第131話 迷い人の告白

 宇野事務次官の話は極論過ぎるが、一部共感できる点もあった。


「お話は分かりました。とにかくメッセンジャーの役目は引き受けますよ」


 侯爵にどう伝えたものかと思案しながら席を立とうとするも、そんな俺を長谷川が引き留めた。


「待って下さい! 実は……まだ重要なお話が二点ほどあります!」


「……え゛!?」


 まさかの台詞に俺はフリーズした。これ以上の厄介事はキャパオーパーなので勘弁して欲しいのだが、逃げるタイミングを完全に逸してしまった。


 仕方なく、渋々とソファーに座る。


「そう嫌そうな顔をしないでくれ。手短に済ませるから。まず矢野君にはもう一件、別のメッセンジャーをお願いしたい。宛先は鹿江コミュニティの港町だ」


「鹿江の港町?」



 あそこは現在、船での交易について、新日本国政府と独自に協議し合っていると耳にした。



 その話かと尋ねてみるも、宇野は首を横に振った。


「いや、その件は海事局が担当でね。それとは別件だ」


 海自……? いや、海事局か? 日本の行政機関は多岐に渡るので、どの部署が何を担っているのかさっぱりだ。他の国々もこんなに複雑なのだろうか?


「このまま王国と国交を結ぶ為の交渉を進めたとする。それで一番の争点となるのは現在王国で保護されている元日本人の扱いについてだろう」


「そうでしょうね。でも、鹿江町は王国の監視下に置かれている訳ではありませんよ?」


 あそこは未だ王国にも気付かれず、独自に発展しているコミュニティなのだ。


「そうだね。じゃあ、無事交渉がまとまって、二国間との国交が晴れて結ばれたとしたら、どうなると思う?」


「え? それは……」


 それで鹿江町の何が問題に……いや、問題大アリだった!?


 俺が表情を硬くすると、宇野が声を掛けてきた。


「どうやら、気が付いたようだね」


「ええ、完全に失念してました……」


 鹿江町は奇跡的にも、未だ王国から関知されていない元日本人のコミュニティだ。つまりそれは、エイルーン王国領を秘密裏に不当占拠している集団とも言えるわけだ。


 二国間の国交が結ばれた後で、「実は元日本人たちが貴国の領土を占領していました」なんて…………言えるわけがない!


 新日本政府は既に鹿江町の存在を把握している。果たしてそれを黙ったまま、王国側と交渉に臨むものだろうか…………否! そんな危ない橋、政府が絶対渡る筈がない!!


「……鹿江町の存在を明かすつもりなんですね」


「ああ、そうせざるを得ないだろう」


 なんてこった。


 鹿江町の目覚ましい発展と平穏な空気に惑わされ、俺もどこか平和ボケをしていたが、あそこは本来王国の土地なのだ。何時かは必ず直面しなければならない、重要な問題である。


 俺も当然そう認識していた筈なのに、色んな事が起こり過ぎて、すっかりその事を忘れてしまっていたのだ。



「安心したまえ。鹿江町の件は非情にデリケートな問題なので、当面はこちらからも話題に持ち出さないと決めてある。流石の東山大臣も今回の会談では口を滑らさない……はずだ」


「……そこは自信を持って否定して欲しかったです」


 あのおっさん、下手なこと言ったら東の森に放り込んでやる!


「……とまあ、そういう訳だ。鹿江町にはその旨をしっかり伝えて欲しい。当然、こちらからも正式に通達するつもりだが、顔見知りの君たちから先に事情を説明しておいた方が、彼らも納得し易いだろう?」


「はぁ……、どうせ避けては通れない道ですからねぇ。分かりました」


 鹿江町の存在を王国が知ったら、どのような対応をするだろうか?


