第180話 ウミネコ団

 火竜討伐の権利を賭けた戦いは俺たちの圧勝で幕を閉じた。


「さ! これで文句はないさね?」

「ぐっ……!」


 一人だけ戦っていないディオーナ婆さんが何故か自慢げに語り、これまた戦ってもいない兎ジジイが悔しそうな表情を浮かべていた。


 反面、負けた側の“ワイルドウォリアー”の冒険者たちは晴れ晴れとした表情だ。


「勿論だ。勝った方が正義、これが獣人のルールだ! 今回、俺たちは討伐から身を引く!」


 リーダーである獅子男――――名をウルフというらしい。ウルフがそう宣言した。


(どう見てもウルフってより、ライルとかレオって風貌だろ!?)


 という、野暮なツッコミは心の中に留めておいて、俺たちは意気揚々とギルドを後にした――――




 ――――のだが……何故かウルフたち“ワイルドウォリアー”の面々と、更には俺に殴られて散々な目に遭った牛男までもが付いて来ていた。


「おい、なんで付いて来るんだ?」

「アンタたち、これから火竜と戦うつもりか? だったら後生だ! 是非、俺たちもその戦いを見学させてくれ!!」


 ウルフが頭を下げると他の者たちも一斉に頭を下げ始めた。


「ええ……!?」


 正直、快諾しかねる内容だ。


(あまり俺たちの全力戦闘を他人には見られたくないんだがなぁ……)


 これがそこらのS級レベル相手との戦闘なら何も問題無いが、今回は恐らく死闘となるだろう。奥の手の蘇生魔法を使うことだってあるかもしれないので、極力戦闘は見られたくないのだ。


 それに俺たちはエアロカーで島へと向かう予定だ。エアロカーは通常定員八名で荷台部分を使っても最大で十二名ほど……完全にキャパオーバーだ。


 それを理由に断ろうとした。


「いや、人数がオーバーだから……」

「――――だったら、俺んちの船を使ってくだせえ!」


 そう提案してきたのは牛男であった。


「え? アンタの……?」

「へい! 申し遅れました! 俺の名はレオと言います! 俺の実家はそこそこの商家でして、船での輸送なんかも行ってます! 皆さんを乗せられるだけの船も、すぐに手配できますぜ!」


(お前がレオを名乗るんかーい!?)


 どう見ても“ブル”とかがお似合いの牛面だが……いや、それはもういい。


 どの道、大勢であの島に向かうのは危険だ。


「悪いが、俺たちは……」


 再び断ろうとするも、ディオーナが話に割って入った。


「いや、イッシン。この話は受けても良いんじゃないかい?」

「……え?」


 意外な事にディオーナ婆さんは彼らの提案を受け入れるべきだと言う。


「後輩を育てるのも冒険者の仕事だよ。野生の竜がどの程度の脅威なのかを知るいい機会さ。なあに、火竜戦は遠くの海上で船の上から見学するくらいなら安全さね。それに火竜を倒した後、その死体を運ぶのにも船と人手が要る。それをこいつらに手伝わせればいいさ」

「それは…………」


 確かに……一理あるかもしれない。


 近くの海上で船を停め、そこから俺たちだけでエアロカーを使って島に向かえば、船の方は襲われる心配もない……かな?


 火竜の死体はマジックバッグで楽々運べるのだが、今回はドラゴン討伐を大々的に知らしめるという目的がある。大きな竜の死骸を運んで見せつけるという一種のパフォーマンス的な行為が必要なのかもしれない。


 ディオーナはその辺りの事情も考慮して、彼らの提案を受けた方がいいと言っているのだろう。


(遠くからの見学なら、俺たちが秘密にしたい魔法の詳細も分からない……か?)


 改めて考えると、これは受けるべき話のようにも思えてきた。


「ま、最終判断はイッシンが下しな。アンタがこの討伐隊のリーダーだからね!」

「…………分かりました。彼らの提案、受けましょう」

「「「おおっ……!」」」


 俺の言葉に獣人たちは嬉しそうに喜んでいた。



 なんだか……奇妙な感覚だ。


 先程までは、それこそ殺し合いに発展するかのようにいがみ合っていた関係だった筈だが……どうやら獣人は、個体差はあれど強者相手に敬意を払う傾向にあるらしい。


(これが獣人族かぁ……うーん、カルチャーショック)


 俺に顔面を二度も潰された牛男君――――レオ君は、それこそ嬉しそうに俺たちのサポートをする為、船の手配を始めていた。


 あれだけ酷い事をされたら、普通怯えるとか恨んだりとかしない?



