第122話 新たな動き
アーススパイダーの亜種が現れたという報告は、オース地区を治めている統制局や代表統治者、ミノフ・タイロンにも伝えられた。
「タイロン代表! 例の漂流した船を調べさせたところ、やはりアーススパイダーの存在は確定的かと思われます。第一発見者の冒険者が持ち帰った糸の鑑定結果からも、その亜種がいることは最早疑いようはありません!」
「むぅ、Aランクの亜種……か。その蜘蛛が異常気象の原因だと?」
ミノフが尋ねると報告に現れた統制局の支部局長が頷いた。
「恐らくそうでありましょうな。【鷹の目】スキルを所有する冒険者が、オース山にいる異様な大蜘蛛を視認したそうです。奴の周囲はまるでキアナ大陸北部のように凍っていると……」
キアナ大陸はここメルキア大陸より大海を経て北にある。その大陸の北部は、まるで標高の高い山地のように、どこも寒い地だと耳にしていた。
温暖なバーニメル半島で暮らす人々にとっては想像も付かない場所だが、その大蜘蛛の周辺は今まさにそのような現状らしい。
実際に遠方にそびえ立つオース山を見ると、確かに例年より冠雪が早いように思われる。この男の報告は事実なのだろう。
(……単なる異常気象ではないとなると……何時までも放置しておくわけにはいかんな)
ミノフとしては今回の異常気象を逆手に取り、自分の意にそぐわない有権者の統治する村や地域に支援を渋ることで、その経済基盤を弱体させようと画策し、敢えて放置し続けていたのだ。
民衆の支持も大事だが、所詮この国で最後にモノを言うのは金の力だ。一つ二つの村の不評など、金で幾らでもカバーできる。それだけの財力をタイロン家は保有しているのだ。
だが流石にずっとこのままの状況が続けば、自分の首も絞めかねない。オースの森はタイロン家にとっても重要な資源、金の生る森なのだ。そこを全て凍らされてしまっては堪らない。
「…………分かった。その蜘蛛は早急に討伐させよう。≪猛き狩人≫に依頼して直ちに討伐させろ!」
「そ、その件なのですが……今回≪猛き狩人≫は、その魔物の討伐を辞退するそうです」
「……は?」
一瞬聞き間違いかと思ったミノフは再度尋ねるも、全く同じ説明が返ってきた。あの好戦的なクラン、≪猛き狩人≫が討伐しない意向を示したというのは、どうやら本当のことのようだ。
「信じられん。あの戦闘狂たちが討伐を辞退、だと? その魔物はそんなに手強いのか?」
「それは……新種の魔物なので私には分かり兼ねますが……。報告した冒険者によると、最低でも討伐難易度Sランク以上だと……」
「はぁあああっ!? Sランク!?」
思わず大声を上げたミノフは一度咳をして取り繕うと、改めて局長に尋ねた。
「いやいや、流石にSランクは無いだろう。確かこのバーニメルには、今まで一度だってSランクの魔物は出没しなかったはず……そうだよな?」
「は、はい。私もそう認識しております」
討伐難易度S級の魔物相手だと国家戦力レベルが必要になる。事実、S級の魔物相手に滅ぼされた小国も存在する程だ。
「だったら! どうしてその蜘蛛がSランクなんて評価になるんだ!? まさか……その調べたって冒険者はA級かS級なのか!?」
「い、いえ。報告書にはエイルーン王国から来たB級冒険者パーティ≪白鹿の旅人≫とあります」
「……は? B級? しかも、王国の? …………はぁ」
ミノフは大げさにため息をつくと、ソファーに背中を預けた。
「心配して損したぞ。田舎者のB級冒険者などたかが知れている。そんな奴の調査報告を真に受けたのか? ギルドも、統制局も?」
「め、滅相もございません! しっかり裏取りもしました! そのB級冒険者のリーダーは≪猛き狩人≫のザップと互角に戦い合えるだけの実力者だそうです。それにその冒険者自身もアーススパイダーの討伐経験があるそうで、今回の亜種はそれ以上だったとも報告しているのです!」
「うーん、そうは言うがなぁ……」
ミノフは冒険者を顎で使う側であり、彼らの事を良く知らなかった。ミノフの中にある冒険者の知識とは、この半島内での実質のトップは連合国に在籍するA級冒険者たちであり、東の田舎冒険者は数段劣る実力という認識であった。