(まさか、いきなり鹿江町に攻め入ることはないと思いたいが……)


 思えばデストラムの一件があってから、東の森は領兵でも手出ししにくい場所になっていた。開拓作業も一時凍結状態となっているそうだ。その為、森が上手い具合に防波堤となってくれて、あの地域は王国の目が届かない安住の地となっていたのだ。


 元々あの一帯を治めていたデルーム男爵家の悪行を思うと、当時の俺はコミュニティの存在を伏せておくのが望ましいと考えていた。


 後日それが公になることで、当然貴族なりがあの地に介入してくるだろう。ランニス子爵やマルムロース侯爵のような話の分かる貴族なら良いのだが…………この先一体、鹿江町はどうなるのか不安で仕方がない。


(確かデルーム男爵家は領地を没収され、今は違う貴族が付近を治めているんだったか?)


 そこら辺の情報も、一度詳しく調べておく必要があるだろう。




「それで……もう一件はどういった内容です?」


 先ほど長谷川は、重要な話が2点あると言っていた。


 もう既にお腹いっぱい状態なのだが、聞かずにいるままの方が後が怖そうなので、開き直って宇野に尋ねてみた。


「うん。最後の用件だが、君の空飛ぶ車……確かエアロカーと言ったか? それで連れて行ってもらいたい場所があるんだ」


「んー、場所と報酬次第ですね。ちなみにどちらへ?」


「…………日本連合国」


「…………へ? 今、なんと……?」


 なんか聞き慣れたような、そうでないような、とてもおかしな単語を聞いた気がした。


 宇野に代わり長谷川が説明してくれた。


「実は魔導電波の効果範囲を拡げた事による弊害がもう一つありまして……バーニメル山脈の向こう側、大陸中央部と呼ばれる地域に転移した日本人コミュニティと連絡が着いたんです」


 それ自体は朗報だと思うのだが、長谷川はそれを”弊害”だと言った。彼の浮かない顔を見るに、そう簡単な話でもないのだろう。


「問題はそのコミュニティですが、関西圏の政党や行政機関が中心となった大規模集団で、新たな日本国を名乗っていたのです」


「な、なるほど……」


 つまりは日本の後継国がもう一つ、それぞれ別の地で誕生してしまったという訳か。


 しかも長谷川氏曰く、そこのコミュニティ近くには名古屋や北陸の大規模行政コミュニティなども存在し、三者で協議し合った結果、現在その周辺地域は“日本連合国”として徐々に纏まり始めているそうだ。


 そんな状況下で日本人たちが後生大事に所持していたスマホが急に通信可能となり、新日本国、日本連合国が互いの存在を知ってしまった、というのが一連の流れであるらしい。



「それ……どう収拾するんです?」


「……どうしよっか?」


 おい、こら政府!?


 宇野にしては珍しく弱気な発言だ。それほど頭の痛い問題なのだろうか?


「まぁ、冗談はともかく、どう対応するかの判断材料が不足しているから、一度彼らの国を調査したいんだ」


 至極真っ当な考えで安心した。どうやらさっきの発言は本当に冗談だったようだ。確かに相手の事情も良く知らず、そのまま同盟も否定もあるまい。


 それに日本連合国とやらは個人的にも興味がある。


 俺も佐瀬の家族もまだ安否確認が取れていない。どちらの実家も関西圏の出身ではないのだが、転移次第ではランダムな場所に飛ばされているようだし、もしかしたらそこに俺たちの家族がいる可能性も否めないからだ。


 スマホでの連絡も相変わらず無反応だが、携帯電話を紛失したり、事情によって電話番号が変わっていたらどうしようもない。


 一応政府のホームページにある行方不明者リストには、俺たちの家族も申請しておいたし、偶に確認もしている。それを見て、向こうが気付いてくれたらいいのだが……



「分かりました。ちょっと今は立て込んでいるので、後日ご相談させてください」


「色々済まないが、まずは侯爵への伝言を頼んだよ」


 今度こそ宇野たちとの話は終わり、俺は部屋を後にした。








 宿から出た後、俺は深くため息をついた。


「はぁ、疲れた……。いや、これからもうひと仕事あるのか……」


 約束した以上、これから侯爵に新日本政府との会談希望の件を伝えねばならない。ただそれを実行するには、先に片付けなければならないことがあった。



 俺は自らのスマートフォンを取り出すと、佐瀬へメッセージを送った。


“四人と内密の話があるので【テレパス】を使用して欲しい”



