第152話 毒竜戦

 準備を終え、作戦もある程度立てた。


「お前ら、無茶すんなよ?」


 グラッツが心配そうに声を掛け、それにカーター兄妹は返答した。


「無茶しないで勝てる相手なら、そうするさ」

「ええ、もう死ぬのは御免よ」

「……? とにかく、無理だと思ったら逃げて来いよ!」


 グラッツに見送られながら俺たちはクレイヤードダンジョン8階のボス部屋へと踏み込んだ。


 目の前にはドラゴンのような巨大な魔物が待ち構えていた。


 ただし奴には全部で九つの頭部があり、その一つ一つの巨大な顔が油断なく俺たちへと向けられていた。


「ヒュドラ……こうして対峙すると半端ねえなぁ……」

「イッシン、行くぜ! リンネ! 後ろは任せたぞ!」

「ええ!」


 俺とライル、それとゴーレム君が前へと躍り出る。今回はこの三人が前衛を務める形だ。


 佐瀬とリンネが後方で魔法をぶっ放し、名波とシグネが二人の少し前でガードする役目を担う。名波を前と後ろ、どちらに持っていくかで迷ったが、彼女は今回後ろに下がってもらった。ヒュドラには厄介な武器があったからだ。


「来たぞ! 毒ブレスだ!」

「――――っ!?」


 俺とゴーレム君はヒュドラが吐いた毒ブレスを回避する。毒ブレスの速度や範囲は雷竜ほどではないので回避自体は容易い。


 ただし、それが一頭だけならばだ。


 続けて他の頭の口からも毒ブレスが放たれる。この毒竜にブレスのクールタイムという概念は存在しない。正確には一頭一頭にクールタイムはあるが、それぞれ個別で放てるらしいので、近づいた者は絶え間なく毒を浴びる状態になってしまうのだ。


「ぐっ!? 【キュア】!!」


 俺はすかさずキュアを使って解毒する。一瞬だけとはいえ、吸ってしまったら肺が焼けつくような痛みを覚えた。これはさすがに名波だと厳しそうだ。


 ゴーレム君にはそもそもこの手の毒は聞かない。余裕そうにヒュドラへと迫っていた。


「おらぁ!!」


 ライルに至っては、あの毒ブレスの連射を掻い潜って既にヒュドラの頭に攻撃し始めていた。とんでもないスピードだ。


 後ろから味方の魔法がバシバシ撃たれていた。だが、それをヒュドラの魔法が防いでいく。奴は毒だけでなく水魔法を扱うらしく、しかもこれまた各頭が独自で魔法を行使するというインチキぶりである。


 つまり、最高で九つ同時の魔法が襲ってくるのだ。


 リンネの火魔法は威力こそ高いが水属性とは相性最悪で、ヒュドラはそれを複数の魔法で完璧に封殺していた。


 一方佐瀬の雷魔法は相性抜群だが、さすがにSSランクともなると魔法一つ一つが超一級品で、驚くことに水魔法の弾丸で中級魔法【サンダーボルト】を相殺させていたのだ。


「嘘でしょ!? 魔法が通らない!」

「彩花! 危ない!」


 佐瀬に水魔法の弾丸が撃ち込まれたが、名波が彼女を抱えてそれを回避する。シグネの方はリンネがカバーしていた。


「ちょっと男ども! こっちに魔法が飛んできてるから何とかして!!」


 リンネが文句を垂れるとカイルもすかさず反論した。


「んなこと言ってもよぉ! こいつら、次から次へと復活しやがるんだ!」


 そう、ヒュドラの本当に恐ろしいところは、その回復力であった。


 ライルは既に二度も頭を叩き潰していたが、その度に頭部が蘇生され復活していく。かといって、唯一ひとつしかない胴部分は大きすぎる為、槍では一発で致命傷を負わすのは無理なのだ。


 しかも胴体部分はヒュドラたちも最大限に警戒しているのか、そちらへ向かおうとすると複数の咢が一斉に襲い掛かってくる。ヒュドラの牙にも毒が仕込まれているらしく、かすり傷一つ付けられるわけにはいかないのでライルも攻めあぐねていた。


 まさに攻守揃って厄介な魔物だ。



 ただ、守備力に関しては……いや、回復力に関してはこちらも負けてはいない。


「いてえ!? こなくそぉ……!」


 俺は一頭のヒュドラに齧られたが、その痛みに堪えながらもすかさずノームの魔剣で反撃した。目を傷つけられた頭は悲鳴を上げて口を開いたので、脱出した俺はそのままそいつの首を断った。


