第130話 宇野正義という男
ゴーレムの解体作業は難航していた。手足を切断する事自体は容易いのだが、下手な箇所を壊して修復不能になると目も当てられない。よって、その作業には慎重を期する必要があった。
(俺なら気兼ねなく切断しちゃうんだけどね)
万が一壊しても治せばいいのだが、流石にこの場でチート【ヒール】や【リザレクション】を披露する訳にもいかず、俺は研究員たちに付きあって静かに作業を見守っていた。
解体作業は翌日まで続き、俺たち≪白鹿の旅人≫は恐れ多くも王女殿下と同じ待遇で、迎賓館の一室を借り受けられた。しかも朝昼夕の豪華な食事付きだ。これにはうちの女性陣も大満足である。
新型ゴーレムの開発中、佐瀬たちはアーネット嬢と歓談して時間を潰しているが、ケイヤはずっと王女護衛の為、俺と同じく地下の研究室通いだ。王女様は現在ゴーレムに夢中なので、その隙にケイヤの方からこっそり話しかけてきた。
「まさか君がゴーレム工学にも明るいとは知らなかったな」
「いやいや、俺は初歩を齧った程度だよ。ケイヤも知ってるだろ? 俺のデタラメ回復魔法。ゴーレムを適当にバラして治してを繰り返してたら、何時の間にか出来ちゃったんだよ」
「……相変わらず不器用なんだか、一周回って器用なのか分からない奴だなぁ、君は……」
「ほっとけ! そっちこそ、相変わらず忙しそうだけど、聖騎士は王族の護衛任務も仕事の内なのか? 」
「いや、違うな。今回はどうも父上が根回ししたようでね。ランニス家も一枚噛んでいる共同研究だからと私にお役目が回ってきたんだと思う。本来はノエル女史の領分さ」
ノエルとは、以前フローリア王女の護衛を務めていた女騎士の事だ。ケイヤ曰く、彼女は現在長期休暇中だそうだ。護衛はこんな機会でもないと中々休めないらしい。
(王城務めも大変何だなぁ……)
ようやくゴーレムの解体も大詰めを迎え、いよいよコア付近の作業という場面で、研究員が奇妙なモノを発見した。
「おや? これは……何かの装置か?」
「魔石……でしょうか?」
「いえ、王女様。魔石はあくまで魔物の死後に生成されます。これは恐らく別物でしょう」
「しかし、魔石に似ているな。強い魔力も感じるぞ?」
フローリア王女と研究員たちは見たことも無い魔石もどきに興味津々なご様子で集まっていた。それについて議論し尽くしたところで、やがて俺にも意見を求めてきた。
「んー、確かそれと似たようなモノは、俺も見た覚えがあります。……あ、そうだ!それを取り外した直後、ゴーレム君が妙に大人しくなった気がします!」
今更ながらに思い出した。佐瀬は俺がゴーレム君を弄りまわしたから心が折れて大人しくなったとか言っていたが、タイミング的に、多分その魔石もどきを外したのが原因だったのだ。
うん、きっとそうだ……よね?
「そ、それは本当ですか!?」
「いや、しかし……これを外すのは危険なのでは?」
「明らかにコアへ影響を与えている器官ですし……」
「きっと魔力タンクとして機能している臓器の一種でしょう」
確かにその魔石もどきとも呼ぶべき石には魔力が感じ取れた。しかもその魔力は常にコアの方へと注がれているように思われる。それを取り外すという事は、このゴーレムの活動にも支障が生じるのではないかと研究員たちは危惧しているのだ。
「イッシン殿、どう思われますか?」
「ええと、ちょっと思い出しますので、お待ちください……」
(思い出せ! 俺の小スペックな脳味噌よ!)
