件を加えると、かなりの移動時間を要するだろう。
(運ぶ手段や人員は王政府に連絡すれば用意してくれると思うが……)
これは凱旋なので竜と共に俺たちも行動する必要がある。これはかなり面倒そうだ。
困っていた俺たちにザスゥが助け舟を出してくれた。
「ん? だったら川を使えばいいじゃねえか」
「川?」
「ああ。運び込む場所ってのは王都のハイペリオンだろう? その少し手前の町までなら、確か川を使って運搬できる筈だぞ?」
「そうか! オルクル川か!」
その存在をすっかり忘れていた。
オルクル川
エイルーン王国を東西に二分するかのように流れている大河である。その川の本流は獣王国の沿岸部からずっと遠くの北部、ドワーフ王国までも続いているそうだ。
エイルーン王国は獣王国との交易が少なく、運河をあまり利用していないので気付かなかったが、獣人族とドワーフ族はオルクル川で商船を出して互いに取引しているらしい。
「確かにあの川なら……鹿江の港を経由するより王都にかなり近い!」
「ただ、一つだけ問題がある」
「ん? 問題というと?」
「通行料がバカ高いんだ。それが人族相手だと猶更、な」
「「「あー……」」」
武器や鉱石の流通先となるドワーフの商船には特別な配慮が設けられているようだが、人族相手となると話は別らしい。
ここでも獣人族たちの人族嫌いによる弊害があるようだ。
それもこれも獣王国と長年小競り合いをしているガラハド帝国が全部悪い!
結局、凱旋経路は鹿江ではなく、オルクル川の方を選択した。タイムイズマネー、今回は金が掛かっても楽がしたかった。
牛族のレオには引き続き船と船員を借り、更にはウミネコ団にもそのまま運搬を手伝わせた。
「ま、手伝うって約束しちまったしなぁ」
船長のザスゥは苦笑いを浮かべながらも、こちらの要請に応じてくれた。
また、ウルフたち“ワイルドウォリアー”の冒険者たちも同行したままであった。
「別にウルフたちまで付き合わなくてもいいんだぞ?」
「ここまで来たんだ。せめて王都までは見送らせてくれ」
「そうそう。ついでにエイルーンで観光する予定だしな」
「サルバンの支部長にも睨まれちまったし……当面は他国で活動するさ」
今回の一件で“ワイルドウォリアー”の株が落ちてしまった。更に俺たち側に付いた事もあって、あのギルドの兎ジジイとは微妙な仲になってしまったのだ。
その為、少し距離を置く期間を設けることにしたらしい。
あの無能なジジイのおかげでサルバンは優秀な冒険者を失う事になるのだ。いい気味である。
船旅は順調であった。
彼らは海だけでなく川での船の扱いにも長けていた。この辺りのオルクル川は川幅も広く、流れも緩やかなので、川を上るのも苦ではないらしい。
そして、問題の通行料を徴収される国境付近に近づいた。
「あれが船番所か」
川辺には木造のしっかりした建物と桟橋が用意されていた。
そこには幾つかの軍船もあり、獣王国の兵士たちが監視していた。
「ああ、そうだ。積み荷の確認をした上で通行料金を徴収される流れだな」
何度も来たことがある船長が教えてくれた。
二隻の小さな軍船がこちらに近づいていた。乗っている兵士たちは心なしか緊張している様子だ。
「そ、その竜の亡骸はどうしたんだ!?」
「でけぇ……!」
やはり真っ先に目がいくのは巨大な火竜の亡骸なのだろう。それを見た兵士たちは怯えていたのだ。
「彼ら“白鹿の旅人”と“白鷺の盾”、“竜槍”の冒険者合同チームが竜を討伐したのだ! 今はその戦果である竜の亡骸の運搬作業を行っている!」
