第181話 火竜との死闘 前編

 大事な火竜戦を控えた俺たちの前に、また厄介な者たちが現れた。ウミネコ団と呼ばれる猫科の獣人族で構成された海賊たちである。


 その海賊団の実態は港町エメリブのスラム出身者で構成された義賊団で、そこまで残虐非道な連中ではない……らしいのだが……


(俺には判断できないな)


 佐瀬に持たせてある“審議の指輪”であれこれ尋問すれば分かる話だろうが、別に俺たちは獣人族の役人でもないし、獣王国の治安を維持する為の義務も全くない。


 例え目の前のこいつらを見逃したとしても、なにも文句を言われる筋合いは無いのだが…………



「…………わざわざ船でここまでやって来たということは、仮に俺たちがお前らより弱ければ、金品の類を全て強奪して、あとは海にでも放り投げたって解釈でいいよな?」

「そ、そこまではしていない! せいぜい船も食料も最低限残して追い返すくらいだ!」

「ふーん……」


 相手の話を信じるつもりはないが……彼らは略奪行為自体は否定しなかった。


 例えばここで「海賊行為は一切するつもりはなかった」なんて言い訳でもされていたら、俺はこいつらを全く信用できなかったが……


(分かり切った嘘をつかれるよりかはマシか)


「だが未遂とは言え、俺たちを襲おうとしたのは事実だ。罰としてそれなりの対価を払ってもらうぞ」

「ぐっ……! ……どの程度だ?」

「お頭!?」


 鑑定持ちである虎族のお頭は俺たちの強さを知っているが、他の船員たちは納得していなさそうだ。まぁ、見た目から判断すれば、俺たちの力を見誤るのも無理はなかろう。


 手下たちの浅慮を察したお頭が声を荒げた。


「馬鹿野郎!! こいつらは只者じゃねえ!! まともにやり合えばこちらも死人が出るぞ!!」

「そ、そこまでの連中ですかい……?」

「お頭が……そう言うのなら…………」


 手下たちもお頭の人を見る目が確かな事は熟知しているようで、彼の言葉で渋々と矛を収めた。


「あー、ちなみに忠告しておくが、俺たちの船には俺より強い婆さんと俺くらいに強い仲間たちがあと数人、それに加えてA級クランの”ワイルドウォリアー”のメンバーもいるぞ?」


 俺がこちらの戦力を正直に告げると海賊たちは慌てだした。


「な!? お前より強い奴までいんのか!?」

「ワイルドウォリアー!? なんで連中が……!」

「くそが!! 見張りの奴、碌に調べもせずに情報を寄こしやがったな……!」


 やはり彼らは俺たちの素性どころか、同じ獣人である“ワイルドウォリアー”が同行していることすら把握していなかったようだ。完全に襲う相手を間違えたようだ。



 俺の話を聞いたウミネコ団は全員大人しく軍門に下った。








「やはりザスゥか……!」

「ウルフ! ちっ! お前らが同行してるって話はやはり本当だったか」


 俺は人質の意味も込めて虎族のお頭だけを船まで連行してきた。


 虎族の男はザスゥという名らしく、ウルフとは顔見知りのようだ。


 ウルフの話によると、どうやら二人とも同じスラム出身らしく、若い頃のウルフは年上のザスゥに色々と面倒を見てもらっていた時期もあったらしい。


 今でこそ冒険者と海賊団という立場に分かれてしまったが、ウルフはザスゥに対してそれなりの恩義を感じているようだ。



「……で? この人ら、結局どうすんの?」


 佐瀬に問われた俺は少し悩んでから答えた。


「兵に突き出したりするつもりはないが、俺たちを襲おうとした分くらいの働きはしてもらう」

「ああ。この連中にも火竜の死体を運ぶのを手伝ってもらうつもりだね?」

「そういうことです」


 ディオーナの言葉に俺は頷いた。



 一応この船だけでも牽引できるよう色々と準備はしてきたつもりだったが、相手は大型の竜種であり、その素材は貴重品の塊である。雑に運んで火竜の素材を海の魔物に食べられたりするのは極力避けたい。


