第86話 王都、来訪

 王都ハイペリオン


 エイルーン王国の首都となる王国最大の都市だ。


 人口・規模、共にブルタークの2倍以上で近くにはそこそこ大きな湖が存在する。


 湖の畔に古城が建っており、名をハイペリオン城という。この王都の名の由来となっており、その城から町が発展していき、やがて大きな都市となった。


 神秘的な白亜の建築物でもある古城は王都の観光名所になっているが、それと同時にこの国の中枢機関でもある。王族が実際に生活を送っているのは近くにある真新しい建物の離宮の方だが、城には多くの文官・武官が通い詰め、政に精を出している。


 ハイペリオン城近郊エリアは主に行政区や貴族の居住エリアとなっており、第一区と呼ばれている。


 その外周に富裕層や下級貧乏貴族の自宅がある第二区、更に外側に庶民の居住エリアがある第三区と構成されている。


 北側と西側は湖なので天然の堀となっているが、それ以外の場所は各区毎に高い外壁が設けられており、検問所以外からは通行出来ない造りとなっている。


 そして第三区の外側には更に大きな城壁が備わっている。


 ここまでが城下町であり、一般的に王都と呼ばれる場所に当たる。


 その外側にも居住区や農業地区、そしてやはりスラムなども存在する様だが、そこは纏めて王都近郊と称される地域だ。



 俺たちは今、その王都近郊にいた。



「王都には冒険者ギルドの支部が二つある。王都郊外と第二区だそうだ」


 俺の説明に佐瀬は首を横に傾げた。


「何で二つに分かれているのかしら?」


「うーん。やっぱ規模が大きいのと、後は富裕層向けの依頼か、それ以外かで分けてるんじゃないか?」


「でも、ここら辺は魔物も野盗も殆どいないんだよね? 冒険者って需要あるの?」


 名波の疑問は尤もだが、それがどうやら、あるようなのだ。


「王都は人も店も多い。小間使い系の依頼なら選り取り見取りだそうだ。後は外への護衛依頼だな」


「うわぁ、夢のない職業ねぇ……」


 所詮冒険者など、食うに困ったものが辿り着く最終就職先のような場所だ。城下町で暮らす王都民なら兎も角、郊外で暮らす貧民にとっては貴重な働き口なのだろう。


 だが、王都には冒険者たちにとっても憧れの場所が三つ存在した。


「実は王都には二つのダンジョンと闘技場が存在する」


「ダンジョン!?」

「しかも二つ!?」

「と、闘技場!?」


 三人は目を輝かせていた。


 しかし名波とシグネは分かるが、佐瀬もいよいよ二人に毒され始めてきたのか、血生臭い事にも興味を持ち始めた様子だ。


「ああ、一つは湖の中にある浮島のダンジョン。もう一つは王都から東にあるダンジョンだ。それと闘技場は第二区と一区の間に存在する。定期的にマッチング戦や武術大会なんかも開かれる歴史ある場所らしい」


「何でそんな面白そうな事を教えてくれなかったの!?」


 俺の説明にシグネが地団駄を踏む。


「だって、言ったら行きたいって言うじゃん?」


「行きたいよ! というか、来ちゃったよ!? 参加したいよ!!」


 ほら、来た。だから言いたくなかったのだ。


「悪いが闘技場には参加しないぞ? あそこの上位入賞者は貴族に目を付けられる。参加者はそれこそが目当てだろうが、俺は嫌だぞ?」


「うっ! でも、正体を隠したりすれば……駄目?」


 シグネがしょんぼりしながらも上目遣いでこちらを見てくる。


 止めろ! その目に俺は弱いのだ!


「まぁ、マフラーで変装すれば……いや、しかし鑑定士の目もあるかもだし……う~ん……」


「こいつ、シグネには本当に甘々ね」


 煩い! 男の半数以上は潜在的なシスコンなのだ!


