第134話 異世界の街

「なに!? 外交団の中に第三王子と第三王女がいらしている、だと!?」


 政務官から聞かされた報告に蛭間総理は驚いていた。


「はい。先ほど案内役の隊から、そう報告がありました」


 過日、ブルタークの街で行われた会談は散々であったと蛭間は聞いていた。東山外務大臣たちの失態は宇野事務次官経由でしっかり伝えられており、それを聞いた時には高血圧で倒れそうになったほどだ。


 自分が今の椅子に座れているのは東山外務大臣らの力添えあってのことだが、さすがにこれでは庇いきれない。彼には辞任してもらい、しばらく大人しくして頂こう。


 そう思っていた矢先に今回の通達だ。次回の会談はぜひ新日本側で行いたいという王国側の急な要望を蛭間は受け入れた。


 これ自体は全く問題が無い。寧ろこちらのホームで話し合いが出来るのだから朗報といえた。さっそく新たな交渉団を再編し、準備万端で迎え撃とうと待ち構えていたところへ先程の一報だ。


「何故、王族自らが来るんだ!? しかも、例の王女様も一緒、だとぉ!?」


 東山外務大臣の“夜のお相手”発言をされた本人自らが、よもやこの国に来るとは思ってもいなかったのだ。一体王女のメンタルはどうなっているのか……。


 当然、東山大臣の件についてはこちらも謝罪する用意をしていたが、それがまさかの本人へ直接となると、考えていた謝罪の内容もすぐさま変更しなければならない。


 いや、そもそも王族が来ている時点で、こちらも失礼が無い相応の立場の者を会談の席に当てなければならない。交渉団の人選から練り直さねばならなかった。


「くっ、仕方がない……今回は私自らが出るか……」


 蛭間は、出来れば自分は交渉がほぼ纏まった段階で登場したいと考えていたが、こうなっては総理自らが応対せざるを得ないだろう。


 地球での日本時代での外交は、どのような相手が何人で、何時来日し、どのくらい滞在するのかが、何日も前に綿密なスケジュールが組まれていた。それらの手筈は官僚たちが全て整えてくれ、自分は姿を見せて打ち合わせ通りの会話をすれば、それで大抵の交渉は済んでいた。


 しかしこの世界に来てからは常に即決即断を求められ、しかも予期せぬ事態ばかり起こり、蛭間総理はそれに翻弄され続けてきた。自分はかなり良くやった方だと自画自賛したいくらいだが、それでも国民やマスコミから非難され続ける日々である。


 こんな事なら総理の椅子など欲するのではなかったと、最近ではそんな思いが強くなり始めていた。


「うぅ、胃が痛い……。歓迎の会食は胃に優しい物を用意してくれ……」

「はい、総理」



 蛭間総理の苦難はまだまだ続く。








 新日本国の街、新東京にやってきた俺たちは、お迎えのリムジン擬きに乗車した。その際またしても俺は王子たちと同じ車に乗る羽目となった。


「これがニホンの乗り物か……本当に馬無しでも動くのだな」

「これはデンキというもので動いていらっしゃるの?」

「いえ、この車は魔導自動車と言いまして、魔力を動力としております」


 フローリア王女の質問に答えたのは日本政府の案内人だ。今回は長谷川ではないようだ。


「まぁ、魔力で!? なら、私たちでも再現可能なのでしょうか?」

「申し訳ありません。技術的な詳細は、私には分かり兼ねます」


 案内人の男は申し訳なさそうに頭を垂れた。


「乗り物にも驚いたが、道が恐ろしいくらいに綺麗だな。走っても全く揺れないぞ」

「建物も奇妙な鉄のようなもので建てられていますわ!」

「む、あれは車じゃないのか? 二輪の細い車に見えるが……人力なのか? 奇妙な乗り物だ……」


 王子は外で走っている自転車に驚いていた。確かに彼らからしたら自動車よりも奇抜に見えるのかもしれない。



 王子たちはあれこれと騒ぎながら街の様子を眺めていると、どうやら車は目的地に着いたようだ。その場所は俺たちもまだ一度も踏み入れたことのない、新日本政府の施設のようだ。前に何度かお邪魔した建物より厳重な警備態勢となっていた。


(ま、俺たちと王族じゃあ、警備が違うのは当然か)


「到着致しました。総理官邸です」

「ソーリ? ああ、確かニホン政府の最高責任者でしたかな?」

「はい、左様でございます」


 まさか総理官邸に案内されるとは思いもしなかった。


 車から降りると、目の前には真新しい綺麗な建物がそびえ立っていた。左側の遠くには更に大きな作りかけの建築物が見える。その建築中の白い建物に、俺は見覚えがあった。


(おいおい、あれって……国会議事堂かよ!?)


