第126話 ダンジョン内はマナーモードで!
討伐難易度Sランクとの初戦闘は拍子抜けの結果だったが、ドロップ品や宝箱の中身に大満足な俺たちは、改めてボス部屋を散策し始めた。
守護者との戦闘に集中し過ぎていた為か、あまり室内の外装を注視していなかったが、どうやらここは玉座の間をテーマにしている部屋のようだ。メッセン古城ダンジョンは現在この部屋が最奥とされており、ここ以外のルートは未だ発見に至っていない。
故に、この部屋から先に進めるルートがあるというのが最有力説であった。
ここのボスを倒したという報告は過去にも無いらしいので、流石にあのアンデッドを無視しながら室内探索できる人間など皆無だろう。となると、俺たちが今一番古城ダンジョンの攻略が進んでいる事にもなる。
「あ! こんな所に階段があるよ!」
玉座の背後に回ったシグネが声を上げた。
そこには確かに下へ降りられる階段が設けられていた。この位置では戦闘中に発見するのは非常に困難だろう。
「この階段は……最初からあったのか? それともボスを倒さないと出現しない仕組みかな?」
「うーん、どっちにしろ、ロイヤルリッチを無視して素通りなんて、普通の冒険者には無理じゃない?」
佐瀬の言う通りだ。
「問題は、この先が何かって事じゃないかな?」
名波の発言に俺たちは息を呑む。
ちなみに、この世界にあるダンジョンは今まで一つとして攻略された事はない。ギルドの公式発表では一応そういったことになっている。
伝承や御伽噺などではダンジョンを攻略した英雄譚などが語られているらしいが、どれも確証はなく、冒険者ギルドの公式見解としては”ダンジョン完全踏破者は無し”というのが実状だそうだ。
ただ、この世界リストアの最大宗教組織であるオールドラ聖教は、大昔の勇者や聖女のパーティがダンジョンを完全踏破したという逸話を今でも信じており、その伝説は聖典にも記載されているそうなのだ。
互いの主張が異なる為か、それも要因の一つで、冒険者ギルドと聖教は少々仲が悪い。
少し話が逸れたが、ダンジョン完全攻略とはそれ程の偉業なのだ。
「この先が終点で完全攻略なら良いんだけど……まさかレベル6エリア、なんて事は無いわよね?」
このダンジョンはエリアのレベルが上がるにつれモンスターも確実に強くなっている。もし仮にこの先にもう一段階先のエリアがあるのだとしたら、徘徊している魔物はどいつもこいつもSランク相当のアンデッドなのかもしれない。
(うわぁ、地獄過ぎる……)
流石にこの階段を無警戒で降りる訳にはいくまい。
ちなみに討伐難易度はあくまでギルドが勝手にランク付けしたものだが、実際にダンジョンの魔物が出没する階層やエリアの深さを参考にしてもいるので、絶対的な評価ではないものの、結構正確な階級分けがされている。
という事は、やはりこの先はSランク相当の魔物が蔓延っている可能性が高いわけだが……
「かなり危険だとは思うけど……」
「流石にこのまま引き返すのも、ねぇ?」
「やっぱ気になるし……」
「見たい! 行ってみようよ!」
満場一致で、俺たちは階段を下る事にした。
ただし、まずは全員≪隠れ身の外套≫を着用して透明化するのと、誰か一人でも身の危険を感じたら即撤退するというルールを課した。
階段は階層型ダンジョンと同じくらいの長さで、降りきった先は薄暗い石造りの室内であった。通路の横には幾つかの檻が設けられているが、扉は開いたままだったり閉じていたりで、何れも中に囚人の姿はない。
「これは……牢屋、か?」
「玉座の次は牢獄エリア?」
確かに城には付きものの施設だが、まさか玉座の後がこれだとは思いもしなかった。
「落差が激しいねぇ……」
幾らダンジョン内とはいっても、煌びやかな城内から薄暗い牢獄へと景色が変わると、自然と気も滅入ってしまう。牢獄エリアはカビ臭い上に、歩くと埃も舞っていた。
(なにもここまで細かな演出をしなくてもいいのに……)
「っ!? 奥に何かいる……!」
名波の警告に全員が息を呑む。
今は全員が透明状態になっているので他人からは姿が見えない筈だが、マントの着用者同士なら互いの姿が見えるのと、臭いや音、それに魔力といった気配までは完全に隠蔽できないのがこの外套の弱点であった。
静かに忍び足で前進すると、いよいよ最初の魔物とエンカウントした。ここからは声を出すのも危険なので、佐瀬の【テレパス】を使って念話でやりとりをする。
『なに、あの浮かんでる奴……?』
『デスペラーレイスだって。種別はアンデッド・ソウルだよ!』
アンデッドで有名なレイスのお仲間だろうか?
