第88話 東方英傑

 王都近郊の湖にある浮島ダンジョンに入ろうとした矢先、俺たちは見知らぬ少年に声を掛けられた。


 見た目から察するに高校生くらいの少年だろうか。少し童顔で一瞬中学生とも思えたが、雰囲気から察するにシグネよりも年上に思えた。


 しかも……


(……黒髪、日本人か?)


 シグネに確認を取ろうとしたが、その手間は省けた。


「お姉さんたちも日本人ですよね? 俺もそうです。名前は徳元リク、こちらはヒカリ、シノ、カエデです」


 少年の他にも三人の女の子が一緒で、彼女らは髪色が金、銀、青と様々だが、名前から察するに彼女たちも日本人なのだろうか?


 しかし、ここで話すのなら、会話の内容にもう少し気を使って欲しかった。


「あー、ちょっと向こうで話し合いましょう」


 佐瀬も兵士たちから近い場所で日本人云々の会話は不味いと判断したのか、リクと名乗った少年少女たちを島の隅へと誘導した。


 佐瀬は【テレパス】を発動したままだったので、俺は移動の間にシグネへ念話を送る。


『彼らは日本人なのか?』


『多分そうだよ。全員【自動翻訳】スキルを持ってるし。それと銀髪の小柄な子が【鑑定】持ちだよ!』


 日本人の鑑定持ちか……少し厄介だな。


 つまりステータスを偽装している俺と鑑定阻害をしているシグネ以外は転移者だとバレている訳だ。



 周囲に人がいないのを確認すると、俺たちは改めて互いに自己紹介を始めた。


 まず彼らは東京から転移してきた高校生で、四人とも同じクラスの知り合いだそうだ。


 彼らは転移の際に家族と別れ、地域のコミュニティに参加していたそうだが、外の世界に興味を抱いていたらしく、途中で拠点を抜け出して来たそうだ。


(俺がやろうとしていたルートだな……)


 ただし俺はあくまでソロのつもりで、女子高生三人と一緒に転移なんて羨ましい真似は出来なかったが…………こっちも今は女子大生二人と女子中学生が一緒だから羨ましくないもんね!



 彼らも最初からコミュニティを抜けてファンタジー世界を楽しむ気でいたらしく、小さな町でコツコツ冒険者活動を重ねて、つい最近王都近郊に来たばかりだとか。


 そこで初めてのダンジョンに挑戦しようとしたのだが、予想以上に難易度が高そうなので、手始めに運び屋ポーターをして様子見しようと考えていたそうだ。


(なかなか慎重で良い事じゃないか)


 そんなタイミングで冒険者の品定めをしていたところ、明らかに日本人だと思われる佐瀬や名波の姿を目にし、声を掛けたらしい。


「彼女……シノには【鑑定】のスキルがあります。それで佐瀬さんたちのステータスを視て日本人である事を確信しました」


 リクは仲間に【鑑定】持ちがいる事をあっさり白状した。


 こちらに【鑑定】の上位である【解析】スキルがある事は、シグネの所持する鑑定阻害のアイテムで気付いていない筈だが……信用を得る為に敢えてバラしたのだろうか?



「それで、俺たちに何か用があるんじゃないのか?」


 名を名乗る際、俺とシグネも転移者である事は既に告げている。佐瀬たちがバレた以上、隠していても仕方がない。


 最初は佐瀬か名波がチームリーダーだと勘違いしていたようだが、俺はリクに声を掛けてきた意図を尋ねた。


「俺たちをポーターとして雇って頂けませんか? 報酬は最低金額でも構いません」

「「「お願いします!」」」


 四人は揃って頭を下げた。


 どうやら俺たちは彼らのお眼鏡に適ったようで、報酬よりもダンジョン攻略の経験や、同じ転移者の実力を見て学びたいのだろう。


「どうする?」


 俺としては別に構わないのだが、他の三人にも確認を取る。


 佐瀬たちも全く問題無しと言う事で、今日のところは彼らをポーターとして雇う事に決めた。四人の荷物持ちはやや過剰な人数だが、今日は俺たちも様子見だったので問題ないだろう。


