第146話 獣王国の火竜

 タシマル獣王国


 バーニメル半島の南部に位置する南海岸線沿いの国家だ。


 その名の通りほぼ獣人族で構成されている国家で、人族至上主義であるガラハド帝国とは非常に仲が悪い。


 エイルーン王国とも隣接しており、両国は友好国とまではいかないまでも、対帝国戦においては同調するような動きを取っている。敵の敵は味方、という訳だ。


 ただし二国間の交易はそこまで行われていない。帝国と同じ人族であるエイルーン王国民を一部の獣人族たちが毛嫌いしているからだ。


 その為、俺たちも獣王国へ踏み入るのを今まで避けていた。こうしてエアロカーで領空内を飛ぶのも初めてとなる。






「はー、こりゃあ凄いね! まさか空の上を飛ぶとは……長生きしてみるもんだねぇ! 人が蟻みたいに小さく見えちまうよ!!」

「ちょっと、ディオーナさん!? あまり身を乗り出すと危ないですよ! お歳を考えてください!」


 佐瀬が子供のようにはしゃぐディオーナ婆さんの服を引っ張りながら注意を促すと、彼女はぐるりと首を回して口を開いた。


「だから年寄り扱いするんじゃないよ!!」

「ええええ!?」


 なんとも扱いづらい人である。


(こういうのなんて言うんだっけ? ……ああ、二重規範ダブルスタンダードってやつか……)


 ちょいちょい老人ムーブをする癖に、年寄り扱いすると怒られてしまうのだ。あのハワードギルド長が厄介者扱いするのも納得である。


 ただ偏屈ではあるがこの婆さん、そこまで悪い人ではなさそうだ。どうも若者を揶揄って楽しんでいる節があるだけのようなので、俺はあまり関わらず佐瀬たちに対応を任せよう。


 そんな不埒な事を考えていたから罰が当たったのか、その後は俺もディオーナ婆さんにうざ絡みされた。






 始めは「火竜を直接見てみようぜ(キリッ)」と格好よく提案した俺だったが、そもそも火竜のいる島が何処にあるのか全く分からない。さすがのディオーナも上空からだと場所も判別付かないらしく、俺たちは一度南海岸線沿いにある街の傍に降りて、そこで情報収集することにした。



「……そこそこの港町ね」

「ここは何て名前の町なのかなぁ?」


 佐瀬とシグネがキョロキョロと周囲を見渡した。この町に住んでいる住民は全員が獣人族らしく、そのバリエーションも実に豊富だ。


(虎族、犬族、兎族、あれは……豹族と猫族……どっちだ?)


 獣人族は様々な部族がいるらしいが、最も多い種族が鼠族らしい。ただし、この港町に彼らの姿は見えない。


 町民たちも人族である俺たちが物珍しいのか、互いに遠目で観察し合っていた。


「私もこの町には足を運んだことは無いが……。虎族と豹族が多いようだし、多分エメリブって名前の漁村だろうさね」


 ディオーナの読みは当たっており、屋台で軽食を取るついでに店主へ尋ねてみると、ここは数年前までエメリブという名前の貧しい漁村だったらしく、今は港も発展して町を名乗っているらしい。


「ディオーナさんは獣王国にもお詳しいんですか?」

「ああ、公私で何度も足を運んだことがあるねぇ。海の仕事は大抵、虎族や豹族など、泳ぎが達者で戦闘の得意な獣人族が従事している。覚えておいて損はないさ」


 猫は水を嫌うと聞くが一応泳げるし、意外にも猫科の猛獣はどれも泳ぎが達者だったりする。そうでないと獲物を獲れないからだろう。というか、野生動物で泳げないのは致命的だし、少数派ではなかろうか?


