第71話 アーススパイダー戦

 60階層は山の頂上付近に巨大な岩が有り、そこに重厚な扉が設けられていた。いかにも”ボス部屋です”と自己主張しているかのようだ。


 その扉を少しだけ開けて中を覗くと…………いた。しかも前情報通りアーススパイダーだろうか、巨大な蜘蛛のシルエットが見えた。


「うん、視えた! 名前はアーススパイダーで間違いないよ」


 暗すぎて鑑定が通るか心配だったが、シグネの【解析】スキルでしっかり種別名の確認もとれた。相手は討伐難易度Aランクの土蜘蛛で間違いなかった。


「……どうだ、みんな。いけそうだと思うか?」


 俺は三人にボスと戦うべきかを尋ねた。


「うーん、確かに強そうだけど、倒せるんじゃないかなぁ」


 名波は戦うに1票だ。


「土の加護持ちかもしれないんでしょう? もし戦うなら雷魔法は半減するだろうけど、援護射撃くらいなら任せて!」


 佐瀬も十分やる気のようだ。これで賛成に2票。


「私は寧ろ、土なら楽かなぁ。あ、でもでもサヤカねえも風魔法持ってるから、私は前衛? 後衛?」


「今回シグネは後衛かなぁ。あいつ堅そうだし、シグネのレイピアじゃあ厳しいだろう」


「なら、私も問題無いと思うよ!」


 シグネも後衛なら問題無しっと。これで三人とも戦うに賛成だ。


 肝心の俺はと言うと、やはり戦いたいと思っている。


 最初はAランクの魔物はまだ早いと思っていたのだが、正直言うとアーススパイダーを見た時の第一印象は“思ったよりも弱そう”であった。


 決して相手を侮っている訳ではない。その証拠に俺が初めて相対したAランクの魔物、デストラム相手では今でも勝てないだろうと思っている。


 だが、あれから俺たちもかなりの場数を踏んで強くなった。Aランクと言えども土蜘蛛からはデストラムほどの脅威を感じなかったのだ。


 ただアーススパイダーの情報がまるで無いのが気掛かりだ。この辺りでは珍しい魔物らしい。そこはある程度予測を立てて動く必要があるだろう。


「俺も戦うに1票だ。だが、その前にしっかり作戦を立てよう」


 一度扉を閉めると俺たちは念入りに作戦を組み立てた。



 そして、いよいよ決戦の時である。



 まずは予め光魔法の【セイントガード】を展開する。一人用だが、多少の物理・魔法攻撃は弾いてくれる防御膜だ。


 扉を開けると、まずは俺が単独で土蜘蛛へ接近する。向こうも俺たちが部屋に踏み込んだ瞬間から迎撃態勢を取っていた。


「——【サンダーボルト】!!」


 その土蜘蛛へ、まずは佐瀬が先制の雷魔法を撃ち放った。ただし、あまり効果は見られなかった。だがこれで土の加護持ちだということがハッキリした。


 続けて名波が膝をついて弓を構えると、土蜘蛛の頭部目掛けて矢を放った。


 土蜘蛛は咄嗟に八本ある脚の一つを振り上げて迎撃した。が、なんと矢は脚を吹き飛ばして、僅かに軌道を変えたものの、そのまま土蜘蛛の身体に突き刺さった。


 キシュウッ!?


 堪らず呻き声を上げる土蜘蛛に、俺は一瞬で近づくと剣を振るった。


「——【スラッシュ】!」


 土蜘蛛は別の脚で俺の斬撃を受け止めるも、流石に技能スキルで威力を上げた攻撃は耐えきれなかったのか、出血しながらだらりと脚を下げた。


(よし! こちらの攻撃は十分通る!)


