第77話 地獄の底の微かな光

 エットレー収容所から撤退しながらシグネに鑑定結果の詳細を伺っていると、思わぬ情報を手に入れてしまった。


「シグネ! も、もう一度、見た人の名前を教えてくれ!」


「んーとね。イとかキム……あとチャンって名前の人もいたね」


「「日本人じゃない!?」」

「え? そうなの?」

「ニホン……人?」


 同じ黒髪が多かったので、てっきり日本人かと思っていたら違ったようだ。中国人や韓国人、北朝鮮や他の可能性もあるのか? とにかくここに収容されている人たちはアジア圏から転移してきた人々のようだ。


 だが日本人ではないにしても、同じ地球人としては放置できない問題だ。それと地球人だけを助けるというのも難しいし、やはり獣人族も含めて全員救助するべきだろう。


 そうなると総勢50人以上……ハードなミッションだ。



「あ、帰ってきた!」

「テオは居たのか!?」


 名波とオッドの場所に戻ると、俺たちは収容所で得た情報を共有しあった。



「50人以上の救出作戦かぁ……どうするの?」


「……どうしよう?」


 多分、収容所を落として占拠するまではいけると思う。思った以上に兵士が弱すぎた。あれなら数の差なんて簡単に覆せそうだ。味方側ではオッドの実力だけは未知数ではあるが、土魔法が使えるB級冒険者なので、弱いという事は無いだろう。魔力量も佐瀬並にあるそうだ。


 問題はその後だ。


 エアロカーの人数制限がある以上、帝国領土の外に逃がすとしてもかなりの往復時間を要する。その間、彼らを無事に守り切れるだろうか?


「ねぇ、イッシンが前に言ってた“絶対やりたくない作戦”ってのは使えないの?」


 佐瀬が前に俺が口を滑らせた件について尋ねると、ナタルとオッドが反応した。


「何か妙案があるのか!?」

「どのような作戦だ!?」


「あ、えっと……」


 佐瀬ぇ! あの時は念話越しでの会話だったから、この二人には言ってなかっただろうがぁ!!


 二人の様子で思い出したのか、佐瀬も“しまった!”という表情をしていた。


「その作戦は……駄目だ。本当の本当に切羽詰まった状況でなら実行するが、絶対にやりたくない」


「なんだ、その気になる言い方は……」

「教えてはくれないのか?」


 ナタルとオッド、家族が心配な二人は縋るような目でこちらを見つめてくる。それに便乗して以前から気になっていた佐瀬たちも聴きたそうにしていた。


 あー、どうやって説明しよう…………


 俺は少し考えてから、慎重に言葉を選んで口を開いた。


「…………マジックバッグで、要救助者を全員収納して、そしてエアロカーで逃げる」


「……? マジックバッグは生き物を入れられないんじゃなかったのか?」

「私もそう聞いていたが……?」


 はい、正解です。


 当然俺もその情報は知っていたが、敢えて知らない風を装った。


「すまん、そうだったのか。なら、この作戦は使えないな。期待ハズレで申し訳ない……」


「……いや、気にするな」

「ああ、他の案を考えよう」


 俺が申し訳なさそうに頭を下げると、ナタルとオッドは優しく応じてくれた。本当にお人好しな連中だ。


 一方、佐瀬、名波、シグネの三人は、どうやら俺の真の作戦に勘付いたようだ。


『イッシン、あんた、まさか…………』


 今度こそ佐瀬が念話越しに語り掛けてきた。俺は横目で彼女を見ると、念話で返答した。


『だから絶対やらないよ? マジックバッグで収納するのは、本当の本当に、最終手段だから……』


 生き物が入らないのなら、逆に全員死んでさえいれば問題が無い。


 それこそ感情論を抜きにするのなら、あそこに収容されている要救助者全員殺してマジックバッグに収納し、エアロカーで脱出した後に順次、蘇生魔法で復活させていけばいい。


 俺の蘇生魔法【リザレクション】は、遺体の損傷が激しいか、時間が経過し過ぎると復活できないようだ。人間の限界は分からないが、ゴブリンで試したら2日間くらいなら蘇生できたが、3日目を過ぎると失敗確率が急上昇した。


 綺麗な遺体の状態でも限界時間は48時間、といったところか?