「一度下見をしてからだな。マジックアイテム無しだとしたらルールに抵触する。その際は出場禁止だ」


「約束だよ! 言質取ったからね!」


 何時になくグイグイくるなぁ、シグネちゃん。いや、探索者の時もそうだったか。


「私は闘技場よりダンジョンが気になるかな。湖上のダンジョンなんてお洒落じゃない?」


「俺も又聞きだから詳しくは知らないんだ。依頼の報告もしなけりゃだし、一度ギルドに顔を出そう」



 俺たちは近くにいた人に場所を尋ね、郊外にあるという冒険者ギルドを訪れる事にした。




 郊外にある方のギルドは建物こそ大きいがブルターク程ではなく、お世辞にも綺麗とは言えなかった。カプレット支部以上ブルターク支部以下、といった評価だ。


 俺たちが中に入ると、女子供のパーティはやはり悪目立ちをするのか、荒くれ者どもの注目の的であった。佐瀬たちの美貌を見た男たちの一人が口笛を吹く。


(久しぶりな雰囲気だなぁ。ブルタークでそんな命知らずは最早いないけど……)


 俺は佐瀬に極力大人しくするよう事前通達してある。舐められるのも問題だが、初めて来る王都のギルドでいきなり揉め事は避けたい。


『あ! あっちの奥に座っている人、多分日本人だよ! あそこにも!』


 シグネから指摘された場所を向くと、確かに黒髪の男や女の姿がちらほら見えた。どうやら王都には思った以上の転移者が存在するらしい。


 気にはなるが、今はそれよりも依頼の報告だ。


 俺たちは受付らしい場所に向かうと、丁度空いている男性職員のカウンターへ向かう。美人受付の場所は人気で列が出来ているようだが、ご年配の方や男性職員の受付は空いているようだ。分かり易すぎて思わず苦笑する。


「依頼達成の報告です。ご確認お願いします」


「えー、≪白鹿の旅人≫の皆様ですね。確認しますので少々お待ちください」


 依頼票を受け取った男性職員は奥の方へ姿を消すと、数分後にようやく戻ってきた。


「依頼達成おめでとうございます。報酬の金貨3枚です。お受け取り下さい」


 3日間の労力で金貨3枚は、俺たちにしては少ない方だが、護衛報酬としては破格な額だ。しかも俺たちは実質同伴しただけで飯まで奢ってくれたのだ。他の冒険者たちの耳に入ったら羨ましがられる事請け合いだろう。


「それと今回の依頼をもって、皆様の昇級が確定しました。冒険者証を更新しますので、ご希望でしたら手数料とご一緒にお渡しください」


「え? それってB級昇格って事ですか?」


 俺の驚いた声に職員が頷いた。


「はい。≪白鹿の旅人≫は一定のポイントに到達しましたので、手数料さえお支払い頂ければ、今すぐB級に昇格できます」


「し、試験とか無いんですか? 確かC級の時にはありましたが……」


「B級への昇格条件は一定のポイントを稼いだ上、討伐難易度Bランク以上の魔物の魔石を5つギルドに納める事です。貴方たちは既にその条件をクリアしております」


 なんと、どうやら面倒な試験を受けずして、手数料さえ支払えばすぐに昇級できるらしい。勿論、俺たちは昇級を希望して手数料を支払った。


「確かに受け取りました。更新には30分ほどお時間を頂きますので、ギルド内でもう少々お待ちください」


「ラッキー♪ なんか護衛依頼を受けてからツイてるなぁ」


「でも、もう護衛依頼なんて嫌だからね」


「これで私たちもB級かぁ……!」


「やったね!」


 シグネがぴょんぴょん飛び跳ねていると、後ろから男たちが近づいてきた。


「おいおい。こんなガキ共がB級冒険者だぁ? 冗談だろ!」


 さっそく目を付けられてしまった。どうやらはしゃぎ過ぎたようだ。


「全然強そうに見えねえぞ、こいつら?」

「大方、どっかでくすねた魔石をギルドに売り払ったんじゃねえのか?」

「それかそっちの綺麗な姉ちゃんたちの身体を使って、他の冒険者にでも媚を売ったか?」


「はぁ? 何それ? モテない男のひがみかしら?」


 我らが斬り込み隊長、佐瀬様がさっそく突っ掛かった。流石に今のは聞き捨てならない台詞なので向こうが悪い。


「なんだと、このクソアマが!」

「女……調子に乗るなよ……!」


 佐瀬と彼らは正に一触即発モードであった。


『シグネ、こいつらのステータスは?』


 念の為、俺は絡んできた男たちの実力を確認する。


『一番強いので闘力が800、魔力は150くらい。雑魚だね』


 闘力はあくまで強さの目安に過ぎないが、流石に開きがあり過ぎると相手にもならない。佐瀬の闘力にすら、こいつらは届いていないのだ。まぁ、何時も通り【ライトニング】で一発だろう。


