第174話 デストラム再戦

「あの魔物は……っ!」

「デストラム……!」


 恐竜タイプの魔物――デストラムをケイヤが鬼の形相で睨みつけた。


「あれが噂の……」

「初めて見た……」

「強そう!」


 俺が前に住んでいた開拓村での惨劇は佐瀬たちにも話してある。奴の名を口にしたことで油断ならない相手だということは彼女らにも伝わっただろう。


「一心、アイツなんなの? 随分と強そうだけど……」


 背後にいる姉に問われた俺は振り返らず、前を見ながら答えた。


「デストラム。推定討伐難易度Aランクだ。魔法は使ってこないが、フィジカルはAランクでもトップクラスらしい」


 あの惨劇の後、俺は奴の情報を調べていた。


 アイツは身体能力だけでAランクの上位に食い込んでいる怪物だ。今の俺たちはSランクの魔物相手でも渡り合えるくらいの実力はあるが……かといって、全く油断していい相手では無い。そもそも人間と魔物とでは身体の構造からして違うのだから。


 しかも、今回はそれが群れで襲ってきたのだ。


「先頭にいるデカいのは俺が相手する!」


 一頭だけ、他の個体より大きな奴が存在する。俺の記憶が正しければ、開拓村を襲った個体はあんなに大きくなかった筈だ。


 恐らくアイツが群れのボスだろう。


「みんな、済まない。私に一頭くれないか? アイツは……私一人で倒したい!」

「ケイヤ……」

「お前……」


 珍しく我儘を言うケイヤに同僚であるレーフェンとロイは言葉を詰まらせた。どうやら二人とも、開拓村での出来事を知っているようだ。


「なら、他の小柄な三頭は私たちがバラけて相手しましょう!」

「小柄ってサイズでもないけどね……」

「ラジャー!」


 佐瀬の提案に名波とシグネが頷いた。


「じゃあ、私は適当に後ろから援護射撃するわよ!」

「頼んだ、姉さん!」


 こっちの相談が終わったタイミングで、向こうもしびれを切らしたのか、五頭が一斉に動き出した。


「そこのデカいの! テメエの相手は俺だ!」


 デストラム……以前は全く歯が立たず、自爆紛いの戦法で辛勝したが、今度は完勝してみせる!


 そう思いを込めて剣を振るったのだが、俺の攻撃をデストラムは前足であっさり弾いた。


(こ、こいつ……!?)


 想像以上に動きが速い!


 俺も相当レベルが上がった筈だが……こんなにも強かったのか!?


「苦戦しているようね! 一心!!」


 俺を心配してか、姉が後ろから魔法を連射した。


 初見の相手ということで、水、雷、風、土属性の魔法を一通り撃ち込む。


 それに対してデストラムは――――無傷であった。


「――――マジ!?」

「全く……効いていない!?」


 これは予想外過ぎる。フィジカルだけでなく、魔法耐性も凄まじいのか。


 しかも、驚くべき出来事はそれだけではなかった。


 デストラムが口を大きく開けると、奴の口内が真っ赤に輝き出した。


「やべっ!? 姉さん!!」

「――――っ!?」


 俺は慌てて背後に居る姉を抱え、その場から跳躍して離脱した。


 その直後――――凄まじい熱風と爆音が周囲に木霊した。どうやら火の玉を吐き出したようだ。


「ちょっと!? アイツ、魔法使わないんじゃなかったの!?」

「そ、その筈なんだが……あいつ、まさか亜種か!?」


 亜種


 魔物は稀に他の同族とは異なった能力の個体が出現する。所謂突然変異という奴だ。


 亜種の厄介なところは、その大半が通常種より強いという点であった。


 あの新たな災厄となった“氷糸界”も、元はただのAランクであるアーススパイダーの亜種だとされていた。


(じょ、冗談じゃないぞ!?)


