第172話 ヤノー王国

 ヤノー王国


 ミーシアナ大陸の北沿岸部に創られた新国家だ。


 当初はレイオール王国からの開拓船団であったが、それらを指揮していた貴族の末裔や兵士など、開拓民たちへの横柄な態度が目に余り、ミーシアナ大陸への到着を待たずして船内に反乱が起きる。


 結果、開拓民たちに三隻全ての船を占拠され、最後まで罵詈雑言を吐きながら抵抗した貴族や一部の兵士は見せしめとして海に放り投げられた。


 以来、その集団は新たな開拓団として一致団結をし、なんとか無事にミーシアナ大陸へと辿り着いた。


 その時の陣頭指揮を執っていたのが我が姉、矢野春香である。




「姉さん、無茶するなぁ……」

「仕方ありません。ああでもしないと、大陸に着く前に多くの開拓民たちが疲労や空腹で死んでおりましたから」


 募集時の話の内容とは随分違い、船に乗せられた開拓民たちの扱いはまさしく奴隷であったそうだ。元々奴隷であるスティグソンたちの扱いは更に酷かったらしく、それを見た姉は船のハイジャックを試みたそうだ。


 幸いにも、姉の考えに同調する者が多かった。開拓船の中には俺の家族と同じ元日本人たちも多く乗っていたらしいのだ。


 当時のレイオール王国はまだ日本連合国と本格的な武力衝突を行なう前だったらしい。しかし、既に異世界人の噂が国中に広がり始め、不穏な空気が漂っていた矢先に新天地への開拓募集が行われていた。


 それに飛びついた日本人は実に多かった。何処かで戦争の足音を感じ取っていたのだろう。戦火から逃れるついでに、新天地で新たな生活をスタートしようと考えた者が大半だったのだ。


 結局は横柄な貴族や取り巻きたちと戦う羽目になったのだが、船団の名目上のリーダーである馬鹿貴族もまさか、開拓志願者の中にここまで異世界人が紛れているとは思いもしなかったのだろう。


 平民が貴族に頭を下げ従うのは当然であるのだが、それはあくまでもこの世界リストアでの話。フランス革命から三世紀も経過している元地球人たちの常識からすると、船内での彼らの言動は常軌を逸していた。


 反乱が起こるのはどの道、時間の問題であったのだ。



「それじゃあ、ここのコミュニティ……国は、日本人の集まりなのか?」

「ニホン人の方が多いですが、その他の国の転移者やレイオール人もおります。それと最近ではタシマル獣王国の者も加わりましたね」

「「「獣王国も!?」」」


 この辺りではヤノー王国の開拓速度が頭一つ二つは抜けているらしく、周辺にある開拓村を次々と併合しているらしい。


 最初の頃は他の開拓村や山賊崩れなど、他の勢力から襲撃されることも度々あったそうだが、それら全てを返り討ちにしてきた。最近ではそれも減り、むしろヤノー国に入りたいと向こうから近寄って来る状況なのだとか。


 先程話に出てきたタシマル獣王国の開拓村も、少し前までは良い感じの発展ぶりだったそうだが、何ヶ月か前に優秀な冒険者が去ってしまってから魔物の脅威に怯えるようになり、つい先日ヤノー国に加わる決断を下したそうだ。


「ねえ、イッシン。その優秀な冒険者って……」

「ああ、俺も思った。多分それ、ディオーナ婆さんの事だろうな」


 あの婆さん、獣人たちと一緒にこの大陸で開拓作業をしていたと話していたのだ。


 婆さんの話しぶりだと、そこの拠点は獣王国公認の開拓村ではなく、正確には獣王国出身者の集まりが勝手に移住してきたらしいのだが、多分そこがヤノー国に加わったのだと思われる。



 この街の規模だけを見るのなら、開拓村の域は完全に超えていた。元地球人の技術者たちが多かったのか、車らしき乗り物まで街中で見られた。まだ普及前の試作品といった具合だが、それも秒読み段階なのだろう。


 それと遠くの地面に敷かれているものが気になる。あれは……


(まさか……線路か!?)


 鉄のレールらしきものが街の外まで続いていた。何処かの開拓村とでも結び付けようとしているのだろうか?