 俺が困った表情でため息をつくと、その騒動に加わる者が現れた。


「おいおい、おっさんたち見苦しいぜ? 寄って集って女の子一人相手に恥ずかしくないのか?」


 新たにエントリーした者は黒髪の青年、先程シグネが日本人だと指摘した者の一人であった。彼の他にも同じ日本人だと思われる冒険者たちがぞろぞろと集結する。


「なんだ、テメエら! 関係ねえだろ!! 引っ込んでいやがれ!!」


「それがそうでもないんだなぁ。彼女は俺たちの同郷だ!」

「彼女に手を出すのなら、俺たちが相手をするぜ?」


 体格こそ最初に絡んできた男たちの方が上だが、日本人グループの人数は彼らの倍以上いた。流石に状況の不利を悟ったか、男たちは佐瀬に手を出すのを諦めたようだ。


「け! テメエらだって群れてやがるじゃねえか!」

「どうせその女の身体目当てだろうよ!」

「白けたぜ! 雑魚同士、群れて粋がってやがれ!」


 去る間際まで暴言を吐き続けた男たちを佐瀬は睨みつけたが、俺から騒ぎを起こすなと言われたからなのか、どうやら思い留まってくれたようだ。


(すまんな、佐瀬)


 ギルド内ではあまり大騒ぎしたくはない。ただし、今度外で会ったら好きにしていいぞ?


「大丈夫かい? もう安心だよ」

「連中は僕らが追い払ったよ」


 それよりも、今度はこっちの方が心配だ。三人組の冒険者を追い払った日本人の青年グループが佐瀬に声を掛けてきた。


「へ? ええ、ありがとう。問題ないわ」


 佐瀬が軽く礼を言うと、青年たちは頬を赤らめながら口を開いた。


「どうだい? もし良ければ僕らとパーティを組まないかい?」

「そっちの女の子たちも一緒で問題ないよ」

「君たち、王都は初めてだろう? 僕らが色々案内してあげるよ」


「あー、結構よ。私、既にパーティに入っているから」


 佐瀬がきっちり断ると、男たちの表情は一変した。


「助けておいてその態度はないんじゃないかな?」

「君も見ただろう? ここは女の子だけだと危険だよ?」

「君の為にも、僕らと共に行動するべきだと思うよ」


 うわぁ、更に話がややこしくなってきた。


 佐瀬は顔を顰めて男たちを突き放すように語りかけた。


「助けてと言った覚えは無いわ。それとアンタたちの目は節穴? 彼もパーティメンバーだから女子だけじゃないわ。ハッキリ言ってありがた迷惑よ!」


「ぐっ、なんて女だ!?」

「下手に出たら、いい気になりやがって……っ!」

「どうやら実力差が分かっていないようだね?」


『シグネちゃーん。こいつらの闘力はー?』


『闘力500前後の雑魚だよ』


 さっきの奴らの方がマシじゃねえか!?


 何でその闘力でB級昇格が決まった俺らに喧嘩を売るのかなぁ。そろそろ佐瀬も堪忍袋の緒が切れたのか、周囲に雷をバチバチ展開し始めた。


「へぇ……実力差、ねぇ? なら、教えてあげ————」

「————≪白鹿の旅人≫の皆様、お待たせしました!」


 なんとも絶妙なタイミングでギルド職員から声が掛かり、俺たちは一斉にそちらを振り向く。どうやら新しい冒険者証が出来上がったようだ。


「…………アホらし」


「あ! お前、どこに行く!?」


 すっかりやる気を削がれた佐瀬は、青年たちを無視して受付カウンターに向かった。流石にカウンター前で騒ぎは不味いと思ったのか、男たちは詰め寄るのを諦めたようだ。


「ねぇ、ギルド職員さん。あの馬鹿どもの喧嘩を買っても問題ないの?」


 開口一番、佐瀬が物騒な事を尋ねた。どうやら相当鬱憤が溜まっているようだ。


(次、喧嘩を吹っ掛けた奴は間違いなく【ライトニング】の刑だな)


「あー、ここのギルドは荒くれ者が多いですからね。第二区のギルドは礼儀正しい冒険者が多いのですが……」


 少し困った表情を浮かべている職員だが、慌てた様子は微塵も見られない。先ほどの連中よりこの職員の方が余程強そうに思えるのは気のせいだろうか?


