第123話 メッセン古城ダンジョン

 メッセン古城ダンジョン


 言い伝えでは百数十年ほど前、メッセン平野に突如出現したとされる朽ちた古城のようなエリア型ダンジョンだ。


 通常の階層型ダンジョンとは違い、階段を経て次のステージに行くのではなく、各エリアを奥へ進んで行くことで魔物の強さが変化する。


 しかも次のエリアへ進む出入口が複数ある為、気が付いたら戻っていたり、逆に引き返そうとしたら先に進んでいたりなどと、かなり厄介なダンジョンだ。


 またメッセン古城ダンジョンはアンデッドが多いのでも有名で、魔法に長けた者がいないと攻略は難しいと言われている。


 現在の最高到達エリアはレベル5で、そこには討伐難易度Aランクのアンデッドが出没するそうだ。尚、あくまで到達記録なので、レベル5エリアにいる守護者は今まで一度も倒された事はない。




「へぇ、エリア型ダンジョンは階層表記じゃなくてレベルで区分けされてるんだね」


「そうだぜ! 今ここはレベル1エリアだから、出てくる魔物も強くてEランクまでさ。出てくる魔物や周囲の雰囲気が明らかに変わったらエリアが進んでいる証拠だから、この先は気を付けて進んでくれよな!」


 案内人ナビゲーターを自称する孤児、ルード君案内の元、俺たちはメッセン古城ダンジョン内を歩いていた。案内役とは言っても彼は戦闘能力が低いので、先頭は何時も通り名波が務めている。彼は名波の後ろで進む方向を指示しながら会話をしていた。


「ボス……守護者は何処にいるの? もしかして全部の入り口を守ってるの?」


「ボスは各エリアに一匹しかいないよ。出入口を守ってるんじゃなくて、それぞれのボス部屋にいるだけだよ」


 どうやらここのダンジョンはボスを素通りで先に進める仕組みなようだ。色々と奇想天外なダンジョンである。


「でも、レベル5のエリアだけは先の入り口が見つからないみたいだから、ボスを倒さないと出現しないかもって噂だよ。だから誰もその先は知らないんだ」


「へぇ、そのレベル5のボスって強いの?」


「そりゃあ強いよ! なんたってロイヤルリッチだからね!」


「ロイヤルリッチ? リッチの亜種かな?」


 リッチとはファンタジーではお馴染みの魔法を得意とするアンデッド種の事だ。ロイヤルという名を冠しているのは、王宮魔術師のアンデッドだからだろうか?


「リッチの進化種だよ。討伐難易度はSランクだぜ?」


「「「「Sランク!?」」」」


 これは想像以上の難敵だ。Aランクの魔物相手でも現状てこずるというのに、Sランクの、しかも魔法を放ってくるアンデッドが相手では一筋縄ではいかないだろう。


「そもそもレベル5エリアを徘徊する魔物は、みんなAランクだって噂だぜ? そんな所、行けっこないじゃん!」


「あははぁ、そうだねぇ~」


 ルード君の頭をポンポンと優しく叩きながら名波が愛想笑いを浮かべているが、俺たちは行く気満々であった。


 今回の探索目的はステータスの強化だ。これは全員で話し合って決めた事だ。今後あのような化物が出た時の対策として、せめて逃げられるくらいには強くなろうと心に決めたのだ。


 俺以外のメンバーも過日の敗北は悔しかったのか、より強くなりたいと向上心をみなぎらせていた。Aランクの魔物くらいで怖気づく訳にはいかないのだ。




 少し歩くと俺は奇妙な気配を捉えた。


(――っ!? まさか幽霊!?)


 身震いしながら気配を感じた方角を見ると、そこには青白い火の玉のようなモノがふよふよ揺れながら浮かんでいた。


(人魂!? いや……魔物、か?)


 流石にあれくらいでは怖気づくほどではないが、それでも何を仕掛けて来るか分からない相手だ。俺は一人で警戒を強めるが、そこでふと気になる点が浮かんだ。


(何で名波は気が付かないんだ?)