 もう、こうなったら俺も割り切るか!


「今日は一日休んで、明日の朝、日の出と共に出立しよう。遅れたら置いて行くからな?」

「「「おお!!」」」








 翌朝、サルバンの港には大勢の人が集まっていた。


 そのほとんどが俺たち火竜討伐隊の出向を見送る為に朝早くから見学に訪れていた者たちだ。



「あのちっこい人族の連中が、あの“守護竜”を?」

「また船ごと燃やされるのがオチさ!」

「いやいや! あいつら、あの“ワイルドウォリアー”も倒したってよ! 連中なら、もしかしたら……!」

「……え? そんなに強いのか?」


 ギルドの野外修練場での出来事を聞いた野次馬たちも集まっており、皆が半信半疑の中、俺たち討伐隊の事を値踏みしていた。


 だが、この国でも実力者として知られている“ワイルドウォリアー”の面々が大人しくつき従っているのが大きかったのか、昨日のように突っ掛かって来るような者は現れなかった。



 ……いや、そうでもなかった。


 まだ何組か馬鹿が残っていたようだ。



「おいおい。ウルフさんよぉ! アンタ、人族なんかに負けたんだってなぁ?」

「……っ! ウータンか…………」


 ウルフは心底嫌そうな表情を浮かべていた。


 獅子族のウルフに突っ掛かってきたのはオラウータンのような獣人族であった。


(こいつは見た目と名前、そのまんまだな……)


 ウータンと呼ばれた猿族に部類される男もA級冒険者のようだ。彼は他にも大勢の仲間たちを連れており、その人数は“ワイルドウォリアー”よりもかなり多い。


(……ま、人数だけだな。総合力ではウルフたちの方が数段くらい上だろう)


 俺は彼らを一見し、ざっくりとそのように戦力分析した。


 ウータンたちはA級レベルにはギリギリ達しているのだろうが、S級以上の魔物と戦えるような戦力は無さそうだ。SS級以上間違いなしの火竜“守護竜”クラスが相手だと、彼ら程度では恐らく瞬殺だろう。



「困るんだよなぁ! 勝手に獣人の代表面しているアンタらクランが人族なんかに後れを取られちゃあよぉ?」

「……ふん! その俺たちにも劣るクラン“森の狩人”どもが一体何用だ?」

「な……なんだと!?」


 相手の嫌味に対して強気に返したウルフをウータンたち森の狩人“と呼ばれた冒険者たちは睨みつけていた。


「……くっ! まあいい! 別にお前らに用はねえが……今日は俺たちも偶々・・船での遠征予定でなぁ! もしかしたら、何処かで会うかも知れねえぞ?」

「貴様ら!? まさか付いて来る気か!?」


 おいおい、また面倒なのが増えてきたなぁ……


 港を観察すると、どうやら馬鹿な連中は“森の狩人”だけでなく、何名かの獣人冒険者たちも、各々が用意した船で出港準備を進めていた。こいつら全員、俺たちの後を付いて来るつもりのようだ。


 その中には、明らかにこちらへ敵意の籠もった視線を向けている者もいた。これは火竜討伐の見学だけでなく、恐らく漁夫の利を狙っての行動だろう。


 強い者をリスペクトする傾向にある獣人だが、人族と同じく性格や考え方には個人差があるのだろう。


 あのギルドの兎ジジイのような者もいれば、当然小悪党だっている。当たり前の話であった。



 この状況には流石の俺も苦言を呈した。



「おい。アンタらレベルに付いて来られても邪魔なだけだ。死にたくなかったら大人しく街で留守番でもしていろ」

「なんだと!? 貴様……人族の分際で……!」


 俺はわざと煽る様に言って聞かせようとしたが、当然連中はこちらの話を聞き入れなかった。


(寧ろ、このまま怒りに身を任せて襲い掛かってくれれば楽なんだけど……)


 それが俺の真の狙いであったが……どうやら当ては外れてしまったらしい。


 奴はこちらを睨みつけこそしたが、一切手を出してこなかった。


「……けっ! 随分と自信があるようだが……俺たちは別にテメエらと一緒に行く気はねえぞ? 俺たちは俺たちで勝手に船旅をするだけさ! それを止める権利など、貴様らにはねえ筈だ! 違うか?」