 だが、一つだけ聞いておかなければならない事があった。というか、自己紹介をする前に聞くべきだった事を尋ねる。


「君たちは王国の人間から転移者だとバレていないのか?」


「はい。今のところはバレていない筈です。彼女たちも髪染めの薬で色を変えています」


「へぇ、そんなものがあったのか」


 どうりで女子三人は日本人離れした髪色をしていると思った。


 何でも彼らが滞在していた町の雑貨屋で売られていたそうだ。金銭的な理由でリクだけは黒髪のままだったらしい。後でその雑貨屋の場所を聞いておくことにしよう。


「なら、俺たちと行動を共にする間も、そのまま情報は伏せていてくれ。また、別れた後も俺たちの情報を他人に言いふらさない事。それでいいのなら雇おう」


「はい、お願いします!」



 こうして急遽、高校生パーティとチームを組んだ。ちなみに彼らのパーティ名は≪東方英傑≫と言うそうだ。なかなか気合の入ったパーティ名で、名波とシグネが羨ましそうにしていた。


(流石に30近くのおっさんで英傑は恥ずかしいわ!?)


『みんな、今日は武器以外のマジックアイテム類は全て温存だ。俺のチートヒールと佐瀬の【テレパス】も内緒な?』


『OK!』

『分かったよ!』

『ラジャー!』


 幾ら同郷の子供と言っても、初対面でこちらの手の内を曝け出すつもりは無い。


 俺たちは一旦≪東方英傑≫の四人から離れると、マジックバッグから必要な荷物を別の荷袋にこっそり移し替えて準備を整える。


 再び彼らと合流し、八人揃って浮島ダンジョンへと踏み込んだ。








 浮島ダンジョン


 王都でも有名な水棲魔物の蔓延る迷宮だ。


 最高到達階層は51階層で、その全てが水系フィールドという、厄介なダンジョンだ。


 ボス部屋と転移陣は共に10階層毎で、出現する守護者の種類は固定となっている。10階層までは低ランク冒険者でも探索可能だが、11階層から難易度が上がる為、やや上級者向けのダンジョンだ。



「どうせダンジョン初挑戦なら、東にある“石斧ダンジョン”の方が良かったんじゃないのか?」


 王都近郊にはもう一つダンジョンが存在する。


 そちらの方がやや難易度が低く、初心者向けだと聞いている。


「その情報は俺たちも知っているんですが、あそこの宝箱は高確率で斧が出るそうなんです。斧はちょっと…………」


 確かにファンタジー大好きな若い子が斧装備の選択は……ないだろうなぁ。


 俺は改めて彼らの装いを確認する。


 まずリーダーである徳元リクは安物の鉄槍を装備し、防具の類は一切身に着けていない。彼ら全員に言える事だが、まだ防具に回せるだけの余裕が無いのだろう。


(俺たちも大概軽装だけど、こっちにはチートヒールがあるしね)


 シグネ曰く、彼は【水魔法】の適性スキルを所持しているそうだが、唯一の男子とあってか接近戦も熟すのだろう。その辺りは俺と少し似ている。



 金髪ロングの女の子、四元ヒカリは鉄剣と木製のバックラーを装備していた。実は彼女が≪東方英傑≫の中で一番闘力が高い。


 それと彼女のスキルが気になった。


『イッシンにい! 勇者! あの人、勇者だよ!』


 正確には【勇者の卵】なのだが、まさかあのスキルを選択した者に出会えるとは思っていなかった。


 転移直前まで、このスキルについては様々な憶測がネット上で飛び交ったが、結局どういった効果は分かる筈もなく、一か八かで選択した者はかなり少ない筈の浪漫スキルだ。


(まさかステータス上昇に補正があるのか!? めっちゃ気になるけど……今は我慢だ!)