 俺たちの船を追跡する形でウータンたち他の冒険者の存在もあるので、ウミネコ団にはワイルドウォリアーと共に、火竜運搬とその警護を任せようかと考えていた。



「まさか、火竜の守り人である俺たちが討伐の片棒を担がされる羽目になるとはな……」


 愚痴を零したザスゥをウルフは鼻で笑った。


「ふん。守り人だなんて所詮、自称なだけだろうが。ザスゥ、アンタは寧ろ火竜が嫌いだと思っていたがな?」

「…………ふん、覚えていたか」


 これは意外。


 ウミネコ団の火竜信仰は口だけの者が多いと聞いてはいたが、船長自身が逆に忌み嫌ってまでいるとは……



 己の心情を暴露されたザスゥは口を開いた。


「大体、あんな化物を守る必要が何処にある? 強すぎて誰も倒せっこねえさ! あいつが南の海域でのさばっているせいで、エメリブの漁師たちはオチオチと漁業もできねえし、近海の島にも一切手が付けられねえ! それなのに、町の年寄り連中は火竜に祈りを捧げろだと? 現実が全く見えてねえ!!」


(うーん、海賊がそんな事を言ってもねぇ……)


 しかし、近海の島にも手が付けられないとは……火竜は思っていたより行動範囲が広いみたいだ。


「あの竜は棲み処の島から頻繁に出てくるのかい?」


 ディオーナも気になったのかザスゥに尋ねていた。


「そこまで活発に行動はしてねえがな。普段は例の島に潜んでいるみたいだが、腹が減った時だけ出てくるんじゃねえのか? 近くの島の森は全て奴の餌場になってるのさ」

「へぇ、なるほどねぇ。ちなみにその竜は人も食うのかい?」

「……いや、あまりそういう話は聞かないが……近づけば容赦なく燃やされちまうな」


 ふむ? あの火竜は人を食べないのか?


(もしかして、案外良い竜なのでは?)


