第179話 討伐依頼の行方
「テメエ! よくもこいつらを……!」
「人族の分際で……良い気になるなよ!」
ブラッティーファングを名乗る冒険者パーティを返り討ちにした俺たちだが、どうやらギルド内には連中の知り合いがいたらしく、何人かが俺たちに対して武器を抜こうとしていた。
「おいおい。ギルド内で武器を抜く気か?」
俺が尋ねると牛族の獣人冒険者は下卑た笑みを浮かべていた。
「先に騒ぎを起こしたのは貴様らだろう?」
「へへ! 暴れた冒険者を取り締まるのも、俺たちの務めだぜ?」
「……ほぉ? だったら、逆に俺たちが取り締まってもいいわけだな?」
俺が好戦的な態度を崩さないのを見ると、ケイヤが後ろから声を掛けてきた。
「イッシン。ここは連中のホームだ。そんな中での殺傷沙汰は…………」
「分かってる。だからケイヤたちも武器は抜くなよ? こいつらは素手で対処する」
サルバン支部はどうにも胡散臭くて信用ならない。その証拠に、相手側が武器を抜いている状況にも関わらず、未だに不干渉を続けていたからだ。
素手での喧嘩や揉め事ならいざ知らす、殺傷沙汰確実な行為を見過ごすとは……これは明らかに異常であった。
「後悔すんなよ! 人族のチビが!」
「そっちこそな! デカいだけの獣人!」
牛族の男が上段から斧を振り下ろしてきたので、俺はそれを悠々と回避する。当然ながら木製の床は粉々に破壊されてしまった。
(あ、そうだ! 良い事を思いついた!)
そちらが無視を決め込むつもりなら、無視できない程の被害を出してやればいい!
俺は相手を挑発するように口角を上げた。
「随分とおっそい斧だなぁ。幼子の薪割りかぁ? そんなヘロヘロな攻撃じゃあ、一振りの間に三度はお前を倒せるぜ?」
「な!? なにをぉ……っ!!」
俺の余計な一言で顔を真っ赤にした牛族の男は、それ以降も我武者羅に斧を振り回し続けた。そう、ギルド支部の室内でだ。
俺はそれを悉く避けて無傷だったが、床や壁、テーブルに椅子などはそうもいかない。牛族の斧がそれらを全て破壊していった。
流石にこれには黙っていられなくなったのか、ギルド職員が慌ててカウンター奥から飛び出してきた。
「や、止めろぉ!! これ以上、室内で戦うんじゃあない!!」
「俺は止めたいんですけどねぇ……よっと! あちらが……っと! 無駄な攻撃をいい加減止めてくれない、とぉ……!」
俺が煽りながらも返答すると、牛族の斧使いは鼻息を荒くしながら攻撃を続行した。当然、室内も破壊され続けている。
「ハァ、ハァ……くそがぁ!! 避けてばっかりで……逃げるんじゃねえ! 正々堂々と……戦え!!」
「はぁ? アンタの正々堂々は、素手を相手に斧で挑む事なのかな?」
「ぐっ! だったら……貴様もその剣を抜けばいいだろうが……!」
「要らないよ。てか、まだ実力差が分かんないのか?」
これは……想像以上に脳筋だな。
もしかして、獣人のほとんどがそうなのかと危惧するも、元”黒星”の一味で狼族の女冒険者ナタルは冷静で頭の回転も速かった。
となると、やはり目の前の男個人が単に愚かなだけなのだろう。
「いい加減にせんかぁ! これ以上暴れるのなら、降格にするぞ!!」
「ぐぅ……っ!?」
突如、大声を上げたのは兎族の年老いた男であった。
彼の一声にさすがの牛男も攻撃を止めた。中堅の冒険者にとって階級の降格は痛手なのだろう。
「貴様ら……ここまで派手に暴れおって……! 修理代を弁償して貰うからな!!」
兎の老人は何故か俺の方を見てそう叫んでいた。
「ハァ!? 俺たちは一つも物を壊していないぞ? 払うつもりはないね!」
「無関係な筈なかろう! 貴様が挑発したから、あの男が暴れたんだ! 貴様らに責がある!」
何を言っているのだ? このしわくちゃの兎ジジイは……?