確かあの時は……色々壊して治してを繰り返し……その魔石もどきを破壊したタイミングでゴーレムの魔力が急激に減少して……併せて生命エネルギーも目減りした為、慌てて【ヒール】を試みたんだ。
だが、それでも効果が芳しくなかったんで、適当に手持ちの魔石を…………
「……あ、魔石です! 確か魔石を代用したら上手くいきました!」
「ここに魔石を、ですか?」
「うーむ、確かに魔石は魔力を貯蔵する性質を持ちますが……」
「それでゴーレムの性能は落ちませんかね?」
「コアさえ傷つけなければやり直せるのでは?」
「試すにしても、だいぶ博打ですなぁ……」
どうやら俺の思い付き工作は相当乱暴な理論だったらしく、研究員たちにはあまり受けが良くなさそうだ。
だが、どちらにせよ今は手詰り状態なので、一度魔石もどきを除去して代用の魔石を当てはめる事にしたみたいだ。
ただ、どの魔石を使用するかで研究者たちはまた揉め始めた。
(大変そうだなぁ……)
言い出しっぺの俺は他人事のようにぼんやり眺めていたが、一つ妙案が浮かんだので提案してみた。
「良かったら、こいつで試してみませんか?」
俺はマジックバッグから魔石を取り出すと、王女殿下に手渡した。
「イッシン殿、この魔石は?」
「ダンジョン産ですが、ゴーレムの魔石です。ドロップしたモノですね」
以前、ゴーレムだらけの迷宮、ラジカルダンジョンで入手した魔石の残りだ。
「それは良さそうですね!」
「確かに同じゴーレム種ならピッタリかもしれん!」
「早速試してみましょう!」
それから研究員は慎重に魔石もどきを取り除き、急いでゴーレムの魔石を埋め込み、魔道具らしき工具で焼いて接合してみせた。
しばらくゴーレムとコアを経過観察するも、特に不調は見られなさそうだ。しかも先ほどまで時折逃げ出そうとしていたゴーレムが急に大人しくなったのだ。
「……魔力の流れに淀みは見られません。成功です!」
「「「おおおお!!」」」
「素晴らしいですわ!」
俺の方でも視る限り、ゴーレムの生命力は安定していた。
フローリア王女はゴーレムに近づくと、試しに話し掛けてみた。
「ゴーレム君……? いえ、それだと被りますね。……ゴーレムちゃん、私の言葉が理解できますか?」
すると手足を捥がれたままのゴーレムちゃんは頭を軽く縦に振った。その行為を目撃した研究員たちにどよめきが走る。
「ご、ゴーレムちゃん。もう私たちを襲ったりしませんか? 肯定なら首を三度、縦に振ってください」
ゴーレムは言われた通りに首を三度振って頷いて見せた。その途端、どよめきは歓声へと切り変わった。
「おお! 遂にやったぞ!!」
「やった! やりましたわ!」
「王女殿下、おめでとうございます!」
「貴方たちもご苦労様です!」
暫くの間彼女らは喜び合っていたが、少しして落ち着きを取り戻すと、フローリア王女は改めて研究員たちに語り掛けた。
「いえ、まだです! まだ始まったばかりです! これから、このゴーレムちゃんを立派に育て上げ、最強のゴーレムに仕立て上げましょう!」
「「「おお!!」」」
(最強のゴーレム、か……。こっちもうかうかしていられないな)
先日の連合国遠征では様々な素材を手に入れた。こいつを使って俺のゴーレム君もさらに強化させてやると、心の中で静かに対抗心を燃やした。
その後もゴーレムちゃん強化計画は進められ、俺もアドバイザーとしてその場に立ち会った。
そして翌日――――
(きた! 長谷川さんからの連絡だ)
バイブ設定にしていた俺のスマホが、ポケットの中で振動しているのを感じた。
「王女殿下。申し訳ありませんが所用ができましたので、少し席を外させて頂きます。急ぎの用がございましたら、仲間にお知らせください」
「分かりました。私たちもキリの良いところで少し休憩としましょう」
何かあれば佐瀬が【テレパス】で連絡してくれるだろう。
俺はフローリア王女に許可を頂くと、マルムロース邸を出て、人気のない所でスマホを取り出しメールを確認した。
(……中央通り付近の高級宿か)
どうやらそこに今回の使節団が滞在しているらしい。ゴーレム研究も一山超えたタイミングなので少しだけ気分が軽くなった。だがその分、新日本政府の急な動きの変化が気になり始めてきた。
