第182話 火竜との死闘 後編

10/2 修正


【リザーブリザレクション】が初めて成功したと表現してしまいましたが

実際には既に176話で成功をしているのを失念しておりました。


大変失礼致しました。


教えてくれた方、ありがとー!






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 片翼を失い、空を飛べなくなった火竜。


 更には名波の【シャドーエッジ】によるデバフ効果で防御力も落ちている状況……



 だが、そんな状況においても“守護竜”の名は伊達ではなかった。




 グオオオオオオオオオオオッ!!


 火竜は今までにない大きな咆哮を上げると、目を血走らせながら近くにいるディオーナへと肉薄した。


「来な! 引導を渡してあげるよ!」


 クルリと槍を構えたディオーナが不敵に笑う。


 火竜は右手の鋭い爪を振るうも、ディオーナも槍を振るって攻撃を凌いだ。


「人と違って実に単調な攻撃だねぇ…………ん?」


 先ほどと同様、今度は左手の攻撃が来るかと思いきや、火竜の行動が少しだけ変化した。


 左の攻撃自体はディオーナの読み通りであったのだが、爪を振りかざした後、火竜はそのままの勢いで反転し、追加で長い尻尾を振るってきたのだ。


「チィ……ッ!」


 今までにない攻撃にもディオーナは冷静に対処しようと、一度距離を取る為バックステップで回避した、のだが……なんと、火竜の尻尾が急に伸びてきたのだ。


 これには竜と対峙した経験のあるディオーナも驚愕していた。


「なんだって!? ガッ!?」


 相手の間合いから完全に外れていたと思っていたディオーナへ、長くなった火竜の尻尾が鞭のようにしなり襲い掛かる。


 強烈な尻尾アタックを直撃したディオーナは後方へと吹き飛ばされてしまった。


「尻尾が延びた!?」

「あいつ……あんな真似も出来るのか!?」


 ドラゴンらしからぬ攻撃に俺は驚かされていた。



 火竜は再び巨体を回転させながら、俺とケイヤの方へと振り向いた。


 しかも奴は尻尾攻撃で回転中、口に魔力をチャージしていたのだ。


「今度もブレスか!?」

「いや、違う! 大火球の方だ!」


 しかも予想よりだいぶ早い。あれを放つにはもっと時間が必要だった筈だが……



 俺とケイヤは慌てて左右に散って離脱した。そんな二人の丁度中間地点に大火球は着弾した。


 直後、辺りは炎と轟音を撒き散らせながら大爆発を巻き起こした。


「ぐっ……くぅ……!」


 俺は爆風で吹き飛ばされながらも、なんとか地面へと着地する。


(大火球を放つタイミングが早すぎる! いや……そうか! あれは大火球じゃないな!)


 以前に上空から観測していた大火球はもっと凄まじい破壊力と爆風であった。技は似ているが……大火球ならこの程度の威力では済まなかった筈だ。


 恐らく火竜はチャージする時間を削り、威力よりスピード重視で放ったのだろう。


(言うなれば中火球ってところか!)


 火竜はそこらの魔物より知能が高いのだろう。状況に応じてきちんと魔法を使い分けている。


 しかも奴は、俺とケイヤが吹き飛ばされている内に、既に次弾の準備へと入っていた。


「またチャージ中か!?」


 今度はさっきよりもタメ時間が長い。


(ブレスか!? 今度こそ、本気の大火球か!?)


 俺は急いで回避する為の姿勢を取っていたが、火竜の口は中々開かなかった。


「おいおい、どこまで溜めて…………え?」


 火竜が少しだけ口を開いた。


 その瞬間――――


「――――っ!?」


 悪寒を感じた俺は咄嗟に右横へと飛び込んだ。


 火竜の僅かに開いた口から発光したと思ったら、そこから紅く細い光線が発射されたのだ。


 まるでレーザービームのような紅い光線は、俺の左腕を超高熱でもって焼き斬った。


「あ“あ”あ“あ”ああ!?」


 とんでもない激痛に俺は悲鳴を上げてそのまま右方向へと転げまわるも、このままでは拙いと本能的に身体を動かし、地面を転がりながらも体勢を整え、すぐに起き上がって走り出した。


