第87話 偽りの尋問

 イッシンたちとの会合を終えた新日本政府は、今後の方針について幾度も話し合いを続けていた。



「探索者制度は危険すぎる! あんな連中が今後も増えるとなると、治安維持に必ず問題が生じる!」


 そう発言した官僚はイッシンたちのデモンストレーションを見学した者の一人だ。自分の孫娘くらいの年齢の少女が魔法で的をスパスパ切断してみせたのだ。その光景を見ていた男はその時、内心震えあがっていた。


「しかし、もう既に賽は投げられてしまった。今更探索者制度を中止するなど……」


「そんなもの、探索者が問題行動を起こしたとかで即刻中止にすればよい! 我々の手に余る超人を生み出すなど……国家が崩壊するぞ!!」


 問題の争点は、今後生まれるであろう高ステータスの者たちをどうやって管理するかにあった。


 イッシンたちの実力はそこまで規格外ではなかったものの、仮に彼らクラスの探索者が増え続けるとなると、やはり治安に問題を抱えるだろうという意見が多かった。


 だが、それに異を唱える者もまた多い。


「冷静にお考え下さい。遅かれ早かれ、いずれ彼らのような傑物はどうしても出てきます。それに魔物や敵性国家には、どう対応をするおつもりなのです!? いざという時にステータスの低い者だらけでは、それこそ国の存続が危ぶまれます!」


「その通り! 今は一人でも多くの強者と魔石が必要なのだ! 探索者が強くなること自体は良い傾向だ! その分、自衛隊員の実力も底上げをすれば、治安には何も問題はない!」


 そう主張するのは自衛隊の将校たちだ。


 彼らは先のドラゴン襲撃事件、実際にはワイバーンであった可能性が高いそうだが、その時の反省も踏まえ、もっとステータス強化に取り組むべきだと主張する。


「ならばせめて時間を稼ぐべきだ! 自衛隊員が探索者を御しきれるまで、制度は一旦中止にすべきです! 総理!!」


「うーむ……しかし、既に一度始まった制度を中止となると、またマスコミが騒ぐしなぁ……」


 新日本国初代内閣総理大臣である蛭間大門ひるまだいもんは、ここに来て自分の支持率が低下している点を気にしていた。これまで全て順調だったのに、竜の襲撃によって一転してしまった。


 そして今その低迷した支持率を巻き返すべく走らせた期待の政策が、その探索者制度なのである。



 小山元総理からの発案というのは気に入らないが、蛭間自身も妙案だと縋りついた結果がこれである。


(くっ、やはりあんなロリコン総理の案など、採用するべきではなかったか!?)


 最終的には自分自身が選択したにも関わらず、蛭間は無責任にも発案者である小山を呪った。


「それだけではない。情報提供者の話では、ここより南方に王制を敷いている国家があるという話ではないですか!? そこにも日本人は多数いると言っていた。その国家は将来的に敵と成り得るのか、それとも国交を結ぶのか……早い決断が必要です! 総理!」

「総理!」

「総理っ!」


「そ……それについては……今後も慎重に調査を進める必要がある!」


 近隣国家との国交どころか、同じ自治区に住む部族とも、まだまともに友誼を結べていない状況なのだ。国として他国と接触を図るには早計過ぎるのだ。


 だが魔導電波の技術が仇となったようで、国民たちも外部の者との連絡が徐々にだが取れるようになったことを知ってしまった。既にマスコミもイッシンたち外部の協力者の存在を嗅ぎつけ始めている。


 民衆の目は完全に外の領域へと向けられていた。一刻も早い決断を迫られているのだ。



 総理たちの話し合いは本日も夜遅くまで続けられるのであった。








 王都郊外のギルド支部で思わぬタイミングでBランク昇級を果たし、その結果から嫉妬を買い、襲い掛かってきた者たちを俺たちは返り討ちにした。


 その後、闘技場諸々が気になるシグネに押される形で、一度王都内も見学してみようとなり、俺たちは王都郊外の外壁を一つ通り抜け、王都ハイペリオン第三区への入り口となる門にやって来た。