実際、A級冒険者の数は連合国が圧倒的に多く、国も上級冒険者には手厚い支援をしているので、その認識は間違っていない筈だとミノフ自身は考えていた。
「とにかく、このまま放置というのは愚策だ! 誰でもいいから早いところ討伐させろ! 最も功績を上げた冒険者には白金貨10枚を出す!」
「な、なんと!? 確かにその報酬なら冒険者たちも動くでしょうな! もしかしたら≪猛き狩人≫も心変わりするやも知れません!」
白金貨は金貨100枚の価値があり、平民ではまずお目に掛かれない特殊な硬貨だ。いくらAランク亜種の討伐任務でも破格の賞金額といえた。
タイロン代表が提示した賞金の噂は、あっという間にオース地区の冒険者たちへと広がっていった。
現在俺たち≪白鹿の旅人≫は、連合国内にある一風変わったダンジョンに挑むべくエアロカーで北上していた。連合国の北西にあるメッセン地区にそれはあるのだ。
その道中、連合の中央部にあるフランジャール地区の上空から奇妙な光景を見た。
「あれ? なんか、やけに兵士さんが多いね」
その呟きは、暇を持て余して地上を眺めていたシグネからのものであった。
「本当。反対の街道も騎馬隊が駆けているわ」
「あ! あっちの方角! 凄い沢山の人が集団で歩いてるよ!」
気になった俺もエアロカーを一旦空中で停止させて地上を見下ろした。名波が指差した方角を見ると、確かに大勢の人たちが街道を歩いていた。人々は大きな荷物を背負っていたり、子供を抱えたりして街道を歩いていたのだ。
「何これ? 集団疎開? もしかして……戦争!?」
佐瀬がそう呟くのも無理はない。彼らの姿はどう見ても避難民のそれだ。兵士たちの動きが活発なのも気になる。俺は試しにと人々が逃げ出したと思われる原因の場所へとエアロカーを飛ばした。
「もしかして、
俺は先日、辛酸を嘗めさせられたばかりのアーススパイダー亜種の姿を思い起こす。
「うーん、特におかしな存在は感知できないけどなぁ……」
名波の【感知】には何も反応がないそうだ。
「あの町から逃げているみたいだけど……別に戦争の跡は見当たらないわね……」
人々が逃げ出して来たと思われる町の上空で観察するも、特に異常な変化は見られない。いや、住人のほとんどが逃げ出して兵士たちが周囲を散策している時点で異常と言えば異常なのだが、それ以外は特におかしな点はなかったのだ。
「一体、何が……?」
「うーん、流石に下に降りて聞く訳にもいかないし……放置でいいんじゃないかな?」
「そうね。これだけの騒ぎなら、これから行くメッセンの方でも、何か噂になっているかも」
確かに名波や佐瀬の言う通りだ。厄介事はこれ以上抱えたくない。
俺たちは予定通りダンジョン攻略に向かうべく、改めてメッセン地区に向けてエアロカーを飛ばした。
メッセン地区は首都ニューレがあるニューレ地区のすぐ北にある山岳地帯の多い地区だ。首都に近いリゾート地として、貴族にも人気のあるスポットが多く点在する。
だが何と言っても有名なのは平地にある≪メッセン古城ダンジョン≫だろう。ここはこの世界でも珍しいエリア型の古城ダンジョンなのだ。
通常ダンジョンといえば階段を下ったり、逆に昇ったりする階層型のダンジョンが主流だが、稀に奥へ進む形のエリア型ダンジョンが存在する。この地にあるダンジョンもその一つだ。
名前の由来通り、見かけは古めかしいただの城なのだが、それは紛れもなくダンジョンであり、その法則性も階層型と基本的には同一である。古城内には当然魔物が徘徊しており、倒すと死体は消え、稀にドロップ品や宝箱を輩出する。
奥のエリアへ進むと守護者が待ち構えており、徐々に魔物も強くなってくる。
ここまでは他のダンジョンとも全く同じだ。だが――――
メッセン古城ダンジョンの近くにある町に来た俺たちは、冒険者ギルドのメッセン支部に立ち寄って簡単に情報収集を行った。
その際、俺たちがB級冒険者だと知ると、副ギルド長自らが応対してくれた。俺たちがエイルーン王国から来たと知っても田舎者扱いせず、丁寧に対応してくれた感じの良い人だ。
彼にそれとなくフランジャール地区で変事がなかったか尋ねるも、特にそれらしい情報は得られなかった。どうやらさっきの騒動はまだメッセン地区までは伝わっていないらしい。