 彼女は特に警告を発していない。


 まさかアンデッドは【感知】スキルをすり抜けているのかと危惧するも、彼女を見てすぐに気が付いた。名波はとっくに人魂擬きを捕捉していた。その証拠に、何度もそちらへと視線を向けていた。ただ俺たちに伝えていないだけなのだ。


(どういうつもりだ? まさか俺を脅かす気じゃあ……)


 始めは不審に思っていたが、そうではなかった。


「あ! 姉ちゃん! あそこに魔物がいるぞ!」


「あれ? ホントだ。良く気が付いたね!」


「へへん! 伊達に案内人はしてねえからな!」


 どうやら敢えてルード君に見つけさせる為、そのまま黙って見守っていたようだ。


 そこで俺は名波の意図を察した。


(そうか。彼女なりに彼らを鍛えているつもりなのか)


 その証拠に、名波は魔物を見つけても全く戦おうとしない。


「あの魔物は強いの?」


「あれはウィル・オ・ウィスプだね。Fランクの雑魚だよ!」


 Fランクは町中で飼われているスライム種に相当する。子供でも倒せる、まごうことなき雑魚モンスターだ。


「それじゃあ倒してみる?」


「いいの? やる! やる!」

「わたしもやる~!」

「ぼ、ぼくも!」


 ルード少年は短剣を持っているようで、他の子どもたちも木の棒など、それぞれ貧相な武器を身に着けていた。


 ウィル・オ・ウィスプは全部で三匹浮いており、逃げるどころかこちらへ向かってくる。そこら辺はやはりダンジョンモンスターだ。例え弱くても彼らは引く事を知らない。


 しかし、これは何とも異様な光景だ。シグネよりも幼い子供たちが嬉々として人魂を殴りつけていた。だが、Fランクの魔物という割には存外しぶといようだ。


「あれって物理攻撃効いてるのかなぁ?」


「というか、火の玉って叩けるものなの?」


 名波と佐瀬が不思議そうに彼らの戦闘を見守っていた。


「これだからファンタジーっていう奴は……」


 シグネちゃんに俺の口癖せりふが取られてしまった!?



 タコ殴りにされたウィル・オ・ウィスプは地面にポトリと落下すると、そのまま魔石を残して姿を消した。


「やったー!」

「楽勝だったな!」


 子供たちは大はしゃぎで喜び、これには佐瀬も大満足なご様子だ。


「はい、兄ちゃん! 魔石!」


「それはお前らのモノだ。持って帰っていいぞ」


「ホントか!? サンキュー!」


 ルードたちは嬉しそうに魔石をポケットに仕舞い込んだ。Fランクの魔石だと、買取金額はせいぜい銅貨数枚といったところだろうか。それでも彼らにとっては貴重な資金源だ。



 それからもウィル・オ・ウィスプが出たら孤児たちに戦闘を任せ、得たモノは全て彼らに与えた。その際、佐瀬やシグネが色々とアドバイスを送る。



「こいつ、どうやら魔力に弱いみたいね。貴方たち、魔法や身体強化持ちはいないの? 闘力に魔力はどのくらい?」


「俺たち、鑑定する金なんてないぜ?」


 教会や公共施設で行っている神意石しんいせきを使った鑑定は有料だ。そこまで高くは無いが孤児たちには厳しい料金設定だろう。


「私が視てあげるよ! んー、こっちの子は魔力が高めかな? 闘力はルード君が一番高いね」


「シグネ姉ちゃん、鑑定できんのか!?」


 残念ながら現時点では誰もスキルを所有していなかったが、女の子が一人だけ魔力97と高めな数値であった。初期値で100近ければ、間違いなく才能がある方だ。


「わたし、まほう使えるの?」


 女の子が佐瀬に尋ねてきた。佐瀬は明らかに「私、魔法使いです!」といった装いだからだ。


「うーん、それは努力次第かしら。魔力があっても魔法が使えない人もいるし」


「うぐっ!?」


 佐瀬さん、止めてあげて! その言葉、隣にいる親友ななみに刺さってる!


 名波の魔力は1,000近い筈だが、未だに魔法を一つも習得していないのだ。思わぬ流れ弾に名波は一人落ち込んでいた。



 気を取り直して、今度のウィル・オ・ウィスプ戦では魔力を意識して攻撃するようにと助言した。と言っても、彼らにはまだ魔力を感じる事はできず、「魔力、魔力……」とブツブツ呟きながらタコ殴りにしているだけだが、只一人、魔力量の多い女の子だけは倒すスピードが明らかに早くなっていた。