 生き物には生命力のようなエネルギーがあるようで、何故か俺はそれを感知できる。至近距離じゃないと感じ取れないが……恐らくそれが蘇生魔法を習得する必須事項なのだと考えている。


 その生命エネルギーが僅かに残ってさえいれば、蘇生は必ず成功する。


 ただし死体の損傷が酷過ぎると、生命エネルギーが急速に失われるのか、蘇生しても即死してしまう。俺のヒールなら遺体の損傷もある程度なら回復可能だが、頭部が吹き飛んでいたり、粉々になっていると、最早どうしようもなかった。


 手足の数本がなかったり、綺麗に首が切断されているのなら問題ないのだが……


 あと蘇生魔法は燃費が非常に悪い。俺の尋常じゃない魔力量でも【リザレクション】は出来て3、4回が限度だ。


 ただし、休憩を挟めば魔力はすぐに回復する。俺の魔力回復スピードなら、3時間しっかり休めば全回復するだろう。


 それに蘇生魔法の欠点である魔力量の問題はマジックバッグで解決できる。


 マジックバッグの中は時間経過が外より非常にゆっくりで、ほぼ止まっている状態とも言える。マジックバッグの中に一月以上収納していたゴブリンでも復活したのは既に実証済みだ。


 つまり綺麗な遺体をマジックバッグに仕舞ってさえいれば、後で何時でも復活させられるのだ。


『確かに……蘇生魔法とマジックバッグの組み合わせなら、そんな事も可能なんだね』


『でも、それって…………』


 名波とシグネも俺が嫌がっていた理由を察した。


(全員救助する為に皆殺しにする……流石に外道過ぎるだろう……)


 俺はそんな事態に陥らない事を切に願うのであった。




 それからも俺たちは色々話し合ったが、名波がある事に気が付いた。


「女性や子供だらけだったの? 大人の男性は?」


「少しだけ居たが……年寄りとか身体が弱そうな人ばかりだったなぁ」


「それってどこか別の場所で肉体労働させられているんじゃないの?」


「「「——っ!?」」」


 何で気付かなかったのか。


 兵舎も少しだけ覗いたが、あれだけ大きな建物に対して、収容所内の兵の数が少な過ぎたのだ。囚われている者にしてもそうだ。


 石造りの牢獄と思われる建物は古臭かったが、かなり大きかった。恐らく囚人と兵士はもっといる筈なのだ。



 俺たちは急いで先程の収容所出入り口が確認できる場所まで移動した。



 見張り続けて数時間、山の上の方から多くの人が収容所へ向かって歩いていた。


「やっぱりいた!? もしかして山の上で働かされていたのか!?」


 縄で数珠つなぎに拘束されている疲れ切った男たちと、それを見張る多くの兵士たちは収容所の大きい正門の方から収容所へ入って行った。


「この山は鉱山なのかな?」


「多分そうだろうな」


 囚人を山で働かせるとしたら、鉱山が相場だろう。


「もう一度偵察に行こう」


 今度はナタルと名波を入れ替えた。人数も増えたので【察知】スキルの上位に当たる【感知】持ちの名波を連れて行く事にした。


 オッドには悪いが続けてナタルと待機して貰う事にした。


「イッシン。もし弟と接触できそうなら、これを見せて欲しい」


 オッドは俺に石を紐で括ったペンダントを俺に貸し与えた。


「あー、それ! 私のペンダントと似てる!」


 シグネは首に掛けていたペンダントを取って見せた。


「む、それは……夕風族の護石だな」


「……護石?」


 それは以前、ブルタークに向かう道中で立ち寄った町にある商店で、エルフ族のトレイシーという女性から鑑定の報酬として、シグネが受け取ったペンダントである。


「北方にいるエルフの部族は、身内と信用に足る者にその護石を与えるんだ。ふむ、どうやら夕風族のエルフと知己を得たようだな」


「へぇ、そんな意味があったんだぁ」


「里の者は内向的な者が多いからな。こうやって外の人間が顔つなぎとしてペンダントを手渡すんだ。だが、奪ったりすると逆効果だぞ?」


 オッドが言うには、この護石は簡単な魔法の仕掛けが施されているそうだ。きちんと手渡されれば里の者に歓迎され、強引に奪った者は逆に敵視される仕組みだ。


「あ、本当だ! 【解析】で見たら効果が載ってた!」


「今まで気付かなかったのか!?」


「えへへ」


 シグネが【鑑定】から【解析】に進化させたのはペンダントを受け取る前だ。どうやらそれ以降、自分のペンダントを全く鑑定しなかったようだ。


(灯台下暗しとは、まさにこの事だな)


 俺は改めてオッドからペンダントを受け取ると、再び透明になり収容所の敷地内へ侵入した。


 今は日も暮れかけており、中の人数も倍以上に増えている。俺たちはうっかり接触しないよう慎重に建物内を散策した。


『へぇ、中はこうなってるんだね!』


 初めて内部に侵入する名波は活き活きしていた。スニークミッションに燃えるタイプなのだろうか?