代表して答えたのは“ワイルドウォリアー”のリーダーであるウルフだ。同じ獣人族が説明した方がスムーズだろうと、その役目を買って出てくれたのだ。
「赤い竜…………まさか、あの“守護竜”か!?」
「おい。あいつって……ウルフじゃないか?」
「あのトップクラン“ワイルドウォリアー”のウルフか!?」
「じゃあ、彼らも竜の討伐を?」
獣王国兵士たちの間でもウルフの名は有名であるらしい。流石はA級冒険者と言ったところだろうか。
「いや、残念ながら我々クランは今回、戦いには不参加だ。後学の為に竜討伐の見学と運搬のサポート役を行っているに過ぎない」
「そ、そうか……了解した。それではこちらも仕事に入らせてもらおう」
同じ獣人族であるウルフたちが不参加と聞いて、兵士たちは一瞬残念そうな表情を見せていた。それでも兵士たちは気持ちを切り替え、すぐに仕事へと取り掛かった。
数名が船に乗り移り、運搬している積み荷と人員を確認して回る。
ちなみに、一応のお尋ね者であるザスゥは船番所に入る前に陸へと逃げていた。彼とは後程、川の先で合流する予定だ。
「…………うむ。禁制品の類は無いようだな」
「人員の確認も終わりました! 問題無しです!」
どうやら無事に確認を終えたようだが、問題は通行料の方であった。
「すまないが……火竜の亡骸を丸ごと、となると……この額になる」
兵士は申し訳なさそうに金額を記入した紙を船長に手渡した。
「――――っ!? こ、こんなにするのか!?」
値段を見て目を丸くする船長。
俺も横から顔を覗かせて金額を確認した。
「白金貨50枚と金貨5枚、か…………」
「うわぁ…………」
「冗談だろ!?」
「これは……っ!?」
その法外な金額には、貴族出身でもあるケイヤたちも声を震わせていた。
「あまりにも高過ぎるぞ!? 一体どういった内訳でこうなるのだ!?」
これには船長も納得がいかず、兵士へと詰め寄った。
「内訳も何も……原因は当然、その火竜の亡骸だ! 正直、我々にはその価値を計りかねるのだ。そのような貴重な代物を持ち出す場合は白金貨50枚だと、領主様が予め、そうお決めになっている。……すまんな」
「なんと……!」
どうやらここの船番所を管理している領主がそう定めてしまっているらしい。
(野生の火竜の素材、ほぼ丸ごとだからなぁ。付加価値なんかも考えると……それくらいはしてもおかしくはないのか?)
ダンジョン産の魔物は倒すと消えてしまう為、竜の亡骸が丸ごと残っているのは非常に珍しい事なのだ。素材だけでなく、展示用や研究材料としても超一級品の代物なのだ。
その辺も考慮すると、価格の方も天井知らずになるのかもしれない。
「しかし、それでも白金貨50枚はあんまりだ!」
「……規則だ。払えなければ通行は認められない」
兵士としても竜退治を成した冒険者たち相手に揉めたくはないのだろう。獣人たちは強い者に対して敬意を払う傾向にある。兎ジジイのような例外もいるが、彼らはそうではないようだ。
第一、抵抗されても相手はドラゴンスレイヤーだ。敵うわけがない。
ここは穏便に済ませたいと相手も思っているのだ。
「……佐瀬。今、いくら持ってる?」
「うーん、白金貨3枚くらいなら……」
「私、5枚ならあるよ!」
「…………金貨10枚だけ」
佐瀬に続いて名波とシグネも答えてくれた。
(名波はそこそこ持ってるな。シグネは少し貯金しろ!)