 片腕を失った状況に泣き叫びたかったが、今はそれどころではない。


 そんな俺の後を追うようにして紅いビームが追跡してきていたからだ。


「ぐぅ!?」


【捜索】スキルをONにしていた効果か、背後に迫る敵のレーザー位置を察知した俺は再び地面へと伏せた。


 そんな俺の頭上スレスレを火竜のレーザービームが通過していき、そこで漸くその攻撃は終わった。



 俺は左腕を治癒するのと同時に火竜の方を睨みつけながら、今の攻撃について分析していた。


(ぐぅ……! お、恐らく今のもブレスだ! ただし、口を狭めて発射口を限定し、まるでビームのように炎を集束して発射したんだ……!)


 ビームと言っても光のような出鱈目な速度ではなかった。


 ブレスとは違って広範囲ではない分、ビームが来ると分かっていれば至近距離でもギリギリ避けられそうではあった。


 あくまでこちらが万全の態勢ならば、だが……


 それに、力が集約されている分だけ威力も高い上に、ブレスよりも少しだけ長い時間を照射し続けられるようだ。


 あれはあれでかなり厄介だ。


(あのビームで頭を貫かれたら蘇生できないかもしれない)




 だが、なんとか奴の新技をも回避し、再びこちら側の反撃チャンスとなった。


 狙われていた俺に代わり、既にケイヤにシグネ、ロイたちが動いていた。


 一時的に戦線を離脱しているディオーナに代わり、三人は着実に火竜へとダメージを与えていた。


 名波も引き続きデバフ攻撃である【シャドーエッジ】を火竜に投げ続けている。



 一方で火竜はというと、なんとこの状況下で再びチャージを始めていた。


「「「なっ!?」」」


 これには攻撃中であったケイヤたちも驚いていた。


 火竜もある程度のダメージは覚悟の上でこちらを確実に殺す気だ。火竜からは既に最初に見せていた余裕の態度は一切見られない。あちらも相当必死なのだろう。


「気を付けろ! また奴の大技が出るぞ!!」

「ちぃ……!」


 ケイヤたちは慌てて火竜から距離を取った。


 ディオーナは火竜の尻尾攻撃をモロに受けて吹き飛ばされたままだ。かなり遠くまで飛ばされたのか、それとも重傷なのか……まだ戻ってきていない。



(次はなにを飛ばしてくる!?)


 ブレスか!? 大火球か!? それともビームか!?


 俺は火竜の口元を最大限に警戒していた。


 ……故に、それ以外の場所への警戒を怠ってしまっていた。


「矢野君!? 下!!」

「――ッ!?」


 名波の警告を聞いた俺は瞬時に地面を見た。


 俺の【捜索】スキルも地中から接近するモノを察知したのだが、速すぎて身体が反応するのが僅かに遅れた。


 なんと、地面から火竜の尻尾が突き出てきたのだ。


(奴の尻尾!? 地面から伸ばしていたのか!?)


 俺は火竜と正対している為、背後にある奴の尻尾までは見えなかった。逆に背後に回っていた名波だからこそ、奴の意図にいち早く気づいて警告してくれたのだ。


 俺は咄嗟に避けようとするも間に合わず、飛び出た尻尾をまともにくらい、天高くに打ち上げられた。


「ガハッ!?」


 凄まじい威力ではあるが、俺ならヒールですぐに癒せる。身体の方は大丈夫だ。大したダメージもない。


 だが……問題はそこではなかった。




 今の俺は空中で身動きが取れない状態だ。



 対して火竜はたった今、チャージを終えたばかり。



 奴の視線は…………完全にこちらへと向けられていた。



(あ。これ……死んだわ)


 間違いなく俺の方にブレスか先程のビームが飛んでくるだろう。そして、空中にいる俺にはそれらを回避する手段がない。


(防御……? 防げるか? あのブレスを?)