 ファンタジーあるあるだが、大抵の竜は強いだけでなく知性が高くて人語を理解したりする。中には主人公などに協力的なドラゴンも出てくるが……


「ねえ、もしかしてその竜、良いドラゴンなのかな?」


 俺と同じ考えに至ったシグネがそう発言すると、それに真っ先に反応したのはザスゥであった。


「あいつが良いドラゴンだって!? まさか! あいつは俺たち人間を餌だとも思ってねえよ! ガキの頃、漁師だった俺の親父も船ごと燃やされて殺されちまった!」

「それは……不用意にドラゴンのテリトリーに近づいたからじゃなくて?」


 名波の質問にザスゥは首を横に振るった。


「いいや、関係ないな。そもそも奴の縄張りが何処までかなんて俺たち人間が知るかよ!」

「ま、竜に限らず、強い魔物は大体そうさね。腹次第、気分次第で人を食べるし襲いもする。理由があろうとなかろうと、ね」


 まるで虫扱いだな。人は鬱陶しければそれらを払うし、視界に収めれば無害でも処分する。食べる為に殺すわけではない。


 竜にとっては俺たち人間がそうなのだろう。


「本当かどうか知らないけれど、竜にとって人は美味しくないって噂だねぇ。だから多分、気に食わないから襲うのだろうさ」

「……お互い様ということか」


 俺たちの討伐動機もぶっちゃけると名声を得る為なのだ。竜の立場からしたらそこに正当性は一切ない。


 流石に相手が無抵抗であったり逃げ出したりした場合には討伐も改めるが……恐らくそんな事にはならないだろう。あの強い火竜が俺たち下等種族から逃げ出す理由が無い。


 シグネは【ブリーダー】というスキルを所持しており、野生の魔物限定で親密性を高められるのだが、相手が敵意や殺意を抱いているとそれも難しいらしい。


 魔物が自分に対してどのような感情を抱いているのか、シグネにはそれがなんとなく分かるらしいのだが、人間に懐く可能性のある魔物は驚くほど少ないようだ。


 特に強い魔物ほど殺意が高い傾向にあるらしいので、火竜との戦闘は避けられないだろう。


 ちなみにダンジョン産の魔物は絶対に懐かないし、【テイム】スキルも意味が無いそうだ。




 余計な時間を取られたが、船は再び南へと進み始めた。








 いよいよ目的地である火竜の島が見えてきた。


 ここから島の場所までかなりの距離はあるが……これ以上接近すると火竜のブレス攻撃が届く可能性もあるので、少し遠めに船を停めた。



「本当にここでいいのか? まだ大分距離があるぞ?」

「問題ない。移動手段はあるから」


 船長にそう告げた俺は仲間たちへと視線を向けた。


「準備はいいか?」

「勿論!」

「問題ない!」

「さぁ……やるよ!」


 佐瀬、ケイヤ、ディオーナから力強い返答が返ってきた。


 俺がマジックバッグからエアロカーを取り出すと、討伐隊メンバーは順々に乗り込んだ。ゴーレム君は佐瀬のマジックバッグ内で待機状態だ。彼の巨体だとメンバー全員が乗れなくなってしまうので、後でご登場してもらう。


 全員乗ったのを確認した佐瀬はエアロカーをゆっくり上昇させた。


 今回、火竜との戦闘中では佐瀬がエアロカーを管理する手筈となっていた。既に動力である魔法の黒球には佐瀬の魔力を大量に籠めてあるので、今は彼女が操縦権を握っていた。


「おお!?」

「う、浮いた……!」


 空飛ぶ乗り物を始めて見たウルフたちは驚いていた。


「イッシンの兄貴! 頑張ってください!」

「え? あ、ああ……!」


 牛族のレオから兄貴認定されてしまった俺は戸惑いながらも、彼の激励に応じた。


「頑張れよー!!」

「あんな火トカゲに負けんじゃねー!!」

「頼む! あいつをぶっ倒してくれぇ!!」


 意外な事に、冒険者たちだけでなく、海賊たちからも激励を受けた。どうやら火竜に対して恨みを持っている者は少なからず居るようだ。


「行ってくる。留守は頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ!」


 ウルフに船を任せて俺たちは火竜の島へと飛び立った。








(…………!)


 六日間以上眠り続けていた火竜は唐突に目を覚ました。


(…………)


 己の棲み処である小島に何者かが近づいて来るのを察知したからだ。


 魔物の中には人とは似て異なるスキルや魔法を所持する個体がおり、この火竜も名波の【感知】に近いスキルによって接近する者たちの存在に気が付けた。


(…………)


 恐らく強敵。脅威にはならないだろうが、しかし面倒そうな相手。多分、人間という種族だろうと火竜は当たりを付けた。


 人間は小さく弱い生き物だが、稀に厄介な存在がいることを火竜は知っていた。つい三か月前にも自分から逃げおおせた人間がいたことは記憶に新しい。


(…………)


 人間は骨が多く、硬い物を身に付けているので少しだけ食べづらい。その上、肉の味も美味しくないので積極的に狩るような存在ではないのだが……数が多くて鬱陶しいので、見掛けたらなるべく燃やすことに決めていた。


(…………!)


 この島は活動中の火山があるので温かく、外敵も少なくて大変過ごし易いのだが……自分の眠りを妨げるのならば容赦はしない。



 火竜は侵入者を灰にせんと巣穴から飛び立った。








「来たよ!」


 名波が声を上げたのと同時に、大きな赤い竜が山の麓から飛び出てきた。


 グォオオオオオオオオー!!