 デストラムもAランク、しかもその強さはアーススパイダー以上だと思っている。


 目の前の敵が“氷糸界”以上ではないかという懸念が浮かび、俺は冷や汗を流したが、冷静に相手を観察すると、どうもそこまでの相手ではなさそうだと感じた。


(……大丈夫だ。氷糸界あいつほどの恐ろしさは感じない。せいぜい……Sランク辺りだろう)


 それでも十分脅威な存在には違いないが、今の俺なら倒せるレベルだ。


「姉さん! アイツは魔法が効かないようだ。他の方の援護を頼む!」

「分かったわ! スティグソン、アンタたちは離れていなさい!」

「了解しました、ハルカ様!」


 さすがにスティグソンたちでは実力不足だ。彼らもそれを痛感したようで、俺たちから距離を取っていた。その辺りは姉さんがキッチリ教育していそうだ。


(あの亜種……恐らく中級魔法クラスじゃあ、全く効かなそうだな)


 姉には相性最悪の相手だ。魔法で奴を倒すつもりなら、技術云々ではなくその前に破壊力が要る。


 佐瀬の上級魔法なら効くかもしれないが……彼女は今、他の個体を相手に忙しい。


(こいつは俺が倒す!)


「いいぜ! お互い強くなってのリターンマッチってやつか……上等だ!!」


 コイツ自身にとっては身に覚えの無い話だろうが……こんな街の近くに棲息している以上、見過ごす訳にはいかない。この群れはここで確実に根絶やしだ!


(【リザーブヒール】!【リザーブリザレクション】!)


 まずは自身に回復魔法と蘇生魔法を予約掛けしておく。


(なるべく使わずに済むと良いが……)


 あとは光魔法【セイントガード】とスキル【アーマー】を掛けて戦闘前の保険は終了だ。


「まずはその動きを鈍らせる!」


 俺はノームの魔剣を握りしめてデストラム亜種へと斬りかかった。


「うおおおおおおっ!!」


 グルアアアアアアッ!!


 俺の斬撃をデストラム亜種は前足で防ぎ、更に口を開け食らいつこうとしてきた。


 それを俺はバックステップで危なげなく回避する。


 すると奴は身体を素早く翻した。


(尻尾攻撃か!?)


 尻尾は前足よりリーチが長く、まるで鞭のように襲い掛かってきた。


 慌てて跳躍してやり過ごすも、その隙に再び正面を向いたデストラム亜種が口を開けた。


(食らいつく気か!?)


 奴自身も跳躍し、そのまま空中でこちらを丸飲みしてこようとしてきたのだ。


 俺は急いでマジックバッグに手を突っ込んだ。


「これでも食ってろ!!」


 取り出したのは高さ3メートル程もある大岩だ。こんな時の為、俺は色んな物をマジックバッグに収納しているのだ。


 グガッ!?


 突如現れた大岩を口に入れられたデストラム亜種だが、なんとそのままかみ砕いてしまった。恐ろしいまでの顎の力だ。


 その隙に、一足先に地面へ着地した俺は、奴が地面に降りた瞬間に左足を斬りつけた。


「【スラッシュ】!!」


 グアアアアアアアッ!?


 左足を深く傷つけられ、奴は初めて悲鳴を上げた。


「よし! これで動きは鈍っただろう」


 あちらもそう判断したのだろう。


 奴は再び口を開き、そこに魔力を集中していた。先ほどの火属性魔法を放つつもりなのだ。


(丁度いい。火竜戦前に試してみるか!)


 今度は避けず、俺は真っ向からデストラム亜種へと駆けだした。


 ガアアアアアアッ!!


 方向と共に、強烈な火球が俺へと襲い掛かった。


「――――っ!?」


 俺は魔力を全身に漲らせて、相手の火魔法を耐え忍ぶ。


「ぐっ!? ぐうう……ああああっ!!」


 グルッ!?


 何とか凌ぎ切り、全身火傷を負ったまま俺が飛び掛かると、これには流石の奴も意表を突かれたのか、驚きで身体が硬直していた。


「隙だらけだ!!」


再び【スラッシュ】を発動させ、闘力6万オーバーである俺の斬撃がデストラム亜種の首筋に撃ち込まれた。


 ――――っ!?