 戦闘開始前、俺は仲間たちにブレスや大火球に警戒するように言っていた。あれをまともに受ければ骨すら残らず蒸発してしまうからと口を酸っぱくして警告し続けていた。


 まさか、そんな自分がヘマをやらかすとは……


 ブレスで焼かれ骨も残らないのでは、俺の【リザーブヒール】と【リザーブリザレクション】コンボでも、最早どうする事も出来ないだろう。



 火竜は口を大きく開いた。どうやら俺の死因は火竜のブレスで決定らしい。


(万事休す、か……)


 俺が死ぬ覚悟を決めた時――――


「――――イッシィィィンッ!!」


 上空から雷が迫って来た。


 いや、違う。


 雷を纏った佐瀬が叫びながら落ちてきたのだ。


 恐らく佐瀬が自信の切り札【ライズ】を使い、エアロカーから全速力で飛び降りて俺の救援に来たのだろう。


 超高速で天から落ちてきた佐瀬がこちらに手を伸ばす。俺は咄嗟に彼女へと手を伸ばし……その手を掴んだ。



 雷魔法【ライズ】は術者の身体能力……特にスピードを上げる魔法だ。


 更に発動中は強力な雷を纏った状態になる為、攻守共に近接戦闘向きの状態へと変化するのだ。


 つまり……



 ビリビリビリビリ


「いてててててえぇっ!?」

「我慢しなさい! 馬鹿!」


 佐瀬に引っ張られている状態の俺は見事に感電していた。


 そんな俺たち二人の脇を火竜のブレスが掠め通る。


 俺と佐瀬は地面に着地……いや、半分墜落する形でブレスを回避した。


「あぶねぇ……間一髪だった……」

「良かった……! イッシン……私、ようやくアンタを助けられ……っ!?」


 涙目の佐瀬が声を震わせながら俺に顔を向けた瞬間――――


 ――――俺たち二人の身体を火竜のビームが貫いた。


「かはっ!?」

「…………あ?」


 俺たち二人は揃って地面へと崩れ落ちた。


「矢野君!? 彩花!?」

「いやあああああ!?」

「イッシン! サヤカァ!?」


 どうして……?


 一体何故……?


 ブレスを放った直後で大技は放てない筈では……?


 俺は胸を貫かれて横たわる佐瀬の死体を見つめながら、自分たちに何が起こったのか考えようとするも、徐々に思考が低下していく。意識が遠のいていくのを感じた。


(まずい……意識が……)


 先ほどは死を覚悟していた俺であったが、このまま死んでは折角助けてくれた佐瀬に対して申し訳なかった。


 もう、こうなったら【リザーブリザレクション】が成功してくれることを願うしかあるまい。


(佐瀬……皆、すまん……)


 やがて視界は完全に真っ暗になり、音も聞こえなくなった。


 既に痛みも感じない。安らぎと恐怖が混同している……


(これが……死か…………)






 …………何も感じなくなったはずの五感が、再び光と熱を感じ始めた。


「――――ハッ!?」


 気が付いたら俺は目覚めていた。


 身体は……無事だ。何処にも異常は見当たらない。


 貫かれた筈の胸部も完全に癒えているが、服に開いた穴だけが、先ほど起こった光景が決して夢ではないのだと訴えかけているようだ。


「……生き返った、のか?」


 先程まで用意していた筈の予約魔法【リザーブヒール】と【リザーブリザレクション】が完全に消えているのを感じ取った。恐らく自動発動したのだ。


 これで俺が復活したのは二度目だが、死に方によっては蘇生しない可能性もある為、冷や冷やさせられた。


 また、死んだ後の死体蹴り行為などでも復活魔法が御破算となる点も否めないので、この予約魔法に頼りすぎるのは大変危険なのだ。



「そうだ! 佐瀬!?」


 俺は急いで目の前で横たわっている佐瀬へと駆けつけた。


 彼女も俺と同じく胸部を貫かれており、既に絶命していたが……


(良かった! 死んでいるが遺体に大きな損傷もない。十分、蘇生可能な範囲だ!)


