第165話 日本連合国
その日は新東京のホテルに泊めてもらい、そして翌日……
「おはようございます!」
宇野たち新日本政府のメンバーが現れた。
長谷川もいたが、彼は今回の視察には参加しない。
昨日は説明会にいなかった年配の女性が挨拶をしてきた。
「初めまして、皆さん。新日本国外務大臣の夏野優子です。本日は宜しくお願いします」
夏野は40代くらいの女性で、スーツを着用していた。宇野も昨日と同じくスーツ姿である。
マークスとクリスのCIAコンビもスーツ姿であったが、アレキア王国の兵士であるムニル青年だけは違った。それでも昨日よりかは正装に近い装いであった。名目上は外交視察なので、フォーマルな格好をしてきたようだ。
こちらも夏野大臣に自己紹介をした後、宇野にこっそり尋ねた。
「あのぉ、もしかして俺たちもスーツ姿の方が良かったんですか?」
「ああ、そこは気にしなくて構わないよ。仮に問題になるようなら、現地で調達でもするさ」
外交の話し合いの場以外は、基本的に俺たち八人は一緒に行動する予定となっている。付き人である俺たちの恰好が惨めだと、相手に舐められるのではと思ってしまったのだ。
(俺の服も王国基準で言えば、かなり高品質なものなんだけどね)
ただし、いつ戦闘になっても大丈夫なように、動きやすい恰好をしていた。
今回護衛役を務める喜多野と藤堂も軽装だが、明らかに実戦向きの装いだ。あれは新東京で販売されている探索服なのだろうか?
俺の用意したエアロカーを見て、夏野が不安そうに尋ねてきた。
「こ、これが……空を飛ぶのですか?」
「ええ、そうですよ。というか、もう浮いてますね」
「そ、それはそうなんですが……その、気圧とか温度調整は……。それに屋根が無いと悪天候の時とか……」
うん、そうなんだよね。
このエアロカー、風は避けられても雨は素通りになってしまう。
「風除けの魔道具が施されてますので、晴れの日の飛行は全く問題ありませんし、お気温低下も防いでくれます。墜落したことだって一度も…………ないです」
さすがに“氷糸界”の糸に絡めとられて叩き落されたのはノーカンでも構わないよね?
「何だか間が気になりますが……分かりました」
夏野は覚悟を決めたのか、恐る恐るエアロカーに乗り込んだ。
ゴーレム君の方をカスタマイズするのに夢中で、エアロカーは初期の頃と然程変わらない。この乗り物には相変わらずドアが設けられていなく、跨いで中に乗り込むしかないのだ。
宇野が気を遣って夏野をエスコートしていた。女性はスーツだとちょっと乗り込むのが大変そうだ。いい加減、ドアを何とかするか……
俺は運転席に、その隣の助手席には宇野が乗り込んだ。
視察団メンバーの中で全く戦う事ができない夏野が中央に、その左右を喜多野と藤堂が席に着く。後部座席にはマークスたち三人が座った。
全員の荷物は俺のマジックバッグに詰め込んだ。夏野の荷物が一番多かったが、彼女は女性な上、大臣という役職なのだ。これくらいは当然だろう。
「一応、ベルトを締めておいて下さい」
「あ、安全運転でお願いします」
「任せてください」
万が一の死亡補償、蘇生サービスもあるので、墜落しても安心だよ!