ちなみに俺個人の手持ちは白金貨4枚ほどで、パーティ共同での資金は白金貨19枚もある。
だが、それでも合計で31枚。半分以上はあるのだが……
ちなみに、白金貨はたった1枚で金貨100枚相当の価値がある。あのヒュドラの魔石が白金貨1枚相当の価値らしいので、それを考慮すると、やはりとんでもない金額だ。ヒュドラの魔石が50個分である。
白金貨50枚は貴族や上級冒険者でも気軽に用意できる金額では無いのだが……
「……少し時間を貰ってもいいか? 今から金を用意してくる」
「それは構わないが……その場合は、あそこにある桟橋に一旦船を寄せてくれ。それと半日停泊する毎に金貨1枚の料金が掛かるぞ?」
「問題ない。多分、そこまでの時間は掛からないよ」
川を通らずマジックバッグに火竜を一時的に収納して陸路で関所だけを抜ける。そういう手段も取れるのだ。それが一番楽だし早い。
だが、今回はドラゴンスレイヤーの凱旋だ。ケチ臭い真似は止そう。ここは正攻法で通る方が互いに後腐れもなくて済みそうだ。
「佐瀬。ちょっと魔石や素材を売ってくる」
「いってらっしゃい」
俺の意図を察したのか、仲間たちは揃って頷いた。
俺はマジックバッグからエアロカーを取り出すと、一人だけ乗り込んで空へと飛び立った。
それを兵士たちは仰天しながら見上げていた。
四時間後、俺はようやく船番所へと戻って来られた。
「待たせたな」
「随分遅かったわね?」
「ああ、ちょっと量が量だったからな……二ヵ所のギルドを回ったよ」
俺のマジックバッグの中にはヤノー国付近にあるダンジョン内で荒稼ぎした魔石やドロップ品が山のように保管されていた。
俺たちはあの迷宮内でA級以上の魔物を何百匹と狩ってきた。A級の魔石だけでも最低価格が金貨3枚以上……デストラムはA級上位に位置する魔物だったので、金貨5枚以上の買取値段が付いたのだ。
それら不要なモノを俺はギルドの買取に大量持ち込みをしたのだ。
真っ先に売り込んだ場所は、馴染みであるブルターク支部だ。
四時間前――――
俺がブルターク支部に顔を見せるとハワードギルド長が火竜について尋ねてきた。
無事に討伐した旨を伝えるとハワードは大変喜んでくれていた。
更に俺が大量の魔石やドロップ品を取り出すとハワードは狂喜乱舞した。
「うおおおおっ!? こりゃあ、すげえ!」
これには横で見ていた副ギルド長のレッカラ女史も目を輝かせていた。
「手の空いてる方! 大至急、買取作業に取り掛かってください! ほら、ギルド長も手伝って!!」
「え? お、俺も……?」
「当然です! 早くしないと買取カウンターが機能しないでしょう! 急いで!!」
「ぐっ!? 分かったよ! お前ら、ちゃっちゃと終わらせるぞ!!」
そこからは多数の職員を巻き込んでの買取作業となった。
「うえ!? こ、これを全部……今からですか?」
「ひぇええええ!?」
突然の重労働に職員たちからは悲鳴が上がった。
(すまん。今度、菓子折りでも持っていくから……)
前に日本製の菓子を持っていったら女性職員に大好評であった。
ギルド職員に恨まれたくはないので、今度詫びの品を持っていくと伝えたら、皆がやる気を出してくれた。
ギルド一丸となって買取を行ってくれたのだが、どうやら今ある支部の財源では全ての買取は難しいようだ。
「くっ! こんな事なら、もっと資金集めをしておくべきでした……!」
悔しそうなレッカラであったが、ギルド長や他の職員は疲れ果てていた。どの道、無茶な量だったのだ。
そこで俺は、次に王都ハイペリオンにある冒険者ギルド支部へと急行した。
王都には郊外と第二区の二ヵ所にギルド支部が存在する。今度の買取も資金不足だと面倒なので、俺は金を持っていそうな第二区の方を選択した。
(こっち側のギルド、何気に入るのって初めてなんだよなぁ)
前に利用したのは郊外の方である。そこで徳元リクたち元高校生パーティ“東方英傑”の四人に出会ったのだ。
王都の第二区までならB級以上の冒険者証で入場可能だ。徒歩で二区まで進み、ギルドの支部へと訪れる。
支部内に入ると、最初は場違いな小僧が来たと周りの冒険者たちから見下されていたが、俺が胸元からゴールドの冒険者証を取り出すとざわめきが起きた。
「おい。あれ……」
「ゴールドの冒険者証!? あんな若造がA級だと!?」
「噂の“東方英傑”のリクって奴か?」
「いや……あいつらはA級昇級後、旅に出ちまった筈だぞ」
「あの白髪……白鹿の“ゴーレム使い”じゃねえか?」
(へぇ。リクたち、A級に昇級したのか)
冒険者たちの会話を拾いながらも、俺は受付に買取を依頼した。
俺たち“白鹿の旅人”はあまり王都に来ないので顔は知られていないのだ。それでも名は十分に売れているので、エイルーン国内で俺たち相手に馬鹿な真似をする輩はかなり減っていた。
ブルターク支部同様、ここでも大量の魔石やドロップ品を取り出すと職員たちは大慌てで作業に取り掛かった。
A級の魔石も貴重だが、それ以上にポーション系の買取が喜ばれた。
現在、ポーションが不足しているらしいので、王政府からも買取を強化するようにと、つい先日お達しがあったようだ。
(……何か入用なのか?)
