第140話 出航

 ≪氷糸界≫の対策については一旦大陸中央部の皆さんにお任せして、俺はバーニメル山脈を西側に迂回する形で半島上空へと戻ってきた。


 再び連合国領へと戻ると、そのまま南下してオース地区を目指した。




 奴が生み出した氷は未だ溶け切っていない場所も多く、今度はその氷の道を逆走する形で、被害に見舞われている場所を回った。


 既に多くの人がそこから引き払っているか、奴に捕食されたようで、残されていたのは既に生命エネルギーの尽きた遺体の残骸だけだ。


(先にこっちへ来ていれば、この人たちを助けられたか? ……いや、今更だな)


 仮にオース地区の南部から支援を行っていた場合、メッセン地区やガーディ公国、デバル王国の人々が間に合わなかっただろう。


 もう過ぎた事なので、俺はこれ以上悪く考えるのを止めた。


(いくら俺が蘇生魔法持ちだからと言って、全ての死に責任を負う必要は無い)


 そう自分に言い聞かせて、それでも救える命はないかと探しながらエアーバイクを飛ばした。






 久しぶりのパナム町に来たが、ここは特に被害が甚大だ。どうやら奴は森から出て、まず初めにあの開拓村を襲い、その後にパナム町まで侵攻してきたようだ。その後はそのまま北上しているようなので、ここから東にあるゼトン町には向かわなかったものと推測される。


 念の為、以前お世話になったゼトン支部のある町へ様子を見に向かった。






 ゼトンでは多くの人で溢れ返っていた。多分、パナムなどから避難してきた者たちで増えたのだろう。町の中だけでは避難民を収容しきれず、町の外では難民キャンプのようなものが幾つも設けられていた。


 怪我人も多かったのでそれとなく治療して回っていると、見知った顔の者を見つけた。


(あ、ジャックだ。それにカータさんも……)


 ゼトン支部所属のC級冒険者ジャックと、パナム町や開拓村でお世話になったギルド職員のカータ氏も難民たちの支援に当たっていた。


 それと意外な人物も協力していた。


「おら、テメエら! サボってんじゃねえ!」

「へ、へぇ!」

「ちょっと息抜きしてただけっすよぉ!」


 ≪猛き狩人≫のリーダー……確かザップといったか。彼もゼトン支部の冒険者たちに混じって作業に当たっていた。サボっている冒険者たちに檄を飛ばしていたのである。


 ちょっと意外だ。


(ここは思ったより平気そうだな)


 首都ニューレも気にはなるが、そちらは完全に評議会の勢力圏なので、聖女ノーヤとしてはあまり近づきたくない場所だ。権力者連中に利用されるのは御免なのだ。


 ここらが潮時だろう。


 俺は今度こそ後始末にケリを付けたと判断すると、ゼトンから飛び去って東に進み、ブルタークの街へと帰還した。








 オールドラ聖教のセルベル助祭は困り果てていた。


 西のルルノア大陸から追い出される形でやってきたケンプ司祭――彼のお役目を補佐するのがセルベル助祭の務めであった。


 そのお役目とは、聖教が長年求めていた神の秘儀、十二番目の欠番魔法ロストスペルを扱う使徒様を捜索する事である。


 だが、このケンプという男、左遷されるだけあってか勤労意欲がまるでなく、私欲まみれの呆れた男であったのだ。


 何度も彼を諫めたが省みることはなく、しかも≪赤獅子≫騒動や≪氷糸界≫の惨劇が広まり始めると、遂に司祭はカンダベリー聖教国へ帰ると言い出したのだ。



「もうこんな場所はうんざりだ! 私は本国へと戻るぞ!」

「お待ちください、司祭! お役目は……使徒様の捜索任務はどうされるので!?」

「そんな者、こんな田舎になんぞいるものか!! 私は十分役目を果たした! ここにはもういないと、本国にはそう伝えておく!!」


 そう捨て台詞を吐くと、船に乗って勝手にバーニメルの地から去ってしまった。



「……仕方ない。私一人で探すとするか」



 それからセルベル助祭は教会があるフランジャール地区を中心に、単身で使徒の捜索を始めた。すると驚くことに、その可能性のある人物の情報をすぐに手に入れたのだ。


「使徒? さぁ……。でも、聖女様なら知ってるぜ!」

「どんな傷も癒して、死者させも蘇らせる白銀の聖女様さ!」

「白髪の美しい聖女ノーヤ様なら、神の御使いでも頷けるってもんだな!」


 白銀の聖女ノーヤ、最近その名を耳にする機会が増え始めた。その聖女の噂話は、普通なら信じられない内容ばかりであったが、セルベル助祭はその少女こそが【リザレクション】を習得し、神に愛された使徒だと確信した。