俺は普段以上にゆっくりエアロカーを浮かし、少し高度を低めに設定して飛ばした。
「ほ、本当に飛んでる!?」
「風の抵抗も全くない!」
これには夏野だけでなく、俺の後ろに座っている藤堂も驚いていた。
「ある程度の風圧や気温の変化はアタッチメントの魔道具による効果で防げます」
「これは……もっと高度を上げられるんだよね?」
「ええ」
宇野の問いに俺は頷いた。
「だったら、もっと上空を飛んだ方がいいのではないかな?」
宇野がそう提案すると、真っ先に反対したのは夏野であった。
「う、宇野さん!? 何もこれ以上高度を上げなくても……!」
夏野としては、やはり得体の知れない乗り物がまだ怖いらしい。
「夏野大臣、そのお気持ちは分かりますが……ほら、あれを見てください」
「え? ……っ!? あ、あれは……一体なんですか!?」
エアロカーの左下方から空を飛ぶ魔物が近づいてきていた。
「あれは……討伐難易度Dランクの大ガラスで間違いないですね」
喜多野はスマホを取り出し、魔物図鑑アプリを使って確認した。
「Dランクの魔物!? しかも5羽も……!? は、早く逃げましょう!!」
「問題ないですよ。あの程度の魔物……【ストーンアロー】!」
喜多野は土属性の魔法を使えるようで、誘導タイプのアロー系魔法を複数放って大ガラスたちをあっさり撃退していた。
「あー、空で撃ち落とすと、魔石や素材が拾えないのか……」
難なく撃退してみせた喜多野を見て夏野は安心した。
「す、凄い! 流石はトップクラスのクランリーダーですね!」
「お褒めに預かりまして恐縮です」
喜多野や藤堂は探索者ファンからすればアイドル的存在でもあり、政治家からも一目置かれるような有名人らしい。昨日、二人と出会った事をシグネに話したら羨ましがられた。
「下の森に、まだ複数の飛行タイプの魔物がいるようですよ?」
後ろから藤堂の声が聞こえ、俺も地上に神経を集中させた。
「……あ、ほんとだ」
俺の【捜索】スキルにも今引っ掛かった。
(この藤堂って子、俺の索敵スキルより優秀だなぁ)
多分、名波と同じ【感知】を持っているのだろう。藤堂は見るからに前衛タイプで、彼女は日本刀のような武器を装備していた。
(なるほど、トップ探索者と言われるだけの実力はあるんだな)
中級魔法を連発できる魔力に名波並の索敵能力……思った以上の実力で安心した。
「やはりここは高度を上げた方が良さそうだ。その方が魔物の襲撃も減るだろうしね」
「うぅ……宇野さんの仰る通りですね。矢野君、お願いできますか?」
「ええ、お任せを」
宇野の説得に応じた夏野に指示され、俺は高度を普段くらいの高さまで上げた。
それから数分もすれば海上に出て、俺たちは順調に北を目指していた。
日本連合国の正確な位置は不明だが、どうも新東京からほぼ真北、バーニメル山脈を越えた麓付近を領土にしているらしい。
まっすぐ北上して山脈を超える事も可能なのだが……
「このまま東ルートで山脈を迂回します。強引に山を超えれなくもないですが、より高度が必要なんで、そうなると気温もかなり低下して風も強くなります。あと、山脈付近に棲息している魔物にも襲われかねません!」
「う、迂回ルートでお願いします!」
前回の山越えと違って今は春先だ。あの時よりかは多少マシだろうが、それでも山脈越えはエアロカーでも厳しかった。
今後、日本連合と交流をするには、どうあってもこの山脈の存在が邪魔なのだ。
俺は海上経由の迂回航路を選択し、山脈の北部側、いわゆる大陸中央部の上空へと浸入した。
「ここが山脈の向こう側……」
「もう大陸中央部か……」
俺以外のメンバーは初めて山脈を超えたので、感慨もひとしおなのだろう。
「正確には、この辺りは北バーニメル地方と呼称するようですね」
「矢野君は前にもこの国に来た事があるのかい?」
「ええ、一度だけ……」
俺はバーニメル山脈近くにあるオラニア王国のターレンという町に訪れた事がある。
ただし、その時は聖女ノーヤの姿なので、あまり迂闊な発言は控えたい。
「情報通りなら、この領空はレイオール王国の筈だ」
「らしいですね」
宇野の言葉に、俺は頷いて応えた。
ここのメンバーの誰一人、日本連合国に行ったことはないが、彼らとは魔導電波によるネット通信で情報のやり取りは出来るのだ。
まだあちらの政府とはダイレクトに連絡を取れていないそうだが、連合国の住人だと主張する者からの情報提供で、凡その周辺地理や情勢は仕入れている。
その情報の中でも、信憑性の高い話を纏めるとこうだ。
日本連合国とは元々、関西の大規模コミュニティを中心とした“新日本国(新東京の政府とは同名で別物)”、名古屋中心の“ナゴヤ国”、北陸地方主体の“越国”、その他細々としたコミュニティの連合が、今の日本連合国となっている。