 しかし、俺の渾身の一撃より名波の放った矢の方が、威力が高いのには驚いた。≪精霊の矢筒≫は思わぬ拾い物かもしれない。


「「——【ゲイル】!!」」


 佐瀬とシグネがほぼ同時に風魔法を発動させた。


 風魔法は当初シグネの十八番だったが、今では全く同じ階級の魔法を放つ佐瀬の方が上だ。佐瀬には【放出魔法】と【魔法強化】、二重の補正がある。


 二人の風魔法をまともに受けると土蜘蛛は大きく後退した。


 開幕から脚を二本失い大きくバランスを崩した今が攻め時だ。


『矢野君! もう一発撃ってから前出るね!』


『おう!』


 本来なら名波も第一射後、前衛に加わるつもりであったが、思った以上の矢の威力に、どうやらそのまま二射目を放つ算段らしい。


 俺もそれで構わないと思って念話で返答した。


 だが、それが奴に僅かな反撃の隙を与えてしまった。


 まだ態勢を崩したままのアーススパイダーだが、一本の脚を上げると、そのまま地面に突き刺した。その直後————


「——やばっ! ぐっ!?」


 背後から悲鳴が聞こえて思わず後ろを振り向くと、地面から突き出ていた土の槍に名波が串刺しにされていた。


「留美!?」

「ルミねえ!?」


 急いで二人は名波の元へ駆け寄る。そこへ、土蜘蛛が更に別の脚を力強く突き刺した。


「だ、駄目! 彩花ァ!」


 名波は自分を助けようと近寄っていた佐瀬を突き飛ばした。その直後、佐瀬がさっきまで居た場所にもう一本土の槍が突き出てきた。どうやら間一髪避けられたようだ。


「ごふっ、下から槍が……気を付け……!」


「ルミねえ! 喋っちゃ駄目だよ!」


 臓器をやられたのだろうか? 吐血しながらもアドバイスを送ろうとする名波をシグネが制止した。なんとか土の槍を抜けないかと、シグネが引っこ抜こうとする。


『イッシン、戻って! 留美が、【ヒール】を……早く!!』


『いや、駄目だ! 俺がこいつを引き付けておかないと、名波にヘイトが集まりすぎた!』


 実際にはゲームのような敵対心ヘイトシステムなどは存在しないだろうが、最初の名波の一発が土蜘蛛の警戒度を引き上げたのだろう。


 なら、ここは後ろが立て直す間に、俺一人で土蜘蛛の気を引き付ける他あるまい!


「こっちだ蜘蛛野郎!!」


 キシャアアッ!!


 俺は若干無防備に相手の懐に飛び込むと、【スラッシュ】を織り交ぜ、剣を幾度も振るった。二本失った脚の内、一本は俺が斬った事を思い出したのか、土蜘蛛は前方にある二本の脚で同時に俺へと襲い掛かった。


(ちぃ! 一発一発が重い!?)


 少し後退しながら俺が何とか凌いでいると、突如脳内に念話が響いた。


『矢野君! 来るよ!』


「——っ!?」


 俺は咄嗟に真横へ身を投げると、直前にいた場所に土の槍が生えてきた。ギリギリ躱したかに思えたが、少し掠ったのか【セイントガード】の防御膜が砕けてしまった。


 慌てて土蜘蛛の様子を伺うと……後ろ脚の一本を地面に突き刺していた。


 成程、少しずつ相手の戦い方が見えてきた。どうもこの土蜘蛛は自分の脚を地面に突き刺すと、魔法で土の槍を地面から出現させるようだ。


 しかも複数同時には無理なようだ。でなければ今頃、俺は二の槍であっという間に串刺しにされていただろう。タイムラグも若干あるので、避ける事も可能だ。


 つまり奴の攻撃してくる脚をさばきつつ、他の脚にも注意しながら戦えば奇襲だけは避けられる筈だ。


(厳しいが……最初に二本削って助かったぜ! 今、俺に攻撃をしている脚は二本、奴の巨体を支えるのに四本、残りは……)


 あれ? 計算おかしくない? 二本失ったはずだから、魔法に割く脚は一体どこから……


『こいつ、脚が一本復活してるわよ!?』


 佐瀬が風魔法で援護射撃をしつつ俺に念話で知らせてくれた。


(何だと!? あ、ほんとだ!)