(ま、行ってみれば分かるか)
俺は指定された宿で長谷川の名前を出すと、スタッフが直ぐに部屋へと案内してくれた。俺たちが宿泊している≪翠楽停≫よりもグレードの高い宿のようだ。
(政府はこの国の通貨をしっかりと稼げているみたいだな)
案内された部屋の前では、長谷川がわざわざ出迎えてくれた。
「矢野さん! お久しぶりで…………っ!?」
挨拶の途中で長谷川がこちらを見たまま固まってしまった。
「え? どうされたんです?」
不思議に思った俺が尋ねると、長谷川はようやく再起動した。
「い、いえ……。お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ……」
長谷川のおかしな態度の原因に俺は心当たりがあった。
(そうか。確か長谷川さんは【鑑定】スキルを持っていたな)
もしかしたら俺のステータスを視て驚いたのかもしれない。
以前はステータスを偽装していたが、今は闘力と魔力はオープンにしていた。魔力は元々カンスト状態? だったが、闘力も現在1万9千くらいはある。【鑑定】で計測できるのは四桁止まりなので、きっと闘力9,999、魔力9,999とでも表示されたのだろう。
(そりゃあ、確かにビックリするわな)
長谷川に奥の客間まで案内されると、そこにはすっかり顔馴染みとなった
「ほぉ、君が矢野君だね? 話は宇野君から聞いているよ」
入室早々、老人に話し掛けられた。
「確かに私は矢野ですけど、失礼ですが貴方は?」
俺が尋ね返すと老人は少しだけムッとしたが、直ぐに取り繕った表情を見せた。
「私は
「――っ!?」
なんと外務省のトップ自らがここまでお越しとは思わなかった。これは、まさか……
「時間も惜しいので率直に問う。我々はこの街にいるマルムロース侯爵との面談を希望する。君にその取次ぎは可能かな?」
王国との橋渡しの件は、前に長谷川からそれとなく持ち掛けられたが、受けると言った覚えはない。強く否定したつもりもなかったが……
俺は思わず長谷川の方を見ると、彼は気まずそうに視線を逸らした。多分、事前にこの事を告げていたら断られるとでも思われたのだろうか?
まぁ、実際難色を示したかもしれないが……
「ええと、確かに俺は侯爵とは面識がありますが、一介の冒険者に過ぎませんよ? そんな俺が新日本国の使者になれと?」
「ふん、そこまでは君に求めてはおらんよ。ただ、貴族は気難しいとも聞く。いらぬ不興を買って、今後の交渉に影響を及ぼすのも面白くない。君には
東山外務大臣の物言いに俺はムッとした。
言い方も癇に障るが、一番気になったのは――
「
――勝手に新日本国の一員にされていたので、その点はしっかり指摘させて貰った。
すると東山大臣は薄っすらと笑みを浮かべた。
「なら、元日本人の誼でも何でも構わない。重要なのは、君にメッセンジャーになって貰いたいという点だ。それで……できるのかね?」
「……いいでしょう。今の話、今日中には侯爵の耳に入れることも可能です」
「それは大変結構だ!」
別に断っても良かったのだが、どうせ俺抜きでも話は進む訳だし、何より目の前の老人に「できない」と口にするのも何だか悔しかったので承諾した。
ただし、俺はきちんと
話はもうそれだけのようで、東山大臣は席を立ち、護衛も一緒に引き連れてぞろぞろと去って行った。だが一人、東山の背後に立っていた神経質そうな中年男だけが去らずに俺に声を掛けてきた。
「矢野一心君、君は確か冒険者だったね?」
「……そうですけど、貴方はどこのどちら様です?」
政治家というのは自分から名乗るという最低限の礼儀も知らんのか。
「私は上杉という。外務大臣の政務官だ」
「政務官……」
確か副大臣みたいな、大臣を補佐する役職……だったかな?
「東山大臣はああおっしゃったが、マルムロース侯爵との会談は新日本政府の今後を担う、とても重要な場だ。なにせこの世界では初の、他国と国交を結ぶ第一歩目なのだからね」
「……何がおっしゃりたいので?」
んな事は、こっちも百も承知だ。前置きが長い! いいから早く要点だけを言え!