ポーションが必要な事……真っ先に思い浮かぶのは戦争だが……相手は帝国だろうか? 連中も懲りないな。
俺たちパーティにポーションはあまり必要ではないので、余剰分はかなりあるのだ。それらが結構良い額になった。
ここで目標金額を余裕に越えて、パーティ資産だけでも白金貨62枚となった。これなら俺たち個人のポケットマネーから捻出せずに済みそうだ。
王都での買取を終えると俺は急いで船番所に戻った。
――――そして、現在に戻る。
「ほい。白金貨50枚。確認してくれ」
50枚収まった革袋を手渡すと、受け取った兵士の手は震えていた。そんな大金、持った経験など今まで無いのだろう。
俺たちのやり取りを後ろで見守っていた獣人の協力者たちは驚いていた。
「マジかよ……本当に用意しやがった……」
「あいつら……一体どうなってんだ?」
「俺も海賊業止めて冒険者しようかな……」
こら、そこ! 兵士に聞こえるぞ!
幸いにも、兵士たちは金額を確認するのに夢中で海賊どもの呟きは聞こえなかったようだ。
「か、確認しました! どうぞ、お通りください!」
「あ、ああ……。ご苦労様」
兵士一同、敬礼しながら見送ってくれた。これには船長もドン引きである。
「うん。やっぱこういう場面は札束で殴るのが正解だったか」
「む~、エアロカーで帰ればあっという間だし、あのお金も払わずに済んだのに……!」
「あははぁ……そう考えると、少し勿体ないかもねぇ」
「お小遣いを増やして!!」
「……ま、遺恨なく通れるなら安い買い物だろう? それとシグネ、お前はもう少し節制しろ!」
普通に贅沢しても白金貨数枚は残る計算だぞ? 一体何処に金を使ってるんだ?
シグネの将来に不安を感じながらも、俺たち一行を乗せた船はエイルーン王国に入るのであった。
そこからの旅は順調であった。
俺たちが火竜討伐を成した事実は王都のギルド支部を通じて王政府に伝わったようだ。
まずはオルクル川沿いにある街トレニエに到着した。
ここはベック男爵が治める街らしい。エイルーン王国領土内でも中心辺りに位置し、王都へは徒歩でも五日程で辿り着く距離だ。
「五日かぁ……」
「ま、鹿江からだともっと掛かるしねぇ」
今日はもう遅いので、この街で泊まることにした。
「イッシン。この街の領主様が挨拶に来ているぞ?」
「え? 領主様が?」
まさか、貴族がわざわざ足を運ぶとは思いもしなかった。
それほどまでにドラゴンスレイヤーの称号が偉大なのか、はたまたベック男爵とやらがフットワークが軽いのか……
「げっ!? わ、私は席を外れるよ!!」
領主来訪の報せを受けると、何故かレーフェンが慌てて逃げようとした。
だが――――
「――――ほう? わざわざ顔を見せたというのに、お前はまた逃げ出すのか? レーフェン」
「うっ!?」
そんなレーフェンの傍には立派な服を着た中年男性が立っていた。その背後には護衛と思しき兵士も帯同していることから、恐らく彼がベック男爵なのだろう。
「レーフェン、知り合いなのか?」
俺が尋ねると彼女はバツが悪そうな顔をした。
「…………父上だ」
「あー……なるほど?」
つまり、レーフェンの本当の名はレーフェン・ベックで、彼女は男爵家のご令嬢だった訳か。
(初めて会った時から”レーフェン”とだけで、家名を一切名乗らなかったが……)
今のやり取りだけで大体の察しがついた。どうやら彼女は実家と上手くいっていない様子だ。
ベック男爵は娘のレーフェンを一瞥するとため息をつき、俺の方へと視線を合わせた。