 何時の間にか俺が潰したと思った脚が完治していた。しかも、もう一本も再生しかかっていた。


(不味い! 流石にこれ以上増えたら凌ぎきれん!)


 そこへ最高の援護射撃が飛んできた。名波が痛みを堪えながら二射目を放ったのだ。


 キシャアアアッ!?


 今度も脚で防ごうとしたが、やはり矢に吹き飛ばされ、しかも複数ある眼のひとつに突き刺さった。これは大きい!


 だが、またしても奴の怒りを買ったのか、再生したばかりの脚を地面に突き刺し、土の槍を名波に放とうとする。


「させないよ!」


 シグネは名波をお姫様抱っこで抱えると、エアーステップで空中へと避難させた。土の槍は空振りに終わる。


「ナイスだ! シグネ!」


 その隙に俺は全力でもう一本の脚を斬り落とす。ただし、代償としてこっちも脚の爪で肩を引き裂かれた。


「ぐぅ! この野郎!」


 お返しとばかりに返しの刀で奴の顔面に一撃をぶち込んだ。


 キシュウウッ!?


 そこへ佐瀬と名波が波状攻撃を加える。最早土蜘蛛に魔法で反撃する暇は無かった。


「一気に畳みかけろ!」


 全員守りを捨て、今ある最高の攻撃を繰り返し放った。


 やがて、土蜘蛛は完全に動かなくなると、そのまま光り輝いて消えていった。


「ぐ、最後に余計な一発を貰っちまった……」


 生への執念か、死の間際に土蜘蛛が再生した脚で俺の腹を軽く削いだが、今はこっちより名波の治療が先決だ。


「大丈夫か!? 名波!」


「う、うん。彩花が軽く回復魔法を掛けてくれたから……」


 どうやら俺の見ていない間に【ウォーターヒール】を施していたようだ。


 それでも下級魔法で治るような傷ではなかったので、俺は改めてチート【ヒール】でしっかり完治させた。


「あんたも肩とお腹に怪我してるじゃない!? 自分もしっかり治しなさいよ!」


「うぃ~っす」


 俺は地面に座り込みながら自らにヒールを掛けた。佐瀬とシグネは見る限り無傷な様なので一安心だ。


「ポーション、使えば良かったのに……」


 俺は名波の腰にあるポーチに目を遣った。そこには一等級ポーションが入っている筈で、あの程度の傷なら治ると聞いていた。


「あははぁ、勿体なくって、イケるかなぁって……」


(……こいつ、最後までエリクサーを使わず取っておくタイプだな)


 俺も同じ性格なので人の事は言えない。


「それで大怪我したら元も子もないでしょう!? 今度からは遠慮せず使いなさいよ?」


「はーい……」


 まぁ、かなりの死闘だったが、勝ちは勝ちだ。流石はAランクと言ったところか、かなりの強敵であった。


(事前に魔法の事を知っていれば対処できたか? やっぱ情報収集は大事だなぁ)