「ふぅ、ようやく頭一つかよ……」


 しかし、その頭も既に再生を始めていた。おそらく一分も掛からず復活するのだろう。


「おい、イッシン! いくら何でも攻撃を食らいすぎだ! 本当に大丈夫なのか!?」

「ああ、俺に毒は効かないから安心してくれ!」


 正確には効かないのではなく、我慢しながら即治療しているが正解だ。


 チート【ヒール】があるのを良いことに、俺は傷を負いながら戦闘するスタイルがすっかり癖になってしまった。その悪癖は直したいと常々思っているのだが、その分メリットもあった。痛みに慣れてしまった事だ。


 生物としてそれはどうかと思うのだが、そのお陰で多少の傷を負ったくらいでは俺の剣筋は鈍らない。治癒能力ならヒュドラにも負けない自信がある。


(いや、さすがの俺も頭を潰されて復活できないな……)


 敵もまた常軌を逸したタフネスさだ。


 ヒュドラの毒や魔法は厄介だが、幸いにも火竜のような即死級の攻撃は少ないようなので俺とは相性が良い方だ。ゴーレム君は毒こそ聞かないが、水魔法に苦慮しているのか、あまり深く攻め込めずにいた。彼はその距離で後方の盾代わりになってくれれば十分だろう。


「しかし、こりゃあジリ貧だぜ? やはり決定打に掛けやがるか……」


 それは戦闘前から予想していた事だ。


 いかにヒュドラの再生速度を上回る火力を叩き出せるかが勝利のカギとなるのだが、思ったより魔法使い組が苦戦している。それは何も彼女たちだけの責任ではなく、俺たちが頭の注意を引き付けていられないのが問題なのだ。


「なら……こちらを無視できなくさせてやる!」

「お、おい……!」


 ライルが止めようとするも、それを無視して俺はヒュドラの頭を掻い潜り、胴体部分まで近づいた。当然、それに気が付いたヒュドラたちが一斉に俺へと襲い掛かる。


「がぁ!? ぐぅ……っ!」


 複数の頭部にあちこち齧られ、更には氷の矢まで撃ち込まれたが、俺は頭部と心臓部だけは必死にガードして即死を避けた。


 その隙にリンネと佐瀬の二人が魔法をひたすら打ち込んで頭二つを吹き飛ばした。ライルもすかさず頭部を斬り飛ばしていったが、合計四つの頭を吹き飛ばしたところで俺が後方へと吹き飛ばされてしまった。


「くはぁ……っ!」


 飛んで来た俺をゴーレム君がキャッチしてくれる。


 俺は直ぐにヒュドラの方を確認すると……ライルがこの機は逃さんと必死に胴体部分へ迫るも、毒ブレスの連射で近づくのは困難であった。魔法の援護射撃もあったが、既に最初吹き飛んでいた頭が完治し終えている。


 仕方なくライルは後退を余儀なくし、これで完全に振り出しへと戻されてしまった。


「畜生! 今のは良い線いってたんだがなぁ……!」

「ああ、やはり胴体が急所なんだろうが……あそこは守りが硬すぎる」

「おまっ!? 大丈夫かよ、その怪我……」

「ああ、ノープロブレムだ」


 全身血だらけだが、傷自体は既に完治している。ただし失われた体力が完璧に戻る訳ではない。そろそろ息が切れ始めてきた。


「くそ……、なんとか胴体へ近づけさえすればなぁ……」

「そうだなぁ…………ん?」


 ふと、突拍子もない作戦を思いついた。


(あるじゃないか! 簡単に奴の胴体へ接近できる最短ルートが……!)


 ただ問題は色々ある。少し賭けだが……これまでの経験上、俺はいけると判断した。


「ライル、俺が奴の胴体に近づいて特大の魔法をぶちかます。全員奴から離れて防御に徹するように伝えてくれ!」

「はぁ!? お前、一体何をする気だ……?」

「……奴に食べられに行く!」

「はあああああ!?」


 驚くライルを尻目に、俺は再び胴体部分に向かって特攻を仕掛けた。複数の頭部が一斉に襲い掛かってくるが、後ろから味方の援護射撃が飛んでくる。


 しかも驚いた事に、名波の矢がかなりの威力を叩き出していた。


(こいつ……もしかして水の他に闇の加護も持っていたのか!?)