 意外にもウータンは冷静で、そのように発言した。


(狡猾な奴だな……)


「…………確かにその通りだ。だが、勝手に付いて来る以上、こちらがお前らを助ける義理も無いぞ?」

「クク……テメエらはせいぜい自分の心配でもしているんだな! この辺りの海域は火竜以外にも厄介な魔物が多いんだぜ?」

「……? ま、それなら好きにすればいいさ」


 言質は取った。


 これで邪魔なお荷物まで守る必要はない。



 俺は仲間たちの元へと戻り、出航予定の船に向かった。


「ねえ。あいつら放っておいていいの?」

「連中、良からぬ事を考えているようだぞ?」


 心配した佐瀬とケイヤが声を掛けてきた。


「だろうな。でも、だからと言って憶測だけでこちらから手を出す訳にもいかないだろう? 今は一応、警戒するしかない」

「……そうね」

「むぅ……そうだな」


 正直、連中に俺たちをどうこう出来るとは思えない。それこそ寝込みを襲われたって余裕で返り討ちに出来る自信があった。


(ただ……火竜戦との死闘後に介入されるのは面倒だなぁ……)


 それに俺の蘇生魔法は極力見られたくないので、連中の船が接近してくるようなら、何かしらの対策が必要か。




 ちょっとしたアクシデントはあったものの、俺たちを乗せた船はいよいよ出航した。


 俺たちの船を先頭に、ウータンや他の冒険者たちを乗せた船も次々と港から出発した。








 この船はレオの親戚である船長とその部下である僅かな船員だけで運航していた。


 船には俺たち“白鹿の旅人”とゴーレム君、ケイヤたち即席パーティ“白鷺の盾”、それに“竜槍”ディオーナ・メイスンの火竜討伐隊メンバーが乗っていた。


 その他にウルフたち“ワイルドウォリアー”のメンバーと牛男のレオ君も同行していた。彼らには目標の島の手前、海上の船からなら見学することを許可している。



「さて、今の内に作戦内容を再確認しておくぞ」


 今回、討伐隊のリーダーを請け負った俺は仲間たちに声を掛けた。




 昨夜、宿屋で互いの紹介は済ませており、それぞれの戦い方も既に教え合っている。


 その際、新たに加わった三人の実力が気になったディオーナはケイヤたちと簡単な模擬戦闘を行なったが……三人とも問題なく合格点を貰えた。


 あの王国最強の聖騎士団長ニコライ・シューゲルのお墨付きだ。ディオーナもケイヤたちの高い実力には満足そうであった。


 一方、ケイヤは憧れのディオーナ・メイスンから手解きを受けて甚く感動していた。昨夜は遅くまでディオーナと語り合い、主に冒険活動について詳しく聞いていたみたいだが……


(聖騎士団の活動に活かせる話なのだろうか?)



 そんな訳で俺たち八人(+ゴーレム君)のコミュニケーションはバッチリだ。




「まずは前衛。俺とディオーナさん、ケイヤの三人で受け持つ」


 俺の言葉にディオーナとケイヤが頷く。


 俺は兎も角、ディオーナ婆さんとケイヤなら、近接戦闘でも竜相手に後れを取らないだろう。


 俺は近接戦闘が得意というか、そこしか俺の活かせる場所がない。ディオーナやケイヤほどの槍や剣の腕前は無いが、継戦能力なら俺が一番だと自負している。



「名波とシグネ、ロイは遊撃だ。主に牽制に勤め、少しでも火竜の気を逸らして欲しい。チャンスがあったら各自自由に前へ出てもらっても構わないし、後方から援護射撃に徹しても良い。ただし、絶対に無理は禁物!」

「うん!」

「分かったよ!」

「ああ!」


 この三人は機動力の高いメンバーだ。


 反面、防御の方に不安要素もあるのでこの配置となった訳だが、火竜の攻撃が強烈過ぎるだけなので、別にそれを恥じる必要は全くない。


 なにせ奴の牽制攻撃に過ぎない火魔法は、その一発一発が必殺レベルとなっている。それらの脅威を少しでも減らす為……言い方は悪いが、弾除けとなってくれるだけでも大変ありがたい。


 正直、ウルフたちレベルだと、その弾除けにすら至っていないのだから……


 というか、火竜のブレスと大火球が放たれる兆候が現れたら、俺たち前衛組でも逃げる手筈となっていた。


(あれは……今の俺たちでも直撃はヤバい!)