 だが、彼女と接触しようにも、常に後手へと回ってしまう。彼女はあちこちの場所で人々を助けてそれが終わると、空飛ぶ赤い馬に乗り、すぐまた次の地へ去ってしまうのだ。空を飛ぶので移動スピードが速すぎるのだ。



 そして遂に聖女の足取りはデバル王国を最後に途絶えてしまった。≪氷糸界≫はどうやらバーニメル山脈の向こう側へと進んだらしい、後を追ったのだろうか?


 これでこの半島から災厄と聖女は去ってしまったのだろうか?




「……致し方ない。とりあえず、大聖堂へ聖女ノーヤ様の件をご報告するか」



 後日、セルベル助祭の報告結果を受け取った聖教は、碌に調査せず戻ってきたケンプ司祭に降格処分を下した。








 久しぶりにブルタークへと戻ったが、≪翠楽停≫には誰もいなかった。


 メッセージでのやり取りで知ってはいたが、三人は数日前から鹿江町の方へと出掛けているようだ。何でも今回、新日本政府とエイルーン王国間で国交を結ぶのを契機に、政府は鹿江町の存在を遂に明るみにする予定なのだ。


 さすがにこの件を黙ったまま国交を結んでしまうと、後日になって鹿江町の存在が友好関係にヒビを入れかねない。まだ公にはされていないが、今度政府側が王都ハイペリオンに招待されるらしく、その時に鹿江町の件を王国側に告げるそうだ。


 そこで気になるのが鹿江町のこれからだ。


 政府側としては、鹿江エリアを自国の領地だと主張するつもりは毛頭ないようだ。当然、そんな主張は王国側も認めないだろうから仕方ないと思う。


 つまり両国共に鹿江エリアが王国領だという認識をもって、これから先を考えなければならない。その上で鹿江町とその周辺コミュニティが取れる手段はだいぶ限られる。


 今のところ持ち上がっている中で一番支持されている案は、王国領として鹿江エリアの者がその代官となり、その地を治めるというものだ。


 その場合は当然国に税を収める必要があり、更には王国法の遵守も必要になるだろうが、そこまで町の人たちの生活が激変する訳ではないと思う。むしろ、近隣の町との交易も公にできるので、更にあの地が盛り上がる可能性もあるのだ。


 何より既に港の整備が進められているのが大きい。王国側は手間を掛けずに念願だった港町を手に入れられるのだ。


 だが、逆にそれだけに、貴族の特権階級たちが鹿江エリアを放っておくとは考えにくい。何かしらの利権に噛ませろと言ってくるだろうが、そこら辺は新日本政府や鹿江エリア代表者たちの交渉次第だろう。



 今はその交渉を請け負う代表者の選出で、鹿江の地域はごたついているらしい。


 あの地を一番盛り上げてきたのは間違いなく鹿江町であり、その現代表者は野村五郎町会長だ。だが野村氏は高齢なのと、お世辞にもリーダーシップがあるとは言えない性格なので、この件から身を引く事を既に決断しているそうだ。


 その彼が町のリーダーとして推薦する後継者が、ダリウス・リンクス……なんとシグネの父親だ。だが彼は元々リトアニア人であり、元日本人ではないという点が、鹿江町以外のコミュニティからはやや不評なようだ。


(異世界で何処の国出身とか、今更な気もするがな……)


 他の候補は鹿江町大学の纏め役である文化系コミュの花木文人と、体育会系コミュの武藤司も挙げられているが、若さゆえに反対意見もそれなりに出ている。


 それと何としても阻止したい候補者が一人いた。三船銀治、鹿江モーターズの元社長にして、自称鹿江市長(笑)のあの老人である。随分久しぶりに名前を聞いた気がした。


 碌に周辺コミュニティと協調してこなかった男が、何処で今回の騒動を聞きつけたのかは知らないが、いきなり代表として立候補しだしたのだ。


 これには鹿江モーターズ以外のコミュニティからは総スカンである。



 とにかく鹿江町では現在、代表選みたいな事が執り行われているのだが、当然選挙管理委員会も存在せず、話がなかなか纏まらなかった。それに選挙を取り行えば確実に負けるだろう三船氏が、断固としてそれを拒否していたのだ。