 急いで蘇生しようと思ったが……ここはまだ死地であることを思い出す。


 今は彼女の遺体修復だけに留めておいて、マジックバッグ内に佐瀬を避難させるべきか判断に迷う。



 まずは佐瀬の身体をヒールで癒しながら俺は周囲の状況を確認した。


 俺が死んだと思ったのか、ケイヤたちは泣きながら必死に火竜へと挑み続けていた。だが、火竜も相当しぶといのか、あちこち血を流しながらも、今なお激闘を繰り広げている最中だ。


「…………【リザレクション】」


 悩んだ末、俺は佐瀬を今すぐに生き返すことを選択した。万が一、再び俺が倒れれれば、それと同時に佐瀬の死も確定してしまうからだ。先に復活させておいた方が良いだろう。


「う、うーん……」


 佐瀬は俺より深刻なダメージだったのか、すぐに目を覚ましそうにはなかった。


「イッシン!」

「……っ!? レーフェン、無事か!?」


 上空から声がしたので見上げてみると、ゴーレム君がレーフェンを抱きかかえながら地上に降りて来ている最中であった。


 無事に着地したレーフェンに俺は尋ねた。


「エアロカーはどうした?」

「それが……急に墜落しそうになって、ゴーレム君が……」

「あ! そうか……」


 操縦者である佐瀬が死んだのだ。エアロカーはコントロールを失って何処かに墜落したのだろう。空を飛べるゴーレム君が咄嗟にレーフェンを回収したのだ。ナイス判断だ。


「丁度良い。佐瀬を頼む!」


 俺は気を失っている佐瀬をレーフェンたちに預けた。


「あ、ああ! 任せてくれ! イッシンは?」

「俺は……俺と佐瀬の敵討ちをしてくる!」

「……へ?」


 どうやらレーフェンは俺と佐瀬が一度死んで蘇った状況を見ていなかったようだ。誤魔化す手間が省けて助かった。



 俺は眠っている佐瀬をゴーレム君に預けると、落ちていたノームの魔剣を握り締めた。


「あのトカゲ野郎……もう許さねえ!」


 何時の間にかディオーナも戦線復帰していた。何処か怪我でもしているのか、普段より彼女の動きが鈍そうだが……命には別状ないようだ。



 戦況は徐々にこちら側が優勢になってきているが、火竜は一発逆転の大技を持っている。油断はできない。



 俺は念のため、【リザーブヒール】と【リザーブリザレクション】を掛けなおしてから、火竜のいる方向へと駆け出した。


「――――火竜! 俺が相手だ!」


 俺は真正面から火竜に挑んだ。


 グルゥッ!?


 殺した筈の俺が生きていた事に驚きでもしたのか、火竜は短く唸った。


「イッシン! 無事だったかい!?」

「ディオーナさんもお元気そうで!」

「ふん! この老いぼれ、そう簡単にくたばってはやらないさ!」

「あまり無理はしないでくださいね?」

「年寄扱いするんじゃないよ!」


 俺はディオーナと共闘しながら彼女を治療した。


 ケイヤや他のメンバーたちにも近づいてヒールをかけていく。



 これでこちらはすっかり万全となり、逆に追い詰められた火竜は一発逆転の賭けに出た。


(そうだ! そうするしかないよなぁ?)


 火竜がチャージ態勢に入った。


 このまま構わず全員で猛攻撃すれば恐らく倒せるだろうが、万が一殺しきれずに至近距離で大技を受けるとかなりまずい。


 そんなリスクを負う役目は俺一人で十分だ。


「全員、離れろ! 巻き添えを食うぞ!」

「――――!? 退避するよ!」


 俺とのパーティ歴が長い名波はそれで察したのか、近くにいたメンバーに声を上げながら自身も火竜から急いで離れた。


 ケイヤも不安そうにしながらも下がり始めた。


「イッシン! 無茶するなよ!」

「無茶せず竜を狩れるなら無茶はしないさ!」

「くっ! ええい! 死なない程度に無茶をしろ!」


 俺だって死にたくはない。


 別にここで無理をせず、俺も一度下がり、火竜の大技を回避してから全員でボコった方が安牌だとは正直思う。


 思うのだが…………


「それじゃあ格好つかないよな?」


 俺たちは竜を倒す事を目標にしているが、正確には”竜を倒してドラゴンスレイヤーの名声を得る為”に死闘を繰り広げているのだ。


 今後、俺たちの冒険譚はエイルーン王国を始め、様々な者たちが語り継いでくれることだろう。


 その死闘内容が「皆で火竜をボコってヒット&アウェイで削り殺しました」というのは……どうにも締まらない。竜殺しの英雄がそれでいいいのか?