「いいや、一切無いな。仮に俺たちを咎めるのだとしたら、その前に揉め事を止めようともしなかったギルド側にこそ責任があるな!」
「ふん! 冒険者同士での揉め事に我々は不介入だ! そんな常識も人族の冒険者は知らぬとみえる」
……ほぉ? 言ったな?
「だったら、その冒険者の揉め事にいちいち介入してくんなよ、ジジイ」
「じっ、ジジイ!? ふざけるなぁああ!! いくら不介入とは言え、結果としてギルド内が破壊されてめちゃくちゃになっているのだぞ!? その分の弁償を請求するのは当然だろうが!!」
「……だったら、別に俺たちが弁償する必要はないよな?」
「……なに?」
俺は兎ジジイとの不愉快な会話を打ち切ると、先ほど暴れ回って疲れたのか、息切れをしている牛男の前にきた。
「おい。テメエが壊したんだ。お前が全部弁償しろ!」
「ハァ、ハァ……へへっ! ……やなこった!」
「あっそ!」
俺はその舐めた返答を聞き届けると、奴の顔面を思いっきり殴りつけた。
「ぶもっ!?」
全力では無いが、特に加減もしなかった。
今や闘力八万近くはある俺の一撃は牛男の顔面を陥没させ、奴はギルドの壁に叩きつけられた。
それを見ていた獣人たちが悲鳴や怒声を上げた。
「うわああっ!?」
「あいつ……やりやがった!!」
「テメエ……何を――――」
「――――うるせえ! 今更これくらいで、関係ない外野が騒ぐんじゃねえ!!」
さっきの斧の攻撃、常人の者がまともに受けていれば即死だっただろう。だというのに、顔面が陥没したくらいの攻撃で……連中は一体何を騒いでいるのやら……
俺は今にも死に掛けている牛男の傍へと近づいた。
「ぅ……ぁ……」
「……【ヒール】!」
俺はチートヒールで牛男をそこそこの状態にまで回復させた。
一瞬で喋れるまでに回復した牛男はその状況に混乱していた。
「……え? あれ? 俺……顔が、無事? え?」
「もう一度聞くぞ? 弁償、してくれるか?」
「え? え?」
「そうか……」
俺は再び牛男の顔面を殴った。
先程のパンチで加減は何となく掴めた。こいつら牛の獣人はタフなようなので、加減が要らないということが判明した。
「ぐびゃぁ!?」
またしても牛男は壁へとめり込んでしまう。
「ま、待て! 貴様……これ以上は……うっ!」
流石に見過ごせないと思ったのか、兎ジジイが声を掛けてきたが、俺は牽制するようにジジイを睨みつけた。
「おい。冒険者同士の揉め事は不介入……常識だと、アンタは言ったよなぁ? まさか、今更になって介入するってのか?」
「いや……それは…………」
「いいから黙って見ていろ!」
俺は再び牛男の顔を治療し、同じ質問を繰り返した。
「弁償……してくれるよな?」
「ひぃいいいい!? し、します! 俺が全部弁償します! ですから、もうご勘弁を……!」
「よし、許す!」
俺がそう告げると牛男は失禁しながら気を失った。
「そういうことだ、爺さん。これで俺たち無関係。修理代は全てこいつに請求しろよ」
「ぐぬぬ……!」
いやぁ、兎ジジイの悔しそうな顔を見てスッキリしたねぇ!
