第173話 矢野春香の魔法

「俺だよ、姉さん! 一心だよ!」

「んー……そう言われると、まだ可愛げのあった頃の一心の面影があるような……」


 感動の再会だというのに、なんて言い草だ!


 うちの姉は美人だし能力も高いのだが、性格の方が少し残念なのだ。


「なんで若返ってんの? はっ!? もしかして若返りの秘薬なんて存在するの!?」

「いや、知らないよ! というか、白髪の方は気になんないわけ?」


 姉は久しぶりに会った俺の状態より、俺が若返った方に興味津々なご様子だ。


「で? どうやって若返ったのよ?」

「……通り魔に斬られて瀕死の上、復活したらこうなった」

「…………意味わかんない」

「俺にもよく分からんって……」


 結局、この見てくれになった原因は分からず終いであった。多分、転移時のバグかなと思っている。



 気を取り直し、姉さんに再会の挨拶と仲間たちの紹介をした。


「一心の姉の春香です。宜しくね」


 姉の姿を見たシグネがビックリしていた。


「ふぇ~。イッコちゃん、そっくり……」

「ん? イッコちゃん?」


 シグネの言葉に姉が首を傾げる。


「あー! あー! なんでもないですー!」

「もごっもごっ!?」


 俺は慌ててシグネの口を塞いだ。


 俺はマジックアイテム”変身マフラー”で変装する際、異性という縛りがある為、姉の姿を借りていたのだ。髪の色だけ違うが、イッコちゃん又は聖女ノーヤと姉の姿は瓜二つなのだ。


(姉さんの姿を借りてたなんて暴露したら……一体何を言われるか!)


 それに、俺が女装していた事実を姉にはなるべく知られたくない。


 後でシグネに口止めしておかなければ……



「初めまして。イッシン君と一緒に旅している佐瀬彩花です」

「同じく名波留美です! 宜しくお願いします。お姉さん」

「シグネ・リンクスだよー!」


 仲間たちに続いてケイヤたちも自己紹介を行った。


 女性メンバーが多かったので「ヒュー! アンタ、ハーレム作っちゃったの?」と姉に冷やかされたので否定しておいた。


 というか、イケメントリオ三人を侍らせている姉さんだけには絶対に言われたくなかった。








 場所を三階の矢野家プライベートフロアに移し、そこで姉から色々と事情を伺った。



「え!? この近くにもダンジョンあんの?」

「近くって程じゃないけれど、あるにはあるわよ」


 どうやら姉は先程までそのダンジョンの視察に出掛けていたらしい。


(これは好都合だ! そのダンジョンで修行できないかな?)


「実は俺たち、この大陸には武者修行で来てんだよ」

「え? わざわざこんな未開の地まで? 近くのダンジョンに行けば良かったじゃない」

「……あ」


 そうだった。


 俺たちは……というか、仲間たちがダンジョンにうんざりしたからこそ、わざわざこんな未開の大陸まで来たのではなかったか?


 完全に失念していた。


(俺は馬鹿か!?)


 だが、佐瀬から意外な発言が飛び出した。


「別にそこのダンジョン攻略でもいいんじゃない? 南の大陸のダンジョンか……ちょっと面白そうじゃない!」

「いいのか? ダンジョンに飽きたから、わざわざここまで来たってのに……」


 俺が尋ねると、佐瀬と名波、シグネの三人はお互いの顔を見合わせた。


「まぁ……もう二週間近く、経ったしね……」

「よくよく考えたら、ダンジョンの魔物を相手にする方が、死体の処理とかの面倒もなくて簡単だしね」

「私もダンジョン攻略でもいいよ!!」


「ええ……」


 ここまで来た意味ぃ!?


 しかし、名波の言うとおりだ。野生の魔物を倒してもドロップアイテムもなければ宝箱も出てこない。


 結構稼いでいる俺たちからすれば、そこらの魔物如きの死体から苦労して素材や魔石を剥ぎ取っても正直微妙な収入だ。メリットよりデメリットの方が上回るのだ。


(……確かにダンジョン攻略の方が楽だな)