 ぐったりしながら一人で戦闘評価をしていると、遠くから元気なシグネの声が響いてきた。


「宝箱出てるよー! 魔石にドロップもあったー!!」


「どっこいしょっと……」


 俺も気になり重い腰を上げた。


「なんかおっさん臭いわよ?」


「え? そう?」


 なんか腰を上げる際、自然に言葉が出てきたけど、これが30代と20代になったばかりの者の感性の差だろうか!? 俺の外見は10代後半でも中身は30才なのだ。


 俺は佐瀬の言葉に少しショックを覚えつつも、シグネの所に向かった。


「じゃぁ、開けるよぉ!」


 ボス部屋などの報酬で出た宝箱は罠の心配は少ないと聞いている。まぁ、名波の【感知】があるので、そこら辺の心配も皆無だ。本当に神スキルだな……


 シグネがニコニコしながら箱を開けると、中には一振りの剣が入っていた。明らかに宝箱に納まるサイズでは無い筈なのだが……ダンジョンの宝箱だからと気にしない事にした。


「おお!? なんか格好いい剣だね。ふむふむ……≪ノームの魔剣≫だって……魔剣!?」


 シグネは一瞬嫌な顔をするも、どうやら持っただけで呪われるとか、一生装備の解除できないといった代物ではなさそうだ。



 鑑定結果は以下の通りだ。




名称:ノームの魔剣


マジックアイテム:秘宝トレジャー


効果:ミスリル製の魔剣

ノームの加護の効果で、魔力を籠めるほど頑丈になり、雷属性にも相性がいい




「秘宝級の魔剣だ! 凄い!!」


 シグネが大はしゃぎであった。


 最初はミスリル製と聞いて俺は少しがっかりした。ミスリルは魔力との親睦性が高い鉱石なので、魔法と剣、両方使いこなせる者には最高の素材なのだ。


 だが俺は魔力量だけはあるのだが、魔法を使いこなせるかと言われると微妙なので、それならいっそ、頑丈さが取り柄のアダマンタイト製の剣を狙っていた。


 そこへこの≪ノームの魔剣≫だ。


 使い方は単純で、魔剣に魔力を注ぎ込むだけ……以上である。


 しかも魔力を籠めれば籠めるほど強度も増す、俺にとってはまさに理想の剣だ。俺は魔力量で効果が変動するこの手のマジックアイテムとは相性が良過ぎるのだ。


「……すまん。この剣、俺にくれないか?」


 俺が尋ねると三人はすぐに頷いてくれた。


 流石に俺の剣も今回の戦いで廃棄一歩手前な状態だ。いや、工房のドワーフ親方に見せたら直ぐに買い替えろと、どやされるレベルだろう。


 そんな事情を知っているからこそ、佐瀬と名波はあっさり了承してくれた。


「うーん、魔剣も捨てがたいけど、私には日本刀が……うーん」


 一人、シグネだけが名残惜しそうに≪ノームの魔剣≫を見ていたが、最後には快く譲渡してくれた。


 いや、今でもチラチラ物欲しそうに魔剣を見ていやがるなぁ……唾付けとこう。


 他はアーススパイダーの魔石やドロップ品の外殻や肉などだ。


(え? 蜘蛛の肉!? 食べられるのか?)


 女性陣は心底嫌そうにしていたので、恐らくギルドの買取か、カーク商会にでも売り払う事になりそうだ。


(A級の魔石も新たに手に入れたし、大戦果だな)


 何しろ今回は道中でかなりの魔物を屠ってきた。これは査定結果が楽しみだ。



 一息ついた俺たちは、転移陣を無視して61階層を一度見てみる事にした。


「……今度は地底湖か」


 61階層からの情報は殆どなかったが、洞窟のようだとは聞いていた。


 だが実際入り口付近から見た限りだと、あちこち浅瀬や深そうな池が有り、水棲の魔物が多そうに見受けられる。


「もしかして雷魔法と相性いいのかしら?」


「そうかもしれないな」


 少し先に進んでみたい気持ちもあるが、噂では61階層から稀にAランクの魔物も出て来るそうだ。生半可な戦力でこの先は進めない。最高到達階層が62なのも頷けるというものだ。


「……今回は一旦帰ろう」


「そうね。街に残した宮内さんたちも心配だしね」



 俺たちは再び60階層に戻ると、転移陣を使ってギルドの出張所に報告をした。



「60階層に辿り着いたですって!?」


 ブルターク支部の副ギルド長でもあるドワーフのレッカラ女史が大声を上げて驚いた。どうやら久しぶりの快挙だったらしく、出張所内はざわついていた。


「そ、それで、何かドロップ品などの証拠はありますか?」


「魔石と殻と肉があるかな? ボスはアーススパイダーだった」


「ふむ、以前聞いた報告と一致しますね」


 レッカラは魔石や素材をマジマジと見つめると、直ぐに俺たちに返却した。


「申し訳ないのですが、今からこのマジックアイテムを持って、もう一度60階層のボス部屋と61階層を覗いて貰うことは出来ますか?」


 そう告げると彼女はブローチのような物を二つ取り出して、その内の一つを俺に手渡した。


(ん? これ、見た憶えがあるぞ?)