当時はバーニメル山脈の麓にある、人の少ない森などでひっそり生活していたのだが、現地の周辺国、レイオール王国とオラニア王国の者に見つかってしまったらしい。
どうやら関西やその周辺エリアのほとんどが、その二ヶ国の国境線付近を中心に転移してしまったのだとか。
(女神さんよぉ。もっとマシな場所に転移出来なかったのか……)
いや、むしろ今までの経験上、新東京や鹿江の転移位置は大当たりの部類で、それ以外のコミュニティは大体、先住民たちが住み着いている場所の近くに転移していた。
(人里近くに転移して揉めるか、魔物の生息地で頑張って生き抜くか……正直、どっちもどっちだな……)
話を戻すがそんな訳で、関西圏の人々が転移した先は現地人との火種を抱えていた土地だったのだ。発見されるのも相当早かったらしく、得体の知れない異世界人の情報は現地の上層部に瞬く間に知れ渡る事となった。
そこでどうなったかというと、レイオール王国もオラニア王国も、許可なく居住地を築こうとしていた日本人を捕らえようと兵を差し向けたのだ。
そこから一気に戦争状態に突入したらしい。
日本人は強引な二国のやり方に賛同できずに徹底抗戦の構え、レイオールとオラニアは盾突いた移民たちを排除、又は捕らえて奴隷にする為、互いが矛を交えた。
最初の頃は日本人側が劣勢であったが、各コミュニティが結束し、徐々に現代兵器も生産され始めてからは押し戻し始めたのだ。
更に、日本人には必ず何かしらのスキルが備わっており、魔法や戦闘スキルを身に付けている者が非常に多いのだ。時間が経てば経つほどその練度も増し、スキルも更に進化をするので、今では完全に連合国側が優勢な状況らしい。
既に二ヶ国の領地を一部占領し、日本連合国の領土は徐々に拡大しているのだ。
「日本連合国……まるで新日本国とは真逆な歴史を歩んでますね……」
「ああ、それも仕方が無いのだろう。転移位置が悪すぎた」
宇野は連合国の現状に一定の理解を示している側のようだ。
俺たちは上空から地上を見降ろし、連合国らしき場所を探していた。村や町などを観測できたが、どれもこの世界基準の居住区だと思われる。
今はレイオール領空だが、ここから山脈沿いに西へ進めば、オラニア王国との国境が見えてくる。ネット情報だと、この国境付近の南部エリアが日本連合国領土らしいのだが……
「宇野事務次官、あれじゃないか?」
後部座席左に座っていたマークスがある場所を指差していた。
「あれは……街か!?」
「しかも、偉く近代的な建物ですね……」
間違いなく地球人が関わっていそうな街を発見した。他の街の建造物と比べても、高さが倍以上は違う。
「宇野さん。どうします? 直接あの街付近に着陸させますか? それとも少し離れた場所から徒歩で向かいます?」
「夏野大臣、如何致しましょう?」
この視察団のリーダーはあくまで夏野大臣なのだ。
彼女の判断は……
「本音を言えば直接降りたいのですが……宇野さんはどう思われます?」
夏野と宇野は派閥が違う上に、今の立場は彼女の方が上だ。それでも元防衛大臣であり小山派の懐刀である宇野を買っているのか、彼に意見を求めてきた。
「最初は離れた場所で着陸し、歩いて向かいましょう。連合国の反応を見てから、エアロカーの情報を開示するか決めた方がいいのでは?」
「……分かりました。でも、極力近い場所でお願いしますね」
「了解です!」
夏野は外交用のスーツを着用している為、整備されていない野外ではかなり歩きづらいだろう。距離が離れていると可哀そうなので、人目のなさそうな近場をチョイスしてエアロカーを着陸させた。
なんとか林を壁にして近場に着陸できた。この位置からなら10分ちょっとも歩けば街に辿り着けるだろう。
エアロカーをマジックバッグの中に収納し、俺たちは街へ向かって歩き始めた。
先頭は藤堂が歩き、最後尾は喜多野が付いた。どうやら二人で事前に話し合っての立ち位置らしい。
その道中、喜多野が俺に話し掛けてきた。
「先ほどから気になっていたのですが、矢野君のマジックバッグは相当な量が入るのかな?」
「ええ、まぁ……。そこそこですね」
東京ドーム10個分以上入ります!
(なんて……言えないよなぁ)
新日本国領土内でダンジョンが発見されて以降、宝箱からマジックバッグを手に入れた探索者もちらほらと出ているらしい。喜多野のクラン“和洋シチュー”も二つ所持しているのだとか。
“和洋シチュー”は700人規模の大型クランだ。そこのクランでもたった二つとは……それだけマジックバッグはレアなのだろう。
(俺たち四人パーティで一人一個以上持ってますが?)