 ケイヤたち聖騎士トリオもダンジョン探索の方を望んでいたので、俺たちの意見は一致した。


 だが、そこに姉が待ったをかけた。


「ちょい待ち! 貴方たち! ダンジョンに潜るなら、それなりの対価を支払ってもらいます!」

「た、対価ぁ……?」


 姉がまたなんか変な事を言い出した。


「あそこのダンジョンはヤノー国の領土内。よって関税を設けます!」

「うぇ!? そ、そうだったのか?」

「ええ!」


 姉は自信満々に頷くも、後ろにいる国王様は首を捻っており、イケメントリオも困惑していた。


(姉さんめ! 今決めたな……)


 しかし、この街の近くにあるというのなら、国の領土内だと主張してもおかしくはないし、ダンジョンによっては入場料などを徴収している場所もあると聞く。


 ただし、大半のダンジョンは出入り自由であった。その理由として思い至る要因は冒険者ギルドの存在だ。



 ダンジョンがある場所の近くには冒険者ギルドの支部が置かれている事が非常に多い。ダンジョンを利用する者の殆どが冒険者たちであり、そこで得たドロップ品やマジックアイテムを売りつけるのに最も適したのがギルドの買取であるからだ。


 鑑定士もいるし騙される心配も少ない。本当に便利な場所だ。


 だが、常々疑問に思っていたことがある。


 マジックアイテムなんて便利な物、ギルドじゃなく国の方で独占するとか、どこかの大商会が率先して買取などをしないものだろうか。全く居ないわけではないが、ほとんどがギルドに任されている状況だ。


 恐らくだが、国とギルドの間に何かしらの協定が結ばれていると思われる。


 冒険者ギルドはダンジョンや冒険者を管理して、そこから利益を得る。


 国は国内でのギルド活動を容認する代わりにギルドから見返りを得る。買い取ったマジックアイテムやドロップ品の卸し先は、多分国の関係施設や王家、貴族が優先されるのだろう。


 つまり冒険者ギルド支部とは、例えるのなら各国の下請け業者で、俺たち冒険者はさしずめ派遣社員といったところか。国の兵士に代わってダンジョン探索をしている存在にすぎないのだろう。



 中には冒険者ギルドを受け入れていない国もあるらしく、そういったところは完全に国がダンジョンを管理しているらしい。


 自前の人員を用意してマジックアイテムやドロップ品の自力入手に売買までも、その国やお抱えの商会などが行う。


 或いは独自にダンジョン挑戦者を募り、入場料や税金だけを徴収して儲けているパターンもある。



 ヤノー国にはどうやらまだ冒険者ギルドが存在しないようだ。折角のダンジョンを有効活用する為には、独自のシステムを構築して運営していく必要があるのだ。



「分かった。暴利でなければ、それでいいよ」


 俺としても、それで家族の暮らしが豊かになるのなら文句はない。ヤノー国の存亡は正直どうでもいいが、ダンジョン探索のついでにこの街が栄えるのならば協力しよう。


「じゃあ、早速明日行きましょう!」

「ん? 姉さんもついて来るのか?」

「当たり前でしょう! 場所、分かるの?」

「……お願いします」


 どうも姉の前だと思考が鈍るのか、今日の俺は抜けてばかりだな。



 今夜はささやかな祝宴が行われ、俺たちは久しぶりのまともなベッドで一夜を過ごした。








 翌朝――――


 俺たちは街の南門付近に集合していた。


 メンバーは俺たち“白鹿の旅人”に“白鷺の盾”、それと姉さんにイケメン三銃士の合計十一人である。


「ダンジョンには徒歩で向かうのか? この人数ならギリでエアロカーに乗れるけど」


 後ろの荷台を使えば、何とか十二人までは乗せられる。


「昨日話してた空飛ぶ車ってやつ? 便利そうだけど、今回は徒歩で向かうわ! ついでにやってもらいたい事があるの!」

「…………嫌な予感」


 この姉、弟使いが荒いのだ。


 学生の頃、二次元の推しグッズ購入列に長時間並ばされたっけ……



 徒歩でもダンジョンには数時間程度で着くらしいので、姉の要望通り俺たちは南の方へ歩き続けた。


 上空には先程までピー子が飛んでいたが、俺たちが街から離れると姿を消した。


「この先は、あの子にはちょっと危険だからね」

「空飛ぶ魔物も棲息しているのか?」

「いるわよ。ドラゴンとかワイバーンとか」

「マジか……」


 想像以上に秘境であった。


 いくら姉でも、そんな所を歩き回って平気なのか?