「君に依頼を出そう。冒険者なんだろう? 何か会談で有利になりそうなネタが欲しい。侯爵でも王国の弱みでも何でも構わない。情報次第で金を渡そう。どうだね?」
こいつは冒険者を一体何だと思ってんだ?
「…………生憎ですが、冒険者への依頼はギルドを通して貰わないと。それに自分は大した情報も持ち合わせておりませんので。話はそれだけでしょうか?」
「……っ!? ふん! 所詮は荒事が専門なだけの冒険者か」
上杉政務官は嫌見たらしい捨て台詞を吐いた後、東山大臣の後を追って部屋を出て行った。その場に残っているのは俺の他に、長谷川氏と宇野事務次官のみとなった。
「……何ですか? あの失礼な連中は?」
「申し訳ありません! 矢野さんには大変不愉快な思いをさせてしまって……」
長谷川は本当に申し訳なさそうな表情で何度も頭を下げてきた。そんな態度を取られると、こちらもそれ以上強くは言えない。
「悪かったね、矢野君。とんだ茶番に付き合わせてしまって」
「……茶番、ですか?」
俺は宇野に問い返した。
「茶番以外の何ものでもない。だって君、このままだと侯爵との会談をぶち壊すつもりだろう?」
「…………」
「え、ええええ!?」
宇野の言葉に俺は無言を貫いていると長谷川は慌てだした。少し長谷川氏が気の毒になってきたので、一応弁明だけはしておく。
「それは表現が穏やかじゃないですよ。俺はきちんとメッセンジャーの役目を果たすだけです。ただ、この場での発言を包み隠さず、全て侯爵様にお伝えするつもりですけどね」
貴族は気難しいだの、何か弱みは無いかだの、一字一句侯爵様に暴露してやろうかと考えていたのは事実だ。一字一句覚えていられるほど、俺の記憶力は上等ではないけれど…………
どうやら宇野には見抜かれてしまったらしい。
「そ、そんな真似したら、相手を怒らせるだけじゃないですか!? それに侯爵の気を損ねたら、いくら矢野さんだって無事では……!」
「あー、それなら多分大丈夫です。俺、今訳あって侯爵様の迎賓館に好待遇でお世話になっていますから」
「――っ!?」
「なんと! それはちょっと予想外だったなぁ」
ちょっと語弊のある言い方をしたが、お陰で宇野を驚かせることに成功したようだ。これはちょっと嬉しい。彼にはエアロカーを見抜かれた一件といい、何かと押され気味な間柄だったので、これで少しは意趣返しができたかな?
「うん、やはり君には全部話してしまおう。だから早計な真似だけは止してくれないか? 別に東山大臣の会談がどうなろうと、こちらは一向に構わんのだが、侯爵や王国との関係が修復不可能なまでに拗れるのだけは避けたいんだ」
「事情を聞かせて貰っても宜しいですか?」
「ああ、実は……現在エイルーン王国領内には元日本人たちのコミュニティが複数存在する。君が懇意にしている鹿江町などもそうだが、それ以外の幾つかのコミュニティが、王国の統制下に置かれているんだ」
「それは……」
実はその件は既に知っていた。ケイヤを通じてその手の情報は多少だが耳に入れていたのだ。ただ王国側としても元日本人たちに丁寧な対応を心掛けているらしく、決して非道な真似はしていないとも彼女は言っていたので放置していた。
現在幾つかのコミュニティが“移民の保護”という名目で、王国が非公式に監視し、元地球人たちを囲っていたのだ。
「その幾つかのコミュニティからSOSが発信された。我々、新日本国に向けてね」
「それは……! 本当ですか!?」
まさか日本人が酷い目に遭わされていたのかと問い質す。これではケイヤの話と食い違うではないか!