 首は見事に切断され、デストラム亜種は悲鳴も上げられないままそこで絶命した。


「……ふぅ。火竜の前哨戦としては、悪くない相手だったな」


 Sランク相当である魔物の火炎攻撃を耐えられたのだ。予行演習としては上出来だろう。


 全身火傷でヒリヒリする。


【リザーブヒール】に設定しておいた致命傷には至らなかったのか、負傷しても自動回復が行われなかった。


 改めて【ヒール】で全身を治療する。


(もう少し自動設定の基準を下げておくか? ……いや、これくらいの傷なら戦闘続行できる。このままで問題ないか……)


 可能なら自動発動条件の異なる【リザーブヒール】の重ね掛け予約をしたい。軽傷でも自動回復するヒール、重傷時に発動するヒール、致命傷用の自動ヒール、といった具合に三つ出来れば最高だが……


 それが当面の目標ではあるのだが、同時の魔法予約はなかなかに難しいのだ。



 俺が一息ついている間に、他のデストラムも仲間たちによって狩られ始めていた。


(流石はケイヤだ。今のアイツなら、デストラムとタイマンでも負けないな)


 ケイヤは剣のみでデストラムを圧倒していた。


 もう相手は戦意を喪失し始めたようで、デストラムはなんとかケイヤから逃れようとしていたが、開拓村での怨みもある為、彼女はここで逃すような真似はしないだろう。



 佐瀬はレーフェンと組んで戦っていたようだが、既にデストラムを討伐し終えていた。火力と盾の組み合わせはシンプルだが、それ故にこのペアはかなり強い。



 名波は姉さんと組んだみたいだが……デストラムは既にボロボロであった。


 どうも姉さんが魔法の実験台にしているらしい。通常種は亜種ほどの魔力耐性を有していない様子だ。名波もそれに便乗してか、闇魔法を色々と試しているみたいだ。一番可哀想なデストラムであった。


(……相手が哀れ過ぎる)


 これには流石の俺も同情してしまった。



 シグネは同じ風魔法を扱うロイと共に戦っていた。二人とも【エアーステップ】を使って相手を翻弄し、刀や剣で確実にダメージを与えていた。


 地上戦を得意とするデストラムもこれには対応できないようだ。



(なんだ。楽勝じゃん!)


 かつての強敵であったが、こうして実際に戦うことにより、俺たちはかなり強くなったのだと実感した。


 最近、強い連中ばかりと遭遇した為、少し感覚が麻痺していたが、これで自信を持てるようになれば幸いだ。








 デストラム亜種と通常種の合計五頭の遺体をマジックバッグに収納した。その後ついでに周辺のケプの実も回収して、更に木も伐採し尽くした。


「ちょっとだけ残しておいた方がいいんじゃない?」

「一部は根っこごと引っこ抜いてバッグに収納しておくから、今後ケプの木を育てるかは姉さんが判断してくれよ。ただ、このままここに放置すると、またあのとんでもない恐竜が出てくるかもしれないぞ?」