 そちらは大きさ故に時間が掛かっているようで、まだ施工中のようだ。先に総理官邸だけが竣工したのだろう。


 一同は総理官邸の内部に案内されたが、ただの付き人に過ぎない俺たちは途中までとなり、それ以降は王族、貴族の来賓やその護衛のみが進むことを許された。


「やあ、白鹿の」


 すると、背後から俺たちに声を掛ける者が現れた。


「あ、宇野のおじさん!」


 シグネが場違いに陽気な声を出した。


 宇野事務次官だけでなく、横には長谷川の姿もあった。


「お二人とも、今回の交渉団に参加されているんですか?」

「我々は先方から文句を言われていないからね。本来は管轄外なのだが、ぜひ立ち会って欲しいって蛭間総理に泣きつかれたんだよ」

「総理大臣が?」


 それはちょっと意外ではある。てっきり蛭間派盟主である総理と宇野たち小山派は、仲が悪いと思っていたのだ。


「蛭間総理も後が無いのさ。最近は野党や国民からも突き上げが凄くて、そんな中での先の会談だ。ああ、東山大臣は近々辞任することになったよ」

「はぁ、それは随分大変そうですね」


 俺としては他人事なので心にもない感想を述べた。まぁ、エイルーン王国と決定的に仲違いさえしなければ、どうでも良いとさえ考えている。ただ、鹿江町の今後だけは少し気掛かりだ。


「今、王族の方々と総理がご挨拶しているから、その後は場所を移して会食、歓迎会となる。本日はお休み頂いて、予定では明日以降からの会談予定だな」

「王子は日本の民主主義に興味津々でしたよ。王女様は日本の技術に夢中でしたが……」

「興味と言うか、警戒をしているのだろう? 王制の国が一番気になるのはその点だろうからね」


 確かに思想自体が決定的に違う国だと、国交を結ぶ事自体が難しい。思うに両者はまだ友好関係を築く段階どころか、互いの事をまだ知らなさ過ぎるのだ。まずは知ることから始めなければならないと俺は思っている。


 その点でも、今回の王族来訪には大きな意義があるのだろう。




 それから暫くすると、王子たちと蛭間総理たちの姿が見え、俺たちは揃って別の会場へと場を移した。


 そこで歓迎会が開かれたが、どういう心境か、エイルーン王国の王族、貴族たちがシンニホンのことをシンニホンと呼ぶようになっていた。事前の打ち合わせでもしていたのか、この場に来てようやく相手を一国家として認めたようだ。



 宇野の話した通り、本日はこれにて終了となり、俺たちエイルーン側の来賓は別のホテルに案内された。


 会場からホテルに移動する際、多くのマスコミがカメラを持って待ち構えていた。どうやらどこかで交渉団の存在を嗅ぎつけてきたようで、ホテルに置いてあるテレビを点けると、どのチャンネルもそのニュースでもちきりであった。



「イッシン! このテレビというものは凄いな!? さっきの我々の様子が映っているぞ!」


「は、はぁ……そのようですね」


 俺はケールズ王子の部屋にお呼ばれして、テレビで興奮している彼に付き合わされた。寝泊りする部屋は別々だが、この場にはマルムロース侯爵にランニス子爵も居合わせていた。


「これがテレビか……。凄まじい技術力ですな……」

「ふむ、だがあのカメラのフラッシュというものはどうにかできんのか? 魔法の攻撃かと思って肝を冷やしたぞ?」

「す、すみません。私の同胞たちが、とんだご無礼を……」


 確かに地球時代ではこれが当たり前となっている感覚だが、有名人が姿を見せるとマスコミは平気でフラッシュをバンバンたいて写真を勝手に撮る。普通に考えたら、かなりマナーが悪い行為だろう。