(英雄とか……ガラじゃあないんだけどなぁ)



 グオオオオオオオ……!


 瀕死の火竜は命がけで起死回生の一発を放たんと口に魔力を集めていた。


 火竜からしたらとんだ災難だったろうが、せめて最後くらいは派手に散らせてあげよう。


 俺は敬意をもって火竜と対峙した。


「さあ……来い!」


 多分、次来る攻撃はブレスか大火球だ。


 先ほどのビーム攻撃で俺を殺せなかったのだ。賢い竜はそれ以外の攻撃方法を選択してくるだろう。



 俺の読みは正しかったようで、火竜はその獰猛な口を大きく開けた。


 その瞬間、俺は全速力で火竜の口内目指して飛び込んだ。


 ――――ガアッ!?


 まさかこれから超高温の炎を吐き出す己の口に飛び込んでくる馬鹿がいるとは火竜も思わなかったのだろう。


 さっきまでの俺自身も「何を馬鹿な真似を……」と自分自身を罵っているに違いない。


(うわ!? 流石に熱いな……!)


 奴の喉奥から炎が吐き出されんとしている状況で口の中に身を投じたのだ。既にこの場所も超高温で、俺は肌を焼かれる痛みに耐えながらも、一度チートヒールで全身を癒してから、俺はとある魔法名を口にした。


「くらえ――――【ウォーター】!!」


 それは最下級に位置する水魔法である。



【ウォーター】


 本来は水を生み出すだけの魔法で、攻撃用には使われず、主に飲料などに用いられることが多い。遠出をする際には、【ウォーター】習得者がいると大変有難がられるのだ。


 凄腕の魔法使いならば【ウォーター】による水圧で相手を吹き飛ばすことも可能だが…………俺がそれを全力行使すると果たしてどうなるだろうか?


 答えは……やはり暴発する。


 俺の尋常ではない魔力量は俺のクソ雑魚魔法技術では御しきれず、回復魔法以外は力を出しすぎると例外なく暴発を引き起こすのだ。


 では、最弱の水魔法は一体どのように暴発するのかというと……まず水量がとんでもないことになる。



 ――――ドパァッ!!


 俺の周囲に物凄い勢いで水があふれ出た。わざわざ掌をかざして魔法名を唱えたにも拘らず、それを無視してあらぬ方向から水が湧き出てくるのだ。


(せめて出す方向くらいこっちに決めさせろよ!?)


 しかし、制御できないのだからどうしようもない。


 水量はおろか、放水位置まで定まらないのでは、水魔法の全力実戦使用はやはりできそうにはない。


 以前のヒュドラ戦や今回の火竜戦のように、相手の体内に潜り込んで、全方位が目標物という状況でもなければ…………



 突如自身の口の中から大量の水が溢れ出て、火竜は大混乱していた。


 火の魔法は水に弱い。


 そこに科学的な要素は一切関係なく、魔力量のみが優劣を左右する。火と水、互いに同等の魔力量で出された場合、圧倒的に水属性の方が有利なのだ。



 更に俺の暴走水魔法はそれだけには留まらなかった。


(やはりか!?)


 俺の全力【ウォーター】は……何故か凍ったりもする。


 水属性の魔法には氷系の魔法も多数あるが、本来の【ウォーター】は凍ったりはしない。


 どうやら俺の暴走ウォーターは温度調整も不可能らしく、しばらくすると凍ったりもするのだ。


 そうなるともう手が付けられない。


 先ほどまであちこち放水していた俺だが、今度は俺の体を含めてあちこちが凍り始め、更に周囲には氷の槍や矢が飛び交うようになる。


 こうなると大変危険だ。四方八方に氷の魔法が暴発するのだ。


(これじゃあまるで……俺が“氷糸界”じゃねえか!?)