情報収集は早々に切り上げ、俺たちはダンジョン攻略に向けて物資を沢山買い込んだ。連合国内の厄介事に巻き込まれないよう、ダンジョン内で長期間活動できる為の措置だ。
ここにきて俺たちは、連合国内でA級昇格への評価を得るのを半ば諦めていた。これ以上この地に居座り続けても、昇級推薦を盾に氷蜘蛛への対応を押し付けられる可能性がある。それは避けたかったので、連合国内のギルドへ立ち寄るのはここを最後に控えようと思ったのだ。
メッセン古城ダンジョンを探索し終わったら一度ブルタークへ戻る予定だ。
A級への推薦を貰うには連合国である必要はどこにも無い。エイルーンだけに偏らなければ、別に獣王国でもドワーフ王国でも構わないだろう。
(帝国だけは行く気ないけど……)
食糧や日常品を買い込んだ俺たちは、改めて古城があるというメッセン平野へ出立した。そこまでの道のりは駅馬車が出ているそうだが、俺たちの移動速度なら10分も掛からなそうだったのでそのまま走った。
「あれが、メッセン古城ダンジョン……」
「うわぁ! 雰囲気あるねぇ!」
「人も沢山いるよ!」
古城は東京ドーム周辺の施設込みくらいの広さだろうか。外周の壁や城壁などあちこちが傷んでおり、まさに落城して何年も放置され続けたような西洋風の古城だ。
その古城エリアの手前には多くの露店が立ち並んでいた。どうやらここでも食糧の補充は行えたようだが総じて高い。同じ肉料理でも値段が倍以上にもなっている。
(こういった相場の高騰は、どの世界も同じだな)
しかし山の上にある自販機の値段が高いのは致し方ないとして、レジャー施設内の食事が高いのは少し納得がいかない。完全に客の足元を見ているだろう。
ダンジョンの方へ向かうと、様々な者たちが冒険者らしき者たちへと声を掛けていた。
「
「ポーションは足りてるかい? 今なら二等級の在庫があるぞ!」
「
「「「
聞き慣れない呼びかけに、俺以外の三人が同時に声を上げた。それにいち早く反応してみせたのは、偶々近くにいた少年であった。
「お? お姉さんたち、古城は初めてだよね? このダンジョンは色んなルートがあるからとても迷いやすいんだ!
「へぇ! 階層型のダンジョンと違って複数のルートがあるのね」
「ルートだけじゃないぜ? 出入り口も複数あるから、どこから入ったら良いかも教えてあげられるぜ?」
「入り口も複数あるの!?」
そう、それこそがメッセン古城ダンジョン最大の特徴なのだ。
複数の出入り口に複数のルートと、階層型のダンジョンよりも迷いやすく、気が付いたら外に戻っていたり、逆に奥の危険エリアに踏み込んでいたりする場合もある。
その特性上、当初は内部の地図が高値で取引されていたそうだが、偽物の地図も多く出回り始め、魔物も頻繁に生息域を移動したりする。冒険者たちはより正確な生の情報を求めるようになった。
そこで誕生したのが
主に戦う力に劣った冒険者や、食うに困った孤児などが
「今ならポーターも一人付けて、一日銀貨6枚でいいぜ! どう?」
少年は隣にいる小さな女の子の肩に手を置くと、俺たちにそう提案してきた。彼女がポーターを務めるようだ。
ナビゲーターの相場は知らないが、ポーターとして見るならそこまで悪い金額ではない。西ではどうか知らないが、王国内でのポーターの相場は一日最低銀貨3枚だからだ。
だがナビゲーターは別として、俺たちにポーターは不必要だ。それに少年ならともかく、こんな幼い子では荷物持ちも満足に行えないだろう。第一、奥深くへ進むとなると、この子ら二人とも付いては来れまい。
「うーん、悪いが……」
断ろうとすると、佐瀬が俺の上着をくいくいと引っ張った。
「ねぇ。初日だし、最初は様子見にしない?」
佐瀬の発言に俺は思わず苦笑いを浮かべた。子供に弱い彼女の事だ。いかにも孤児といった外見の二人を見て、勝手に彼らのバックストーリーを想像して同情してしまったのだろう。
俺としては半端な同情心は彼らの為にはならないと思っている。例えばここで俺たちが必要のない彼らを雇い、施して、親切に甘やかしたとする。すると、次回以降二人はどうするだろうか?
他の冒険者にも同じように甘えたりしないだろうか? 俺たちとの探索で欲が出て、無茶な行動に出ないだろうか?
