第106話 決着

 西門に続き、今度は南門からも轟音が響き渡り、そちらを見ると新たな箇所に白煙が立ち上っていた。


「ば、馬鹿な……!?」


 リアンはひどく動揺していたが、俺は半ばこの事態を予想していた。火薬を使ったであろう爆発なら、それが一つだけだとは思えない。複数用意し、それぞれ別の箇所に仕掛けるのは当然と言えた。


『イッシン、今の爆発は!?』


 佐瀬たちとは真逆の位置だが、音だけは聞こえてきたのだろう。佐瀬が念話で尋ねてきた。


『南門もやられたようだ! 北側はどうだ!?』


『こっちは平気! というか、連中諦めたのか下がり始めたわ!』


『ちっ、北はやっぱり陽動か! 佐瀬と名波はシグネと合流してくれ! 西門をゴーレムに守護させている』


『シグネはって……あんたはどうすんの?』


『俺はまず東の無事を確認してから直ぐに南へと向かう! 火薬兵器には注意しろよ! ここが堕ちそうなら、最悪俺たちだけでもエアロカーで飛んで逃げるぞ!』


『『『了解!』』』


 俺たちはすぐに念話で方針を固めると、狼狽えているリアンに声を掛けた。


「リアンさん。俺は念の為、東門の様子を見てから南に向かいます。ここには佐瀬たちが駆けつけると思うので、西側はお任せします!」


「——っ!? わ、分かった! 気を付けるんだぞ!」


 俺は返事もせずに猛ダッシュで東門へと向かった。


 身体強化を施せば俺の走る速度は馬に匹敵する。東に到着すると階段を駆け上がり、外壁上で周囲を確認する。


(こっち側は…………怪しい奴はいないか)


 東側はブルタークや後方駐屯地がある方角、つまり王国勢力側となり、流石にこちら側には帝国兵もそこまで多くの人数を割けられないようだ。遠方で小隊規模の帝国軍がうろついているだけである。


 あの規模の兵数であれば、要塞を放棄するつもりであれば、王国軍は容易に撤退できるだろう。


 逆にそれが狙いで東は手薄なのかもしれない。


 どうやら帝国軍は要塞の占拠を狙っているようだ。占拠した後は、逆に東門こそが重要な守りの要になる。帝国側もそれを考慮して破壊をしないのかもしれない。


 東側は問題なさそうなので、俺は外壁沿いにそのまま南へと向かった。壁上から見下ろすと、町に住む人々が不安そうに煙の立ち上がる方角を眺めていた。


(もし町が占拠されたら、ここの住人はどうなるんだ?)


 この町には軍属の者や関係者が多いが、普通に暮らす平民も多数存在する。帝国側に占拠された暁には、恐らく彼らには悲惨な未来が待ち受けているだろう。


 俺たちパーティの命が最優先なのは変わりは無いが、出来得る限りは町の人たちも救いたいと思う。


(帝国軍、テメエらの命は二の次だ! この町を襲うつもりなら……容赦しない!)


 例えそれが地球人だろうと、無理やり命令されていようと、侵略行為が許されていいはずが無いのだ。


 俺は剣を握る右拳に力を籠めた。




 南門付近に到着すると、西門以上に王国軍は劣勢を強いられていた。いや、既に何カ所か突破され始めている。


(不味いな……覚悟を決めろ、イッシン!)


 俺は己を奮い立たせると、外壁から建物の屋根へと飛び移る。そこから一番近い場所にいる帝国兵の傍へ着地すると、すぐさま剣を振るって敵兵の首を撥ねた。


 もうこの期に及んでは手加減などと言っていられない。魔法使いであれば、腕一本残っていても反撃される恐れがある。相手の武力を封じるのに最も簡単で確実なのは、相手の命を奪うことだ。


