第160話 第三次鑑定士バトル

 一つ目の盗賊団を壊滅させた後、残り二つの勢力に与する賊集団もそれぞれ潰しておいた。


 賊たちの中でも割と素直な者や雑魚の賊は生かしたまま捕らえておいて、まずは連中に囚われていた女性たちを保護してエアロカーで町まで運んだ。ギルド長のメバックに声を掛け、彼女らの保護を頼んでおいた。


 そのあと再びエアロカーで元の場所に戻り、今度は捕らえた賊たちを運搬して兵士たちのいる詰所まで連れて来た。その際、メバックにも同行してもらった。その方が話が早そうであったからだ。



「な!? こ、これは……!」


 兵士たちは拘束されている大勢の賊たちを見て驚いていた。


「森にいた賊です。捕まえて運んできました」


 後ろの荷台部分を利用してもエアロカーは最大12人乗りなので、俺と佐瀬だけで飛んで来た。賊はまだまだいるので名波たちには森で連中を見張って貰っている。


 あと何往復もする必要があるだろう。


「この前、俺たちが捕まえた賞金首が脱走したと聞いたので、今度は逃がさないようにお願いしますね」

「え? あ、いや……。そ、それよりこの数は……メバックギルド長?」


 いきなり大量の賊を連れて来た俺たちに兵士は戸惑っており、付き添いで来ていたメバックに説明を求めた。


「彼の言った通りだ。彼が偶々・・森の外を歩いていたら、賊たちに襲われたらしくてな。全員返り討ちにしたそうだが、その中には凶悪な賞金首の遺体も確認している」

「……なっ!?」


 ギルド長によると、町の兵士たちもこの島の歪んだ内情をある程度察しているという話だが、その最大の問題となっている各勢力の尖兵たちを俺たちは悉く討伐して捕縛してきたのだ。


 その一勢力である現行政府の下っ端に当たる兵士たちは、この事態に対して自分たちはどう動くべきか頭を悩ませている様子だ。


「じゃあ、また連れてきますので、宜しくお願いしますね」

「ま、また!? またとは……一体どういうことだ!?」

「いやぁ……この森、あちこちに賊が潜んでいたようで、かなりの人数を倒したんです。生きてる者だけでも、ざっと20名以上はいますかね? 捕まっていた人たちは全員保護しましたが……」

「に、にじゅうっ!? ちょ、ちょっと待て! 生きている者は……だと?」

「はい。よっぽど捕まるのが嫌だったのか、死ぬまで抵抗してきましたので……ほとんどの賊は首を撥ねました。全部で200人以上は始末しましたかね」

「――――っ!?」


 あまりの数に兵士たちは目を見開いていた。


「い、いやいや!? 仮に万が一それが事実だったとして、そいつらは本当に盗賊だったのか? 本当は……お前らから襲ったんじゃないのか!?」

「おかしなことを言いますね。森で無許可の拠点を築き、散歩していた俺たちに襲い掛かってきた武装集団ですよ? そんなの盗賊に決まってます。ほら、彼女美人だから、きっとそれで襲ってきたんでしょう」

「ふふん」


 俺に美人だと言われた佐瀬は満更ではなさそうであった。


「賊たちの首はギルドでも確認しておるが、その殆どが賞金首か行方不明の冒険者で間違いあるまい。決して一般人などではない。それは私が断言しよう。それに証人もおることだしな」


