第175話 翅風
意気込んで51階層攻略を始めた俺たちであったが、そこからは攻略スピードが大幅に落ちてしまった。
「また来たよ! 今度はデストラム2、プティーラ1、土竜1!」
「くっ! 土竜もか……!?」
一匹一匹は大したことはない。どれも推定討伐難易度Aランクの魔物に過ぎないので、時間を掛ければ俺たち全員、ソロでも倒せる。
しかし、ここはダンジョン内であり、今居るのは開けた荒野だ。
魔物は俺たちの姿を確認すると確実に襲ってくる。
これが結構厄介であった。
「――――【リバースサンダー】!」
佐瀬の上級魔法【リバースサンダー】は地面から天に向かって放たれる雷魔法だ。
大地を歩行している恐竜タイプには効果覿面なのだが、問題は魔法が発する音と光だ。
雷魔法の音や光に釣られて、遠くにいた魔物がこちらへと接近してくる。
「げぇ!? また増えた!?」
「佐瀬ぇ! それ、どうにかならんかぁ!?」
「無茶言うな! 静かな魔法なんて持ってないわよ!!」
魔法は威力が上がるにつれて派手になる。これは仕方がない事だ。
「シグネちゃん! 【サイレント】!」
「あ! そっか!」
名波に言われてシグネは気が付き、音を遮断する風魔法【サイレント】を展開する。
「あ、私も持ってたんだった……」
佐瀬も【サイレント】を習得しているので、同じく風の障壁を展開した。
「でも、これ……効果範囲を拡げると、魔力消費が激しくなるのよね」
上級魔法は範囲も広い。その全てをカバーするには、【サイレント】もそれだけ大きくしないと意味が無い。
「それに音は防げても光や衝撃は無理だよー!」
「うーむ…………」
いちいち【サイレント】を展開して制限しながら戦うよりも、いっそ開き直って全力で戦った方が楽かもしれない。
51階層からの荒野フィールドはこのように、あちこちに魔物が徘徊していた。ただ単純に倒すだけではなく、殲滅速度や魔力配分にも気を付けなければならなかった。
(ダンジョンって普通、強い個体が出てくるんなら、代わりに数の方を減らすもんだろうが!?)
この階層ではAランク相当の魔物が、まるでゴブリンのように湧いて出てくる。
その所為で一息つく間もなかった。
結局、初日は52階層まで進んで階段付近で休憩を取る形となった。
二日目からは探索スピードが増してきた。
昨日の戦闘で各自レベルアップしたのか、素早く殲滅するコツのようなものを掴んだのだ。
グルアアアアッ!!
「お前の弱点はそこだろ!!」
土竜も最初はその硬さに苦労させられたが、ノームの魔剣の強度はそれ以上の硬度を誇る。相手の心臓の位置さえ把握してしまえば、あとは攻撃を躱しながら近づいて突き刺すだけだ。
同じ竜でもあの火竜ほどの怖さは全く感じられなかった。
唯一空を飛んでくる魔物、プティーラが一番厄介であった。
プテラノドンと酷似した魔物で竜種ではないらしい。
魔法は使って来ないようだが、こいつも恐竜タイプの特徴なのか、フィジカルが高くて動きが素早い。攻撃を当てるのが難しかった。
だが、土竜ほどの硬さはないので、素早い動きさえ見切られれば楽に倒せる相手だ。魔法を持っていないプティーラはこちらを攻撃してくる為、何度も降下してくる。わざわざ近づいてくれるのだから、剣士である俺からすればやり易い。
ただ、後衛タイプの佐瀬はプティーラの相手に苦慮していた。少し目を話すと何時の間にか頭上から襲ってくるからだ。
アロー系の誘導魔法を叩き込むも、こいつもなかなか魔法耐性が高いようで、一発だけでは堕ちなかった。
「なら……こいつでどうよ!」
佐瀬は姉仕込みの魔法連射でアロー系を複数放った。