「まぁ、SOSとは言っても、そこまで緊急性なものではないらしい。まだ調査段階だが、王国は元日本人たちを保護と謳って軟禁しているそうなのだ。待遇もそこまで悪いものではないらしい。そう聞いてはいるのだが、やはりコミュニティの外に出たいという連中もいるようでね」
成程、大体話の流れが読めてきた。しかし、このタイミングといい、きっとあれが原因だな。
「もしかして……魔導電波の範囲が拡大した影響ですか? 偶々スマホを弄っていた人がそれに気付いて、新日本政府に通報した……という流れです?」
「お見事、ほぼ正解だ」
宇野は両手を上げておどけてみせた。
「問題なのは、そのSOSの連絡先が政府にではなく、彼らの家族に直接届いてしまったんです。新日本政府に住んでいるご家族の方々にね」
宇野に代わって長谷川が説明を引き継いだ。
「それは……揉めるでしょうね」
そんな連絡を受けたら、軟禁状態にある者を救って欲しいと、家族が政府に嘆願するのは自明の理だろう。
「ええ。新東京ではSOSを発信した人の家族を中心に、王国にいる日本人を早急に保護するよう政府へ訴えかけております。マスコミも大きく取り上げ、既に世論も救出するべしという風潮に傾いております。流石にこれを無視する訳にはいきません」
「うわぁ……」
これは思った以上な面倒事になってきた。
拉致とまではいかないまでも、それに近い国際問題に発展しそうな勢いだ。流石にこんな状況で「会談なんかぶち壊してやるぜ! ヒャッハー!!」できるほど、俺の精神力は頑丈ではない。
(東山大臣と杉山政務官め……命拾いしたな!)
「…………ん? でも、それならどうしてさっきは『会談がどうなってもいい』なんて発言をしたんです?」
「あー、少し語弊があるようだが、あくまで“東山大臣の会談が”という意味で言った。彼は蛭間派でね。私たちとは派閥が違う」
「あ、そういう事情ですか」
確か宇野事務次官は小山元総理大臣の派閥だったっけ? あのロリコン元総理のどこに魅力を感じるのか分からないが、政治の派閥問題は色々と闇が深そうだ。
「ふふ、矢野君は少々誤解しているようだが、小山さんはそこまで無能じゃないよ」
「こ、心を読まないで下さいよ!? そういうスキル持ちですか!?」
「いや、顔に出てたよ。君に腹芸は向かなそうだな」
「ぐっ、そうっすか……」
畜生! だからこのおっさんは苦手なのだ。
「実はあのロリコン発言も小山さんはわざとされたらしいんだ」
「そ、それは!? 一体また、どうして……?」
「異世界に一斉転移だなんて、そんな訳分からない状況下で総理の席なんて御免だ、と言っておられたな。確かに転移直後は色々あって酷かった。蛭間新総理もかなり苦労されていたなぁ」
「それはちょっと……失礼ですが、無責任なのでは?」
「そうかい? あんな天変地異、私だって責任を負いきれない。逃げたくなる総理の……おっと! 元総理の気持ちも分からないでもないがね」
「まぁ、確かに……」
俺も俺で知人からの誘いは全て断り、家族も姉に任せてしまっている。この世界では好き勝手生きると決めた訳だし、少なくとも“お前が言うな”案件だな、こりゃあ……
「じゃあ、あのロリコン発言は演技で、自分を辞職し易くする為の女神様の質問だったんですか?」
「……いや、半分本気だったそうだ。何でも今年で9才になるお孫さんが可愛くて心配で、ついノリで質問してしまったとか……」
「…………」
もう、俺の中の小山総理像がめちゃくちゃだ! 変態総理だと思っていたが、実はだいぶ愉快な御仁らしい。
「けれど、あの発言はちょっとやり過ぎてね……。あれじゃあ小山さんは当分政界には復帰できないだろうね」
「まだ戻る気だったんですか!?」
あんな醜態晒して総理に返り咲くの無理だろう。
「流石に総理の椅子は諦めたそうだ。だから後任として我々が動いている」
すると宇野事務次官はさっきまで浮かべていた笑みから一転、真剣な眼差しでこちらを見据えた。
「矢野君。今の日本国民を……君はどう思う?」
国ではなく国民、か……
俺は正直な感想を述べた。
「どうって……あんまり関わっていないので評価し辛いですねぇ。ただ、率直に述べるのなら少々面倒、としか……」