 第三区への門は三カ所あり、俺たちは一番近い東門から入ろうとした。


「次の者! 許可証を提示して、来訪目的を告げなさい」


 俺たちは全員渡されたばかりのB級冒険者証を見せて、観光で来た旨を伝えた。


「B級冒険者!?」

「君たち、全員が!?」


 二人組の衛兵たちは驚いた表情で俺たちと冒険者証を何度も交互に確認し、やがて冒険者証が本物であると納得できたのか、俺たちはそのまま第三区内へと通された――――と、思ったら、奥から別の鎧を着た衛兵が現れて、俺たちの行く手を塞いだ。


「君たち、悪いが少し時間を頂けないか?」

「現在我々はある捜査を行っている。詳しい事情は担当の者が到着次第話すので、それまでこちらで待機をしていてくれないだろうか?」


 口調はそれなりに丁寧だが、衛兵たちは有無を言わせぬ勢いで、俺たちはあれよあれよという間に、東門近くに備えられていた部屋へと連れてこられた。


 堪らず佐瀬は念話で俺に話しかけてきた。


『ちょ、ちょっと! これって、どういう事!?』


『あー、こりゃあ恐らく転移者……日本人狩りだろうなぁ』


『『『日本人狩り!?』』』


 物騒なワードに三人は驚いた声を念話越しに上げていたが、何も不思議な事ではないだろう。


 恐らく王国はとっくのとうに異世界人の存在に勘付いている筈だ。そして王国内の転移者の殆どが日本人、ここらでは珍しい黒髪の人種という事も知っている訳で、こうやって王都を訪れた黒髪の者を捕まえては、あれこれ尋ねまわっているのだろう。


 王都郊外では普通に日本人たちが冒険者活動をしていたから、少し楽観的に考えていたが、やはり第三区以降は監視の目も厳しいのだろう。


『そ、それ、まずくない!?』


『うーん、どうなんだろう? ケイヤの話だと、悪くても軟禁されるくらいだろうけど……』


 郊外にいた日本人冒険者たちの件も考えると、問答無用で捕らえるというより、現状は監視が付くとか要注意人物リスト入りするとか、その程度だと予想している。


 だとしても、自由が利かなくなるのは少し困ってしまう。


『シグネ、この中に【鑑定】持ちはいるか? 後、おかしなマジックアイテムとかはないか?』


『え? 鑑定士はいないけど…………マジックアイテムもないみたい』


『だとすると…………連中は今頃、鑑定士を呼んでいるな』


『さっき言っていた“担当の者”って奴!?』


『だろうな。鑑定スキルで【自動翻訳】があるのか確かめるつもりだ。あれば異世界人確定って寸法だ』


 元地球人はもれなく全員が【自動翻訳】スキルの所持者だ。尤もこの世界の人も【翻訳】や、その上位版の【自動翻訳】スキル持ちはいるそうだが、極めて少数だそうだ。


(全く、女神様も厄介な事をしてくれたものだ)


 ただ、このスキルには非常に助けられているので、あまり強くは文句を言えない。


『イッシンは≪偽りの腕輪≫でスキルを偽装できるけど、私たちは完全にアウトね。どうしよう?』


 シグネも鑑定を妨害できる≪不視のイヤリング≫を所持しているが、隠すと却って不審がられるだろうから、今の内に外した方が無難だろう。


『うーん、一人ずつ別室で取り調べをするつもりなら、腕輪を使い回してってやり方も可能かもしれないが……』


 そこまでザルな取り調べはしないだろう。正直どこまで誤魔化せられるだろうか?


 後は【自動翻訳】スキル持ちだけど現地人だって言い張るくらいしか思い浮かばないが、そんなゴリ押しが通るのだろうか?



 そんな事を考えていると、早速その鑑定士らしき文官が現れた。だが、俺は彼が鑑定士かどうかよりも、その指に嵌めているモノが気になった。


『シグネ! あいつが鑑定士か!? それとあいつが指に嵌めているモノは何だ!?』


『うん、あの人が鑑定士だよ! それと指に嵌めてるのは……ああ!? ≪審議の指輪≫だ!』


 それは俺たちも所有している、虚偽を判別するマジックアイテムだ。


(しめた! あれで調べる気なら、もしかしたらゴリ押しが通用するかもしれない!)