 鉄道建設は新日本国でも現在進められており、将来的には郊外二カ所のダンジョンに駅が設けられる予定らしい。今なら土地の所有者への立ち退きやらのゴタゴタが無い分、こういったインフラ整備は早めに行動した方が得策なのだろう。


 だが……それにしても早過ぎる。この街の規模は新東京より人口が圧倒的に少ないのだ。よくここまで早く街づくりが出来るものだ。資源などは一体どうしているのやら。


 重機らしき作業車が全く見当たらないが、恐らく街中の工事などは魔法や人力によって行われているのだろう。ステータスが高い者ならば作業車一台分くらいの働きはしてくれると思う。


 そこは何ともファンタジー世界らしいなと俺は苦笑した。




「ここが仮の王宮です。本当はもっと立派な物を用意したかったのですが、国王が強く反対されるので……」


 スティグソンが無念そうに案内してくれたのは、この街の中でも一番高い三階建ての建築物であった。王宮というより、どちらかというと役所のような外装をしていた。


(あの父さんに、国民たちに豪華絢爛な建物を用意させるだけの鋼の心臓は持ち合わせていないだろうしなぁ)


 俺の父は前世界ではしがない中間管理職のサラリーマンだ。その性分も実に小市民らしいもので、一国の王などとても務まらないだろうと思っているのだが……


(それとも父さん、まさか異世界デビューではっちゃけたか?)


 父はゲームやアニメも多少は嗜んでおり、ファンタジー物の映画なども嫌いではなかったと記憶しているが……環境が変わった事により、性格も大きく変化した可能性も否めない。



 モロー青年が俺たちの来訪を告げる為、一足先に王宮(仮)へ報告に戻っているらしいのだが…………その王宮(仮)内部から眼鏡を掛けた中年男性が飛び出し、そのままこちらへと駆けつけてきた。


「一心っ!!」

「父さん!?」


 俺の父、矢野真二である。


 まさか、俺との再会を待ちきれず走ってきたのかと少し涙腺が緩んだが……そうではなかった。


「一心、助けてくれ! 私に国王なんて無理だー!!」


 ……うん。まぁ……そうだよね。


 地球時代と何ら変わらない、一般人代表の父の姿がそこにはあった。


 その父の後ろを武装した者たちが慌てながら追って来た。


「陛下! お供も連れず、外に飛び出すなどと……!」

「陛下! ご自重ください!」

「陛下!」

「陛下ぁ!!」


「ひぃい!? 一心、私はもう限界なんだ! お前に王位を譲るぅ!」


(感動の再会直後、一体何を言ってるんだ? この人は……)


 俺は膝を付き臣下のポーズを取りながら父に話し掛けた。


「一体何をおっしゃっているのか理解できませんが、私はただの冒険者イッシンでございます。人違いでは?」

「嘘つけえええぇ!! そんな姿形になってるが、お前は正真正銘、私の息子だろうが!?」

「ちっ! 誤魔化せなかったか……」


 今の俺は十代後半くらいにまで若返り、更に黒かった髪も真っ白に変色していた。


 それでもやはり家族の絆なのか速攻でバレてしまい、父は俺の両肩をがっしり掴み、前後に激しく揺らしながら叫んでいた。


 その光景に周りの者たちは呆気に取られているのであった。








「まぁ、一心!! 小さく真っ白になったと聞いた時は意味が分からなかったけれど……本当に一心なのね!」

「あー、うん。色々あったけど……久しぶり、母さん」


 建物の三階部分は矢野家の居住スペースらしく、そこに案内された俺は母――矢野小春と再会を果たした。


 母もごく普通の主婦だが顔立ちだけは整っており、その血を継いだ姉も美人だ。


 ちなみに父の血を継いだ俺はごくごく平凡な顔立ちである。


 窓枠には既に自宅へと戻っていたキンカチョウのピー子がおり、母の足下にはアプリコットカラーのトイプードル、ポチ次郎が尻尾を横にブンブン振りながらこちらを見つめていた。


 俺はあまり実家にいる時間が少ないのでペットの世話はあまりしていないのだが、帰省する度にポチ次郎に少し高いおやつを与えていた。きっと今も”おやつをくれる人が来た!”という認識なのだろう。


(もしくはピー子だけでなく、ポチもステータスの関係で賢くなったのか?)