(んー、結構強そうではあるけれど……)


 俺の目算では、姉の実力は闘力一万辺り、ギリでAランク冒険者レベルだと睨んでいる。そこらの魔物には後れを取らないだろうが、流石にドラゴン相手は厳しいだろう。


 昨夜でシグネは姉さんに懐柔でもされたのか、俺が聞いても「プライバシーだから!」と鑑定結果を教えてくれないのだ。おのれ裏切り者め……!



 街を離れて数分ほど、早速魔物が現れた。


 二足歩行する大きな兎が三匹だ。


「ラビットシューターね! 蹴り技が得意な魔物よ!」

「ここは我々三人にお任せを!」


 姉の従者を自称するスティグソン、モロー、サイスが前に出た。


 三人とも得物は剣らしく、危なげなく兎の魔物を駆逐していく。それが終わると、すぐに解体作業に移った。


「これは良い肉が入りましたね」

「ラビットシューターの肉は美味いからな!」

「ええ! 今夜のメインに決まりね!」


 姉も手伝い、器用に皮を削いで肉を切り取っていく。その入手した肉を腰のポーチに納めていた。


「ん? そのポーチ、もしかしてマジックポーチ?」

「当たり! これ、便利よね。生意気な貴族が持っていたから頂いたわ」

「そ、そう……」


 我が姉ながらやべーなぁ。貴族に盗賊行為をするとは……


 俺も状況によっては同じ真似をしなくもないけれど、幸いにも今のところは王族、貴族の皆さんとは宜しくやっている。


 その貴族とやらはよっぽど酷かったのか、それとも姉の手が早いだけなのか……多分、両方かな?


「でも、解体ならこんな森中で行わなくても、マジックポーチに収納して後でやればよくね?」

「いくら魔法のポーチでも容量には限りがあるしね。死体丸ごと入れてたら、あっという間に一杯よ!」

「うぇ?」


 そんなにポーチの容量が少ないのだろうか?


 だが、その理由は後から嫌と言うほど思い知らされた。




 少し歩くと、また魔物が現れた。しかも数が多い。


「ゴブリンウォーリアーの群れよ!」

「今度は我々も参戦しよう!」

「ああ!」


 ケイヤが前に出ると、レーフェンとロイも剣を抜いた。


「ちょっと数が多いわね。スティグソンたちは下がって! 私がやるわ!」

「「「はっ!」」」


 いよいよ姉が戦うらしい。


 ゴブリンウォーリアー……初めて見るが、確か一匹一匹の実力は討伐難易度Cの下くらいらしい。ただし、ゴブリンどもは全部で三十匹以上もいた。ウォーリアーという名称が付く通り、それぞれが剣や槍、盾などを武装している立派な戦士だ。人に比べると貧相な武具だが、もしかして自分たちで作ったのだろうか? だとしたら、知能もそれなりにあるのだろう。


 さっきの兎もCランクだったらしが、今度はその数が凡そ十倍……スティグソンたちでは荷が重いと判断したのだろう。


「ライトニング!」


 なんと、姉も雷魔法を扱うようだ。


 しかも最下級魔法【ライトニング】だというのに、なかなかの威力だ。


 だが、驚くべき点はそこではない。


 姉は【ライトニング】を凄まじい速度で連射していた。まるでSF映画などに登場するレーザーマシンガンである。命中精度も高いらしく、ケイヤたちが接近する前に全てのゴブリンたちが地に倒れた。


「はやっ!?」

「すごっ……!」

「わ、私の出番…………」


 獲物を全部取られたケイヤは落ち込んでいた。


「姉さん、今の魔法なんだよ!?」

「ん? 普通の【ライトニング】だけど?」

「いやいや! クールタイム早過ぎだって!?」


 魔力の量は佐瀬の方が何倍もあると思われる。だがそんな佐瀬でもあんなに間髪入れず魔法を連射するのは難しい筈だ。


 現に佐瀬も面食らったような表情を浮かべていた。


「イッシン様。ハルカ様の魔法技術は特別なのです。我々も何度もそう申し上げているのですが……」


 スティグソンがそう告げると、姉は「え? そうなの?」と不思議そうな顔をしていた。どうやら本人は自覚が無いようだ。


「姉さん、他にはどんな魔法が使えるんだ?」

「んー、水と風、土も使えるわね。歩いてれば魔物なんて湧いて出てくるし、順番に見せてあげるわ!」



 姉の予告通り、少し歩くとすぐまた次の魔物が現れた。


 サイクロプス、雷山猫、オーガ、etc……


 何れもCかBランクの強敵ばかりだ。そんな魔物たちを姉は魔法を巧みに扱い撃破していく。


 サイクロプスの目に岩の棘を刺し瞬殺。


 土の防壁で雷山猫の周囲を塞ぎ、水魔法で溺死。


 オーガの足の指だけを風魔法で切断し、怯んだところをモロー青年が撃破。


(魔法扱うの巧すぎ!?)