 ギルドには腕の立つ元冒険者が多いと聞く。こんな荒くれ者たちを管理する場所の職員だ。職員の全員が弱い筈もなかった。


「我々は基本、冒険者同士のいざこざには不介入です。非道な行為や流血沙汰には口も手も出しますが、それ以外はお好きになさって結構ですよ」


「ふふ、その言葉が聞きたかったの。ありがとう」


 佐瀬は笑みを浮かべたが、その目は決して笑っていなかった。


(あーあ。≪雷帝≫様に許可証出しちゃったよ、この人……俺し~らね!)


 いつの間にか絡んでいた連中全員がギルドから姿を消していた。そのまま帰ったのなら彼らも不幸な目に遭わずに済むのだろうが、きっと外で待ち伏せてるんだろうなぁ……馬鹿だから。



 一旦頭の中を切り替え、俺たちはB級冒険者証を受け取って色々説明を聞いた。


 新しい冒険者証は銀製の格好いいデザインであった。王国には現在、A級冒険者はたった一人しかいないそうで、実質B級が冒険者の中での上位となる。B級冒険者パーティも国内に数組しかいない筈なので、俺たちはトップクラスの冒険者入りを果たしたという訳だ。


「B級冒険者は様々な面で優遇されます。まず、この王国内に置いては関所での通行料が全て免除となります。それと王都も第二区まで入れる許可証代わりにもなりますね」


 どうやら王都は各区域毎に入る許可証が必要なようだが、C級冒険者以上なら第三区、B級冒険者なら第二区まで通行が可能らしい。第一区になると上級貴族の居住区もある事から、全く別の認可が必要になるらしいが、今のところそこへ行く予定はない。


「それと幾つか制限されているダンジョンについても入場が可能です。この半島内ですと、西部にある常夜ダンジョン等ですね」


 ダンジョンによっては国や組織によって管理され、入場を制限されているダンジョンも存在する。その一つが西部にある常夜ダンジョンだそうだ。


 そこはアンデッドの多いダンジョンだそうで、低ランク冒険者は入る事を禁じられている高難度ダンジョンらしい。


 探索者の強さによって制限されているダンジョンに関しては、B級冒険者から無制限となるそうだ。


(アンデッドだらけとか……怖くて行きたくねえわ!)