 マスコミの洗礼に驚いたケイヤや護衛の兵士たちが、危うくマスコミに襲い掛かるところであった。今でこそ笑い話だが、大慌てで俺たちが割って入り、事情を説明して諫めなければ、下手をしたら流血沙汰になっていただろう。


 これにはさすがの宇野事務次官も「君たちが居てくれて助かった。いや、本当に……」と肝を冷やしていた。


 テレビのニュースでは、一歩間違えれば大惨事になっていたとは知らず、呑気にエイルーン王国からの王族来訪を特集していた。エイルーンとはどういった国なのか、一歩も領域の外を出たことも無い自称専門家たちが、好き勝手に述べていた。


 その様子を本人たちが観ているとも知らずに……


(俺たちの【自動翻訳】スキルは、相手側にも丸聞こえなんだけどなぁ)


 案の定、勝手な個人の感想を述べるコメンテーターに王国の人たちは呆れていた。


「なんだ、こやつらは? 的外れな情報ばかりではないか!」


 やれ、王政府が中心となった独裁的な国家だの、奴隷制は非人道的なので即刻廃止するよう伝えるべきだの、帝国へ侵略戦争を計画しているだのと、とにかく憶測が酷過ぎるのだ。


「あまり気にしないで頂けると。彼らは好き勝手文句を言うのが仕事のようなものですから……」

「……そんな仕事があるのか? 新日本国は我々の理解を超えているな」

「ううむ、虚言ばかりで呆れかえるな。だが、このミヤウチという者だけは我が国の事情にも詳しいようだな」


 そう、ミヤウチという今現在もテレビのワイドショーで解説している彼は、以前俺たちと共に行動していた、あの宮内健太郎氏のことだ。


 息子の聖太しょうた君もあれ以来すっかり元気になり、あの後は一家揃って鹿江町へ移住していた。


 その後はフリーのジャーナリストとして家族と共に各地を巡っていた。コミュニティだけでなく、王国の村や街での暮らしを実際に体験し、それを記事にして新日本に情報発信し続けてきたのだ。


 驚いた事に、今は一家揃って新東京に滞在しているらしく、こうやってエイルーン王国の専門ジャーナリストとして、テレビ出演のオファーが来るレベルに至っていた。マスコミ関係の中では一番王国に詳しい人物だと巷で評価されており、政府にも王国内の情報を提供しているそうだ。


(健太郎さん、頑張ってるなぁ……)


 俺もせめて流血沙汰にはならないよう、もう少し橋渡しの役目を頑張るかと気合を入れ直した。







 翌日、本格的な会談を始める前に、まずはお互いの事を知るべきだとケールズ第三王子が提唱し、それを日本側は快く受け入れた。当初の予定を大幅変更して、本日は王国側の交渉団が街を見学することになったのだ。


 会談予定だった総理は、本日はお役御免となったが、何故かお腹を手で押さえて痛そうにしていた。病気だろうか?




「ここがニホンの街中……どれも建物が高いですね!」

「それにとても清潔だ。馬車を使っていないから馬の糞も無いのだろうな」


 馬も生き物なので、馬車を使っていると、どうしてもあちこちが糞だらけになるのだ。王都の一区などはかなり小まめに清掃されているようだが、それでも完全に行き届いている訳ではない。


 後は下水処理などもしっかりしているので、その辺りも差が出ているのであろうが、街が綺麗な最大の要因は、何と言っても建国僅か一年弱という点だろう。どの建物も新築一年前後かそれ未満なのだから綺麗で当然だ。


「この規模の街をたった一年で……信じられん」


 侯爵が驚いていたが、それは俺たちも同感だ。普通に考えてこの規模の建物を一年で建てるなど無理な筈だが、この世界には魔法やスキルが存在する。それと重機関係は不足しがちだが、単純に労働者たちのステータスが高いのだ。


 それと最たる要因が人材の充実ぶりだろう。建国当初は娯楽も当然少なく、遊ぶ余裕もなかったはずだ。自分たちが暮らす町という事もあり、国民全員が一丸となって街を作るくらいしかやる事が無かったというのが大きかったのだろう。