 姉の総魔力量は、俺は勿論として佐瀬やシグネ以下の量だ。上級魔法も修得していないのか、よくて中級止まりであり、専ら使用するのは下級以下の魔法だ。


 しかし、魔法を扱う技術がおかしかった。


 魔法を撃つ間隔が恐ろしく早く、姉の狙った場所に必中する。一部の魔法はアロー系でもない癖に、まるで追尾するかのように軌道が曲がるのだ。


 思わずどうやって操作しているのか尋ねるも「なんとなく、感覚で」という曖昧な答えしか返ってこなかった。


(まるで俺とは正反対だな……)


 俺は呆れるくらいの魔力量があるというのに、それを扱うセンスが壊滅的であった。スキル【回復魔法】を選択したお陰で、回復魔法に関しては思い通りに操れるのだが……


 一方、姉はどうやら【魔力操作】を選んだらしい。


 今はそのスキルも【魔力操作Ⅱ】に進化しているらしく、水、雷、風、土の四属性を自由自在に操れるというのだ。


「流石はイッシンのお姉さんね」

「私も見習わなくっちゃ!」


 名波も魔力量が多い方では無いので、姉のコスパの良い戦い方は参考になるそうだ。


(後で俺も教わるか)


 頼めば教えてくれると思うが、その代わりなにを要求されるかが不安だ。



「それにしても、この森の魔物の数は異常だな」

「冬辺りは少なかったんだけどね。ディオーナさんも居なくなって、春頃になったら魔物が一気に増えちゃったのよ」


 どうやら姉さんもディオーナ婆さんを知っているようだ。


 ディオーナ婆さんが支援していたという獣人族の開拓民たちは現在、ヤノー国に加わっているらしい。元々ご近所同士ということで、姉さんもディオーナ婆さんと面識があるのだろう。


「オーガは魔石だけ抜いて、後は捨てて構わないわ」

「一応、ギルドでは角や肉なんかも素材になるみたいだけど?」

「そうなの? んー、でも私たちに扱えるかしら……」


 ヤノー国の殆どが日本人で構成されている為、現地の素材の扱いに関しては知識不足で、まだまだ未知な部分が多いらしい。


「こんなペースじゃあ、すぐにポーチが一杯になっちゃうの。だから要らないわ」

「成程、そういうことか……」


 確かにこれじゃあ、いちいち死体ごと入れていたらすぐ限界が来てしまう。ダンジョン攻略前に荷物が一杯になるとか笑い話にもならない。


 しかし…………


「俺のマジックバッグに入れようか? かなり入るぞ」

「……どれくらい?」

「東京ドーム十個分以上」

「マジ!? ちょっと、私にも一個頂戴よ!」


 姉が興奮しながら俺に詰め寄った。


「さすがにこいつは無理だな。少し性能が落ちるけど、こっちならあげてもいいよ?」


 俺は以前、メッセンの商人ギルド支部長フミトフから頂いたマジックバッグを取り出した。これは俺が聖女ノーヤとして、フミトフから献上されたものだ。しかも三つも貰っているので、一つくらいなら譲っても構わないだろう。


(姉の姿を借りた肖像権って事で……)