新東京など、新日本国で一緒に生活する分には問題無いのだが、王国へとやってくる者の中には、現地の人間と価値観の違いから揉め事を起こす日本人を何度か目にした。
それとマスコミ関係者も王国への風当たりが随分強いように感じられる。人権や言論の自由を約束されていない王国の制度を快く思わない国民は非常に多いのだ。
「面倒、か……。確かにそうかもしれないね。彼らはこの世界に転移して1年経っても、未だ地球時代の感覚から抜け出せていない。君に『元日本人としての誼』なんて発言したのが良い証拠だ」
「…………」
それは……確かに俺もその言葉には、強い引っ掛かりを感じていた。
東山大臣だけでなく、他の元地球人たちも相変わらず旧世界の価値観をこの世界に持ち込んで、あちこちで原住民と衝突を起こしていたりする。もう、元の地球には戻れないのだから、いい加減この世界に馴染む努力をするべきなのだ。
「私は古い日本から新たな日本へとシフトチェンジしていきたいと常々思っていた。ふっ、なんか選挙の常套句のような発言をしてしまったが…………だが、私は本気だ。その一つの試みが探索者制度なんだよ」
確かに、日本人が武器を持ち魔物を狩り、それを生業にする危険な職業、地球時代の感覚からしたらあり得ない制度だろう。だが、それは現在新日本国に受け入れられつつある。
「人権に民主主義……確かにこれらは尊く得難いものだが、そこに固執し過ぎては……恐らく我々は、エイルーン王国とは相いれない存在になり果ててしまう」
「えーと、新たに王制を敷くとか共産主義になる、ってことですか?」
皇族の方が行方知らずとは言え、いくら何でも無茶苦茶な気もする。
「はは、流石にそこまでは言わんよ。だが、今回の一件に例えるのなら、どうかな?」
「今回の?」
「そう。我々は云わば、王国に多数の日本人を人質に取られているような状況だ。おっと、あくまで例え話だからな?」
「は、はぁ……」
宇野事務次官が何を言いたいのか、いまいちピンとこない。
「それで王国側がこう主張する訳だ。『日本人を返して欲しければ、貴国の技術力を全て差し出せ!』とかね」
「うわぁ、それは拗れますね……」
そう簡単に飲む訳にはいかない要求だが、それだと人質の家族たちは政府に詰め寄るだろう。
要求を飲め! 人の命には代えられない、と……
「例え人質が少数であったとしても、我々政府にとっては重しとなる。まぁ、それが民主主義国家の在り方というものだからね。国が民を守るのは当然だ」
人権無き民主主義は存在しない……難しい問題だな。
「だが、一方で王国側はどうだい? 例えば我々が何人か、相手の要人を人質に取ったとして、そんな条件をエイルーン王国側は果たして飲むのかな?」
「……切り捨てるでしょうね。例え王族であっても、国に不利益が生じれば見捨てるでしょう」
あの王様ならやりかねない。たった一度会っただけだが、何故かそれは自信をもって言えた。
「……だろうね。逆にだ。王国と同じように、我々が人質を切り捨てたとしたら、どうなると思う?」
それはもう、猛烈なパッシングを受けるだろう。マスコミだけでなく、国民からも非難され、下手をすれば政権もひっくり返りかねない。
だが一方、王国側はどうだろうか? 卑劣な人質という手段を取った国相手に毅然とした対応を取った王政府。貴族や民衆たちは王の決断を称え、相手側へと憎悪を燃やす筈だ。
(……成程、宇野事務次官の考えが少しだけ見えてきた気がする)
「さて、そんな主義主張の異なる国同士が国交を結んで仲良く手を結ぶなど、果たして本当にできるかな?」
「……やり方次第じゃないですか? 別に民主主義を捨ててまで国交をしなくても……」
「それも誤解だ。私も民主主義までを捨てるつもりはない。だが……国も国民も今一度、考え方を改めるべきだとは思っている。日本という国を守りたい。純粋に、ただそれだけなんだ……」
最後の言葉だけは宇野の本音が籠められている、そんな風に俺は感じた。
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