俺は意気揚々と仲間たちの元へと戻った。
「イッシン……やり過ぎだ」
「そう? 私はスッとしたけれど?」
「うん! ざまぁ、完遂だね!」
「……シグネは何を言っているのだ?」
「アハハ……私も……スッキリした口かなぁ」
俺たち“白鹿の旅人”の四人はだいぶ過激な思考に染まっているようで、今回のようなスプラッターものの光景にもすっかり慣れてしまっていた。
一方、若い聖騎士の面々は厳しい戦闘訓練を重ねていても、こういった対人の荒事に対してはまだまだ経験不足であるようだ。
王国内では、聖騎士という立場から物申せば大抵の相手は身を引いただろう。
だが、ここは獣人の支配する土地であり、今の俺たちは一介の冒険者に過ぎない。キッチリと実力を見せなければ相手がつけあがる一方だ。冒険者なんて自信過剰な連中が相手なら尚更だ。
気を取り直して俺はギルドのカウンターへと進んだ。そこには先程の兎ジジイが待ち構えていた。
「……貴様。あれだけの事を仕出かして……依頼を斡旋して貰えるとでも思っているのか?」
「いいや。というか、既に受けている。例の火竜退治だ。ディオーナ婆さんがこの街に来ている筈だ」
「なに!? 火竜!? ディオーナ・メイスン……だと!?」
俺の言葉に兎ジジイが大げさに反応していた。
「そうだ。ディオーナ婆さんは今どこに居る?」
「くっ! そうか……貴様らが……! 帰れ! 貴様らに話す事は何もない!」
ディオーナの名を出すと兎ジジイは更に態度を硬化させた。
どうやらこのジジイ、婆さんとも揉めているようだ。
「おやおや。私を尋ねてきた冒険者が来たら呼ぶように伝えた筈だけど……ここのギルド長は伝言一つも出来ない能無しなのかねぇ?」
突如、背後に聞き覚えのある声が聞こえ、俺は思わず振り返った。
そこには歳の割には元気そうな初老の女冒険者が立っていた。
「ディオーナさん!」
「ぐっ!? ”竜槍”……っ!」
俺と兎ジジイが同時に声を上げた。
(つーか、このジジイがギルド長だったのか!?)
サルバン支部……想像以上に面倒そうだ。
「久しぶりだねぇ、イッシン坊や…………いや、もう坊や呼びは出来ないね。くく、短時間で随分と腕を上げたようだねぇ?」
「ええ! ディオーナさんこそ、お元気そうで!」
「年寄り扱いするんじゃないよ!」
「え? えぇ…………」
どうやらディオーナ婆さん的には「お元気そうで」という挨拶は年寄り扱いされたと判断し、NGワードに当たるらしい。
坊や呼びは卒業できたが、相変わらず気難しい婆さんであった。
「ふん! まあ、いいさね。それで……後ろの新顔三人が例の協力者かい?」
「は、はい!」
代表してケイヤが返答した。
「人伝に話は聞いているよ。見たところ…………まぁ、問題なさそうだね」
ディオーナはジロジロとケイヤたち三人を値踏みするかのように見た後、そう評価した。
ロイとレーフェンはディオーナの胆力に気圧されたのか緊張していたが、ケイヤは憧れの冒険者を前にして気分が高揚しているようだ。
「とにかく、こんな辛気臭い所で話すのもアレだし、場所を移そうかねぇ」
「ええ。構いませんよ」
俺たちはディオーナと共にギルドを去ろうとするも……
「ま、待て!! “竜槍”! 言った筈だぞ! 火竜退治の依頼は白紙だとな!! それは分かっているのだろうな!?」
「…………え?」
今……聞き捨てならない話を聞いたぞ?
「どういうことです?」
思わず俺は隣にいるディオーナに尋ねた。
「ふん! この爺、私に泣きついてきた火竜討伐依頼を、直前で取り下げてきたのさ!」
「「「ええええええええええっ!?」」」
これには俺だけでなく、佐瀬やケイヤたちも大声を上げて驚いた。
「今更!? 火竜討伐を取り止めるだなんて……一体何故!?」
俺が問い詰めると、ディオーナは首を傾げた。
「ん? 火竜討伐は予定通り行うさね」
「……え? でも、討伐依頼は取り下げられたんでしょう?」
「ああ。だから、依頼とは関係なく討伐するよ。それでなにか問題あるかい?」
「…………いや、無い……ですね」
考えてみればその通りだ。
元々、俺たちが火竜討伐に挑むのはディオーナ婆さんに誘われたからである。
その件に関して俺たちは成功報酬だとか素材の取り分だとかを一切決めていなかった。