 俺は続けて近い者から順に首を撥ねていった。そこでようやく周囲の帝国兵も異常事態に気が付く。


「あ、あのガキを狙えー!!」

「かなり強いぞ! 気を付けろ!」


 だいぶ目立ち始めたので俺は一度建物の陰に隠れてから忍び、再び別の屋根の上に飛び乗ると、今度はそのまま場所を変えて、同じように帝国兵を見つけて襲い掛かった。


「ぐえぇ!?」

「ぎゃあああっ!?」

「あの白髪、只者じゃねえ!?」


 こちらは帝国側の冒険者グループだろうか。まとまりがないので後数人なら倒せそうだ。俺はこちらに迫ってくる背後の気配を察し、そのまま剣を後ろへと振るった。


「ひ、ひぃ!?」


 まさか背後を取った自分が気づかれるとは想像もしていなかったのか、男は自分の剣を真っ二つにされて腰を抜かしていた。そのまま男にトドメを刺そうとしたが、彼が黒髪の青年であった事を確認すると、俺は慌てて剣を止めてその場を離脱した。


(くそ! 躊躇っちまった! しっかりしろ! こんなんじゃあ、何時かこっちが殺されるぞ!)


 黒髪の青年は日本人かアジア人のように見えたので、反射的に攻撃を止めてしまったのだ。


 武器を失った青年は立ち上がると慌てて逃げ出した。後を追ってまで殺す必要性は感じられないので、俺は場所を変えて再び別の帝国兵たちを狩り始めた。




 南門での攻防を突破してきた帝国軍の小隊を5組ほど潰した後、俺は6組目の獲物を見つけて急行した。今度も帝国の冒険者グループのようだ。


「——っ!? 上から来るぞ!」


 俺が屋根から飛び降りた瞬間、その一人が警告を発した。


(なにぃ!? 【察知】スキル持ちか!?)


 もう既に飛び降りた後だったので、1人は迎撃態勢が整わない内に斬り伏せられたが、残りの4人は直ぐに俺から距離を取って身構えた。今までの雑兵とは練度が違った。


(……こいつら、強いな。一人で挑むのは無謀か?)


 シグネの鑑定に頼り過ぎた弊害か、自分と相手との力量差を計りかねている。俺は先ほど警告を発した男へと目を向ける。そいつはなんと、日本刀を所持していた。しかもメンバーの全員が黒髪だ。


(おいおい、こいつらも日本人か!? なら、ここは一旦引いて————)


 ――――撤退しようと思っていた俺は……日本刀男の顔を見て驚愕した。


(こいつは……あの通り魔野郎か!?)


 忘れもしない一斉転移の直前、突如周囲の者を日本刀で斬り付け、佐瀬を標的にし、最後は俺に致命傷を負わせた、あの因縁の日本刀男だ。


 俺は逃げるのを止め、日本刀男とその仲間たちへ不敵に笑って見せた。


「おい、お前ら。同じ日本人のよしみだ。そこの日本刀男以外は見逃してやる。死にたくなければ10秒以内に失せろ!」


「ふざけんな!」


 俺の発言が頭にきたのか、黒髪の強面男が槍を繰り出す。俺はその穂先を斬り飛ばすと、身体を捻らせて男を蹴り飛ばした。


「ぐぅ!?」

「こいつ……強いぞ!?」

「このガキも日本人なのか!?」


 まだ5秒なので殺しはしなかった。


 他の者は引くと言うのなら見逃すが、ただ一人逃さないと宣言された日本刀男は眉を顰めて話しかけてきた。


「お前、僕の事を知ってんのか?」  


「日本刀を持って無手の者を平気で追い回して斬りつける。そんな趣味があるってのは知ってるぜ? そんな卑怯者は……今ここで始末する!」


「このガキ……僕を卑怯者、だと……!?」


 男の癪に障ったのか、血走った目でこちらを睨みつけた。


「なんだ? 気に障ったか? それとも汚名返上でタイマンでもするか? それなら前言撤回してやらなくもないかな」


 俺が日本刀男を揶揄い笑みを浮かべると、周囲の男どもが待ったを掛けた。


「待て、こいつの挑発に乗るな! 全員で仕留めるぞ!」


「ちっ、こんなクソガキ、僕一人で十分なんだけどなぁ……」


 そう言いながらも日本刀男は一歩引き気味に身構えていた。


(ふん、臆病者が。テメエだけは絶対逃がさねえよ!)