 流石にこちらの手の内を見せないのに、相手のスキルだけ聞き出すのはマナー違反だろう。お互い親密な関係を築いてから、後でゆっくりと聞き出せればそれでいい。



 銀髪の小柄な子、佐々木シノは【鑑定】持ちの少女で、装備は短剣と弓だ。少し名波に近い感じだが、二刀流ではないらしい。


 三人の中では一番闘力が低いが、魔力はそこそこある。もしかしたら魔法を覚えているのかもしれない。



 最後は青髪ポニーテールの剣士、門倉カエデだ。


 彼女は西洋剣を所持しているが、その戦い方は日本の剣道に近い。どうやら彼女は元々剣道を嗜んでいた武士系少女らしい。


 スキルは勿論【剣】で、魔力こそ少なめだが闘力はヒカリに次いで二番目となっている。



(やや前衛に偏っているが、やっぱ装備が貧弱だなぁ……)


 少し硬い個体か、攻撃的な性格の魔物が出たら危険なのでは? というのが俺の正直な感想だ。


 ポーションを複数本携帯していれば問題なさそうだが……他人事ながら少し不安なメンバーだ。




 浮島ダンジョンの1階層は広場と転移陣が設けられているだけで、至って普通の洞窟だ。だが2階層から下は全て水系フィールドになる。


 1階と同じく天井や壁は洞窟タイプの岩壁だが、地面には踝より下の水位まで水が浸っている。うっかり足を滑らせないよう気を遣わねばならない。


「2階層は流石に冒険者の数も多いね」


「このダンジョンは10階層までならE級冒険者も沢山いると聞いています」


 名波の呟きにリクが答えた。


 辺りを見ると、低ランクの若い冒険者が、Eランク相当の水棲魔物を相手に戦っている姿が散見される。


 魔物の種類はカエルに似たホッパーフロッグか海スライムが殆どのようだが、稀に小柄なワニ、アーリージョーが出没する。全てE級だが、アーリージョーは気を抜くと大怪我をする厄介な相手だ。


 だが俺たちがわざわざ足を止めて戦うような相手ではない。


「皆さんはB級なんですよね?」


 リクは俺たちの胸元にある冒険者証を見て尋ねた。


 ちなみに彼らの冒険者証はシンプルな鉄製の冒険者証だ。これはE級冒険者を意味する。


「ああ、成りたてだけどな」


「知ってます。昨日あの場には俺たちもいましたから」


 まさかギルドでの騒動を見られていたとは思わなかった。


 そういえば絡んできた連中の他にも、多数の日本人らしき若者を見た気もするが、彼らとも知り合いなのだろうか?


 俺がそれを尋ねると、リクは首を横に振った。


「いえ、俺たちも来たばかりなので詳しくは知りませんが、コミュから抜け出した日本人冒険者の殆どが王都郊外で活動していると聞いてます」


「そういえばそうだったな。そんなに王都は人気なのか」


 確かにファンタジー物と言えば、王都が舞台になる話も多かろうが、俺はどちらかと言うと地方領主が統治する場所でのストーリー展開が好物だ。


(ブルタークは……地方じゃないよな? 侯爵に目を付けられないといいけど……)


 孫娘であるアーネットとは良い関係を築けたと思うが、侯爵クラスともなると、この国でも指折りの権力者だ。どんな些細な事が切っ掛けで厄介事に発展するか分かったものではない。


(最悪、ホームを移すのもありだが、結構居心地良いんだよな、あの街…………)


 何れ王国外も旅するつもりだし、他の大陸にも進出してみたいが、半島内で活動する間はブルタークを拠点にしたいと考えている。逃げ出すような形で離れたくはないのだが…………




 考え事をしながら歩いていると、あっという間に10階層まで辿り着いてしまった。


「ボスは……留守か」


「残念。いたらリクたちに戦ってもらおうと思ってたんだけどなぁ」


 10階層のボスはジャイアントフロッグだ。正直デカいだけのカエルなので、彼らの腕試しにもってこいだと考えていたが、いないのであれば仕方がない。


「11階層に向かいますか?」


「勿論。時間は大丈夫だろう?」


「泊まりも考慮に入れていたので、僕らは平気です」


 リクたちはダンジョン内での野営もしっかり念頭に入れて準備してきたそうだが、正直俺たちは……というか、女性陣はマジックバッグ使用不可の状態での泊まり込みは絶対嫌だと念話越しに主張していた。