俺たちにとって重要なのは、ディオーナ婆さんに押し付けられた塩漬けの依頼を完遂させる事と“ドラゴンスレイヤー”という称号を得る事……この二点だけである。
その内の依頼完遂については、有難いことにギルド側から撤回されたという。元々、ディオーナ婆さんも気が進まないような発言をしていたので、そこに強い拘りは無いのだろう。
「ハン! 最初からこの依頼は気乗りしなかったんだ! 私は既に“ドラゴンスレイヤー”の称号を得ているしね。無謀な挑戦は御免だよ! だが、イッシンたちとなら受けてみてもいいと……そう思っただけさね。これで依頼の成否を気にせず、火竜討伐に集中できる。逆にせいせいするねぇ!」
「なるほど。それじゃあ全く問題ないですね!」
ディオーナの言葉に俺は得心するも、それに異議を唱える者がいた。
「問題大有りだ!!」
それはサルバン支部のギルド長、名前は知らないが兎ジジイであった。
「依頼を取り下げるというのに、何を勝手に討伐するつもりなのだ!!」
「はーん? でも、火竜の討伐依頼自体は継続して募集しているんだろう?」
そう言いながらディオーナは室内の掲示板を指差した。そこには確かに火竜討伐の依頼票が張り出されたままであった。
「……? じゃあ、なんで依頼を白紙に?」
俺がディオーナに質問するも、その答えは背後から返ってきた。
「それは俺たちが討伐するからだ!」
振り向くと、豪勢な装備を身に纏った獣人族の集団がいた。
その先頭には獅子族の大柄な男が腕を組んで立っており、どうやらそいつが俺の質問に答えてくれた者のようだ。
「おお! 待っていたぞ! 冒険者クラン“ワイルドウォリアー”の諸君……!」
兎ジジイが彼らの元へと駆け寄る。
彼らも同業者のようで、しかもその全員が黄金に輝く冒険者証を首からぶら下げていた。
(こいつら全員、A級冒険者か……)
しかも……けっこう強い。
今の俺たちよりかは完全に劣るだろうが、ディオーナに会う前の頃ならば、戦力的に“白鹿の旅人”と拮抗しているかもしれない。そう感じさせるくらいの実力を彼らは兼ね備えていた。
「この
なるほど……今更になってようやく、火竜を倒せそうな獣人族を見つけたわけか。
ここは獣人族の国だ。同族を優遇するのは当然なのだろうが……
(ディオーナ婆さんが「坊や」呼びするということは……実力不足だと判断したのかな?)
あの当時の俺たちの闘力はせいぜい2万前後である。彼らもそれくらいだと目算しているが……それではまだまだ足りない。
それに噂では、獣人の特性として闘力が優れていても魔力の方は低い傾向にある筈だ。その噂が本当だとしたら、彼らの魔法耐性では火竜のブレスどころか、牽制の攻撃だけでも致命傷になりかねない。
これでは死にに行くようなものだ。
「そういうことだ。火竜は俺たち“ワイルドウォリアー”が討伐する! 人族のババアや女子供は引っ込んでな!」
「……だ、そうだよ?」
ディオーナ婆さんはニヤニヤしながら俺に話を振ってきた。どうやら彼女はこの状況を少しだけ楽しんでいる節がある。
困った婆さんだ……
(どうすっかなぁ……ストレートに「お前らじゃあ死ぬぞ」と言っても、大人しく言うことを聞くとは思えないし……)
このままスルーしてこっそり討伐するのもアリなのだが……ドラゴンスレイヤーという称号を得るには、大々的に俺たちが討伐した事をアピールする必要性がある。
ここで無視して討伐し、派手に凱旋してもいいのだろうが、後々揉める事になるのは確定だ。
だったら……
「一応聞いておくけれど、おたくら例の火竜を生で見た事ある?」
「あん? これから討伐に向かうんだよ! そん時に見るだろうさ!」
駄目だ。こりゃあ……
「お前ら……全員死ぬぞ? 多分、船で上陸する前に……」
あの火竜、俺たちが上空から接近している事にも察していたようだし、木造船で向かおうものなら、上陸前に丸焼けにされるのがオチだろう。
奴の火魔法を防げる手段が彼らにあるとは到底思えない。
「ああん? 随分と言ってくれるじゃないか! なら、テメエらなら勝てるって言うのか?」
「……まぁ、討伐出来るくらいには腕を上げたつもりだが……」
俺たちもディオーナ婆さんと火竜との戦いを観戦していただけなのだ。これでは彼らの事をあまり笑えんな。