ボロの外套を頭まですっぽり被った様な怨霊が、禍々しい鎌を持ってふよふよと漂っていた。
正直、ここまでの探索で恐怖耐性が付いていなかったら、以前の俺なら姿を見ただけでも失禁確実だろう。それほどに不気味な魔物であった。
『ねぇ? あれ、
『……無理だな』
『厳しいと思う』
俺と名波はほぼ同時に、同じ感想を述べた。理由は「なんとなく」としか言えないが、確信が持てる。あれは現状では勝てそうにない。
闇特効である破魔矢ならワンチャンあるかもしれないが、ロイヤルリッチは魔法職系のアンデッドだから反応が鈍かっただけだ。だが目の前の魔物は見た目からしても近接戦闘がいけそうな雰囲気だ。仮に初撃を躱されたとすると、かなり拙い事態に陥りかねない。
『相手の実力も未知数だ。今回はこのまま撤退しよう』
『……そうね』
『OKだよ!』
魔物の名前は分かったのだ。一度、奴の討伐難易度や戦い方など、少しでも情報を知る必要がある。Aランク以上の情報は少ないが、ギルドなら何かしらの記録が残っているかもしれない。
佐瀬とシグネも了承したので、俺たちは透明な姿のまま、ゆっくり、ゆっくりと後退をする。背を向けて逃げるのも恐ろしいので、あの死神を警戒しながら後ろ向きにそのまま下がった。
すると――――
ピロリン♪ ピロリン♪ ピロリン♪
――――突如、電子音が鳴り響いた。
『わわっ! 私のケータイ!? な、なんでぇ!?』
どうやらシグネの所持していたスマホから音が出てしまったようだ。
当然、デスペラーレイスもこっちに気が付いた。
「逃げろ!」
「くっ!」
「ごめん! みんなっ!」
慌てて佐瀬とシグネが後方の階段へと駆けていく。足の早い俺と名波が殿だ。名波は咄嗟の判断で用意していた破魔矢を撃ち抜くも、死神はそれを鎌で撃ち払った。
だが、俺の魔力増し増し破魔矢の方が威力を上回ったのか、死神の鎌は刃の部分が吹き飛んだ。これで一安心かと思いきや、死神は柄だけになった武器を捨てると、すぐに新しい大鎌を生み出してしまった。
どうやら武器破壊は無意味なようだ。
(これだからホラーって奴は……!?)
俺は苦し紛れの光魔法【レイ】を放つと、着弾したかの結果も見届けずに、そのまま全速力で背後の昇り階段に駆けだした。矢を放った名波もとっくに撤退を始めていた。
直後、ゾクリと首筋に悪寒が走り、前方に転がる様にして飛び込んだ。さっきまで俺の頭部があった付近に何かが通過したのを風圧で感じ取った。
すぐに起き上がり前へと駆けると、昇り階段手前に大鎌が突き刺さっていた。どうやら死神はあれを俺に投げつけたらしい。
(じょ、冗談じゃない!?)
二撃目が来ない内に何とか階段を昇り、俺たちは再び玉座の間へと逃げおおせた。
死神は……それ以上追っては来なかった。どうやら普通の階層型ダンジョンと同じく、階層・エリア跨ぎの移動はして来ない仕様らしい。
「た、助かったぁ……」
「おっかなかったねぇ……」
全員座り込みながら息を整えていた。
ようやく落ち着くと、佐瀬はシグネにお説教した。
「こら、シグネ! ダンジョン探索中はマナーモードにするか、電源切っておかなきゃ駄目でしょう!」
「ふ、ふぇぇ!? ご、ごめんなさい……まさか通知が一斉に来るなんて……」
そういえばさっきの音はアラームの設定ミスというより、通知音が連続で着たような感じであった。
「通知って……ダンジョン内なのに届くのか? というか、連合国って魔導電波から完全に圏外だったよな?」
「んー、僅かだけど電波立ってるよ? ネットも普通に見れるみたい」
「え!?」
「マジか!?」
俺たちも急いで自分のスマホを取り出してチェックした。確かに僅かにだが電波が立っており、起動した途端、通知が山の様に届いてきた。
そういえば、長い間エイルーン王国を離れていた。新日本政府の長谷川さんから鬼の様に着信履歴が残っていた。留守電で確認すると、早急に折り返しが欲しいという旨だけが録音されていた。
ここの玉座はボス部屋という事で、恐らく暫くの間は安全だと思われる。ボスのリポップはどんなに短くても数時間は要する筈なのだ。他の冒険者もそう簡単には近づけない場所なので、俺はこのまま電話を掛けてみることにした。
『矢野さんですか!? お久しぶりです! 今、お時間は大丈夫ですか?』
「ええ、今ダンジョン内なので、魔物が出てこない限りは……」