『あ、あの人、闘力1,100だよ! あっちの人は魔力500くらい』


 成程、どうやら外回りの兵士の方が、実力者も多かったらしい。確かに女子供を見張る兵より、大の大人を監督する兵士の方が屈強なのは当然の理屈だ。


 だが、一番強い者でもさっきの闘力1,100が頭打ちのようで、後は似たり寄ったりなレベルだ。このくらいなら大丈夫そうだが数が多いのは面倒だ。それに問題は別なところにある。


(更に要救助者が増えたわけだが…………いや、考え方を変えるか?)


 確かに助けるべき人数は増えたが、その分男の大人たちが増えたのだ。彼らは戦力としてカウントできないものかと俺は考える。



 石造りの建物へ近づくと、丁度囚人たちが中に入っていくところだ。


(しめた! 扉が開いている!)


『三人は外で待っていてくれ! 俺一人で中に入る!』


『なんでよ!? 中に入るなら全員一緒の方が良くない?』


 佐瀬は単独行動の危険性を訴えたが、今回ばかりは俺しか適任者がいないのだ。


『多分、囚人を閉じ込めたらそこの門は閉められる。朝まで扉が開かないだろうから、それまで中に潜んでいるつもりだ』


『一晩、その中で泊まる気!?』


 驚いた佐瀬に俺は頷いた。


 透明なまま一晩明かすとなれば、魔力量を考慮すると俺しか実行できそうにない。佐瀬ならギリ持ち堪えそうだが、“魔力切れ寸前で兵士に見つかりました!”という状況だけは避けたい。


『佐瀬たちはこの建物の近くで待機していてくれ。【テレパス】が必要になるかもしれない。彼らとの会話を終えたら俺が合図を送るから、そしたら三人はナタルたちの所へ戻ってくれ』


 そうこうしている間にも、囚人たちは牢獄らしき建物へと収容されていく。もう考えている時間はあまり残されていなかった。


『ああ、もう! 無茶するんじゃないわよ!』


『そっちもな!』


 お互いに憎まれ口を叩き合いながら別れを済ませると、俺は囚人たちの列に割り込んだ。


「痛っ!?」

「……? なんか当たったか?」


 少し強引だったのか、獣人族の足を踏んづけて、誰かの肩に接触してしまった。すみません、通してくださーい。


 やがて俺を含めた囚人全員が収容されると、監獄の扉は再び閉じられた。


『イッシン、生きてる?』


『生きてまーす!』


 俺は壁越しに佐瀬と念話で連絡を取り合った。


『中はやっぱり囚人たちの居住区だな』


 かなり酷い臭いだ。寝泊りするという事は、中に便所などもあるのだろうが、殆ど清掃がされていなさそうだ。こりゃあ風呂も無いだろうな……


 現代人にとってはまさに悪夢のような環境であった。


 囚人たちは動物の皮らしきモノを布団代わりにして、各々定位置で横になったり、座って会話をしている者もいたが、その殆どが目に光が無く、口数も少なげだ。


『…………酷い有様だ。ここで一晩明かすとか、さっそく後悔し始めている』


『あー、ご愁傷様』

『あ、あはは……が、頑張って!』

『ファイトだよ!』


 三人から各々慰めの言葉を頂いた。


『あれ? ちょっと待って!』


『ん? どうしたシグネ?』


 突如シグネが念話越しに声を上げた。


『イッシンにいがマジックバッグ持って行っちゃったから、今晩のご飯……どうするの?』


『『あああっ!?』』


 すまん、正直慌てていたもので考えが及ばなかった。簡易トレイにシャワーセットも収納したままだ。


『はぁ、仕方が無いわね。囚われている人たちの事を考えると、それでもマシな方なんだろうけど……』


『私たちの方は気にしないで、可能だったら中の人たちに食べ物をあげて』


『うーん。状況による、かなぁ……』


 ここで姿を現して食糧を提供すると、きっと大騒ぎになると思う。接触するにしても慎重に機会を伺う必要があった。


『ひとつ朗報だ。牢獄の内部に兵士は一人も居ない。囚われている人たちも一切拘束されていないぞ』


『それはラッキーね!』


 これで決行するタイミングは決まった。夜間に作戦開始、これはマストだろう。後はどのような手順でと、どのタイミングで彼らに作戦を伝えるかだが……



 俺は中にいる囚人たちを一人一人、確認して回った。


 やはり東アジア圏の人が多いのか、人族の殆どは日本人と似たような容姿をしていた。


 やることも無く、腹を空かせながら横になる者


 誰かと会話しながら寂しさや不安を払拭しようとする者


 ただひたすらこの過酷な現実に打ちのめされて泣き崩れる者


(…………本当に酷い場所だ)