流石に同時発動は厳しいみたいだが、攻撃魔法はある程度の速射が可能だ。
綺麗に等間隔で追尾する【ライトニングアロー】は、遂に目標を捉え、初弾が命中すると後続も次々と着弾し、堪らずプティーラは撃墜した。
「ふぅ……これ、魔力消費が激しいわ。まだまだいけるけど……」
「こっちも動きっぱなしだが……まだいけるな」
ここでの戦闘は心身共にタフネス差が要求される。
引っ切り無しに戦闘となる為、俺たちは少しでも空いた時間を休憩に充てた。
「イッシン。すまないが【ヒール】をくれないか。腕を少し傷めた」
「おう! 大丈夫か?」
俺は即座にケイヤに【ヒール】を放った。
「……うむ。問題ない。助かった」
ケイヤは満足そうに右腕を動かしていた。
「イッシン、俺にも頼む……」
「わ、私も……」
「こっちもプリーズ……!」
「お、おう……」
思った以上に負傷者が多い。
やはりAランクの魔物は侮れない存在だ。
それでも俺の【ヒール】さえあれば、命さえ落とさない限りすぐに復帰できるし、仮に死んでしまっても……状態によってはセーフなのだ。
これはダンジョン探索において最高の環境だ。
「ありがとう、イッシン。アンタ一人いるだけで、かなり生存確率が上がるわね」
「全くだな。多少怪我を負っても問題ないと分かると……少し無茶をしてしまうが……」
レーフェンの言葉にロイも同意した。この二人だけは俺の蘇生魔法を知らない。それでも瞬時に怪我を治してしまうチートヒールは破格の効果なのだ。
だが、ロイの意見には俺も色々と考えさせられてしまう。というか、ここ最近似たような事を何度も思っていた。
(このチートヒールがあるからこそ、俺たちの探索は他とは違って速いんだろうなぁ)
俺たちが短期間で飛躍した要因でもある。
普通の冒険者たちは怪我をする事を恐れて慎重になる。
怪我をすれば命に係わる、という当たり前の話でもあるのだが、それ以上に出費が嵩むのだ。怪我の度合いにもよるが、仮に腕を欠損したとかになると、かなりの治療代か高級なポーションが必要になるからだ。
そうなればダンジョン探索は確実に赤字だ。
貯えが無い冒険者ならば、大怪我した時点で引退まであり得る。
一方、俺たちはどんな無茶をしても、チートヒールで全回復だ。お金も一円も掛からない。俺の魔力が一時的に少し減るだけ。
俺たちはそれを当たり前のように享受していたが、よくよく考えるととんでもない恵まれた環境である。
途中参加のケイヤたち三人は俺たち以上にその恩恵の凄さを痛感した事だろう。
ダンジョン探索開始から十八日目、やっと60階層のボス部屋前まで辿り着いた。
ここまでSランクの徘徊モンスターは現れなかったが、Aランク魔物の湧くスピードが尋常では無かった。
ある意味Sランク単体を相手するよりもしんどかった。
そして……ボス部屋である。
50階層守護者がSランク相当だったので、予想ではSSランクの魔物……しかも恐竜タイプだと思うのだが……
俺たちはボス部屋の扉をそっと開き、中を覗いた。
「……? なんだ、あいつは?」
「恐竜タイプじゃあないね……」
あれはどうみても虫……蝶だ。
ボス部屋の中は森林フィールドになっており、木々の奥に開けた場所が存在した。
そこに緑をベースにしたカラフルな羽を持つ巨大な蝶がふわふわ飛んでいるのだ。
「蝶の魔物……聞いたことが無いなぁ」
「シグネ。あいつの鑑定出来るか?」
「もう見終わったよ! えっと……名前は“
ふむ、
妙な名前だが……
もしかして何処かの
「風の加護持ちで魔力が……に、二十万以上!? 相当高いよ!!」
「「「二十万!?」」」
こいつは……もしかしてハズレを引いてしまったか?