 ただ猫族や獅子族は泳ぎが不得手なようで、猫科でも身軽な虎族や豹族、それに空をある程度飛べる鳥族なんかが船仕事を好むらしい。


 部族によって得手不得手の差が大きいのも獣人国家の特徴だ。大体は部族同士でそれぞれ適した場所で生活する事が多いそうだが、この町のように様々な部族が協力して暮らしている所もある。


 どこの町にどういった部族が住んでいるのか、ディオーナは長年の冒険者活動で大体頭に入っているのだろう。


(伊達に歳は取っていないな。本人の前で言ったら小突かれそうだけど……)


「ほら、そんな事よりさっそく聞き込み開始だよ! 運が良い事に、ここにはギルドの支部もない。情報集めには最適さね」

「え? 普通ギルドがあった方が情報も集まるんじゃないのかな?」


 名波が疑問を呈すると、ディオーナが答えた。


「普通ならそうだねぇ。だが、こと火竜の件については当てにならない。デマに踊らされた者が実に多そうだ」

「ああ、そういう話だったね……」


 ギルドは火竜のランクを偽っている……らしい。


 ほぼ黒らしいが、ギルドが火竜について情報操作している可能性は否めない。そんなギルド支部のある街では正確な情報も望めないだろうとディオーナは指摘した。



 得心が行った俺たちは、すぐさま港町を歩き回り、火竜の棲息する島について情報を集めた。


 すると割とすぐに情報が集まった。しかもどれも同じ証言で、火竜はここから南西にある大きな島に棲息しているらしい。周辺の地理情報や行き方まで親切丁寧に教えてくれたのだ。



「……意外にみんな親切ね」

「人族はもっと嫌われてるかと思った」

「この辺りは王都からも距離があるし戦場も遠い。人族にそこまで悪感情はないのさ」


 なるほど、確かにドワーフ王国もそんな感じだった。


「しかし、これはちと予想外だねぇ。情報収集でもっと苦労させて、坊やたちに色々と学んで貰いたかったんだが……」

「私たちの日頃の行いが良かったんじゃないかな?」


 シグネが軽口を叩くとディオーナが彼女のおでこにデコピンをかましていた。



 だが、どうも気にかかる。ほんの僅かな違和感だが、町民たちの様子が少しおかしいと俺は感じた。


 ここは小さな港町らしく定期便などは出ていないが、その代わり漁業が盛んな町らしく小舟は多数あった。もう本日の仕事を終えた者ばかりで、火竜の情報提供者の人たちは専ら、そういった漁船の船乗りたちであった。


 その彼らに火竜の居場所について尋ねると、我も我もと誰もが親切丁寧に行き方を教えてくれた。ほぼ全員が火竜の場所だけでなく、どうやって行くのかをわざわざ教えてくるのだ。


 しかもその案内の仕方も全員一緒で、「サルバンという港町から冒険者ギルドに船を出してもらえ」と口を揃えて言うのだ。


 それしか行き方がない故の同じ回答なのかもしれないが、案内してくれた何名かは時折申し訳なさそうな表情を浮かべているのが気になって仕方がなかった。


 俺はチラリと横にいる佐瀬を見た。聞き込みの際、偽情報を掴まさられると面倒だと思い、俺は彼女に”審議の指輪”を使うようにこっそり頼んでおいたのだ。その彼女が何も言って来ないのだ。


 つまり、彼らは嘘をついていない事が伺える。



「…………ま、一度言われた場所に向かってみるか」


 それが何か思惑あっての事であれ、どうせ俺たちのする事は変わらない。


 一度、件の火竜を見る。それだけである。






 エメリブの船乗りたちから聞いた、そのサルバンという港町を目指した。そこは大きな街らしく冒険者ギルドの支部もあるらしい。ディオーナへの指名依頼があったのも、まさしくそこのギルド支部からだそうだ。


「サルバンは獣王国でも二番目に大きい港町だね。大型船も何隻か停泊しているよ」

「へぇ、こんな近くにも大きな港町があったんだ」

「わざわざニューレに行かなくても、そのサルバンからなら他の大陸や中央部へ行けるのかなぁ?」

「いや、無理だろうね。獣王国は少し内向的な国でねぇ。危険を冒してまで貴重な船を大海に出す商人は少ないのさ。造船技術も連合国に劣るだろうし、せいぜい西のマナラハ王国間を行き来しているくらいだねぇ」