「貴公が“白鹿”のイッシン殿だな? 私はトレニエの領主、ラーゲン・ベック男爵だ」
「イッシン・ヤノです。初めまして」
第一印象は真面目そうな男であった。レーフェンが毛嫌いするほど悪い貴族には見えなかった。
「火竜討伐おめでとう。今回は愚息が世話になったな」
「いえ。娘さんの助けもあって、全員無事に火竜を討てたのです」
「ほぉ、あの子が……」
何か思うところがあるのか、男爵は娘の方をチラリと見た。
こうして観察してみると、どうもレーフェンの方だけが親に対して苦手意識を持っているように思えた。
「長旅で疲れただろう。全員は無理だが、何名かは迎賓の間に案内できる。今夜の宿と食事代は我が家が持とう。好きな場所で食事をし、寝泊りするといい」
「マジっすか!?」
男爵の言葉に真っ先に反応したのは海賊たちだ。
「馬鹿! あくまで討伐隊メンバーだけだ! 俺たちは船内か野外で寝泊りだ!!」
いつの間にか合流していた船長のザスゥが手下たちに待ったを掛けた。
「「「ええええ!? そ、そんなぁ……!?」」」
悲鳴を上げる海賊たち。
そんな彼らの様子を見て、男爵は困惑しながら俺に尋ねた。
「彼らも討伐隊のメンバーなのかね?」
「いえ。戦ってはいないです。ですが、ここまで火竜の運搬を手伝ってもらいました」
「ふむ。だったら彼らの分の食事代くらいは面倒をみよう。街の中央に大きな酒場がある。支払いはベック男爵家が持つと言えばよい」
男爵がそう告げると海賊たちは一斉に雄たけびを上げた。
「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」
「男爵様は話が分かるぜ!!」
「てめえら、羽目を外し過ぎて人に迷惑掛けるんじゃねえぞ!!」
「「「あいさー!!」」」
「……冒険者というより、まるで海賊だな」
男爵、正解!!
あいつらが馬鹿騒ぎして迷惑掛けようものなら、流石に実力行使せざるを得ないな。
「レーフェン。今夜は家に泊まっていきなさい。お前には大事な話がある」
「っ!? わ、私は……!」
とても嫌そうな表情をしていたレーフェンであったが、ケイヤとロイが逃げ道を塞いだ。
「レーフェン。この機会にご家族としっかり話し合った方が良い」
「ああ、ケイヤに同意見だ。それに今なら多少の我儘も通りやすいぞ?」
「うぅ……ああ、もう! 分かったよ!!」
年下の同僚二人に説得され、レーフェンはついに覚悟を決めた。
その夜は俺たち“白鹿の旅人”もベック男爵家へと招かれた。本当はディオーナも招待されたのだが、彼女はそれを丁重に断った。どうやらウルフやレオ、海賊たちと共に酒場で飲むつもりのようだ。
正直、ディオーナ婆さんが監視についてくれるのならとても助かる。これで俺たちは気兼ねなくベック男爵の招待に応じられた。
俺たちを招いての晩餐会は急遽開かれた為、貴族にしては慎ましいものであった。
それでも提供された料理はそこらの食堂よりも数ランクは上で美味しかった。
ただ、食事会というよりかは、どちらかというと火竜討伐について興味を持った男爵家の者たちが俺たちに質問をし、語り聞かせる……そちらがメインであった。
男爵家は当主のラーゲンとその奥さん、レーフェンの兄にその妻、後は弟三人という、男子の多い家系であった。その為か、火竜の戦闘シーンを語ると一同が興奮して耳を傾けていた。
火竜との戦いを語り聞かせている間、レーフェンは終始その表情を引きつらせていた。兄や弟との関係も良好なようだが、一体何が彼女をそうさせるのか……