 簡易トイレや仮設風呂の恩恵を知ってしまった彼女らは、もう普通の野宿には耐えられないのだろう。


「悪いが、こちらは日帰りの予定だ。20階層で一旦戻ろう」


 俺たちはそのまま11階層へと降りていく。


 ちなみにボス部屋を抜けた先にある広場は少し高くなっており、床も水で濡れてはいない。このダンジョン内は階段を降りる手前は全て陸地で、且つ安全地帯となっているみたいだ。


 水系フィールドの殆どが川や湖の上で、骨休めできるのが階段付近だけなのだろう。



 11階層も洞窟内だが、先程よりも水位が上昇している。膝下くらいだろうか? 場所によってはもう少し深そうだ。


「これは……結構動きが阻害されるなぁ」


「成程、確かにこれでは低ランク冒険者には厳しいですね」


 魔物も一つランクが上がり、討伐難易度Dランクの個体も出てくるそうだ。


「魔物のランク自体は他のダンジョンと大差ないが……この足場が難易度を上げているなぁ」


 水面の様子を伺うと、ここに来る途中で見かけたホイガーらしき魚影が確認できた。あの魔物は基本人を襲わないと船頭が話していたが、それはあくまで野生ホイガーの話だ。


 ダンジョン内の魔物は必ず人間に襲い掛かってくるし、撤退の二文字はない。そこが厄介な点でもある。


「来るぞ! こいつはリクたちに任せてもいいか?」


「はい! みんな、やるぞ!」

「ええ!」

「任せて!」

「ああ!」


 ≪東方英傑≫のメンバーはそれぞれ武器を構えると、ジッと相手が近づいてくるのを待っていた。ダンジョンの魔物はこちらを捕捉すると必ず襲い掛かってくるという習性を利用する気だろう。


(正解だ! わざわざ足場が悪い状況で動き回る必要はないからな)


 ホイガーは一人だけ前に出ているヒカリをターゲットにしたのか、飛び掛かろうとするも、その瞬間リクの槍が胴を貫く。


 うん、正直このレベルなら簡単過ぎたか。デカい魚だがホイガ―は所詮Eランクの魔物だ。リクたちの敵ではなかったようだ。



 その後も一行は洞窟湖とでも呼称するのだろうか? 浅瀬の場所を選んでどんどん先へ進む。


 このダンジョンの特性として、50階層までは流れに逆らって進むと、下り階段が見つけやすいという法則性があるそうだ。


 この洞窟湖もそこまで急ではないが、僅かに水の流れが存在する。それに逆らって歩けば自然と先へ進める仕組なのだろう。


 道中Eランクの魔物と稀にDランクの魔物も現れたが、全てリクたちにお任せしてしまった。ポーターとして雇っている手前、本来なら俺たちだけで戦うべきなのだが、彼らは経験を積むために強い冒険者との同伴を願ってきたのだ。


 なら、沢山実戦を経験した方が良いに決まっているので、彼らが音を上げない限りは手を出さずに見守っていた。



 探索してから5時間経過し、ようやく20階層のボス部屋手前まで来た。


「ふぅ、移動に大分時間を取られるな。このダンジョン……」


 ここまでの魔物は大したことないのだが、浅瀬とはいえ水の中を延々と歩かされるのだ。水温はそこまで低くはないが、時間も体力もかなり消耗させられる。


 ボス部屋前も安全地帯ではないが、少しだけ陸地があるのでそこで小休止を取る。


「中のボスも僕らに任せて貰えませんか?」


 先程中をチラ見したが、幸運にもボスが滞在していた。だが相手はCランクの魔物なので、彼らにとっては格上の存在だ。


「うーん、こっちはいいけど、勝算はあるのか?」


 俺の見立てでは五分五分だと思っている。何か俺たちの知らない魔法やマジックアイテムなどの切り札があればいいのだが、いまいち決定力に欠けるのが彼らの弱点だ。


「危なくなったら撤退します。それと、出来ればピンチな時には助けて頂けると有難いのですが……」


 一緒に入って後から助太刀する分には、ダンジョンにも卑怯な行為とは取られない。何がOKで何がアウトなのかは、事前情報でしっかりと把握済みだ。


「別にいいぞ。ただし、手助けした瞬間にドロップ品は山分けだ」


 俺は少し意地悪な発言をしたが、リクはそれにしっかりと答えた。


「構いません。自分たちの命が最優先です」


「分かった。危なくなったら言えよ?」


 この年頃で、しかもファンタジー世界で成り上がろうという少年が、いざという時に他人の助力を請うのは嫌うと思いきや、彼はプライドよりも仲間の命の方を重く考えて行動しているようだ。