 ナタルやオッドの家族も一言も話すことなく床に伏していた。



 そんな中、少し異質な者たちの姿を捉えた。


(あいつらは……?)


 その集団は居住区の端で集まって、何やら瞑想めいた事を行なっていた。その殆どが転移者らしき男たちだが、中には獣人族も僅かに混じっている。


 ふと、その中の一人が閉じていた瞳を開けた。その目には……光が宿っていた。


(こいつ……こんな状況で諦めていないな!?)


 なんとタフな精神力だろうか。彼らが行っていたのは恐らく魔力操作の練習だ。瞑想で技術力が上がるかは謎だが、魔力に動きがあるのを感じ取れた。


 特に長い髪を後ろに縛っている青年の魔力操作はとてもなめらかだ。俺に鑑定スキルはないが、彼の魔力量はそこそこあるのだろう。それに重労働で鍛えられた恩恵か、ここにいる面子はどいつも闘力が高そうだ。


(…………彼が適任者だな)


 俺は長髪の青年に【テレパス】で接触を試みる事にした。



 佐瀬の【テレパス】は発動中なら術者ではない者でも念話を使用できる。ただし一度でも佐瀬と念話を交した者でないと、新たな新規参入者に念話で話し掛けられない。


 更に相手の顔を見ていないと念話も発動せず、効果範囲も【テレパス】の発動者である佐瀬の近くのみだ。


 色々複雑な条件はあるが、佐瀬が近くにいれば、彼女が知らない相手でも、顔を見ている俺ならば彼との念話が可能になるのだ。



『俺の声が聞こえるか? 聞こえたら声を出さずに頭の中で応答しろ』


「な、なんだ!?」


 青年は突如瞑想をストップさせると、周囲をきょろきょろ伺い始めた。


 突然の行動に周囲にいる者たちも瞑想を止め、その青年を怪訝そうな表情で見ていた。


『あまり騒ぎになって欲しくない。もし声が聞こえたら、頭の中で応答してくれ』


『え、えっと……聞こえているぞ! 誰なんだ!? 何処にいる!?』


 よし、成功だ!


『落ち着いて、まずは話を聞いてくれ。俺は君と同じ転移者だ。君も……転移者で合っているよな?』


『——!? あ……ああ! そうだ!』


 ビンゴだ! もし彼らに協力を仰ぐとしたら、纏め役は転移者の方が話も通り易くて都合も良いだろう。


『俺が何処にいるかは……悪いが今はまだ言えない。だが近くにいる。君たちの現状も今日知ったばかりだ』


 まだ全てを明かすには早いだろう。だが向こうとしても地獄のような環境から脱出できるかもしれない希望の光だ。あまり情報を隠し過ぎるのも不振を買うかもしれないので、その辺りの塩梅が難しい。


『——それなら! ……いや、もしかして俺たちを助けに来てくれたのか?』


 おお! あまり感情的にならず、こちらの意図をしっかり探ろうとしている。この青年に声を掛けて正解だったようだ。


『ああ、そのつもりだ。だから色々準備をしたい。そこでまずは君に声を掛けた』


『……どうして俺を?』


『君たちの瞑想する姿を見た。あれは魔法の訓練か? 君たちはこの現状でも諦めていなさそうなので、特に魔力操作が上手そうな君に声を掛けた』


『上手い……のかな? あまり実感は沸かないが……』


 こんな所に閉じ込められていれば、魔法を見る機会もそうはないだろう。魔力操作が下手な俺の見立てだから、もしかしたら全然的外れなのかもしれないが、それでも青年の魔力は佐瀬に通ずるような洗礼されたモノを感じた。