 この二つの攻撃だけは絶対に避けるようにとメンバーには厳命しておいた。


 超高温の火魔法で死体ごと燃やされ灰にされてしまっては、流石の俺でも蘇生不可能となってしまうからだ。それだけは絶対に避けたい。



「最後に後方! 佐瀬が魔法を放ち、それをレーフェンとゴーレム君がカバーする!」

「ガンガン撃つわよ!」

「防御なら任せな!」

「…………!」


 佐瀬とレーフェンはやる気に満ちており、ゴーレム君も力強く頷いていた。


「佐瀬。大きな魔法を撃つ時は念話で合図をくれ。それと、ブレスや大火球が来たら……」

「分かってる。回避優先ね!」

「盾使いとしては負けた気分だけど……了解だよ!」

「……!」


 佐瀬の魔法は強力だが、近くに居る前衛の俺たちをも巻き込みかねない威力だ。その為、撃つ時のタイミングが重要だ。



 最終確認を終えた俺たちは、目的地に到着するまで船上で身を休めていた。








 数時間後、火竜の島までの道のり半分くらいの海域で、なにやら船員たちが慌ただしく動き始めていた。


「船長、どうかした?」


 俺が尋ねるとレオの親戚である船長は浮かない表情をしていた。


「それが……奇妙な船が数隻、遠方からこっちの方に近づいて来ているんだ」

「え?」


 俺はすぐにデッキへ出てその方向を目視した。


「…………本当だ」

「矢野君。あの船、そこそこの闘力と敵意も感じるよ!」


 俺に続いて船を目視した名波がそう告げた。彼女の【感知】が働いたようだ。


「おいおい。まさか……噂の海賊か!?」

「海賊!?」


 船長の言葉にシグネがすぐに反応した。


(あ。そういえばこの子、海賊に会いたがっていたなぁ……)


「む、南の海域に出没するという、噂の海賊か?」

「しかし……俺たちの乗る船に挑むとは、憐れな……」


 横で話を聞いていたウルフが真顔でそう呟いていた。


(確かにな。相手もまさか、今から襲おうって船がA級冒険者だらけだとは思いもしないだろう……)


「んー……でも、相手も結構強そうだよ! 闘力一万越えも何人か居るみたい」


 新日本製の双眼鏡で海賊船の様子を見ていたシグネがそう呟いた。


「……なに?」


 思ったより手強そうな海賊だ。


「おいおい。まさか……連中か?」

「そう……みたいっすねぇ。俺たちが乗ってるの知らないんじゃぁ…………」


 ウルフたち“ワイルドウォリアー”の冒険者たちが小声で何かを話し合っていた。


「ウルフは連中の正体に心当たりがあるのか?」

「あー……それはだなぁ……」


 俺が尋ねるとウルフはばつが悪そうに説明した。


「多分、連中は“ウミネコ団”って義賊だ」

「義賊? 海賊じゃないのか?」

「確かにここらには海賊も多いが、ウミネコ団はその海賊すらも標的に活動もしている。それと……火竜討伐隊の船も、だ」

「え!?」

「恐らくアンタたちが火竜討伐に乗り出すと何処かで聞いて、わざわざ出てきたんだろう」


 これは意外。相手は俺たちが火竜に挑むだけの実力者だと知った上で、それでも襲おうとしているのか。


「それだけ腕に自信があるってことか?」

「それもあるだろうが……連中は必死なのさ。なにせ、連中の住む町は火竜信仰のある村だからな」

「あー……宗教的な理由か……」



 あの島の火竜は“守護竜”という二つ名を持っているネームドだ。


 当時はただ小島に居座っているだけでしかなかった火竜だが、実はこんなエピソードがあるらしい。近海で漁をしていた村人が海の魔物に襲われている際、なんとその火竜に助けられたそうだ。