「…………一旦、全て伐採しましょうか」


 魔法が効かなかったあの個体だけは、流石の姉でもどうしようもない。そう判断した姉は一旦全ての木を伐採する選択をした。


「ダンジョンまでの道のりも整備出来たし、これでかなり楽になるかしら?」

「ここらの木々も伐採した方が無難かもな。通行がかなり便利になる」


 環境活動家が聞いたら激怒しそうな発言だが、ああいう活動家は概ね、自分たちの生活に余裕があるからこそ、そんな事を言えるのだ。


 魔物の多くは人類にとっての脅威であり、森は彼らのテリトリーである。


 だが、人が豊かな生活をしていく上で、ある程度の森林開拓は必要不可欠なのだ。特に我々元地球人は、森の中での生活には耐えられそうもない。


 それにダンジョン探索は貴重なマジックアイテムやドロップ品を発掘するのに絶好の狩場であり、そこまでのルートを整備するのは為政者側としては当然の対応であった。



 それからも俺たちは危険な魔物を間引きしていき、道を塞いでいる木々や岩を回収しながらダンジョンまでの道を簡単に整備し続けた。


 そんな活動をしていたものだから、予定よりだいぶ遅れてダンジョンに到着した。



「着いたわ。ここがダンジョンよ」

「へぇ。入り口はシンプルな洞窟型かぁ……」


 大きな崖に洞窟が見えた。一見するとただの洞窟だが、目を凝らして内部を見ると、途中から地面や壁などがある程度整っていた。


 まさにダンジョンの入り口といった雰囲気であった。



 姉の話では、ここのダンジョンにはまだ名称がないらしく、10階までは攻略済みだそうだ。


 1階から10階まではオーソドックスな洞窟風の階層だが、これはほとんどの階層型ダンジョンで良く見かける光景だ。


 中には初手から個性が強いダンジョンもある。


 例えば、階層型ではなくエリア型の古城ダンジョンや、ボスしか存在しないクレイヤードダンジョン、斧ばかりドロップする石斧ダンジョンなど、様々なタイプが存在するのだ。


 ただ洞窟タイプでも、先に進んで行くと急に階層の雰囲気が変化する事もある。俺たちが挑戦したオルクルダンジョンも、初めは洞窟タイプであったが、途中から何故か山岳地帯に変化し、山登りをする羽目になった。



 それらの情報を説明すると、俺の話を姉は興味深そうに聞いていた。


「へぇ。先に進めばダンジョンも色々と面白くなる訳ね」

「お、面白いかは人それぞれだろうけど……ちなみに11階層は覗いたの?」

「勿論見たわよ。11階層も洞窟だったから、飽きて10階層の転移陣で戻ってきたのよ」

「ふむ……」


 恐らくこのダンジョンは10階層毎に転移陣があり、最初は洞窟タイプなのだろう。このパターンだと10階層毎に難易度や環境が変わる可能性も高い。


 だが、その先がどうなっているかは現時点では未知数だ。


 このダンジョンは最近発見されたばかりだ。この周辺にはヤノー国以外に人が住める大きな村や町は存在しない。つまり、このダンジョンは全く手つかずに近い状態なのだ。


(俺たちが初めての本格的な挑戦者って訳か……面白い!)


 俺は仲間たちと相談した。


「今日は一度戻って準備して、明日から本格的にダンジョン探索をしてみないか?」

「「「賛成!!」」」


 全員が首を縦に頷いた。心なしか全員楽しそうだ。ケイヤなんかは明日が待ちきれないといった様子だ。


 新規のダンジョン攻略だ。胸が躍らない筈がない。


「うーん、私も探索したいけれど……今はやること一杯あるし、攻略の方はアンタたちに任せるわ! その代わり、ダンジョンの調査をお願いね! その分、情報次第では関税も少しだけ減らしてあげるから」

「少しだけ?」

「うん。少しだけ」

「…………」


 我が姉ながらがめついな。


 ただ姉としても、街の人々を養っていく立場なので、色々と稼ぎが必要らしい。


 差し当たっては、大量の食料と生活が便利になるようなマジックアイテムを姉は所望していた。


(生活用のマジックアイテムかぁ……)


 魔法を放てるようなマジックアイテムや、マジックバッグなどだろうか?


 あとはポーションなんかも喜ばれるだろう。


 一応回復魔法の使い手は街にも居るらしいが、俺ほどチートじみていないので、何かあった時の非常用にポーションを確保しておきたいようだ。



 帰りはエアロカーで一気に街まで戻り、その日の残り時間はダンジョン探索の準備に充てた。


 そして、翌日――――




「じゃあ、入るぞ!」

「「「おー!」」」


 俺たち七人は名無しのダンジョン攻略をスタートした。








 攻略初日、俺たちは20階層の守護者を討伐し終えた。


「20階層のボスは火ネズミか」

「微妙だったね……」


 かなり小さい魔物だが、火の魔法を放ってくる厄介な相手だ。


 まぁ、討伐難易度はCランクだったので、俺たちの敵ではないのだが、ドロップ品が“火ネズミの牙”と微妙だったのだ。


(これ、何に使えるんだ?)