 そうでないと説明付かない程、ヒュドラは破魔矢に撃たれ弱かった。矢を放った名波自身も驚いていた。


(そうと分かっていれば最初から名波にも弓で攻撃してもらうんだった!)


 新たな弱点を見つけたが今更だ。作戦に変更点は無い。続行だ!


 三つほど頭を吹き飛ばしたようだが、それでも残り四つが俺へと襲い掛かる。改めて近くで見ると、とんでもない大きさの頭だ。


「その馬鹿デカい口なら、俺なんて丸のみできるよな!」


 真っ先にこちらを噛みちぎろうと大口を開けて迫って来た頭部を見た。


「うん、お前に決めた!」


 俺は自らその頭部に飛び込むと、奴の口内に侵入した。


「「「――――っ!?」」」


 誰かが外で騒いでいるようだが、既にヒュドラの口の中なのでよく聞き取れない。


 俺は口から喉へと滑り込み、あれだけ接近するのが困難であった奴の胴体部分、つまり胃袋の中へとあっさり浸入することができた。胃の中は真っ暗だったので【ライト】を使用すると、胃液のようなもので全身ずぶぬれであった。


「くせぇ……、しかも全身痛いしかゆい……眩暈もする……」


 多分、毒とか溶解液とか色々含まれているのだろう。常人であればとても真似できない愚かな奇行だろうが、何でも癒せる俺には関係がない。


 俺は常にヒールとキュアを繰り返しながらその場に立ち上がった。


「……これをやんのも久々だな。前は一か八かの時だけだったが……」


 勿論やることは一つ、ここで全力の魔法をぶち込むのだ。


 正確には8割の出力といったところだろうか。どのみち俺の膨大な魔力を8割も使ったのでは、まず間違いなく暴発するが……ここは奴の胃袋の中、何処にどう暴発しようが構いやしない。


 俺もここ最近では腕を上げ、一端の魔力耐性を身に着けられたと自負している。多分8割くらいの暴発なら当たっても即死はしないだろう……多分。


「くらえ! 【レイ】!」


 雷か光属性かで迷ったが、今回は最下級の攻撃光魔法【レイ】を選択した。雷だと奴を貫通して仲間の方にも被害が及ぶ事を懸念したからだ。


 俺が思いっきり魔法を放った瞬間、薄暗かった胃袋の中が眩い閃光に包まれた。




 ようやく光が収まり状況を確認すると、胃袋や皮膚が破裂でもしたのか大穴が出来ており、そこに外からの光がさしていた。その空いた大穴から外に脱出して背後を振り返ると、身体に大穴を空けられたヒュドラが苦しそうにもがいていた。


「おいおい、まだ生きてるのか……」

「イッシン、無事か!?」


 ライルが出迎えてくれた。他のメンバーも健在である。どうやら外への被害は少なかったようだ。それだけヒュドラの体内が頑丈だったという証左でもある。


「ヒュドラはまだ生きてるわ! さっさとトドメを刺しなさい!」

「やべ! そうだった!」


 腹をぶち破られたヒュドラであったが、それでも少しずつ再生を始めていた。お前が言うな案件だが、全くとんでもない再生能力である。


 だが、さすがのヒュドラも胴体部分の損傷は致命的だったらしく、その他の再生能力が明らかに落ちていた。健在であった首を一つ二つと落としていくも、さっきと違ってなかなか復活してこない。


 やがて九つの首全てを斬り落とすとヒュドラはピクリとも動かなくなった。よくよく思うと出鱈目な生物である。一体どういう構造になっているのだろう。


 ヒュドラの身体が薄っすらと透明になり消えていく。ここでようやく一同はヒュドラが完全に死んだと思い安堵した。強敵だとは思っていたが、S級冒険者二人加えてもこれである。しかもこいつは俺とかなり相性が良い部類の魔物だった。


(……こいつなら俺たちだけでも倒せたかな?)