 ビリビリと、火竜の雄叫びが周辺の大気を震わせた。


「――――っ!? あれが……守護竜!」

「噂通りのとんでもない化物のようだねぇ!」

「ああ……!」


 初めて生で見る火竜の姿にケイヤたち聖騎士トリオは武者震いしていた。


「――――っ!? 彩花!」

「分かってる!」


 名波が警告を発した直後、火竜の周囲から炎の矢が出現してこちらに向かってきた。


 その数、合計八本


「全員、掴まって!」


 佐瀬はエアロカーを急速旋回させて炎の矢を躱そうとした。


「ちぃ! やはりアロー系か!」


 俺たち人間の使う魔法と同系統である追尾性能のある炎の矢だ。


 ただし、その威力は人間のそれとは桁違いで、一発でも直撃したらエアロカーが大破する危険性があった。


「撃ち落とすぞ!」

「ええい!」


 魔法を扱える者たちが炎の矢に向かってそれぞれの魔法を放つ。


 なんとか全ての矢を迎撃、または躱すと、なんと火竜がこちらに向かって飛んで来た。


「直接攻撃する気か!?」

「望むところさね!」


 いよいよ近接戦闘組の出番である。


 だが、ここはまだ上空で奴の領域。アドバンテージは向こうにある。


「佐瀬!」

「もう! 忙しいわね!」


 佐瀬は器用にもエアロカーを操縦しながら既に魔法の準備を終えていた。


 エアロカーを急速後退させながら佐瀬は雷の上級魔法を唱えた。


「――――【サンダーストーム】!!」


 複数の凄まじい落雷が火竜へと襲い掛かる。


 ――――っ!?


【サンダーストーム】は複数の超強力な雷を上空に出現させて地面に落とす魔法だ。故に空に目標物がある場合、発動した瞬間に着弾する。


 グアアアアアアッ!?


 流石の火竜もこれは避けられまい。


 しかも佐瀬の魔力量による上級魔法は火竜にも効果があったようで、強烈な雷を複数、上空でモロに食らっていた。


 ただでさえ最速の雷魔法が上空だと回避不能であると悟った火竜は慌てて低空を飛び始める。


「よし! これで奴の上を取ったぞ!」

「でも【サンダーストーム】はあまり連発出来ないわよ!」

「ああ、ここぞという時で使ってくれ!」


 まだ痺れが取れないのか、火竜は少しだけふら付きながら低空を旋回していた。


「お先に行くよ!」


 それを好機と捉えたのか、ディオーナが先陣を切ってエアロカーから飛び降りた。相変わらず大胆不敵な婆さんである。


「俺たちも行くぞ! 佐瀬とレーフェンはエアロカー上空で待機。俺たちが飛び降りたらゴーレム君を出しておけよ」

「ええ! イッシン、気を付けて……!」

「ああ!」


 ディオーナに続いて俺とケイヤもエアロカーから飛び降りた。


 その後をシグネとロイが【エアーステップ】を利用して軽快に降りてくる。


(名波の姿が見当たらないが…………あ! あそこか!)


 彼女は既に地上におり、岩陰に潜伏して火竜の様子を伺っていた。恐らく【シャドーステップ】を利用して火竜の影にでもワープしたのだろう。



 最初に降りたディオーナは既に火竜と接近戦を展開していた。


「久しぶりだねぇ! さぁ、三か月前のリベンジマッチだよ!」


 グオオオオッ!!


 既に火竜の方も雷による痺れは抜けたようで物凄く元気だ。巨体に似合わぬスピードで槍を持つディオーナ相手に前脚? 両腕? の爪で応戦していた。


(しめたぞ! 地上戦でやり合うつもりか!)


 相手は空を飛ぶドラゴンだ。空から一方的に砲撃されるのが一番厄介なシチュエーションであったが、初手の佐瀬の魔法で空中戦に懲りたのか、俺たち人間にとってはやり易い地上戦を行っていた。


「奴を空に飛ばせるな! 翼を狙え!!」

「心得た!」


 俺とケイヤも参戦する。


 火竜はディオーナから俺へと視線を向けると、翼で払うかのように俺へと攻撃してきた。


 それを俺はノームの魔剣で迎撃する。


「ぐっ……!」


(重い……! それに……とんでもなく硬い!?)


 チャンスだと思って翼を斬り裂くつもりで剣を振るったというのに、逆にこちらが押し負けてしまった。


 俺が後方に吹き飛ばされると、入れ替わるように今度はケイヤが火竜へと飛び掛かった。


 だが……


「くっ!? 斬れないか……っ!」


 やはり竜の翼を傷つけることは叶わなかった。


「適当な場所に攻撃するんじゃないよ! 極力薄くて柔らかい場所を集中して狙いな!」


 そうアドバイスしたディオーナは槍を火竜の右翼へと突き立てた。その位置は浮き出た骨格からも遠く、丁度翼の薄い箇所であった。


 グアアアアアッ!?