「これは≪望見のブローチ≫という二つ一組のマジックアイテムで、離れた場所を見る事ができます。これで貴方たちが60階層に転移出来るという事を証明してください」


 やはり俺たちが以前手に入れたマジックアイテムと同じモノらしい。


(成程、ギルドはそうやって到達階層の確認をする訳か)


 そこら辺、てっきり俺は完全に自己申告制か、ドロップ品や魔石などで判断するのかと思っていたが、想像以上にちゃんとしていて驚いた。


「ええ、いいですよ」


 俺は単身、ダンジョンにとんぼ返りで60階層に転移すると、ボス部屋が留守なのと61階層の様子をブローチ越しに見せた。ブローチに魔力を籠めて意識をすると、こちらからもレッカラ女史の視界が映って見える。音声は聞き取れないが、これは便利だ。


 レッカラの視界越しに、彼女の手がOKのハンドサインを出すのを確認すると、俺は急いで出張所へと戻ってきた。



「≪白鹿の旅人≫がオルクルダンジョンの60階層を攻略したと確認取れました。おめでとうございます」


 レッカラがそう告げると、職員全員が拍手をした。


 その様子を偶々通りがかった冒険者たちが気になって尋ねた。以前に揉めた≪オルクルの風≫の五人組である。


「一体何があったんだ?」


「彼らが60階層のボスを討伐して攻略したんですよ!」


「な!? う、嘘だろ!?」


 興奮した様子のギルド職員から聞き出した男はこちらを見て驚いていた。


「嘘ではないですよ。つい先ほどギルドでも確認しましたから間違いありません。イッシンさんたちなら、最高到達階層の記録も塗り替えられるかもしれませんね」


 レッカラに煽てられて、俺たちも満更ではない気分だ。


「流石に今回は疲れましたから、一度街に戻りますよ。まぁ、機会があれば狙ってみますが」


 俺は愛想笑いを浮かべながらこの場を去った。またあの五人組に難癖付けられても面倒だからだ。


 ただあの様子を見る限りは、今後ちょっかいを出すことも無さそうだ。60階層攻略という実績は、俺たちがAランクの魔物を倒せる証明なのだから。この噂が広がれば、余程の馬鹿ではない限り今後俺たちに喧嘩を吹っ掛けてくる者はいないだろう。



 俺たちは開拓村を出ると、人目のない森の中でエアロカーに乗り、ブルタークへと戻るのであった。






「使者様はまだ見つけられないのですか!」


 創造神ミカリスを崇めるこの世界最大宗教であるオールドア聖教。その頂点に立つ教皇、テオドリクス・ラルバが信徒たちに尋ねた。


「申し訳ございません。依然として神の御業を持つ者の情報は得られず、今は他の大陸にも捜索の手を増員しているところです」


 信徒の報告にラルバ教皇は落胆した。


 長い間名称不明であった光属性の欠番魔法ロストスペル、第十二の魔法【リザレクション】が覚醒してから、もう3ヶ月を過ぎようとしていた。


 恐らく人を生き返すであろう神の御業となれば、すぐに噂になるかと思いきや、何一つ情報が得られぬまま無為に時間だけが過ぎていった。


「ううむ、まさかどこかの国が使者様を囲っておるやも知れぬ……」


「神の御業を独占しようなど……っ!」

「恐れを知らぬ所業ですな!」


 全く手掛かりの掴めない鬱憤を、存在するのかどうかも定かではない秘匿者に罵声を浴びせて憂さ晴らしをしていると、東部から帰ったばかりのジャスティン枢機卿が報告に訪れた。