 俺たちなんかより、余程慎重に行動しているなと感心した。



 休憩を終えると八人揃ってボス部屋に入り、俺たち≪白鹿の旅人≫は洞窟内の端へ下がった。


 相手は一匹だが、討伐難易度Cランクのブルライノス、大型サイの魔物だ。特に魔法を使ってきたりはしないが、単純なフィジカルならCランク最強に近い危険な魔物だ。


「——【アイスバリアー】!」


 ここに来てリクが初めて魔法を行使する。


 彼の得意魔法は水属性だが、ここのモンスターは揃いも揃って水の加護持ちだらけで、相性の良くない相手ばかりだ。


 その中でも唯一有効な魔法が、この【アイスバリアー】だ。


 バリアー系魔法は同じ属性への耐性を増幅させる効果がある。つまり水の加護を持つ魔物の攻撃は、魔法に限らず全般的に耐性がつくのだ。


(成程、これで防御は少しマシになったな。でも、まだ少し厳しい相手だぞ?)


 この足場でタイマンという条件なら、俺でもあまり戦いたくない相手だ。


 そのブルライノスが唯一の技と言ってもいい突進攻撃を行った。狙いはよりによって一番小柄なシノだ。


「————【ライトニング】!」


 ここでシノが、なんと雷属性の最下級魔法を発動させる。


(魔力量が多いなとは思っていたが、まさか雷属性持ちだとは!?)


 相性抜群な魔法だが、流石に最下級では威力が不足していたのか、相手を怯ませるので精一杯であった。だが、その隙にシノは大サイの突進を躱す事に成功した。


 その隙に、横に散っていた三人が一斉に剣や槍でブルライノスを突く。


 ブモオーッ!?


 ブルライノスは暴れながら方向転換をする。今度は狙いを一番近くにいるリクに定めた。


 再び大サイが走り出すと、これまた同じようにシノが魔法を放つ。


「——【ライトニング】!」


 ブモオッ!?


 またしても突進が空振りに終わり、その隙にヒカリとカエデが攻撃を加える。


(あ、これハマったな……)


 完全にパターン化されてしまった。大サイは何か隠し玉を出すか、工夫をしない限りどうしようもない。しかし、ダンジョンの魔物は撤退の二文字を知らず、馬鹿みたいに相手へ突撃を繰り返すのみだ。