 しばらく経って佐瀬から念話が届いた。


『イッシン、何かあったの?』


『ああ、実は……』



 佐瀬たちと念話で相談した後、俺はマルムロース侯爵邸へと戻り、直ぐに侯爵へ謁見を求めた。






 俺の要求は直ぐに叶えられ、俺たち四人は侯爵の下へと馳せ参じた。



 本館の客間に案内された俺は、そこにいる面子を見渡した。


 謁見を希望した侯爵本人は当然として、彼の執事に護衛の兵士たち、更には孫娘のアーネット嬢に、なんと第三王女フローリアの姿もあったのだ。勿論、王女付きのケイヤや侍女に近衛たちもこの部屋に揃い踏みである。


(……だ、大丈夫。想定の範囲内だ)


 人数は多くない方が望ましいのだが、遅かれ早かれだと俺は覚悟を決めた。



「……して、改めて話というのは何かね?」


「まずは謁見の機会をお与え下さり感謝いたします、侯爵様。フローリア王女殿下もご一緒に耳を傾けて頂ければ幸いです」


「こちらこそ、興味本位で無理を言って同席し、申し訳ありません。どうぞ私なんかに気兼ねなく、お話しなさってください」


(だったら遠慮しろや!? と、いう訳にもいかず……致し方ない)


 語りの出だしをあれこれ考えていたのだが予定変更で、まずは火の玉直球な告白からすることにした。


「我々≪白鹿の旅人≫の出自についてなのですが、実は私たちは元々この世界の人間ではありません。この世界リストアとは全く別の異なる世界からやって来ました」


 俺の告白を聞いたほとんどの者が「こいつは一体何を言っているのだ?」と困惑していたが、数人だけ目を見開いて驚いている者や、鋭い視線をこちらに送る者もいた。


 今の反応で、少しだけあちら側の事情が窺えた。


(ふむ、侯爵に王女様は当然として……後は侯爵付きの執事さんも“迷い人”の件を知っていたな?)


 異世界からの転移者自体は、かなり珍しい存在だが、全くいない訳ではないそうだ。まぁ、御伽噺や伝説、ホラ話のような扱いらしいが、そういった存在“迷い人”は、王国でも語り継がれている。


(でも、今回の迷い人は、総勢80億人相当だけどね……)



 当然ケイヤも俺たちの出自は知っていた。彼女は彼女で「今ここで暴露するのか!?」と驚いている様子だ。



「……そうか。噂には聞いていたが、諸君らは“チキュウ人”だね?」


 侯爵という立場上、彼も迷い人の件は知っていたようだが、それが俺たちであったとは気付かなかったようだ。


「その通りでございます、閣下。正確には、地球という世界にいた日本人であります」


「ニホン人……初めて見た時には、そこの黒髪二人はそうかと疑いもしたが……」


 どうやら日本人の殆どが黒髪だという情報も既に知っているようだ。


「……お爺様、別の世界というのは、一体どういう事ですの?」


 侯爵家令嬢であるアーネットは何も知らなかったようで、思わず横から口を挟んで尋ねてた。


「迷い人、という言葉はアンも知っているね? 去年辺りから、別の世界からその迷い人が大量に現れたのだ。王国では現在、主にニホン人と名乗る迷い人を大量に保護している。尚、この情報は非公式な為、この場にいる者は一切の他言を禁ずる。良いな?」