 試しにマジックバッグから調理済みのジェネラルオークの肉、通称“将軍肉”を取り出してみると、ポチ次郎は美味そうに食べ始めた。


「あら? そのお肉何かしら? ポチ、今までで一番美味しいって、とっても喜んでいるわ」

「え? そうなの? やけに具体的な解説だね」

「私、こっちの世界でスキル【ブリーダー】? を得てから、タマやポチ、ピーちゃんたちの気持ちが分かるようになったのよ!」


 成程、どうやらうちの母は転移特典で【ブリーダー】スキルを選択したらしい。


 確か【ブリーダー】は動物や魔物との親密性を向上する能力があるらしく、うちのシグネも所有しているスキルだ。


 ダンジョン産の魔物には無効だが、野生の魔物相手ならば、個体差はあるらしいが仲良くなることも可能なスキルらしい。


 【テイム】スキルほどの強制力が無い分、意識して発動させるタイプの技能スキルではなく、常時発動型の適性スキルであるらしい。


「んー? イッシンにいのお母さん、スキル【ブリーダー】じゃなく、【調教師】になってるよ?」

「あらあら? そうなの?」


 シグネが鑑定して調べた結果、どうやら【ブリーダー】の上位スキル【調教師】に進化していたようだ。


「一心。こちらの可愛らしい子は?」


 そういえば、まだ母さんたちに紹介していなかった。


「ああ、紹介が遅れたね。この子はシグネ。俺の冒険者仲間だよ」

「シグネ・リンクスです! 宜しくお願いします!」


 未成年であるシグネが冒険者仲間であると知った母は少しだけ眉をひそめたが、これまでの経緯と親御さんの許可も取っている事を説明すると態度を一気に軟化した。


 シグネに続いて佐瀬に名波、ケイヤたちも両親に紹介していく。



「しかし、母さんたちは自分のステータスを把握してないのか? この街に鑑定士はいないの?」


 ファンタジー好きな姉の事だから、てっきり鑑定スキルを選択したか、鑑定出来る人材を確保していると思っていたのだが……そうではないようだ。


「鑑定スキルを持っている人が見つからなかったのよ。春香も随分その事を気にしていたわね」

「そうか……」


 鑑定士が近くに居ないと新たにスキルを習得したり進化した事に気付けないこともあるので、あまり好ましい状況ではないな。


 通常は冒険者ギルドや教会などに依頼して鑑定してもらうのだが、この未開の地にそんなものは存在しないのだ。


「でも……ポチ次郎君、【鑑定】スキルを持ってるよ?」

「「「え?」」」


 シグネの言葉に俺たちは驚いていた。


「ええ!? ポチ、貴方……【鑑定】スキルを持っているの?」

「ワン!」

「……持ってるって」


 うん。一体どこにツッコめばいいのだろう?


 母さんはポチ次郎の言わんとする事が、ある程度理解できるらしいが、俺たちにはただ鳴いているだけにしか聞こえない。


 それに流石に【調教師】スキル持ちと言えども、鑑定結果の詳細までポチ次郎から聞き取るのは難しいみたいだ。


(ペットは転移時にスキルをランダム取得するって話だったけど……これは微妙にハズレかなぁ?)


 しかし、明らかに異常なステータスの持ち主を視れば、ポチ次郎が気付いて吠えてくれるかもしれない。母が近くにいれば、不審人物を特定できる可能性もあるので、番犬としてはありなのかな?


「そういえば……タマは何処にいるんだ?」

「タマはこの時間なら、きっとあそこよ!」


 久しぶりにタマ一郎に会いたかった俺は母案内の元、二階にある玉座の間(仮)に到着した。


 その玉座の上には茶と白の毛の猫、スコティッシュフォールドであるタマ一郎が香箱座りをしながらお昼寝をしていた。


「随分ふてぶてしい猫ちゃんね」


 その光景を見た佐瀬が苦笑しながら呟いていた。


 一方、王に仕えるケイヤたち聖騎士トリオは目を見開いていた。


「新興国とはいえ、仮にも玉座にあんな真似を……」

「さ、流石に不敬ではないのか……?」


「大丈夫だ。あれが矢野家の縮図だよ」


 うちの父さんは玉座の前に膝を付き、タマ一郎のご機嫌取りに夢中であった。まさに御猫様である。


 ペットたちの世話の大半を母が行っているので、矢野家で一番強いのは母だ。少なくともペットたちはそう認識している。その次に長男タマ一郎、次男のポチ次郎、長女ピー子と続き、そして最後にうちの父だ。


 俺と姉さんは実家に住んでいないので、ペットたちからは来客扱いとされている。よって実家で一番下と見做されているのは、日頃会社務めで家に居ることの少ない父さんなのだ。