『え!? ダンジョンの中!?』
まさかダンジョン内から電話を掛けてくるとは思わなかったのか、長谷川はとても驚いていた。
『そんな危険な場所から……本当に大丈夫なんですか?』
「今は多少安全? な場所にいるんで平気です。それより急に電波が届いて、着信履歴を確認したんですけど……何かあったんですか?」
『え? 電波が? ああ、そういえば本日は魔導電波の範囲を広げると総務省から事前通達があったので、恐らくはそれが原因かと……』
長谷川氏曰く、詳細は機密事項で非公開のようだが、魔導電波の研究に進展があったのと、関連する良い素材も手に入ったようで、新型の電波塔が完成したそうだ。本日はその新電波塔の試験という形で、魔導電波の出力を上げる旨だけが新日本政府から国民宛てに通達されていたらしい。
過去の魔導電波実験ではそれで、雷の加護持ちだと思われる魔物を誘引してしまった経緯もあるので、今回はその安全面をしっかり配慮した上での実験だったそうだ。
「そういう事ですか……。うちのシグネが携帯をマナーモードにしていなかったから急に通知音が鳴り出して……魔物が寄って来て危うく死ぬところでしたよ……」
『そ、それは……申し訳ないと言いますか……こちらも他人事ではないですね。この件は探索者ギルドにも注意喚起した方が良さそうな案件です』
俺たちのように、探索中に通知音が鳴り響いて魔物に見つかれば大事故にも繋がりかねない。本人の不注意も当然あるだろうが、日本の探索者を管理する領域外管理局課長の立場としても無視できない情報なのだろう。
『少し脱線しましたね。本題なんですが、新日本政府は近々、エイルーン王国と正式に国交を結ぶべく、まずはあちらの貴族に話を持ち掛けようかと考えております。そこで矢野さんたちにお力添え頂きたいのです』
「王国の貴族と、ですか? つまり俺たちが橋渡しをしろと?」
『有り体に言えばそうですね』
長谷川の要請に俺は少し考え込む。
何時かはこんな話が来るのではないかと思っていたが、どうやら現実になってしまった。だが、これには幾つかの問題点がある。
まず一番重要なのが俺たちの立ち位置だ。
俺たちはまだ異世界人だという事実を王国側には知られていない……筈なのだ。B級冒険者としてマルムロース侯爵やランニス子爵とは多少の縁が出来たが、俺たちが異世界人だと知られると、新日本国からの諜報員だと疑われないかが心配なのだ。
次に問題なのは、今の俺たちは連合国にいる。すぐには帰れない。尤も今からダンジョン探索を放棄してエアロカーで飛んで帰れば、一週間以内には間違いなくブルタークに帰還できる。ただし、俺たちには何のメリットもない。
『そういえば、皆さんは今どちらにいらっしゃるので? 急に通知が届いたという事は、もしかして王国外にいらっしゃるのでしょうか?』
長谷川の質問にどう答えようか少し迷ったが、ここは正直に話す事にした。
「今は西バーニメル連合国のダンジョン内ですね。首都ニューレから少し離れた場所にいます」
『え!? 連合って……しかも、あのニューレ港、ですか……?』
新日本政府もある程度、半島内の地理は情報収集しているのか、俺たちが今どの辺りにいるのか長谷川にはピンときたようだ。
『それは、随分遠くというか……よく電波が届きましたね……』
「こっちもビックリですよ」
もしかしてバーニメル半島内全域に電波が届いているのではないだろうか? 下手したら北のバーニメル山脈も超えて、大陸中央部すらも圏内に納まっている可能性がある。
「そういう訳で、直ぐには戻れないんですよ」
『……まぁ、こちらも今直ぐに接触するつもりはありませんが、一度矢野さんたちに意見を聞きたかったのもあります』
恐らくだが、長谷川はエアロカーの存在を知っている。宇野事務次官には既に知られているので、親交のある彼も知っていて不思議ではない。
「俺たちの意見、ですか? いいんじゃないですか? 友好を結ぶというなら大歓迎ですよ」
これは本音だ。どうせ何時かは日本国の存在もバレるのだ。そろそろ政府側もエイルーン王国の実状が見えてきた筈だ。慎重に話を進めて事を成すのなら大賛成だ。
『それで、もしあちらの国と接触を図るとしたら、矢野さんお勧めの人物はいらっしゃいませんか?』
どうやらこの質問が本命のようだ。彼らも彼らなりに王国を調べてはいるのだろうが、俺たち程深くまで関わっている者は少ないだろう。