 諸々の事情も重なってか、今では発展スピードも落ち着きはしたが、当時は信じられない速度で建物や道路、機械類が造られ続けていたらしいのだ。


 さすがに高層ビルや東京タワー級の電波塔まではまだ無理なようだが、五階建てビルくらいなら既にあちこちに乱立していた。


「ううむ、国民全員がスキル持ちで一丸となると、こうも発展するものなのか?」

「それと前世界での知識や経験もありますからね。ある程度の部品や機械類は地球からも持ち込めましたし」



 王子たちと一通り街を見学すると、今度はとある建物で視聴会となった。政府の役人たちが大急ぎで編集した、世界史や日本史のドキュメンタリー映像である。これで地球人たちの歴史を知ってもらおうという計らいだ。


 魔法の無い世界の歴史に王子や王女だけでなく、侯爵や子爵たちも興味津々に映像を見ていたが、特に世界大戦には誰もが注目していた。


「……科学とは素晴らしく、そして恐ろしいものなのだな」


「私は魔物のいない世界なら、どんなに平和かと常々思っていましたが……本当に恐ろしいのは人の欲なのですね」


 フローリア王女はあれだけ関心を寄せていた科学が生み出した恐ろしい兵器の数々を目の当たりにして、少し暗い表情を見せていた。


「あの核ミサイルという兵器は、この国も所有しているのかい?」


 ケールズ王子が尋ねると、案内の役人が慌ててそれを否定した。


「とんでもありません! 我が国は非核三原則という法で自らを戒めております。それは新たな日本になっても遵守されております」


 そこへランニス子爵も質問を重ねた。


「……だが、他の国はどうなのかね? 例えば、貴公らの国に核を落とした、アメリカという国家も、このリストアの何処かに転移しているのだろう? その可能性は、否定出来るのかね?」


「……っ!」


 ランニス子爵がそう切り返すと、役人は言葉を詰まらせた。すると、それで答えは得たとばかりに子爵はそれ以上問い質す真似はしなかった。








 その日の夜、俺はまたしても王子に呼び出された。今度は男性陣だけでなく、王女殿下にお付きのケイヤも一緒だ。王国側の交渉団、ほぼ勢ぞろいである。


 ちなみにアーネットご令嬢は、シグネや佐瀬たちと共に別室でお喋りをしていた。



「イッシン君、率直な意見を聞かせて欲しい。君たちの世界、地球では核の技術を持った野心的な国家はあるのかな?」

「あります。そう簡単に作れないとは思いますが……」


 一斉転移を機に、元地球の核保有国全てが核兵器を放棄したと考えるほど、俺の頭はお花畑ではない。必ず何れかの国が、他国より一歩先んじようと、この世界でも核兵器を生み出そうとする筈だ。


「撃てば広範囲に破壊を与え、当分人の住めない毒をもバラまく兵器か……。あれは本当に必要な物なのか?」

「あれでは奪う領地もあったものではありません。ただ破壊をまき散らす、欠陥兵器だ!」

「だが……抑止力としては確かに効果的だ。恐ろしいまでにね……」

「「「…………」」」


 ケールズ王子の言葉に全員が黙り込む。


 確かに大戦以降、核兵器は戦争で実戦使用をされてはいない。あくまで抑止力としてチラつかせているだけに留めているが、本当に撃つ気が無いのなら、そもそも作るだけ無駄だと俺は考えていた。


 ただし、それは地球時代の話であれば、だ。


 今はどうだろうか? 誰が核を監視している? 人工衛星なんて飛んでいないだろうし、誰も観測なんてできまい。撃った後に報復の心配がなければ、核は現状撃ち放題なのでは?


 そんな物騒な考えが脳内を巡る。


「核といい、銃という武器といい、我々は科学に対して知らなさ過ぎる。その点でも、新日本国と手を結ぶのは有りだと、私は考えている」

「……ですな。色々と価値観が違いすぎる気もしますが、少なくとも力ずくで侵略行為をする帝国のような、野蛮な国ではなさそうですし……」

「獣王国のネズミどもよりも話は通じそうです。私も賛成です」


 思っていた形とは違ったが、彼らは新日本国との国交を結ぶのを前向きに検討してくれているようだ。それだけ科学兵器の存在を警戒しているのだろう。


 日本は日本で、闘力や魔力の高い個人の武力を恐れている節がある。それは今の政府に高ステータスの者たちを抑え込むだけの戦力が足りていないからだ。


 お互い足りないところを埋め合えれば良好な関係を築けると思うが、果たしてこの結果がどうなるのか、今の俺には知りようもない。

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