そんな事を公表すれば、毎日のように強盗が押し寄せてきそうだ。
「君は冒険者だと伺っておりますが、ランクはどの程度なんですか?」
「えーと……A級です……」
「そうですか。D級ですか」
ちょっと小声で話してしまったので、エーとデーを聞き間違えたようだ。
「いえ、違います。A級なんです」
今度は大声でハッキリと告げ、更に俺は金の冒険者証を彼に見せた。
「……え!? ええええ!?」
大声を上げて喜多野が驚いていた。
周りを見ると、他の者たちも全員こちらを見ていた。どうやらさっきは大声を出し過ぎたようで、全員がこちらの会話に耳を傾けていたようだ。
「矢野君、A級に昇級していたのか。何時の間に……」
「え? え? この子、本当にA級冒険者なんですか!?」
「A級……っ!」
「こりゃあ、驚いたぜ……!」
「でも、実力を考えるなら当然かも……」
「あの若さでA級冒険者……!」
宇野だけでなく、夏野大臣に藤堂、マークスたちも驚いていた。一方、鑑定スキルを有していると思われるクリスだけは納得していた。
「どうりでマジックバッグにエアロカーと貴重なアイテムを持っている訳だね」
「ええ、はい。色々と運も良く……」
なんか変なタイミングで暴露してしまったな。
そんな会話をしていたら、あっという間に件の街近くまでやってきた。
この街には外壁が設けられていた。先ほど上空から見た建物は完全に現代建築であったが、この外壁は随分古臭そうだ。
街の出入り口には二人の武装した門衛が立っていた。
「アンタら……一体何者だ?」
「随分と奇妙な格好をしているなぁ……」
街の門衛はどうやら現地の者らしく、スーツを着た宇野らを見て不思議そうに首を傾げていた。
「まぁ、いいか。今は戦時下なんでね。ここは前線から離れているとはいえ、身元不明の者を易々と中に通す訳にはいかないんだよ」
「何か身分を証明できる物か、紹介してくれる者の名前や書類などはないかな?」
どうやら身元が不確かな者は街に入れないようだ。
いきなり躓いてしまった。
「宇野さん、どうします?」
「……矢野君のライセンスは使えないのかい?」
「冒険者証のことですか? 多分、いけると思いますけど……」
しかし、他の者が入れないのでは意味がない。
そこで話し合った結果、俺だけが街の中に入り、この中にいるであろう日本人と接触を図る羽目になった。
「それじゃあ、これで……」
俺が冒険者証を取り出して見せると、門衛たちが目を見開いていた。
「き、金の冒険者証!?」
「まさか……君はA級冒険者だってのかい!?」
はい、本日二度目の反応を頂きましたー!
門衛たちは動揺していた。二人ともA級の冒険者証を見るのは初めてらしく、本物なのかどうか判断に困っている感じであった。
「ちょっと待っててくれ! 上に確認してくる!」
一人を残し、もう片方が街の中に駆けて行った。
しばらく時間が掛かりそうなので、俺は一旦宇野たちの元へと戻ってきた。
「なんだか妙な事になってしまったねぇ」
「ここ、本当に連合国の街なんでしょうか?」
ちょっと自信がなくなってきたが、門衛自体は人の良さそうな感じなので、あまり揉め事に発展して欲しくはなかった。
待つこと十五分ほど、先ほどの門衛が一人の男を連れて戻ってきた。
「――ひゃああっ!?」
その男は、俺の顔を見るなり素っ頓狂な声を上げていた。この反応には覚えがある。
(この人……俺を鑑定したな?)
どうやら連れて来たのは鑑定士だったようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
突然奇声を上げた鑑定士を心配したのか、門衛が声を掛けた。
「し、失礼……。して、彼の冒険者証は?」
「ああ、俺が持ってます」
俺は新たに来た鑑定士に冒険者証を見せた。恐らく冒険者証が本物かの鑑定と、名前が一致しているかの確認なのだろう。
「……間違いなく本人です。この証も本物ですね」
「マジですか!?」
「君、若いのに凄いなぁ……!」
実年齢は30のおっさんだけどね!
「あのぉ、後ろのお連れの方はどちら様で?」
気になったのか、鑑定士は後ろで見守っていた宇野たちについて尋ねてきた。
「彼らと一緒に街へ入りたかったんですが、身元を証明できる物を俺しか持っていないんです。なんとかなりませんか?」
「ううむ……。規則ですから、私にはどうすることもできませんが……もしかしてあなた方、チキュウ人ではないですか?」
「……あ」
そうか! この男、鑑定出来るんだった!
俺は偽装スキルで誤魔化しているが、宇野や夏野大臣はしっかりステータスに【自動翻訳】スキルが表示されているのだろう。これは迂闊……!