 俺の丸のみ爆発大作戦が決まりさえすれば俺たち四人だけでも倒せただろうが、多分その前にブレスやら魔法の弾幕で何人か死人が出ているような気もする。それに次回も上手い具合に致命傷を与えられるほど魔法が上手く暴発するとは限らない。


 やはりカーター兄妹という鬼札があってこそやれた無茶なのだ。もう二度とこんな戦い方は御免である。


(俺、何時もそんなこと言ってるような……)


 また機会があれば同じ事をするかもしれない。だって俺、馬鹿だから……


「イッシン! また無茶をして……!」

「最後の魔法って【レイ】?」

「ヒュドラのお腹がすっごい光ってたよ! 口からも光が飛び出てくるし、ヒュドラが光線出したのかと思った!」


 どうやら外からだとそう見えていたようだ。


「あなた、馬鹿みたいな魔力量ね……なんで剣士やってんのよ……」


 リンネがジト目でこちらを見ていた。さすがに俺が普通ではない魔力を持っている事に気付かれてしまったようだ。


「まぁまぁ、イッシンのお陰で倒せたんだからよぉ! 大手柄だったな!」


 ライルが嬉しそうに俺の背中をバンバンと叩く。


「いてえ!?」

「いてっ!?」


 すると、叩かれた俺だけでなく、何故かライルも悲鳴を上げていた。


「なんだ、この液体!? 触ったらめっちゃピリピリするし……」

「あー、それヒュドラの胃液だわ。多分、有害だろうから俺に近づかない方がいいぞ」


 そう告げると全員が一斉に俺から距離を取った。


「あのぉ……そんな避け方されると、それはそれで傷付くんですが……」


 シグネに至っては鼻まで塞いでいた。まぁ、確かに有害なガスとか出てるかもだけどさぁ!


 俺が傷心していると、グラッツが慌ててこちらに走り寄って来た。祝福しに来てくれたのだろうか?


「お前ら、何のんびりくっちゃべってんだ! ヒュドラがリポップしちまうだろうが!!」

「「「…………あ」」」


 さすがに第二ラウンドは勘弁してもらいたかったので、俺たちは取るもの取って急いで奥の扉へと進んだ。







「わー、間一髪だったね。やっぱりここも数分でリポップするんだねぇ……」

「ヒュドラ、こう見ると格好いいよねぇ……」


 ボス部屋後方の扉を開けて、名波とシグネが新たなヒュドラの姿を眺めていた。


 やはりここにも転移陣が用意されているらしい。他の階と同じなら、こいつを使って一気に一階の転移陣へと戻れるのだろう。


 俺は佐瀬とリンネの二人から水魔法【ウォーター】を頭からジャブジャブ掛けられ洗浄中だ。


「お前ら、本当に凄いな! ダンジョン産とは言え討伐難易度SSランクの魔物を倒しちまうんだもんなぁ……! 恐らく大陸初の偉業じゃねえか!?」

「あー、公式だと聞いた事ねえから、多分そうなるのかもなぁ……」


 なんと、ここメルキア大陸では公式上、SSランク討伐の報告例はないという。


 今更ながら、大それた事をしてしまったという実感が湧いてきた。


「ま、ほとんどイッシンの手柄だけどな。しかしお前の身体、一体どうなってんだ?」

「……俺の身体、毒は効かないので」

「はいはい。そういう事にしておくわ」


 リンネが呆れながら水を掛けてきた。


 恐らく魔法使いである彼女には、俺が回復魔法で癒し続けているだけなのは既にバレている。だがこちらの思惑を汲んでくれているのか、それ以上彼女は追及はしてこなかった。


「ところで、ドロップ品とお宝は何が出たんだ?」


 何しろ急いでボス部屋を脱出した為、ろくに確認する時間もなかったのだ。ライルが急いで宝箱の中身とドロップ品各種を回収してくれたようだが、俺もまだ見ていなかった。


「ああ、こいつだな。まずはSSランクの魔石」

「「「でか……」」」


 サイズも然ることながら、とんでもない魔力を秘めていそうだ。これだけで金貨何枚分に相当するのか想像も付かない。


「それと素材はこいつだな。大瓶二つとは随分と気前がいい」


 ライルが取り出した大瓶の中には、いかにも毒ですと自己アピールするかのような禍々しい紫色の液体が入っていた。


「それ、ヒュドラの毒か?」

「多分、そうだろうな……」


 チラリとライルがシグネの方を見る。ライルたちには既にシグネの【鑑定】を知られてしまっている。


 試しにシグネが鑑定すると、⦅ヒュドラの毒液⦆と出た。やはり毒だったようだ。しかも毒ブレスを凝縮した代物らしい。こいつはマジで危険物だ。


「後は宝箱の中身だな。なんか本が出てきたんだが……外れか?」


 ライルは一冊の本を取り出すと俺たちは驚いた。


「なっ!?」

「それ……っ!」

「魔法しょ――――むがっ!」


 即座に名波がシグネの口を塞いだ。ナイスー!