 侯爵の言葉に事態を重く受け止めたアーネットや護衛の兵士に侍女たちは揃って頷いた。今頷いた者以外は、既に周知という事なのだろう。


「それで……何故今このタイミングで、私にその事実を打ち明けたのかね?」


 さぁ、ここからが本題だ。


「はい。実は現在、この街に我々の元同郷である新日本国の政府要人たちが来ており、侯爵様に会談を求めております」


「それは誠か!?」


「はい」


 侯爵家の情報網でも宇野事務次官たちの来訪は知らなかったようで、マルムロース侯爵は驚いていた。


「その会談内容というのは?」


「詳細は聞いておりませんが、恐らく新日本国とエイルーン王国との国交を結びたいのだと思われます。我々はそのメッセンジャーを頼まれました」


「…………成程。君らはシンニホンの尖兵、という訳かね?」


 やはり、そのような結論に至ってしまったかと、俺は内心溜息をついた。


「いえ、それは誤解です。確かに我々の内三名は元日本人で、このシグネも同じ世界の別の国の人間ですが、全員新日本国には所属しておりません。今回はあくまでも“元同郷の誼”という理由で仲介役を頼まれただけです」


「……その言葉を鵜呑みにせよ、と?」


「証明は難しいでしょう。ですが、ある程度なら新日本国側の情報を提供しても良いと思っております」


「己の母国を裏切るというのかね?」


「日本という国は、この世界に来た時点でなくなりました。ただ、新日本国の街には我々の家族や知人も生活しております。ですので、街に被害が及ばない範囲であれば、我々は王国側にも協力を致します」


「つまり、場合によってはシンニホン側の協力もする、と?」


 それではまるでコウモリではないかと避難の目を向ける者もいたが、俺は気にせず説明を続けた。


「俺たちは新日本国の所属でも、エイルーン王国の民でもありません。あくまでも一介の冒険者に過ぎません。そう扱って頂いて結構です」


 これは事前に四人で相談して決めた事だ。俺たちは今後しばらく、冒険者として生きていく。冒険者の大半は根無し草なので、どちらか一方を加担するような真似は極力避けたい。


 ただ、どちらの国にも知り合いは居るので、どうにか仲良くやってもらいたいものだ。



「ふむ…………」


 侯爵は暫く無言のまま考え込んだ後、ようやく口を開いた。


「どちらにせよ、会いたいと言ってきている代表者の話を聞いてみない事には、判断できそうにないな。姫様、会談の際はご同席して頂いても構いませんかな?」


「ええ、勿論です! 迷い人のお話はお父様からも伺っておりましたが、その件に私は一切関わらせてくれなかったのです! 個人的に興味もありますし、是非私も同席させてください!」


 これで約束の一つは果たせた。しかし、侯爵は当然として、まさかの王女様参戦で新日本政府側は慌てふためくかもしれないな。


(東山大臣、驚くだろうなぁ。くっしっし……)




 その後の話題は、俺たち地球人の生活や、転移した後の経緯を根掘り葉掘り尋ねられ、俺たちは答えられる範囲内で語り尽くした。稀にシグネがNGワードを言いそうになったが、佐瀬の【テレパス】による制止もあってか、どうにか矛盾しないように上手く話せた。


 今現時点では王国領にできた鹿江町の存在は伏せておきたいし、新日本国の明確な場所なども伝えていない。万が一だが、新日本と王国が矛を交えるような事態に陥れば、それが致命的な情報にも繋がるからだ。