 だが、それは単に火竜がその魔物を餌と認識して食らい付き、人の方は偶々見逃されただけに過ぎない――――というのが一般的な解釈であった。


 現にあの火竜は近づく船や人を容赦なく、悉く燃やし尽くしている。


 だが、助けられた人が住む村はそう思わなかったらしい。きっとあの島には何か大切な物があり、あの竜はそれを守っているのだと。


 その翌年には村の漁が豊漁であったことも重なり、そこから火竜信仰が興ったとされている。



「だから“ウミネコ団”のホームであるエメリブでは火竜討伐は禁忌なのさ」

「ん? エメリブ……?」


 はて……どこかで聞いた事のある地名だが……


「ねえ。それって私たちが以前、訪れた港町じゃない?」

「…………あっ!」


 今、思い出した。


 前にディオーナの火竜戦を見学する前、情報収集で立ち寄った港町が、確かエメリブであった。


「あれ? でも、あそこで火竜の情報聞いて回ったら、町の人たち皆、丁寧に島の場所を教えてくれたよね?」


 シグネが疑問を呟くと、それに答えたのはやはりウルフであった。


「それが連中の常套手段なのさ。アンタら、火竜退治にはサルバンから真っ直ぐ南に船で……なんて教わらなかったか?」

「うーん、そうだったかも……?」


 あそこの獣人の人々は火竜の島への行き方を知っている者が多く、あっさり情報収集が終わったのだ。獣人相手の情報収集で俺たちに苦労させたかったディオーナが肩透かしを食らっていたのを思い出した。


「その情報を馬鹿正直に信じ込んだ連中が“ウミネコ団”の餌食になるって寸法さ。ま、島の進路は正真正銘、それで合っているんだがな」

「ふふ、そいつは私も知らなかったねぇ」


 陥れられた一人だというのに、ディオーナは愉快に笑っていた。


「……そうか! その航路の進路上に海賊団が待ち構えているって寸法か!」

「そうだ。あの町に住む獣人は火竜を信仰する者が多い。だから余所者の冒険者には敢えて島の正確な位置を教え、それと同時に海賊団側にもその冒険者の情報を流すのさ」


 うわぁ……そういうからくりかぁ。


 要するに、エメリブに住む者の一部と海賊団は結託していたのだ。


 あの時、俺たちがエアロカーを使わず船で向かっていたら“ウミネコ団”と遭遇していたのかもしれないな。


「じゃあ、あれは悪い海賊ね! もう船を沈めていいのかしら?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 魔法の準備を始めている佐瀬にウルフは慌てだした。


「先ほども言ったが、連中は海賊と言うより義賊に近い存在だ! 無暗に人の命は奪わないし、せいぜい火竜を害そうとする冒険者に対して、武装や金品をある程度奪って追い返すくらいだ! だから……撃沈だけは止してくれ!」

「……だってさ。佐瀬?」

「わ、分かったわよ! 私だって、極悪人じゃなければ無暗に殺生しないわよ!!」


 佐瀬が顔を真っ赤にしながら慌てて弁明した。


 佐瀬ぇ…………


「連中もそこまで悪い奴らじゃないんだ! ただ……長年火竜が棲息していたからこそ村が発展し、港町にまでなったと……今でも本気で信じ込んでいる者も少なからずいる。ま、俺みたいに全く信じていないエメリブ出身者の方が多いがな」


 どうやらウルフの出身もエメリブだったらしい。


(そういえば、あそこの村には猫科の獣人族、やたら多かったなぁ)


「だが……連中もよく我々を襲う気になったな。この船には私たちだけでなく、ディオーナ様や“ワイルドウォリアー”の面々も乗っているのだぞ?」


 ケイヤの疑問は尤もだ。


(この面子相手に勝算があるのか?)


 俺もその点だけは気になっていたが……


「あー……恐らくだが、俺らがイッシンたちに介入する前に、既にギルド内に海賊の内通者でもいたんだろう。多分、そいつが碌な情報を得ない内にウミネコ団へ密告した。そんなところだろうさ」