「おお!? もしかして、もう身体強化のコツ掴んだのかも!?」


「ほんの僅かだけど、魔力を纏っているね」


 名波も身体強化はできるのだ。当然魔力を感じる事もできている。だが魔法は使えない……不憫な名波。



 俺たちの肩慣らしの筈が、何時の間にか孤児たちの戦闘訓練へと変わってしまったが、それはそれで良しとしよう。



 だが次の獲物を探して歩き回っていると、ようやくマシな相手が現れた。



「あれって……骸骨!?」


「スケルトンだな。確かEランクの雑魚だ」


「……アンタ、怖いモノ苦手なんじゃなかったの?」


 冷静な俺に佐瀬が思わずつっこむ。


「いや、流石に普通に登場しただけの骨の魔物なら怖くはないぞ?」


 これは強がりでもなく本当の事だ。


 俺が苦手なのは怨念だとか呪いだとか、防ぎようの無い理不尽な心霊現象全般なのだ。祟られて死ぬとか、一体どうやって防げばいいんだって話だしね。


 これが仮に幽霊とかだったらひたすら怯えながらお経でも唱えていたかもしれないが、目の前のアレは紛れもないただの魔物だ。それにさっきの子供たちの逞しい姿が目に焼き付いたのか、すっかり怯えが消えてしまった。それだけでも彼らを雇って本当に良かった。



「……あいつらも倒してみないか?」


「え? 俺たちが? 倒せるかなぁ……」


 さっきの人魂擬きは所詮、少し熱いだけの光る的だ。だが今度の相手は少年たち以上の体格……骨格で、しかもスケルトンは見た目以上に力もあると聞いている。


 まぁ所詮はEランクなので、ゴブリンと比べればという話なので、大人であれば一般人でも対応できる範疇の魔物だ。


「ちなみにアイツの弱点って知ってるか?」


「え? うーん、スケルトンは胸のコアが弱点で、後は光属性に弱い、かなぁ」


 ルード少年の指摘通り、奴の胸部にはほの暗く光っているコアのような存在が確認できた。あれがスケルトンの心臓部になるのだろう。


「まぁ、一度俺たちで試してみるか。そこの少年、ちょっと木の棒貸して」


「え? いいけど……」


 俺は男の子から木の棒を借り受けるとスケルトンに向かって歩いた。あちらもこっちに気が付いたのか、ボキボキ音を鳴らしながらこちらへ駆けてくる。やべ、ちょっと怖いというか、不気味に思えてきた……


「ふん!」


 こちらを襲おうとしたスケルトンを身体強化無しで押さえつける。パワーは……思ったより弱そうだ。スケルトンは武器を持っていないので殴ってくるのかと思いきや、何と噛みついてこようとしていた。思わず俺は借りた木の棒でその口を塞いだ。


「あ、しまった。武器が無くなっちゃった」


 仕方がないので、木の棒を咥えたまま暴れるスケルトンを地面に押し倒して、代わりにナイフでコアを突き刺した。これにも魔力を一切籠めていない。それでも致命傷だったのか、スケルトンは糸が切れたマリオネットのように大人しくなり、そのまま魔石を残して消滅した。


「うん。今みたいに魔力無しでも、木の棒とナイフがあれば倒せるぞ?」


 思ったより不格好な戦闘を披露してしまった。


「う、うーん。どうだろう……」

「あれ、ぼくたちでもできるかなぁ……」

「びみょうかも……」


 子供たちには不評なようだ。確かにちょっと力技だったような気もするし、彼らの体格だと無理があるかもしれない。もっとスマートに倒すべきだったと反省した。



 それからスケルトンを見つけた俺たちは試行錯誤し、子供たちでも可能で楽な倒し方を模索した。その結果、足の骨が弱い事を佐瀬が見抜き、木の棒で足を砕いてから倒すやり方を確立させた。


「すげえ! これなら俺たちだけでも倒せる!」

「お姉ちゃん、ありがとう!」


「ふふん、どうってことないわ!」


 新戦法を見つけた佐瀬はドヤ顔だ。ちょっとだけ悔しい。



 結局、この日はレベル1のエリアを徘徊するだけに終わった。俺たちは殆ど戦わず、子供たちに率先して戦い方を学ばせた。その恩恵か、子供たちはたった一日でステータスもそこそこ上昇していた。ルード少年も闘力が100を超えたのである。




「……本気でこの中で寝泊まりする気か?」


 俺が尋ねると、名波は当然とばかりに頷いた。


「外への出入口はここから遠いって話だしね」


「明日は早くレベル2に進みたいから、仕方ないじゃない」


 子供たちの育成に夢中だった俺たちは帰る時間を計算に入れておらず、すっかり日も落ちてしまったので、レベル1エリア内で夜営することにした。


「でも、姉ちゃん。俺たち日帰りだと思ってたから、何の準備もしてないぜ?」


 いいぞ、ルード君! もっと言ってやれ!