 だが、これは逆にチャンスだ。


『みんな! あいつの指輪が例のアレなら、以前試した通り、やりようがある! 会話をする際には細心の注意を払うんだ!』


『ああ! 例の裏技ね!』

『……大丈夫かなぁ?』

『分かったよ!』


 後は運次第だ! 最悪バレたら謝ればいい。



「お待たせした。諸君らには幾つか質問をさせてもらう。まず、そこの黒髪の君に問うが、出身地を教えてくれないか?」


 鑑定士である文官は真っ先に佐瀬へと話し掛けた。やはりこいつらは黒髪で【自動翻訳】持ちの彼女らを日本人だと断定しているな?


 更に用意周到と言うべきか、虚偽を見極める≪審議の指輪≫まで持ち込んでくるとは…………だが、今回はそれが裏目となる!


『……佐瀬、俺たちの出身地の設定・・は?』


 俺は彼女が質問に答える前に、念話で佐瀬に質問を重ねた。佐瀬は俺の質問を聞いた後、そのまま男の質問に応じた。


「この大陸内のどこかにある田舎の村です。なにぶん小さな村だったので、自分たちの故郷の名前も碌に覚えが無く…………」


 俺たちが予め決めていたカバーストーリーを佐瀬は語り出した。同じメルキア大陸なのは間違いないと思うが、田舎村の出身で、船に乗っていたら流されて半島に流れ着いた。場所も明確に覚えていない――――という設定だ。


 余りにも怪しさ満点で嘘だらけのストーリーだが、彼のマジックアイテムに反応はない。


 それは俺が彼の質問を上書きしたからだ。


 相手が質問した後に、他の誰かが質問を被せたらどう反応するのか、という指輪の実験を俺たちは既に試している。結果はご覧の通り、後者の質問が優先される。しかも俺の質問は念話越しなので、彼らが質問を上書きされているという事実に気付く事はない。


 これは≪審議の指輪≫の性能を逆手に取った、念話による裏技である。


「む? そ、そうか……。そちらの君も同じかね?」


 怪しさ満点の回答であったが、指輪に嘘の反応が見られず困惑した男は、今度は名波にターゲットを変えてきたが、この質問内容ならとくに横槍を入れる必要はない。


「はい、彼女と同じです」


(これも嘘偽りなし! だって同じ設定だからね!)


 鑑定士は、今度はシグネに尋ねた。


「君たち三人は同じスキルを持っているかね? ああ、冒険者にスキル構成を聞くのはマナー違反だとは思うが、この件は王命でもある。王都に立ち入った以上、正直に話して欲しいのだが?」


 これは間違いなく【自動翻訳】スキルの事を指しているのだろう。俺だけは≪偽りの腕輪≫の効果でスキルも偽装済みだが、他の三人は鑑定士にしっかりと見られてしまっている。


『シグネ、その質問は”YES”だ!』


「その質問はイエスだ!」


(馬鹿!? “はい”とか“そうです”とか、もっと言い方あるだろうが!?)


 まさか一字一句そのまま発言するとは思っても見なかった。そりゃあ発言に気を付けるように言ったけどさぁ!


「い、いえす? はいって事かね? それで、そのスキルを持っている者たちを、君は他にも知っているかね?」


『うーん……ここは“はい”と答えておこうか』


「はい!」


 シグネは元気よく答えた。


 シグネが【鑑定】の上位互換である【解析】持ちなのは、鑑定士もとっくに見抜いているだろう。鑑定できるのに、これまで【自動翻訳】スキル持ちを見かけなかったというのは些か不自然と捉えられるかもしれない。


 だから、ここは“はい”で問題ない。


「成程! ちなみに、そのスキルを持った者たちは何処で見かけたかね?」


 ここは誤魔化す必要がある。


『シグネ! 質問の上書きだ! シグネが最初に獣人を見た場所は何処だ?』


 頼む! 意図を汲んでくれ!