搦め手タイプは面倒なのだが……
「どうする? 挑戦するの?」
佐瀬も何か危険なものを感じ取ったのか、俺に確認を取ってきた。
(くそ! デストラムみたいにパワータイプなら、最悪どうにでもなるんだがなぁ……)
シグネの【看破】による鑑定結果を聞いた限り、アレはどうみても後衛タイプだ。魔法を使ってくるのだろう。
だったら接近戦に持ち込めば楽勝じゃないと思うかもしれないが、そう簡単にはいかない。
二十万の魔力量による即死攻撃が飛んで来たら? 当たれば一発でアウトだ。
風魔法で恐ろしいのは【ウインドーカッター】のような切断系の魔法だ。
魔物と人の魔法は一部違うと聞く。開幕早々、風のカッターでバラバラにされる可能性があるのだ。
となれば、ここは……
「俺が行こう。まずは相手の様子を見る」
「一人で行く気か!? 無茶だ!!」
ケイヤもあの蝶が危険だと思っているようで、俺一人で行くべきではないと言ってきた。
ケイヤにはまだ話していないが、俺には蘇生魔法の予約というチート魔法が存在する。ただし、この魔法は現在俺自身にしか使えない仕様だ。
よって、誰か一人が行くとしたら俺が適任なのだ。
「待った! 矢野君が行く必要はないよ」
そう告げた名波はマジックバッグからゴーレム君を取り出した。
まさか……
「ゴーレム君を囮にするつもりか!?」
「矢野君は何かあった時の最後の保険。まずはゴーレム君が……その次に私が行く!」
名波が志願してきた。
「駄目だ! 危険すぎる!」
「危険なのは百も承知だよ。それにほら、ゴーレム君は乗り気だよ?」
今のやり取りだけで状況を理解したゴーレム君が自分に任せろとジェスチャーしていた。
「私もルミの意見に賛成だ。なんなら、ルミに代わって次は私が出てもいい」
ケイヤも志願するが、名波が首を横に振るった。
「駄目だよ。相手は魔力二十万越えの魔物。生半可な魔法防御力じゃあ、きっと耐えられない。だからここは回避に特化した私が適任かな」
確かに名波の俊敏性は高い。更に闇魔法【シャドーステップ】なら、若干のタイムラグはあるものの、相手の影に瞬間移動も出来るのだ。
相手の出方を伺うには最適な魔法だろう。
「無理そうならすぐに引き返すよ。その時は彩花、援護宜しくね!」
「……分かった! でも、絶対に無理しないでよ!」
親友である佐瀬が覚悟を決めたのだ。これ以上、俺がどうこう言うのも野暮だろう。
「……頼んだ! 状況次第ではすぐに戦闘に入るから、全員準備をしておいてくれ!」
「「「了解!」」」
ボス部屋前にゴーレム君と名波が配置に着いた。
「行くよ……GO!!」
「――――!!」
ゴーレム君は頷くと、森の奥を漂っている巨大な蝶――――
改良を重ねたゴーレム君は、デストラム並の運動性能を持っている。火力に防御力も上がっているのだが、果たして…………
――――っ!
直後、森の中が急に騒がしくなる。木々がざわめいているようだ。
これは――――
「――――風魔法を使ってるよ!」
「――――っ!?」
(奴の魔力量からすると大した風力では無さそうだが……一体何をするつもりだ?)
…………?
一方、風を発生させている
――――フォンッ!
妙な耳障りがしたと思ったら、ゴーレム君の右腕と左脚が切断されていた。
「――――っ!?」
「ちぃ! やっぱり切断系の魔法か!?」
辛うじて俺の強化された視力で魔法を観測できた。
奴は合計三本の風の刃を超高速で放ち、それを感じ取ったゴーレム君が身体を捻って回避しようとするも、腕と脚を一本ずつ斬られてしまったのだ。
なんとか刃一本だけは躱せたようだが、次は無い。
このままではゴーレム君が危ない!
その直後、
【シャドーステップ】を発動させ、相手の影に瞬時に移動したのだろう。
――――っ!?
斬ったと思った直後、奴を中心に凄まじい風が周囲へと広がった。
「ぐっ!?」
包丁は一歩届かず、名波は後方へと吹き飛ばされてしまった。
このままではまずい!
「俺が援護に行く! 一旦待て! 皆が突撃するかは……ケイヤ! お前の判断に任せる!」
「――――っ!? 分かった!」
仲間に短くそう告げた俺はボス部屋の中へと踏み込んだ。
(これくらいならペナルティにならない筈だ!)
ボスが襲って来ない部屋の外からの援護や、出たり入ったりを繰り返した削り攻撃などはダンジョンペナルティの対象となるらしい。
だが、時間差で参戦するくらいならば問題ないとも聞いている。
名波は吹き飛ばされたお陰で奴との距離が空いていた。あの位置なら安全圏だろう。
問題はあの蝶のすぐ傍で動けなくなっているゴーレム君だ。俺が回収しなければならない。
――――っ!!
俺の接近に気が付いた
俺ほどの魔力量は無い筈なのに、技量差なのか相手の方が大きく感じられる。
「虫の癖に随分と魔法がお上手じゃないか! 俺にも見本を見せてくれよ!」
俺の言葉を挑発と受け取ったのか、それとも偶々か、奴は風の刃をこちらへ放ってきた。
(――――躱せる!)