 シグネの瞳がキラリと輝いたが、俺はスルーするした。


 それと何気に一番有り難いのが、B級以上からは定期的に依頼を熟さなくてもランクが降格する心配がないという点だ。


 C級の場合だと、2ヶ月以上の依頼達成無し、または一定の成果が認められないと、D級に降格してしまう。それがB級からは皆無となるので、長期休暇を取り放題なのだ。


 後はギルド指定の駅馬車運賃や、馬車レンタル料の割引き、クラン創立の権利に指定武器屋でのサービス等など、お得な情報からどうでもいい事まで色々な説明を聞いた。


「――――以上で、説明は終了です。遅くなりましたが、この度はB級昇級、おめでとうございます!」


 男性職員が立ち上がり拍手をすると、それに続いて他の手が空いている職員も拍手をし始めた。冒険者ギルドでは何か偉業を達成したりすると良くある光景らしい。


「おお! 新たに誕生したB級冒険者パーティか!」

「まだ若いのに……すげえな!!」

「お前たちならA級目指せるぞー!」


 このギルドもどうやら嫌な奴だけではないらしい。職員に釣られて他の冒険者たちからも歓迎の声が飛び交う。


 これにはさっきまで仏頂面であった佐瀬も表情を和らげた。



 俺たちは恥ずかしがりながらも、いい気分でギルドを後にした。








 その数分後、俺たちは早速囲まれていた。さっきの気分が台無しである。


 まずは日本人青年集団が姿を見せた。


「あーあ、折角同郷の誼で助けてやったのに、なぁ?」

「あの態度はねえだろう?」

「俺たち傷ついたぜぇ。これは慰めて貰わねえとなぁ……うひひ」


 人数は七人、全員武器は抜いていないが剣呑な雰囲気が漂う。


『佐瀬、同郷の誼とやらだ。半殺しに留めておけよ?』


『流石にこんなので殺さないわよ!』


 俺たちは念話でやり取りをしていた。


『みんな、更に外側に三人、気配を感じる。間違いなく、最初に絡んできた連中だね』


 どうやらこいつらとは別の連中も様子見をしているようだ。恐らく俺たちが揉めた後、不意を突いて漁夫の利を得ようと考えているのだろう。


「おい! ビビっちまって声も出ねえか?」

「ぎゃはは! 裸になって土下座するんなら許してやるぜ?」


 俺たちが念話で会話しているのを怯んで黙り込んでいると勘違いした青年たちが、何やらいい気になっているようだが、俺たちはそれを一切無視した。


『佐瀬。こいつらは適当に痛めつけて、敢えて隙を見せよう。残りの連中も釣り出すぞ?』


『ふふ、了解!』


 佐瀬は不敵な笑みを浮かべると、一人で一歩前に出た。


「アンタら全員、私一人で十分よ。ほら、口だけじゃなくて掛かってきたら?」


「——っ!? この女ァ!!」

「やっちまえ!!」


 先ず二人の男が殴り掛かるも、佐瀬は前を走る男の顎に掌底打ちをして意識を刈り取った。続けて殴り掛かった男を躱すと、その腕を取って投げつけた。


「こいつ!?」

「思った以上にやるぞ!」

「残り全員で掛かれ!」


「んじゃあ、俺も参戦しますか」

「あ、私も戦いたい!」

「私も、私もー!」


 俺たちは一人ずつ、覗き見している連中に背を向けたり隙をみせながら、青年たちを一人ずつ無力化していった。流石にわざと殴られるのは御免なので、適度に躱してから適当に投げ飛ばす。


 そんな事をしていたらあっという間に一人だけになってしまった。


「お前で最後だな」


「な、な、何なんだ!? お前たちは!?」


「アンタこそどこの誰よ? ほら、ちゃっちゃと名乗りなさい?」


 佐瀬が尋問している最中、俺は周囲の様子を伺った。


『他の三人は、まだ動かないか?』


 念話で名波に尋ねてみる。


『うーん、思った以上に弱かったから、隙も何も無かったしねぇ。怯んじゃったのかなぁ?』


 まだ遠くから盗み視てはいるようだが、動く気配がないそうだ。


 その間に佐瀬が残りの一人となった青年から色々と聞き出していた。


 彼らは元々地元の人たちと一緒に転移してきた日本人だそうだが、ヤンチャが過ぎたようで半年以上前にコミュニティから追放処分を受けた流れ者のようだ。そして行き着いた先が王都郊外の冒険者ギルド、という背景らしい。