「えっと、初めてブルタークの街に行った時に見たよ! じゃない、見ました!」


 ブルタークの街に入る際、列の前に居た青毛の狼族がシグネのファーストコンタクトな筈だ。初めて獣人族を見たシグネが騒いで怒られたのが印象的だ。


「む、その者も君たちと同じ黒髪かね?」


『普通に答えて良いぞ!』


 俺が念話で囁くと、シグネはいよいよ頭がこんがらがってきたのか、首を捻りながらもなんとか答えた。


「狼族の人は青髪だったよ」


「お、狼族? 人族ではなかったのか?」


 いいぞ! いい感じで鑑定士を困惑させる事に成功できた。



 鑑定士はブツブツと独り言を呟きながらも、漸く頭の中を整理したのか、質問を再開した。


「君たちは“チキュウ人”、“ニホン人” 、“女神アリス”、その何れかの言葉に、聞き覚えはあるかね?」


 遂に質問内容をストレートにしてきた。彼らも日本人の存在を隠している手前、表立って聞けない事情でもあるのだろう。


『三人とも! 俺の初恋の子の名前、知ってる?』


 ここは質問の上書きで対応だ。


「…………いいえ」

「知りません」

「知らないよ!」


 だよねぇ。知っていたら逆にビックリだわ!


「そうか……君は?」


 答えていない俺に鑑定士がじろりと睨んで尋ねてきた。


『誰か質問プリーズ!』


 俺だけは初恋の子を知っているので、このままだと困ってしまう。


『……私の初恋の相手、知ってる?』


 佐瀬からさっきのお返しだろうか。そんな質問が飛び込んできた。


 まさか“俺”なんてことはないよね?


「さぁ、知りません」


 俺が答えると鑑定士の指輪が振動していた。


(えええええ!? ど、どういう事!?)


 鑑定士の俺を見る目つきが鋭くなっていった。


(あ、あの指輪が反応するって事は、俺が嘘をついたわけで……え? ええ!?)


 若干パニックに陥る俺に、鑑定士が更に質問を畳みかけた。


「本当に聞き覚えはないのかね? よく思い出して欲しいのだが……先ほども言った通り、これは王命である。虚偽の申告は……分かるね?」


 あかん! さっき指輪が反応してしまったので、少なくとも俺は先ほどの質問内容を偽ったという事になる。ど、どうしてこうなった…………


 俺は必死に頭を働かせながら、ある逃げ道を思い浮かべた。


「そ、そういえば! よく思い返したら一つだけ、聞き覚えのある単語がございました!」


「……それは本当かね?」


「はい! 女神アリスを崇拝するという怪しい集団の話です」


「なんと!? その話は一体何処で聞いたのだね?」


 俺は必死に嘘をつかないよう、慎重に言葉を選んで答えた。


「はい。私がまだ故郷(の地球)に居た頃、そんな女神を信奉する者たちの噂を(ネットで)聞きました。ただ、残念ながら、今どこでどうしているかは一切存じ上げません」


 これは本当だ。女神本人からもQ&Aで許可を貰ったとかで、アリス教なる新興宗教がネット上でも話題になっていたのだ。転移後はどうなったのか、それは俺にも分からない。


「そ、そうか……。ちなみに君の故郷というのも?」


「はい、彼女たちと同じ(地球)です!」


 よし! 乗り切ったー!!