『あー、お互い名前が分からないと不便だな。俺はイッシンという。君の名前は?』


『ワン・ユーハンだ。イッシン……聞き慣れない名前だが、中国人じゃないのか?』


 やはり中国人だったか。


『俺は日本人だ。ここに捕まっている人族は、全員中国人なのか?』


『全員かは分からないが、殆どがそうだ。みんな帝国内で捕まった人たちだ』


『……気を悪くしないで聞いてくれ。念の為に尋ねるが、何か犯罪して捕まった訳じゃないよな?』


 俺の問いにユーハンは眉を顰めた。


『不法入国というなら不可抗力だが、俺たちは何も罪を犯していない! 突然拠点に兵士たちがやってきて捕らえられたんだ!』


『すまない。状況は大体理解した。つまり俺がのこのこ姿を現して、帝国兵と交渉しても捕まるという事だな?』


『恐らくな。やはり救助は難しいのか?』


 ユーハンは不安そうな表情で、姿を見せない俺に尋ねてきた。ころころ表情を変えながら黙っているユーハンに周囲の者は不思議に思っていた。


『いや、初めから穏便に済むとは思っていなかったから問題ない。ハッキリ言って、この収容所にいる兵士だけなら、俺たちの戦力で制圧は可能だ』


『マジか!? そいつは凄いな……!』


 ユーハンは目を輝かせて嬉しそうに笑みを浮かべた。


『差し当たって問題なのは、ユーハンたちの方だ。いきなり俺たちが現れてパニックにならないかが不安だ』


『……俺に皆を説得して事前に根回ししておけ、という事か?』


 本当にこいつは頭の回転が速い。俺が逆の立場だったら、きっと質問責めして話が進んでいなかっただろう。


『察しが良くて助かる。こちらの事情もあって、決行は出来るだけ早い方が良い。明日の夜はどうだ?』


 まだ数日の猶予はあるだろうが、≪黒星≫や何人かの暗部が行方不明になったと知られれば、真っ先にナタルたちの人質をどうにかするだろう。


 ここまで来て別の場所に幽閉されては堪ったものではない。


『俺は平気だが、中には満足に動けない者もいる。車椅子は……流石に無いよな? 担架とかは用意できるか?』


『安心しろ。回復魔法がある。今すぐに治療が必要な者はいるか?』


『ああ! それと出来れば俺のお袋も見て欲しい。数日前から吐血し始めたんだ!』


 まさか何か感染症にでも掛かってないよな?


『……一応全員見た方が良さそうだ。よし、今から魔法を掛ける。ユーハン、君が一人一人に声を掛けてくれ。それに合わせて俺が魔法を施す』


『あ、ああ、分かった!』


 ユーハンは立ち上がると、先程から心配そうに彼の事を見守っていた仲間に語り掛けた。


「皆、騒がないでよく聞いてくれ。今、魔法で俺の頭の中に語り掛けてきた者がいる。俺たちと同じ地球からの転移者で、ここから助けてくれるそうだ」


 ユーハンが周囲に説明をすると、男たちは困惑していた。確かにいきなりこんな事を聞かされても反応に困るよな?


 そこは俺も、そしてユーハンも織り込み済みであった。


「その証拠を見せる。ギブロ、アンタは昨日の仕事で腰をやっていたよな?」


「あ? ああ。その所為で今日は散々だったな……」


 ギブロと名前を呼ばれた熊族の獣人が痛そうに腰を触ると、ユーハンはその上にそっと手を重ねた。


「お、おい。何を……」


 その後の言葉は続かなかった。


 彼の触れた箇所が急に光り始めると、ギブロの腰痛は一瞬で治ってしまった。


「な、なんで!? 腰が治ったぞ!?」


「ユーハン! まさか回復魔法を習得したのか!?」


「いや、残念だが俺じゃない。さっき言った協力者の力だ」


 ユーハンの言葉に今度こそ周囲はざわつき始める。


「落ち着いてくれ! あまり騒ぎになると計画を勘付かれる」


「計画? まさか、本当に助けが来るのか?」


「ああ! 明日の夜、決行する予定らしい。今から順番に全員を治療していくから、あまり騒がずにいてくれよ?」


 それからユーハンは一人一人に事情を説明しながら声を掛け、その際に俺は【ヒール】と【キュア】を施した。


 ついでに臭いがきついのでマジックバッグから≪獣避けの壺≫を出して一晩置いておくことにした。これは一定以上の悪臭を吸収してくれる効果のある壺だ。主に簡易トイレとセットで使用していたものだ。



 まだ不安そうな顔をしている者も多かったが、何人かの目には徐々に希望の光が宿り始めていた。








――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:地球にも魔法や魔物は存在していたのでしょうか?

A:地球の事に関してはお答えしません

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