 その辺りは冒険者ギルドが詳しく、ドロップ品はほぼ何でも買い取ってくれるのだが……ヤノー国にはギルドが無い。


「10階層はオークだったし……このダンジョン、しょぼいんじゃない?」


 名波は肩透かしを食らっていたが、通常のダンジョンの低階層など、所詮こんなものだろう。


 それに、俺は名波とは真逆の感想を抱いていた。


「いや、そんなこと無いだろう。よく考えて見ろよ? 10階層でDランクのオーク、20階層でCランクの火ネズミが出たんだぞ? このままだともしかしたら、50階層でSランク、60階層でSSランクが出てくる可能性もあるぞ」

「……あ」

「そっか……」


 一階層毎でボスが出てくるクレイヤードダンジョンや、古城ダンジョンなどのエリア型は例外だが、50階層でSランクレベルが出てくるとしたら、今まで経験したダンジョンの中では群を抜いて高難易度だ。


 ブルタークダンジョンは50階層付近でも確かCランク程度だった筈だし、この前挑戦したクリスタルダンジョンも115階層でようやくSSランクのボスが登場したくらいなのだ。


 そう考えると、このダンジョンは想像以上に超上級者向けかもしれない。


「ま、あくまでこのままのペースで上がって行けばの話だけどな」


 進んでみれば自ずと答えが出るだろう。



 俺たちは21階層へと続く階段を降りた。


 すると――――


「――――へ?」

「これは……」

「うわぁ、フィールド階層かぁ……」


 21階層でいきなり環境が変化した。俺たちの目の前には荒野が拡がっていた。


 赤茶けた大地に所々、大きな岩山などが存在した。一部、森も見える。


「ダンジョン内にこんな場所があるのか……!」

「つくづく不思議な場所よね。ダンジョンって……」

「ああ……」


 ケイヤたちも呆れながら荒野を眺めていた。


「こんな広い場所から地下への入り口を探せっての?」

「うーん……面倒だ……」


 徘徊している魔物を見る限り、恐らくCランク相当はあると見た。


 先程の守護者がCランクで、今度は徘徊する雑魚モンスターがC……


(これはいよいよ、60階層でSSランクのボスってパターンが現実味を帯びてきたな!)


 確かに難易度が高そうなダンジョンではあるが、その分浅い階層でそれなりの相手と戦えるというメリットも存在する。


 その為、ダンジョンを潜る時間を節約できるので、人によってはこちらの方が稼ぎやすいと捉えるだろう。


 姉が聞いたら大変喜びそうな情報だ。


 ただ……各階層が広ければ当然探索にも時間が掛かる訳で……これでは何の意味もない。俺たちが初の到達者なので、当然地図も無い。


(こりゃあ、マッピングが大変だなぁ)


 そこで俺はエアロカーを取り出した。


「とりあえず空から見て回るか」

「あ、そっか。ここのダンジョンには私たち以外居ないしね」


 普段はダンジョン内でエアロカーを使っていなかった。他の冒険者とのトラブルを避ける為だ。


 だが、最近ではもう隠す意味もあまり無いし、このダンジョン内には俺たちしかいない。ダンジョン内の空は偽物だが、天井までの高さは十分ありそうだ。


 よって気兼ねなく自由に空を飛んで探索出来るのだ。



 それならば…………




「――――【サンダーストーム】!!」


 佐瀬の雷魔法【サンダーストーム】が地上に集まっていた魔物たちを蹂躙した。


 ダンジョン内の魔物は野生と違い、互いの強さに関係なく必ずこちらに襲い掛かって来る。その特性を生かし、エアロカーで魔物を大量に釣り、集まったところで大魔法を叩き込む。


(他プレイヤーがいるオンラインゲームとかだと、近くでやったら嫌われる狩り方だろうな)


 しかし、このやり方が一番効率良い。


 それにこのダンジョン内に他の冒険者はいないだろう。よって気にする必要なし!