悪い方へ考え出したらキリが無いのは事実だが、俺のスタンスとしては基本的に関わらないのが望ましい。
だが佐瀬が優しい性格なのは熟知しているつもりだし、俺だって良心の欠片くらいはある。だから……
「……そうだな。肩慣らしに浅いエリアで探索してみるか」
「だね! 初めてのダンジョンだし、ナビゲーターは必要だよね!」
「ポーターも必要だよ!」
俺の意見に名波とシグネも乗っかった。そんな俺たちの茶番劇を見て、佐瀬は申し訳なさそうにしていた。
「ありがとう、三人共……」
「よし! それじゃあ二人とも雇おう! 俺たちは≪白鹿の旅人≫、これでもB級冒険者だ!」
「え!? 兄ちゃんたちB級なの!? すげえ!!」
「よ、よろしくおねがいします!」
ナビゲーターの少年は驚きの声を上げ、小さな女の子は辿々しいが丁寧に頭を下げた。
二人を雇う事を決めると、それを羨ましそうに見ていた孤児たちがいたのを佐瀬は見逃さなかった。こうなれば二人も三人も一緒だと、俺たちは総勢五人の孤児たちを雇う事にした。
「に、兄ちゃん。そんなに雇って金は大丈夫なのか!? まさか案内するだけさせて、俺たちを置いていったりしないよな?」
「するか! 安心しろ。こう見えて俺たちは結構稼いでる!」
最初はB級冒険者という肩書に子供たちは憧れの視線を向けていたが、俺たちがエイルーン王国から来たと知ると、不安そうな表情へと変化していった。
(どれだけ王国は下に見られてるんだよ!?)
確かに文明は西の方が進んでいるが、そこまで大差がない様に思えた。
外国への伝達手段や交通がそこまで発展していないのと、何よりも帝国が間にあるのが大きいのか、東にあるエイルーン王国は蛮族の国とでも思われているようだ。
王都ハイペリオンにある城は有名みたいだが、城下町すらも”ちょっと大きな町”程度の認識らしい。ブルタークなど名前も知らなかった。
(実際に王都見たらビビるからな? 外壁の大きさなら連合国より上だからな?)
人口密度や建築技術は西の方が上だろうが、王国の主要街はとにかく外壁が高くて威圧感がある。一方、連合国は近年戦争の経験がない為か、西部の街はどこもかしこも平穏そうな塀の低い造りの場所が多かった。
流石に帝国領に近い東部の街は違うと思いたいが……
合計五人の孤児を引き連れてやってきたのは、メッセン古城ダンジョンの西部にある小さな出入り口だ。
「この西の裏口がお勧めだよ! 最初は弱いアンデッドしか出ないけど、少し進むと稼げる場所があるんだ!」
「む、アンデッドかぁ……」
このダンジョンに挑戦するからには避けて通れない魔物、それがアンデッドたちだ。
アンデッドにも様々な種類がいるらしいが、総じて闇の加護を持っている者が多い。あとグロテスクな個体や恐怖心を煽るような見た目の魔物も多いらしい。
「あ、そういえばイッシン
シグネの余計な一言に孤児を含む全員の視線がこちらへと集まった。
「ち、違うぞ!? 別に怖い訳じゃあない! ただホラー系は好きじゃないってだけだ! 怖い訳じゃあないぞ!」
「大事な事なので二回言ったね……」
「イッシン、アンタそこまで……」
名波と佐瀬から憐みの視線を感じた。
(仕方ねえだろう!? この手のは昔から嫌いなんだ!!)
小さい頃は、まだ普通に好まないくらいの感覚だったと思うが、怖がる俺の反応を面白がった姉が、あの手この手で俺を驚かせてきたのだ。
それ以来、心霊現象の類は大嫌いになった。夜道で意味深な場所にお地蔵様が置いてあるだけでも遠回りするくらいには苦手だ。お化け屋敷でも、作り物だとは頭で分かっていても、つい身体が反応して過剰に驚いてしまうのだ。
(うーん、死体とかは嫌でも見慣れてしまったんだけどなぁ)
魔物との戦闘は問題なかったが、アンデッドには未だお目に掛かった事がない。想像以上に気合が入っている古城の雰囲気に俺は寒気を覚えた。
「おいおい、兄ちゃん。本当に大丈夫かよぉ……」
「……安心しろ。殴れるアンデッドなら瞬殺してくれる!」
「ちょっとイッシン!? 肩の力を抜きなさい!」
「あははぁ、思ったより重症なようだねぇ」
「思わぬイッシン
俺はなかなか覚悟が決まらない中、古城ダンジョンの敷地内へと踏み込むのであった。
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