 それと周りの連中もだ。


 通り魔と行動を共にするような連中だ。どうせ禄でもない奴らに違いない。警告の10秒はとっくに過ぎていた。俺はまず、先程蹴り飛ばした槍使いの男に狙いを付けて駆け出した。


「ぐっ、こいつ!?」


 まだ蹴りのダメージが抜けきっていないのか、男の動きは鈍い。俺が槍男に近づくと、そうはさせないと他の連中も迫って来ていた。


 当然それを予想していた俺は突如方向転換すると、一番近い男へ更に加速して肉薄し、ノームの魔剣で首を斬り落とした。


「なっ!?」

「テメエ!」


 日本刀男がこちらへ斬りかかるも、それを無視して俺は斧使いの男へ襲い掛かった。


「馬鹿め! 隙だらけだ!」


 横を向いた俺を日本刀男は意気揚々と斬りつけたが、予め【セイントガード】を掛けて置いたのでノーダメージだ。


「なぁっ!?」


 てっきり一撃で斬り伏せられると思っていた日本刀男は驚愕し、斧男も同様に意表を突かれたのか、反撃する間もなく俺に斬り殺された。


 これであと二人だ。


「ま、参った! 降参する! だから————っ!」


 慌てて白旗を上げた槍男に俺は腰にあるナイフを喉元に投げつけて息の根を止めた。降参するのなら刃を交える前にするべきだったな。


「さぁ、これでお望みのタイマンだぞ?」


「く、なんなんだよお前ぇ! 卑怯だろ! そんな、チート染みた強さ……は、反則だ!」


「まさか……お前に卑怯者呼ばわりされる日が来るとは思いもしなかったが……最後の言葉はそれでいいな?」


「ち、畜生がぁッ!」


 日本刀男はやけくそ気味にこちらへ刀を振るったが、俺はその日本刀を真っ二つにすると、返し刀で男を袈裟斬りにした。


「ぎゃあああああっ!?」


「これで借りは返した」


 日本刀男は嘗ての俺と同じく腹を斬られ傷口から大量に出血すると、やがてそのまま動かなくなった。万が一でも蘇生される可能性を潰したい俺は【ファイア】で日本刀男の遺体を燃やした。


 残っていた生命エネルギーが完全に消失したのをキッチリと確認した。これで俺の【リザレクション】でも蘇生不可能だ。


(“反則”か……)


 確かに俺の魔力量はどう考えても反則級なのだが、【リザレクション】やチート【ヒール】に至っては、そもそもこの男が俺に致命傷を負わせた事が原因で習得できた魔法だと言っても過言ではない。


 あの時怪我を負わなければ、きっと俺は【鑑定】スキルを選んでいた筈だからだ。そう考えると、今回の顛末は完全にこの男の自業自得である。回復魔法無くして今の俺の成長はあり得なかっただろう。



『イッシン! ちょっとイッシン、聞こえる!?』


『あ、佐瀬か!? どうした!?』


 色々考え込んでいたら、どうも彼女の念話を聞き飛ばしてしまったようだ。慌てて応答する。


『西門はなんとか持ちこたえられそうよ! そっちの状況はどうなの!?』


『南側は最悪だ! 戦線が崩壊しつつある。こっちに向かう気なら、必ず3人固まって行動しろ! まあ、このまま別々で行動した方が西と南、両方の戦況が分かって都合も良さそうだが……』


『ちょっと、アンタは大丈夫なんでしょうね!?』


『問題ない。それと連中、重火器の類は持っていなさそうだな。多分さっきの爆発物しか用意出来なかったんだろう』


 これまで何度か帝国兵と矛を交えたが、火薬武器を所持している者は皆無で、発砲音や爆発音もあれから一切聞こえてこない。爆弾は恐らく門を破壊した2発で打ち止めだろう。



 俺は佐瀬たちとは別行動で、南側で出来る限り帝国兵を減らし続けた。その道中で見知った者たちと合流した。


 C級冒険者パーティ≪千古の頂≫だ。


「イッシン君一人か!? 彼女たちは無事か!?」


 俺一人だけなのを気にしてか、ヘルマンが心配そうに尋ねてきた。


「3人は西側で戦ってます。あっちは持ち堪えそうですね」


「そうか、我々南組は貧乏くじを引かされたかな?」


 彼らは南門の守備を任されていた。


 最初は壁上から射撃をしていたが、突如大きな爆発で壁が揺れ、下の様子を見たら門が破壊されていたらしい。兵士たちも押されており、慌てて下に降りてきて戦線に加わったそうだ。