「大体は分かった。それにしても、魔法も魔物も存在しない別の世界、か……」


「俄かには信じがたい話ですが、そのケータイデンワなる道具を見せられると、信じざるを得ないでしょうね」


「この道具は魔力を全く感じないのに、離れた場所で会話をしたり、景色を保存したりと……これは凄まじい技術力ですな」


 侯爵と王女は、証拠として見せたスマホの機能を見て驚いていた。


 仮にこの場にゴーレムの研究員たちがいたら、きっと今頃大騒ぎになっているだろう。現に王女様も先ほどからぐいぐい質問を投げかけてきていた。


 さっきの宇野たちとのやり取りの後にこれである。俺は精神的にもかなり疲れてきた。



「相分かった。少なくとも諸君ら≪白鹿の旅人≫が正真正銘の迷い人である事実、そして我々王国に敵意を持っていないという件については一旦信じよう」


「……こう言ってはなんですが、そう簡単に我々を信用しても宜しいので?」


「いや……お主の顔を見れば大体は察せられる。まだ色々と隠し事はあるようだが、こちらを害するつもりが無いのは分かる」


「……俺って、そんなに分かり易いんでしょうか?」


 ちょっと自信なくなってきた。腹芸は苦手だ。


「姫様、シンニホンとの会談は5日後を予定したいと思いますが、いかがでしょうかな?」


「5日後、ですか? 私はもっと早くても構いませんが……何か理由がおありでしょうか?」


 会談日程を先延ばしにした侯爵の意図が分からず、フローリア王女は疑問を投げかけた。


「それは……そこのランニスの娘、確かケイヤと言ったか? お主の父は今、フランベールか?」


 侯爵は突如、王女の護衛をしていたケイヤに声を掛けた。


「――!? はい、侯爵様。不測の事態でもない限り、父は今頃、要塞町に務めているかと……」


「それは重畳。姫様、此度の会談にはランニス子爵にも参加して頂く。その為の日程です」


「まぁ、ランニス子爵を!?」

「ち、父上も呼ばれるのですか!?」


 王女とケイヤは二人して驚いていた。


(えっと、確かランニス子爵は革新派で、マルムロース侯爵は保守派、じゃなかったか?)


 ざっくり言うと、帝国との徹底抗戦を主張する革新派と、和平を模索する保守派で、折り合いが宜しくない。


 前回は新ゴーレムの研究というイレギュラー対応で敵対派閥の両者が行動を共にしていたが、まさか今回の会談に子爵へ声を掛けるとは誰も思わなかったのだろう。事情を知っている周囲の人間は驚いていた。


 だが、侯爵には何か考えがあるようで、俺たちに説明した。


「仮に会談が儂一人だけならば、あやつを呼ぶ真似もせんでしょうが、姫様が同伴となると事情もやや変わってきます。姫様は現在どちらの派閥にも組みしていないと表明されており、実際そのように行動なさっている。ならば此度の会談も、周囲にそう示さねばなりません」


 確かに、このまま侯爵とフローリア王女だけで新日本政府と交渉するのならば、王女は保守派として捉えられかねない。だからこそ一番当たり障りのない、別派閥のランニス子爵を加えるべきだと侯爵は主張していた。


 仮に他の貴族から文句を言われたとしても、その時は新ゴーレムの研究をしていたら、偶々新日本政府が話し合いに来たので応じたとでも誤魔化せばいい。実際、ゴーレムの件は王政府にも了承済みの案件だ。別の派閥であるランニス子爵や中立の立場である王女が居合わせていても別に不思議ではない。


「成程、要塞町フランベールなら往復で五日もあれば十分間に合います」


 ケイヤも得心がいったという表情だ。


「……いえ、俺たちの乗り物なら、往復一日でお連れできるかもしれません」


「イッシン!?」


 俺の爆弾発言に佐瀬が思わず声を上げた。


「……それは誠なのか?」


「はい。空を飛行する、エアロカーという乗り物がございます」


 佐瀬の心配も分かるが、俺はここらがカードの切りどころだと思い、この機会にエアロカーの存在もオープンすることにした。こちらの手札を明かす事で、侯爵や王女の心証をより良くするのと、公然とエアロカーを利用できるようにするのが狙いだ。



 案の定、空飛ぶ乗り物に王女様がかなり食いついてきたが、ゴーレムとは違って魔力量の問題から量産は不可能だと告げると、彼女は非常に残念そうにして引き下がった。


(動力部分のマジックアイテムさえあれば、製造自体はできるんだけどね……)


 ただし、造ったところで最低でも佐瀬クラスの魔力量がなければ実用できないだろう。


 それでも空を飛ぶ乗り物への興味が尽きないのか、今度王女殿下を試乗させる約束をやや強引に交わされ、それならばいっそ護衛付きのケイヤも伴って、要塞町フランベールに飛んでしまえばどうだろうかと侯爵が提案した。


(なんてこと言うんだ、このジジイ!?)