 メバックがすかさず俺たちをフォローしてくれた。それに加えて救助した人たちも実際にいるのだ。どうあっても俺たちの正当性は揺るぎがないものだろう。


 各勢力のお偉方が、その事実を歪めない限りは……


「……分かった。こいつらと救助した女性たちの身柄はこちらで引き受けよう」

「囚われた女性たちはギルドで保護してある。後で迎えに来てくれ。それと……くれぐれも丁重にな?」

「は、はい……」


 メバックの念押しに兵士たちは頷いた。


「今度こそ、逃がさないようお願いしますね?」

「…………」


 だが、俺の言葉には顔をしかめるだけであった。








 一度目の引き渡しを済ませると、俺たちは再び空を飛んで名波たちが待機している場所へと戻った。そこにはまだ20名以上の賊たちが拘束されたままだ。


「ねえ! 結局こいつら、また逃げ出されちゃうんじゃないの?」

「……かもなぁ。だが、主要なメンバーらしき賊は全て殺したし、残ったのはD級にも満たなそうな雑魚ばかりだ。当分の間は盗賊団として立ち行かないだろう」


 さすがにたった一日だけでは、サンクトランドが長い間抱えている問題を綺麗に片付けるのは無理筋であった。今の俺たちにできる事は、質の悪い賊たちを殲滅し時間を作る事。この島の問題を領民たちが見つめ直す為の猶予を与えるだけなのだ。


 今回の森のお散歩で膿はだいぶ取り除けたはずだが、それでもこの島の者たちが変わろうとしないのなら、再び同じような事態に陥るだろう。後は彼らの問題であり、外野の俺たちには関係ないことだ。



 その後、三往復もして生き残った賊たち全員を兵士に預けた。急な大捕り物に町中は騒がしくなったが、俺たちはギルド長から貰う物を貰うと、さっさとエアロカーに乗り込んでこの島から脱出した。



「うーん。結局、ほとんどダンジョン内でしか活動しなかったわね」


 遠ざかるサンクトランドの島を眺めながら佐瀬がぼやいていた。


「仕方ないさ。この後予定があるんだしな」


 これからエイルーンの王都に行って、まずは火竜討伐のメンバー選考がどうなっているのかを確認する。


 ディオーナ婆さんとの約束はあと二カ月あるが、その前に聖騎士団の選抜者たちと行動を共にし、火竜退治に向けて本格的に訓練する予定だ。


「ねえ、矢野君。仮に聖騎士からケイヤさん以外の選抜者が出たとして、そうなったら私たちの能力は、その人たちにも晒すの?」

「いや、全部は晒さない。ある程度はオープンにせざるを得ないが、ヤバい魔法やアイテムは隠す。あちら側も国防上、あまり各団員の詳細な能力は知られたくないみたいだしな」


 個人差はあるようだが、聖騎士団の団員たちはスキルや習得魔法を知られるのを避ける傾向にあるとケイヤから聞いていた。その為、彼らとは連携が取りづらいだろうが、こちらにとっては好都合な面もあった。


(俺たちの方も大手を振ってスキルや魔法を隠匿できるしね)


 秘密を抱えているのはお互い様である。


「でも、火竜戦でケイヤねえが大怪我したり死んじゃったりしたら、回復魔法は使うんだよね?」

「ああ、当然そのつもりだ」


 そこに関しては躊躇う必要はない。


 俺の秘密は大事だが、知人たちの不幸を見て見ぬふりしてまで隠そうとは思わない。それは俺にとっての不幸にもなるからだ。


(……そう遠くない未来、俺の魔法は露見されるのだろうな)