 俺も彼らの近くで戦いながら情報交換をする。


「爆発の瞬間を見ませんでしたか?」


「俺たちは見てないが、他の連中が『何か投げ込まれた』と言ってたぜ! 紐に火が付いてたそうだ!」


 パーティの盾役タンクであるラードンが教えてくれた。話を聞く限り、それが爆発の原因で間違いないだろう。


(焙烙玉のような物か? 一応火薬関連の知識も“一心ファイル”にコピペしていたはずだが……)


 折角魔法のある世界に来たのだ。俺は重火器を発明する気も使うつもりも無かったので、そっちの分野にはあまり目を通していなかった。


 少なくともバーニメル半島内では火薬の存在を聞いた事が無いので、間違いなく地球人が関与していると思われる。


(もし拳銃や小銃なんかを作れる技術があるのだとしたら、かなり不味い事になる。この辺の情報は宇野事務次官に伝えなくちゃな)


 遅かれ早かれ、誰かが火薬技術を広めただろう。ただ、それが覇権国家を唱える帝国サイドが初となると非常に厄介だ。


 俺は先行きが怪しくなってきた半島の情勢を憂いながら、ヘルマンたちと協力し帝国兵たちを返り討ちにしていった。








 長い戦闘の末、ようやく帝国軍が撤退し始め、籠城戦から一転、王国軍は追撃戦へと移行した。信じられない事に、要塞内部に入り込まれた劣勢から西方軍は押し返せたのだ。


 俺たち≪白鹿の旅人≫は疲労を理由に追撃戦は辞退した。


 念話で佐瀬たちの状況を確認したところ、ゴーレムの装甲が少し破損したようだが、3人は怪我もなく無事なようだ。しかも途中でteamコココと合流して戦線を維持していたらしい。リアン副隊長も無事生還していた。


 逆に南側は酷い有様だ。


 帝国兵の亡骸も多いが、王国軍側にもかなりの死者が出ている。俺は吐き気に耐えながら、まさしく死屍累々という言葉が相応しい地獄の中を歩き回っていた。


 そこで俺は見知った顔を見つけてしまった。


「……お前、こんな所で何やってんだよ」


 そこには目を見開いたまま仰向けに倒れていたタカヒロがいた。


 傍にも見知った日本人冒険者たちが亡骸となって地に伏していた。俺は周囲の目を気にしながらマジックバッグでこっそりと彼らの死体を回収していく。


 これで知り合いの安否確認は一通り行えただろうか。


 俺は一刻も早くこの地獄から抜け出そうと北側へ逃げるように向かうと、道中に倒れ込みながら腕を押さえる男と、それを心配そうに見守っている者たちの姿が目に映った。


「いてぇ……いてぇよぉ……っ!」

「しっかりしろ! だ、誰か! 一等級……いや、二等級ポーションは持っていないか!?」

「このままじゃあ出血死しちまうよぉ……っ!」


 それは以前、俺たちに絡んできた≪オルクルの風≫と言う名のD級冒険者たちであった。見るとリーダー各である男の右腕が、肘から先が無くなっていた。仲間が必死に止血しようとしているが、あのままではそう長くは持たなそうだ。