 ただ、現状ではダリウスさんか花木君が選出されそうな流れのようだ。伊藤は大好きなDIYに注力したいらしく早々に辞退し、彼も花木を推していた。ダリウスさんも乗り気ではないらしいのだが、周囲の人間が強く推しているのだ。


 花木君としては、三船氏を代表にするくらいなら自分がという覚悟で前に出ているらしい。彼とは最初の出会い方こそ最悪であったが、自分にも厳しい性格なのは俺も知っているので、きっと良い統治者になるだろう。



 鹿江町の件については、外野である俺は介入を避け、この一人になった機会にゴーレム君を強化する事に決めた。


「素材は十分にある! ふふ、S級に対抗できるような強化を施すぞぉ!」


 メッセン古城ダンジョンで得た素材を、俺は惜しげもなく投入した。








 バーニメル半島はすっかり冬場を迎えていた。


 その頃になると、鹿江町代表選の大勢は決まった。ダリウスさんも代表を辞退して、花木君をサポートすると宣言したのだ。


 とくに選挙などが行われた訳ではなかったが、そもそもあそこは既に民主主義の国家ではないので必要ない。あそこは現在、王国領という位置付けだ。最終的には鹿江モーターズ以外の全コミュニティが彼を支持し、結局あの地の代表者は当面、花木文人という事で決まったのだ。


 それを見届けた佐瀬たちもブルタークに戻ってきた。




 先ほどは冬場だと言ったが、この半島内は温暖地域なので冒険者たちに冬休みなどは存在しなかった。相変わらず外での採取依頼や討伐依頼に励んでいる。


 そして俺たちにも、ギルドを通してある指名依頼がやってきた。依頼主は意外にも長谷川氏だった。ギルド経由では初である。


 正確には新日本政府の諜報員が長谷川の名を使ってギルドに依頼を出してきたようだ。今後は俺たちを元日本人としてではなく、一冒険者として扱うという彼らなりの表明なのかもしれない。こちらとしてもギルドの評価も上がるので有難かった。


 さて、肝心の依頼内容なのだが……



「新型輸送船の護衛?」


 名波が不思議そうに首を傾げていた。


 ギルドからは護衛依頼とだけ伺っていたのだが、俺のスマホに直接依頼の詳細が届けられた。それを読んだ俺は三人に依頼内容を説明していた。


「新東京から鹿江港に向かう輸送船の護衛をして欲しいそうだ」


 王都ハイペリオンでの二国間交渉も目前に迫り、政府はその前に鹿江町関連のごたごたを一気に片付けておきたい考えらしい。


 その一つが、以前から打診のあった商船の航行テストである。


 鹿江の港との間の交易が実際に可能なのか、早急に確認する必要があった。その成否如何では鹿江港の価値も変わり、王国との交渉内容にも影響を及ぼすそうなのだ。


 それと同時に、政府高官による鹿江エリアの視察も兼ねていた。今までは通信越しでのやり取りだけであったが、実際に生で現地を視察し、花木代表とも一度対面しておきたい考えのようだ。


 今回の護衛対象は船だけでなく、乗船するその高官たちも含まれている。そのメンバーの中には宇野事務次官の名も連なっていた。長谷川の名はなく、今回彼はお留守番らしい。



「船を護衛たって……誰が襲ってくるの?」

「あの辺りは海賊も出ないよね?」


 半島の南側は獣人族による海賊行為が頻発しているそうだが、東海岸エリアはそもそも航行する船がほとんど存在しない。


「ああ。だから気を付けるのは魔物くらいだろうな」


 だが海中から魔物が襲ってくるとなると、こちらの取れる防衛手段はだいぶ限られてしまう。こんな事ならゴーレム君も海中に対応できるよう改造しておくべきだったかと後悔した。


「名波の【感知】頼りだな。早期発見で魔法と矢を使って遠距離から撃破。これしか思い浮かばないな」

「さすがに海に飛び込む事態は避けたいわよねぇ」


 多分俺たちの闘力なら水中戦もある程度可能だと思う。それに佐瀬には水中でも活動できるようになれる魔法【アクアプロテクション】がある。


 ただし、あの魔法は呼吸の問題を解決するだけで、泳ぎが達者になる訳ではないし、海面から船への行き来も大変だ。ロープ付きの浮き輪くらいは備わっているだろうが引き上げてくれそうだが、戦闘中はそんなのんびりもしていられないだろう。