ゴーレム君の犠牲のお陰だ。
初見では厳しかっただろうが、一度その魔法を見ていた俺はなんとか風の刃を回避した。
「ゴーレム君、オフ状態になれ!」
「…………」
俺がマジックバッグで回収する事を理解していたのか、ゴーレム君はとっくに待機状態となっており、それにより彼は生命とは認識されない。よってマジックバッグに収納できる状態となっていた。
俺はゴーレム君のボディに腕と脚を急いで回収する。
一方、
(……? 最初使った風魔法……か?)
ゴーレム君が接近した時、まず初めに行っていた謎の微風である。
これに一体何の意味があるというのか……
だが、それは直ぐに思い知らされることになった。
「ガハッ!?」
「「「イッシン!?」」」
突如、俺は吐血した。
全身が痺れ始め、眩暈もしてきた。
すると、突然俺の全身が光り輝き始め、それと同時に一気に気分が楽になった。
これは……俺の第三の予約魔法【リザーブキュア】が発動したようだ。
この魔法は他の予約魔法とは違い低コストなので、ほぼ年中予約状態を維持し続けていられるのだ。
これが発動したということは、俺に深刻な状態異常が起こったという証左であった。
(まさかこいつは……毒か!?)
合点がいった。
道理で最初にゴーレム君へ放った時には通用しなかった訳だ。ゴーレム君は活動時にマジックバッグから生物判定を受けるが、正確には生き物ではなく魔導人形――――ロボットのような存在だ。
故に毒の類は効かないのだ。
奴は襲ってくる敵に対して、まずは風で毒の鱗粉を周辺に散布する。その後、風の刃で攻撃して相手を確実に仕留める二段構えだ。
風の刃を躱せる程の実力者でも、毒を受ければ次第に動きが鈍り始めるだろう。
(なんちゅうー悪辣な!?)
闘力六万オーバーの俺に致死量判定が出たということは、この鱗粉はかなりの劇物だ。
だが、俺なら幾らでも治しながら戦える。
(このまま奴と戦うか? いや……)
ここは一度引こう。
奴にはまだまだ手の内がありそうだ。それに仲間たちも戦ってみたいだろうしな。
今度はしっかり対策してから全員で挑みたい。
(――【リザーブキュア】!)
再びキュアを予約しておき、俺は入り口目指して駆けだした。
すると――――
『————イッシン! 留美が危ない! 助けて!』
「なに!?」
突如、佐瀬の念話が脳内に響いてきた。
(名波は逃げたんじゃあなかったのか!?)
俺は慌てて周囲を見渡すと……森の奥で血を吐いて倒れている名波の姿を発見した。
(しまった! 既に毒をくらっていたのか!?)
恐らく、最初の奇襲時に少しだけ毒を吸ってしまったのだろう。
それでも名波が行動不能になるほどの猛毒だ。
やはりSSランクは手強い!
俺は急いで名波の元へと急行した。
それと同時に、このまま
「おら! 風魔法は火がお嫌いなんだろう!」
最下級魔法【ファイア】を連射した。
姉の様に上手くは行かなかったが、魔力の量だけは多めに籠めて連射した。
ちょっと籠めすぎて、やや暴発気味にあらぬ方向へと飛んだり、己の手を焼いたりもしたが、火を嫌った
「うぉっ!? ぐぬぬっ!」
それをなんとか耐えながら名波の元へと向かう。今の風で彼女も飛ばされてしまったが、お陰で奴との間に距離が生じた。
(……よし! まだ息がある!)
ならば全く問題無し!
俺はすぐに【キュア】と【ヒール】を発動させた。
「――っ!? ふぅ……あ、ありがとう!」
すぐに復活した名波が礼を述べた。
「よし! 反省は後で今は逃げるぞ!」
「うん!」
吹き荒れる風を逆に利用して、俺たちはそのまま入り口まで駆け出した。
奴が火を相手に暴れている隙になんとか脱出に成功した。
ダンジョンからのペナルティは……やはり無い。
奴はボス部屋からは出て来れないらしい。何処か他の場所に強制転移されるだとか罠が作動する気配もない。
(ま、部屋の外から攻撃した訳じゃあないから当然か)
ダンジョンによるペナルティの種類や詳細は謎が多いが、確実に存在するらしい。その辺りの判定が曖昧なので、こうやって逃げる時には些か緊張する。
「イッシン、すまない。出る隙が全く無かった……」
「いや、いい判断だったぞ、ケイヤ。無策で突撃されていたら、多分被害者が増えていた」
あの毒攻撃は反則だ。
俺とゴーレム君以外だと即戦闘不能に陥ってしまう。
(しかし、これで相手の手札を何枚かは見切ったぞ!)