 マナラハ王国とは西バーニメル通商連合国からオース山脈を挟んで南にある他種族国家だ。そこにはドワーフ族やエルフ族、それに獣人族も住んでおり、人族は少数派の珍しい国家である。


 マナラハ王国も海に面しており、海岸線を欲している帝国と隣接している国家だが、意外な事にガラハド帝国からの侵攻は受けていない。マナラハ王国と帝国領との間にある深い森が天然の要塞となっており、それが帝国軍の侵攻を妨げているからだ。


 通称、南西部の森と言われている。かつて俺にその事を教えてくれたオッド曰く、そこにも竜種が棲息しているらしく、帝国軍はその深い森の所為でマナラハ王国への侵攻を断念しているそうだ。


 そういった事情もあって、天然要塞の庇護を得ているマナラハ王国ともう一つの国家、半島最南端に位置するオルテン王国は、あえてその竜種を放置しているという噂まである程だ。


(そこの竜を狩ったらめちゃくちゃ怒られそうだな……)


 まぁ、帝国軍人にも竜を倒せるくらいの闘力に優れた人材はいるだろうし、問題はその竜種だけではないのだろう。わざわざ広大な森を開拓し、魔物を狩ってまで南西部を攻めるメリットが帝国側にはないのだ。


 ただオルテン王国の方は完全に戦果を免れている訳ではない。隣国であるズール王国が、南にあるオルテン王国とフトー王国を同時に攻めているのだ。ズール王国は大した国土も無い癖にやけに強気な姿勢だが、彼の国の背後には帝国の影があるそうだ。


 どこもかしこもガラハド帝国は厄介者だ。


 現在半島の南部は帝国の属国と化したズール王国の脅威にさらされている。バーニメル半島内でここ数年争いの無い平和な国家となると、マナラハ王国とあとはガーディ公国くらいしか残されていないのだ。


 国家ではないが北方民族自治区も帝国領と隣接している為、小規模の抗争は起こっているが、やはり森が邪魔なのかそこには侵攻していない。


 ただ、森の伐採が進むと将来的には新日本国も他人事では済まなくなるかもしれない。


「はぁ、やだやだ。どこもかしこも戦争で……」

「急にどうしたんだい? アンタらはフランベールの英雄様だろう?」

「仕方なく参戦したに過ぎませんよ。誰だって寝ている場所に襲い掛かられたら反撃するもんでしょう?」

「そりゃあそうだねぇ。でも、火竜からしたら、まさしく私たちがそんな存在な訳だ」

「…………確かに」


 それは考えなくもなかった。


 ダンジョン内の魔物とは違い、野生の魔物は必ずしも人を襲うとは限らない。逆に人に恐れをなして逃げる臆病な魔物や、家畜として飼育される弱い魔物、人の足となって共存する従順な騎乗用魔物など、本当に様々な種類がいるのだ。


 さて、では件の火竜はどうだろうか?


 竜種は総じて強く、それ故に攻撃的な魔物だと思われている。特に縄張りに入った者には容赦しないと聞くが、逆にその縄張りさえ犯さなければ良いのではないだろうか。


「ねえ。火竜を退治する必要ってあるの?」


 俺と同じ考えを持ったのか、シグネがディオーナに尋ねた。


「少なくとも獣王国は火竜が邪魔なようだねぇ。なんでもそこの島は良質な鉱山があるらしく、領土拡大の観点からも絶対手に入れたいと思っているんだよ」

「うわぁ、結局人間側の都合かぁ……」

「やるせないねぇ……」


 佐瀬と名波がげんなりしていた。これからその竜を退治するというのに、嫌な話を聞かされてしまった。


「ま、それだけが理由じゃなく、近海を航行する船も襲われているらしいからねぇ。その被害額も馬鹿にならないから、いよいよ獣王国も重い腰を上げたってのが私の予想さね」

「経緯はどうあれ、人を襲う魔物なら俺は戦いますけどね」


 旧世界の日本で問題になっていた野生の熊と同じだ。互いに領分を犯すから殺し殺されるのだ。そしてその領分を犯すのは大抵人間側なのだ。


 だからと言って、森に入るな、木を伐るな、動物を狩るなと言われ、はいそうですかと頷けるほど俺たち人類は慎ましくはない。やり過ぎは良くないが、俺たちの暮らしを良くする為に他の生物には犠牲になって貰う。それは弱肉強食の自然の摂理に何も反してはいない。