 今、王都郊外には様々な日本人集団がいるようで、彼らもその中の一つのようだ。少しでも実力のある者を仲間にしたく、多少強引に勧誘しようとした結果があれらしい。


「はぁ、もういいわ。今度私たちの姿を見かけたら全力で去る事ね。目の前をうろちょろしていたら……潰すから!」


「ひ、ひぃいいい!?」


 青年は気絶した者たちを見捨ててどこかへ走り去ってしまった。


「おいおい、こいつらどうするんだ?」


「放っておきましょう。私、もう疲れたわ。これ以上の戦闘は絶対無理ね」


「私もちょっときついかな。朝から動きっ放しだし、魔力もすっからかんだよぉ」


 佐瀬と名波が小芝居を始めると、シグネもピンときたようだ。


「私ももう一歩も歩けなーい! イッシンにい、おんぶして!」


 少々わざとらしいが、それを隙と判断したのか、男たちが動き出した。


『——動いた!』


 名波の警告と共に俺の死角から何かが飛んでくるのを聴力で察知した。


「っと! 投げナイフか?」


 投げナイフには過去痛い目を見たから、俺も常に細心の注意を払っている。問題なく片手で掴み取る事が出来た。


「——なぁ!?」

「くっ、化け物が!」


 今のやり取りで男たちはレベルの違いを感じ取ったのだろう。背を向けて逃走をし始めていたが、流石にナイフを顔面に投げつけられて見逃す程、俺たちは甘くない。


 俺は一瞬で相手との距離を詰め寄ると、先頭を走る男に足を引っかけた。


「ぐあっ!?」


 盛大に転がる男を見た後続の二人が足を止める。その二人の首筋に名波とシグネが刃と切先を突き付けた。


「動かないで!」

「動いたら、ツンツンするよ!」


「くっ!? あの一瞬で……っ!」

「う、嘘だろ……っ!?」


 こちとら闘力5,000越えだ。1,000にも満たない連中に後れを取る筈もなかった。


「さて、一体どういうつもりで俺たちを襲ったのか……白状して貰おうか?」


 それから俺たちは虚偽を判別できる≪審議の指輪≫を利用して、あれこれ情報を引き出した。


 その結果、男たちは特に裏がある訳ではなく、ただ単に嫉妬した上での蛮行だという事が判明した。しかも彼らは長年冒活動を続けて燻ぶっていたD級冒険者だそうだ。


「それにして……どうしてB級に勝てると思ったんだ?」


「な、何か不正をしてるんじゃないかと思って……すんませんでしたぁ!!」


 俺たちが強いと分かると態度を変えた男たちだが、仮に弱い相手だと何をしてもいいとはならない。しかも彼らは武器を抜いて確実に命を狙ってきたのだ。


(正直、殺してもいいんだが……流石に王都に入って初日からは勘弁だな)


 正確には王都郊外だが、無法という訳ではないだろう。俺は頭の中で様々なリスクを考え、面倒になったので今回は解放する事にした。


「失せろ! 今後もし悪さをしていると耳に入れたら、次こそは必ず始末する!」


「は、はい!」

「すみませんでしたァ!!」


 慌てて去って行く男たちを俺たちは見送った。いつの間にか気絶していた日本人連中も尻尾を巻いて逃げていた。遠巻きに俺たちのやり取りを見ていたようで、流石に危機意識を働かせたのだろう。


 全く、とんだ王都デビューとなってしまった。








◇◆◇◆ プチ情報(人物紹介) ◇◆◇◆



名前:花木文人はなきふみと

選択スキル:指揮


 鹿江大学文科系サークルコミュニティの代表者。元法律学研究部の部長で高校までは弓道を嗜んでいた。眼鏡を掛けたインテリイケメンで、言葉遣いは丁寧だが、少し古風な固い考えの持ち主でもある。


 現在は新拠点に港町を作ろうと画策中。コミュニティの代表を押し付けられ、選択スキルを【弓】から【指揮】に転移直前で変更したが、いまいち効果が実感できていない。




名前:中野柚葉なかのゆずは

選択スキル:健康


 鹿江大学文科系サークルコミュニティの備蓄担当兼料理班長。ストレートに物を言う性格で男子や後輩には恐れられている。元料理研究部の部長で、料理には自信がある為、あえて【料理】スキルは選択しなかった。


 偶にヒステリックな場面も見られるが、彼女の存在無しでは早々にコミュニティが瓦解していたであろう重要人物でもある。




名前:浜岡大吾はまおかだいご

選択スキル:土魔法


 花木、中野と共にコミュニティを纏めている代表補佐役の男。アニメやゲームに多少明るく、コミュニティの為になる魔法と考えて選択したスキルが【土魔法】だ。


 サバイバル研究部の副部長でもあるが、乃木たちとは違い、血生臭い戦闘は苦手なので、魔法の使用は専ら整地などに利用している。




名前:斎藤龍也さいとうたつや

選択スキル:鑑定


 元漫画研究部員で本人も漫画やアニメが大好き。異世界物で定番な神スキル【鑑定】を選択するも、思った以上の性能で無い事に肩を落とし、元来の性格もあってかコミュニティ内では少し浮いていた。


 佐瀬に思いを寄せているも、とある事件を切っ掛けに暴走し拠点から追放処分となる。その後カプレットの町で冒険者を始めるも上手くいかず、パトリックたちに殺される。




名前:会沢真木あいざわまき

選択スキル:風魔法


 元写真部部長で佐瀬と名波の先輩にあたる人の良い女学生。【風魔法】の適性スキルを選択するも、争いごとは苦手なので、専ら洗濯物を乾かす際の乾燥機代わりとして使用している。


 しかし才能があるのか、既に風魔法を三つも習得し、【ゲイル】だと強風過ぎて洗濯物が吹き飛んでしまうので本人は困惑気味。




名前:乃木のぎ

選択スキル:短剣


 鹿江大学コミュニティ内の最大戦力。大柄な筋肉好青年。サバ研部長。周囲からは「乃木」としか呼ばれていない為、付き合いの長い浜岡ですら名前を知らない。


 戦闘スタイルは初めこそ短剣で戦っていたが、最近は肉弾戦を好む。ただし本人は不器用なので、サバイバル研究部部長なのに射撃センスは皆無である。


 イッシンの蘇生魔法を知る数少ない人物でもある。イッシンの事を内面で師と仰いでいる。



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