 黒焦げになった魔物たちの遺体が消え、代わりに幾つかのドロップ品と魔石を残していった。


 死体の損傷を気にしなくてもいいのがダンジョン狩り最大の利点だ。


「相変わらずサヤカの魔法は素晴らしい威力だが……これでは私の出番が無いぞ?」

「もう少し待ってくれ、ケイヤ。この辺りの階層で出る魔物は俺たちにとっては雑魚だし、今は先に進むことを優先しよう」


 雑魚狩りはあくまで探索をし易くする為の作業に過ぎない。


 魔物の居なくなった周辺にエアロカーを低空飛行させ、全員が周囲に目を光らせながら先へと進んだ。



「あったぞ! あれがそうじゃないか?」


 ロイの指差した方向には大岩があった。その大岩に竪穴があり、そこに下り階段がチラリと見えた。


「うわっ!? 分かりづらっ!」

「この辺の岩、全て吹き飛ばせないのか?」

「ダンジョン内の構造物は基本的に破壊不可だ。無理に壊そうとすればペナルティがあるって噂話を耳にするし……」


 地面や壁など、ダンジョン内の構造物は少しだけ削れたり壊れたりする箇所もあるようだが、それが一定以上に達すると全くビクともしなくなるのだ。よって壁を破壊して進む事は不可能なのだ。


 ダンジョン七不思議の一つである。



 そんな感じで多少は探索に手古摺るも、俺たちの能力をフル稼働させることによって、徐々に先へと進んで行く。








 ダンジョン探索を初めて本日で十一日目、遂に50階層の守護者を倒した。


「あの蟻、めちゃくちゃ硬かったね」

「ああ。取り巻きの蟻どもも強かったな」


 50階層のボスはデスペラーアントという名の巨大蟻であった。


 初めて聞く名の魔物だが、見た目以上の防御力に俺たちは苦戦を強いられた。恐らく実力的にはデストラム亜種レベルだと思われた。


 しかも、取り巻きとして十数匹程のこれまた大きな蟻が出てきたのだ。


 そちらの強さは通常種のデストラム並。つまり、Aランク相当の魔物が取り巻きとして湧いて出てくるのだ。


 それに対処しながらデスペラーアントを相手にせねばならない。結構な高難易度設定である。



 次はいよいよ51階層だが……


「また荒野か……」

「あれ、見てよ!」


 名波が驚きながら指を指していた。


 荒野にはなんと、デストラムやら恐竜っぽい魔物が走り回っていた。しかも遠くの空には翼竜っぽい魔物が数匹ほど飛んでいた。


 まさに白亜紀を彷彿とさせる場所だ。


「おいおい……Aランク相当の魔物があちこちに居るのかよ……」

「これは……確実に60階層はSSランクが出てくるわね」


 SSランク――その討伐難易度の魔物を討ったという報告は公式では聞いた事が無い。


 ダンジョン産の魔物に関しては、最近俺たちがヒュドラを倒して大騒ぎとなったが、野生の魔物に関しては公式に討伐したという報告例は、少なくともメルキア大陸では一度も無いと教えてもらった。


 そんな怪物がこの先に待ち構えているのだ。


(ヒュドラん時はカーター兄妹がいたが今は居ない。だが、代わりにケイヤたちがいるし、俺たちも相当腕を上げた!)


 余程相性が悪くない限り、SSランクは俺たちでも十分倒せる相手なのだ。


 ただここまでの高ランクになると、同じSSランク帯でもかなりの差があると聞いていた。カーター兄妹曰く、ヒュドラはギリ倒せそうでも、他のSSランクは一目見て諦めたと聞いていた。


 ちなみにそいつはケルベロスの亜種らしい。”闇の番人ガルム”というネームドモンスターで、とあるダンジョンの奥にいるそうだ。


 その”闇の番人ガルム”とやらはヒュドラ程のタフネス差や毒攻撃などは持っていないが、その代わり純粋に強いらしく、カーター兄妹は一当たりだけして、そこで攻略を諦めたと言っていた。


(S級冒険者が諦める相手かよ!?)


 それほどSSランクは侮れない。


 ここのボスはヒュドラ以下かもしれないし、”闇の番人ガルム”以上かもしれない。


 更にその上、討伐難易度SSSランクまでに至ると、最早“災厄”認定されてしまう。つまりは討伐不可だ。


 故に、SSランクとは実質的に人類がなんとか戦える限界点のような存在なのだ。


 あくまで戦いになるって話で、倒せるとは言っていない。


「ここを普通に攻略できるようになれば、きっと俺たちは更に強くなれる! そうすれば、あの火竜相手でも十分戦えるようになる筈だ!」

「ああ! ディオーナ様と肩を並べるくらい……私は強くなるぞ!」


 ケイヤの闘志に火が着いた。

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