 しかし、もし姉がメッセンに訪れたら、ちょっとしたパニックにならないだろうか? あそこは聖女ノーヤを讃える者が多いのだ。


「これ、どのくらいの量が入るの?」

「んー、試してないけれど秘宝トレジャー級のアイテムらしいし、結構入ると思うぞ。時間経過は約1/10って感じだったな」

「「「秘宝トレジャー級!?」」」


 俺の発言に聖騎士トリオとイケメン三銃士たちが驚いていた。


秘宝トレジャー級といえば、国宝になってもおかしくないレベルだぞ!?」

「そんな代物、無償で頂けるとは……」


「俺も無償……ではないが、貰い物なので気にしないでくれ」

「も、貰い物……」

「アンタも大概ねぇ……」


 秘宝トレジャー級を貰ったという発言にケイヤが目を回し、姉は呆れていた。


「こんな便利な物もダンジョンに行けば得られるのかしら?」

「ん? 姉さん、ダンジョンには入ってないのか?」

「日帰りだけよ。10階層まで行って転移陣とやらで戻ってきたわ」


 どうやらまだそこまでダンジョン探索が進んでいないらしい。


 なんでもそのダンジョンは最近発見されたばかりらしく、その直後に魔物の数が激増し、それから往来するのが面倒になってしまったそうだ。


「貴方たちにはダンジョンまでの道のりに棲息する魔物の間引きをしてもらいたいのよ」

「なるほどねぇ……」


 確かにこのままでは、ダンジョンに辿り着けるのは姉くらいだろう。これでは近くにダンジョンがあっても宝の持ち腐れ状態だ。


「しっかし、なんで魔物が急に増えたんだ?」

「さぁ……春だからじゃない?」

「魔物も冬眠するのかしら?」


 あいつらに季節感って関係あるのか?



 秘宝トレジャー級のマジックバッグを受け取った姉は、早速魔物を死体ごと収納していった。


「うん。やっぱ解体の手間が省けると楽だわ」

「まぁ、どの道街に帰った後で解体する羽目になるんだけどね」


 こういう時、ギルドがあると本当に便利なのだ。全ての事後処理をあちらに押し付けられる。


「ふむ、ギルドか……。私たちでそういった組織を立ち上げられると便利よね」

「ヤノー国には鑑定士も居ないし、ノウハウも無いだろうに、難しいんじゃない?」

「何事も最初はそんなもんよ。ま、私は面倒だからやらないけどね」

「だと思ったよ」


 きっと父さんもこんな感じで国王を押し付けられたんだな。可哀想に……


 もうダンジョンとの距離まで半分過ぎたという辺りで佐瀬が話しかけてきた。


「ねえ、イッシン。あれ、見て!」

「んー? あ、あれは……!?」


 佐瀬が指差した物を見て俺は驚いた。


 それは赤く細長い果実で、それがそこら中の木々に実っていたのだ。


「これってもしかして……」


 見覚えのある名波も驚愕していた。


「ええ、間違いない。ケプの実よ!」

「なに!?」


 それに反応したのはケイヤだ。


 そう、この実のせいで俺たちは散々苦汁を嘗めさせられたからだ。



 ケプの実


 非常に栄養があり、錬金術の素材にも用いられる高価な実だ。


 しかし魔物もこの実を好み、その群生地は強い魔物の縄張りにもなりやすく、大変危険な場所となる。


 俺とケイヤが過ごしていた開拓村を襲ったデストラムもケプの実が大好物で、あの東の森に棲息していた。そして実が生る春頃になると、その周辺を縄張りとしていたらしい。


 そのデストラムの縄張りであった為、一時的に魔物避けとなっていた場所に佐瀬たち鹿江大学コミュニティが丁度良いタイミングで拠点を作り、その事実を知らないままそこで生活をしていた。


 しかし、そんな平穏な時間は長く続かず、また次の強者――オークジェネラル率いる群れにその群生地が狙われたのだ。



 そんな経緯があった為、俺たちにとってケプの実とは、ある意味災いをもたらす物なのだ。



「成程ね。春になってこの実が生って、それで周辺の魔物が集まって来てるって事なのね」

「多分そういう事だろうな」


 原因が分かれば対処も可能だ。


「この辺りのケプの木、全部燃やすか?」

「そんなの勿体ないじゃない! 全部持ち帰りましょう! 実が無くなれば、少なくとも来年までは魔物の数も落ち着くんでしょう?」

「そ、そういう事だけど……」


 我が姉ながら、なんと強欲な……


 だが、それを行なえるだけの実力はある。


 そう、規格外の存在さえ現れなければ……



「あっちから魔物の群れがやって来る! 大きいのが4、かなり大きいのが1」

「――――戦闘準備だ!」


 名波の警告を受け、俺は仲間たちにそう告げた。


 今まで名波は魔物を感知しても、そこまで警告を発していなかった。それは森の中には魔物が多くてきりが無いからと、このメンバーなら大抵の魔物では脅威にならないからだ。


 そんな彼女が声を発したということは、それなりに強い個体が出たのだ。



 森の奥から姿を現したのは…………以前遭遇した恐竜タイプの魔物――――デストラムの群れであった。

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