「そうですねぇ……やっぱりマルムロース侯爵ではないでしょうか? ブルタークとその周辺を統治する領主です」
『……やはり彼ですか。ちなみに理由をお伺いしても?』
「新東京の立地を考慮すると、交易街ブルタークの領主を無視して国交を結ぶ訳にはいきませんよね? それに侯爵家なら、それなりの権力も持っているでしょうしね。こんなありきたりな回答しかできませんけど、如何です?」
『いえ、尤もな意見だと思います。上にも進言しておきましょう』
頼むから、俺の一言で決まりました、なんてのは止めてもらいたいものだ。これが切っ掛けで関係悪化し、王国と戦争にでもなったら俺たちはエアロカーでとんずらする。
さらば、新日本にエイルーン王国よ……
その後は当たり障りない会話を続け、後日落ち着いたタイミングでこちらから連絡する約束をして通話を終えた。
「ふぅ……心身共に疲れてきたなぁ」
「お疲れ様。もう今日は一度下がって休まない?」
「「さんせ~い!」」
俺たちはレベル4のエリアまで後退した後、そこで夜営する事にした。
一方その頃、西バーニメル連合国の上層部は大慌てであった。
「鑑定士をありったけ集めろ! ギルドにも依頼して数を集めるんだ!」
「国民にも赤獅子の捜索に協力させろ! 有力情報に賞金でも懸けて動員するんだ!」
「間違っても赤獅子を刺激させるなよ!? 見つけたら直ぐに兵に知らせろ!」
赤獅子ミケアウロの捜索は難航していた。この広い領土内に猫一匹の捜索だ。これが普通の野良猫なら直ぐに見つかるだろうが、かの魔猫は恐れる存在など皆無に等しいので、とにかく行動範囲が広いのだ。魔物の蔓延る森でさえ平気な顔で散歩していても不思議じゃない。
見つかったら見つかったで大騒ぎだろうが、一番困るのは連合国内で行方不明な状態が続く場合だ。国の統治者側としては、それではおちおち枕を高くして眠る事もままならない。
「くそ! 私の領地には来てくれるなよ……」
それは全ての代表統治者が思っている本音であった。
「オース地区の動きが遅いようだが、タイロン代表は何をしているんだ!」
「そ、それが……オースは現在異常気象の原因である魔物の討伐に向けて忙しいそうで……」
「そんな雑魚は放っておけ! こっちは討伐難易度EXランクの赤獅子だぞ!?」
「オースには冒険者クラン≪猛き狩人≫がいた筈……あそこにも鑑定士の一人くらい居るのではないのかね?」
「かしこまりました! 再度オース支局にも要請してみます!」
赤獅子ミケアウロが発見された地区周辺は、もうしばらく混乱が続きそうであった。
オースにある統制局と冒険者ギルドパナム支部から共同声明で発表された内容に、冒険者や傭兵などの腕自慢たちは沸いていた。
「おい、聞いたか? 懸賞金の話……」
「ああ、オースの森にいる化物蜘蛛の事だろう?」
酒場では氷蜘蛛の話題で持ちきりであった。
「それってアーススパイダーの亜種なんだろう? 確かギルドから手を出すなって指示されてなかったか?」
「ああ、それなんだが、どうも統制局側から撤回指示が来たらしい。どうも、ここ最近の異常気象はそいつの仕業らしくてなぁ……」
「そんな話はどうだっていい! それより懸賞金って一体いくらなんだ?」
「聞いて驚きやがれ! なんと、討伐者には白金貨10枚って話だ!」
「「白金貨10枚!?」」
白金貨とは平民にとって一生縁の無い特別な硬貨だ。白金貨の素材自体にはそれ程までの価値は無いのだが、日本で言うところの紙幣と同じで、各国が金貨換算で100枚分、銀貨換算では1万枚分相当の価値を保証している硬貨なのだ。
しかもバーニメル半島の金貨は他所より質が悪いので、然るべきところで両替すれば、金貨100枚以上の金額と成り得るだろう。
白金貨10枚分ともなれば、平民は一生働かずに暮らしていける夢のような額なのだ。
「そいつはすげえや!」
「でも、相手はAランクの亜種だろう?」
「俺たちだけじゃあなぁ……」
「あの≪猛き狩人≫の連中も手を出さないって話だぜ?」
世の中そんなに甘くはない。賞金は惜しいが命には代えられない。
男たちは酒を飲み交わしながら、得る事が到底叶わない懸賞金の使い道について、あれこれと夢想するのであった。
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