「ええ、そうです。なにか問題でもありますか?」
「いえいえ! そういうことでしたら、適任の方がおります! ちょっとお待ちくださいね!」
そう告げると、今度は鑑定士だけが街中に戻っていった。
「うーん。このやり取り、何時まで続くのか……」
「なんか、すまねえなぁ」
「あ、いえいえー」
何度も待たされる形になったので、門衛のおっさんにまで気を遣わせてしまった。
今度は十分くらいで鑑定士が戻ってきた。更に二人の男女が加わっていた。どちらも30代くらいの男性と女性だ。
鑑定士が新たに連れて来た二人に説明した。
「あちらの方々です! 恐らく、あの方々の何人かはチキュウ人だと思うのですが……」
「【自動翻訳】スキルがあるってことはそうなんでしょうが……って、あの人は!?」
「宇野防衛大臣!? しかも、夏野外務副大臣まで!?」
新たに来た二人は日本人だったらしく、しかも二人の顔を知っているくらいには政界に詳しそうであった。
男性の名前は稲垣、女性は坂本といい、二人とも地球時代では地方支分部局員だったそうだ。
俺たちは二人の案内で街へと入り、一際高い建物の中に入った。その建物内はまるで役所のような内装で、同じ日本人らしき者や一部の現地人たちが一緒に働いていた。とても奇妙な光景に見えた。
「お、おい……あれって……!」
「宇野大臣!? マジで本物!?」
「あの子って“月花”の藤堂ミツキじゃない?」
「キャー! ほんとだー!!」
「でも、どうして山脈の向こうにいるトップ探索者がここに?」
「…………誰? 有名人?」
反応は様々だが、日本人たちはこちらのメンバーを見て驚き、現地人の者らは困惑していた。
その中でもやはり宇野は有名らしく、何人かが作業を止めてこちらを見ていた。それと魔導電波を通じて“月花”のリーダー藤堂もこちらでは人気者らしい。
同じクランリーダーでも喜多野はあまり表に出ないタイプらしく、顔はあまり知られていないようだ。
当然、日本人以外の現地人は誰一人こちらのメンバーを知らないだろう。
「どうぞ、こちらにお進みください」
俺たちは役所らしき建物の二階にある応接室に案内された。
「ここは……街の役所なのかな?」
気になった宇野が尋ねると稲垣はそれに答えた。
「それに近いです。この街の新領主館です」
「「「新領主館!?」」」
ちょっと意外な返答が返ってきた。
(え? ということは、ここは領主が治めているのか? 日本の領地では……ない? それともまさか、日本人から領主が生まれたのか?)
俺たちが困惑しているのを察して、稲垣と坂本が簡単な説明をしてくれた。
ここは元々、レイオール王国の貴族が治めていた街らしい。
一斉転移の際、この街の近くに名古屋周辺のコミュニティが転移し、間もなくしてレイオール王国と日本人コミュニティによる武力衝突が勃発した。
最初こそ、この街は戦禍から遠かった場所らしいが、日本連合国が誕生して、王国側が徐々に劣勢に立たされると、この街の兵士たちにも出動命令が出たらしい。
それにも連合軍は勝利し、この街を占領したそうだ。
最初は色々と問題も多かったらしいが、レイオール貴族の大多数が圧制を敷いており、逆に国民に寄り添った連合軍はレイオールの民にもすぐに受け入れられた。
現在は彼、稲垣氏が臨時領主代行として街の政を行なっているらしい。
「これは驚いた。まさか領主様自らが来ていただいていたとは……」
「や、止めてください! 私はあくまで代行ですし、そんな柄でもありませんよ。偶々日本時代に役所仕事をかじっていたから、任されているだけに過ぎません!」
稲垣は領主代行で、坂本はその補佐を務めているそうだ。
「それで宇野大臣。今回は一体、どのようなご用件で」
稲垣の問いに宇野は頭をかいた。
「あー、今の私はもう大臣ではないよ。今は野外調査庁という新設された場所の調査事務次官に過ぎない」
そう告げた宇野は夏野に目配せをした。
「初めまして、稲垣領主代行。私は新日本国政府の現外務大臣、夏野優子と言います」
「あ! そ、それは……大変失礼いたしました!」
稲垣は慌てて夏野に頭を下げた。
「今回の外遊目的は、あくまで視察です。我が国とそちらの日本連合、不幸にも二つの日本勢力は山脈に阻まれております。そこで新日本政府はあなた方との交流を深めるべく、まず先んじて私が参りました」
「な、なるほど……! そういう事でしたら、私より適任者がおります!」
「適任者……ですか?」
夏野は首を傾げた。
「はい。日本連合国のリーダー、国王代理です!」
「――――っ!?」
衝撃の事実に夏野は目を見開く。
連合国は領主様がいれば王様もいるようだ。
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