「くっくっく……! そこまで啖呵切ったんだ。その理屈なら、お前らは俺たち相手にも当然勝てる……そういう事だな?」
「ああ、勝てるぞ!」
「――――っ!?」
それは断言を持って言える。
俺だけでなく、既に鑑定し終えていると思われるシグネも後ろでうんうんと頷いていた。これで決定的だ。こいつらは俺たちよりも格下であった。
佐瀬やケイヤたちも連中に負けるとは微塵も考えていない様で余裕の表情だ。
俺たちの態度が気に喰わなかったようで、獅子族の男は声を張り上げた。
「おい、ギルド長! 外の修練場を使わせて貰うぜ! 決闘だ! 勝った方が火竜に挑む! これでいいな!?」
「ああ、構わない」
俺と獅子男の間で話が進み、決闘をすることになった。
慌てて兎ジジイが介入してきた。
「ええい! そんな余計な真似はせんでも、どうせこいつらに出す船はない! 討伐なぞ、初めから無理だったんだ!」
ああ、そういうことか。でも残念、こっちにはエアロカーがあるんだよね。
「うるせえ! ここまで人族に舐められて、黙っていられるか!!」
「「「そうだ! そうだ!」」」
「「「やっちまえ! “ワイルドウォリアー”!!」」」
今まで鬱憤が溜まっていた獣人族からも後押しがあり、最早バトルは避けられそうになかった。
「ぐっ! 仕方がない……! ただし、これは模擬戦ではなく火竜討伐を決める為の選定戦だ! よって武器も有りとする! 更に一対一ではなく、そのまま総力戦で行う! これでいいな!?」
こちらはディオーナ婆さん含めて八人、相手はクランなので総勢……二十三人もいる。
一見、こちらが圧倒的に不利だと思われる状況だが……
「あー、私は抜けるよ。揉め事は若いモノ同士でやんな」
ディオーナ婆さんが笑みを浮かべながら俺たちから離れた。
(ま、婆さんがいたら勝ち確だからな。いなくても楽勝だけど……)
「フン! 噂の“竜槍”も老いぼれたか……」
「あんなババア……ひと捻りだったのに」
獣人たちが嘲笑うとディオーナが鋭い眼光で睨みつけた。
「年寄り扱いするんじゃないよ!!」
「「「――――っ!?」」」
ディオーナの気当たりに呑まれたのか、何人かが後ずさりをした。聡明な者ならば今ので己との実力差を肌で感じたことだろう。
「……チッ! 腐ってもドラゴンスレイヤーか。後から参戦はできんからな?」
「ああ、構わないよ。イッシン! その坊やたちを揉んでやんな!」
「……了解」
俺たちがゾロゾロと外の修練場へと向かう道中、一人の猫族のギルド職員が兎ジジイへと声を掛けていた。
「あのぉ……ギルド長。この試合、止めた方が……」
「そんな訳にいくか! このままでは我々と“ワイルドウォリアー”の面子に関わる!」
「ですから、その為にも止した方が……」
「くどい! お前はさっさと仕事に戻れ! まだまだ鑑定するアイテムはあるのだぞ!」
「にゃにゃあ!?」
怒鳴られた猫族の職員は慌てて持ち場に戻って行った。
(あー、彼がこのギルドの鑑定士か……)
もしかしたら【解析】くらいは習得しているのかもしれないな。それならば俺たちの実力の一端も視えただろう。彼には既に勝敗が見えていたのだ。だとうのに、最後の引くチャンスを兎ジジイが自ら潰してしまったのだ。
修練場へと到着すると、すぐに周囲は獣人のギャラリーで埋め尽くされてしまった。その半数以上が俺たち人族に鬱憤が溜まっている者のようだ。
「やっちまえ! “ワイルドウォリアー”!!」
「人族なんか瞬殺しちまえ!!」
「ほら、お前もあのガキに痛い目遭わされたんだろう? ここで見学して一緒に憂さ晴らしをしようぜ!」
「い、いや……俺は別に…………」
先程俺に顔面を殴られた牛男だが、意外な事に他の野次馬とは違って俺たちの事を罵りはしなかった。どうやら少し分からせ過ぎてしまったようだ。
「さあ! 早く準備をしろ!」
「ああ、こっちは構わないぞ」
「…………待て。それは何の真似だ?」
未だ素手状態の俺たちに獅子族の男は眉を潜めた。
「素手で相手しよう! その方が実力差もハッキリして分かり易いだろう?」
「ざけんな!! テメエらだけ素手で、こっちが武器有りだと!? そんな無様な真似ができるか! テメエら、こっちも素手で戦うぞ!」