 俺が俺であり続ける限り、その未来は確実に訪れると思っている。


 だが、以前と比べて今の俺たちには我を通すだけの力がある。バレてもなんとかなるだろう。


 今度、件の火竜を倒す事で、それがより大きな自信となり、更には周囲への抑止力にも繋がるだろう。俺はそう信じている。








「なに!? 子飼いの盗賊団が潰された……だと?」

「はい、総統。そのようです」


 サンクトランドを統治している総統は、部下からの報告に驚いた。


「まさか……西ラビアかエストールが遂に動き出したのか!?」



 この島は何処の国にも属さない自治州として、現在は原住民族の末裔が統治していたが、近隣諸国は昔からダンジョン資源のあるこの島を密かに狙い続けていた。


 表面上は停戦状態であるが、その水面下では互いの盗賊団を手駒とした不毛な代理闘争を続けてきたのだ。


 その手勢を壊滅させられたと聞いた総統は慌てたが、続けて放たれた部下からの報告に困惑した。


「いえ……それがどうも、西ラビアとエストールの子飼い連中も、ほぼ同時に壊滅したらしいのです」

「何だと!? 一体何が……」

「まだ未確定情報ですが、何でもこの地を訪れていた冒険者パーティに揃って潰されたらしいと……」

「冒険者だと? まさか、S級のクランでも来ていたのか!?」


 高ランク冒険者がこの島を訪れた際、必ず総統の耳に入る様になっているが、そんな戦力を保有する冒険者集団の来訪報告は聞いた記憶がなかった。


「いいえ。恐らくデマ情報でしょうが……B級冒険者“白鹿の旅人”というパーティが単独で殲滅したらしいのです。詳細は只今確認中ですが……」

「B級? ああ、そういえば確かにそんな連中が一月くらい前から来ていたか」


 そのパーティ名には覚えがある。女子供の少人数パーティでありながら、B級にまで昇格した有望な冒険者たちだと報告で聞いていた。


 確か今はダンジョンに籠っている際中らしく、町に戻り次第、すぐにコンタクトを取ってこちらの陣営にスカウトするよう部下に命じておいた筈だ。


 もしその情報が本当であれば、勧誘するのが一歩遅かったようだ。


「ちっ! まあいい。大方、そのパーティが主体でギルド合同の盗賊狩りでも行ったのだろうが……メバックの奴め! まぁ、捕まったこちらの駒は秘密裏に釈放させれば良い。時期を見計らって、あとは何時もの様に……だな」

「はっ!」


 まさか主要メンバーのほとんどが既にこの世にいないとは知らず、総統は部下にそう命じた。


「それで、その“白鹿の旅人”は今、何処にいるんだ?」

「賊を兵士に預けた後、町からは行方を眩ませております。一応、各港は見張らせておりますが……」


 部下の報告を聞いた総統は目を細めた。


「港を支配している両国の勢力と接触させるのは不味いな。すぐに兵を出せ! 賊討伐の聴取という名目で彼らの身柄を押さえろ! ただし、くれぐれも丁重にだぞ?」

「はっ! 心得ております!」



 同じようなやり取りが、西ラビア王国やエストール共和国勢力でも繰り広げられていたが、彼らが何日間も港を見張り続けても、その冒険者パーティが姿を見せる事は、もう二度となかった。








 エアロカーで飛んでいた俺たちは、思っていたより一日も早くバーニメル半島に戻って来られた。約束の日は明後日なので、今日と明日は休養日に当てた。


 身体を休めるのも大事だが、島での最終日には盗賊たちの大掃除というハードなイベントもあったので、俺たちは心の方を休ませる意味でも一度鹿江町に戻って来た。


 シグネはダリウスさんたちの元に戻り、その日はずっと家族三人水入らずで時間を過ごしていた。


(シグネには、ちょっとばかし刺激が強すぎたな……)


 相手は残虐非道な盗賊団とは言え、200人以上の賊を虐殺してしまったのだ。主に手を掛けたのは俺と名波であったが、佐瀬とシグネも決して少なくない命を奪っている。


 それを俺は正しいとまでは言わないが、それでもこの世界で冒険者として生きていく以上は必要な行為であったと無理やり正当化していた。


 ただ、俺の傍に居続けると命の重みが薄れてしまうような気がして、メンバーにはこうして普通の生活を送る時間も大切にして欲しいとも願っている。



 佐瀬と名波も鹿江港町の方に向かい、級友たちと親交を深めていた。


 俺も彼女らと一緒に港町を訪れ、花木や中野たちの元へ訪ねに行ったのだが、生憎花木の方は留守であった。


 その理由を俺は長谷川氏からの連絡で知る事になった。




 今朝、エアロカー上空を飛んでいたら急に魔導電波の圏内に入った。さすがにサンクトランドは完全圏外であったが、どうもメルキア大陸の西部辺りまでは、ガッツリ電波が届いているようなのだ。