「シグネ。タマがなんのスキルを習得してるか視てくれるか?」

「任せて! むー……むむっ?」


 シグネは少しの間タマを見つめた後、何故か首を傾げていた。


「…………引き籠り」

「はい?」


 想像外のシグネの言葉に俺は思わず尋ね返した。


「タマちゃん、【引き籠り】スキルを習得しているよ」

「なんじゃそりゃあ!?」


 聞いたことの無いスキルだ。


 一方、母さんたちはスキル名こそ知らなかったそうだが、その力には心当たりがあるらしいのか納得していた。


「もうそろそろ、その【引き籠り】スキルが見られるわよ」


 そう母が告げると、お昼寝をしていたタマの周囲が突如光り始めた。


「ぷぎゃっ!?」


 寝ていたタマ一郎を嬉しそうに撫でていた父だが、どうもそれがうざかったらしく、謎の発光現象と共に父が吹き飛ばされてしまった。


 あれがスキルの力か……


「へ、陛下ぁ……」

「陛下……タマイチロウ様にお触りするのは、やはり控えた方が……」


 どうやらこれがここでの日常風景らしい。


 突如弾き飛ばされた国王にも動揺せず、兵士たちは無様に寝転がっている父を起こしていた。


「いてて……! 今日のタマはご機嫌ナナメだなぁ」

「折角気持ち良くお昼寝してるのに、アナタがうざ絡みするからよ」


 成程、今の謎現象がスキル【引き籠り】の能力なのだろう。


 俺も試しにタマ一郎の方へと近づいた。


「む? ここから先、近づけない……?」


 どうも見えない壁でもあるのか、手で押しても足を前に出そうとしても障壁のような何かにぶつかってしまうのだ。


 他の面々も興味深そうに謎の見えない障壁に手を当てていた。


「これ、結構頑丈ね」

「効果範囲は3メートルほどかなぁ?」


 名波が疑問を口にすると、それにはスティグソンが答えた。


「私が観測した限り、タマイチロウ様の障壁は最大で20メートル近くまで拡がった事もあります」

「「「20メートル!?」」」


 それ、この建物まで吹き飛んじゃわない?


 俺がそう尋ねるも、どうやらその心配はないようだ。


 というのも、タマ一郎が邪魔だと見做した物にだけスキルに反応するらしく、床や地面を吹き飛ばした事例はこれまで一度も無いそうだ。


(あくまで外敵排除の為だけのスキルということか?)


 春香姉さんも色々試したそうだが、中級の攻撃魔法すら通さなかったらしい。


「これは……噂に聞く【バリアー】に近いスキルのようだな」


 ケイヤはどうやらこれと似たスキルを知っている様子だ。


「【バリアー】ってどんなスキルなんだ?」

「イッシンは【シールド】や【アーマー】スキルを所持していないか? 【バリアー】はそれらの上位に位置するスキルだ」


 ケイヤの解説に俺は「なるほど」と相槌を打った。


【シールド】の上位である【アーマー】スキルは確かに俺も持っている。


【シールド】は透明な盾を展開する戦技型防御系技能スキルであり、戦闘前には俺もよく利用していた。


 現在はそれが進化し、身体全体をカバーする【アーマー】スキルになっている。ある程度の攻撃は透明の鎧が守ってくれるのだ。


 ただし技能スキルなので常時発動や自動発動ではなく、任意で発動させてから一定時間が経つと消滅するタイプだ。なので戦闘前に毎回準備する必要があるし、壊れたら掛け直しが必要なスキルだ。


【バリアー】はそれらの更に上位互換らしく、己の身体だけでなく、その周囲にまで効果範囲を及ぼす防御系スキルらしい。


 タマ一郎が展開している障壁はその【バリアー】に近い性質だとケイヤが指摘するのだ。


「これはもしかして……私の【英雄】と同じ、ユニークスキルかもしれないな」

「「「ユニークスキル!?」」」


 なんと、うちのタマ一郎は大当たりのスキルを入手したようだ。


 しかし、その使用理由が父さんの撫で撫で攻撃から逃れる為だとは……ユニークスキルの無駄遣いである。


「あれれ? 私は通れるよ?」


 何故かシグネは外敵と見做されていないらしく、タマ一郎の発生させた障壁を簡単にすり抜けていた。母さんも同様である。


「私も弾かれた事はないわね。日頃の行いかしら?」

「そ、そんなぁ……」


 ドヤ顔の母に情けない声を上げる父。


 ……これ、この国の王様なんです。


「ううむ、これも【ブリーダー】や【調教師】スキルの恩恵なのか?」


 初対面だというのに、あの人見知りするタマ一郎がシグネに大人しく撫でられ続けていた。それを羨ましそうに障壁に張り付きながら見つめている父。


 これ、この国の王様なんです……



 ちなみにピー子の鑑定もシグネにお願いしたのだが、やはり名波と同じ【感知】スキルを習得していた。察知系スキルに鳥の視力も合わさり、更に空も自由自在に飛べるのだ。斥候としては最強に近い存在だろう。


(うちのペットども、優秀過ぎない?)