 すばやく海中から船に戻るとしたら、シグネの【エアーステップ】を使うか、風魔法を全力噴射して飛び上がる方法が考えられる。ゴーレム君も空を飛べるが、海の中だと火力によるジェット噴射が利用できないかもしれない。


(エアロカーも一応動かすことは出来るが…………)


 科学技術ではなく魔力で動いているので、海中だろうが宇宙空間だろうがエアロカーを動かす事は可能だ。ただし、オープンカータイプなので、車内は当然水浸しになるだろう。後の掃除が大変である。



 海上での戦闘はなかなか大変そうだが、それでも俺たちはこの話を一度受けてみようと考えている。将来的に別の大陸への遠征も視野に入れているからだ。


 現状、大海を移動する手段となると、ニューレ港からの定期船を利用しようかと考えている。空路が使えれば楽なのだが、海上での超長距離飛行は高確率で遭難してしまいそうだからだ。


 今回は大陸を横断する為の予行演習と考えれば、この依頼は丁度良さそうな案件だ。








 そして依頼当日、俺たちは新日本国内にある港へとやってきた。


 上空からは少しだけ見たことがあった湾岸部だが、実際近くで見ると、かなり立派な港が建設されていた。


「港の建設って、こんな短期間で出来るのか……?」

「それは魔法のお陰ね」


 突如、後ろから女性の声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこには見知った二人が立っていた。


「朝山さん!? それに宇野さんも、おはようございます」


 エイルーン王国への第一次視察団メンバーだった魔法庁の朝山参事官と、毎度お馴染みの宇野事務次官の二人組である。


 宇野は兎も角、朝山女史とはだいぶご無沙汰であった。


「お久しぶりです、朝山さん。もしかして今回の視察メンバーに?」

「視察団ではないけれど、一緒に乗船する予定よ。何しろこれは私が造った船だからね」

「ええ!? 朝山さんが造ったんですか!?」

「ええ、一部だけどね」


 魔法庁の人が造船? 一体どういう事だろうか?


 俺が驚いていると、宇野事務次官が苦笑いしながら答えてくれた。


「あー、一応機密情報なのでここだけの話にして欲しいんだが、この船の動力には魔導技術が使われているんだ」

「あ、なるほど……」


 どうやら船の動力源は魔法庁の開発部が主体となって製造された物らしい。


 朝山女史は参事官という立場ではあるが、彼女は元々研究職で、魔導発電機という大発明もしている超有能な人物だ。今回はそれのテストも兼ねて同行するつもりらしい。


「それで話を港に戻すけど、短期間竣工の理由は土魔法と水魔法だよ! いやぁ、本当に魔法は使い勝手がいいねぇ! 水中でも長時間活動できるし、海底の地形なんかも開発し放題だよ!」


 恐らく【アクアプロテクション】や【アースウォール】などの魔法を駆使したのだろう。海中での作業は下手な重機を扱うよりも、魔法による人力の方が手っ取り早いらしい。魔法には一部物理法則ガン無視なところがあったりするので、水圧だとかもお構いなしに作業できるのだ。


 実際に、元学生たちだけのコミュニティである鹿江の港も、あっという間に完成してしまった。


 これだからファンタジーってやつは!




 俺たちは久しぶりに会った朝山と魔法談義を交わしながら、今回航行予定の船へと案内された。中型船と聞いてはいたが、結構な大きさがある。ただし、輸送船なので客室は最低限の数しか用意されていなかった。


「今回は手探りでの航行なので、鹿江港までは半日以上を想定している。実際はもっと短いだろうけど、今日はゆっくり船を進めるつもりだ。その航行期間中、君たちには魔物などの外敵から船と乗員を守ってもらいたい」


 乗船するメンバーは俺たち4人に宇野と朝山。それと政府関係者たちや自衛隊員に船員までも含めると、総勢で50人程にものぼる。その全員の命を預かっていると思うと、俺たちも護衛の任務に手を抜く訳にはいかない。


「ゴーレム君を出しておこうか」

「おっけー!」


 名波はポーチからゴーレム君を取り出して起動させた。その様子を遠巻きに見ていた船員や政府の人間たちが驚いていた。


(いきなり戦闘で海の中に放り出したら、ゴーレム君もビックリするだろうからな)