(ま、弱い側は堪ったもんじゃないけどね……)


 問題は、その火竜が俺たちより強いのか、弱いのかである。


「相手が人を襲う竜なら話は別だ。手心を加える気も、そんな余裕もない」

「……そうよね!」

「はぁ……だね!」

「ドラゴン退治、頑張るぞー!!」


 うん、シグネくらい気楽に構えるのが丁度良いのかもしれない。








 エメリブの船乗りたちは口を揃えてサルバンの港町から船でと言っていたが、生憎俺たちは空路なのでわざわざ港に行く必要は無い。


 火竜島への行き方は、エメリブとサルバンの中間にある岬から真っ直ぐ南下すると小さな島が見えてくる。その更に先の大きな島が火竜島である。


「本当に空からだとあっという間だねぇ」

「あれが……火竜島……」


 俺たちは下界に見える大きな島を眺めていた。その島の中心には山があり、そこの何処かに火竜が棲息しているらしい。おあつらえ向きに、その山は活火山らしく、島の南西側には溶岩も流れていた。


「あれが溶岩……私、初めて見た!」

「私もー! 日本旅行で火口を見る予定だったのに見れなくて……。ここで見れるなんてラッキー!」


 そういえばリンクス一家は熊本の阿蘇山に行く予定もあったそうだが、その前に一斉転移に巻き込まれた。


 ちなみに俺も阿蘇に行った事はあるが、その時には規制中で火口は見られなかった。


「ま、俺もこっちの世界で溶岩? マグマ? を見たかな」


 違いが良く分からん。地表に出ている方が溶岩だっけか?


「え? イッシン、そんなの何時見たの!?」

「私たちと合流する前?」


 しまった。ここでは少し迂闊な発言だったか?


 ……ま、婆さんだけならいいか。何か言われても誤魔化してやろう。


「連合国で、ミケアウロが放ったと思われる火魔法の跡を見た」

「「「ええええ!?」」」

「あの”赤獅子”を見たのかい!?」


 案の定、皆に驚かれた。


「いえ、あいつと”氷糸界”が交戦したと思われる場所を目撃しただけです。凄かったですよ。地面が凍ってたり、炎で溶けていたりと、なかなかカオスで……」


 あの光景は多分一生忘れないと思う。


「はー、さすがは”七災厄”というべきか、それでも生存している”氷糸界”が凄いと驚くべきか……どっちも死ぬ前に一度拝んでみたいもんだねぇ」


 それは止めた方が良い気がする。正真正銘、それが生前最後の光景になるだろう。


「ま、”赤獅子”に比べれば火竜なんて、火を吐く蜥蜴みたいなもんさね!」


 いやいや、比較対象がおかしいから……


「……ちなみに、ディオーナさんは火竜と戦った経験がおありで?」

「いや、ないね!」


 無いんかい!?


「私が戦ったのは風竜だよ。大勢の仲間たちが喰われちまったが、運よく味方の魔法が奴の羽を吹き飛ばして、なんとか地上戦に持ち込めて勝機を見出せたんだよ。ま、そっから更に10人くらいは喰われちまったけどねぇ」

「今から竜と戦おうとする人に、そんな怖い話をしないで貰えます!?」


 やべぇ、やっぱ竜は半端ない……


 俺は眼下に映る島を見降ろした。


「名波、火竜の気配は分かるか?」

「それっぽい大きい反応が山の方角から感じられる。多分……向こうもこっちに気が付いてる」

「え゛っ!?」


 こんな上空からこちらを捕捉しているとは……野生の感か、それとも名波の様に索敵スキルを有しているのか……どちらにせよ奇襲は不可能なようだ。


「ふん、面白い……。ちょっと一当たりしてくるよ! 機を見て私をこの乗り物で回収しに来な!」


 そう告げるとディオーナは躊躇することなくエアロカーから飛び降りた。


「なっ!?」

「うそぉ!?」


 突然の行動に俺たちは呆気にとられた。


(ここ、まだ雲に近い高さだぞ!?)