「ちょっと見せてくれ」


「あ、お前は!?」

「≪白鹿の旅人≫の!?」


 どうやら俺たちのパーティ名はご存じのようだ。


 出会った当時はまだパーティ名すらなかった俺たちだが、この短期間で彼らと同じD級パーティから一気にB級へと昇り詰めた。彼らにも俺たちに思うところはあるのだろう。


「…………これを飲め」


 俺は三等級ポーションを彼らに渡した。


「これは……三等級じゃないのか?」

「こんなんじゃあ、止血もできねえよ!」


 流石にD級冒険者だけあってか、一目で三等級ポーションだと見抜いたようだ。だが俺は素知らぬ顔で彼らに告げる。


「そいつはちょっと特殊なポーションだ。いいから飲め!」


 曲がりなりにもB級である俺の言う事を多少は信じたのか、傍で見守っていた男は眉を顰めながらも、腕を押さえたまま呻き声を上げる男にポーションを飲ませた。


「ついでに【ヒール】もすると効果的だ」


 俺は「ヒール」と唱えると、魔力量多めで回復魔法を施した。実はこっちが本命だ。


 すると直ぐに効果が現れ、男の腕がみるみる再生していく。


「な、なんだと!?」

「欠損した腕が……直った!? まさか一等級ポーション、なのか!?」

「信じらんねぇ……」


 もう具合も大丈夫そうなので離れようとすると、腕もすっかり治った男が俺に土下座をしてきた。


「す、すまねえ! アンタは命の恩人だ! この恩は一生忘れねえ! ポーションの代金も必ず働いて返す!」


「代金は結構だよ。でも、少しでも恩に感じてくれているのなら、その恩を他の冒険者にでも分けてやってくれ」


 俺は感謝の言葉を次々に述べて来る男たちに背を向けて、今度こそ地獄のような場所から逃げ出した。








 それから数日後、帝国軍本隊は王国領土内から完全に撤退した。


 少数の帝国兵が王国領内に取り残され、散り散りに逃走しているそうだが、残党狩りは王国軍の領分で、俺たち冒険者の役目は完全に終わった。



「白鹿の、改めて礼を言わせて欲しい。追加報酬も十分に用意させよう」


 ランニス子爵から直接お褒めの言葉を頂戴した俺たちは照れ笑いを浮かべた。


 俺たちの活躍は冒険者の間だけでなく、王国兵や町の住人たちにも知れ渡り、一躍有名人となった。ここ最近はフランベールの町中を歩くと、あちこちから声を掛けられ、少々居心地が悪かったが、シグネは持ち前のコミュ力ですっかり人気者となってしまった。


 俺もランニス子爵からいたく気に入られてしまった様子で、「娘との関係はどうなのだね?」とか「ケイヤはああ見えて男を立てる娘だぞ?」などと、遠回しに縁談まで持ち込まれそうになってしまった。


 流石に本人の居ないところでそんな話には応じられず、俺自身もこの町に骨を埋めるつもりは毛頭ないので、「また何かあればご依頼ください」と社交辞令で躱して難を逃れた。








 ようやく戦争からも解放され、久しぶりにブルタークへ戻る道中の夜、俺たちは街道近くで夜営していた。運搬の任も終えているので帰路は当然徒歩だ。


 夜も更け、通行する者や巡回兵も姿を消す時間帯となると、俺は腰を上げた。


「ちょっと行ってくる」


「もしかして、例の?」


「ああ、あいつらも早い方が良いだろうからな」


「そう……よね」


 そう告げて俺は単身で森の中へと入った。佐瀬はなんとも言えない表情で俺を見送った。








 俺は人目を避けて森の中に入ると、青色のマフラーを取り出して身に着け、姿を変える。異性限定で変装できる風変わりなマジックアイテム≪変身マフラー≫で、俺は久々に若い頃の姉にそっくりな白髪少女イッコちゃんへと変身した。


 鑑定対策で、念の為ステータスもイッコちゃん仕様に偽装しておいた。装備類も色だけは変化できるが、形までは変えられないので、帝国兵から強奪した武器を適当に身に着けておいた


「よし、これでいいかな」


 俺はマジックバッグからタカヒロたち日本人冒険者の死体を取り出すと、まずは【ヒール】で身体の状態を綺麗に治した。腕や足が無くなっていた者もいたが、もれなく全員完治させる。


 遺体の破損が酷過ぎると生き返らせても直ぐに死んでしまうからだ。


 幸いなことにタカヒロたちは死後間もなかったのと破損状況がマシだったので、全員生命エネルギーが残存していた。


 これならば蘇生は可能のはずだ。


「準備完了だ。いや…………準備完了。【リザレクション】!」


 女性の喋り方に切り替えた俺は、蘇生魔法を試みる。するとタカヒロの遺体に残っていた生命エネルギーが活性化され、徐々に正常な状態へと戻っていく。


「う、うーん。あれ? 俺は確か……」


 思ったより目覚めが早い。


 どうも蘇生魔法は個体差があるのか、直ぐに目を覚ます者とそうでない者がいた。ゴブリンたちで色々試した時もバラツキはあったが、ついぞ因果関係は分からなかった。


 タカヒロは目覚めこそ早かったが、まだ混乱しているのか、状況が分からずに頭を押さえていた。


 今まで蘇生してきた佐瀬や乃木の証言だと、どうやら死ぬ直前の出来事はしっかり覚えているようなので、しばらく経てばタカヒロも思い出すだろう。



 俺は混乱しているタカヒロを一旦放置して、2人目、3人目と続けて蘇生させていく。


(ん? 4人目も行けそうか?)