 復旧した通信網を利用して長谷川氏にその情報を伝えて見たのだが、どうやら一カ月前、丁度俺たちが半島から出立するタイミングで魔導電波の出力を更に上げているようなのだ。


 それにより、恐らく大陸西部までは通信機器が使いたい放題となっているのだ。


 前世界では毎月高いお金を払っていた通信料が無料とは……なんとも気前の良い話ではあるが、きっとこれには裏がある。


 俺はあまりインターネットには詳しくないが、確かインターネット接続に必要なIPアドレスとやらを管理しているのは、旧世界だと何処かの非営利団体だったはずだ。


 だが、今この地域のネットを支配しているのは新日本政府となっている。その辺りの技術や法整備がどのようになっているのかは知らないが、無料で使える通信網をばらまく事により、政府は利用者たちの位置情報や内容をチェックしているのではないだろうか?


 文字通り、ただより高いものはないという格言その通りだ。


(ま、もう今更だけどね)


 俺たちは既にエアロカーという飛行手段を公の場に出している。位置情報が知られるのは我慢するとして、あとはメッセージのやり取りにだけ気を遣えばそれでいい。その事については既に三人にも伝えてある。



 その電波についての話の後、長谷川からは代わりに貴重な情報を手に入れた。


 つい先週、新日本国とエイルーン王国は、めでたくも正式に国交を結んだようだ。まだ公には発表されていないが、今週から順次、各領地にて布告されるそうだ。


 俺が一番気になっていた鹿江エリアの件だが、この辺りの領地は条件付きで旧日本人による統治が決定されたらしい。


 これは大変喜ばしい事である。恐らくその兼ね合いで、花木は鹿江を留守にしているのだろう。


 長谷川の話によると、今回この交渉が一番難航したらしいのだが、新日本政府は技術提供という切り札をチラつかせて、見事その権利を勝ち取った。その話し合いの場には花木も参席したそうだ。いきなりの大仕事だったが彼はそれをやり遂げたのだ。


 ただし、その道は決して平坦なものではなく、それはこれからも同様だろう。


 まず鹿江は両国陣営に大きな貸しを作ってしまった。特に新日本政府にはお世話になりっぱなしであるが、当然あちらも打算あっての行動だ。


 その一つが、大使館の設置である。


 日本政府は初め、エイルーンの王都ハイペリオンに日本大使館を置きたかったそうだが、この世界……少なくともこの地方には、そのような文化は存在しなかったのだ。


 国交樹立に前向きな王国側も、不可侵を前提とする大使館を王都に設立する案には渋い顔を見せ、それなら鹿江港町に設けてみてはどうかと提案してきたそうだ。鹿江は自治こそ認められていても形式上は王国領土となる。


 それを花木と新日本政府は了承した。


 それと関税諸々や治める税金も王国側にガッツリ取られるらしい。無論、無理のない範囲ではあるが、数年間はかなり厳しめ設定で、徐々に徴収される税率が下がっていく条件を飲まされたようだ。


 普通は逆なようにも思えるが、どうもエイルーン王国は現在、経済的に苦しい立場にあるらしい。秋の帝国との戦争で一時的に物価が上がり、その余波で今なお王政府や大きな商会は煽りを喰らっている状況なのだそうだ。


 今では物価こそ落ち着いているものの、失った損失を取り戻すのにしばしの時間を要する。


(王国は基本、自給自足の国だからな。国の財政が乱れると、途端に脆くなる)


 特に食糧に関しては深刻だ。


 別に今年は不作ではなかったらしいのだが、戦争による食料の高騰で、あちこちの商会が転売目的で買い占めに走ったのだ。その余波は一般市民にまで波及し、一時的に国内の治安低下まで招いた。


 更に食糧を買い占めた商会だが、戦争が早期終結し、食べ物の価格が戻った事で大きな負債を抱えたらしい。それに関しては完全に自業自得だ。


 そんな経緯もあり、エイルーン王国内の治安は以前と比べると少し悪かったりもする。ブルターク領は備蓄があったので、街にはほとんど影響がないようだが、地方の貧乏領地になるほど、かなり深刻な状況であるらしい。