「ちなみに他のワードは? ”チキュウ人”、“ニホン人”に心当たりは、本当にないかね?」


『こいつ、しつけーな! 誰か質問プリーズ!』


『あはは……。数年前に私が落としたお金の行方に心当たりは?』


「無いですね。全く無いです!」


 今度こそ指輪は……ふぅ、反応しなかったようだ。


「そうか……」


 鑑定士はかなり俺たちの事を怪しんでいたが、≪審議の指輪≫を身に着けている以上、その情報を信じざるを得ない。くっくっく……



 結局俺たちはその調査とやらに関わり無し、という扱いで無罪放免となった。ただ俺以外のステータスを国の上層部に知られてしまったのは痛手であった。


「イッシン、その……ごめんなさい」


「ん? 何で佐瀬が謝るんだ? まぁ、無事乗り切ったんだから良しとしよう!」


「そんな事じゃ……ないんだけど(ボソボソ)」


 結局指輪の反応した場面は良く分からなかったが、これにて一件落着だ。俺たちは第三区にある宿に予約を入れてから、日が暮れるまで街中を観光するのであった。








 夕飯は宿近くの大衆食堂で取る事にした。酒よりも料理に力を入れている店だけあって、店内は騒がしくもなく、料理の方も絶品であった。


「美味しいけど、どこも物価が高いね」


「王都は高いと聞いていたけれど……確かにこれじゃあ生活するのも大変ね」


「王都の第三区は庶民区や平民区なんて呼ばれ方もするそうだけど、王都住まいな時点で勝ち組だからなぁ」


 一つ外の外壁内ならともかく、第三区内に住んでいる平民も十分富裕層の部類だ。


 冒険者や兵士は王都暮らしを夢見て、また商人は王都に店を持つ事を目指して働くのだと聞いたことがある。


 この辺りは魔物も野盗も現れず、特に大きな災害にも見舞われない、人が住むには最適な土地なのだ。伊達に王都に選ばれる場所ではないという訳だ。



 その安全な暮らしを買う為に、金持ちたちは王都を目指してやってくる。金がなくてもダンジョンや闘技場で一発逆転を狙う荒くれ者たちも、ひとまず王都郊外を目指すのだ。


 ここは様々な理由で人が集まる。交易街ブルタークとはまた違った魅力がある街なのだろう。



「でも、闘技場が休業中とは思わなかったなぁ」


 理由までは分からないが、現在闘技場は長期休業と先々週辺りから御触れが出ていたようだ。尤も、試合に参加する為には色々条件や登録などもあるらしく、無名の飛び入り参加は難しいので、どの道今回は参加できなかったのだ。



「明日はどうするの?」


「私、ダンジョン行きたい!」


 先程までは闘技場が休みで落ち込んでいたシグネだったが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。


「私も湖上のダンジョンには興味あるかな」


「それじゃあ、明日行って見るか」


 場所は既にギルドで聞いてきた。



 俺たちは明日の準備を整えると、王都の宿で一夜を過ごすのであった。








 王都ハイペリオンの北西部には大きな湖が存在する。


 名をエイラン湖


 その名がもじってエイルーン王国が成ったとも伝えられる、由緒正しい湖だ。


 その南部の湖畔にはハイペリオン城がそびえ立っている為、湖の南側は如何なる者の立ち入りも許されていない。故意に侵入した場合は、極刑もあり得る程の重罪だ。



 今回俺たちが訪れるのは湖の北側にある浮島だ。


 浮島と言っても実際に浮いている訳ではなく、要は湖の中にぽつんとある小さな島のひとつだ。そこにダンジョンへと繋がる入り口が存在するらしい。



「浮島まではこの船で案内してくれるって」


 妙な所にあるダンジョンだが人気はそこそこで、浮島行きのボートがあちこちの船着き場から毎日何往復も出ている。


 そのひとつに俺たちは乗り込んだ。


「おや? 可愛らしいお客さん方だ。お前さんらも冒険者か? ポーターには見えないが……」


「ふふーん。こう見えてもB級冒険者だよ?」


 シグネが自慢げに船頭に銀の冒険者証を見せつけると、男は驚いていた。


「こりゃあ魂消た! B級冒険者は何度も乗せた事はあるが、お前さんたちのような子がなぁ……!」


「へへーん!」


 シグネは誇らしげに胸を逸らした。



 俺たちは船頭の漕ぐ小舟に揺られながら、湖の絶景を楽しんだ。


「あ! あそこに大きな魚が泳いでるよ!」


 名波が指す先の水中には、彼女の倍ほどはある魚影が見えた。


「あれって魔物じゃないの!?」


 日本ではなかなかお目に掛かれない巨大魚に佐瀬はギョッとするも、船頭は笑って答えた。


「ありゃあ、ホイガーだべ。確かに魔物だが、人が喰われたとは聞いた事ねえべなぁ。獲ろうとすりゃあ反撃もしてくるだろうが……」


 どうやら実質無害な魔物らしい。


 寧ろ湖の漁師たちにとっては獲物でしかないようだが、獲るには相応の装備が必要らしく、今回はスルーとなった。


 ちなみにかなり美味しいらしい。


(マジックバッグを使えば簡単に持ち帰れるんだが……今回は諦めるか)