 ディオーナの槍はしっかりと翼に刺さり、火竜は思わず悲鳴を上げていた。



 俺たちもディオーナに倣い、防御の薄そうな場所を重点的に攻め続けた。火竜も両腕、両翼を使って応戦するも、徐々に出血が増えてきた。


(よし! こちらの攻撃はしっかり通るぞ!)


 魔法も物理攻撃も辛うじてだが火竜に効いていた。



 前回の火竜戦では、相手の攻撃のみ分析出来たが、結局火竜には一撃も与えられずに逃げ帰って来た。奴の防御力までは事前にリサーチ出来なかったのだ。


 一番の懸念材料であった火竜の防御力を突破した俺たちであったが、そのダメージは微々たるものであった。


 しかも……


「くっ! 奴の傷がもう治っている!?」

「ふん! 流石の生命力だねぇ……!」


 自己治癒能力なのか、それとも回復魔法でも使用しているのか、細かい傷はすぐに回復していた。


 出血も既に納まっており、火竜の動きは依然として衰えていない。


 しかも、余裕の出てきた火竜は肉弾戦に加えて魔法まで使うようになってきた。


 俺に鋭い爪で襲い掛かるのと同時に、周囲に発生させた火の弾を複数、こちらに叩きつけてきたのだ。


「なにぃ!?」


 相手の攻撃を躱すので精一杯であった俺は火の弾を受けてしまった。


「うああああっ!?」


 とんでもない火力で俺の魔法耐性も突破してきた。


「イッシン!?」

「今は自分の心配をしな!」


 心配して声を掛けるケイヤをディオーナが引き留めた。


「くっ……!」


 火竜はケイヤとディオーナにも同じように、魔法と肉弾戦による同時攻撃を仕掛けてきた。だが、二人は近接戦闘のスペシャリストだ。来ると分かっていれば避けられない攻撃ではない様で、辛うじて難を逃れていた。



「あっつぅ……!」


 俺はヒールで全体の火傷をすぐに完治させた。


 だが、まだ少しだけ肌がヒリヒリする。


(なかなかの火力だが……これくらいは想定内だ!)


 決して強がりではない。火竜の火魔法がとんでもないのは事前に把握済みであった。


 その証拠に、致命傷を受けた時に自動発動する【リザーブヒール】も反応しなかった。予約魔法は俺が再起不能状態に陥った時用の、本当の本当に最後の保険である。この程度の負傷で勝手に発動しないよう、敢えて厳しめ設定になっている。



「やー!!」

「俺たちもいることを忘れるなよ!」


 シグネとロイが【エアーステップ】を駆使しながら、空中で火竜へと攻撃を仕掛けていた。


 二人の攻撃力では火竜に傷をつけるまでには至らなかったが、しっかりと相手の注意を引いていた。火の弾の多くがシグネとロイに向けられるようになっていた。


 お陰で俺たち近接戦闘組の負担は確実に減っていた。


『皆、離れて!!』


「「「――――っ!?」」」


 佐瀬の念話による合図である。


 俺たちは一斉に火竜から距離を取り、その直後に再び複数の落雷が天から降り注いだ。


 グギャアアアアアアッ!?


 巨体故に回避するのが難しかったのか、火竜は【サンダーストーム】による広範囲落雷攻撃の殆どを被弾していた。


 一瞬だけ怯んだ火竜であったが、上空を飛んでいるエアロカーをギロリと睨みつけた。


「まずい!? 佐瀬! 気を付けろ!!」


 俺の警告とほぼ同時に火竜は合計ニ十発を超える炎の矢をエアロカー目掛けて掃射した。


「やっばぁっ!?」


 慌てて佐瀬はエアロカーを操縦するも、何発かは躱す事も迎撃も難しそうなコースで直撃を避けられそうにはなかった。


「任せな!!」

「――――っ!!」


 だが、エアロカーにはレーフェンとゴーレム君という盾役タンクが乗っている。二人はそれぞれの大盾を使って炎の矢を凌いでいた。


「ぐぅ……!」

「……っ!」


 レーフェン自身の魔法耐性と【退魔の大盾】による耐性付与効果があっても相当厳しかったのか、彼女の表情は苦しそうだ。


 だが、火竜の攻撃にきっちり耐えきっていた。


 ゴーレム君の装甲もギリギリ持ち堪えたようだ。


 ゴーレム君は元々、火の適性があるコアから生まれたので炎にも多少は強い。更にダンジョンで手に入れたSS級やS級魔物の魔石や素材を贅沢に使って俺がちょくちょくカスタマイズしてきたのだ。


 生半可な火魔法では致命傷にもならないのだ。むしろ、そんなゴーレム君にダメージを与えた火竜の方が異常なのだ。



 グルゥ……ッ!