 交易なんかで食糧を賄えれば少しは違った未来もあったのだが、エイルーンの隣国は帝国と獣王国のみなのだ。しかも、獣王国政府は相手の足下を見るので有名らしく、軍事上は同盟関係にあっても国家間での交易はあまり行われていない。


 そんな中での新日本国との国交開始である。


 王国側はこれを起爆剤として国内の経済を立て直せればと期待しているみたいだ。



 それと、鹿江の自治を認めるに当たり付帯条件がまだあった。その条件とは、東の森の開拓事業である。


 長年、東部の森林地帯開拓に失敗し続けていた王国は、それを全て鹿江の新領主に丸投げしてきたのだ。王国側曰く、「近隣の森を管理できない様なら統治する資格無し」という強い言葉を放ったそうだ。


(管理出来なかったのは、あのぼんくら貴族も一緒じゃん!)


 俺個人としては多少の不満があるものの、確かに現状は鹿江エリアと他の領地は森で遮られてしまっており、ちょっとした飛び地のような状況に陥っている。これでは町との交易もままならず、王国が望んでいた港の利用にも支障をきたす恐れがあった。


 そこで、三年という期間で鹿江と近隣領との間に道を設けよという、この世界での感覚なら結構無茶ぶりな条件を突き付けられたそうだが、それを花木代表は受け入れたのだ。


(森の開拓は一筋縄ではいかないだろうが……不可能ではないな)


 魔物に関してはほぼ心配はいらない。乃木さえいれば、最悪デストラム級が出ても何とかなるかもしれないし、俺たちを呼んでくれればどんな魔物でも対処しよう。


 ただし、八災厄は除く。


 それに、森を切り開くのは日本人なら得意だ。なにせ日本は昔から森が多かったし、それらを開拓して数々の町を築いてきたのだ。


 日本の領土の6割以上が森林という、森林大国で生活してきたのだ。その辺りのノウハウは現代にも受け継がれ、新日本政府に頼めば道の整備などあっという間だろう。


(また政府に貸しを作るだろうけどね……)


 そこら辺は花木代表の判断次第と言ったところか。



 あれこれ考え込んでいた所為で心の方はあまり休まらなかったが、エアロカーを飛ばし続けた疲れは十分に取れた。








 翌日、鹿江町でシグネを拾って四人合流した俺たちはブルタークへ戻ろうとした。


「あ! ちょっとそこの町で降ろして。お父さんに頼まれごとをしたの!」


 急にシグネからそう催促され、俺は言われた通りにエアロカーの高度を落として近隣の町近くに着陸させた。


 そこは懐かしい場所であった。


「あ! ここってイッシンと一緒に向かった……」

「……だな。アルテメの町だ」


 俺と佐瀬の二人で訪れた思い出の地だ。


 当時はオークの群れに悩まされ、学生たちの避難場所を探す為に俺は奔走していた。そして遂に現在の港町のある場所を探し当てた訳だが、その新天地から人里に向かう安全なルートを開拓する為、最初に訪れたのが、このアルテメの町であった。


(ん? そう考えると、例の森に道を作る条件って……ほぼ完成間近じゃね?)


 町までの道中にあった段差にも、今は土魔法によってスロープのような道が設けられており、馬車で通れるようになっている。ただ、森を抜けた先の草原地帯は荒れ果てたままの獣道しかないのだが、そんなのは草を刈って整地すれば良いだけの話であった。


(なんだ。あの条件、ほとんど達成してるようなもんじゃない!)