火竜の話も大方語りつくし、晩餐会はお開きとなった。
俺たちは客室に案内され、そこで一夜を過ごした。
翌日、火竜の亡骸を運搬しながらの凱旋は午後からのスタートとなった。
俺たちも寝るのが遅かったのもあるが、一番の原因は酒場に行ったディオーナや獣人たちが原因であった。
憲兵沙汰にこそならなかったが、どうやら羽目を外し過ぎて悪酔いした結果だそうだ。朝からほとんど全員がダウンしていたのだ。
気持ち悪そうにしていたディオーナが俺に話しかけてきた。
「うぷっ……イッシン、キュアを…………」
「ディオーナさん……お年を考えて飲んでくださいよ」
「と、年寄り……扱いするんじゃ…………うっ!」
何時ものキレは無いようだ。
仕方なく、俺は体調不良者にキュアを施した。ただし、絶妙な匙加減で手を抜き、少しだけ回復する程度に留めておいた。
(ちょっとお灸を据えて置かないとな)
こうでもしないと、俺が居る時に毎回馬鹿騒ぎを起されては堪らない。
一方、夜遅くまで家族たちと話し合っていたと思われるレーフェンの表情は、実に晴々としていた。
「レーフェン、問題は解決したのか?」
「ああ。迷惑かけたね、イッシン」
事情はよく分からない。
あまり立ち入るのも無粋なのだろうが、解決した今なら尋ねても構わないだろうか?
そう考えた俺は思い切って聞いてみた。
「結局、レーフェンの問題はなんだったんだ?」
「あー、それはだなぁ……」
「……結婚が嫌で家出したんだよ。レーフェンは……」
「あ、こら! ロイ!!」
レーフェンは顔を真っ赤にしてロイに抗議の視線を向けていた。
どうもレーフェンには幼い頃から婚約者がいたようだ。これも貴族ならよくある話なのだが、どうもその婚約者が気に食わない輩だったらしく、それを疎ましく思っていたレーフェンは剣術を習い、腕を磨き、親に内緒で聖騎士団候補生の試験を受け、合格と同時に家出をしたそうだ。
当時はいきなり娘が家出をしたので、ベック男爵家は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなったそうだ。
しかも、これは男爵家の問題だけでなく、婚約相手であった子爵家の面子も潰してしまったのだ。
当時のベック男爵はそれらの問題に翻弄され、激怒した男爵はレーフェンを勘当処分とした。
だが、どうもそれは娘を思っての行動だったらしく、勘当した娘を子爵家に嫁がせる訳にはいかないと、相手の縁談を断ったらしい。男爵はそこまで娘が婚約者を嫌っているとは思わなかったそうだ。
今でもその家とは不仲なままであるが、そんなことは気にせず、自由に生きるようにと男爵はレーフェンに言葉をかけたらしい。
これでレーフェンと男爵家との確執は完全に無くなったのだ。
逃げて実家に迷惑を掛けた事をずっと負い目に感じていたレーフェンであったが、その件に関しても男爵とよく相談し、彼女の心配は無くなったそうだ。
「……ケイヤたちは事情を知っていたのか?」
「ある程度はな。私も似た境遇だからレーフェンの問題は気に掛けていた」
「え? もしかしてケイヤにも婚約者っているの!?」
「そ、そんな訳ないだろう! 縁談の類も全て断っている!! おかしなことを聞くな!」
「す、すまない……?」
何故、俺が謝る羽目になるのだろうか?
しかし、貴族の娘も大変そうだ。
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