 結果、俺たちの助けなども必要なく、5度目の突撃で遂にブルライノスは地に伏した。



「お疲れ様。完勝だったな」


「あはは。ありがとうございます!」

「かなりタフだったね!」

「もう魔力が尽きそう……」

「相手が突進一辺倒だったので、助かりました」


 カエデの言う通り、今回は本当に相手が良かった。彼らの能力なら他のCランクでも全滅はないだろうが、相手によっては討伐が厳しい魔物も出てくるだろう。


「あ、宝箱だ!」


「ドロップもある! やったね!」


 宝箱の中には魔剣が入っていた。このパーティには剣士が二人いるから取り合いにならないかが心配だ。



 ボス部屋を抜けて俺たちは時間を確認した。


「もう遅いから、このまま出るか?」


「もし可能でしたら、少しだけ21階層を覗きませんか? 矢野先輩たちの実力も見てみたいですし」


 確かに、ここに来るまで俺たちは全く戦闘に参加しなかった。


 俺は別にいいのだが、シグネ辺りがかなりフラストレーションを抱えていそうだ。


「そうだね。少しだけ戦わせてもらおうかな?」


 俺もこの先のフィールドが気になる。


 階段を降りると、そこには大きな大河が広がっていた。


「うわぁ……。何だ、ここ?」


「両端に高い崖があるけど……あれってダンジョンの壁、よねぇ?」


 俺たちが今立っているのは大河の中央にある大きな岩場だ。背後の岩に階段がある、何とも奇妙な場所だ。


 他にも似たような岩場が大河のあちこちに点在している。川は深く流れは急で、足場から踏み外したらどこまでも流されてしまいそうだ。


「この岩場を足場にして川を上って行け、という事?」


「だろうな……。川に流されたら、マジでどうなるんだ?」


 流石に水底に沈んでしまえば蘇生もクソもないぞ!? こりゃあ恐ろしいマップだ。


 俺たちは恐る恐る、岩場を飛んで少し先に進んでみた。濡れていて多少滑るが、しっかりした足場なので、そう簡単に崩れる心配はない……と思う。


「あ、魔物が来た」


 名波が指す方角を見るも、水面に魚影は見当たらない。俺が不思議そうにしていると、名波が教えてくれた。


「矢野君、上だよ、上! 空飛んでる!」


「な!? あれは……ウィンドシャークか!?」


 以前ダンジョンボスの取り巻きとして出てきた魔物だ。


「ウィンドシャーク、ですか? もしかして風属性なんでしょうか?」


 ここに来て予想外の相手にリクは眉を顰めるも、俺は首を横に振った。


「いや、あいつも水の加護持ちだった筈だ。要は飛んでいるだけの鮫ってだけさ!」


「私がやりたい! いい?」


 佐瀬の魔法なら瞬殺なのだが、シグネが戦いたくてうずうずしていたので、ここは彼女に譲った。


「いっくよー!」


 GOサインの出たシグネはあろうことか、足場からジャンプして激流の中へ身を投げた。


「ええええ!?」

「きゃああっ!?」


 突然の行動に驚いた≪東方英傑≫の面々だが、そんな心配を余所に、シグネは【エアーステップ】の足場を利用して、ぐんぐん獲物へと近づいていく。


「——【スラスト】!」


 レイピアを一刺しでウィンドシャークは絶命すると、そのまま空中で姿が消えていき、やがて魔石が出現して川へと落ちていく。


「ああ!? 待てー!!」


 それを拾おうとしたのか、シグネは魔石を追ってそのまま川へダイブした。


「ぶふっ!?」

「ちょっと!?」


 流石にその行動には俺たち≪白鹿の旅人≫も驚いた。俺など思わず吹き出してしまった。


 だがシグネは風魔法【ゲイル】を放ったのか、突風の反動で川から飛び出ると、【エアーステップ】を利用しながらずぶ濡れで帰ってきた。その手にはしっかり魔石を持っていた。


「えへへぇ、ただいま!」


「ただいま、じゃない! 心臓に悪いだろうが!?」


 せめてリクたちの半分くらい慎重になって貰えないかと、俺は頭を抱えるのであった。








◇◆◇◆ プチ情報(人物紹介) ◇◆◇◆



名前:野村五郎

選択スキル:火魔法


 鹿江町町内会の会長。町会員や知人に声を掛け、鹿江町コミュニティを結成する。当然ネットでの募集ではなく非常時にと用意されていた拡声器で声掛けをしたので、集まった人数は少な目で、お年寄りばかりが集う形となった。




名前:田中源次郎(ゲン爺)

選択スキル:剣


 少し前まで剣道も嗜んでいたご老人。魔物を倒す事により、徐々に若い頃の勘を取り戻し、今では鹿江町でもトップレベルの腕前となっている。


 武術の経験を活かし、鹿江大学サークルの学生たちに稽古を付けたりもしている。シグネとは両親たちに次いで仲が良かった。




名前:熊谷勝治

選択スキル:弓


 本作では勝治という名前だけ出てきた。イッシンたちが初めて鹿江町コミュを訪れた際、イノシシを狩ってきたという噂の勝治さん。以降、出番無し……




名前:大槻礼二

選択スキル:健康


 北枝川町という鹿江町の近くにあった大きな町のコミュニティを束ねる人物。元々は駅前百貨店の店長をしていた。




名前:三船銀治

選択スキル:健康


 鹿江モーターズの社長兼、市長を自称する男。転移前は政界進出も目論んでいた野心家。現在は鹿江モーターズの拠点に引き籠って何やら画策中?

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