 いくら闘力が高いと言っても正気とは思えない行動力だ。


 ディオーナは高い木の生えている森を目指して落下していった。まさかとは思ったが、あの木々をクッション代わりにして着地するつもりのようだ。さすがの彼女でも、この高さで直接地上に着地は無理だったのだろうが……とんでもない婆さんだ。



 しばらくすると、山の中腹辺りから大きな何かが飛び出してきた。その何かは小さいビルくらいの大きさもある真っ赤な生物であった。


「あれが……火竜!?」

「ひえぇ……強そう……!」


 ザ・ドラゴンといった風貌の真っ赤な竜が現れた。その竜の背中には巨大な翼が生えており、鋭い爪を有する二本の足をぶら下げながら飛んでいた。目的地は先ほどディオーナが着地したと思われる森である。


「イッシン、助けに行く!?」

「どうする!? 矢野君!」

「…………少し様子を見る」


 遠目だが一目見て分かった。確かにあれは討伐難易度Aランクなんて生易しい生物ではない。迂闊な真似をすれば奴はこちらに標的を変えるだろう。ここはディオーナさんを信じる他あるまい。


 俺たちがそんな相談をしていると、地上ではすぐに戦闘が開始された。


 火竜が口から炎を吐いたのである。


「おお!?」

「あれが竜のブレス!!」

「凄い! カッコイイ!」

「ちょっと!? 少しはディオーナさんの心配もしなさいよ!」


 ファンタジー好きな三人組は生で見る竜のブレスで盛り上がっていたが、そんな俺たちを佐瀬が戒めた。


 火竜の放ったブレスは森を一瞬にして焼き尽くしてしまった。ただでさえ緑の少ない島であったが、今の一撃で森の半分は焼失してしまった。


「あ! ディオーナさんだ!」


 彼女は無事であった。強化した視力でギリギリ見て取れる彼女の姿は健在で、どうやらブレスを回避する事に成功したらしい。


 火竜は続けて自身の周囲に炎の矢を出現させると、それをディオーナ目掛けて一斉掃射した。その矢をディオーナは老人とは思えない素早さで躱していく。


 だが炎の矢は追尾機能が備わっているらしく、しつこく彼女の後を追っていた。その矢を岩や地面を利用してギリギリ回避し、なんとか別の場所に着弾させて直撃を免れている。


 炎の矢に苦慮している内に、ドラゴンは次々と新たな炎の矢を準備し始めていた。


「うわっ……」

「あれじゃあジリ貧よ!?」


 ディオーナもそれは承知の上だったが、彼女には遠距離攻撃の手段が無いのか、ひたすら避けながら回避に専念していた。


「矢野君! さすがにもう助けに向かった方が……」

「…………いや、まだだ!」


 ディオーナのスピードは依然落ちていない。直撃だけは避けているようだし、彼女は何かを待っているように思えるのだ。



 一方、攻め続けている火竜であったが、なかなか標的を仕留められずに苛立ちが募ったのか、突如馬鹿でかい咆哮を上げた。その直後、何かを口から吐き出した。


 あれは……火の玉!?


 それを見た瞬間、俺の全身に鳥肌が立った。


「逃げ――――」


 俺が逃げろと勧告する前に、既にディオーナは着弾予想地点から全速力で離脱していた。


 その直後――――


 ――――凄まじい熱量の爆風と轟音が島周辺に響き渡った。


「わわっ!?」

「掴まれーっ!」


 その爆風はエアロカーまで届き、俺たちは空から落ちないようしっかりと車体にしがみついた。


 爆風が収まり改めて島を見降ろすと、さっきまで平地であった場所に大きなクレーターができていた。あちこちに白煙が立ち上っている。


「あんな魔法……見たことない……」

「まさかあれは……エクスプロージョンか!?」


 火属性の上級魔法【エクスプロージョン】


 神級魔法を除くと最大火力と称される恐ろしい魔法である。魔物も人と同じ魔法を使ったりもするのだ。


(あんなもの……直撃したら無事では済まないぞ!?)