 こうやって定期的に取り出しては、俺たちの現状をゴーレム君に知ってもらうのは大切なことなのだ。




 突如現れたゴーレム君に最初はびびっていたギャラリーたちだが、彼が大人しいと分かると船員たちが物珍しそうに近づいて来た。中には写メを撮っていいかと催促する者も現れたので、それに俺は快く頷いた。


 ゴーレム君もノリノリなのか、まるでアニメのロボットのようなポージングを取っていたが、そんなポーズを俺は教えた記憶が無い。


(多分、シグネの仕業だな……)


 甲板上はすっかりゴーレム君の撮影会場に変わり果てた。



 何処かでゴーレム君の噂を聞き付けたのか、朝山女史が鼻息を荒くしてやってきた。


「こ、これが噂の人工ゴーレム……しゅごいぃ!!」


 この人は魔法関連になると夢中になってしまうらしい。確か初の魔導船航行だから、出発時は機関部で経過を見守る予定だった筈だが……職務放棄してきたのだろうか?


 これには宇野事務次官も困り果てていた。


「うーん。まぁ、何かトラブルがあれば、さすがに持ち場へと戻るかな?」



 結局、朝山女史は放置した形で船は出航した。


 俺もこの世界では初となる航海に少し緊張しながら、徐々に離れていく陸地を眺め続けた。






 出航して一時間経たずに、景色は水平線へと早変わりしてしまった。当然と言うべきか、やはりこの世界も丸い惑星なのだなと実感させられる。


(こりゃあ、いよいよ空路で大陸間の移動は厳しいなぁ……)


 しかし、この船はどうやって位置情報を把握しているのだろうか?



 朝山参事官はゴーレム君と戯れているので、代わりに宇野事務次官に聞いてみた。


「ああ、どうやら魔導電波で位置を計測しているらしい。通常のレーダーだとそこまで距離が届かないそうなんだが…………すまんが詳細は私にも分からないな」

「魔導電波……何でもアリっすね……」


 魔導電波の圏内なら、人工衛星を使わずに大雑把な位置情報を把握できるそうだ。


「そうだ。魔導電波で思い出しましたけれど、例のもう一つの日本……日本連合国への視察は何時決行される予定ですか?」


 以前宇野たちに、日本連合国へエアロカーで運んで欲しいと言われていた件を思い出した。


「ああ、そうだったな。ただ、私も今は忙しくてね……」


 エイルーン王国との交渉で忙しいのは分かるが、そもそも宇野事務次官は防衛省の人間で、そっち方面の担当ではない気がする。


 いや、それを言うなら日本連合国への視察も管轄外ではなかろうか?


 疑問に思った俺は率直に尋ねてみると、宇野は顔をしかめた。


「私も心底そう思うよ。だが、他に人員が居ないのだよ……」

「動ける政府の人間って、そんなに少ないんですか?」


 俺の言葉に宇野は首を横に振った。


「いいや。“動ける人員が”じゃなくて、“動きたい人員が”少ないが正しい表現だね。困ったことに、外に出たがらない政治家どもが多くて困ってるんだよ。外には魔物やら野盗やらがいると聞くと、どうしても怖がる者が多くてね……」


「ああ……」


 野盗は俺も未だ遭遇した経験はないが、魔物が怖いという理由には納得だ。


「だから今回の視察メンバーを選出するのにも相当骨を折ったんだ。新東京の外は未開の地で魔物が徘徊している、なんて信じている者が今でも多数派なのさ」


 いくら何でも、そこまで危険があるわけでは……


(……いや、そうでもないか)


 この世界に来てから危険な魔物との遭遇には事欠かない。しかも同じ半島内にあるバーニメル通商連合国では、≪赤獅子≫や≪氷糸界≫などで今も大騒ぎの状態だ。ただし、あれレベルの脅威となると、外に出ようが街の自宅に引きこもっていようが関係ない気もする。


「正直、私も未知の航海は恐ろしくてね。だから長谷川に頼んで、君たちに護衛を依頼した。沈没だけは、どうにか避けて欲しい」

「ご期待に沿えるよう、頑張ってみますよ」


 俺だって死にたくはない。


 せめて海王リヴァイアサンとだけは出くわさないよう、俺は本気で女神アリス様にお祈りした。

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