「安心しなさい! 食事も寝具も準備してあるわ!」


 そうであった。


 俺のマジックバッグには不測の事態に備えて人数分以上の寝袋を用意してある。それに食料もしこたま買い込んであるので、子供が五人増えたくらいでは全く問題がなかった。


 だが、俺が心配しているのはそんな点ではないのだ。


「安心しなさい。寝てても幽霊なんて出やしないわよ。せいぜい火の玉が周りに飛んでいるくらいよ」


「ぐぅ……っ!」


 確かに日中このエリアをあちこち見て回ったが、出てきたのはウィル・オ・ウィスプとスケルトンだけだ。どうやらレベル1の魔物はこの二種だけのようだ。


「いや、夜になるとゴーストも出て来るよ」


「ほら見ろ! 危ねえじゃねえか!?」


 ルード少年の言葉に俺は一層不安になった。


(ゴーストって幽霊って事だろ!? そんな奴、倒せるのか!?)


 俺が一人騒いでいると、背後に何やら気配を感じた。思わず後ろを振り返ると、そこには白い人の形をした靄のようなモノが浮かんでいるのが見えた。


「うわあっ!? 死ねぇえい!」


 俺は会敵即瞬殺の勢いで、制御圏内ギリギリの魔力を籠めた光魔法【レイ】を撃ち放った。ゴーストは光の光線を浴びると、煙の様に霧散して完全に消え失せた。その足元には小さな魔石だけが転がっていた。


「よし、死んだか……いや、幽霊なら既に死んでいるのか?」


「あれがゴーストだよ。ランクはEだけどスケルトンより倒しづらいって話だぜ? 兄ちゃん、よく一発で倒せたな」


「……なんだ、あれも魔物か。しかもEランクとは……」


 見た時はかなりビビったが、どうって事のない相手のようだ。倒せる相手なら恐れる必要は全く無い。


 よくよく辺りを観察すると、あちこちにそのゴーストとやらが浮遊していた。


「こいつ、煙みたいな身体なのに触れるよ!? おもしろ~い!」


 シグネは恐れ知らずにも、面白がって素手で戦闘をしていた。


 なんとゴーストは肉弾戦が出来るようだ。しかし、身体強化無しだと思う様にダメージを与えられないのか、シグネとゴーストは互いにポカポカ殴り合っている。何とも珍妙な……


「あいつも魔力抜きだと苦戦するタイプのようね。ここの魔物は皆そうなのかしら?」


「奥へ進むほど、戦士タイプだけだと厳しいって話だぜ? 何せ≪西方覇道≫や≪猛き狩人≫も逃げ出したって噂のダンジョンだからな!」


 ルード少年の説明に俺は成程と納得した。


 彼らとは一度しか会っていないが、見るからに戦士タイプばかりの面子であった。恐らくこのダンジョンとは相性が悪いのだろう。どおりでここらで活動しているという噂を聞かないわけだ。


「でも、これなら夜営は問題なさそうだね。警護はゴーレム君に任せて、さっさと食事にしようよ!」


 名波はそう告げると、小型マジックポーチからゴーレム君を取り出した。突如現れた異形の存在に子供たちは仰天していた。


「うわぁっ!」

「ひぃっ!」

「まものが出たぁ!?」


 大慌てで逃げ出そうとする子供たちを佐瀬やシグネが静めた。


「大丈夫! これは私たちのゴーレムだから」


「ゴーレム君! 起動だよ!」


 名波の合図でゴーレム君は目を発光させると、ゆっくり上体を起こした。


「す、すげぇ……これがゴーレム……」


「これってお姉ちゃんたちのゴーレムなの?」


「そうよ。ゴーレム君、右脚を上げて」


 ゴーレム君は佐瀬の指示通りに片足立ちを披露すると、子供たちは目を輝かせた。


「すっげえ!!」

「本当に言うこと聞いてるよ!」


 驚くのはまだ早いとばかりにシグネはゴーレム君に様々な命令を出す。空を飛び、炎を放出した際には子供たちも大騒ぎだ。


「かっけえ!」

「ゴーレム君、すごーい!」


 子供たちに褒められてゴーレム君は照れるように頭を掻いていた。ちなみに今の動作は命令していない。


(おいおい。ゴーレム君、どんどん人間っぽくなってるな)


 製作者としても驚きを禁じ得ない。


 今回のダンジョン探索はパーティメンバーの強化が主目的だが、ゴーレム君も今や立派なメンバーの一員だ。氷蜘蛛の時には彼にも助けられたので、どうにかいい素材を見つけゴーレム君を強化できたらいいのだが…………

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