「おお、枢機卿。何か掴めましたかな?」


「いえ、残念ながら光属性の神級魔法に関する情報は得られませんでした。ただ、代わりに面白い情報を手に入れました」


「ほう? それはどのような?」


 寝ても覚めても【リザレクション】の使い手が気掛かりであった教皇は、気晴らしになればと軽い気持ちで枢機卿に尋ねてみた。


「それが、今大陸の各地で“チキュウ”からの転移者、迷い人を名乗る者が続々と見つかっているそうです」


「迷い人、ですか? 複数一度にというのは確かに珍しいですね。して、どの国で現れたのですか?」


 迷い人自体は稀に訪れる事がある。過去に何度かミカリス神がこの世界に異世界人を招き入れ、サポートするようにと啓示を受けたと教会の書物にも書き記されている。そういう時は大体、将来的に勇者に聖者、聖女に成り得る優秀な人材が召喚されるものなのだ。


 今回は啓示があったという知らせは全く届いていないので、将来有望な聖職者はいないのだろうとラルバ教皇は予想した。


 だが、ジャスティン枢機卿は信じられない事を口にした。


「どの国も、です。ここカンダベリー聖教国も、隣国やアレキア王国、全ての国で報告が挙がっているのです。恐らく、他の大陸も…………」


「な!?」

「それは誠ですか!?」


 枢機卿の言葉を耳にした信徒たちは驚きの声を上げる。


「そしてここからが非常に興味深い話なのですが、迷い人の彼らはチキュウの女神からスキルを一つ授かって転移してきているそうです。最近異常に光魔法の習得者が増えているのは、そういう絡繰りです」


「なんと、そういう事でしたか……」


 教会で管理されている魔導書≪聖書≫で光属性の魔法習得者が激増しているのは知っていた。だが、詳しい原因までは特定できていなかったのだ。


 そこへ【リザレクション】の覚醒者が現れた。これはまさしく神のお導きなのだと考えていたのだが、神は神でもどうやら異世界の女神が関与している事件だったようだ。


「ミカリス神は今回の事象をどのようにお考えなのだろうか」


「チキュウ人の話によると、ミカリス神もお許しになられているそうです。何でも彼らの住む世界が滅びを迎えた為、女神がチキュウ人全員を転移されたのだとか」


「ううむ、まさに神の奇跡……いえ、女神様でしたか。チキュウの女神も大変徳の高い方のようだ」


 よもや女神様が旅行中に監視を怠って起きた不幸な事故の尻拭いだとは、信心深い教皇たちは思いもしなかった。


「そこで、私はある仮説を立てたのですが、使者様はチキュウ人なのではないでしょうか?」


「む、確かに時期は重なるが……チキュウ人はそれほど素晴らしいスキルを授かっているのでしょうか?」


「いえ、言語を介するスキルと、後はレベル1のノーマルスキルのみと聞いております。ただ中には才覚目覚ましく、既にスキルを進化させている者やユニークスキル持ちもいるようです」


「成程。枢機卿の意見は検討する価値がありますね。今後の捜索にはそのチキュウ人の保護も付け加えましょう。ミカリス神と交流のある女神の信徒たちならば、手を貸すべきでしょう」


 教皇は人の上に立つ者としては珍しい位の人徳者で、こうして異教徒にも手を差し伸べる事もしばしば行っている。


 ただし、邪教徒の類が相手となると、時には冷酷な判断も下せる、まさに教皇に相応しい傑物といえた。


 ただ彼の唯一と言っていい欠点は、ミカリス神に関する事になると熱を入れすぎてしまうのだ。



 自らが信奉するミカリス神が生み出した光魔法、その最高峰である【リザレクション】の使い手は、是が非でも保護したい。教皇は地球人にも目を光らせるのであった。






――女神アリスと地球の代表者たちによるQ&A情報――


Q:異世界に重火器はあるのでしょうか?

A:お答えしかねます

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