まだまだ奥の手を隠していそうだが……毒をなんとかすれば勝機はあるだろう。
俺たちは一度60階層で休息を取った。
メルキア大陸東部――――
メルキアの東端には大陸最大の領土と軍事力を誇るバハームト王国が存在する。
現在、大陸の覇者バハームトを統治するのは第十二代国王フリーデル。この世界の水準からすると比較的に善政を敷いており、国民からは歴代の中でも最高の賢王だと讃えられていた。
そのバハームト王フリーデルは困っていた。
「うーむ。新たな流行り病とは……」
ここ数週間、大陸東部で謎の伝染病が流行していた。
最初は熱や咳が出て、暫く経つとそれが重症化する。患者によってはかなりの体力を消耗し、耐えきれずに死んでしまうケースも出始めていた。子供や老人の死者が増えていた。
「治癒魔法士では治療できないのか?」
「残念ながら完治には至らない様です。真の聖女ならば或いは……」
「聖女、か……」
世の中には、どんな病気や怪我でも治してしまう、とんでもない治癒魔法士がいるそうだ。
特に優れた治癒魔法士の女性は聖女、男は聖者と呼称されることが多い。
だが、聖女や聖者の大半は、ちょっと腕と顔が良いだけの治癒魔法士に過ぎず、不治の病を治せるほどの実力者は滅多に現れなかった。
そんな中、真の聖女と呼ばれるような存在が、この大陸の西部で発見されたらしい。
聖女ノーヤ
信じ難いことに、その聖女は不治の病どころか死人すらも蘇らせるという話だ。
(魔法局から報告のあった例の【リザレクション】持ちか)
バハームト王国は以前から国宝であるマジックアイテム“魔法書”で、光の神級魔法【リザレクション】の使い手がいる事に気が付いていた。
だが、流石に魔法名と習得者一名という情報だけでは探しようがなく、その件に関しては一先ず放置する方針であった。
しかし、今は状況が変わってしまった。
(その聖女ノーヤとやらなら……その流行り病も治せるのだろうか?)
バハームト国内で生活している異世界人“チキュウ人”からの情報によると、どうもその流行り病は“ウイルス”と呼ぶモノらしく、人から人へと感染する厄介な病気らしい。
しかもウイルスとやらは変異するそうで、急に感染力が高まることもあるそうだ。
その場合、宿主である人間を殺さぬよう、威力も弱まったりするそうだが……それまでの間は猛威を振るうらしい。
「既に多数の国民が発症しております。チキュウ人の医者が言うには、感染拡大を防ぐべく、今は隔離するしかないと……」
「チキュウ人の作る薬では効果が無いのか?」
「それなりの効果が出る薬を作るのに、凡そ数年は掛かると……」
大臣の言葉に王は肩を落とした。
(文明の発達したチキュウ人でも、流石に全ての病気を治すのは不可能か……)
寧ろ、そちらの分野に至っては一部魔法の方が優れているのかもしれない。
ただし、医者とは違って優秀な治癒魔法士は驚くほど数が少ない。治療できる者の数が用意出来ない以上、チキュウ人の力も借りる必要がある。
それに彼らの知識は本物だ。見つかるかどうかも分からない聖女の捜索をするより、彼らと協力する事が肝要だ。
「兎に角、慌てず的確に対処をするのだ。まずは発症した者たちを隔離せよ! これ以上の感染者増加を防ぐのだ! チキュウ人の医者からしっかりと話を聞き、慎重に行動するのだぞ!」
「「「ハッ!」」」
担当の文官たちは直ぐに持ち場へと戻った。
冷静沈着で柔軟的な思考を持ち、時には即断即決をする。
これが今代のバハームト王だ。
だが……そんな王にも弱点があった。
「た、大変です! 王女様が流行り病に感染したようです!!」
「な、なんだとぉ!?」
普段の厳格な振る舞いから一転して、王は酷く狼狽していた。
王は慌てながらも大声を張り上げた。
「は、早く治すのだ!! どんな手を使ってでも……! そうだ!! 聖女!! 聖女ノーヤを連れて参れ!!」
「お……王! お、落ち着いてくだされ! 聖女の捜索はすぐには不可能です!」
「まずは国内最高の治癒魔法士を呼びましょう! それとチキュウ人の医者にも話を聞かないと……!」
「何でもいいから、さっさと実行するのだー!!」
王は……家族思い故に親バカであった。
※8/11
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