 両親とペットたちの安否を知れた俺は、姉の所在が気になった。


「姉さんは今何処に?」

「んー、今日は外の視察に行くって言ってたわよ」

「外って街の外? 一人で? 危険じゃないの?」

「大丈夫でしょう。だって春香よ?」

「そうか。姉さんなら大丈夫か」


 この謎の信頼である。


 折角なので、姉を待っている間、この街の事やこれまでの経緯について話を聞いてみた。



 どうやらこの開拓地は現在、多くの元地球人が住んでいるらしく、その殆どが日本人で構成されていた。実家の近所は転移イレギュラーなのか、新東京などの関東圏から少し離れた場所に転移してしまったらしい。


 この街の住人の大半はレイオールから船に乗って開拓目的で来たのだが……そこら辺の説明はスティグソンから聞いた通りであるようだ。


 その後、開拓民たちによる反乱が起こり、そのリーダーとなったのだが春香姉さんだ。最初の頃は何もない土地に流れ着き、色々と大変だったそうだが、そこは多くの日本人たちによる知識や技術支援と、姉春香による異世界ファンタジーにおける現代知識チートなども炸裂し、割と早く生活基盤が整ったのだとか。


 そこからは加速度的に発展を遂げた。


 周囲の開拓村を吸収し、外敵を排除し、この世界の文明レベルではちょっとした地方都市レベルまでに成長を遂げたのだ。


 そこで自分たちの国を立ち上げないかという話が持ち上がり、そのリーダー候補に真っ先に名を連ねたのが姉さんであった。


 しかし、姉はそういった煩わしいのを嫌う性分である。


“やだ! そんなのやらされるくらいなら私はここを抜ける!”


 その一言が大きかったらしい。


 なんでもこの街で一番の実力者は姉さんであるらしい。


 魔物が多く蔓延るこの大陸では、結構な頻度でAランク相当の危険な魔物が森に姿を見せる事もあるそうだ。そんな魔物に対処可能な戦力は、姉さんとその従者たち、スティグソン、モロー、サイスの四人だけのようだ。


(姉さん、ステータスかなり高そうだなぁ)


 俺はチラリとスティグソンたちを横目で見た。


 正直言って、彼らに討伐難易度Aランクの魔物を相手にするだけの実力があるようには見えない。よくて三人同時に戦ってBランク止まりだろう。


 つまり、ほぼ姉さん一人でAランクを相手に出来るだけの実力があると見た。


 そんな姉さんに抜けられては街も困るので、次に白羽の矢が立ったのは、矢野家の最高権力者である母さんだったのだが……


“えー? 私も嫌ですよ。お父さんがやってください”


 そんな流れでヤノー国が誕生し、初代国王には矢野真二が就いた訳だ。


(父さんが不憫すぎる……)


 まぁ、街の人々も矢野家の力関係は把握済みらしいので、父には同情的な人も多いのだとか。


 ヤノー国とは言っても矢野家による独裁国家ではなく、これは物事を素早く動かす為の一時的な措置であった。皆であれこれ相談して考えるより、誰か強いリーダーシップを発揮できる者がどんどん決めていった方が早いのだ。


 勿論、何かあれば周りの者にも相談するし、周囲の助言を受け入れられるだけの器量も必要だ。その点では中間管理職であった父さんが仮の国王というのは適任なのかもしれない。


(裏ボスは母や姉たちだが……)


 父は家の中では発言力こそ低いが、仕事は出来る人なのだ。


 政治に関しては徐々に法整備を行なっていき、民主制か絶対王制かは分からないが、最終的には平等で平和な国家を目指しているらしい。


 それまでの仮初の王という訳だ。


 人が集まる以上、ある程度の不平不満は出てくるものだが、今現在その声は驚くほど少ないらしい。それだけ魔物から守ってくれる姉さんの存在が大きいのだろう。




「ピューイ! ピューイ!」

「あ! 春香、帰って来たみたいよ」


 ピー子が鳴きだすと母さんがそのように告げてきた。どうやらあの鳴き声は姉が帰ってきた報せのようだ。【調教師】スキル、ペットがいると便利だなぁ。


 一階の玄関口で待っていると、母の予告通り、装い以外は俺の記憶通りの姉の姿が見えてきた。


「姉さん!」

「ん? 誰……この子?」


 姉はすっかり姿が変わった俺を見て、父や母のように自分の弟だとは気付けなかったようだ。


 どうやら姉との絆ポイントが足らなかったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る