 ディオーナが全力で逃げるわけである。


 その肝心の彼女だが驚いた事に、火球の爆風を凌いだ後は再び火竜へ接近を試みていた。あれを見てまだ挑むとは……凄まじい胆力の持ち主である。


 火竜は再び炎の矢で牽制し始めて、また戦況は膠着状態となる。


 すると、火竜はまたしても新たな行動に移った。ディオーナの足下から火柱を出現し始めたのだ。それをディオーナは人間離れした反射神経でギリギリ回避していく。


「お婆ちゃん、すご……」

「ああ、還暦を迎えた人の動きじゃないな……」


 それともこの世界の老いた達人は皆ああなのだろうか?


「あ、またブレスが来るよ!?」


 名波の指摘したとおり、火竜の口に魔力が集中していた。この距離からでも目視できるほど濃厚な魔力である。当然、ディオーナもそれには気が付いているのだが、炎の矢と柱の二重攻撃が彼女の動きを制限させている。


(ちっ、さすがにもう頃合いか!?)


 そろそろ介入するかと思ったが、彼女は矢と柱の方は被弾覚悟で、ブレスを確実に避けんと速力のギアを一段階上げた。


 そして――――無慈悲にブレス二射目が放たれた。


「よし! 介入するぞ!」


 意を決した俺はそう告げると、エアロカーの高度を一気に落とした。速度を上げながら、ディオーナが逃げたと思われる方向へエアロカーを飛ばす。


「矢野君! 1時の方角! ディオーナさんがいる!」

「おうさ!!」


 白煙が立ち込める中、俺は名波に指摘された場所へ飛ばした。すると、その煙から突如人影が現れてエアロカーに飛び移ってきた。


 ディオーナである。


「全速力で離脱だよ! 坊や!!」

「言われなくても……!!」


 ディオーナを回収した俺はエアロカーを全速力で西の方角に飛ばした。すると、後方から凄まじい魔力を感じ取った。ドラゴンからの魔法攻撃、炎の矢である。


「佐瀬!!」

「言われなくとも……!」


 先程の俺と似た台詞を吐いた彼女は魔法で炎の矢を迎撃する。チラリとその様子を見たが、若干佐瀬の魔法が押し負けているように見えた。


 魔法は距離が長くなるほど威力が衰退する。これ程離れた距離で佐瀬の魔法に打ち勝つとは……ブレスや火の玉の事も考えると、正面から打ち合うのは絶対に避けた方が良さそうだ。



 数発ほど炎の矢が俺たちを追ってきたが、しばらく飛行し続けるとそれ以降は追撃が止んだ。


「ドラゴン……もう追って来ないみたい……」


 名波の言葉で一同安堵の息を吐いた。ドラゴンと空中戦をせずに済んで良かった。


「ふぅ……、やっぱソロだと無理だねぇ、ありゃあ……」

「ああ!? ディオーナさん、その腕……!?」


 彼女の腕は火傷で肌がドロドロになっていた。


「あー、この程度なら一級ポーションでなんとかなるさね」

「……いや、それには及びませんよ」


 一級ポーションはかなり希少なアイテムだ。ここで使うのは勿体ない。


 俺はエアロカーの操縦をしながらディオーナの腕を【ヒール】で癒した。重度の火傷が一瞬で治り、ディオーナは目を見開いていた。


「ほぉ! こいつは驚いた! やるねぇ、イッシン坊や!」

「……回復魔法には自信があるので」


 遺体さえ綺麗に残っているのなら、例え死んでも蘇らせる事ができるが、あの火竜相手だとそれも少々難しそうだ。ブレスが直撃すれば骨すら残るまい。


 想像以上の難敵に、俺は頭を悩ませるのであった。

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