「あ、そういうこと……」


 船で待ち伏せするには、あちらもそれなりに準備が要る。密告者は俺たちが人族の冒険者で火竜討伐を目論んでいることだけを知ると、即座にそれを伝えに飛び出たのだろう。


 密偵としては余りにも杜撰な報告だが、きっと速度を重視したのだ。



「大体の事情は分かったが、義賊と言えども犯罪者に変わりはない。このままだとウータンら他の冒険者の船とも揉めそうだし……俺らの裁量で動いても構わないか?」

「あ、ああ……。対応はイッシンたちに任せるよ」


 ウルフも同郷の者相手に戦い辛かろう。


 話を聞いた俺はゴーレム君の元へと向かった。


「ゴーレム君。俺を乗っけて、あの先頭の船まで飛んでくれ」

「……!」


 頷いたゴーレム君の右肩に俺は飛び乗ると、彼は背中のバーニアを噴射させて船から飛び立とうとしていた。


「あ、ずるい! 私も行く!」


 ピョンと、シグネも左肩に飛び乗ると、ゴーレム君は上昇を始めた。


「仕方ないなぁ……まずは話し合いだぞ?」

「サヤカねえじゃあるまいし、即ジェノサイドはしないよ!」


 シグネのジョークは下にも届いたようで、デッキ上にいる佐瀬がなにやら文句を言っていたが、バーニアの噴射音が煩くてよく聞き取れなかった。


「あーあ。あれは後でビリビリされるぞ」

「ひぇええ!?」



 俺たち二人を乗せたゴーレム君は海賊船団の先頭の船へと近づいた。



 下を見下すと、船上にいる獣人たちは驚きながら俺たちを見上げていた。


(やっぱり……ほとんどが猫科の獣人たちだな)


 どうやら彼らが“ウミネコ団”で間違いなさそうだ。


 ウルフの情報は正しかったようで、如何にも怪しいゴーレムと肩に乗っている俺たち二人が接近しても、あちらは無暗に攻撃してこなかった。


 情報によるとウミネコ団は相手への暴力行為を極力禁じているらしい。



 俺はゴーレム君に命じてデッキ上に着地させた。


「テメエら、何者だ!」

「お、お前らは一体……!?」


「既に知っているんじゃないのか? 俺たちが火竜討伐隊のメンバーだ」


 俺が堂々と宣言すると、獣人のほとんどが俺に対して敵意を飛ばしてきた。


「守護竜を討つ……だと!?」

「人族風情が……! 思い上がるなよ!!」

「貴様らにそんな真似……出来るものか!!」


「そう思っているのなら、わざわざ妨害してくるなよ」


 俺が言い返すと、一人の獣人が一歩前に出てきた。彼は虎の獣人族で、ウルフ程ではないが結構強そうだ。恐らくこの集団のリーダーだろう。


「貴様らがあの火竜・・を倒せるとは思わん。が、我々の活動目的は討伐の阻止ではなく、討伐を目論む不届き者への制裁だ」

「ふーん……アンタは守護竜とは言わず、火竜って呼ぶんだな?」

「……どうやら人族なのにエメリブの事情を少しは知っているようだな? だが今時、本気で火竜信仰を行なっている者なんぞ、町の年寄り連中くらいのものだ。俺たちはただ、それを理由に飯の種にしているってだけさ」

「随分とぶっちゃけたなぁ……」


 え? じゃあ、こいつら……単純に海賊行為をしているだけか?


 やっぱ佐瀬を倣って処すべきなの?


「火竜様とやらのご加護かどうかは知らぬが、エメリブも港町としてだいぶ発展してきた。だが……まだまだ貧困に喘いでいる者の数は多い。あの町の外側にはスラムがあるのだが……知っているか?」


 虎の獣人が尋ねると、俺とシグネは互いの顔を見た。


「え? スラム? そんなのあったっけ?」

「うーん、そこまで見て回らなかったかも……」


 なにせ、町を訪れてすぐに火竜の居場所が知れたのだ。エメリブの滞在時間はそこまで長くなかった筈だ。


「俺たち“ウミネコ団”のほとんどはスラム出身だ。海賊業で得た金もスラムにある施設などに寄付している」

「へぇ? それで仕方なく海賊行為をしている。だから見逃せと?」

「…………一目見てアンタらの実力が分かった。俺たちは降伏する。だから見逃してくれないか?」

「「「せ、船長!?」」」


 まさかの秒での降伏宣言に、俺だけでなく他の団員たちも驚愕していた。


「イッシンにい。この人、鑑定持ちだよ」

「あー、なるへそ……」


 俺とシグネのステータスを視て瞬時に勝てないと理解したのだろう。


 鑑定はレベルによって一定の桁数までしか視る事は叶わないが、それでもスキル習得の多さなどから、ある程度の力量差を推し量る事は可能だ。


(俺もシグネも隠匿していないスキルだけでも結構あるからなぁ……)


 それにある程度勘の働く者は、鑑定抜きにしても大体のレベル差を感じ取れたりするものだ。鈍い奴も稀にいるけれど……



 さて、こいつらをどう裁いたものか……

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