 以前まではMAXで3人が限度だった蘇生だが、魔力総量が増えたのか、それともコツを掴んだのか、4回目のリザレクションも行えそうな余力を感じた。多分、後者だと思う。


 一気に4人を蘇生させ、遺体の残りも4人となった。これなら少し休んで魔力が全回復すれば、思いの他早く片が付きそうだ。俺は魔力回復速度も尋常ではないのだ。


「あ、アンタは一体……」

「ひぃ!? う、腕がぁ……あれ? 腕が、ちゃんついてる?」

「足があるぞ! 吹き飛んだ俺の右足が……!」


 流石に彼らを放置したまま魔力回復をする訳にもいかず、俺は彼らに声を掛けた。


「貴方たちは一度死んだ。けど、蘇った」


 俺は“寡黙なミステリアス少女”という設定の喋り方を意識して、タカヒロたちに簡潔に説明した。


「蘇ったって……そ、そんな馬鹿な!?」

「で、でも……確かに俺、死んだと思ったぞ!」

「俺も、もう駄目だと…………!」


 4人は半信半疑で俺——仮の姿であるイッコちゃんに尋ねた。


「あんたが蘇らせてくれたのか?」


「ん」


 俺は頷いた。


「ど、どうして見ず知らずの俺たちを?」


「たまたま。今回だけの大サービス」


 俺は次々に質問を投げかけて来るタカヒロたちに適当に応じ、そのまま魔力の回復を待った。


 完全に魔力を取り戻したと確信すると、残り4人の死体へと近づく。


「こいつらも生き返らせてくれるのか!?」


「ん、貴方たちだけだと不公平」


 タカヒロたちの前ではあるが、俺は構わず他の4人も次々に蘇生していった。それを間近で見ていたタカヒロたちは驚愕する。


「ほ、本当に生き返った!?」

「蘇生魔法……そんなものが実在するのか!?」

「す、すげえ。魔法は何でもありだな……」


 残りの4人も目を覚ますと、タカヒロたちは俺に感謝の言葉を伝えた。


「君は文字通り、俺たちの命の恩人だ!」

「ありがとう! ぜひ名前を教えてくれないか!?」


 先程から名前を聞かれていたが、偽名でも教えるメリットはないので秘密としておいた。


「教えない。それと、この蘇生魔法の事も秘密。今後は死んでも蘇生しないから、留意して」


「あ、ああ……言うなと言われれば、俺たちは喋らないぜ!」

「本当にありがとう! 白髪の女神様!」


「ん」


 最後は女神様扱いされてしまったが、本当の女神アリス様が実在するというのに、不敬な事を言うのは止めてもらいたい。



 俺はそのまま颯爽とタカヒロたちの前から姿を消した。


「……ところで、ここどこだ?」


 背後からそんなボヤキ声が聞こえてきたが俺は無視した。これに懲りたら今後は少し自重して欲しい。








◇◆◇◆ プチ情報(スキル紹介) ◇◆◇◆



スキル名:スラッシュ

タイプ:戦技型

系統:威力系

分類:技能スキル

レベル:1

主な所持者:イッシン、名波、ヘルマン


 斬撃の威力を一時的に増大させる技能スキル。剣を生業とする者がもっとも習得し易いスキルが【剣】と【スラッシュ】になる。


 威力が増す効果時間は短いので、慣れない内は使用タイミングが難しいスキル。




スキル名:ショット

タイプ:戦技型

系統:威力系

分類:技能スキル

レベル:1

主な所持者:名波


 射撃や投擲などの弾速・威力を上げる技能スキル。ただし距離があるほど効果は落ちる。




スキル名:スラスト

タイプ:戦技型

系統:威力系

分類:技能スキル

レベル:1

主な所持者:シグネ


 刺突の威力を上げる技能スキル。槍などの長物を扱う者が習得し易いスキルで、レイピアで習得したシグネは珍しい例。




スキル名:バッシュ

タイプ:戦技型

系統:威力系

分類:技能スキル

レベル:1

主な所持者:不明


 殴打の威力を上げるスキル。素手や鈍器だけでなく、盾使いでも習得し易いスキル。

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