「「「おう!!」」」
リーダーの獅子男が吠えると、他の獣人たちも一斉に武器を収めた。
「へぇ? どうやら気位は高いようだな」
「これで対等だ! さぁ……勝負しろ!」
「待て! 周囲にはギャラリーが多い! よって、遠距離の魔法攻撃も禁止とする!」
兎ジジイの余計な一言でギャラリーの一部からはブーイングが起こっていた。どうやら“ワイルドウォリアー”と同様、フェアではない条件に納得できない者も少なからずいるようだ。
「ぐっ! ええい、喧しい! それでは……始めよ!」
勝手に条件を付けたし、勝手に開始の合図を送った兎ジジイ。
これには獅子男もどこか気まずそうな表情だ。
「テメエら、相当あの爺さんを怒らせたようだな……」
「あー、不可抗力かな? それより……もう始まっている。気を抜くなよ?」
「……あ?」
俺は宣告すると、一瞬で獅子男の懐に飛び込み、軽く牽制のジャブを撃ち込んだ。
「ぐがっ!?」
獣人の優れた身体能力のお陰か、ギリギリ反応して防御して見せるも、後方へと大きく吹き飛ばされていた。
そのまま倒れるかと思いきや、ギリギリで踏ん張る。
「~~っ! なんってパワーだ!」
獅子男は俺の拳を受けた左腕をさすっていた。やはり獣人は頑丈だ。
「じゃあ、今度は本気で行くぞ!」
「――――っ!? テメエら、こいつらやべえ!! 全力で舐めずにかかれぇ!!」
「「「おうよ!!」」」
今の俺たちの遣り取りをみて、他のメンバーもすぐに態度を改めた。
(なるほど。売り出し中のA級クランって触れ込みは本当のようだ。素質はある)
だが、今の彼らが火竜に挑んでも、将来性豊かな彼らの未来を閉ざす結果になるだけだろう。
だから今回の竜退治は俺たちが頂く。その代わり、彼らにはドラゴンスレイヤー予備軍の実力を教えるとしよう。
「こいつ!? 素早い!?」
「なんだ、この魔法は!?」
遠距離攻撃の魔法は禁じられていたが、補助魔法などはその限りではない。
シグネとロイは【エアーステップ】で空中に足場を作り、相手を翻弄していた。
ケイヤに名波は闘力が高く、素手でも真っ向勝負で獣人たちを伸していた。
レーフェンも聖騎士だけあって、盾無しでもこの程度の冒険者には一切後れを取らない。
この条件で唯一心配だったのが佐瀬であったが……
「お前さん、如何にも後衛の魔法使いって風貌だが……それでも俺に素手で挑むつもりか?」
佐瀬の相手は熊族の大柄な男であった。
体格差では圧倒的に不利であったが――――
「――――【ライズ】!」
佐瀬がそう唱えると、彼女の全身に稲妻が走った。
直後、佐瀬は熊男の懐へと瞬く間に移動した。
「ぐあっ!?」
目にも止まらぬスピードで熊男の顎下に掌底をヒットさせると、その他周囲にいた冒険者たちを次々と気絶させていく。
「ぎゃあっ!?」
「ひぎぃ……!」
「ゴハッ!!」
今の佐瀬には新魔法【ライズ】がある。
簡単に説明すると【ライズ】は【身体強化】の超強化版で、特にスピード方面に特化している。更に全身に雷を纏っている状態なので、触っただけでもダメージがある。
魔力消費量は激しいが、攻守共に優れた近接戦闘魔法なのだ。
「ば、馬鹿な……! ありえん…………!」
開始数十秒でほとんどの冒険者が気絶していた。その全員が“ワイルドウォリアー”の面々であり、こちら側は無傷であった。
俺と対峙している獅子男は冷や汗を流しながら尋ねてきた。
「……なあ、火竜はそんなにやべえ強さなのか?」
「ああ。今の俺たちでも勝てるかどうか……ギリギリってところだな」
「……なるほどな。納得した! これで心置きなく負けられる!」
こちらの実力は嫌と言う程思い知っただろうに、それでも獅子男は引かずに俺へと立ち向かってきた。
(……いい覚悟だ! お前はこの先、もっと強くなれるよ!)
俺も相手を尊重し、一切手を抜かずに本気で全力パンチをお見舞いした。
「ぐあああっ!?」
殴られた獅子男は地面を二度バウンドし、兎ジジイの真横を通過していった。
「ひぃいいいい!?」
周囲を見渡すと、立っているのは既に俺たちだけである。これで完全決着だ。
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