 周辺を氷の世界に変えてしまう八災厄の魔物――――“氷糸界”カルバンチュラ


 今の俺は奴と似たような真似をしていた。


 俺が水魔法を全力使用するとこうなることを“白鹿の旅人”の仲間たちは知っている。だから名波は慌てて逃げたのだ。



 本来なら俺自身も一瞬で凍ってしまう大変危険な行為なので、普段は絶対にやらないのだが……ここには丁度良い塩梅の暖房器具が存在した。


 グガアアアッ!?


 そう、火竜である。


 自身の口内から徐々に凍っていく火竜は慌てふためいていた。


 既に己の必殺技であるブレスを放っているも、それに拮抗する形で俺の水魔法が立ち塞がっていた。それが逆に俺が凍り付くのを先延ばしにしているとは知らずに……


「悪いな、火竜。真正面からって格好つけたつもりだけど……こんな自爆技みたいな真似で討ってさ…………」


 まぁ、タコ殴りで削り殺すよりかは死闘っぽいだろう?


 ブレス攻撃が途切れた瞬間、瀕死の火竜も俺ごと凍り付くことだろう。


 グギャアアアアアアアアッ!?


 己の死期を悟った火竜は悲鳴に近い咆哮を上げると……遂には頼みの綱であるブレスが途切れてしまった。


 そこからは凍り付くのが早かった。


 俺と火竜は周辺を巻き込み一瞬で氷像と化してしまったのだ。








 名波がマジックバッグからガスバーナーを取り出し、仲間たちで手分けしながら氷を溶かしてくれた。


 数十分後には、俺は凍った火竜の口内から無事に救助された。



「さ、寒い…………っ!」

「もう! イッシンにぃ、無茶をして……!」

「あ、シグネちゃん? ちょっと……ガスバーナー近すぎ……あちぃ!?」


 魔法で凍ったモノを魔法の炎で溶かすのは難しいが、魔法とは関係ない火を使ってだと解凍は早い。不思議な現象だが、魔法と科学が混在するこの世界ではこうなのだと思って受け入れるしかあるまい。


「しかし……あんな凍った状態で長時間……よく無事だったな」

「ま、まぁな……」


 ロイの言葉に俺はお茶を濁した。


(実はもう一回死んでたんだけど……)


 念の為に掛けなおしておいた【リザーブヒール】と【リザーブリザレクション】が消えていた。凍り付いた俺はどうやら一度凍死したらしい。


 一瞬意識が戻ってからは、死なないよう何度もヒールを繰り返していた。


 救助されるまでは寒さと凍傷で地獄のような時間であった。


(もう二度とやらねえ……!)


 前にも似たような決意をして、また同じような自爆技をかましている自分が居る気もする。


 俺の無駄にある魔力……どうにか攻撃に転用できないものか……


「火竜はどうなった?」

「死んでるよ。スキルで確認したから間違いない」

「鑑定でも確認したよ!」


 名波とシグネがそう言うのなら間違いないのだろう。



「イッシン……」


 浮かない顔の佐瀬が温かい飲み物を俺にくれた。


「お? 佐瀬、サンキュー!」

「ごめん。私……結局、アンタを助けられずに……」

「何言ってんだ? ブレスから助けてくれただろう。あれは流石にヤバかったぞ! ありがとうな!」

「そ、そう? それなら良かった……!」


 何時になく佐瀬はしおらしい。


(もしかして……俺に負い目でもあるのか?)


 確かに俺は何度も佐瀬の命を救ったが、それはお互い様だ。俺たちは仲間なのだから。


 それにさっきの救援はマジで助かった。もし仮に火竜のブレスで全身焼かれていたら……恐らく蘇生も出来ずに詰んでいただろう。



 後で聞いた話だが、あの時の火竜は、佐瀬によってブレスを避けられたと判断した直後、なんと口を一旦閉じて、残った火力をビーム攻撃に切り替えて俺たち二人を撃ち抜いたらしい。


 なんとも頭の回る恐ろしい奴だ。


 火竜はしつこいくらいに俺を狙っていた。もしかしたら潜在的に俺の魔力量を感じ取って警戒していたのかもしれない。


 予約蘇生魔法なんてチートが無ければ、少なくとも俺と佐瀬は死んでいた。



 かなりの死闘であったが、俺たちは見事に火竜を討ち取ったのだ。

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