 船を出して貰って20分経たずに、例の浮島へと辿り着いた。


 その島は外周2kmにも満たない小島だが、あちこに桟橋が設けられており、陸は多くの人で賑わっていた。冒険者だけでなく、商人や兵士の姿も見えた。


「さ、着いたべ! お前さんらの幸運を祈ってるぞ!」


「「「「ありがとうございます!」」」」


 船頭に礼を言い、俺たちは早速ダンジョン入り口を探した。


 人の流れでダンジョンの場所はすぐに見つかった。島の中央にある小さな岩山にぽっかりと空いた穴がある。その両サイドに見張りの兵士が立っている事から、あそこがダンジョン入り口で間違いなさそうだ。


(確か、浮島ダンジョンは王族が管理しているんだったか?)


 ダンジョン内でのドロップ・発掘品は基本持ち帰り自由だが、上位の治療系ポーションと収納系・偽装系アイテムは報告の義務が課せられている。


 場合によっては王家がその品を直接買い取るそうだ。



 俺はチラリと見張りに立っている兵士と、その近くに設けられている建物の様子を探った。


 入場する冒険者は基本スルーだが、探索から戻ってきた者たちには必ず声を掛けていた。遠すぎてよく聞き取れないが、恐らく該当するアイテムを持ち帰ったか尋ねているようだ。


 その際、兵士の一人が同僚の手元を気にする仕草を見せた。


(……成程。多分あの兵士も虚偽判定できるマジックアイテムを身に着けているな)


 その証拠に、兵士たちは一切荷物検査を行っていなかった。


 帰還した冒険者に何点か尋ねた兵士は、マジックアイテムを所持していると思われる兵士にアイコンタクトを送り、問題無いという合図なのか、彼が頷くとそこで冒険者たちは解放された。


 俺は小声で佐瀬に【テレパス】を催促した。


『どうしたの?』


『多分だけど、見張りの兵士の一人が≪審議の指輪≫のようなアイテムを身に着けている。それと、もしかしたら鑑定士も常駐しているかもしれない』


 恐らく入り口付近に建てられている兵士の詰め所らしき施設に、アイテムを鑑定できる人物がいるか、鑑定系のマジックアイテムでも置いてあるのだろう。


『特に荷物検査とかはしていないようだから、マジックアイテムを極力見られないよう心がけるのと、兵士に嘘だけはつくなよ?』


『『『了解!』』』


 しかし≪審議の指輪≫を早い段階で入手出来たのは本当に幸運だった。それと佐瀬の【テレパス】も秘密保持に大分貢献している。このどちらかが欠けていても、こう上手く俺たちの秘密を隠し通す事が出来なかっただろう。


『問題ないようだからダンジョンに入るとするか』


『やったー! 浮島ダンジョン、楽しみ!』


 いざ、ダンジョンに踏み込もうと足を進めると————


「あのぉ……お姉さんたち、ちょっといいですか?」


 ————横から見知らぬ少年に声を掛けられた。








◇◆◇◆ プチ情報(人物紹介) ◇◆◇◆



名前:ダリウス・リンクス

選択スキル:槍


 元地球のリトアニア出身でシグネの父。年齢はイッシンより少し上。一家三人での日本旅行中に一斉転移事件に巻き込まれ、困っていた所をイッシンに助けてもらう。


 そういった経緯からイッシンを高く評価しており、他人でも命を懸けて身体を張れる男だと見込んだ故に大事な一人娘を預けている。


 鹿江町コミュニティでは貴重な若い男性という事も有り、主に外回りの仕事を請け負っている。周辺警護、魔物の間引き、町への買い出しや護衛など、その仕事は多岐に渡る。




名前:ジーナ・リンクス

選択スキル:水魔法


 シグネの母。水魔法を使える事から、鹿江町コミュニティ結成の初期段階ではかなり重宝されていた。


 今では町に水道管も通った事から頼られる場面も減ったが、ジーナは普段の生活で水を使用する際には、極力己の魔法で代用している為、その技術は人知れず上達し続けている。


 魔法だけならば実力的にはC級冒険者並の腕前はあるが、闘力は然程高くはない。

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