 前までは逆に、王国側から鹿江エリアを隠すようにしていたので、道などもひっそり作って誤魔化していたのだ。その為、エイルーン側はその事実を知らなかったのだろう。


 今のところ渓谷沿いのルートは安全なようだし、魔物の被害に遭ったという報告も俺は聞いていない。


 これは上手いこと道を隠してきた鹿江側の勝利だな。最初にこの道を開拓した一人としても、妙に誇らしい気分であった。


 鹿江の住民たちはこのルートを良く使い、冒険者資格を持つ者の殆どが、アルテメにあるギルドの出張所を利用しているらしい。


 ダリウスさんもその一人で、どうやらシグネは父君から、ギルドで魔物の素材を売るよう頼まれたそうなのだ。



 久しぶりに訪れた田舎町アルテメは相変わらず長閑であった。ここは農家や畑くらいしかない町だが、そのお陰で食糧難による治安低下は免れたみたいだ。


 出張所も相変わらず小ぢんまりとしていて、俺たち四人はその中へと入った。


「こんにちわー! 買取をお願いしまーす!」


 妙に元気なシグネの一声に、中に居た職員二人はビックリしていた。


 その内の一人は寝ていたらしく、涎を垂らした顔のまま跳ね起きた。


「お、驚かせないでください! 折角いい夢を見ていたのに……」

「すまんな……いや、待て。何故に仕事中に寝ているか?」


 シグネの代わりに謝ろうとした俺だが、よくよく考えてみればそれもおかしな話だ。案の定、同僚である男性職員は寝ていた女性職員に対して苦言を呈した。


「暇だからと全く……。ほら、買取みたいですよ。あなたの唯一の取り柄は鑑定なのですから、しっかりしてください!」

「ひ、酷い!? それはあんまりです!」


 相変わらずこの女鑑定士はへっぽこみたいだ。


 それでもこの女性職員、鑑定に関しては一流なのだ。彼女は【鑑定】の上位スキル【解析】を所持していた。そのスキルがあれば、ギルド職員としての地位も安泰のレアスキルだ。


 実際、彼女はかつて王都の支部に所属していたそうだが、勤務態度に難があってこんな田舎町の出張所に左遷されたそうなのだ。以前ここを訪れた乃木が、彼女自身がそう愚痴っていたことを俺に教えてくれた。



 シグネはダリウスさんに頼まれた素材を女鑑定士に手渡した。


 だが、不思議な事に彼女は物品を鑑定するどころか、シグネの方を見たまま固まっていた。


 一体何を…………


(あ、そうだった! この二人は……っ!)


「「……………………」」


 両者、互いの目を見たまま全く動こうとしない。


 だが、しばらくすると……


「な……な……なぁっ!?」

「ふふ~ん!」


 シグネは勝ち誇った表情を浮かべ、代わりに女鑑定士の方は酷く動揺していた。


「ま、まさか……そんな馬鹿な……!?」


 多分、シグネが偽装をわざわざ解いて、彼女に【看破】スキルを披露したのだと思われる。


【看破】は【解析】よりも更に上位のスキルであり、特に対人、対魔物に関して特化した能力となるそうだ。


 またしても鑑定士同士の戦いが繰り広げられていたようだが、結果はシグネちゃんの大勝利な模様。


(ま、それも当然だよな。シグネは俺たちと常に帯同して、腕を上げただけじゃなく、様々な物を鑑定し続けてきたんだからな)


 これはあくまでも推測なのだが、鑑定スキルは様々な物を視る事で進化するスキルではないかと思っている。これは俺だけの憶測ではなく、鑑定士の間でもまことしやかに噂されている都市伝説でもあった。


 もしそれが事実だとしたら、かつては王都の支部で様々な人や物を視てきたであろう女鑑定士でも、こんな田舎町では成長の機会も皆無であった。


 本人もそれに思い至ったのか、急に妙な事を言い出した。


「…………私、ちょっと修行の旅に出掛けてきます!」

「え?」

「ちょっと!? 貴方は何を言って……!」


 男性職員が引き留める間もなく、女鑑定士は外に走り去ってしまった。


「あれぇ……これの買取は……?」



 おそらくダリウスさんに無理言って催促したであろうシグネの買取は、ブルターク支部で済ませる事になった。

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