 いや、既に手遅れだったのか、カーター兄妹にグラッツは胡散臭そうにこちらを見ていた。


(いや、問題ない! シグネなら大丈夫だった!)


「シグネちゃーん? もしかして、今ここで・・・・それを鑑定したのかなあ?」


 既に俺たちが魔法書を所持していると悟られるわけにはいかない。あれは伝説級マジックバッグと同じくらいに劇物なのだ。


「う、うん。そだよー! 今、ここで鑑定しました!」

「「「…………」」」


 俺たちの三文芝居にライルたちは何も言って来なかったが、彼らは改めて本をめくって中を読み始めた。


「おいおい、こいつは……」

「噂には聞いていたけれど……実在していたのね……」

「すっげ……。これ、絶対王宮が黙ってねえ代物だぞ?」


 うん、やっぱりそんな扱いだったようだ。


 特にリンネは興味津々に魔法書の中身をガン見していた。魔法使いならば当然の反応だろう。なにせこの世に誕生したありとあらゆる魔法が網羅されているのだ。これを見逃す手は無い。


「お、この【リザレクション】一名って奴……ノーヤの事じゃねえのか?」

「ええ、きっとそうよ!」

「ぶふーっ!!」


 思わず吹いてしまった。


(本人、ここにおんねん!)


 佐瀬たちも冷や汗をかきながらその様子を見守っていた。






 しばらくするとリンネたちも落ち着き始め、ドロップ品の相談を始めた。


「え!? この本を譲ってくれるの!?」

「マジでか!?」


 魔法書を譲ると宣言すると、二人は驚いていた。


「しかし、どう考えても今回一番活躍したのはイッシンだぞ?」

「本当にいいの?」

「ああ。というか、俺たちが持つと色々と不味いんじゃねえのか?」


 俺がグラッツに問うと彼は頷いた。


「……ああ。これはさすがに俺も黙認する訳にはいかねえな。お前ら兄妹が得ても、王への献上という形で没収されるだろうな」

「それでも対価は確実にもらえるんだろう?」

「さすがにそっちの方が損よ?」


 魔法書を譲る代わりに俺たちは魔石を要求した。こちらも凄まじい価値があるだろうが、魔法書は金に換えられない程の貴重品だ。


 ちなみにヒュドラの毒液は二つあるのでそれぞれ分けた。


「ああ、俺としては魔石の方が助かる。こいつのパワーアップに使えるしね」


 横で待機しているゴーレム君の太い腕をポンポン叩くと、彼は嬉しそうな仕草をしていた。


 水と闇の加護持ちであるヒュドラの魔石は相性が悪そうだが、それを考慮してもこの膨大な魔力を秘めた素材は是が非でも欲しい。


(それに、もうそれ・・持ってるんです)


 とは口が裂けても言えないが、そんな訳で俺たちは揉めることなく報酬を分けた。




 なんとか死闘を終えて、後は凱旋するだけである。8階層をクリアしたと発表すれば、外は大騒ぎになるだろう。


「さて、じゃあそろそろ…………」

「…………行くとしますか」


 だが、このまま帰るつもりは毛頭なかった。


 何故ならここは終点ではなく、更に上層階へと続く階段があるのだ。


 俺たちはその階段を上り、前人未到の9階層へと辿り着いた。やはりここにも似たような扉があった。


「この先に……恐らくSSランク以上のボスが……」

「おい! 様子見だけだからな! 絶対に入るんじゃねえぞ!」


 グラッツが昔流行った芸人のような台詞を言ってきた。


「大丈夫だって。さすがに俺もそんなアホな真似はしねえよ」

「まだ魔力も回復しきっていないしね……」


 やはり俺の魔力回復量は常人よりおかしい仕様らしい。こっちはとっくに全快だ。


「え? なんでルミねえ、私の肩を掴んでるの?」

「あはは、一応ね……」

「信用されてない!?」


 シグネがボス部屋に入って行かないよう名波ががっちりホールドしていた。



 ライルが今まで一度も開かれなかった、その扉をゆっくり開けると…………

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