 流石にそれは不味かろうと俺は反対するも、王女の強い押しにより、翌日にはフランベールへの試乗会を兼ねて、子爵閣下をお連れする任務が決定してしまった。


(おいおい、もし不測の事態が起これば、俺たちは王族誘拐の罪で一生お尋ね者だぞ!?)


 しかし半分は自分が蒔いた種なので、あまり強くは言えなかった。しかも、自分も乗りたいと駄々を捏ねていたアーネット嬢の同伴までも決定してしまった。侯爵は孫娘にとことん甘い性格なようだ。


 もう、どうにでもなれ~!






 翌朝、俺たちはマルムロース侯爵邸の中庭にエアロカーを取り出して、侯爵たちに見送られながらブルタークから飛び立った。



「ほ、本当に空を飛んでる!」

「凄い! これが空から見たブルタークの街なのね!」


 フローリア王女とアーネットは初めての飛行体験に感動して、身を乗り出しながら地上を眺めていた。それをケイヤが慌てて制止していた。


(た、頼むから危ない真似は止めてくれ!)


 何時も以上に安全飛行を心掛けて、俺は要塞町フランベールを目指して西に飛ばした。






 フランベールに到着し、要塞の敷地内にエアロカーを降ろそうとしたら地上が騒がしくなった。


 最初は空飛ぶ魔物と間違えられ、矢を射られそうになった。なんとか誤解を解いて無事に着陸すると、今度は俺たちの事を知っている兵士たちがざわついた。なんでもフランベール内で俺たち≪白鹿の旅人≫は、先の戦果もあってか、ちょっとした英雄扱いらしい。


 それからこの要塞の責任者である子爵のご令嬢ケイヤが姿を見せると古参の兵士たちが集まり声を掛け始めた。彼女も相当人気があるらしい。


 更に更に侯爵家ご令嬢と、この国の第三王女までもご登場となると、要塞内は蜂の巣をつついたような大騒ぎへと発展してしまった。




「フローリア王女殿下! 一体、如何様な理由でこちらに!?」


 珍しく慌てた様子のランニス子爵がフローリア王女の下へと馳せ参じた。



 フランベールへ来訪した理由を一通り説明し終えると、子爵閣下は少しだけ考えた後、部下にあれこれ指示を送り、供回りの一名だけを連れてエアロカーへと乗り込んだ。


 流石はランニス子爵、貴族にしてはフットワークが軽すぎる。


 定員を一名分オーバーしてしまったが、後部の荷台スペースにも乗車できるので、仕方なく名波に後ろへと回ってもらった。


 エアロカーを上昇させると、地上で見守っていた兵士たちからどよめきが起こった。要塞の一番高い建物の屋根を超えると、子爵はぽつりとつぶやいた。


「これは……またとんでもない代物を作ったものだな……」


 新型ゴーレムに続いてエアロカーでも驚かされたのか、ランニス子爵は半分呆れるかのように感想を述べた。後ろで彼の娘もうんうんと頷いていた。


「……ちなみに、この乗り物はシンニホンとやらも所持しているのかい?」


「いえ、同じものはないと思いますが、空を飛ぶ乗り物でしたら旧世界の日本政府も何種類か所持しておりましたね」


「ううむ。空から攻められたら、城壁も意味を成さないな……」


 軍人らしい感想である。




 そんな時間も掛からずにブルタークへ帰還すると、余りの移動速度に王女や子爵、それに侯爵様も驚きでいっぱいの表情を浮かべていた。

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