 自身の放った牽制用の火魔法が通用しないと悟った火竜は低い唸り声を上げた。


 すると、火竜からは今までにない凄まじい魔力を感じた。


 これは……!


「遂に奴を本気にさせたようだねぇ!」

「ブレスか!?」


 もしくは大火球の方か。


 どちらも火竜の口から発せられる恐ろしい必殺技だ。


 俺たち前衛組は何時でも避けられるよう、火竜から一時的に距離を取り――――


 ――――火竜の大きな口から炎のブレス攻撃が繰り出された。


 狙いは上空を飛んでいるエアロカーだ。


「佐瀬ぇえええ!!」


 エアロカーは最高速度で急速旋回した。佐瀬も大技の予兆を感じ取っていたのかギリギリでブレスを回避することに成功した。


「ふぅ……」


 思わず冷や汗が出るも、のんびりとしていられない。


「今が好機だよ!」


 そう、あのブレス攻撃は恐らく連発が出来ない仕様だ。


 あれ程の大技、いくら火竜といえども気軽には放てないのだろう。放つのにも一瞬のチャージ時間――――タメが必要なのだ。


 つまりブレスの発射直後、今こそローリスクで攻められる状態でもあった。


「ハァッ!!」

「せい!」

「くらえ!」


 まずはディオーナが槍で先制の一撃を与えた。


 火竜も対抗して右腕を出してきたが、なんとディオーナの槍は火竜の太い腕にダメージを与えていた。


 続いてケイヤと俺の剣も火竜の翼や皮膚を切り裂いた。


 グギャアアアアアアアアッ!?


 思わぬ戦果に俺たち自身も困惑していたが、その原因はすぐに分かった。


 なんと名波が火竜の背後に回っており、何本もの【シャドーエッジ】を密かに突き刺していたのだ。


「これで暫くは弱体化状態が続くよ!」

「ナイスだ! 名波!」


 闇魔法【シャドーエッジ】自体には大した殺傷能力はない。


 だが、刺された相手は少しだけだがデバフ状態となる。それが複数本ともなると、火竜の防御力も多少は落ちているのだろう。


 防御力の低下は微々たるものだろうが、このギリギリの死闘では大きな差だ。


「今なら私の刀も通るよ!」

「こちらの剣もだ!」


 シグネとロイも辛うじて傷を与えられるようになった。


 思わぬ人間の反撃に火竜は慌てて上空へ逃げようとしたが、ディオーナがそれを許さなかった。


「初めて隙を見せたね? ハァ!!」


 グギャアアアアアアッ!?


 火竜は飛び立つ瞬間にディオーナから完全に視線を外してしまったのか、彼女の突き出した槍が右翼付け根へと深く突き刺さった。


「――――イッシン! ケイヤ!」

「言われなくとも!」

「――――承知!」


 ディオーナが飛び出した瞬間、俺たちも既に行動へと移っていた。


 奴を飛ばせては厄介だ。


 そう思っていた俺たちは翼を狙い撃ちにした。


「ハアアッ!」


 ケイヤはディオーナが与えた傷を更に抉る様に剣を突き立て、そこから横に払って右の翼を斬り落とした。


 俺も左の翼へと斬りつけた。


 ノームの魔剣にありったけの魔力を籠めて剣を振るう。


 名波によるデバフ効果も相まって、切断こそできなかったものの、相当深手の傷を負わせられた。


 ギギャアアアアアッ!?


 これで火竜は片方の翼を完全に失い、もう片方も重傷だ。



「いける! やれるぞ!」

「倒せる……!」




 しかし、俺たちは火竜の底力を見誤っていたのだ。

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